2004年09月21日(一般信徒地域教会訓練 9月)



第1講: 三位一体の信仰
(マタイの福音書 28:18-20)
 
 
聖書みことば(マタイの福音書 28:18-20)
18/ イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。
19/それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、
20/ また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」
 
小教理問答第6問答
(問) その神には、いくつの位格がありますか。
(答) 神には、三つの位格があります。御父と、御子と、聖霊です。この三位は、実体が同じで力と栄光において等しい、ひとりの神です。
 
→序論
▲70人には、正しい地域教会というメッセージをしました。ミッションホームをする方達には、正しい弟子の集い、ミッションホームに関する話をしました。その部分だけよく知っていれば、みな解決します。あなたがたは、新しく考えて、新しく出発しましょう。聖書にあるヤソン、プリスカ、ルデヤ、ガイオ、こういう人々が味わった祝福を言うのです。この人達が味わった地域教会、ミッションホームを悟らなければなりません。
▲どのようにすれば、その事を正しくできるのでしょうか? 私は実際に、この部分を知りながらできるようになり始めたのです。19節"それゆえ、あなたがたは行って・・・”、それから20節です。
▲今日、最初の時間の主題は三位一体の信仰です。イエス様が確かにおっしゃいました。父と子と聖霊の御名によってバプテスマを授け。それで、礼拝を終えて祝福する時にも、神様の愛、キリストの恵み、聖霊の交り、このように祝祷をします。いままで失敗して問題を起こしたことが、三位一体からきました。
 
1.失敗 - 問題
▲今でも、これは深刻な問題です。パリサイ人が滅びようになった理由が何でしょうか? 三位一体を否定したのです。イエスを信じないということです。イエス様が神の息子、神様ではないということです。それを拒否したのでした。それで、腹が立って、初代教会を見て、とても悪く迫害をしました。イエス様に本当につけた罪名は、ユダヤ人の王だということでしたが、実際の罪は、神聖冒とく罪です。どうして、大工の息子が神様の息子であるのか? あなたがどのように神様か? このように出てきたのです。初代教会の証拠があるのに、パリサイ人は滅びました。
(1)ユダヤ教
▲ユダヤ教で、このように話しました。イエスはキリストではない。イエスは神様の息子ではない。すなわち、イエスは神様でない。ですから殺しなさい。そこに対する保証と証拠、その血の値を子孫にふりかかっても良い。これほど、大きな戦いです。イエスが神様でないから、十字架にかけて殺して、その血の値は、子孫に振りかけよ。パリサイ人が嘘をついたのではありません。自分たちが、そのように思っていたのです。これがサタンの働きです。その後には、キリストだという証拠がずっと出てきました。幸いなことは、パウロはユダヤ人です。それから後に悟った人がたくさんいます。目をよく一度開けてみるように望みます。今、起きている問題が、ここから出てきたのです。
(2)イスラム
▲イスラムがそうです。イエスはメシヤではないと言います。単なる預言者だと言うのです。神様の息子、キリストではないと言います。ここから問題がきました。今でもイスラムが起こす問題は深刻です。それなら、この部分を簡単に通り過ぎてはならないのです。正しく知って味わわなければなりません。
▲小教理問答という長いものをなぜ選んだのでしょうか? あなたがたは、伝道者であるゆえに、この良い神学を伝道者の目で新しく見なければならないのです。ほとんどすべてが、伝道の目で見なかったために、価値を知らなかったのです。ある場合は、神学校を卒業したり、神学校に通ったりしている人々も、伝道を知らないので、価値をよく知りません。皆様が伝道を本当に体験して、組織神学を見ましょう。ものすごく良い本です。しかし、伝道の本当の味を知らずに組織神学を勉強すれば、とてもむずかしいのです。
そして、皆様がおわかりの通り、この小教理問答は、教会史で問題になる教材であるゆえに、一課ずつ勉強するのです。そして、これからあなたがたの多くが、神学校にみんなが行くことはできません。それで、皆様は、世界的な伝道者なので、神学校に行かなくても、ある程度は知っていなければならないのです。そして、私個人が知っていることでは、神学校に行っても、伝道について、福音について知らない人が行けば、何の助けにもなりません。人間は、福音を知らなければ、祝福を受けても、祝福を受けなくても問題です。とても貧しくなれば、人には霊的問題がきて、とてもお金が多ければ堕落します。正しく伝道を知らなければ、神学勉強をすれば、言葉だけを作り出して、実際には何の実もありません。それで、組織神学を勉強するのです。その中でも最も問題になること、そして、最も論議される三位一体を勉強します。
(3)エホバの証人
▲いくつかを正しく理解すればよいのです。エホバの証人を見ましょう。他のことは何も間違っていません。皆様よりはるかに善良です。皆様はまったく伝道しにいかないのですが、この人たちは、伝道しようと通います。路地ごとにペアを組んで通う人々は、長老教でなく、エホバの証人です。2年間、日本で一番実をたくさん結んだチームが、エホバの証人です。エホバの証人の話を聞いてみれば、この人達は一理があることを話すらしいのです。長老教は異端だと言います。これから、一番滅びる団体があるならば長老教だ。そのように教えるらしいのです。その理由は、救われることができなくて、知らないから、毎日、教会でけんかをする。長老教会でけんかをして、裁判を受けた件数の資料をみな出すということです。長老、牧師、執事がけんかしたことを資料でほとんどすべて言います。これが正しい教会か? こういう思わしくない人々が集まった所が長老教だ。私たちは、ここに陥らないことが本当に幸いだと教えるのです。よりおもしろい話は、伝道しにいった時、長老教の名札がはっている家にまず入っていきなさいと言うそうです。入っていってみなさい。まちがいなく無知だ。聖書について言えば、一言も返事ができないと言っています。救いの話をすればエホバの証人は話しができません。この人たちは、恐ろしいのです。職場を持った人が休暇を使って、チームを組んで伝道しようと通うのです。福音を知らない人が見る時、この人達は、完璧です。ですから、教会の名札がついている家のベルを押して入るのです。以前に、私の家にエホバの証人が来ました。ほとんど長老教の人は、話しをすれば負けます。聖書を引っぱり出します。皆様は、むかし、聖書を知っていたでしょうか? 一つも知らないので、100戦100敗です。この人が教会の名札がついていたので、入ってきたのです。私が見たら、エホバの証人であることが分かりました。入りながら、この家は長老教ですねと言いました。そうです。はじめに聖書を正しく知らなければならないと言いました。どれくらい魅力がある話でしょうか? 聖書を正しく知っていなければならない。それとともに、長老教は聖書を知らないから、でたらめだ。私に聖書勉強をしてみようと言いました。それで、まず腹が立ったのです。怒ってはだめなのに腹が立ったのです。私が入りなさいと言って、一旦、怒りをおさえながら話をしました。あなたは、嘘を言わずに話しなさい。入るときに、長老教は聖書を知らなくて、でたらめだと言ったが、私が理屈を言いました。長老教の人にみな会ってみたのか? 私は長老教ですが、あなたは、今日、初めて会ったのではないか? 聖書通りすべきではないか? すると、長老教の中に、聖書をでたらめに知っている人もいましたよ、というように話すべきで、長老教の人にみな会ってみたのですか? ですから、私が理屈を言って、是非を論じ、それで、気持ちを押し殺して2番目に尋ねました。それでは、本当に嘘をつかず、エホバの証人らしく答えてください。そのようにすると言いました。聖書の創世記1章から黙示録まで、ひとつも落とさず読んだことがあるのか? あるとすれば、聖書箇所を持って掘り下げるはずなのですが、善良にないと言いました。入ってきながら、聖書を知っているとか、知らないから聖書勉強をしようと言ったのに、勇敢に入ることができるのか? 私と聖書勉強ができなくて崩れました。聖書をみな読んでいたら、その次の質問をするはずなのに、善良でした。答えるのに、聖書のどこに私たちの牧師が話をするので、それを話しているということでした。それで、私たちが聖書箇所を正確に知らないから、負けるのです。もし聖書を読んだと言うならば、私がその次の質問をしたでしょう。イエスが神様です。神様の息子です。神の御姿であるという箇所がどこなのか知っているのか? 理由が何か? ピリピ2章です。エホバの証人がみな良いのですが、一つだけ否定するのです。イエスは神様でなくて、キリストではない。これを見なさい。これがこの人達には完璧です。それとともに、キリストの神聖を必ず拒否します。キリストは神様の息子であることを拒否します。ですから、今、全世界を騒々しくしている団体がみなそうです。
むかしの皆様のように福音を知っていたなら、これから終わりの時代には、何にもできなくて死にます。私が知っていることでは、安息教も三位一体を否認すると思うのに、本人はそうではないという人々がいました。
▲これから、地球上で問題になる団体が三団体です。今、イスラムはテロをものすごく繰り広げています。この三団体の根が全部旧約から始まりました。この三団体の根が旧約です。そのようにしながら、キリストを否認するのです。どれくらい重要でしょうか? 私たちは、この部分に明らかな信仰を持って、学んで知っていることも重要ですが、この祝福を確かに味わわなければなりません。今日、三位一体に対して理解をちょっとしなければなりません。
 
2.理解
▲今日の6問に、このようにたずねました。問題を見て答を一度見ましょう。
6問- その神には、いくつの位格がありますか。このように質問をしました。
答- 答には、一つの神に、三つの位格があります。そこに対する返答です。神には、三つの位格があります。三位は御父と、御子と、聖霊です。そして重要な言葉が出てくるのですが、この三位は、実体が同じで力と栄光において等しい、ひとりの神です。返答がそのようになっています。その次に同等な権威と栄光を持っておられるのです。この三つを共に持っておられます。そして、ひとりの神様です。このように返答をしました。
▲歴史的にとても重要な会議で作られた質問と返答です。聖書的にほとんど問題がなくて、ほとんど完璧です。私達がこのように知っていれば良いのですが、ここで祈りの答え、正しく神様の祝福を味わわなければなりません。
▲すると、三位一体の話が出てきたから、それほど恵みにならないけれど、私を批判してきた人に対して返事をちょっとします。
その方がどんな方だという以前に、批判してきた内容がどうなのか、それが重要でしょう。その方の意図、その方の考えが悪い、良いは関係なく、それ以前に、その言葉だけよく聞いて答えればよいのです。
少し、参考のために言うならば、正確に話せばパク・チンギュ牧師が私を見て、四位一体だと主張しました。ものすごく、そのように思えるように話したのです。この方は、本来、タラッパンをした人です。私が大邱で集会をする時、一緒にいつも参加をしていた方です。学校は私の後輩だと思います。ちょっと人が賢いようです。ある面では少し良くないのですが、ある面では賢いのです。なぜこの方が攻撃をしたのでしょうか? タラッパンをしているのに、その教会の伝道師と重要なメンバーが、私たちの牧師は福音でないと言って、私が知っていることでは、伝道師が信徒を連れて出て、ペ・チョンド牧師の教会に行ったのです。その時から、この方の怒りが吹き出したのです。ある意味では、腹が立って当然でしょう。それまでは良かったのです。この方が怒って、柳光洙牧師は四位一体だ、このように主張して出てきたのです。
一言で話せば、何を根拠にして四位一体と言うのでしょうか? 韓国教会は、その時、ちょっとチームたちがたくさん動いて、全国世界の牧師達が立ち上がっていたのです。そのような中で、そばにいたソク・ウォンテ牧師が、この人の理論をそのまま引用するのです。このように問題になって、この人の主張を高神側で、そのまま引用したのでした。それで、米国とか他の学者が読んでみて、意味がないという人もあって、ある人はそうか? という人もいました。四位一体をこの人が主張したのを見れば、だいぶ話を論理的にしたのです。今まで、あなたがたはこの部分を見ながら、心配をしたのですが、特に個人的にチェ・スグン牧師が、多くの祈りと心配をしました。個人的に感謝します。何の内容でしょうか? その方たちが攻撃した内容です。私の説教を聞いて攻撃した内容です。
▲私たちは、救われました。私の主張です。神様の聖霊が私たちの中に、私たちと共におられます。それは、聖書の重要な内容です。それで、私たちに聖霊の充満を受けなさいと言われました。イエス様が話されたのです。Iコリント3:16節です。ヨハネ14:14-16、イエス様が預言されて、聖霊があなたの中に永遠にとどまると言われました。すると、どれくらい感謝なことでしょうか? 私はこの本文を悟りながら、キリストが私を救われたのだなあ。それなら、私は問題になる必要がないな。心配することもないな。祈れば良いのだな。聖霊が私の中におられるので、滅びることができないなと思ったのです。すると、その聖霊はだれでしょうか? 私たちと共におられる聖霊は、誰でしょうか? マルコのタラッパンに臨まれた聖霊は誰でしょうか? 私たちと共におられる聖霊は誰でしょうか? 三位の中の一位の神様です。理由があるでしょうか? ここに何を引き寄せたのか? とても危険なことをひとつ引き寄せたのです。
すると、私の中に神様をお迎えしたから、私が神様だ。このように付けたのです。それが誰の理論でしょうか? ウイットネス・リーの主張です。この人は、私が知っていることでは、ウォッチマン・ニーの弟子です。ウォッチマン・ニーが主張したのかは、知らないのですが、この人の主張と同じだと話したのです。聞いてみれば、この程度で幸いです。その人が勉強をよりしていたなら、違ったように話すはずなのですが、この程度に言ったので幸いです。全くこの話は話になりません。その理論は、これがまさにニューエイジ理論です。ニューエイジの理論は、救いが何か? あなたが神様になることだ。あなたか神を受けなさい。神様になるのではないか? これがニューエイジ理論です。ここまで同じだと言われなかったから幸いです。こういう方法で同じだと言ったのです。これが永生教の理論です。チョ・ヒソンが私が神様だと言いました。それで終わることがありません。あなたも神様だ。このように根拠がない方向に話を持って行くのです。私は今でも確かに話をします。私を救われたイエス・キリストは、神様の息子であり、神様の本体です。私たちと共におられる聖霊様は、三位の中の一位ですが、神様の本体です。キリストの霊が神様の霊です。私たちは、滅びることができません。それを強調するのをひっくり返して、四位一体と言ったのです。この方を見れば、尊敬するのですが、どれくらい研究したでしょうか? はじめに出てきた時、読んでみました。この方は教会に数万名が集まっているのだろうなというように思いました。このように優秀な人物が、話をよく作って、創造的言語を駆使していたのに、大邱に行く時ごとに一度ずつ尋ねます。復興できず、反対になっているということです。本当におかしなことでしょう。他のことは知らなくても これを引いてきたのです。これを永遠に作って、タラッパンを異端にするために文書化しようとするのです。このようにウイットネス・リーと同じだと言ったのです。ですから、聖霊が私たちと共にいらっしゃいます。神様の神殿ではないでしょうか? ところが、この話を持って、あなたが神様になったのではないか? このように同じだと言いました。それで、答はしてあげなければならないから、話しました。
 
3.告白
▲私たちは明らかな信仰告白を持っていなければなりません。
(1)三位
▲父なる神は、御子ではなく、御子は聖霊ではありません。確かに三位は違います。しかし本体だと言われています。一つの神聖の中に三位があると言われています。同じ本体です。ですから、同じ権威があるのです。聖霊が私たちの中にいらっしゃるということは、ものすごいのです。同じ栄光を持っているのです。この三位がひとつであられる神様です。それで、三位があるけれど一体です。ですから、同じ本体です。その主張です。三位一体はたくさん知る必要はなく、三位一体をこのまま知って信じれば良いのです。いくつか資料がありますが、内容はまったく同じです。
今、長老教会でパク・ヒョンロン博士、あるいは、ルイス・ポルコブ、ヨハン・カルヴィンと同じです。重要な部分は、三位が違うということです。違うのです。父なる神と御子は違います。働きも違います。確かに違うのです。しかし本体です。そのように見る時、私たちは、すべての問題を解決できる鍵があるのです。それで、キリストの御名で、神様の驚くべき秘密を味わうことができるのです。
(2)同じ信仰、神学
▲私は今、保守主義者が話す保守神学に問題があると言っているのではありません。全く同じ信仰、神学です。ただお願いしたことは、三位一体が何でしょうか? 保守神学と違うことはありません。同じ信仰、神学です。三位一体とは何でしょうか?
(3)救い
▲カルヴィンは、このように話しました。このようにしないと、人間が救われることができないのです。神様が私たちを救われるための驚くべき方法です。幸いに、ヨハン・カルヴィンも同じ主張をしました。そして、私達が神様の神殿であるということを四位一体か? このように出てきたのです。私達が神様になることは、絶対にありません。神様が私たちと共にされるインマヌエルの重要な秘密です。
(4)インマヌエル
▲今日、私たちはイエス様が言われるみことばを見ながら、伝道をしなければなりません。
 
4.復活メッセージ
▲イエス様が、どんな復活メッセージを与えられたのでしょうか? 私たちは、この部分を見ながら、そのままなせば良いのです。
(1)天、地
▲復活なさったイエス様が、こう話されました。私には、天と地のすべての権威が与えられています。それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。
(2)三位一体
▲どういう話でしょうか? 父と子と聖霊の名前で、三位の神様の秘密でしょう。
1)イザヤ40:8節に、神様のみことばは永遠です。
2)ヘブル13:8 キリストは永遠です。
3)ヨハネ14:16-17 聖霊も永遠に共にいらっしゃいます。ここで、驚くべきことです。私は私と皆様は、伝道者です。神学的に違ってはなりません。あまり過度に神学に陥って、重要なことをのがしてはなりません。私は率直に、皆様に告白します。私はこの三つの秘密を知りながら答えがきました。むかしには、神様が信じられなかったのです。教会に行くのも嫌いでした。神様がいるのか、いないのか、どのように神様がいるなら、こんなことが起きて、あんな奴を生かしているのか? いつも、否定的でした。
(3)神様(みことば), イエス様(福音), 聖霊(祈り)
▲ある日、私は神様が生きておられ、私たちのすべてのいのちを治めておられる。これが信じられたのです。それとともに、みことばが回復し始めました。ところが、伝道の門が開かなかったのです。神様が信じられるのに、私に変化もありませんでした。率直な話で、神様は信じられるのに、私になることがなかったのです。私はある日、なぜならないのかを知りました。それで、神様がイエス様を送られた。それで、救いの門を開け、すべての問題を解決されたのだなあ。神様が生きておられることを信じても、救われるのではありません。イエスを信じるので、救われるのです。神様のみことばを捕まえることが重要なのではなくて、キリストを信じる信仰で解決するのです。私はこれが確かに悟れるようになりました。これが福音です。それで、あらゆる門を開けてくださったのだな。それで、私達が福音を伝えるのだな。この二ケになったのに、どんなにしても伝道もなって、殆どなるのに、私が力も生じないで、力が生じなかったのです。それで、私は私の胸の中に確信がき始めました。それで、私たちに聖霊を受けなさいと言われるのだな。それで、祈れば力が生じるから、エルサレムを離れず、父の約束を待ちなさいと言われたのだなと分かったのです。神学的に話す前に、私はこの救いの秘密を知りながら、祈りの答えがきたのです。率直に話して、イエス様に対して知るようになりながら、伝道に対して知りました。神様が信じられるようになって、みことばが私に迫ったのです。聖霊の働きを信じるようになって、祈りました。もし聖霊の働きを信じないならば、祈る理由がないでしょう。神様は生きておられ、救いをみな受けたのに、祈るのでしょうか? イエス、聖霊は一つの神様です。今、目に見えないその方が、神様なのです。
▲それで、今、多くの話があるでしょうが、聖書箇所を見れば、参考にすることがあります。
ヨハネ1:1-13節を見れば、確かにイエス様がはじめに共にいらっしゃったのです。その中にいのちがあると言われています。ヨハネ10:30節には、わたしと父はひとつだと言われ、より重要なことは、ピリピ2:6節には神の御姿です。そして ヨハネ4:24節にも聖霊は神様の霊だと言われています。ですから、使徒5章を見れば、あなたがどうして聖霊をだますのか? こういうみことばが出てきます。神様をだましたことと同じです。そうならば、私たちは何にも心配する必要がありません。私は事実は、聖霊のみわざが信じられた時、その時から定刻の祈りができるようになりました。すると、率直に告白します。それ以前には、祈りができませんでした。聖霊のみわざが信じられたのです。目に見えないように、永遠に私と共におられるという事実が信じられたのです。私達がいちいちこれを正確に話そうとしても、みなすることはできません。これは救われて私と共におられる神様の驚くべき秘密です。明らかな事実は、どんなに神様を信じていても、イエスを知らなければ、救われることができないのです。
それなら、それですこし強調して、聖霊を多く強調する人があります。ある人は神様を多く強調します。ある人は、イエスを多く強調します。こういう差異点があります。私が見るには、宗教性があって、特別な答えがない人が神様を強調します。みな話すけれど、ペンテコステ派では、みなしますが、聖霊を強調します。初代教会と保守教団は、イエス・キリストを多く強調します。それで、少しの差はありえます。しかし、イエス様が、父と子と聖霊の御名でバプテスマを授けなさいと言われました。ここに答をとても良くされています。私はむかしには読んでみても分からなかったのですが、批判されるようになって読んでみたら、とても答を良くされています。なぜなら、私が信じている信仰と違うことがありません。その方たちが答えたのは、一つの神聖の中に三位がある。そうしてこそ、宣教の働きができるのです。その三位は、父と御子と聖霊です。今、この時間にも相当な時間になることは、同じ本体、同じ権威、同じ栄光だからです。すると、イエスの御名で聖霊充満するというのは、神様の中にいることと同じです。私は、定刻の祈りの時にも、そのような祈りをします。主イエス・キリストが、主の聖霊で、私の考え、からだの中、外、現場に働いてくださいと祈るのです。私は神秘主義ではなくて、そのように祈れば、病気が良くなります。これは私の信仰です。私の信仰まで皆様が干渉する必要はないでしょう。私は聖霊充満を与えて下さいと祈るのですが、メッセージを正しく悟るようにさせてくださることも感じます。それで、メッセージを準備する時には、定刻の祈りを深くします。確かに世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいます。これより正確な証拠はありません。私は論理以前に、この恵みで、この福音の秘密を持って伝道します。本当に感謝なことは、多くの伝道の実、多くの神様の恵みを受けるようになりました。皆様は何にも心配することもありません。それで、私はこのように答が出てきたのです。
▲インマヌエル- 神様が私と一緒に、私たちと共に、今でもみことばで目に見えないように働かれます。今でも、御座に座ってくださった主が、私と共にいらっしゃいます。今でも目に見えないように、聖霊で働きをなさっているのだな。私はそのように信じられたのです。論理以前に、私はそのように信じられたのです。今でも、目に見えないように、人、万物を統治していらっしゃるのだな。今でも御座に座って、確かに私たちと共にいらっしゃるのです。今でも皆様に聖霊でいらっしゃいます。祈ってみてください。不思議に答えがきます。そして、伝道の門が開くのですが、不思議に思えるほど開くのです。それで、私は、ひとりで定刻の祈りをする時には、イエスの御名で聖霊充満してくださいと祈ります。イエス・キリストの権威で、常時祈りをします。このイエスの御名で、御座の祝福を下さるのです。イエスの御名で、すべての暗闇の勢力が崩れるように、イエスの御名で天の門が開いて、イエスの御名で主の天使を送ってくださって、門をあけられるのです。
 
▲皆様が今日、本当にこの契約を捕まえて信じるように願います。神様が皆様に重要な答えを下さるはずです。聖霊が私の全てのものを治められると私は考えます。主の聖霊が、私のたましいだけ癒されるのではなく、私の肉体まで癒されると信じます。そのような意味で、聖霊充満を受ければ病気もよくなるのです。そのような意味で、聖霊充満を受ければ、力が生じます。5つの力が生じます。私はそのように確信しています。今でもそのように確信しています。私達は、キリストの聖霊のなかで神様の神殿です。聖霊がエステルの中におられるので、神殿です。ですから、滅びることができません。神殿を汚すな。それが神様になったことでしょうか? それは話の道理が合いません。神様が共にいらっしゃいます。それは、神様になったことではありません。それは話にならないのです。それは、本当に神聖冒涜です。
私たちは、三位一体の信仰を持って世界福音化をする重要な答を毎日探さなければなりません。小教理問答 問答が107個もあるために、二個ずつします。
 
 



第2講: 神様の考え
(エペソ1:4-6)
 
聖書みことば(エペソ1:4-6)
04/ すなわち、神は私たちを世界の基の置かれる前からキリストのうちに選び、御前で聖く、傷のない者にしようとされました。
05/ 神は、ただみこころのままに、私たちをイエス・キリストによってご自分の子にしようと、愛をもってあらかじめ定めておられたのです。
06/ それは、神がその愛する方によって私たちに与えてくださった恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。
 
小教理問答第7問答
(問)神の聖定とは、何ですか。
(答) 神の聖定とは、神の御意志の熟慮による永遠の決意です。
これによって神は、御自身の栄光のために、すべての出来事をあらかじめ定めておられるのです。
 
→序論
▲第7問をします。それなら、私たちは問題になる必要がありません。
7問では、何となっているのでしょうか? 神様の考えとは何でしょうか? すると、神様の考えとは何でしょうか? 今日、この信仰を堅く捕まえて、答えを受けなければなりません。
エペソ1章です。 4-6節を共に読みます。
7問を見ると、問題で聞くのに、神様の考えは何か? ところが、答はこのようになっています。この部分を見れば、伝道者にとても必要な部分です。ご自身の栄光だとなっています。神様が私たちから受けようとされていることは、ひとつしかありません。お金、知恵、力でもありません。私達が神様に栄光を返すことです。ここに焦点を合せればよいのです。それで、御意志の熟慮によって、神様の御意志、考えがあるのです。そこにしたがってできた永遠な目的です。神様の考えです。その次の月に他を話します。英語のように説明をちょっとしてみます。それで、神様は起きたあらゆる事を定められたのです。起きるあらゆる事を定められました。
▲私は、このメッセージを見ながら、聖書にこういう内容が多いと思いました。それで考えを変えたのです。 私にこのようにされるのは、神様の有益な計画があるのです。今、タラッパンの牧師が集まっているのですが、あなたがたが寃罪をこうむったことも、神様の驚くべき計画があるのです。そうしたあと見ると、全く心が傷つきませんでした。私はここで、信徒に必ず強調すべきことが出てきました。もう一度、見ましょう。胸の中に置かなければなりません。神様がすべての事を定められたということは、すると、信仰の土台が確実なのです。
 
1.土台
▲難しくなく、聖書から、このように見ました。三位一体、まったく同じです。
(1)I歴代29:10-14 神様の主権: 神様の主権です。私は偶像の子どもではなくて、神様の子どもになったことを、どれくらい感謝しているでしょうか?
(2)エペソ1:3-6 キリストを通じて、私たちを救われました。
(3)ヨハネ14:14-17 今でも聖霊が私たちと共におられます。私は確かにこれが信じられました。聖霊の働きは、今でも起きています。どれくらい感謝でしょうか...
(4)Iコリント3:16 あなたがたが、神様の神殿であることと、神様の聖霊があなたがたの中におられます。聖霊で印を押されました。私たちは、いっそのこと聖霊で印鑑を押したと言われているのです。皆様が今晩になんにも心配しないで。米国で統計を出しました。教会に通う人の中に心配が一番多い人がだれでしょうか? 牧師です。私の話ではなくて統計です。その次に、牧師夫人、牧師夫人がすこしよりよいのです。その次に心配が少ないけれど、次の順序が長老です。心配は、牧師が1位です。その話を見て、本当にそのようだと思いました。心配する必要がありません。寃罪をこうむったことも感謝して、神様が知っておられるはずです。汚名を着せた人も、神様に用いられた人です。悪いように、善いように用いられるかということで、とにかく用いられたのです。
(5)Uテモテ3:16-17 何でしょうか? 神様がこれを保証できる確実な保証を与えられました。Uテモテ3:16-17節です。神様のみことばを与えられました。上のことが事実ならば、重要なことが起きます。この部分が事実ならば、あらゆる生活の中で神様が共におられます。
(6)詩129:1-20節です。神様が私たちの全てのものを治めておられます。すると、心配することがあるのでしょうか? そこで私は聖書の伝道を悟りました。
(7)使徒18:1-4 私がいるあらゆる所が宣教地だな。この時から考えを変えました。釜山でもできる。私は釜山ですることができないと考えたのです。韓国でもできる。現場が宣教地です。皆様のすべての現場で勝利できるのです。聖書にそのようになっています。聖書を見ながら
(8)ヘブル9:27 この地で生きるのは、時限付き人生です。この地でずっと生きるのではなくて、時限付き人生です。私と皆様が生きるのは、時限付きです。みな決まっているのです。永遠に生きれば良いでしょうが、すると、頭が痛くてだめです。
▲私は、こういう考えをしてみます。定刻の祈りをしながら、健康を考えている途中で、私が何歳の時までに、レムナントが立つことか? いったい、レムナントがそこまで来る時がいつか? いつまでするのか? そのような考えを一度してみます。私の欲ですが、こういう気がしました。あなたは老いてしまった時まで、レムナント運動をするのか? 同じような人は、みな死んだのに、一人残ってするのか? それも一つの証拠です。この前にいる方達が 120歳生きることも証拠です。しかし、明らかなことは時限付きです。
(9)ルカ16:19-31 確かに死にません。永遠な世界があるのです。人間は、永遠に消滅しないためです。ですから、私はこういう結論が出てきました。
(10)マタイ10:40-42 福音を伝えて行くのです。水一杯も報いを失いません。事実は、私が心配をあまりしません。度が過ぎないように心配するのです。問題がくれば、5分のうちに解決します。5分のうちに神様の計画を発見します。そして、この心配が全部、門です。それで私は答を知るのです。多くの方達が6, 7回してくださいました。タラッパンは、何の問題がないので、異端説を解いてくださろうとしたのですが、7回くらい、そのようなことがありました。私は確かに知っています。神様の計画ではありません。神様の計画は、いつでもコーナーに追い込んで、福音運動をされました。私が本物の福音運動をすれば、解けないでしょう。教会史、聖書を見ましょう。聖書を見ましょう。私の話しが正しいのです。解かれる日があります。私と皆様が、みな死んで、タラッパン伝道総会がものすごい教団になれば、韓国を揺るがす時、その時には解けます。その時には、子孫が伝道しない可能性があります。それで、今、伝道協会、21世紀を作って、今から伝道の根をおろそうということです。そして、私たちの教団では、年をとって引退する人は、全部キャンプに送り出します。年をとった人々は、全部、共同体訓練場にみな行くのです。いくらでも世界福音化ができます。心配する必要はありません。皆様は全部、神様に任せましょう。皆様が心配すればできることもないですし、神様がご覧になる時には、なんでもないのです。これが事実なのでしょうか? 事実であることが間違いないのでしょうか? 私は静かに考えると、どんなに考えても事実です。神様がおきるあらゆる事を定められました。すると、寃罪をこうむったことも神様の考えです。こちらに土台を捕まえましょう。それで私は弟子に会った時、話すのですが、父、御子、御霊、聖書そのままです。その恵みで救われた私たち、私たちに与えられた神様の約束、それなら、私がいるあらゆる生活、私が他の人と関係ある現場、順序正しいでしょう? 私と皆様は、確かに死ぬ日が来ます。それなら、どのようになるのでしょうか? 私たちには来世があります。それなら今、何をするのでしょうか? これゆえに牧会をするのです。お金を儲けるのです。失敗していないと考えます。私は誤って考えていないと思います。正しいならば、どのようにするのでしょうか? それなら、いのちをかけるのです。
 
2.重要な部分
(1)神様の栄光- 重要な部分は何でしょうか? 重要な部分が出てきました。重要な部分を要約すれば、神様の栄光です。いつもこれを考えればよいのです。神様の計画は何でしょうか? いつも質問をしなければなりません。全てのものを定めたと言われているためです。
(2)神様の計画(みこころ)- それなら、あらゆる事件、あらゆることを見る人が違います。あらゆる人、事件、現場を見る目が違うのです。そうでしょう。どんなに皆様が弱くても違うでしょう。神様の計画の中にいる人だからです。それで、私達は何にも心配する必要がありません。
 
3.紹介
▲ここに何名かの人を紹介してみます。皆様が信仰生活をするなかで、多くの人がいるでしょうが、必ずレムナント7人は参考にしましょう。
(1)レムナント7人を参考
▲レムナント7人が、全部この信仰を持っていました。私が聖書をよく見ると、大きい人物は、全部、この信仰を持っていました。レムナント7人の中で一名ももれなく、この信仰を持っていたのです。神様はすべてのことを定められていて、神様の栄光のために、神様の計画を追って、それなら、あらゆる事件、現場、人、全部、神様の計画を成し遂げるのです。心配する必要がありません。レムナントの中のパウロの話を聞いてみましょう。
1)エペソ1:4世界の基の置かれる前から準備されました。この程度なら、話す言葉がないでしょう。
2)エペソ1:5 その次に、2番目に1:5節に、みこころのままに定められたのです。キリストが成し遂げられたということです。
3)エペソ1:6 それとともに、恵みの栄光が、ほめたたえられるためです。
 
▲ヨブの信仰を見ましょう。
(1)所有観(ヨブ1:19-23)- 彼が持っている所有観を見ましょう。全てのものは神様がくださった。持っていく方も神様です。
(2)救い観(ヨブ19:25-26)- ヨブが持っている救い観です。私が神様に会うならば、からだの外で会うようになるはずです。.
(3)生活観(ヨブ23:10-14)- ヨブが持っている信仰です。しかし、みこころは一つである。だれがそれを翻すことができようか。神はこころの欲するところを行なわれる。これが私たち伝道者が持つべき信仰です。皆様は、苦しむことなく、問題が来れば勝利することを望みます。
▲私は小教理問答を見ながら、この方達が構成をとても良くしたと思います。本当に構成を良くしています。構成する時、聖霊が共になさったという気がします。順序がとてもよく構成されています。引続き、摂理、予定などをすこし区分する必要があります。
神様は、あらゆる事を定められました。それで、まず皆様が心配を捨てて、捨てて祈ってこそ、その時から目が開かれます。どんな目が開かれるのでしょうか? 神様の計画が何か? この時から見えます。そして、私たちは目が開かれてこそ、その時から行動するのです。ここには命をかけてもかまいません。私は確かにこの運動がどんな運動でしょうか? 皆様が見れば分かるでしょうが、全世界に共同体時代を開きながらするはずです。もう一度話しますが、共同体という単語を記憶しましょう。教会の区別なく、みな生かすことです。共同体という単語を記憶しましょう。小さな教会、大きな教会を区分しないという戦略です。今、親から離れている子ども達が、みな崩れているので、それを防止するという戦略です。数えきれない程、宗教が起きるのに、それを防止するということです。多くの健全な教団があります。その方たちより伝道を多くして行かなければなりません。その方たちが多くの働きをしているので、その方達より伝道を多くして行かなければならないのです。共同体戦略、必ず心に思うように願います。
今、少し疲れたでしょうが、多くの方達が集まって、今、集会に多くの弟子たちがおきています。大きい祝福を受けることを希望します。
エステルがある所に行ってきました。韓国世界キリスト教の軍人の集い、有名な方達、将軍がみな集まっていました。まず、その方たちがエステルの英語に衝撃を受けたのです。そのような色々な話を聞きました。エステルが報告しながら、そのような話をしました。これがとても違うのです。すでに福音を持った人は、とても違います。ですから、そのようなことを見ながら、多くのことを感じることができます。皆様はずっとメッセージ、福音だけを聞いてみて、それがどれほど良いか分からないかもしれません。皆様の信徒が、皆様のメッセージを聞いて、指導を受けながら、良いことを分からないのです。そうかと言って滅びるようにと祈ることもできなくて(笑い)、一番良い方法が悟ることです。それで、たくさんではなく、時間がすでに8時30分なので、15分だけ休んで学院福音化メッセージをします。
(The end)