送旧迎新 1講. イザヤ6:1〜13 / 1千万弟子運動の根

<序論> 本当に祈りの答えがあるか?
聖書のみことばが本当に神様のみことばか? 信仰生活に真の感謝があるのか? 救われれば、すべての問題が解決すると言われているが、事実なのか? 病気になったら、どのように治療して癒されるのか? ここに対する 答があるのか? 本当に伝道運動がなっているのか? 大部分の人々が、こういう答を知らないままさまよっている。すると、聖書には何となっているのか? 聖書で癒された記録は偽りなのか? 聖書になると言われているのに、ここに対する葛藤、さまよいがなかったか? なにが問題であり、どのようにすべきなのか? 今回、ここに 対する答を3つでおろそう。少し恵みを受けて祈ることが問題ではなく‘根が下されなければならない’なぜ失敗が反復するのか? 他の根(律法、神秘、人間中心-私の考え)がおろされているためだ。神様が生きておられることに対する信仰に深い根が下されなければならない。根がおろされれば、祈りの答えも来て、霊的問題も癒される。神様は根をおろしたイザヤを用いられた。

1. 福音の深い根をおろそう
サタンは一つ、福音に根をおろすことを防止する。勉強をよくした人、長く習った人は、ここにだまされやすくて、牧師はよりだまされやすい。
(1)イスラエルを知っているのか? - いつ滅ぼされて、いつ回復したのか?
@ 創世記6:14 A 出エジプト3:18 B イザヤ7:14 C マタイ16:16
. 自分も知らずに他に根をおろしてしまう時ごとに滅亡
. 福音に根をおろす時、回復した
. これが教会史の中で反復して、まさに私たちの問題だ
(2)福音に根をおろした証人たち
(3)福音は最高の水準 - 答えを受けた人々(アブラハム等)
. 葛藤, 問題の中で一度だけ福音的に決断をおろすならば、実際的な答え
. ギャンブルをやめる人、酒を切る人、一回だけ決断をおろそう
A 選択と味わう課程でのがすことだけなければ良い
. 福音のものすごい秘密を受けたから、選択する時も福音的
. 正しい道に入れば、その瞬間から答えは連続する
. 福音に根をおろせば、霊的問題は少しずつ完全に癒され始める
B 王宮で成功するか? 神様の民の道を選択するか?
. その時、モーセは福音的に選択をした

2. 福音を正確に味わう弟子の根をおろそう
私たちは単純に福音を持った者ではなく、弟子として根をおろすべき
(1)弟子とはだれか? - 秘密を持った者だ
@ 創世記3:15の秘密を持った者
A マタイ16:16の秘密を持った者
B Iコリント4:1, キリストの働き人であり、秘密を引き受けた者だ
(2)秘密を持った者は全てのものを超越する
@ 弟子はあらゆる条件、はなはだしきは血縁も超越する
A すこし極端な話だが、家族、子どもとも通じないのに、弟子とは通じることができる
B 本当に福音を持った者、秘密を持った弟子は、高慢にならない
C 福音を利用して違ったことに根をおろせば、違うように行なうことがある
(3)弟子に根をおろした 7名のレムナント - 彼らの生き方は違う
@ 福音のなかで、契約のなかで生きた者
A 自分の固執ではなく、みことばによって生きる者 - 講壇メッセージ
B 彼らは、まことの価値を知っていた
C 自分を否認した者だった(ルカ9:23〜25; ガラテヤ2:20) - 価値ない世的で肉体的な自我
D 自身を価値あるように生かす者だった(Uコリント5:17).
.このような者は敢えて災いが触ることができない

3. 証人に根をおろさなければならない ? 生活の中で根をおろそう!
どのようにこういう答えが私の生活の中に根を下ろせるのか?
(1)いつも判断しなければならないので、聖霊の導き、これを考えよう
(2)私の考えとおりでなく‘神様の羅針盤’をみつめよう
(3)現場で力を体験、聖霊充満に根をおろそう
(4)生活の中で勝利する鍵、パウロの告白を聞いてみよう
@ 使徒9:1〜15; 使徒11:25〜26; 使徒13:1; 使徒16:6〜10; 使徒16:19〜40; 使徒20:1; 使徒27:24〜25
A ピリピ3; ガラテヤ2:20
B Iコリント15:9〜10
C いつも感謝 - 祈り : 彼の話は、すなわち祈りと感謝

4. 果してこれが可能か? - イザヤ6:13
(1)私たちは出来ないが、福音のなかでは可能
(2)肉眼では見ることができないが、霊的な目が開かれれば可能
(3)弱い私を知る時は、神様の力を知っていれば可能
(4)伝道運動の未来を知っていれば可能
(5)制限された時間の中では不可能、定刻の祈りの中で可能
(6)多くの事でせわしくなれば判断が不十分、常時祈りの中で可能
(7)疲労で複雑なことの中で不可能、良心の対話祈りで可能