2003年 06月 29日 インマヌエル教会聖日メッセージ


1部 / 嘲弄された神様?
(マルコ15:16-20)
 
 
・米国に行って集会をする前に、食堂に行って食事を適当にして、金秘書が食事を計算しようとしたら、食費は要りませんと言われました。それで、なぜ要らないのかと確認してみたら、インターネットでメッセージをずっと聞いている方でした。もてなさなければならないのに、感謝ですと自分が食事を出しますと言いました。それで、私が食事を接待してもらって、私がインターネットはすごいな! 全世界どこでも連結できるのだな。福音だけ宣べ伝えられるのではなくて、食事代も解決するよと考えました。キム・ドンコン牧師といっしょに運動をして、飲物を飲んで出てきたら、ある姉妹が飛出してきて "先生"と贈り物をくれて行きました。知ってみたら、この人もインターネットでみことばを聞いていたのです。今現在、インターネットで、衛星で、説教を聞く方達が、外国にたくさんいます。特に今、インマヌエル・ソウル教会をはじめとして、多くの信徒たちが、百箇所余りで、衛星で礼拝をささげています。

・あなたがたが現場を通じて、人を通じて、色々な事を通じて、多くの困難、傷があるでしょう。また、あなたがたが多くのことで疲れているはずです。今日、神様のみことばを通じて満足を得て、癒されて、神様の祝福を受ける重要な時間になることを希望します。

・どのように祈れば良いのでしょうか? 皆様が福音を受けた人であることが確かならば、福音を持って祈ればよいのです。深く祈れば、解決します。家族、敵に向いて祈れば、より良くない祈りになることがあります。福音を持って祈るべきです。すると完全に変わるのです。福音を持って祈りの祝福を味わう貴重な開始にならなければなりません。

・どれだけ祈りをせねばならないのでしょうか。21Cは、天才時代が来るらしいです。私もそのように考えます。これから、新聞、放送、病院がみな危機にあう時代がきたのです。いまは大丈夫ですが、これからそのような時代が来るはずです。これから、 21世紀には 300, 500人が仕事をするのではなく、一名が機械でみなする、そのような時代がくるはずです。簡単に話せば、天才時代が来るはずです。今までも天才がたくさん用いられたのですが、これから、より一層、そのような時代が来るはずです。

・どのように生き残るのでしょうか。私は神様の知恵を得ることなしでは生きることができません。本当に天才を乗り越えることができる神様の知恵なしでは、どのように生きるのでしょうか? 福音を受けた皆様が、福音を持って深く祈れば、確かに答えがきます。律法を持って祈らないで、神秘を持って祈らないで、福音を持って祈りましょう。これが鍵です。福音を持ってみつめれば、解釈が最も正確です。何かを判断する時にも、福音を持って判断すれば、最も正確です。皆様が祈りを多くすべきですが、福音を持って祈れば、まちがいなく答えになります。

・なぜ、私たちは祈りを多くせねばならないのでしょうか。しきりに発展する時代であるゆえに、私たちは知恵があるべきです。それで、福音を持って祈らねばならないのです。なぜ祈りを多くせねばならないのでしょうか。私と皆様の体質が、救われても、私たちは不信仰方向に行って、救われても、ねたみ、嫉妬があって、戦って、私たちは救われても、そうであるゆえに祈りを多くすべきなのです。

・長老が祈った通り、私達が知らない霊的問題が多いために、私たちは祈るべきなのです。また私達がどんなに立派だとしても、成功したとしても、私たちには限界がくるために、祈るべきです。聖書で主がおっしゃって、聖霊の充満を受けなさい。それで祈るべきなのです。私たちは、複雑な世の中に生きているために、私と皆様が、色々な困難に勝つことができる道がありません。それで祈るべきです。ある面で、私たち自身も信じることが出来ません。ですから、祈るべきです。皆様が福音を持って祈れば、まちがいなく、あらゆる問題が解決します。今日、鍵としてつかむことを主の名前でお祈りします。

・それが何の話なのかと尋ねれば、説明が必要です。しかし、簡単に考えることができます。例えば皆様が最も受けている問題がなにか、それを問題で捕まえて祈ったり、律法で捕まえて祈らず、福音を持って祈ってみましょう。すでに解釈も変わって、内容も変わります。結果も確かに変わります。それが、皆様が勝利できる祈りです。全てのものを見る時、そうです。

・ある時、こういう事がありました。約30年なったと思います。国際新聞に名士が文を書く欄に、ある方が文を書いて、イスカリオテのユダがイエス様を十字架にかけて殺すように売り飛ばして背信したから、それゆえにイエス様が十字架を背負って私達が救われたのではないか。このように文を書きました。言葉が問題になって、教会で立ち上がりました。すると、あなたはイスカリオテのユダが上手にやったということか。こちらでイスカリオテのユダがそのように売らなかったら、私達が救われることができるか、いわゆるイスカリオテのユダの礼讃論です。釜山市内が騒然と戦ったのです。文を書いた人は、一流ソウル大を出て、判事を過ごして、弁護士の中で韓国で有名な弁護士ですが、新聞社で文を頼んでその文を書いたのでした。韓国教会で立ち上がりました。あなたは、イスカリオテのユダが良くしたということか? ということで、戦いになって、約1年間、戦う途中でやめたのでした。

・今日読んだ本文がそうです。この人達が、イエス様をつかまえて処刑する前に起きた姿です。15:16'兵士たちはイエスを、邸宅、すなわち総督官邸の中に連れて行き、全部隊を呼び集めた。そしてイエスに紫の衣を着せ、いばらの冠を編んでかぶらせ、それから、「ユダヤ人の王さま。ばんざい。」と叫んであいさつをし始めた。また、葦の棒でイエスの頭をたたいたり、つばきをかけたり、ひざまずいて拝んだりしていた。彼らはイエスを嘲弄したあげく、その紫の衣を脱がせて、もとの着物をイエスに着せた。それから、イエスを十字架につけるために連れ出した。'今日読んだ本文です。タイトルが'嘲弄された神様' イエス様が神様の息子であり、神様なのに、こういうようにもてあそばれたのでした。私たちはここで、今日どんな解釈を正確にすべきでしょうか。約3つに契約をよく捕まえねばなりません。

・最初です。すべての人は同じ罪人です。私達が見る時には、ピラトが裁判を間違って、イスカリオテのユダがイエス様を売って、この人達がイエス様を嘲弄しました。このように理解しています。そのように理解すれば、正しいのですが、間違っているのです。事実上、私たちもピラトのように誤って思っているのです。事実上、私たちもイスカリオテのユダのように真理を知らずに、背信します。こういう信仰人として生きてきたし、私たちもよく知らないで、真理を嘲弄する同じような者です。ただ、ピラトは裁判の代表人で、イスカリオテのユダは罪人である代表であるだけで、この人達が嘲弄するのも、私たちのような罪人が表れただけです。そのように理解することが正確です。それで聖書は、すべての人は同じ罪人だと言いました。

・創世記 3章事件から誰も抜け出すことができません。創世記 6章からも抜け出すことができないのです。今日、神様のみことばを見ながら、よく理解せねばなりません。ローマ 3:10「義人はいない、一人もいない。」ローマ3:23「すべての人は罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず。」となっています。それで、使徒信条の告白をさっきしたのですが、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受けとありますが、それは歴史的にピラト総督の時、苦難にあったという意味であって、事実、ピラトはイエス様に罪がないと言いました。ところが、ピラトがイエス様を十字架にかけるように決定をくだしました。私達が見る時に、本当に悪い人のようで、イスカリオテのユダはイエス様を売り飛ばしたから、本当に悪い人で、滅びました。今日、兵士達が、イエス様を嘲弄しています。本当にあわれで、愚かで、悪いことは事実です。しかし、正確に話せば、私たちも同じ人です。私たちも真理を知らない時と、真理を知っていながらもこのようになります。全く同じなのです。すべての人は、同じ罪人です。これが今日一番目に悟らねばならない部分です。

・2番目に悟らねばならないことは、すべての人は暗闇の力の下にいます。まったく同じです。一名も例外がありません。この大統領が良くするか、あの大統領が良くするか、まったく同じです。すべての人は福音を受けることができなければ、暗闇の力の下にいます。間違いありません。この事実を知っていれば、どれくらい感謝なことでしょうか? すべての人は罪と地獄、サタンの力の下にいます。まったく同じです。救われていないすべての人は、まったく同じです。あらゆる人は、しもべの有様をしています。宗教人も、易、シャーマニズム人も、全部サタンの策略の下に捕えられています。すべての人は罪のしもべの有様をしています。原罪、先祖の罪、とが、みな陥っています。どうすることもできないのです。率直にみことばを見て、理解して記憶すべきです。

・今日、三番目に悟らなければならない部分を見ながら、人間の失敗、サタンの戦略を通じても、神様は救いの門をあけて、祝福の門を備えられました。今日の本文を見ながら、3つのことは、確かに悟らねばなりません。この人達がイエス様を十字架かけて、嘲弄して、このように悪いことができるかと思うでしょうが、 私たちもまったく同じです。皆様、直接、その場に行って、イエス様を十字架にかける時、賛同しなかっただけであって、同じです。私達がむかしには知らずにそうであって、今は知ってもそうでないでしょうか。どのように、あの人々が滅ぼされるためにイエス様を嘲弄して、神様であることを知らずにあのようにできるかと思うでしょうが、すべての人はみなまったく同じです。

・神様が私たちを救われたのですが、2番目に記憶せねばならないことは、すべての人は罪と地獄とサタンの暗闇の力の下にいます。皆様、これを知っていれば、信仰生活をなぜして、伝道をなぜしているか、確かに答が出てきます。すべての人は、誰でもサタンのしもべの有様をしています。それで、易、シャーマニズム人がたくさん生じるしかないのです。すべての人は、サタンのしもべの有様をしているために、宗教生活すればするほど問題が生じるのです。

・今回、日本に行ってある方に会ったのですが、この方が言う話を静かに聞きながら、本当に、事実で残念だという気がしました。自分がお金をたくさん儲けたということです。お金をたくさん儲けて、教会の働きも多くしたのに、信仰生活を長くして断食祈りもして、みなしたのによくならなかったのです。霊的問題の解決ができなくて、だめでした。そのようなことでした。この方があまり衝撃的で、残念だということでした。何でしょうか? 福音を知った後に解決したのでした。そのようなことです。この方が、韓国に出てきて、インマヌエル・ソウル教会に通っています。私は知らなかったのですが、今回、証しをするのを見て分かりました。そうであるんだなと思いました。どうすることもできません。

・皆様がどんなに立派で努力しても関係ありません。間違いない事実です。福音を悟ることができなくて救われることができなければ、サタンのしもべの有様をします。それで皆様は吉凶を占わねばならなくて、グッ(降霊術)もせねばならなくて、迷信も守らなければなりません。運命ということに引っ掛かってしまいます。どうすることもできません。これが大きく2番目に悟らねばならないことです。

・一番目に悟ったことは何でしょうか? 皆すべて罪人です。ピラトは私たちを代表して誤った判断しただけで、イスカリオテのユダは私たちの代わりをしてイエス様を背信しただけです。この兵師達は私たちを代表してイエス様を嘲弄しただけであって、まったく同じです。

・2番目が何でしょうか? 福音を知らなくて、救いを知らなければ、どんなに高い人もサタンのしもべの有様で、どうすることもできないのです。グッ(降霊術)することになっています。グッ(降霊術) しろということではなく、そうするしかないのです。実際、自分の家で子どもが悪霊がつかまったのに、どうするのでしょうか? 力強い悪霊を連れてきてグッ(降霊術)をすべきです。そうでなければ、よりむずかしいのです。サタンのしもべです。人々はさせることもしなかったのに、へび、龍を描いておいて仕えているでしょう。サタンのしもべ、しもべの有様をするのです。自由もありません。友人でもなくて、しもべの有様をするのです。必ず記憶すべきです。お金をもうけて努力する世の中の人々、記憶すべきです。成功しようと苦闘する方達は、記憶すべきです。申し訳ないけれど、サタンのしもべの有様から抜け出て来ることはできません。それで神様が福音を下さいました。どこから抜け出て来られないのでしょうか。罪のしもべの有様から抜け出られないのです。先祖が犯した罪、偶像崇拝の罪になぜ該当するのか、抜け出て来られないのです。しもべの有様をするしかありません。私達が犯してもいない罪、アダムとエバが間違ってサタンの力の下に押さえられたのに、私達がなぜ死ぬのでしょうか。なぜ死んで抜け出てくることができないのでしょうか。すると、私達が知って犯した罪も多くあります。抜け出て来ることができるでしょうか。抜け出てくることができません。その話です。それで神様が私たちを恵みで救ってくださったということです。

・今日、三番目に記憶せねばならないことは何でしょうか? サタンは、人間を滅ぼそうとして、人間は知らずに失敗したのですが、神様はそれを通じて、イエス様を十字架にかけて救いの門を開けてくださいました。 信じてくださることを望みます。本当に信じる時、驚くべき働きが始まるはずです。私は約束します。私の話ではありません。私の話しだと考えて聞けば、大変です。しかし、この話は神様のみことばです。この話を聞いて、一人ももれなく勝利することを望みます。お金をもうけようと苦闘する人を見れば、すごいのですが、かわいそうです。世の中で努力する人を見れば、すごいのですが、かわいそうです。知らないから、果してそれがよくできるでしょうか? 良くできません。どれくらい苦闘するのでしょうか。そこから抜け出すことができずにいます。サタンの戦略ゆえに、イエス様は十字架にかかられて、人間の失敗ゆえにかけられたのに、神様はそれを通じて救いの門を開けてくださいました。これを預言したことが、旧約です。創世記3:15 女の子孫がへびの頭を踏み砕く。簡単に話せば、女の子孫とは誰でしょうか? キム氏の家系でなくて、女の子孫である神様の息子イエス・キリストがサタンの頭を打ち砕くはずです。預言されています。箱舟の中に入れば、生かされるようになるはずです。旧約で、青銅の蛇を見上げる者は生かされるようになるはずです。祭壇の角を握る者は生かされるようになるはずです。旧約の話です。逃れの町の中に入っていく者は生かされるようになるはずです。出エジプト記3:18 契約の血を塗った人は生かされるようになるはずです。イザヤ7:14 処女が身ごもって男の子を産む。それを信じる者は、インマヌエルの祝福を受けるようになるはずです。その方がいらっしゃいました。主は生ける神の御子キリストです。これが全部、旧約の話です。新約にきて成就したのです。ローマ5:8 私達がまだ罪人であった時、キリストが私たちのために死んでくださったことによって、私たちは罪を持って罪の呪いの中から抜け出て来ることができません。その時に、キリストが十字架で死んでくださることによって、神様が私たちに対する自らの愛を明らかにされたのです。

・牧師の中でドイツや米国で勉強して博士学位を取った方が、こういう話を多くします。適当に信じれば良いと言うので人気があります。私たちは救済運動もして、慈善運動をしているし、宗教はみな同じだという話をしています。私はその方に静かに言いたいのです。「あなたとあなたの子ども、あなたの中の深くに迫る霊的問題は解決できないのです。それを出しなさい。手助けします。」と。解決できません。だまされているのです。私たちは、救済運動もすべきです。良くすべきです。しかし、一つ申し上げたい話は、その運動をする方の霊的問題は、解決せず、家系はどんどん難しくなるはずです。それは私が手助けして、私が救済してあげます。より申し上げたいことは、駅前で多くの乞食がうどんをもらって食べる前に福音を受けねばならなくて、福音を受けようとすれば、霊的問題が解決されなければならないのです。それにならない以上、うどん千杯食べても仕方がありません。ある面では、食べさせれば食べさせるほど損です。乞食は、たくさん得るほど損です。なぜでしょうか? 乞食のことをずっとしてもかまわないかと思っているために、より問題になるのです。どのように簡単によく悟ることができるでしょうか? 私達がまだ罪人であった時に、キリストが十字架で死んでくださることによって、私たちに対する自らの愛を明らかにされたのです。

・今ここに私たちのレムナントがたくさんいます。あなたがたは大きい人物になるはずだから、いろいろな所に行くようになるはずです。社会でいろいろな話を多くされます。だまされないようにしましょう。サタンの力の下にある者を救い出すべきで、だまされないで。ほとんどすべてが絶対にだまされてはなりません。皆様が霊的な力を持っているべきです。私たちはまだ罪人であった時に、キリストが十字架で死んでくださることによって、神様が私たちに対する自らの愛を明らかにされたのです。なぜ死んでくださったのでしょうか。ヨハネ福音14:6 わたしは、道であり、真理であり、いのちです。なぜ死んでくださったのでしょうか。Iヨハネ3:8 悪魔のしわざを打ち壊すためです。なぜ死んでくださったのでしょうか。ヨハネ福音 5:24 マルコ福音10:45 私たちのすべての罪をゆるすためだとなっています。間違いありません。受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神様の子どもになる特権を与えられました。見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、わたしは、彼のところにはいって、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。今日、神様のみことば、契約を捕まえてくださるように望みます。まことに、まことに、あなたがたに告げます。わたしのことばを聞いて、わたしを遣わした方を信じる者は、永遠のいのちを持ち、さばきに会うことがなく、死からいのちに移っているのです。これからできなければなりません。皆様の身分が呪われるようになっているので、これから移されるべきなのです。死からいのちに移っているのです。この話が理解できないでしょうか? どんなに努力してもうまくできないのです。皆様が災いを受けるしかない身分の中にいるのに、勉強して、成功して、当選して、お金をもうけて、それが問題ではないということです。死からいのちに移っているのです。この内に入っていくべきです。皆様、この部分がどれくらい重要か分かりません。

・今日、イエス様が十字架にかかられる前に、嘲弄される部分ですが、もう一度記憶すべきです。その人々の誤ちであることが明らかなのですが、私たちの誤ちが含まれているのです。すべての人間が同じ罪人で、代表的にしただけです。だから、2番目に記憶しなければならない理由は、すべての人は罪とサタン、地獄の力の下にあります。その下にあるのではなく、その力の下にあるのです。原理の中にあるので身動きができないのです。それで、皆様の家系で、どんどん偶像崇拝するのです。それで、しばしばグッ(降霊術)をして、より問題がくるのです。どうすることもできません。皆様に災いが迫るのに、抜け出すことができません。罪の力の下にいるのです。目に見えないサタンは、皆様を滅亡させるでしょう。サタンの力の下にいます。それから抜け出す道がないために、神様が人間の失敗を活用してでも、私たちの誤ちであるけれど、それを通じて救いの門をあけてくださったのです。イエス様を嘲弄して、十字架にかけた事件が、神様には人に救いの門をあける事件になったということです。どれくらい驚くべきことでしょうか? 今日、この祝福を本当に受けるように願います。

・私はローマ5:8を初めて信じた日、衝撃を受けました。初めて信じた日、いまは非常に多く見ていますが、初めて信じた日、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。私たちは知らない間に、神様が私たちに対するご自身の愛を明らかにしてくださったのです。それで、誰でも主の名前を呼ぶ者は救われるのです。ローマ10:13 心で信じて義と認められ、口で告白して救われます。ローマ10:9-10

・教会の下におりて行けば馬がいます。韓国でオリンピックしたり、他の国でオリンピックをすると、1ケ月前に馬がきて、こういう所にいてから行きます。ここでからだの調子を調節するのです。馬は、単なる馬ではなくて、競技する馬です。各国に行けば、あちこちにいます。新聞をさっと見ると、馬は高いのです。3千万円したり、1億円したりします。計算がよくできません。ある馬は1億円もして、ある馬は3千万円もします。なぜ馬がそんなに高いのでしょうか?馬には種類があるのです。馬に乗る人がただ乗って動くことだけ見て、分かって走る馬がいます。主人がすでにどのように走ろうとするかを知って、あらかじめ準備をして瞬発力あるように走る馬が1億円するらしいのです。おもに見れば、主人が信号を入れて打ったりすれば、したがう馬は、その程度ならばそれでもかまわないので、約3千万円するらしいです。たたいても言うことをきかない馬がいます。その馬は、価格がありません。誰が百万円で売っても買うことがありません。

・私たち人間も同じです。本当に不思議です。霊的な問題がきて、みな滅びてもイエスを信じなさいと言うのに信じないのです。どれくらい愚かでしょうか? 家系に精神病者が何名もいても信じないのです。どれくらい愚かでしょうか? 大韓民国に易、シャーマニズム人、百万名が起きて、悪霊文化になったのに、教会が何と話すのでしょうか。すべての宗教は同じだ、このように出てくるのに、どれくらいより滅びなければならないのか分かりません。今、世界で最もたくさん起きるのが精神病なのに、なぜ狂ったのか、医者が理由も分かりません。いまだに明らかにすることができていません。こんなにも科学が発達したこの時代に、精神病がなぜ起きているか、どのようにいやすか知らずにいるのです。

・重要な医者が、私が光州にきた時、私の車に乗って相談をお願いして、自分の精神が一進一退すると言いました。医者なのに、どうすれば良いでしょうか。今、こういう人がおびただしくいるのです。それにもかかわらず、私たちは悟ることができないのです。残念です。今日、あなたがたがこの契約を捕まえて、どれくらい大きい祝福を受けたのかを確認すれば、今から大きい二つの幹を捕まえて祈り続けることを望みます。

・ひとつは、未信者状態から抜け出てきたのに、その未信者状態が存在しているために、そちらがわの部分を祈るべきです。知ってなにを祈らねばならないのでしょうか。未信者は、自分たちが知らずにいます。悪魔の子どもであるということを知らなくて、しきりに人々の話を聞いて悪魔に仕えています。それしか方法がありません。祈るべきです。未信者は、石、木、動物に手をついて礼をしたり、偶像崇拝をすればどんなことがおきるか知らずにずっとしています。私達が祈らなくてはなりません。知らずにいるのです。未信者の中に勉強を多くした人の中で、偶像を作って、そこにお辞儀をするならば、どのようなことがおきるかを知らずにいるのです。残念です。だから、私たちは祈るべきです。これが大部分を占めているので、精神病になって、今、どんどん問題がくるのです。災いがどんどん押し入っているのかを知らずにいます。地獄へ行きます。それは、後の日で、知らずにいるのです。これを置いて祈るべきです。

・私が15年前に影島に入って、定刻の祈りをする時ごとに何をしたかというと、影島を考えて、最も偶像をたくさん拝む釜山で、それも影島、海辺に行けば、あまりにグッ(降霊術)を多くして、ろうそくが海に覆われているこういう町、天理教が最も大きく落ち着いている町、占いが一番たくさん入っている町、影島の入口に入ればあります。定刻の祈りの時、暗闇の力を縛ってくださいと祈りました。それで、何年か祈ったら、神様は私たち教会を力がある教会に作ってくださいました。これから、私たちの教会は、影島を掌握するはずです。祈りましょう。大きい幹をとらえて祈りましょう。また何と祈るのでしょう。救われた皆様であることが確実なために、救われた皆様は、神様の子どもであるゆえに、これから一つだけ祈ればよいのです。行く所に聖霊充満の働きです。行く所ごとに暗闇の力が崩れるように、行く所ごとに天の門が開いて、天の御座の祝福が現れるように、そのような祈りをすればよいのです。その祈りを深くすべきです。今から祈りを開始するように望みます。

・もう一度、結論的にお話しします。皆様がこの三つを知りました。それならば、これからは、時間が経てば経つほど、力がない人は飢え死んで、これからは力がある人が生き残る、こういう時代がきます。皆様が祈らなくては、生き残ることができません。神様の知恵を得ることなしでは、生き残ることができないのです。ビルゲイツ一名が、1ケ月に数億円をかせぎます。そのような時代です。そして、その人ゆえに、数十万名が動きます。時代がそのような時代です。これから、ますますそのような時代がきます。

・神様の民は、どのようにせねばならないのでしょうか。神様の知恵を得なければならないのです。皆様がこの契約を捕まえて祈れば、神様の知恵を得ることができます。私たちは救われても、世の中でこの祝福を味わうことができない体質です。それで祈るべきなのです。私と皆様が知っていても、知らずにも持っている霊的問題は、事実多いのです。祈るべきです。皆様、世の中に勝たねばならないでしょう。聖霊充満を受けろと言われました。皆様がよくできているとしても限界がきます。それで、祈りましょう。事実は、私たちは世の中では、そのどのようなことも私自身も信じることがありえません。だから祈るべきなのです。皆様、祈るように望みます。福音、契約を捕まえて。すると、皆様に驚くべき知恵と答えが確かにくるはずです。私は体験したゆえに、皆様に自信を持って話をすることができるのです。この町にきて、少し祈ったのに、世界福音化できる驚くべき祝福の門をあけてくださいました。

・昨日、総会長が私に少しの間行く道に、感動したと連発、感動をされました。今回、私たちの信徒が日本に行ってキャンプをしました。このメッセージがそのまま成就していると驚いたそうです。全信徒が全部、衝撃を受けたのです。神様のみことばがこのまま注がれて、そのまま成就しているということです。私たちは、祈れば驚くべき知恵が生まれます。どうして、このようなことがおきるか、驚くべき知恵を神様がくださるはずです。個人と教会は、どのようになるはずでしょうか。神様が確かに働かれるはずです。聖霊充満を受ければ、力を受けて地の果てまでわたしの証人になります。もう一度、今日、皆様がそのまま帰ってはなりません。

・ソウルで1,600-1,700人が、インマヌエルで礼拝しています。今、私たちの蔚山で、日に日に復興しています。いっしょに礼拝しています。今、衛星で一緒に礼拝をささげげています。今、インターネットでメッセージを聞いています。今この時間、米国と時差が合いません。ところが、聞いているのです。ある人は、2部礼拝をささげたら、夜遅くまで聞いて寝るのです。こういう人々が多いのです。この人達が、この貴重な時間にどんな契約を握らねばならないのでしょうか? この地で救われていない人々に起きることを見るべきです。イエス様を信じないで、イエスを十字架にかける前に、もてあそんで、嘲弄して、みな全く同じ罪人です。それで、私たちはそのように悪口を言う必要はないのです。私たちも同じ罪人です。

・2番目に記憶せねばならないことは何でしょうか? 福音を受けることができなければ、(必ず記憶すべきです)サタン、罪、地獄の呪いの力から抜け出てくる道がありません。これを必ず銘記すべきです。知識人は、銘記すべきです。全世界の牧師達が記憶すべきです。神学者は、銘記すべきです。銘記できなければ、大変なことになるはずです。それで、神様が人間の失敗、誤ちを持っても、救いの門を開けてくださったのではないでしょうか。それで、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。どれくらい簡単でしょうか。受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には神の子どもとされる特権をお与えになった。それならば、この契約を捕まえて祈りましょう。福音を捕まえて祈りましょう。

・ある方が、教会の信徒とけんかになって、あまりにくやしくて断食祈りをしている途中で問題が生じました。そのような祈りをせず、福音を持って祈りましょう。ある方は、教会に行って、自分の夫が罰を受けるようにしてくれと夜通し祈ったということです。罰は受けなくて、夜通し風邪だけかかったということです。そのような祈りをせず、福音を持って祈りましょう。皆様を難しくさせる人、福音を持って祈ってみましょう。皆様に起きる良くない問題、福音を持って一度見ましょう。福音を持って祈りましょう。皆様の失敗、福音を持って一度見ましょう。それしか方法がありません。パウロは、「私が弱い人間だな。それでキリストが必要なのだな。私は日ごとに死ぬ。」パウロが言った言葉です。今日、皆様はそのように祈って、今日一日が短い時間ですが、大きい祝福を受けるはずです。ある時は、祈りをものすごく多くして答えがきているかと思います。もちろん、そのようなこともあります。しかし、重要なことを正しく悟って、答えがくるのがより多いのです。今日、この真理をつかんで、一生の答えを今日受けるようになる祝福の日になることを主イエスの御名でお祈りします。

<<契約の祈り>>
神様、私達がこれから福音を持って見るようにしながら、福音のなかで祈るようにしながら、これからは、福音を持って世の中を判断するようにしながら、この力の福音を持って人を生かすようにしながら、私たち自身も生かすようにしながら、私達が変化する神様の祝福を味わうようにさせてください。生きておられる主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン



2部 / 毎日聖霊充満
(詩43:1-5)
 

・ "わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。" と書かれています。先週、日本を行ったのですが、宣教師一人がりんごを二つ持ってきました。キム・ヨンギ秘書が持っていたのですが、りんごを中が見える透明なビニール袋の中に持ってきて説明をしてくれました。全く一緒のりんご二つを買って、実験をしてみたということです。ひとつは日本語で"感謝します"と書いて付けておいて、他のひとつは反対に書いたのです。話だけ聞いたのですが、実際に見てこういうことがあるのかと思いました。 "感謝します"と書かれたりんごは、皮もピカピカで潤っていました。それは良いのですが、その反対の言葉を書いたりんごは、しなびてシワがありました。その宣教師が、一週間、そのように文を書いてはつけていたということです。私が話だけ聞いたのですが、実際に見たら、本当に私たちの目に見えないように、ものすごく多くの病気を持つことがあるのだと思いました。

・どうして、そんなに行く所ごとに問題が多いかわかりません。行く所ごとにそうです。どれくらい人々が葛藤が多いかわからないのです。かと言って、人に会わないでいることもできなくて、話を聞くこともできません。本当に、そんなに問題が多いのでしょうか。それでも、本当に問題になることなのかと思います。それを見ながら、このりんごを持って回りながら見せても良いだろうという気がしました。それで役員会をする時も出して、堂会をする時も持って行って見せてからすべきだという考えになるほどです。実際に感謝があるのと、それがない状態は、異なるように違います。感謝がないということは、皆様の霊肉がみな古くなってしなびているのです。それが証拠です。それを見ると、なにかが感じられました。それがこのようにまで差が出ることがあるのだろうかと思いました。私も実験してみるつもりです。りんごを買って、ひとつには "感謝します"と書いて置いて、もう一つには "気分悪いです"と書いておくのです。それがそのように差が出るのです。

・私が見ると、救われることができなかった人々が、ご飯を食べていきようと苦闘するのを見ながら、かわいそうだという考えをしました。それだけでなく、多くの宗教人が実際に見ると、教会に通う人々がどれくらい問題が多いでしょうか。なぜそうなのかと言いたいほどです。今回も日本に行って見たら、人々が難しくて問題も多くて、本当に葛藤も多かったのです。もちろん'人が生きることは、そうでないだろうか' そのように理解すれば良いのでしょうが、真に聖書にあるみことばは、通常なみことばでないとのことをまた悟りました。

・今日、見たら先週に続いて出てきたみことばです。多くの方達が、詩篇 42篇と詩篇43篇が同じようなものだと見る方達が多いのです。 "わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。" これを見ながらみな話すことはできなくて、私の心に率直に、こういう使命が生じました。神様のみことばを正しくよく伝えてあげなければならないのに、それができないから、このようになっているのだなという考えをしながら、私は今日の本文と私たちの周囲に起きる多くの問題を見ながら、「私たちの人生は、どのようにすれば正しく成功して、正しく答えを受けることができるのだろうか。これは必ず知っていなければならず、話さなければならない部分でないか」という気がしました。あなたがたが今から信仰生活をするのに、神様の祝福を受けるための目的ではないのですが、そのような保障がなければならなくて、あなたがたが信仰生活をすれば、この世の中で困難に勝つことができる秘密がなければならないでしょう。

・私は聖書を見ながら、いくつかは必ずできなければならないと思っています。今日の本文の聖書にはみな記録されてはいません。私が神様のみことばを見ながら、そのように整理できました。私達が詩篇を見ながら、いろいろな生き方をたくさん捜し出さなければなりません。特に4節を見れば "こうして、私は神の祭壇、私の最も喜びとする神のみもとに行き、立琴に合わせて、あなたをほめたたえましょう。神よ。私の神よ。わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。"

・皆様がもし私の話をそのまま私の話として聞かないで、聖書を神様のみことばで聞くならば、今日、解決するはずです。皆様が今日、この場に人の知識を聞きにきたのではなくて、生きておられる神様のみことばを聞きに来た方ならば、今日解決すると思います。皆様が本当にこれから、神様に栄光を帰して生きるというならば、神様のみことばを正しく聞けば良いと思います。私は3つで神様のみことばをあなたがたに代わりに紹介する確信があります。

・その最初が何でしょうか。福音の真の理解がなければなりません。大部分のクリスチャンが福音を正しく理解できないでいます。せつないことです。

・たぶんこの場に礼拝をささげているかもしれません。本人が私に言った言葉です。内容は話すことができません。とてもしっかりした主に栄光を帰すほどの人です。女の人ですが、多くのお金を儲けたのです。ところが、それをみななくしたのです。これからもそのようにもうける可能性がある方で、今でも上手にやっている方です。その方が直接、私に話しました。数十年間、教会に通ったのに、福音を理解できなくて通ったのです。偶然にある執事に会って、福音を聞いたのですが、福音を聞いてから自分に衝撃と解答が来始めたのでした。本人の証しです。そのようなことです。

・皆様にやさしい話のように思えるでしょうが、ほとんどみな人々は開始から違うのです。あなたがたが正しく信仰生活をしようとするなら、福音から正しく理解しなければならないでしょう。ほとんどすべてが、福音から誤解をしています。だから事がだめなのです。福音が何でしょうか?

・それ以前に、どのように誤解していているかを知る必要があります。もちろん、あなたがたが善行をして、倫理も守って、道徳も守らなければなりません。ところが、多くの人々が福音をそのように誤解しているのです。福音は、そのようなことだと理解しているのです。勉強をちょっとした人は、話はしなくても、そのように思っています。もちろんこういう部分が間違いではありません。

・正確に話せば、もしこの場に北朝鮮から指令を受けて韓国を悪くしようというスパイが座っているかも知れません。そうだとするならば、その人はどんなに善良でもスパイです。どんなに倫理、道徳を守っても、スパイです。もしそのような方がいるならば、自首することを望みます。韓国を破壊させようと指令を受けてきたとすれば、どんなに法律を守っても悪い人であり、倫理、道徳が世界で一流だとしても悪い人となるのです。なぜでしょうか?国を破壊させて、安らかさをなくそうときたためです。

・むかしには、何名かがグループを作って盗みをする船がありました。力強い人々何名が集まって、船に乗って略奪するのです。海の中であちこち行くので、やられる船は否応なくやられてしまいます。それを海賊船と言います。海賊船に乗った船員が、どんなにどんなに善良でも、それは良い人ではありません。そして、どんなに正直であっても、正直な人ではありません。正確に話せば、善良なほど損です。いっそちょっと悪くて、海賊船のなかでけんかして聞かないことが良いことです。そうしてこそ、盗みがよりできません。話をよく聞いて勤勉で正しければ、かえって盗みをとてもよくするのです。すると、それはより大きい泥棒です。理解できるでしょうか。

・むかしには、奴隷がありました。主人の息子より、賢くても奴隷です。その人が子どもを産んでも、奴隷です。身分が変わらない以上、その人はずっと奴隷です。救われない以上、人間が神様の子どもというこの祝福を知らないでいる以上、すべての宗教は全く同じなのです。私が今、それが悪いと話しているのではありません。福音を誤解しているのです。もちろん、道徳も守らず、倫理はより守らず、秩序を守るなということではありません。それは常識的な話です。

・もう一歩前に進んで話せば、皆様に既に子どもに霊的な問題が来ているのに、どんなに道徳の話をしても、それをすればするほど、その子どもははずれます。理解できるでしょうか。今、青少年がなにか知らなくて精神が弱くなって、からだは大きいけれど、心はどれくらい弱いか分かりません。そこに霊的問題が来ているのですが、その状態で道徳を強調すればするほど、家を出て行きます。仕方がありません。既に霊的問題が来ているのに、できるでしょうか。地球上にもちろん、道徳、倫理を守らなければならないけれど、それが問題ではないのです。人々がこの部分を理解するのが難しいようです。

・またある方は熱心に、大きい力でなにかが現れれば、信仰生活を良くしているかのように錯覚します。それは、あらゆる宗教にみなあることです。それが福音ではありません。福音が無能力だということではなくて、力を表すことだけではないということです。知識人らしく、速く悟るべきです。'ここは大韓民国の首都、 ソウルの真中だ。大韓民国の人が速く福音を理解すべきだ' とだけしてはいつもできません。それなら、この話をわかるのが難しいでしょう。非常に今まで習ってきたことがそうで、生活したことがそうだからです。事実、生活してみれば、それが良くあります。ほとんどすべてがそうです。'宗教生活するのにも、答えが来るのに、なぜそうなのか'と言いたいでしょうか? 今、行ってみましょう。寺は教会より大きくて復興しています。なぜそうなのでしょうか。寺でも祈っても答えられるのに、なぜそうなのでしょうか。もちろんできます。皆様が今でも教会にこないで、部屋の中で深く座って修業に励んでいれば、力が現れます。それがまさに問題です。それをいわゆる聖書で話す悪霊の働きと言うのです。気功をするなという理由は、気功が間違いだということではありません。人には気が必要です。それが福音なく深く入っていくので、問題がくるのです。全く同じ脈絡で解釈できます。丹田呼吸のようなものは間違いではありません。すべての宗教でします。福音なく深く入っていくので、問題がくるのです。全てのものを全く同じく解釈すれば良いのです。だから、一般宗教でみわざがある場合もあります。

・本当に福音と宗教が区分できないのです。それで出てきたことが "みんないっしょに全く同じくよく過ごそう"ということです。本当に良い話に聞こえないでしょうか? ここに対してあなたがたは、本当に感覚がなくなってしまいました。既にすでになくなっています。既に韓国教会と世界教会は、切なく福音を言うべきだというこの思想がなくなって、長くなっています。既にヨーロッパ教会や米国教会は、すでになくなっています。だから問題が来ているのです。深刻な問題が来ているのに、知らずにいるのです。まず、皆様が信仰生活に成功しようとすれば、福音から理解すべきです。救いということは何か?速く理解せねばなりません。創世記1:27 元々の人間を回復することです。救いということは何でしょうか。創世記3章の呪いから解放されることを話します。救いということは何でしょうか。人間がこの地に生きる間に呪いで失敗するしかないのです。そこから解放されることを話します。救いということは何でしょうか? 人間が地獄に行くしかないのです。地獄が問題ではなくて、その力の下にいるしかないのです。そこから抜け出てくることが、救いです。なぜ、このように人間は勉強を多くするほど問題がくるのでしょうか。その霊的問題から抜け出すことが救いです。なぜこのように人々が占おうとたくさん行くのでしょうか。行かざるをえません。運命が決定されているから、そこから解放されることが救いです。大韓民国 100万ムダン(霊媒師)が、なぜ起きたのでしょうか。そちらから抜け出てくることができる力があるべきなのですが、それに保障がなければなりません。それが救いです。一言で話せば福音が何か知らずにいるからです。

・一度は、コ長老の紹介で韓国の国会議長を経った方と食事を共にしたのですが、その方が面白いことを話しました。"先生。私はイエスを信じられない"と話しました。"なぜですか" というように答えたところ "私は教会に通いたくて、イエスを信じてみたいのに出来ない"というように話しました。また "なぜですか" このようにたずねたら、そばの自分の部下を見て "この人が執事なのに、教会にあまり熱心に行って、聖日も一日も抜けなくて、あまりに熱心に信じるのですが、私はあの人のように信じることが出来ない"ということでした。それで教会に行けないということです。冗談のような、本当の話をしたのです。ところが、その方が年齢もだいぶあるのに、冗談も良くして、ものすごく意味ある話しも投げました。それで私が "そのことではありません。福音はそれではなくて、誰かがキリスト教を誤解させたのです。この地に起きている深刻ないろいろな問題、それを解決することが福音です。その後に教会は何度か行くことか、どの教会を行くか、それは自由です。明け方から夜通し教会に行くか? そうでなければ 1時間だけいるのか? それも自由です" あらましこのように説明をしたのに、詳細に聞いているようでした。どの誰かが福音を完全に誤解させたのです。これだからか、ある日、迫る霊的問題から抜け出すことができずにいるのです。

・皆様が信仰生活に勝利する一番目が何でしょうか? 福音から理解しなければなりません。皆様に真のこういう祝福が本当にあることを希望します。すると、福音を正しく理解したということは、私が見るには、いくつかの必ず前提がつきます。福音を正しく理解した後には、私たちは 40年 30年の体質があります。この体質が福音で理解できなければなりません。その時から、私たちは現場に行ったり、事業体に本当にキリストの福音の秘密が現れるようになるのです。適用できるようになります。このようになってこそ、勝利するのです。私が礼拝した後、釜山にはすこし年をとった方達が多くいます。私が礼拝を終えた後に、後に立って挨拶をしたら、信徒の中で挨拶をします。それで見れば、年をすこしとったおばさん達や、おばあさんを見ると、必ず私にきてそのまま挨拶すれば良いのに、両手を合わせて頭を下げる人があります。必ずそのような人がいます。その人はむかしに寺に通った体質が残っていて、福音を受けてもあいさつを両手を合わせて頭を下げる行動をするのです。タイに一度行ってみたら、クリスチャンが礼拝を終えて100人ならば 100人が両手を合わせて頭を下げて挨拶します。自分たちの体質があるのです。

・私達が今、福音を受けたということは、理解したとのことは、聖霊の感動で難しくないでしょう。「イエスがキリストだな。すべての問題の解決だな。また今起きた霊的問題が福音がなくて起きたのだな。」度々聞くから理解できるでしょう。しかし、これが何と合わされるべきかというと、私が今まで生きてきた体質と合わされなければなりません。そして、自分の事業や職場現場に適用にされなければならないのです。この時から毎日のように答えがおきるのです。この時から、皆様の事業にも毎日のように証拠が起きるのです。私は確実に約束できます。それで、イエス様がわたしについてきなさい。わたしが人を捕る漁師にしてあげようとおっしゃいました。

・私が今、説教をするのに、今、韓国で信じない人、韓国の未信者は心配になりません。永らく根をおろした神学、永らく根をおろした教会、このことがわかることができないでいるのです。そこに私は非常に意識を持っています。今、私に何かの話しをしているのですが、私は良いのです。どれが真実なのか、時間が経てば分かるようになるはずで、今、既成教会の信徒も問題です。むしろ新しい信者は問題になりません。牧師が問題です。今、神学者が問題です。それで、私に石を投げ始めたのです。今、これがけんかをしようということではありません。福音を本当に味わいましょう。それなら、たぶん毎日のように答えの門が開かれる祝福を味わうようになるでしょう。そして、することはひとつしかありません。

・2番目にすることは、何でしょうか? 救われた神様の子どもであることが確かならば、あなたがたは一つだけなせば良いのです。毎日のように皆様の自ら聖霊充満。この答を捜し出さなければなりません。この所には、学生もいて、長い間信じている方もいて、ここには教役者の方達もいらっしゃいます。今日、あなたがたが、のがしてはならないことは、皆様自らの聖霊充満を捜し出すようにということです。これは、私の話しではありません。このことは、イエス様が聖霊充満を受けなさいとおっしゃいました。すると、すべての問題が解決することを約束なさいました。ただ聖霊の充満を受けなさい。すると、力を受けて地の果てまでわたしの証人になります。このように説明すれば、多くの信者は、特に男の人たちは、どのように聖霊充満を受けるのかと考えます。皆様自らぴったりな聖霊充満を受けましょう。それで説明をしたのです。

・私たちの孫に会えば、イエス様がどこにおられるのかと言うと、心におられると言います。年が小さい、幼い孫娘にイエス様がどこにおられるかと言うと、手が上にまで上がってこなくて腹をたたきます。表現ができないために... 孫はどこにおられるかと言うと、胸をたたきます。自分の心におられるという表現です。その下の孫娘に尋ねれば、手が上がってこないので腹をたたくのです。これが聖霊充満です。私がオ執事にイエス様にどこにおられるかと尋ねたら、オ執事が腹をたたいてもかまわないでしょうか? そうでないでしょうか。すると、聖霊充満はみな違うのです。うつわによって聖霊充満が違うのです。例えば、世界福音化をするために、牧師はそこに合う聖霊充満を探さなければなりません。そして、社会生活する事業する方達や、役員は、そこに合う聖霊充満を探さなければなりません。一般信者の学生は、そこに合う聖霊充満を探さなければなりません。学生が勉強しないで明け方祈りに座っていることは、聖霊充満ではありません。その学生は早く起きて勉強して、時間があれば、教会にきて祈ることが、それが聖霊充満です。自分自ら時間を定めてしなければなりません。ですからみな違うのです。

・信仰生活はあまりにもやさしくて簡単なのです。福音だけ簡単に理解するならば、聖霊充満という秘密一つだけ知るようになれば、そのままみな働き始めます。それで、ただ聖霊があなたがたに臨まれるとき、そのように話されました。今日の本文を見ると、「わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。」この話は難しく見えますが、簡単に話せば、皆様自ら聖霊充満を持つならば、聖書は約束しています。まちがいなく、あなたがたに答えてくださると確かにおっしゃられました。4節を見れば、「こうして、私は神の祭壇、私の最も喜びとする神のみもとに行き、立琴に合わせて、あなたをほめたたえましょう。神よ。私の神よ。」このように話しました。

・信仰生活に本当に答えを受ける秘密の三番目のことは何でしょうか。本当に賛美と感謝です。今朝、私はこういう考えをしました。私に真の感謝があるのか。今日、私が明け方はやくから起きて、一人で祈りながら、聖書を見ながら、私が本当に感謝があるのか、こういう考えをしてみました。なぜこのように、私たちの現場の中で感謝がないのでしょうか。それとともに神様の前に祈りをしました。神様、私がどんな祝福を受けた人でしょうか。宗教も多いのに、神様は私に教会に通うようにしてくださって、福音を悟ることができなかった人があまりに多いのに、神様が福音を悟るようにして、伝道するのがそのようにむずかしいのに、 神様は伝道できるように祝福してくださって、周囲に教会は多いけれど、本当に福音を伝える教会に私を送ってくださって、他の人は本当に難しいのに、神様は恵みをくださって、私が午前午後に私たちの教会の信徒は難しいのか分かりませんが、午前午後で奉仕するように神様が祝福してくださって、どれくらい感謝でしょうか。神様がこの働きができるように、私に健康もくださって、健康を与えなくても感謝なのに、私に健康を下さいまして、静かに考えてみると、感謝しない理由が一つもありません。どれくらい感謝するでしょうか。私に少しの間ですが、感謝がなくなったんだなあ。神様が与えて下さったことが、これからも答えがどれくらい大きいでしょうか。どれくらい感謝しているでしょうか。救われた者に答えを下さり、神様が伝道者を一度も捨てない神様が、皆様に答えられるのではないでしょうか。どれくらい感謝しているでしょうか。

・私は三浦綾子という日本の女の人が書いた本を読みながら、笑うことも、申し訳ないという思いも持ちました。その女の人は、たぶん日本で最も広く福音を伝えた女の人でしょう。文を書きました。皆様がご存知の'氷点'のような本を書いたのです。一時、日本で人気がすごくありました。そして、この方はクリスチャンです。この方が文を書いたのですが、全てのものが感謝でした。私が見る時、こういう女の人もいるのかという気がしました。'神様、私が貧しい夫に会ったのですが、それで感謝します''少し前に引っ越しをしたのに、家がとても小さくて台所とお手洗がくっついていいます。ところが台所とお手洗とくっついているために、私と夫といつでも話ができて感謝します' 内心私は'狂ったか' という気がしました。それが何でこのように感謝するかという気がしたのです。私ならば、いらいらしたでしょう。台所とお手洗がいっしょで話をしたという事実が理解できるでしょうか? どれくらい神経質になるでしょうか? ところが、その女の人が感謝すると言いました。とても貧しい夫に会ったのに、その夫のために献身して奉仕しながら、自分がすべきことを探したゆえに感謝するということです。率直にそれが感謝になるでしょうか? 福音を持った人は、そのようなのです。すると、その人はいつもそのような家に住んだのでしょうか? そうではありません。神様がずっと祝福なさって、その人は後ほど相当な答えを受けました。

・それで、私たちは信仰生活は一言でどうなのでしょうか? 3つのことです。最初は福音を正しく理解して、味わうことです。2番目は、自ら神様が与えられた力を私が持つことができる秘密があるべきです。まさに聖霊充満です。三つ目は、本当に私たちに感謝が必要です。むりやりの感謝ではなく、本当に感謝が必要です。この三つを合わせることが信仰生活です。5節に "わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。"と言われました。

・ヨブ記 3章 25節に、このように記録されています。「私の最も恐れたものが、私を襲い、私のおびえたものが、私の身にふりかかったからだ。」ヨブは徹底した人です。自分の息子が行けばどのようになるのか? 私の妻が失敗すればどのようにするのか? 息子が滅びたらどのようにするのか? ヨブは、いつもそうでした。子ども達が来たら、悔い改めの祈りをしていました。それがそのまま迎えたのです。もちろん、神様がみな回復させてくださったのですが、まず迎えてしまいました。Iヨハネ 4章 18節に恐れには刑罰が伴うとなっています。それであなたがたの思い煩いを主に任せてしまいなさいとおっしゃりながら、霊的な答が出てきたのです。 "身を慎み、目をさましていなさい。あなたがたの敵である悪魔が、ほえたけるししのように、食い尽くすべきものを捜し求めながら、歩き回っています。"とおっしゃられました。私たちは信仰生活に勝利すべきです。今、難しいのにどのようにするのでしょうか? 神様は知っておられ、祈っていれば未来は保障されるようになっています。神様は未信者も祝福なさるのに、信じる者に答えられるようになっているのです。私達が福音を味わいさえすれば、神様は働かれます。私は苦しみにあうクリスチャンに確かに話をすることができます。福音を正しく理解して味わうことを望みます。それで終わりです。そして、私たちは現場があって、生きなければならないから、少しだけ聖霊充満して、祈りの秘密を味わえばよいのです。そして感謝すればよいのです。むりやりではなく、本物の感謝を探さなければなりません。教会が予算が足りないと言うのですが、それは話にならないことです。皆様が祝福を受けることができなかったということになります。

・私は、むかしにはいつも貧しかったのです。なんにもできなくて貧しかったです。伝道をするのに、貧しかったのです。ある日、私が答えを受け始めました。簡単です。神様はご存知です。私はいままで神様の前に本当に感謝がなかったのです。そして、神様の前にささげ物をささげる時にも、本当に感謝がありませんでした。いつでも聖日がくれば、形式的に礼拝をささげたりしていました。適当にしたりしたのです。一度も感謝がありませんでした。私はある日、悟ったのです。私は人に会えば、お金をこのように使って、私は私たちの子どもにお小遣もこのように与えて、私は家内にもお金をこのように渡して、ところが、神様の前に行っては全くそうでなかったのです。私が神様の前に本当に感謝がなかったということを悟りました。私の胸の中に強く悟ったのです。本当に驚くべき事でした。神様はその時から経済の祝福を下さいました。本当に不思議な事でした。健康の祝福もくださいました。その時から、何が感じられたかというと、感謝がない人を見れば苦しくなりました。私がむかしに知らなかったのですが、その人がむかしの私の姿と同じだという気がしたのです。

・医学博士の日本の重要な方が、話されました。健康を回復して病まない、癌にならない、最も一番目の条件が'感謝' と言いました。それは私が話したことではなくて、パク・サンエ博士といっしょに文章を書いた日本人の方が話したのです。私は読みながら'正しい'という気がしました。"わがたましいよ。なぜ、おまえは絶望しているのか。なぜ、御前で思い乱れているのか。神を待ち望め。私はなおも神をほめたたえる。私の救い、私の神を。" 間違いありません。私たちは、どのようにこれから勝利できるのでしょうか? 福音を正しく理解して味わいましょう。そして、自分の状態に合うように祈りを少しだけ味わいましょう。最後に、感謝に対する真の目を開かれましょう。真の目を開きましょう。真の感謝が出てくるはずです。私がなぜ、こういう教役者、こういう長老たちに会って主の働きができるでしょうか? どれくらい感謝しているでしょうか? 真の目を覚ますことを望みます。なぜ私のような田舎者が、ソウルの大都市の真ん中にきて福音を伝えることができるでしょうか? 本当に感謝なことです。

・オ・チョンロク牧師が大学生を集めてメッセージをしていました。それで故郷がどこかとたずねました。どこだと話しました。それで私が'出世したんだなあ'と話しました。だから話がわかってオ・チョンロク牧師が'そうです'と話しました。 "あなたが全羅道の田舎からきて、今、大都市の一流学生達を集めて、あなたが訓練させているので、どれくらいたいしたものかと" 話しました。恥ずかしいほどに、感謝です。私達がどのように敢えて全世界を通いながら、福音を伝えることができるのでしょうか? 目を正しく開かれるように望みます。どれくらい感謝なことでしょうか? 福音を持ったことが確かならば、神様が保障なさいます。どれくらい感謝でしょうか? 他の人に何か話を聞いても、聞かなくても、福音を本当に悟ったなら、永遠に滅びません。どれくらい感謝しているでしょうか? あなたがたがのがさないように願います。福音を正確に、本当に味わえば、絶対に滅びません。そして、ずっと働きが起きます。そして、事業にも働きが起きます。確かです。他の人が知らない暗闇の勢力と悪魔は、皆様の事業を一度も触ることができません。間違いありません。私はいつも胸の中に自慢はしないけれど、いつも味わっています。神様は小さなことまでも、いつも責任をとってくださるのだなと感じました。

・むかし、私の娘が交通事故になって、車が廃車になったのに、私の娘が勉強をできるかと心配しました。ところが、私の娘に健康を下さったのです。'私が忙しくて、福音を伝えねばならないから、神様が私の子どもも祝福なさるのだな' という気がしました。娘が卒業するようになって、今、いっしょにきたのですが、学校で卒業したので、インターン過程を受けねばなりません。現場で仕事を体験してこそ、卒業にできるのです。それをするためには、米国や韓国の大きい会社で仕事しなければなりません。娘につりあった所に連結されました。とても適切な所に連結にされたのです。神様が一つ一つ、このように細かく祝福なさるのだなという気がしました。

・私は皆様に本当に自信を持って、本当に確信を持ってお話しすることができます。福音を正しく知って味わえば、皆様の事業に、他の人が見て、皆様が口を開いて話すしかない証拠がくるはずです。こういう教役者、役員が集まれば、教会は大きなみわざが始まるはずです。確かです。それでこのように誤っているのは、全部牧師の責任です。福音だけ正しく知って話せば、殆どなるのです。すると、これから私たちの教会がどのようになるのでしょうか? それは神様に任せれば良いのです。

・私達が今、リレイ断食祈りを始めました。神様に任せるという意味です。釜山、ソウルの長老たちがまず断食祈りをすると言いました。私達が神様に任せるということです。どんなことが起こるのか、ご覧になるよう望みます。釜山は知っているでしょう? 釜山がどれくらい難しい所でしょうか? 釜山の土地万坪が断食祈りした後に与えられました。神様は私たちの祈りをお聞きになります。少しだけ祈るように願います。皆様が今から何にも心配しなくても構いません。皆様が体質的に本物の福音を味わうならば、絶対に滅びません。なぜ絶対に滅びないのでしょうか? 暗闇の力が皆様から永遠に離れるのです。皆様の会社に、家に、暗闇の力が永遠に離れる驚くべきみわざが起きるように願います。間違いありません。自信を持っています。

・多くの政治家たち、教授達にお願いします。皆様が本当に福音を知って、根をおろせば、皆様の家にある霊的問題が解決します。今日の1部礼拝の時にもお話ししました。福音運動ではなく、他のことを熱心にする方達に、霊的な問題が多いのです。解決を受けてくださるように願います。福音は相当なのです。

・当代最高の知識人パウロがこう話しました。'十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。' そしてコロサイ2章に'その中には知恵と知識の宝が隠されています' 聖書がどれくらいすごいのでしょうか? コロサイ1章で、すべての暗闇から救い出されたとおっしゃいました。

・私はもう一度、全世界のクリスチャンに約束します。クリスチャンを詳細に見るように望みます。ほとんど失敗しています。私はクリスチャンに約束します。福音を正しく理解して味わえば、すべての問題が解決します。そして少しだけ祈れば、答えを受けます。そして本当に霊的な目が開かれて、感謝を回復すればよいのです。この三つが信仰生活です。もう一度約束をします。今、皆様がどんな立場にあるとしても、今からなせば良いのです。今からこの契約だけ捕まえれば、できるようになっています。福音を正確に理解してみるならば、皆様の体質と現場に根をおろすようになるはずです。その時から働きは始まります。そして少しだけ祈れば良いのです。それが聖霊充満です。立場に合うように祈ることが聖霊充満です。時間が多い人は、祈りを多くすればよいでしょう。また寝られない方達は、夜に祈れば良いのです。こういうものを聖霊充満と言います。事業する方達は、時間を決めて少しずつ祈れば良いのです。主のしもべは、メッセージを捕まえて一日中祈れば良いのです。そして、真の目を覚まして、真の感謝をなせば良いのです。私たち教会が、そして皆様が、人生を新しく始めることを望みます。私達がいつ教会堂をよく建てるでしょうか? 神様に任せましょう。そして、私たちは祈りし始めればよいのです。個人が本当に新しく出発することを望みます。福音を正しく知って、少しだけ祈って感謝を回復すれば、神様が皆様に全てのものを満たしてくださるはずです。神様が与えられる祈りの答えを本当に受ける祝福の日になることをイエス様の御名でお祈りします。

<<契約の祈り>>
 神様に感謝申し上げます。真の感謝が回復にするようにしてください。福音が回復するようにしてください。祈りが回復するようにしてください。それで今日から私たちの家庭と、事業と現場にある問題が解決するみわざが今、起きるようにしてください。すべての役員達の産業に福音と聖霊充満と神様のみわざが今、起きるようにしてください。私たちタラッパンに、すべての福音運動をする主のしもべに、このみわざが今、現れるようにしてください。神様に感謝申し上げて、私達が気落ちしたり、絶望したりせず、神様の子どもとして感謝を回復して、神様の子どもとして祈りを回復して、福音の秘密を味わって、完全に勝利する新しい開始になるようにしてください。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン