[2006年9月23日/ソウル核心要員メッセージ/ソウルイエウォン教会/柳光洙牧師]


私たちをどのように改革すべきか??
(使徒8:26-40,使徒18:1-4)

@序論:使徒8章1節から4節のみことばを見ます。映像を見たら、お金が必要なことが本当に多いという気がします。お金をむやみに使う人は足りない人です。しかし、お金を持って、あまりにぶるぶる震える人は愚かです。たくさん儲けて、多く使わなければなりません。私たちはたくさん儲けて、神様にたくさん捧げて、多く使わなければなりません。そうしてこそ、世界福音化をするようになるのです。今回は祈るように願います。私たちのタラッパンで捕まえなければならない祈りの課題の中の一つです。今、危機がきてヨーロッパの教会堂が全部売られています。初めには、酒場と食堂で売られていましたが、今はイスラム教がほとんど買っています。そして米国で今、教会堂が売られています。信徒が運営できないからです。その中で、昨日の新聞を見たら、イスラム教の人々が韓国に今、労働者で入ってきています。自分たちどうし、お金を集めてソウルでだけ祈り場60ヶ所を作ったのです。私たちの信徒が今、気をつけなくてはいけなくなっています。ところが、韓国教会は、運営ができなくて崩れています。その中で、今回、重要な都市にとても良い教会堂が出てきました。それで理由なしで、私たちのタラッパンで買うことにしたのです。今回、皆さんが力を合わせてみることを望みます。普段の時、開拓教会を置いて祈っていた人々、作るのも重要ですが、崩れていくものを買い取らなければなりません。タラッパンで崩れていく教会を買い取ると悪口を言う人がいるのですが、その人は足りない人です。教会が借金を返せなければ、他の人に被害を与えるのです。これが未信者に買い取られたら、とても問題になるのです。私は使命を持ってしなければならないと思います。それで、開拓教会を置いて献金する時、祈りをよくするように望みます。今日、皆さんは祈りの課題でつかまなければならないことが、私たちをどのように改革するべきか、ということです。先週には、私をどのように改革しなければならないかを見ました。今、皆さんもそうで、信仰生活をする人が福音を悟れば、みな悟ったのです。できるのに、私達ができないのです。大きなことができません。
* 人間の葛藤:多くの人々が恵み受けて答えがみな出ました。しかし、いつも人間の葛藤でやりとりしていて、この中から抜け出せません。本人は知らないのですが、他の人に大きな被害をずっと与えるのです。そして、人間関係を解決できなくていつもさ迷っているのです。明らかな事実は、大きい祝福を受ける人ではありません。記憶しなければなりません。今日、この答えを受け取らなければなりません。私たちが信仰生活をする中で、答えをすべて持っているのに、葛藤のためにみなのがすのです。ある人は、仕事は良くするのに、いつも葛藤のために試みにあっているのです。確かに祝福を受ける人ではありません。大きい祝福を受けられません。ところで、パウロはこれが上手でした。私はキリストとともに十字架につけられて、自分はないと言いました。そして、自分が持ったものをちりあくたに感じると言いました。自慢して好きだったことをちりあくただと感じると言ったのです。おもにタラッパンは二種類の人によって、多くの葛藤が起きます。この前、話しました。同じ週に私に手紙がきました。それで私が手紙を読む時間がなくて、米国へ行く飛行機の中で読んでみたのです。手紙が二つとも私たちの信徒が送ってきたものでした。ところで読んでみたら、長文で長くたくさん書いてありました。読んでみたら、一理ある言葉を使っていました。牧師先生、この運動はものすごい福音運動なので、牧師先生の周辺に人物が多くなければならない、人材が多くなければならないということでした。正しい言葉です。それも、例まであげて、良い話で何枚か書いていました。字を見たら、だいぶしっかりした立派な人です。それで、その通りだと思いました。そして、手紙をおいて他のほうを見たのです。これは反対になる手紙でした。牧師先生、この頃、講壇でエリートの話をするのですが、福音ならば良いのではないかというそのような内容でした。タラッパンの中でもいつも起きる葛藤です。おもに見れば、ある人は良くすべきと言います。また、ある人は福音ならば良いと言うのです。それで、葛藤が起きます。それで、みな理由があることですが、結果は違うように出るのです。福音と言いながら勝手に居きれば貧しくなります。しかし、福音よりしばしば行政、仕事を主張すれば、後には霊的問題から抜け出せません。正確な例がユダヤ人です。ユダヤほど、しっかりした立派な人はいません。しかし、後ほど霊的問題から抜け出すことができないのです。それで、福音と言いながら勝手に節度なく生きたら、貧しくなるのです。その中から抜け出せないのです。それで、私たちは2つのことを調和して人間関係を上手にすべきです。ところで、おもにしっかりした立派な人たちが、教会の中で葛藤が多いのです。あの人はなぜあのようにするのか? 良くすれば良いのに、なぜあのようにするのだろうか? と葛藤が生じるのです。ところで、福音の深みがある人は福音がない人がするのを見ながら苦しく思います。葛藤がかなり多いのです。この2種類が調和を作り出さなければなりません。パウロは調和を作り出した代表的な人物です。世の中のことが良くできて、すばらしいものを持っていながらもちりあくただと言いました。これが基準です。勉強もできなくて、びりから1番目2番目の人が、勉強はちりあくただと言ってはいけません。本当に勉強が良くできる人が私が福音の中にいるので、勉強は重要だが格別なことではないと考えなければならないのです。仕事も良くして、行政も良くするのですが、福音のなかで何でもないと思わなければならないのです。ところで、私たちは知らないので、葛藤がたくさんできるのです。祈りの課題を正確につかまなければなりません。私が誰かわからなければ、答えを受けるのが難しくて、安らかでなくて、葛藤が解消されません。これをするために2つのことを持っていなければなりません。
(1)私:いったい私は誰なのか?
(2)私たち:そして私たちは誰なのか?
これに対するアイデンティティー(正体性)がなければなりません。それでこそ、祈りの答えを受けます。それでこそ、大きく用いられるのです。いくら正しい言葉であっても、アイデンティティーが違う話をしてはいけません。いくら正しい言葉であっても、長老は長老らしい話をしなければならないのです。いくら正しい言葉であっても、牧師は牧師らしい話をしなければなりません。これがアイデンティティーです。そうでなければ、しばしば葛藤が生じます。それで、牧師夫人の中でこういう悩みを書いてきた人がいました。あまりに牧師と信徒が私を無視して気に障ると文を書いてきた人がいました。私が誰なのか、アイデンティティーをよく分かれば、その問題は解決されます。

1.私たち:そのような中で私たちが誰かです。いったい私たちは誰なのでしょうか。
(1)だめで、問題:今、ほとんど私たちが誰かわからないのです。それで、問題がずっとくるのです。だから、私たちになるべきなのにだめなのです。
(2)うまくいって、問題:そして、反対に私たちがとてもうまくいって問題が来るものがあります。うまくいく人は、思想、理念、哲学がよく通じて良いのです。理念が共に通じます。それで、韓国より北朝鮮が良いと言うのです。それは理念がよく通じるからです。この人たちは、全部、炭鉱に送らなければなりません。それで、北朝鮮式で統一にならなければならないと言います。彼らは全部、辺境地の炭鉱で移民として送らなければなりません。理念が通じるためです。とても一つがうまくいって問題なのです。ところで、ある人は一つにならなくて問題になるのです。私たちというものが何でもないように見えても、霊的な病気、精神的な病気、生活の病気がある人は、一つになれません。私が精神病院の院長に直接尋ねたことがあります。患者500人が暴動を起こせばどのようにするのですか。その院長が簡単に話しました。歴史以来、東西古今を問わず、精神病者は一つになった歴史がないということです。そのとおりです。だから一つになれないということは、深刻な霊的な病気です。
(3)「私たち」が誰なのかということを正しく知れば
①アイデンティティー:私が誰かというアイデンティティーが生まれます。私は良くしているのに、なぜ他の人らは私の悪口を言うのか。それはアイデンティティーを知らなかったり、アイデンティティーに合わない言葉を言う時です。私は正しい話をするのになぜそうなのか。それは、アイデンティティーをのがした言葉を言う時です。
②所属感:私たちが誰なのか分かる時、正しい所属感ができます。
③使命:この時、正しい使命感ができるのです。とても重要です。

2.共同体(Oneness) -奇跡、治癒
私たちは祈りながら正しいことを発見しなければなりません。真の神様の人は、神様の共同体のなかで「私たち」を発見します。真の救いを受けた人ならば、神様のOnenessの中で発見するのです。この時、どんなことが起きるのでしょうか。聖書を見れば、私たちというものを発見すれば、大きい答えが起きます。聖書を見ましょう。一つになったためでなく、正しく私たちが誰かを分かった時です。このような時、癒されるみわざが起きます。
(1)聖書- 318:聖書をよく見ましょう。聖書を見なれば、こういう節度が分かります。
①アブラハム:創世記11:1-8,創世記12:1-9,創世記14:14-20:創世記11章を見れば、バベルの塔を築いた人々が、一つになり始めました。この時、神様がアブラハムにカルデヤを離れなさいと言われたのです。創世記14章の事件の戦争が起きる時まで、アブラハムは悟れなかったのです。アブラハムが集めたしもべ318人しかいなかったのですが、彼らは私たちが誰かということを知って、戦争で勝利して、イスラエルを正しく立て直したのです。
②イスラエル:だから、いつも自分だけ生きようとしていたので、神様がヤコブに何と言われたのでしょうか。あなたの名前をヤコブといわずにイスラエルといいなさい。ヤコブはいつも自分個人だけ考えていました。ところが、ある日ヤコブが重要な使命を悟ったのです。
③ヨセフ:ヨセフを見ましょう。ヨセフが何を悟ったのでしょうか。ヨセフは自らの使命の中で一人で生きたのではありません。ヨセフが全世界共同体を悟ったのですが、ヨセフが行く所ごとに奇跡が起こったのです。
④出エジプト:いつ出エジプトしたのでしょうか。とても重要です。イスラエルの民が自分たちが誰なのか分かった時、その時、神様が行く所ごとに奇跡を起こされたのです。教会に帰れば、皆さんの教会がどんな教会なのか、はやく確認して、自分が誰なのか確認しなければなりません。奇跡が起こるでしょう。いくつかの教会が作る準備をして、イエウォン教会も作る準備をしているのですが、皆さんの教会がどんな教会なのかはやく把握しなければなりません。皆さんがはやく把握をしなかったせいで、人々が立って苦労しているのです。行く所がありません。なぜなら、地域に空港があって、核心をするのに一番良いところです。神様が時代的な祝福を備えられたのです。人がこれを知らなければ役員もいつもお金の心配をしてアイデンティティーをのがすのです。神様が一時代に私たちをなぜ呼ばれたのでしょうか。この時、出エジプトの奇跡が起こりました。悟るだけでも答えがきます。
⑤エリヤ,エリシャ:重要な人物、エリヤとエリシャを見ましょう。分かったのです。だから、神様が天の馬と火の戦車をエリヤとエリシャに送られたのです。
⑥出バビロン:聖書を見ましょう。いつバビロンから出たのでしょうか。出エジプトをいつしたのでしょうか。出バビロンをいつしたのでしょうか。私たちが誰なのか分かった時です。起きて光を放ちなさい。暗やみ、やみが万民を覆った。主の光、主の栄光があなたの上に臨んでいる。起きて光を放ちなさい。働きが起きました。この時、出エジプトと出バビロンになるのです。
⑦使徒1:1-14:世界を征服した初代教会を見ましょう。使徒1章の契約を捕まえて集まって、いのちをかけて祈ったのです。単純に祈ったのではなく、私たちが誰なのか分かったのです。皆さんがこの祝福を受けなければなりません。
(2)時刻表:重要な部分を悟らなければなりません。私たちという中に神様のすべての時刻表が入っています。これをのがせば愚か者です。人が葛藤をしない訳には行かないのですが、葛藤の中にいつも生きている人は愚かです。
①使徒2:1-47:とても重要な時刻表が入っています。この共同体を通して神様が重要な初代教会を誕生させられたのです。
②使徒11:19-20:さらによく悟った教会が出てきました。それがアンテオケ教会です。エルサレム教会がコルネリオにバプテスマを与えたのが正しいことかと質問をしました。何か足りない。反対に世界宣教を悟った教会がアンテオケ教会です。皆さんの状態、皆さんの問題を心配してはいけません。皆さんが誰なのか分からなければなりません。神様が残念で、ヤコブよ。イスラエルよ。あなたはどうしてと話されながら、どうしてなげくのかと言われました。自らの立場を考えれば、そのようなことになるでしょうが、そうではないのです。これがアイデンティティーを知らせることなのです。あなたが誰なのか分かるでしょうか。だから恐れてはなりません。落胆してはなりません。あなたが誰なのか知らないのか。唯一、福音を持った民族であるから起きなさい。少年も倒れて、若い男でも転ぶけれど、ただ主を待ち望む者は新しい力を得る。私は確信するのに、ここに座っている牧師と皆さんと私は、福音運動をする人であることが確実です。今現在、大学と現場で福音運動をがんばる人が私たちの学生であることが確実です。それなら、私たちが知らない神様の時刻表です。
③使徒9:15:これをさらによく悟った人が出てきました。誰でしょうか。パウロです。この人が使徒13章1節に宣教師で派遣されます。自分が誰なのかが分かって、私たちが誰なのかが分かったのです。だから、神様が時代的なすべての祝福をパウロに与えられたのです。
(3)祝福-答え:人にしばしば葛藤を与えて、試みを与える人は愚かです。教会に行って、いつも正しいことを問い詰めて、他の人に試みを与えるのは愚かです。韓国教会がいつもそのようにしてきて、世界とヨーロッパ教会がそのようにして崩れたのです。私が幼い時、映画のタイトルの中でバカの行進という映画がありました。真のバカの行進です。この中に祝福がすべて入っているのです。この話は、私たちが無事に過ごすことではなく、私たちが誰なのか、これを知らない人は地球上に生きる理由がない人です。皆さんは誰でしょうか。私が見る時、歌う人は多いのですが、この青年たちは誰でしょうか。マイケル・ジャクソンが出てきて何の関係があるのでしょうか。福音を持った人々です。皆さんが誰でしょうか。外側の国会議員がたくさんいても、私とは何の関係もありません。国会議員が会議をよくしても、世界福音化とは何の関係もないこともあります。これを悟る者にすべての祝福と答えがあるのです。今日、回復するようになることを希望します。
①使徒5:-10:これを知らないから、使徒5章のことが起こったのです。私たちが誰かわからなかったのです。アナニヤとサッピラが救われたのか、救われていないのか、それは分かりません。天国に行ってみたら、分かるでしょう。しかし、本当にイエスを受け入れて自殺をすれば救われているのか、救われていないのでしょうか。天国に行ってみてこそ分かるのです。本当に受け入れをしたら救われたでしょう。そして、自殺をすれば死ぬでしょう。2つのことは事実ですが、それは行ってみてこそ分かるでしょう。しかし、にせ物で受け入れれば、救われないでしょう。この人が救われたのか、救われていないのかは分かりません。明らかなことがあります。私たちが誰なのかを知らないのです。教会の中でバルナバとヨセフの人気が上がったのです。これに感動すべきなのに、おかしな気がしたのです。こういう牧師と長老がどれほど多いでしょうか。あの人が教会に土地を捧げて献金して神様に栄光を帰すことは、すばらしいのです。どれくらい感謝することでしょうか。しかし、この人はそう思わなかったのです。こういうことでは大変なことが起きます。人気があのようになれば、私はどうなるか。今の言葉で言うと、あの人がこれから長老になれば私はどうなるのか。だから、私もすべきだと思ってしたのです。そして、献金をしてだましたのです。聖書に何と記されているでしょうか。あなたはどうして、悪魔に満たされて、サタンにあなたの心を奪われたのか。これが怖いのです。何を知らなかったのでしょうか。マルコの屋上の間の教会が何の教会なのかを知らずに、集まった群れが誰かわからないからサタンに捕えられたのです。救われたのでしょうか。分かりません。どうなったのでしょうか。分かりません。私たちは事実だけ分かれば良いのです。確かに私たちという共同体を知らなかったのです。
②使徒18:1-4:しかし、反対のこともあります。使徒18章を見れば、プリスカ夫婦とパウロです。プリスカ夫婦が、自分たちが誰なのか分かりました。パウロに会ったのですが、自分たちが誰なのか分かったのです。どの程度に分かったのでしょうか? ローマ16章を見たら、いのちをかけたと言われています。どのようにしたのか分かりませんが、聖書に自分のいのちの危険を冒したとなっています。この話は単純に死ぬほど忠誠したのではなく、誰なのかが分かったのです。これが祈り答えのすべてです。皆さんにこういう驚くべき祝福が起きることを希望します。祈りの答えを受ける奥義がこの中にあります。難しくありません。

3.改革:私たちをどのように改革するのでしょうか? 単に私を見るのではなく、神様の共同体の中で私を見なければなりません。重要です。ただ見てはいけません。
(1)神様-私(契約的祝福):神様のOnenessの中で私を見なければなりません。この時、契約的祝福が回復します。契約的祝福が私に来ています。
(2)神様-私たち(時刻表):そして、神様の共同体の中で私たちを見なければなりません。この時、契約的祝福が成就される時刻表が来るのです。私に答えが来ているのですが、これを悟る時、祝福がくるのです。
(3)神様-弟子(成就):神様の共同体の中で弟子という言葉がわかる時、契約的な祝福が成就するのです。神様の共同体の中に私がいるということは、すでに契約的祝福が来ているということです。神様の共同体の中で私たちが誰なのか分かる時、神様の契約の時刻表が成就されるのです。これがいつ成就するのでしょうか? 弟子になる時です。絶対にのがしてはなりません。
@使徒8:26-40,使徒18:1-4:今日使徒18章を読んだのですが、本来は使徒8章から読まなければなりません。使徒8:26-40節、エチオピアの宦官とピリポとの出会いです。使徒18:1-4節にパウロとプリスカ夫婦の出会いです。ここで三つのことを見つけなければなりません。使徒8章を見れば、道で会いました。そして、共に福音を受けてバプテスマを受けました。そして、再び会うことができなかったと記録されています。私はこれを見て重要だと思いました。それで私は三つのことを悟りました。
(4)ただ一度-永遠:ただ一番の永遠な出会いです。重要です。この人たちは、ただ一度会ったのですが、永遠な出会いでした。プリスカ夫婦も初めて一度会ったのですが、永遠な出会いでした。生きていく間、葛藤もあったのですが、こういう大きい祝福を味わうようになったのです。
(5)初めての出会い:私たちは一番初めて会った時に持った心を持っていなければなりません。これをいつも持っていなければならないのです。皆さんが教会にきて、タラッパンに会った時に受けた恵みをいつも維持しなければなりません。本当に愛する人ならば、初めての心を維持すべきです。
(6)最後の出会い:そして、三番目にいつも最後の出会いだと思わなければなりません。初めてながらも、最後ながらも、永遠な出会いです。これを通して神様の祝福の時刻表がみな成就されたのです。皆さんが教会の中に行って、いくら信仰生活をがんばっても、皆さんどうし、皆さんが誰かわからなければ、最も重要なことをのがすのです。いくら賢くて、いくら行政に優れていて、いくら世の中で優秀だとしても、皆さんの教会が何の教会とは知らずに、皆さんの牧師が誰かわからず、皆さんのそばに座った人が誰かわからなければ終わるのです。いつか迫ってくる霊的問題の前で負けるようになるのです。
* 奴隷:これを分からないイスラエル民族は奴隷になりました。自分たちが誰とは知らずにイスラエル民族が何の民族かわからなかったのです。そのまま自分たちがそのまま生きて、ご飯だけ食べるのだと思っていました。自分たち民族どうしそのままよく暮らそうと思ったのです。
* 捕虜:結局、悟ることができないから、捕虜になりました。
* 属国:そうするうちに、今はまったく抜けられない属国になったのです。こういう場合がきました。皆さんは今日、祝福を回復しましょう。重要な祈りの答えがくるでしょう。皆さんのために一番祈る人は、皆さんの教会の牧師です。ある女性が私に紙を一枚くれました。自分のために祈ってくださいと祈りの課題を30個も書いてありました。自分の牧師に渡さなければなりません。皆さんのために一番祈る人は、私ではありません。私は一度で終わります。私はよく思い出せません。皆さんのために本当に心をつくす人は、皆さんの牧師です。そして、そばで仕事をする人は神様の祝福と時刻表が備えられているのです。これができなくなったので、みなのがすのです。それで、韓国教会は他のことはできるのに、福音と私たちがうまくできないのです。タラッパンでは、みな回復したのですが、一つ回復できないのが、まさに私たちが回復しないのです。これが本来持っている霊的な病気です。私たちの韓国の人が一つにならない病気が世界一位です。南北分けられているので、いつ一つになるかわかりません。また東西が分れています。嶺南と湖南が一つにならないのです。私たちのタラッパンは、そんなことがないのですが、他のところは深刻です。教会の中にも一つにならないのです。
* 歯ぎしりをする者:なぜそうなのでしょうか? 悪魔の名前の意味が何でしょうか? 歯ぎしりをする者です。また分ける者、だから、悪魔充満するからなのです。悪魔は神様と人間を分けて、人間と人間を分けて、重要な共同体を出来ないようにさせるのです。だから、これを悟ればすばらしい働きが起きるのです。いくら祈っても、私たちを知らなくてはいけません。いくらよく生きようとしても、イスラエルのようになるのです。私たちが誰かわからなければ、結果的に私が誰かわからないのです。私が誰かわからなければ、どのように祝福を受けるのでしょうか? 回復しなければなりません。これが改革です。今は皆さんの教会のために祈れば、祝福が変わるでしょう。皆さんの教会、個人、家庭に神様の大きい祝福が臨むことを希望します。

-要約-
<私たちをどのように改革するべきか?(使徒8:26-40,使徒18:1-4) >
1. 『私たち』は誰なのか
(1) 「私たち」ができずに問題になる人々
① 霊的な病
② 精神的な病
③ 生活の病
(2) 「私たち」ができすぎて問題になる人々
① 思想と哲学
② 理念と宗教
③ 集団的な自己中心主義
(3) 「私たち」が誰なのか正しく知ると、重要なことがわかります
① 正体性(アイデンティティ) ② 所属感 ③ 使命
2. 真の神様の人は神様の共同体の中で私たちを発見します
(1) 聖書の根拠
① 創11:1-8、創12:1-9、創14:14-20
② 創32:23-32
③ 創37:1-11、創39:1-6、創40:1-20、創41:38、創45:5
④ 出3:15-20、申6:4-9、民14:1-10
⑤ Ⅰ列19:1-20、Ⅱ列2:1-11、Ⅱ列6:8-23
⑥ イザヤ60:1-22、イザヤ62:6-12
⑦ 使1:1-14
(2) 神様のすべての時刻表がこの中にあります
① 使2:1-47 ② 使11:19-20 ③ 使9:15、使13:1
(3) 神様の祝福と答えがこの中にあります
① 使5:1-10 ② 使18:1-4
3. 私たちをどのように改革するべきなのか
(1) 神様の共同体の中にいる自分
(2) 神様の共同体の中にいる私たち
(3) 神様の共同体の中にいる弟子
使8:26-40、使18:1-4