2005年10月25日(ソウルイエウォン教会) 柳光洙牧師


70人の目
(ルカ福音24:13-35)



聖書のみことば(ルカ福音24:13-35)
13/ちょうどこの日、ふたりの弟子が、エルサレムから十一キロメートル余り離れたエマオという村に行く途中であった。
14/そして、ふたりでこのいっさいの出来事について話し合っていた。
15/話し合ったり、論じ合ったりしているうちに、イエスご自身が近づいて、彼らとともに道を歩いておられた。
16/しかしふたりの目はさえぎられていて、イエスだとはわからなかった。
17/イエスは彼らに言われた。「歩きながらふたりで話し合っているその話は、何のことですか。」すると、ふたりは暗い顔つきになって、立ち止まった。
18/クレオパというほうが答えて言った。「エルサレムにいながら、近ごろそこで起こった事を、あなただけが知らなかったのですか。」
19/イエスが、「どんな事ですか。」と聞かれると、ふたりは答えた。「ナザレ人イエスのことです。この方は、神とすべての民の前で、行ないにもことばにも力のある預言者でした。
20/それなのに、私たちの祭司長や指導者たちは、この方を引き渡して、死刑に定め、十字架につけたのです。
21/しかし私たちは、この方こそイスラエルを贖ってくださるはずだ、と望みをかけていました。事実、そればかりでなく、その事があってから三日目になりますが、
22/また仲間の女たちが私たちを驚かせました。その女たちは朝早く墓に行ってみましたが、
23/イエスのからだが見当たらないので、戻って来ました。そして御使いたちの幻を見たが、御使いたちがイエスは生きておられると告げた、と言うのです。
24/それで、仲間の何人かが墓に行ってみたのですが、はたして女たちの言ったとおりで、イエスさまは見当たらなかった、というのです。」
25/するとイエスは言われた。「ああ、愚かな人たち。預言者たちの言ったすべてを信じない、心の鈍い人たち。
26/キリストは、必ず、そのような苦しみを受けて、それから、彼の栄光にはいるはずではなかったのですか。」
27/それから、イエスは、モーセおよびすべての預言者から始めて、聖書全体の中で、ご自分について書いてある事がらを彼らに説き明かされた。
28/彼らは目的の村に近づいたが、イエスはまだ先へ行きそうなご様子であった。
29/それで、彼らが、「いっしょにお泊まりください。そろそろ夕刻になりますし、日もおおかた傾きましたから。」と言って無理に願ったので、イエスは彼らといっしょに泊まるために中にはいられた。
30/彼らとともに食卓に着かれると、イエスはパンを取って祝福し、裂いて彼らに渡された。
31/それで、彼らの目が開かれ、イエスだとわかった。するとイエスは、彼らには見えなくなった。
32/そこでふたりは話し合った。「道々お話しになっている間も、聖書を説明してくださった間も、私たちの心はうちに燃えていたではないか。」
33/すぐさまふたりは立って、エルサレムに戻ってみると、十一使徒とその仲間が集まって、
34/「ほんとうに主はよみがえって、シモンにお姿を現わされた。」と言っていた。
35/彼らも、道であったいろいろなことや、パンを裂かれたときにイエスだとわかった次第を話した。

→序論
▲13節にふたりの弟子というのは、たぶん70人のことを言うのでしょう。16節に復活に対して話を聞いのですたが、復活の主人公を見間違えたのです。イエス様が何の話をしているのかと尋ねられたので、知らなくて尋ねるのかと言ったのです。今、弟子たちは、すべて知っているのに一つだけ知らなかったのです。
▲今日の本文は、私たちがどのように信仰生活しなければならないのかよく説明されている部分です。ある事業家が、タラッパンする自分の家族に対して話をしたのを聞きました。毎日訓練を受けて、何をするのかということです。受けてもだめだということです。私が心で、この人がどのように事業をするのだろうか?という気がしました。知らないからであって、入ったことは出てくるようになっているのです。70年間、共産主義思想を受けた北朝鮮は、まだそれが出てきます。ロシアは私のもの、君のものがありません。少しだけ中に入って、出てくれば車にあるものをすべて持って行かれてしまいます。時間が長ければ、タイヤまで持って行かれるのです。共産主義は、君のもの、私のものの区別ができないから、盗み出しても良心の呵責がないのです。これくらい、教育は怖いのです。私が見るのに、北朝鮮の共産主義がなくなるのには、30年以上かかるでしょう。
▲私たちは70人訓練を受けています。目が開くべきなのに、目が開かなかったのです。必ず私たちが祈りの答えを受ける中に、多くの訓練を私たちが受けているので、多くの答えがくるでしょう。しかし、重要なのは、どのように祈りの答えを受けるのかが重要なのです。
(1)適当-何でも適当にしなさい。重要なことがあまりありません。しかし、本当によくすべきことがあるのです。
(2)徹底(よく)-本当に正しくしなければならないことがあります。上手にすべきことと、適当にしなければならないことをよく区分しなければなりません。
▲ある人は、あまり必要でないことをとてもがんばるのです。こうすれば上手にすべきことができません。言葉も適当にしなければならないことがあって、そうでないものがあります。こういうものを区分できないから、問題がくるのです。こういう人は、訓練を受けても適用できません。
▲ある牧師は、囲碁をとてもよくできます。碁を打つのが悪いのではありません。牧会より囲碁をさらに上手にするので問題なのです。ある人は、釣りのために離婚をしました。釣るのが離婚の理由になるのでしょうか? この人は仕事よりも、釣りをさらに上手なので問題になるのです。適当にしなければならないことと、本当に上手にすべきことをよく区分しなければなりません。
▲さらに問題は、それほど必要ないことをよく区分しなければならないのです。がんばって正しく生きるのはみな重要ですが、この区分ができなければ、正しく生きて熱心に生きるほど、さらに問題です。
▲私たちは何でも上手にすべきですが、重要なことを上手にすべきなのです。種をまくのは自分の思うとおりにできますが、実は思うとおりにはできません。行くことは思いのままになっても、来るのは思いのままにできません。
▲それでは、何を徹底的にすべきなのでしょうか? '契約'を徹底的にしなければなりません。

1.契約
▲先月のことを復習します。
(1)開始- 70人要員が何を持って始めるべきでしょうか?
@福音の理解
▲福音を理解することより重要なことはありません。知らない人はいません。しかし、事実、福音理解の深さより他のものがさらに深いのです。これがどれくらい損害を与えるのかわかりません。これが後ほど残念なことになるのです。単純な福音ではありません。永遠な福音です。しかし、70人要員が、これをいいかげんに知っていて、他のものをよく分かったら、これが残念なことに失敗の原因なのです。
▲福音が他の人が話す基礎くらいならば、序論くらいならば、関係がないのですが、この福音は完全で、永遠なので、問題になるのです。
▲昨日私が富川(ブチョン)に行って話をしたのですが、先週、私が衝撃を受けました。母教会の長老が訪ねてこられたのです。とてもおしゃれな人です。私を見て泣いたのです。釜山(プサン)にいた方たちは、分かるでしょう。教会がとても試みにあったのです。教会が建築をするのに、長老の三人が金持ちなのに、じっとしているのです。私は母教会に通って試みにあって、教会を止めました。家族に申し訳ないが、事実なので話します。首席長老が教会の階段から滑り落ちて死んだのです。そのようなこともあるのですが、私は神様のサインだと思っています。二番目の長老は、その年に公務員で人格もとても良くて、仕事も良くします。新聞にも出ました。子どもが伝道師と一緒によく遊んでいたのに、一緒に泊まって煉炭ガスで死んだのです。他の子どもも一緒に死んだのです。その中には、未信者の親もいました。竣工検査を受けなかった家だと、家を作った執事は拘束されて...先週に来た長老は、気を引き締めて良くしました。私は教会を離れて...その方が70才を越えて私を訪ねてきました。カナダで勉強をしていた息子が死んだのです。本当に残念でした。
▲まだ多くの長老、役員などが、この福音を理解できていなかったのです。この福音を理解した中で、仕事が出てこなければならないのです。福音の栄光をなくすことはしないほうが良いのです。福音に支障となることは、神様のみこころではありません。だから、役員が福音を理解するという話を、まだ理解できないのです。
A現場理解-福音を理解しただけ、現場が分かります。
B弟子理解-弟子が何か理解しなければなりません。
C伝道理解もさせなければならないのです。
D教会理解-こういうことをするのが教会です。教会を理解させなければなりません。
▲福音の中にいるということは、挑戦、熱心、パワーなどがないように見られるのですが、その中に入ってみれば、はるかに大きいということを知るようになります。これをわかった教役者、役員が出てくれば、勝利するようになっています。理解できないから、次々と失敗がくるのです。とてもがんばろうとしてはなりません。この中に入れば、熱心より大きいことが出てきます。私の話を誤解してはなりません。ある方は誤解していつも寝ています。真の話をよく理解するように願います。人は、話が通じなければなりません。役員がはっきりと分かれば、驚くべきことです。この他には重要なことがありません。
(2)基本-それで70人は、教会がそろえなければならない基本が何かを分からなければなりません。初代教会は、聖霊充満を受けて、門が開いて弟子が起きました。使徒2章の五つの基本をよく分からなければならないのです。
(3)成熟- 70人は福音を知っていて、味わっていて、証明できるならば、成熟したのです。これが本当に素晴らしいのです。聖霊充満と言うと、声を枯らすことのように考えるのですが、声が枯れることもありますが、そうではありません。聖霊充満を受ければ素晴らしいのです。福音と聖霊充満は素晴らしいのです。

2.目
▲14節には、このいっさいの出来事について話し合っていたということですが、エマオに行く弟子の中の一人は、15節には目が覆われて、自分が一番話をよくしたその方を見ることもできないのです。これで良いでしょうか? 皆さんがこの部分に重要な答を出さなければなりません。70人が必ず開かれなければならない目があります。徹底的にすべきなのですが...弟子は何を見るべきでしょうか?
(1)成就する契約
▲成就する契約を見る目です。これがどれくらい重要でしょうか? 70人だけでなく、信徒、牧師は、成就することを見て行かなければなりません。
@信仰の英雄-聖書に出てきた信仰の英雄を見ましょう。みなこれを見て行ったのです。ヨセフが絶対に揺れなかった理由が、まさにこれを見たためです。ダビデがこれを見たので、揺れませんでした。パウロも、これが明らかだったので、迫害の中で進みました。
A未来-成就する契約を見えてこそ、未来が見えるのです。なぜ共同体訓練場をするのでしょうか? 確かになることを見たので、するのです。
B現在-ここで現在という時刻表が見えます。ここで機会が見えて、全てのものが答えとして見えるのです。
(2)保存
▲どのように、この福音が推進されていくべきでしょうか? 福音を持っているので、福音の価値をどのように保存するのかが重要です。ほとんど、これができないので、残念です。ある人が仕事をするのを見れば、全くこれと関係がありません。これだけなれば、すべての答えをみな受けます。特に牧師は、徹底して導きを受けなければなりません。
@カイン-アベル
▲聖書を見ましょう。カインとアベルが違う点がこれです。カインは、血の契約と全く関係がありません。
Aヤコブ-エサウ
▲エサウは、顔だちがよくて素晴らしいのです。ヤコブは顔だちがよいことなくて、力のない女のようでした。女性は100%エサウのような男に関心があるでしょう。よく見なければなりません。しかし、違うことがあるのです。ヤコブは契約を分かる者です。エサウは、契約が必要ないという人です。これが問題です。長子の権利をレンズ豆のおかゆ一杯で売るほどです。じっとしていれば与えられるはずだったのですが。..
▲どのように、この福音が持続するのでしょうか? これを見ていくことが牧会で、宣教で、弟子訓練です。多くの人が上手にする必要があります。絶対に問題になることがありません。しかし、本当