2003年 04月 29日(一般信者地域教会 訓練 4月)



信仰の土台03: 聖霊の働き
聖書: ヨハネ福音 14:1-3, 13, 16-18, 26-27
 
 

聖書のみことば(ヨハネ福音14:1-3, 13, 16-18, 26-27)
01/ あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。
02/ わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。
03/ わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。
13/ またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。
16/ わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。
17/ その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。
18/ わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。
26/ しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。
27/ わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。

→序論
▲ヨハネ14:1-3に, "あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、住まいがたくさんあります。もしなかったら、あなたがたに言っておいたでしょう。あなたがたのために、わたしは場所を備えに行くのです。わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。わたしのいる所に、あなたがたをもおらせるためです。"
場所が備えられているので、心配するなとおっしゃいました。しかし、事実はそれをおっしゃろうとされたのではありません。
▲ヨハネ14:13に, "またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。"
▲そして、本論をおっしゃられました。ヨハネ14:16-18です。"わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。"
▲ヨハネ14:26-27に, "しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。”というみことばと連結します。

▲一般信者地域教会運動をするあなたがたに '10種類の信仰の土台’を語りたいと思います。
私が約17年前から、この人が弟子であることが間違いないという人々に、この土台を必ず話しました。私たち自身も、この土台が明らかです。この信仰の土台は、他の人に教えるのですが、私自身が恵みを受けます。
▲私たちが学校で習った教理の本は、とても分厚いために、一般信者に説明するのが難しくて、組織神学は完壁で確実ですが、一般信者には伝達することがむずかしいのです。
▲また、現場でまずこの人の信仰が正しくなるべきだという気がすれば、福音を伝えにいく時、福音を簡単に伝えなければならないと考えて整理したのが '福音の手紙'です。伝道しにいくので、聖書勉強が必要だと考えて作ったのが、'現場福音メッセージ'です。これらすべてのものが、人為的なものではなく、現場で作られたのです。
▲合宿訓練をして、今まできました。ところが、訓練を受けたのにもかかわらず、信仰や霊的な状態が変わらなくて、2,3年間教えながら変化をさせるべきだというのが '伝道神学院、宣教師訓練院'です。
今は、真の恵みを受けなければなりません。それが、今年ずっと話している '伝道合宿訓練'です。
▲信仰の土台 -
それで今、土台を確かにしなければなりません。それで、この土台が強固でなければ、他のことがみな崩れます。私たち韓国で、イ・マンギ等、有名な相撲選手をたくさん作りだしたファン・ギョンス監督が言った言葉です。 "技術が良い人をさがすのではない。技術は教えればよい。2つのことを見て選んだけれど、この人が相撲をずっとする人格であるのか、粘る力があるのかを見た"と言いました。これは土台が強固でなければならないという意味です。ヒディング監督が選手を選ぶ基準の中のひとつが、私の思いと合うという気がしたことがあります。彼は前半後半をみな走ることができる人を選んだということです。どんなに優秀な技量を持っているとしても、後半に行ってふらふらしたら、何の技術が必要でしょうか? 基盤が強固でなければなりません。釜山のあるアパートが崩れたことがあるのですが、下が強固でなかったからです。私たちの信仰は、その土台が強固でなければなりません。

(1)福音、伝道、祈りの土台
▲私が見る時、役員(牧師、宣教師)の土台の福音、伝道、祈りが堅くないのです。それで失敗するのです。
1)福音理解- キリスト理解、救い理解
▲福音理解がうまくできなかったということは、キリストの理解がうまくできなかったということで、これは、救いの理解がうまくできなかったという意味です。すると、大変な事になります。
2)伝道理解- すると、伝道の理解がよくできるでしょうか? それはできません。福音が理解できないから、伝道が分からないことは当然です。これだから、色々な方法を使うのです。だから、神様がご覧になる時には苦しくて、あわれで、悪魔が見る時は、尊く、尊敬してくれるはずです。
3)祈り理解
▲この二つが理解できなかったのに、祈りが分かるでしょうか? 早く土台を固めなければなりません。

▲訓練できていない神学生、役員、牧師があまりに多いのです。だから、自然にできることが、苦労になるのです。だから、伝達ができないのです。事実、教会がこの秘密を悟って伝達しなければならないのに、それが出来ずにいるのです。これを知らなければ、できるようになりません。今、私の話が間違っていると考える人は、手をあげてみてください。これは知らないということでも、神学的に違うということでもありません。土台が強固でないという意味です。だから、どんなにしてもできないのです。どんなに賢くしているようでも、ならないのです。タラッパンにきて、数年間、聞いたのにだめなのは、土台が強固でないという意味です。
これを知らなくて、第2, 第3の事をするとことは、より問題を起こすことです。どのように伝道合宿をするのでしょうか?

(2)判断力
▲この土台にならないと、判断が強固でないのです。
だから、考えがあまりに短かかったり、複雑であったり、違った判断をしたり、職業的な背景が出てきたり、小さなことを見て批判したりします。
▲職業病は、本当に怖いのです。ここにひょっとしてマスコミや警察、法律関係の人がいるならば、あなたがたは、だいぶ注意しなければなりません。なぜなら、一生の間、どこでも疑問符を付けて見ることが、彼らの職業です。そうしてこそ、泥棒が捕まえられるためです。彼らは、女の人を見ても、女の人とは見ないで '泥棒ではない'と見るのです。常に疑っているので、その人生はどのようになるでしょうか? ここにいる警察の方達は大丈夫なのですが、福音がない警察が一番かわいそうです。しかし、私たちが何でも肯定的に見ます。福音ならば、祈れば、神様ならばできると言うので、後ほど途方もない差が出るのです。
検事が、犯人一人を捕まえたら、その人に何の罪があるかだけを見るのではなく、その人の過去を全部探し出して見るのです。もしかして、少し前に起きた殺人事件の犯人でないかと考えるので、福音がなければ、どのようになるでしょうか?
幼稚園の先生を長くしていたら、夫にも子どもにするように "ご飯を食べましょうね〜"と言うようになるのと同じです。

(3)品位(人格)
▲その人の品位と人格が、どのようになるでしょうか?
少し前、他の教団で調べたことを見たのですが、信徒が牧師に話したことの中に、'牧師の品位がよくない’だったということです。だから本当に残念で、教会が良くならないのです。
こういうのに底を敷いておくから、救われたのにもかかわらず、しばしば頭を使って、利益、損害に沿って行くしかないのです。
▲福音、伝道、祈りが、自分の土台になれば良いのに、ならないので、問題になるのです。だから結局、人間中心主義を使うしかないのです。
どんなに水準が高くても、土台でないから、問題になるのです。水準が高ければ高いほど、そのようになるのです。
理解できるでしょうか? 今日、理解できる日になるように願います。ひとりも抜けずに、神様の民はこれが土台にならなければなりません。
▲ところが、それで終わればかまわないのに、土台がだめだと、自分自身も知らないで霊的な問題がくるのです。霊的問題が来ることも知らないから、防止することが出来なくて、無能になります。したがって、上のことが土台がならなければ、信仰生活も、社会生活も難しいのです。すぐに難しくて、何にもできません。未信者は、優先的にお金になることをなんでもします。ところが、私たちは出来ないのです。だから、競争できずに、負けてしまうのです。
▲少し前、ホテルである青年が、かばんを持ってくれながら "社長、一人いらっしゃいましたか? 女の子がいりませんか? きれいな子がいますよ"と言うので "きれいな子とは何か?"と言ったところ、事務員、大学生などもいると言いましたよ。後からの言葉にもっと驚きました。こっそり言う話が "家庭の主婦もいます" それで、笑いながら、「これから、私はここにずっとくるはずだ。私は牧師だ」と言いました。今でも私さえ見れば恥ずかしそうにします。その話を聞きながら、世の中は本当に…という気がしましたよ。本当に理解できなかったです。すると 'あの青年は、なぜそうなのか? 使命を持って…' それはお金をもうけようとする のです。

▲目を覚まして見たら、経済が全部、暗闇へ行くのです。しきりにこういう方法へ行けば、大変な事になるではないでしょうか? 光州に新しい都市が生まれたということで、行ってみたら、全部、食べること、遊ぶ所でした。
▲それで、本当に信者は力がなければだめだなと考えました。
レムナント教育を本当に良くするべきです。事実、今、話す言葉がこれだけでしょうか? 私たちとしては、早く土台を自分の土台にしなければなりません。
分かっているのではだめで、土台にならなければならないのです。10の土台が明らかになる時、これが土台になったということです。

▲復習- 先月にした2つのことを復習しましょう。
(1)信仰 - 神様の主権
▲神様を信じる信仰が、私たちの土台にならなければなりません。
1)救われる信仰
▲救われる、この信仰が私たちの土台にならなければなりません。想像以上に、この土台をのがした信者があまりに多いのです。
@マタイ16:13-20 人々が誰だ言いますか? と言われたので、全部、バプテスマのヨハネ、エリヤ、エレミヤだと言いました。これは間違っているということではありません。これでは、絶対に救われることはできません。
Aほとんどみな、律法主義に陥っています- 律法は救いを与えることができません。道を案内するだけです。ところが、大部分がここに陥っています。その上に、ほとんどみな極端な神秘主義に陥っています。力を体験するかもしれませんが、救われることはありません。
B宗教主義(多元論)- ほとんどの世の中が、イエスを信じないでも救われると話しています。勉強を良くした人は、宗教に行きます。多元主義に陥っているのです。この話をするために数多くの本が出てきました。学生達が本をたくさん読むべきなのに、こういうことが多いので、本を読むなと言いたいほどです。できるならば、宗教書籍を読むなと頼みたいのです。つまらないことが入っていけば、引き出すのがどれくらい難しいか分かりません。半分くらい殺して、やっと出てくるということです。福音の目で見れば、本当に心配です。悪いのではありません。
C博愛主義- 博愛主義思想は、良いことです。しかし、救われる信仰ではありません。

2)不信仰 - 大きい災い
▲結論的に、答を出して入っていくべきなのは、救われたか、救われていないかで、'不信仰'は、大きい災いに追い込んでいきます。この不信仰が怖いのです。それで、私たちの信仰、その土台の中で最も一番目が "神様を信じなさい”ということです。
この不信仰に対して、私たちは簡単に考えるのですが、事実は、ものすごく怖いのです。癌と同じです。癌は早期発見しない以上、よくなりません。早期発見をしたということは、直したということではなく、生きる可能性を持って、弱い部分を押さえ込むことであるゆえに、生きる可能性があるという意味です。この癌よりもっと怖いのが不信仰です。
▲そんなにも、神様があなたと共にいると言われるのに、信じることができなかった人が、まさにアブラハムです。それで今のイスラムを産み出すようになったのです。
@不信仰がずっと続けば '混乱’がずっと来ます。
A疑問
▲むかし、銭湯で自分のお金を持って行かれると思って、二人が風呂に入らず、ずっと衣装だんすにあるお金を確認するために、足を入れては出て、一日中行ったり来たり…
この疑問は、ものすごく消極的、批判的、律法的、強情になります。このように、不信仰はとても怖いのです。これが生き方に対する一例です。
▲不信仰を持っている以上 '大きい災い’を防止することができません。救われたのにも、そうなのです。救われても不信仰になれば、これが来るようになっています。
▲神様はなさることができます。神様は、皆様のすべての状況を、全部知っていらっしゃるのです。神様は、皆様の夫のレベルを知っていらっしゃいます。皆様の夫を神様に任せるように願います。そして、ここに離婚した方達がいますか? 既に離婚したことは、良かったのです。それも心配しないで。心配してはなりません。私たちは神様の子どもであるゆえに、神様に全てのものを任せるのです。 99% 任せるのではなく、100% 任せましょう。神様には疑問となる隈がありません。これが皆様の体質にならなければなりません。 "私の子どもを力ある神様の御手に任せます" これが信仰です。 "私の問題を神様の御手に任せます。私の未来と牧会を神様の御手に任せます" これが私たちの信仰で、私の土台です。私はこの部分を選択しました。
▲全てのものが、神様の御手にあります。私達が170くらい生きて、行く時も、秋の紅葉になった時、果物をたくさん食べて、友人といっしょに旅行して行くと思ってできるでしょうか? 絶対、そのようなことはできません。神様の主権です。
▲私の母の親戚一人は、90才になりました。それで盲腸になったのですが、あまり年齢が若くなくて、手術をすることができず、家に連れて帰ったのに 94歳になって亡くなりました。私は、人が死ぬのを見て、神様が生きていらっしゃるよと感じました。どうすることもできないのです。私が知っている人は、道を行く時、肉の入れ物が飛んできて当たって死にました。避けることができません。またある人は、車に乗っていたのに、相手の車が中央線を侵犯してぶつかって、瞬間に 'あ!' となって目を開けたら、3ケ月が過ぎた後だったと言いましたよ。やはりいのちは、神様の御手にあります。誰が人の勝手にできるでしょうか? 99% 信じず、100% 信じるように望みます。静かに考えてみましょう。誰の話を信じるでしょうか?
▲悪霊の話が信じられるのでしょうか? 占い師の話、人の話、政治家の話が信じられるのでしょうか? 話にもならない話です。霊的な目を開けてご覧になることを希望します。世の中のものは、全部、話にもならないことです。神様を信じましょう。神様の御手にあります。信じてくださるように望みます。 "神様を信じ、またわたしを信じなさい。心配しないで" 土台! 疑う必要がありません。神様が皆様のいのちを治めておられるのです。

3)表に現れない不信仰
▲ところが、私たちにまた表に現れず、不信仰が生じるのです。
@知識
A世の中
B職業が、私に表に現れることもなく、信じないようにさせることを注意しなければなりません。
▲勉強をとても多くしたことが、むしろ助けにならず、世の中の経験、職業が、表に現れず、神様を信じないようにします。これを注意しなければなりません。神様の祝福で、勉強を多くした人は、より一層、用心しなければならないのです。パウロのように、私が持っている知識は、何でもないということを告白しなければならないのです。
▲私は、10の信仰の土台を持って、真剣に大学生と、年を召した人と勉強しました。一般信者地域教会が開かれれば、この10の土台を持って勉強しましょう。世の中の知識は悪いものではありませんが、これゆえに、私の信仰が落ちることがあります。これは、表に現れないので、より注意しなければなりません。神様を知った後に、アインシュタインという人は、最高にすばらしい科学者になったのですが、自分の頭を15%も使うことができなかったし、神様を知ったエジソンは、途方もないことを発明したのに、自分の発明は、神様に比較すれば、何でもないと告白しました。
神様が、イスラエル民族をエジプトから連れて出る時、みんなあ奴隷でした。それが幸いだったのです。仮りに、その中に勉強した人がいたならば、うるさくて連れて出ることができなかったでしょう。そこにもし、地質学者や兵法を勉強した人がいたならば、出てくることができなかったでしょう。いっそ学がなかったことが、よくなりました。出てこようというので、みなついて出てきたのでした。神様が第 2の開始、初代教会の開始をされた時、みんな無知な人々を集められました。 天使が "ガリラヤ人々よ!"と呼んだということは "この無知な人たち"という意味です。私達が知っているとして、どれくらい知っているのでしょうか?
▲モーセが紅海を分けるとすれば、学がある人は、話にもならないと言うはずです。むしろ、無知な人を集めることがより良いことがあります。では、学がある人はだめなのでしょうか? そうではありません。そのように悟ってはなりません。
Iコリント1:20-25にパウロが話したではないでしょうか? "知者はどこにいるのですか。学者はどこにいるのですか。この世の議論家はどこにいるのですか。神は、この世の知恵を愚かなものにされたではありませんか。…なぜなら、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。" 私達が知っているとして、どれくらい知っているでしょうか? 敢えて、神様の前で…だから、表にも現れず、行くことができるのです。行動はすべて出来ません。しかし、私は神様を 100% 信じます。私の困難、困難な問題、牧会を神様に任せます!
知恵のある者、議論家はどこにいるでしょうか? この地の知恵と神様の愚かさと、どちらがより良いでしょうか? 本当に不信仰を脱ぎ捨ててしまいましょう。したがって、これから神様に任せましょう。困難を神様に任せましょう。

4)結果 - 霊的、心、精神、肉体の病気
▲この不信仰を持っていれば、重要な結果がくるのですが、私たちも知らない間に、霊的な問題がくるのです。教会に通っていても、祝福を受けようと、どのようにすれば復興するのかと思う、それ以上ではないのではないでしょうか? すると、私も知らない間に、霊的な問題がきて、心の病気がくるようになって、精神的な問題がきて、その次に肉体的な問題がやって来るのです。自分も知らないうちに…この不信仰が、本当に怖いのです。
@ヨハネ14:1-27に, "あなたがたは心を騒がしてはなりません。神を信じ、またわたしを信じなさい…わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。わたしを通してでなければ、だれひとり父のみもとに来ることはありません。…わたしは父にお願いします。そうすれば、父はもうひとりの助け主をあなたがたにお与えになります。その助け主がいつまでもあなたがたと、ともにおられるためにです。その方は、真理の御霊です。世はその方を受け入れることができません。世はその方を見もせず、知りもしないからです。しかし、あなたがたはその方を知っています。その方はあなたがたとともに住み、あなたがたのうちにおられるからです。…わたしは、あなたがたを捨てて孤児にはしません。わたしは、あなたがたのところに戻って来るのです。…助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。わたしは、あなたがたに平安を残します。わたしは、あなたがたにわたしの平安を与えます。わたしがあなたがたに与えるのは、世が与えるのとは違います。あなたがたは心を騒がしてはなりません。恐れてはなりません。”とおっしゃいました。 "わたしの名前で祈りなさい" できますか? 神様の契約、ヴィジョンを捕まえて…私は出来ないが、神様はなさることができるのです。結局は、どんな信仰が出てくるのでしょうか? "神様の主権!" 神様の主権を信じるということは、神様の存在に向かって信じること、神様が働かれるという統治を信じることです。私は本当に幸いなことに、知らずに行ったのに、神様の主権を信じる教団(神学校)へ行きました。これが一番目の土台です。
▲これが、私たちの一番目の土台です。前回のことを復習しました。必ず記憶しましょう。

(2)キリスト
▲2番目です。神様を信じるのに、私たちの重要な土台が 'キリスト'にならなければなりません。結論から出します。キリストで土台にならないと、不思議にできていきません。
1)これが土台になっていなければ- 伝道の実ができません。
▲キリストの土台が堅くなければ、伝道の実ができません。
@マタイ4:19におっしゃられて "わたしについてきなさい。わたしがあなたがたを人間をとる漁師にしてあげよう" だから、キリストで堅くなっていなければ、伝道の実が出てこないのです。
Aマタイ11:28-30, "すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい…わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです。" 今日から、教会と家庭に不平がある人は、すっかりみななくすように、主の御名でお祈りします。
Bマルコ3:13-15, 弟子を呼ばれた理由が、ともにいるため、伝道するようにするため、悪霊を追い出す権威を与えるためだとなっていないでしょうか? 神様の方法は、この道しかありません。
Cマタイ28:20 主が世の終わりまでともにいますと
▲マルコ16:19-20 御座におられる主が、私たちとともにおられ
D使徒1:3-4, 神様の国が臨むようになるはずです!
▲東三第一教会に赴任してきて、まず復興会をしました。一番目メッセージが、まさに "私たちの土台"でした。これが分からないと出てくるなと言ったのですが、みな出てきました。キリストが私の土台にならなければなりません。

2)これが土台がになれば- 霊的問題が解決
▲キリストで根をおろさなければなりません。この土台がだめになれば、どんなに祈って努力をしても、霊的な問題が解決できません。これは、正しい、正しくないということではありません。趣味ではないのです。何か理解すると、霊的な問題が解決にするのでしょうか? そのような次元のみことばではありません。
@創世記3章
A創世記6章
B創世記11章の問題が解決しないのです。成功しても崩れます(バベルの塔).
C創世記12:1-9, アブラハムは召されたのに、エジプトに下って行きました。そこで連れてきたのが、ハガルで、それで産まれたのがイシュマエルです。
D創世記13:1-13, 紛争と困難がずっと続くのです。
E使徒11:1-19, キリストが土台にならなければ、復興しても問題です。集まってむだな話をずっとするのです。
F使徒15:5, とても福音運動がたくさん起きるので、パリサイ人の中でイエスを信じる人が出てきました。. "異邦人にイエスを伝えても、割礼をしてこそ救われる”という主張が出てきたりもしたのです。キリストを知らなければ、こういう深刻な問題が出てくることもあります。

3)サタンの戦略
▲キリストが土台にならないと、救われてもサタンの戦略に勝てません。
@使徒5:1-10, アナニヤとサッピラ夫婦は、多くの恵みを受けたのですが、キリストが土台にならなかったのです。
A使徒6:1-2, 配給品をくれないと、疲れて元気がなくなったり、分派(ギリシヤ, ヘブル派)が生まれました。キリストの中には、地域がありません。嶺湖南も南北もないのです。忠清道はのろいけれど、安定しています。私たちタラッパンで、忠清道の人々を見ましょう。ちょっとのろくのですが、着実です。
B使徒11:1-8, キリストで土台にならないから、コルネリオの家で食事したことまで論議になりました。
▲私は堂会をする時、絶対に私の主張をしません。どんな意見も受け入れます。どんなに違ったことを話しても、受け入れるのです。なぜなら、ひとりも落伍なしで行くために、みな受け入れるのです。その代わりに、これをむやみに考えて、通常に考えたり、悪用するならば悪い人です。私はしたい話があれば、たとえで話します。そして、悟れなければ、それ以上は話しません。私は遠くに行っているので、これを理解できなければだめです。教会は、ともするといらない話を多くするようになるのです。
C使徒15:5と同じいらない話が出てくるようになります。
D未信者状態から抜け出したのにもかかわらず、キリストが土台にならないと、ここに影響を受けるようになります。
▲私たちに信仰がなければ、私たち自らが多くの問題を作り出すことで、キリストが土台にならなければ、伝道ができなくて、霊的問題を解決出来なくて、サタンの戦略に勝つことができないのです。

▲3番目の土台 - 聖霊の働き
1.実際
(1)いままで、聖霊に対して理論、文字、神学的な勉強だけしました。
▲いままで聖霊に対して、理論の勉強、文字の勉強、神学的な勉強だけしました。
(2)体験
▲しかし、初代教会は理論だけで終わらなかったし、実際に味わったのです。聖霊を体験しました。
1)創世記41:38で、パロはヨセフを見て, "神の霊の宿っているこのような人を、ほかに見つけることができようか。"と言いました。
2)エゼキエル37:1〜10で、エゼキエルに命じられて、乾いた骨に息を吹き込みなさいとおっしゃいました。生じる聖霊の働きのことです。
3)イザヤ6:1〜13で、イザヤが聖霊の充満を受けた時、時代的な答を下さって
 4)ダニエル10:10〜20では、ダニエルが聖霊の充満を受けて祈った時、時代的なメッセージをくださいました。
5)使徒1:4〜8の "しかし、聖霊があなたがたの上に臨まれる時、あなたがたは力を受けます…わたしの証人になります”というみことばが、使徒2:1〜13にそのまま成就しました。そして、使徒19:1-8では, "信じた時、聖霊を受けましたか?"と言って、みことばを伝えた後に、聖霊の力を受けた弟子たちが起こされる事があって、起こった後に、エペソがひっくり返るみわざが起きました。聖霊充満したパウロを通じて、エペソ全域に大きいみわざが起きたのです。

2.聖霊の体験は三つの部分が重要です
(1)聖霊の内住- 救い(Iコリント3:16)
▲聖霊が私の中におられること(内住)は、まさに私が救われたということです。皆様は滅びません。'私は救われたのだな。神様の子どもなのだな。私を赦して、子どもとして呼ばれたのだな' これが聖霊の働きであり、救いです。
(2)聖霊の導き- 信仰生活(ヨハネ14:16-17)
▲信仰生活とは、聖霊の導きを受けることです。難しくありません。
(3)聖霊充満- 力、証人、伝道(使徒1:8)
▲これからは、力を受けて証人になるべきですが、それを伝道と言います。皆様の中で苦しめられている人がいますか? 少しだけ聖霊で満たしてくださいと祈りましょう。明らかな答えを受けるようになります。

▲聖霊のみわざが自分の土台にならなければ、まず力がありません。キリストが土台がならなければ、問題解決しません。救われたとしても、信仰がなければ、自ら崩れるのです。未信者は言うまでもなく、信者が不信仰しては、事がなりません。キリストが私の土台でなければ、問題解決しません。聖霊のみわざが土台でなければ、力がないのです。100% 信じましょう。小さいことも確実に信じましょう。

3.どのように聖霊を体験するのでしょうか?
▲どのように、この力を体験して、私たちの土台にするのでしょうか?
(1)福音の奥義
▲福音の深い奥義の中で、聖霊の驚くべき働きを体験するようになります
1)使徒9:1-15 パウロは、復活なさった主に出会いました。
2)使徒11:25-26, アンテオケで弟子訓練を受けるようになって,
3)使徒13:1-4, 伝道者として派遣されました。
4)使徒20:21には、ユダヤ人とギリシヤ人に、イエス・キリストに対する信仰を宣べ伝えました。
5)ピリピ1:12-21, 生きても、死んでもかまわない。条件は、福音が宣べ伝えられる道があるならば、そのためならば死んでも良くて、生きても良いと告白しました。
6)ピリピ3:1-20, ピリピ4:10-13, パウロはまた、最も良いことを得たゆえに、全てのものをちりあくただと思うと言いましたし、福音の大きい奥義のなかで聖霊充満を体験しました。 "私を強くしてくださる方によって、どんなこともできるのです"

(2)みことばと伝道体験を通じて
1)使徒13:1-12, これより大きい聖霊体験があるでしょうか? 魔術師、ムダン(霊媒師)が崩れて、ムダン(霊媒師)に捕われた総督セルギオ・パウロが帰ってきて
2)使徒14:14-19, ルステラで足のきかない者が立ち上がるみわざが起きて、弟子テモテが立てられました。石に打たれて死んだと思っていたのに、また町に入っていく程、みことばと伝道体験を通じて、聖霊を体験していたのです。
3)使徒16:13-40, その後にルデヤに会ったし、悪霊につかれた者が生かされて、監獄にまで驚くべき奇跡のみわざが起きました。これが伝道と生き方です。
4)使徒17:1-9, 迫害者が付いてまわったのにもかかわらず、ギリシヤ人、貴婦人、ヤソンが帰ってくる驚くべきみわざが起きました。
5)使徒18:1-4では、プリスキラとアクラ夫婦に会いました。
6)使徒27:24-25, パウロが死にそうになったのに、神様の使いから "恐れてはいけません。パウロ。あなたはカイザルの前に立ちます”というみことばを聞くようになりました。この聖霊の驚くべき体験!

(3)祈りの中で聖霊を体験しなければなりません。
▲皆様は祈りの中で聖霊の体験をしなければなりません。5つの単語をのがさないようにしましょう。
1)定刻の祈りの中で
2)常時でずっと祈ればよいのです
3)困難にあっていますか? どれくらい献身をしなければならないのでしょうか? よく考えるように願います。考え、判断を良くすることも祈りです。
4)教会に行けば、神様のみことばをよく聞きながら、礼拝をささげながら祈りましょう。

5)現場に行ったでしょうか? 現場に行けば、答えを発見、確認することが重要です。
6)これが出来なければ、特別祈りをしましょう。
▲祈りの中で、聖霊の能力を体験するのです。
"五旬節の日になって..." 力がなければなりません。牧会も、事業も力がなければならないのです。これが 土台になればよいのです。

▲明日は、聖書のみことばです。聖書のみことばが、私たちの土台です。ここにすべての場合がみな出てきます。聖書を正しく見れば、私たちの土台になります。
皆様が一生、忘れることはありえない証拠があることを主の御名でお祈りします。

(The end)
 
 



信仰の土台04: 神様のみことば
聖書: ヘブル4:12-13
 
                      
聖書みことば(ヘブル4:12-13)
12/神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。
13/造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。

→序論
▲今、私たちの信仰の明らかな土台について、みことばをずっと語っています。
(1)神様の主権
▲一番最初に申し上げていることが、信仰です。まさに神様の主権を信じる信仰です。救われた人であっても、この信仰がなければ '自分’が崩れるのです。
(2)キリスト - 霊的問題の解決
▲キリストに完全に根をおろすことができなければ、自分自身が持っている '霊的問題'を解決できないのです。
(3)聖霊の働き - 力
▲この部分に恵みを受けることができなければ '力’が生まれて来ません。力がなければならないのです。
(4)神様のみことば - 方向
▲今日、お話する '神様のみことば'に根をおろすことができなければ、いつも方向が違うようになって、大変なことになります。
(5)身分 - 教会生活
▲では、救われた私はだれでしょうか? 身分です。これが正しくならないと、教会生活が正しくなりません。いつも、この話、あの話を聞くので…
(6)宣教地 - 伝道の成功
▲皆様がいるあらゆる場所が、宣教地です。この部分が正しくならなければ、伝道に成功することができません。それで、毎月一回ずつ、一般信者地域教会として集まるのです。
(7)生死禍福(生死、災い、幸福) - 性格
▲神様が、私たちの生死禍福を完全に治めておられます。もちろん、主権とも同じです。私たちの人生を治めておられるのです。この部分に対して揺れたり、根をおろすことができなければ、私たちの性格がいやされることができません。
(8)時限付き人生 - 謙遜, 大胆
▲ここにいるすべての人は、死ぬようになります。これが信じられる時、謙遜で、大胆になります。これを知らなければ、高慢になって、不安になるのです。
(9)来世(天国, 地獄) - 背景
▲必ず来世、天国と地獄はあります。ここに対する根をおろすことができなければ、背景が堅くならないのです。地獄の民は、地獄がまさに背景です。
(10)真の伝道者 - 経済の祝福
▲最後の十番目の土台が '真の伝道者'です。報いを失いません。この部分に根をおろすことができなければ、決して祝福を受けることができません。特に、経済の祝福を受けることができないのです。やさしい例で、米国を見てみましょう。よくしても、していなくても、20世紀の一世紀に入って、一番伝道を多くした 国が米国です。それで、神様が経済を注いでくださったのです。今は、反米する国も、米国に追従するではないでしょうか? そうでなければ、飢え死ぬので... 全世界を食べさせて生かす力があります。ヨーロッパと アジアの大きい国を合わせた国家全体の予算が、米国の国防省の予算より少ないのです。このくらいの祝福を... とにかく、一世紀を生かした国です。
▲この土台は、確かです。これから強固にならなければなりません。これができれば、伝道、祈り、あらゆる祝福がみな回復します。

▲聖書箇所をいくつかを書きます。
(1) 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。完壁な神様のみことばです。
(2)イザヤ40:8 永遠に立つと言われました。間違いない神様のみことばです。
(3)Uテモテ3:16-17 神様のみことばは、神様の霊感で書かれた、完全な本です。
(4)ローマ15:4 記録されたあらゆるみことばが、単純な記録ではなくて、これからのことを私たちを教えるためのものだと言われています。どれくらいすごいでしょうか? Iコリント10:11にも出てきます。
(5)黙示録1:1-3 過去、現在、これからあることをおっしゃっています。完壁なみことばです。したがって、宗教の中で唯一、キリスト教だけが吉凶を占っていません。吉凶を占うということが、自分たちが持っている経典が完壁ではないという証拠です。私達が持っていることは完璧です。それで、集い、礼拝が重要なのです。皆様が聖書をたくさん読まなくても、正しく知っていなければなりません。たくさん読めば良いけれど...
▲ところが、驚くべき事実は、韓国のクリスチャンの中に、占い師を訪ねる信徒が30%以上という統計がソウルで出てきたのです。私はこの記録を見ながら、ソウルの信徒は全部、でたらめなのではないかという気がしましたよ。その程度ではありません。母教会の大きい事業をする長老の中に、専属の占い師をつけている人々が多いらしいのです。これは全く神様のみことばと関係なく生きていっているということです。言わば、この土台が全くなっていないという意味です。それで、みな崩れるのです。
その上に、ソウルの中に、牧師按手を受けて牧会をしているのではない人が、5万名にもなるらしいのです。どれくらい分別がないのか、開拓をどこにしなければならないのか、吉凶を占ったり、宣教師が占いに対して道を知らせてくれて有難いと手紙まで書いたのです。ある宣教師が "私に道を教えてくれて、とても有難い”と手紙を書いたことが本で出る程です。
▲今晩に、本当に答を出さなければなりません。神様のみことばを、どのように理解してこそ、最も良くすることなのかを知っていなければならないのです。いくつかを知っていればよいのです。

1.福音 - 救い(根)
▲聖書 66巻が最も主張することが何でしょうか? 滅ぼされる、救われなさい。救いだけ受けず、この驚くべき救いの奥義、福音に根をおろせということが聖書の核心です。

(1)雄羊(創世記22:1-20)
▲アブラハムに信仰の根をおろせと呼ばれたのですが、この根が下されなくて、ほとんど一生、苦労しました。そうしながら、創世記22章でイサクを通じて悟るようになったのです。まちがいなく、イサクが死ぬべきなのに、雄羊が死んだのです。
なぜ韓国と世界教会が良い事をして、十字架がとてもたくさんつけられているのに、この地に、この地球上に、問題がくるのでしょうか? 理由がありません。それが原罪です。それを解決することが、キリストです。多元論を主張する牧師が理解できるでしょうか? 皆様の子どもの精神が狂ったのを早く解決して、家庭の問題を解決して、悔い改めるように願います。

(2)奴隷(出エジプト3:18)
▲しばしば忘れてしまっているのです。根をおろせということです。それでまた、イスラエル民族が奴隷になったのです。その時、他を話されたのではありません。忘れてしまったことをおっしゃられたのです。 "犠牲のいけにえをささげなさい"(出エジプト3:18) 創世記22:1-2のみことばをまたおっしゃったのではないでしょうか? それで、私は講壇に立つ時ごとに、福音を話すべきだと決断を下したのです。それが私たち信徒を殺さない道です。福音を話さないで、多様なプログラム、相当な力のことができます。しかし、それが滅びる道なのです。悪魔のねがい、戦略! 福音に根をおろさないようにすることです。
▲私は心配になって、いろいろな牧師の説教をたくさん聞いてみます。
ものすごく恵み深く、ものすごく力があるようにするけれど、結局、他のことです。どのようにすれば、福音の根をおろすことができなくするかというサタンの戦略にだまされるのです。
はなはだしきは、ある人は "病気になった人は、自分の写真を付けておいていれば、病気がよくなる"と言いました。その上に、信徒は無知でついて行くのです。偶像崇拝とそっくりです。これがまさにサタンの戦略です。する時はおもしろいけれど、後ほどはみな死にます。このようにして、結局、滅びるようにさせるサタンの戦略です。キリストの根をおろすことができないようにするということです。やっと生かされて、感謝して、記念塔を立てたのに、また忘れたのです。

(3)捕虜(イザヤ7:14)
▲ものすごい祝福を受けたのに、また忘れてしまって捕虜になりました。この時、神様が, "精神を整えなさい。がんばりなさい"と言われるべきでしょう? ところが、多元主義と神学勉強を少しした人は、理解できないようなことをおっしゃられたのです。 "見よ! 処女がみごもって男の子を産む。その名をインマヌエルと呼ばれる"(イザヤ7:14)
ところが、共同翻訳をする牧師たちが集まって、「これはミスプリントだ。どうして、このようなことがあるのか? 」と言って、それで '処女'を '女'に翻訳しました。根本を変えたのです。タラッパンは、何となく集まったのではありません。私のためでも、皆様のためでもないのです。

(4)植民地(マタイ16:13-20)
▲やっと抜け出てきたのに、またローマの植民地になりました。
この時、イエス様が マタイ16:13〜20で、人々がわたしを誰だと言いますかと言われた時、とんでもない話をします。バプテスマのヨハネ、エリヤ、エレミヤだと返事をしました。
この時、ペテロが "主は生ける神の御子キリストです"と正しい告白をしたのです。まさに創世記3章の問題の解決者ですと告白したのです。それで、初代教会が誕生しました。ところが、また忘れてしまったのです。

(5)中世教会
▲中世教会が出てきました。行いで救われると言いました。この時、ルター、カルヴィンが出てきて、ローマ1:16〜17のみことばで「義人は信仰で生きる」と言いました。ある人々は、この話は14世紀に言った話だと、とんでもない話を言います。そうすると、霊的問題が解決しません。

(6)ドイツ, 米国の覚醒運動
▲私は、詳しく見ました。中世教会以後、改革教会以後に、この福音がますますなくなり始めて、幸いにドイツや米国で福音がおき始めたのです。少し福音が薄い復興運動が、用心深く登場しました。実際には、福音を回復したというよりは、覚醒運動をしたのです。それで、米国が祝福されました。

(7)今- レムナント運動
▲いまは、そのどの時より、悪い世の中に(悪霊、占い、ニューエイジ、宗教多元主義) なって、易、シャーマニズムがいちばん優れている世の中になりました。それで、福音を持ったレムナントを育てるべきなのです。これが聖書が語られていることです。これを悟る瞬間、紅海、バビロン、ローマ、中世教会も押し倒され、ものすごいことが悟る瞬間に起きました。
▲今でも、福音を忘れてしまうようにさせる、おかしなもの、おもしろいもの、興味が沸くものが、あまりに多くて、それをしている途中で、結局、福音を忘れてしまうのです。これを明らかにすることが聖書です。
▲今、私が心配にしていること(事実、心配するなと言われたのですが)は、本当に皆様が悟ったのか分からないということです。これを知っていれば、部屋を閉めて座っていても、伝道される人がドアをたたくはずです。これが分かった人ならば、祈らなくても、答えがむやみに注いで与えられるのです。
これを明らかにすることが聖書です。この救い主、主人公がいらっしゃるはずだということが、まさに旧約(Old Testament)で、いらっしゃったということが新約(New Testament)です。

2.霊的知識、霊的問題とは何でしょうか?
▲聖書は、福音を受けた後に、霊的知識と霊的問題が何かを知るようにさせます。
(1)霊的知識- ホセア4:6に、わたしの民は、知識がなくて滅びると言われています。まさに神様を知る知識と、霊的知識がなくて滅びるということです。
▲多元論を主張する牧師に尋ねたいのです。すべての宗教がひとつにならなければならないと主張する統一教に尋ねたいのです。 "なぜ、この地には問題が続いているのか?" 本当に、正しく知っていなければなりません。ある神学校で講義をしたことがあります。宗教多元主義が間違っていると話しながら、この門から出てこそ生かされるということが、どうして独善なのか?と話したら、教授たちが立ち上がったのです。それで、では一度討論してみようと言うので、それはそのような話はするなとということです。ただイエスだけという話は、むかしの話だということでした。今は生き方を扱うべきだということです。本当に問題です。なぜ災いがずっと来るのでしょうか? 十字架が多いのに、なぜ霊的問題がくるのでしょうか? ひどいのです。これを知るようにすることが、霊的問題です。

(2)霊的問題- これが、まさに霊的問題です。

(3)霊的存在- より正確に食い込めば、霊的存在があるということです。
▲地球上で、一番のベストセラーが聖書なのに、唯一、聖書でだけこの話をしているのです。すべての本は、悪霊に仕えることを教えているのに、聖書だけ, "へびとさそりを踏みつけ、悪霊を制する権威を与えられた"と言っています。サタンの策略を、聖書でだけ明らかにしているのです。 '悪霊論’ではありません。悪霊論を作りだしたことも間違いで、無条件に非難することも間違いです。

▲この2つのことに対して目が開かれれば、聖書を正しく見ることになります。

3.生き方
▲聖書は、この時から '生き方’を語られています。
聖書には、皆様がどのように生きるべきかということが、完壁に出ています。
(1)事件- 解答
▲全てのものの解答が出ています。
(2)事− 方向
▲あらゆる事の方向が出ています。
(3)専門性
▲どのようにすれば成功するかに対しての専門性があります。
大統領は、どのようにすれば良いのかということに対することまでも、聖書にあります。ダビデのように "全てのことは、神様がなさって、神様がくださった"と告白することが、本当に正しい大統領です。ところが、大統領で出てくる人、国会議員で出てくる人々が言うのは "このことは、自分だけしかする人がいない"ということです。本当に恥ずかしい話です。
私が、国会議員の選挙運動の遊説を見ると、とても残念になります。全部、あの人はおじいさん、おばあさん、父、母がこれで、あんなふうだから、悪い奴だからだめで、自分だけがならなければならないと言いましたよ。私ならば、そのようにしません。 "あの人が、私よりはるかにベターだ。ところが、私はこういう部分に、本当に奉仕をします。私にそれを希望されるならば、選んでくださって、それでなければ、あの人を選んでください" このようにすれば、票が集まるはずなのに…
こういう人間だけが出てくるので、国に良いことがあるでしょうか? 率直な話です。聖書には、指導者に対する話、商売に対する話がみなあります。最も専門性があるものを作りましょう。それを売って、福音を伝えましょう。軍人はどのようにすれば良いのでしょうか? 牧会はどのようにすれば良いのでしょうか? ムダン(霊媒師)がいれば、なぜだめなのかも聖書にあります。この話を聞いているムダン(霊媒師)は、早く帰ってきてください。そうでなければ、子どもが大変な事になります。本人も結局、後ほどは問題がきます。絶対に占いをしに行ってはなりません。占う長老、本当に悔い改めるように望みます。悪霊に行ったのです。皆様の事業と貴重な人生を、ムダン(霊媒師)に尋ねたということは、悪霊に尋ねたのです。悪霊が私たちに未来を与えることができると考えるのでしょうか? 大変な事になります。伝道の見解でみれば、皆、 見えるはずなのに...

4.伝道ヴィジョン (20個)
▲聖書のみことばの中に、重要な '伝道ヴィジョン’が入っています。いままで私達が20個の伝道ヴィジョンを出しました。20個の伝道ヴィジョンが聖書にあります。
(1)私のビジョン- これを探し出して、私のヴィジョンとして持つことです。
(2)答え- すると、まちがいなく答えがきます。
(3)次の行動- 答えが来たら、答えをおって次の行動をなせば良いのです。
▲何の心配する必要がありません。韓国教会で私たちを理解して、韓国教会とともに行こうと言われたら、行けば良くて、来るなと言われたら私たちの間でなせば良いのです。伝道は、私たちにはできていくしかなくて、自信があることで... これから、伝道合宿時代になれば、より大きい答えがくるはずです。終わりまで、世界の福音化と韓国教会のために生きれば、答えを受けるようになるはずです。
▲使徒に対する異端のレッテルも、250年が過ぎた後に取り外されました。本当におそろしいことです。私たちの異端のレッテルも、神様がはずされるようにできます。伝道運動があまり急で、すぐになくすことができます。だから、頭を使わずに導きを受ければよいのです。このヴィジョンを見れば、占う必要がありません。答えが来れば、答えにしたがって次の行動をなせば良いのです。だから、どれくらいやさしいでしょうか?

5.一致する日がきます
▲あなたがたに '一致'がくる日があるのです。
(1)講壇のみことばと
(2)私と
(3)現場が、ぴったりと一致します。
▲なるしかないのです。聖書の重要な答(福音)、霊的問題、生きる方法、ヴィジョンを下さいましたから、一致するしかないのです。ぴったりと合います。だから、何ゆえに占いに行くのでしょうか? 何で未来を心配するのでしょうか? そのまま生きれば良いので... 皆様と私ほど、正確に未来を見る人々が、どこにいるでしょうか? 5つの目標(ビジョン)があります。聖書がそのように語っているでしょう。尋ねに行く必要がないのです。ある丁寧な人は、占いにどうして行けるだろうか、と言いながら、神秘主義者を訪ねて尋ねるのです。キリスト教式ムダン(霊媒師)です。
聖書を見れば、答が出るようになっています。聖書を知らないから、さ迷うのです。
▲リンカーン大統領は、ガラテヤ3:28のみことばを捕まえました。キリストの中では、ギリシヤ人もユダヤ人も、自由人でも、奴隷でも一つだというみことばを捕まえて奴隷解放をさせたのです。
サンダースという人もマタイ11:28〜29をみことばの中から捕まえたのです。すべて疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。
▲私は、使徒27:24の "恐れてはいけません。パウロ。あなたはカイザルの前に立ちます”というみことばです。これは、パウロに言われたみことばですが、私が捕まえたのです。開拓教会の初めての礼拝、初めての説教でした。マタイ24:14に、あらゆる国の人々に福音が宣べ伝えられた後に、終わりがくるとあります。皆様も、契約を捕まえて揺れないように願います。私は伝道者だという考えで、問題がくる時に勝ちました。私がカイザルの前に立たなければならないのです。
私が米国に行って、ホワイトハウスの模型を二つを買って、一つは私達の孫に見せるために持っていって、一つは私の書斎に置きました。意味があります。 "カイザルの前に立たなければならない"
▲皆様がみことばを捕まえてくださることを望みます。根をずっとおろしましょう。根をおろさないと、ある日、滅びます。だまされてはなりません。霊的な目を開けなければなりません。それでこそ、滅びません。そして、聖書の中で生き方を探して、ヴィジョンをさがすように願います。そして、神様のみことばを追って、未来を歩いていくように願います。 "契約の箱に従って行きなさい" みことばを追って行きなさいという話です。
契約の箱に従って行きなさい。間違いありません。用心しなければならないのです。みことばに従って行きなさい。道を保ちながら行きなさい。牧師たちは、皆様が伝えるみことばが、神様のみことばであることを意識して行きなさい。この話が、道を保ちなさいということです。牧師の近くにいる働き人、役員は、礼拝の時、宣布される牧師のみことばは、神様のみことばだと信じて聞きましょう。これがまさに道を保つことです。この時、契約の箱が、ヨルダン川に足を踏む瞬間、ヨルダン川が分かれたように、みことばに従って行けば、現場が変わります。

6.結論- お願い(要請)
(1)解釈 - 福音
▲皆様が今から、あらゆる解釈を福音で持とうとする習慣をつけるように望みます。すると、福音の力が生じます。
(2)見る目 - 伝道
▲皆様があらゆる見ることを '伝道'という焦点で見ましょう。すると、伝道の力が生じるはずです。
(3)事実 - 祈り
▲皆様のあらゆる事実を、あらゆる現場を、全てのもの祈りで見つめましょう。すると、祈りの力が生じるはずです。
▲3つの力が生じるはずです。全てのものを福音を持った目で見ましょう。全てのものを伝道の目で見ましょう。すると、ぴったりと合うようになります。すると、あらゆる事実を祈りという目で見ましょう。はじめにはうまくできません。福音でない律法で見たり、伝道でない違ったことに見てきたので、うまくできないのです。祈りとは別に、現場は別にしてきたし、祈りとは別に、事実を別にしてきたから、簡単ではないでしょう。
徹夜祈りを思い切りしてきて、他人の畑で唐辛子を取ってきたり、悪口を言ったり、家に帰ってきて夫を見たら、悪魔と言う等、祈りと事実が別でした。これからは、変わらなければならないのです。

すべての事実を祈りで見ましょう。するとなっていくのです。
(The end)