2004年5月16日インマヌエル教会聖日メッセージ


 1部/ 幼い時に必ず教えること
 (Uテモテ3:14〜17)
   
・私達が先週、申命記 6章から子どもたちに必ず教えるべきことを考えてみました。なぜエジプトに入っていったのか? どのように出てくるようになったのか? 荒野の道を行く時には、何を見るようになったのか? こういう話をしました。そして、両親が受けた祝福がどのようなものなのかを聖書で確認してみました。夏の聖書学校も迫ってきています。ここには、子どものために苦労する教師たちもたくさんいます。ここには親たちもいます。2部では私たちの中, 高等学生達と一緒に考えてみなければならないけれど、いまは必ず幼い時期に教えるべきことを考えてみます。聖書にはどのようになっているのでしょうか? 私達が確認してみなければなりません。
 
・私達が生活をしていると、人に会って、一緒に仕事をします。最も大きい問題が何でしょうか? 色々な葛藤もあるでしょう。行くうちに限界が見えます。その時からは、問題が起き始めるのです。夫婦もその時から幸福ではありません。私の夫はこれ以上はだめだという気がするのです。この部分が問題だな、私の妻はこの部分が、これ以上はだめだと感じるのです。このようになる時、理解したり放棄をするのですが、実際には幸福ではないのです。職場でも、どこでも、多くのことをして限界がくるのです。申し訳ないのですが、止めなければなりません。本人は気分が悪いでしょうが、止むを得ないのです。私達、指導者もそうで、役員もそうで、人に限界が見えれば、付いてくることができません。私達が友人と交わっても、その友人の限界が見えれば、途絶えるのです。
 
・特にタラッパンでも、教会では引き受けた働きが多いのです。こういうものが福音を正しく知って、祈りを正しく知っていれば、限界が見えないのに、それでなければ、限界がくるようになります。より重要なことは、福音を正しく味わうことができなくて、祈りを正しく味わうことができなければ、皆様自身に限界がくるようになるのです。他人がする、しないということではなく、皆様自身がやり遂げることができないのです。それで、聖書を見れば、イスラエルにどんどん問題がきたのです。それで私が聖書を見ながら悟ったことがあります。福音をずっと味わって、祈りの秘密をずっと味わえば、限界がこないのです。モーセのように、年齢が120才になっても、働きができるのです。こういうものが発見できるようになります。このような基本がほとんどみな子どもの時に作られるのです。もちろん残りは、育ちながら学ぶのですが、基礎的な性格は幼い子どもの時にほとんど学ぶのです。だから知識の次元でなく、性格を言うのです。こういうものが、幼い時に作られるので、先生と両親は、自分が足りなくても、神経を使うべきです。私達が完壁だから子ども教育をしようという意味もあるでしょうが、私達が足りなくても、そのような教育をしなければならないのです。
 
・この頃、こういう本が出ています。シン・ウイジン教授という人が書いたのです。タイトルがとても良かったのです。タイトルが、子どもの人生は、小学校にかかっているということです。子どもと家庭に対して説教をするために、一度読んでみました。その本一冊の中の内容が、ほとんどみな正しいという気がしました。ところが、特別なことはありませんでした。教育を専門的にする人たちが見る時には、特別な内容はありません。延世大学、小児精神科の教授です。だから、そのようなことの内容でたくさん文を書いていました。本を見たら、簡単に子どもに性格障害がきてはならないという内容でした。正しい話です。神経精神科の教授として、当然の話しです。そして、あらまし内容を見たら、子ども達が問題を起こすことは当然だということです。いつも自由させて、あとで小学校の枠組の内に入っていくので、問題が起きるということです。それで、感動調節や衝動調節をしてやらなければならないのです。幼い時、集中力や共感を持つことができるようにさせてやらなければならないのです。幼い時に、道徳性、社会性をみな教えるべきだということです。そして、おもに内容が子ども達がおもしろく勉強することができるようにさせてやるということでした。結論的に、両親や先生が考えを少しだけ変われば、子ども達はものすごく変わることができるということでした。あまりにも当然の話で、私が見る時には、必要な話しのようでした。
 
・しかし、今日、私は聖書にあることを皆様に話そうと思います。聖書には、子ども達の教育を両親や教師が どのようにさせたのでしょうか? すこしユダヤ人のことを参考にする必要があります。なぜなら、ユダヤ人の社会背景で聖書が書かれたからです。聖書とイスラエル人の背景には、子ども達を3つの面でエリート教育させました。私は100% 同意します。小学校の時、エリート教育をさせなければなりません。贅沢な教育ではなく、エリート教育です。私たちは神様の子どもで、レムナントであるから、より一層、そのようにしなければなりません。ところが、聖書を見れば、そのようになっています。イスラエル教育は、そのようになっているのです。特に世の中の学校でも、ものすごくエリート教育をさせました。
 
・皆様も知っているように、モーセのような人物は、ヘスペリアという大学で、とても一流の勉強をしました。サムエル、パウロ、ダビデのような人物は、全部、エリート教育をさせたのです。ものすごく必要です。皆様が子どものために祈らなければなりません。小学校もエリートが集まる学校があります。私立学校がそうです。もちろん、そちらに行くからといってできるということではないけれど、違うのです。それで、私が私の子どもを私立学校に願書を出したのです。ところが、とてもたくさんきたから抽選をしたのに、私たちの息子が落ちてしまいました。内心では、お金もないのでよかったと考えました。そして、神様のみこころなのかと思いました。統計が出てきました。大韓民国で良い私立の小学校をでた子ども達が、相当な高級人材になったということです。もちろん、統計ということは、個人的なことで、あらゆる人に適用されるのではありません。田舎出身の中にも大人物がいます。しかし、一般的な統計で見る時はそうです。なにぶん貧しい町、おかしな町で育った子ども達からは、人材はたくさん出て来ませんでした。
 
・それで、私達が時代的な人物を一名選ぶならばパウロです。パウロの特徴が、ペテロとは違って、とてもエリートでした。言わばパウロと口げんかをしたり、勉強の戦いをして勝つ人はいませんでした。教育問題に対しては、パウロを乗り越える人はいませんでした。自然哲学、宗教哲学においては、パウロに勝つ者はなかったのです。そのようなパウロの中に福音が入っていったのです。だから、時代をひっくり返したのでした。
 
・私たちは学校教育も可能ならばエリート教育をさせなければなりません。特に重要な2番目の教育が教会です。皆様が可能ならば、貧しく、難しい人を見なければならないけれど、小学校の子ども達を教会でエリート 教育させなければなりません。私の場合には、分離して教育しました。皆様がまた記憶しなければならないことは、皆様自身が重要なのです。先生や多くの両親、役員を見ると、教会が重要なことを知っているのですが、実際にそのように感じてはいないようです。教会に行っても、むやみに話しをします。皆様、すると教会を誤って見たのです。教会がどんな所なのか知っているでしょうか? あらゆる王、あらゆる兵隊が、ヒットラーの前に膝を屈しても、教会は屈しませんでした。教会は誰でも入っても良いのですが、真理でないことは入れないようになっています。皆様が教会をよく知らないのです。教会の門は、いつでも開いているのですが、他の思想は入ることができないのです。時代、時代ごとに最後の砦が教会でした。
 
・皆様がおわかりの通り、共産主義がどうにかしてキリスト教をなくそうとしたのですが、共産主義がなくなったのですが、キリスト教はなくなりませんでした。言わば共産主義と教会の戦いでした。教会は武力を使わなかったのですが、共産主義を倒しました。今、共産主義は教会の助けを受けています。不思議に思うことです。共産主義が門を開けて、物資の助けを教会から受けました。日帝時代に神社を作って強要した時、みなしました。王も政治家もみなしました。教会だけしませんでした。教会を軽んじてはなりません。それで教会に対してむやみに話してはならないのです。これは相当な何かがあるのです。平凡な人々が集まったようですが、みな集まったのです。あらゆる他の学閥の人、性格が違って、顔が違う人が全部集まっています。これは、何にもないことのようですが、全てのものがみなあるのです。だから、教会をよく見ることができなかったのです。すると、そのような思想が子どもたちに伝達されるのです。大変なことになります。学生達に伝えられます。皆様が今日から教会学校をしようが、聖歌隊をしようが、軽んじてはなりません。これをあまり変に執着しなさいということではありませんが、知っていなければならないのです。本当に驚くべきことです。
 
・二千年前にイエス様が聖餐式を行なわれました。私がこの地にまた来る日まで、ずっとなされるはずだとおっしゃられたのです。それを防止できなかったのです。先ず一番にローマがそれを防止しようとしました。それをひっくり返されてしまいました。隠れて人を捕って血を流すという式で話したのです。しかし、防止することはできませんでした。そして、共産主義が防止することができなかったのです。
 
・韓国で信仰なく信仰生活をする人が多いのではないでしょうか? 総会をする前に聖餐式をしないでしょうか? ところが総会でけんかをしたのです。牧師 2名と長老一名が出て、聖餐式のうつわをひっくり返したのでした。それで聖餐式もできなくて、集いもできなくて、大騒ぎになったのでした。警察が来ました。そのせいか、違うのか、その三名が帰る時に、車がひっくり返って、みな死んでしまいました。個人的な所見では、よかったと思うことですが、偶然の一致の場合もあります。
 
・皆様はカノッサの侮辱事件を知っていますか? 王と皇帝の戦いです。教皇と皇帝が戦ったのでした。その最も問題が、聖餐式の問題でした。教皇が宗教権を持って、皇帝に聖餐式に参加するなと言ったのでした。王は王権の力ですると言いました。こういう戦いでした。誰もそれを防止することができませんでした。
 
・教会で子ども達に、こういう思想を植えて、エリート教育をしなければなりません。皆様、子どもが心の底から、心より教会は重要だという考えを持つことです。福音が重要で、教会の集いが歴史的に重要だということを知っていれば良いのです。だから、エリート教育をさせなければなりません。ユダヤ人は、家庭でもエリート教育をさせました。それで、初代教会を見れば、あらゆる仕事を子ども達と一緒にしました。どのようにしたのか知っているでしょうか? 私たちの民族がエジプトからこのように出てきたと話して、直接、種なしパンを作って、直接したのでした。私たちの民族が荒野を歩いていく時、このように天幕を張ったと言ってやったのです。本当に小さい子ども達と一緒に、直接、天幕を作ったのでした。家庭で子ども達にエリート意識を 植え付けなければならないのです。私の家の中で、このように生きてきたということを子ども達が知っていなければなりません。自分の国がこういう国だったということを教えなければならないのです。幕屋中心で家が囲まれていたではないでしょうか? こういうことが、教会だということを知っていなければならないのです。福音がなかったのですが、こういうことで、ユダヤ人が成功したのです。今でもユダヤ人は、丸い帽子をかぶって通いながら、そのような思想を持っています。すごいことです。
 
・私は聖書を見ると、小学校の時にエリート教育をさせるのです。これが私が聖書と教会史とイスラエルの歴史を見た全てのものの結論です。それで、私が子ども達に、そのように話しました。子どもを学校に送るなら、一番良い所に送らなければなりません。それは贅沢をするということではありません。謙遜に生きなければならないけれど、エリート教育をさせるのです。私がわざわざそのように話しました。そうではない子ども達、かわいそうな子ども達も、もちろん愛さなければなりません。教会は救済もしなければならないけれど、救済する所ではありません。教会は病気も直さなければならないが、病院ではないのです。教会は重要な人を育てて、国を生かす、最も重要なことをする所です。
 
・それで、ここに青年達と学生達がいます。皆様が今日3つのことを早く悟らなければなりません。私が福音の中に入ることができるように、立派な両親と家系に会ったということです。たとえ私たちの両親は福音を知らなくて、苦労をしたとしても、私の両親ゆえに私が福音の中に入ったと考えることです。とても多くの教会があるけれど、私が福音を伝える教会の会員で育っているという考えをするのです。私は世の中の人々が一つも知らないことのために、これから世の中を生かすために勉強をしなければならないという心を持たなければなりません。これが伝えられなければならないのです。これが、小学校の子ども達を教育させる、一番目のことです。銘記しなければなりません。
 
・年をとった方で、成功することができなかったこともあるでしょう。私達がお金をたくさん儲けて、世界を動かすことができない状況でもあるでしょう。しかし、今から考えは変わらなければなりません。神様が私を 苦労させて、福音を知るようになさったんだなあ、そのような教会で私が子孫を育てるようになったという事実を銘記しなければなりません。子どもがない方達もいます。その方たちは、より大きい使命があるのです。皆様、有名な宣教師は、わざわざ子孫を育てるために、子どもを産みませんでした。有名なダニエンという宣教師は、子どもを産まずに、わざわざらい病患者になりました。
 
・私達が今まで話したのですが、誰が何と言っても、これは真理です。他の人が何と言おうが、聖書にはレムナントにエリート教育をさせたのです。家庭と学校で、エリート意識を植えたのでした。それを儀式でしたのではなくて、事実を教えたのです。それでこそ、この子ども達が社会に行って、良いことを見ても崩れなくて、悪いことを見ても崩れないのです。世の中を無視するのではないけれど、軽く見るのです。世の中をおもしろくなく生きるのではないのですが、それに陥らないのです。こういう教育をさせなければなりません。そして、先生は、銘記しなければなりません。皆様の教育の中で、子ども達が教会を無視すれば、それはあなたがたが真に教育を誤ってさせたのです。
 
・家でいつも教会の誤った話をして、教会ではもめ事を起こす執事がいました。教会で問題を起こすのです。私はまだ記憶しています。驚きました。私の家に乞食が物乞いをしにきたのです。ところが、私の母がはっと 驚いたのです。私も驚きました。その物乞いに来た乞食が、執事の息子だったのです。私はむかし、その父、母が信仰生活したことを思いだしました。怖い事だという気がしました。あなたは精神が狂ったんだなあ。あなたは米が必要ならば、私があなたの家に米をぎっしり満たすことができると話しました。だから、その子どもがどうしたら良いのかが分からなかったのです。それでも完全に狂うのではなかったのです。恥ずかしがることは知っていたのです。教会に通うふりをして、詐欺を働いて他に行きました。本当に霊的世界は怖いのです。
 
・私たちの先生と両親は記憶しなければなりません。2番目です。聖書は、どんな教育をさせたのでしょうか? 大きい弟子テモテのような人物を教育させたことを見れば、ものすごく地域を重視しました。テモテが三人の 重要な人に会ったのです。Uテモテ1章を見ると、おばあさんとお母さんです。2番目は偉大な指導者パウロです。また、テモテがルステラ地域のとても優秀な学校で勉強をしました。これを見れば、何を言うのでしょうか? 一言で、イスラエルの人々は引っ越したと言います。なぜ引っ越したのでしょうか? いろいろな理由があります。そのうちで最も重要な理由があります。皆様は何と考えるでしょうか? 引っ越しをする重要な時があります。私は理由を知って驚きました。有名な先生、ラビがいる地域に引っ越しをするのです。ラビが動くことがあるでしょうか? すると、ついていって引っ越すのです。本当にユダヤ人たちは、たいした教育をしたのです。
 
・三番目に、小学生に見せるべきことがあります。五つのことです。Uテモテ1:5です。こういうみことばがあります。 'そのような信仰は、最初あなたの祖母ロイスと、あなたの母ユニケのうちに宿ったものですが、それがあなたのうちにも宿っていることを、私は確信しています。' 家庭で神様の証拠を見せるのです。話ですることもありますが、それよりもっと重要な神様の証拠を見せなければならないのです。とても重要です。皆様の言葉も重要ですが、子ども達には感じというものもあります。その感じの中に神様は生きておられて、私たちの家庭と共におられるということが感じられなければなりません。そのようにまでならなくても、両親がそのような部分に神経を使うべきです。説明をしなくても知っているでしょう? 可能ならば、幼い時、家で家庭礼拝をささげることが良いでしょう。父のイメージがよく植え付けられるのが良いでしょう。大きくなればできません。
 
・私が後悔することの中のひとつです。私が忙しいという言い訳で、家庭礼拝を子ども達と多くすることができなかったのです。中学校に入っていけばおそいのです。私たち家族が、せっかく休日になって遊びにいくようにしました。ところが、私の息子と娘が、それほど印象が良くなかったのです。理由を知ったら、自分たちの間ですでに遊びにいくことになっていたのでした。その時、しまったという気がしました。小学校の時に握らなければならないのに、中学校になったらだめだという気がしました。だから、礼拝も中学校に行けばおそいのです。子どもの時にするのが良いのです。私がそのようにできなかったので、あなたがたに頼みたいのです。それが何でもないようですが、ものすごく子ども達と何をやりとりすることです。なにか影響が行くのです。
 
・2番目です。Uテモテ2:1〜7を見れば、パウロがテモテに「私の息子」と言いました。教会の指導者を通した神様の証拠です。ここに3つのことを話しました。一番目は、霊的兵士です。そして、競技する者です。そして、農夫です。これをわかるように子ども達に説明してやるべきです。あなたの周囲にある全てのものが 何の戦いでしょうか? 霊的な戦いでないでしょうか? 子ども達がわかることができないでしょう? 私たちは、ねたんで嫉妬する、そのような人物にならず、競技する者になるのです。私たちは農夫です。こういう説明が パウロを通じてテモテに伝えられたのです。
 
・三番目です。おもしろく生きて行くことも知らせてやらなければならないけれど、暗い世の中も知らせてやるべきです。Uテモテ3章です。確かに説明してやるべきです。苦しみの時がくるということを説明してやるべきです。なぜきているか説明してやるべきです。それが三番目の教育です。4番目が、Uテモテ3:14〜17に読んだ本文です。福音の証拠と力です。そして、重要な五番目の教育がUテモテ4章です。ビジョンです。使命です。伝道人になるようにさせてやらなければなりません。これがパウロがテモテに与えたのです。どれくらい重要でしょうか?
 
・私たちは幼い時、小学校の時がどれくらい重要か知っているはずです。私たちの両親と小学校の先生がこういう部分を置いて祈らなければなりません。可能ならば、エリート教育をさせなければなりません。見ると、私たちの教会の按手執事の中に、キム・ソンシュ執事がいます。この前も見たら、わざわざ宣教師を招いて住むように家を作ってあげたのです。そして、言葉が良くできる子どもを自分の家に連れて来るのです。そのようなことは、とても優秀な教育です。それは目に見えないように、子どもに言語、国際感覚、文化などの影響が入っていくのです。そのような教育をヨーロッパ人やユダヤ人が良くするのです。それが何か知らない間に、エリート意識を植えてやることです。
 
・今見れば、子どもにあまり反対のことを説明しては困ります。午後に中、高等学生達に話しますが、いつ子ども達が崩れるのでしょうか? 教会がおかしく見える時です。家庭と父母がおかしく見える時です。本当に学校と先生がおかしく見える時です。大変なことになります。絶対に滅びます。それはまさにサタンの餌食です。そのように教育して良いでしょうか? 反対に教育させなければなりません。最高のエリートが集まる所が教会です。最高のエリートを作り出す所が教会です。そのような背景を持って知っている家庭にならなければなりません。それで、学校に行って勉強もするのです。そして、とても重要な出会いの祝福が、小学校の時に起きたのです。そして、テモテに五つのことが伝達されたのです。家庭での神様の秘密です。教会を通した神様の 秘密です。そして、幼い時、世の中がなにか説明されたのです。なぜ福音が完全か、説明されたのです。なぜ使命、ビジョンを持たなければならないのか説明されたのです。
 
・子どもがなにを知っているのか? 九才の時、ムーディーが聖霊充満を受けました。だから可能だということです。子ども達は分かります。それで、私達がこの教育を一度にするのではなくて、落着いて、根気強くする のです。この契約を捕まえたあらゆる両親と教師達に、記念碑的な神様の祝福が臨むことを希望します。私は今回、宣教師大会を説明しようとしています。記念碑的な祝福がいつ起きるのでしょうか? よく見るように願います。それがレムナントを育てる共同体です。代表的な祝福がいつ起きるのでしょうか? そして、時代的な 答えがいつ起きるのでしょうか? それを今回、宣教大会の時、説明しようとしています。そのうちに、まず皆様が子どものために祈れば、記念碑的な答えがくるはずです。
 
・2つの祈りのお願いをします。皆様が祈らないのに、祈りをお願いすることは失礼なのですが、考えることを望みます。今日、少し考えだけすることも祈りです。皆様が説教したことを書いて持って通いながらすることは、特別な場合であって難しいのです。だから、聖日の説教を聞いて、すこし考えることも祈りです。明日出発して、私たちの学生達が歩きます。理由があります。私達がしている暗示がいくつかあります。そのうちに終わりまであきらめないで連れて行くのです。勉強ができない人々の特徴があります。本を一冊、正しく読むことができないのです。小説も正しく一冊読みません。もちろん、おかしな小説は読むのですが、正しい本は読みません。何でも終わりまでしないのです。それが霊的問題の第1号です。これを変えてしまうということです。逃げる子どもは終わりまで探して連れて行くはずです。一名でも抜けたら、すべてストップさせて探して連れて行くはずです。歩いていくことができなければ、おんぶして連れて行くはずです。それで、大韓民国全体を歩くのです。この子ども達に、一生、忘れることはありえない何かが出てくるはずです。本人も知らない癒しが起きるはずです。
 
・これから、私たちはこの子ども達をエリートにするはずです。これから、良い学校に行くことができるようにさせるはずです。これから、有名なミュージシャンを連れてきて教えて、優秀なミュージシャンを作るはずです。だからそれが教育の目的です。この子ども達をエリートにするはずです。すこし霊的問題の環境が良くなかっただけで、とても優秀な子ども達も多いのです。それを今日、すこし考えるように願います。明日から国内宣教大会が開かれて、今回は14ケの地域の国に宣教大会が行われます。昨年のように祈ることを願います。一千カ所でキャンプが開かれるはずです。それで、私たちの家庭が一ケ所キャンプの灯火を照らすにするという考えをすればよいのです。昨年よりは経費がすこし少なくなります。一ケ所キャンプをするのに十万円でとらえて、全教会員が参加するという心を持つことを願います。それで、私たちの教会が、一番率先して一番多くの答えを受けなければなりません。だから祈りを開始するように願います。そして、学生達のためにも、祈ることを願います。私たちの学生達を福音のエリートに作らなければならないのです。世の中でもエリートに、家庭でもエリートに作らなければならないのです。福音を知るようにして、勝利するようにするのです。私たちの両親と先生が、今日、記念碑的な祝福を受けてくださることをイエスの名前でお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
神様に感謝申し上げます。私たちがこの時間に契約を捕まえる時間になるようにしてください。国民学校、小学校に全てのものが拠ることを私達も認めます。聖書にあるレムナントのように、エリートを育てるようにさせてください。出会いの祝福を私たちの子孫に与えてください。テモテのように家庭、先生、重要な指導者に会うようにさせてください。五つの重要な証拠で世の中を行くようにさせてください。これを教えることが、私たちの使命であり、父母の使命であり、教師の使命であることを知るようにされたことを感謝申し上げます。この契約を捕まえた者に、記念碑的な祝福を下さることを信じます。主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン
 
 


 2部/ 中高生時期の準備事項
(イザヤ6:13)
 
・ある重要な方が、何年か前に私の家に訪ねてきました。社会で地位がちょっと高い方のようでした。自分の息子の嫁だと言いながら、ある若くてきれいな女の人を連れて来ていました。私を訪ねたのには、理由があったのです。本当に両親として心が苦しいのでした。自分の息子が精神が狂ったと言いました。だから、その若い人はその息子の奥さんでした。大学に通っていた時からそうだったので、大学卒業ができなくて、完全に狂ったと言いました。本当に申し訳ないことは、すこし良くなったようなので、結婚をさせたところ、その後もそうだということでした。それで、嫁にもとても申し訳ない立場でした。いまは完全に異常で、家も出ていく状況になったそうです。私はよく理解できないけれど、その方にこういう話をしました。なぜ他の子どもは大丈夫なのに、自分の子どもだけ精神がこのようになったのか? そのようなつぶやきも出て、質問が生じるはずです。前、私が話したことを思い出します。なぜ私たちの子どもは、てんかんになって、自閉症になって、このようになったのか? なぜ他の人は大丈夫なのに、あの人は足のきかない者になって、神殿の美しの門に座っているのか? 私たちはそのような質問をするかもしれません。そこに対する答をその方にまず与えました。
 
・すべての人に全く同じ状況なのに、違うように現れただけです。ある人は精神的に現れて狂ってしまう人が います。またある人は、生活方向に現れることもあります。ある人はあまりに勉強ができない方向で現れることもあります。ある人は難しく、事故を起こすことで現れることもあるのです。全く同じなために、気落ちする理由もありません。そうでないといって、高慢になる理由もありません。それも年齢にしたがって、全く同じく現れることでなく、違うように現れるのです。ところが、一番に開始されて、希望があって、直すことができる時期が、中・高等学生の時です。中・高等学生達は既に始まるようになっています。それで、私たちの中・高等学生達が今、福音を受けて教会に通うことは奇跡です。
 
・私達がレムナントという信仰を持ったということは、真にすごいことなのです。今、私がした話をほとんどの指導者は理解できないのです。しかし、あらゆる人間はまったく同じです。ローマ3:10に '義人はいない。一人もいない.' ローマ3:23 'あらゆる人が罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず' 創世記3章以後に全く同じ事件がおきたのです。それで、神様がつまらなくキリストを送られたのではなくて、人間を救おうと送られたのです。多くの宗教があるのに、つまらなくキリストを十字架に釘づけられたのではなく、いたずらでされたのではなく、とても重要な問題を解決なさったのです。この部分を私たち中高等部の指導者や、両親や、中・高等学生がまず記憶しなければなりません。誰にでもこういう部分が現れるようになっています。もう一度お話ししますが、かたちが違うように、どんどん現れるのです。私たちはひどく現れれば衝撃を受けて、目に見えなければ、小さく受けるだけで、全く同じく現れるのです。それで、私達が福音を知ったということが、どれくらい重要か分かりません。すると、生きている途中でいつかは現れ始めます。それで '主イエスを信じなさい。そうすれば、あなたもあなたの家族も救われます.'
 
・最も重要な時期が中高等部であるために、今日、この部分を契約で捕まえて祈り始めなければなりません。すると、幼い子どもは重要ではないのでしょうか? 胎児部、嬰児部が重要と言うのに、どのように中高等部がより重要なのか? いつかは胎児部が重要だと言ったのに、中高等部が重要か? そのような意味の話ではなく、危機にあうことがある最も重要な時期で、抜け出すことができる時期であるために言う話です。中・高等の学生達を最も簡単に表現しろとすれば、それこそ、心が空の心です。その空の心ということは、何かが満たされていないということです。ある子どもは、家があまりに貧しくて葛藤して家を出てきます。またある子どもは、家があまり良い生活をして、葛藤して、家を出てくるのです。ある子どもは、両親があまりに関心をたくさん 持ってうるさくて嫌います。またある子どもは、両親があまりに関心を持たないので、孤独で崩れるのです。これが中・高等学校の時期です。だから、この隙間を通して、あらゆる暗いものがみな入るのです。それで思春期だと話します。
 
・皆様、思春期という言葉を知っているはずです。 '思'という字は、思想、考えるということです。 '春' という字は「春」という字です。ものすごく良く見えるのですが、春を考える時期です。そのようにみると、いつもなにか浮かれている時期です。年をとった方達は、思春期でなく、冬を考える時期です。ここに年をちょっととって、世で位置がある人は、秋にかき集める時期です。ところが、すべて学生達は家庭に葛藤があるのです。私達が目を覚まして見れば、中・高等学生達の周囲に危険なことがあまりに多いのです。両親に問題があって、経済問題があることが積まれます。そして、中・高等学校の時期には、勉強が葛藤になります。以前に話したのですが、勉強をよくできるという人は10%にしかなりません。残りの90%は、話をしないのですが、勉強に悩んでいます。文部省で明らかにしたのは、その中で40%は完全にあきらめたということです。こういう状況で、こういうことが困難を与えるのです。
 
・その上に、子ども達は友人問題、異性問題が迫ります。学生達は、ほとんどすべてが周囲に両親、学校、こういうことが全部、ストレスだと考えるのです。なぜ自分にストレスを与えるのかと考えるのです。今、私たちの中・高等学生達が、たくさん参加して聞いているけれど、記憶しなければなりません。このようにして、外国に行ったり、大学に行ったり、社会に行けば、完全に崩れます。それまで、学校に通う時、先生や両親が 度々自分を押さえたと考えるためです。だから、これが全部、爆発するのです。大学に行って酒をあまりにたくさん飲んで死んだ子どももいます。ほとんど服のもよう、髪型もみな爆発してしまうのです。もちろん、自由にできます。私達が、色々な変化も持つことができます。私が話す意味は、そのような意味でなく、学生達が押さえられて、あとでこれから解放されたと考えるためです。特に私たち韓国がそうです。学生達も見ると、高校生の時、押さえられて、あとで大学に行ってからは父母が知らないうちに、みな変えてしまうのです。高校生の時、正常な状態でも、大学に行ったら、衣服が変わったりします。私が今、話すことは、そのような問題を話すのではありません。
 
・今、なにか中・高等の学生達が押さえられていると考えるのです。こういう時期にあるために、私たち中・高等学生達が危険で、かつ重要なのです。それで、中高等部の指導をする方達は、よくしなければなりません。プログラムも重要ですが、学生達と多くの相談をしなければならないのです。子ども達が、はじめには相談を 避けるけれど、度々すれば開きます。それで、中高等部の指導者、教師は、ものすごく重要です。子ども達が家で、学校で、みな押さえられると考えるので、教会にきたら解放してやらねばならないのに、それさえできなければ、それから問題がくるのです。そのような意味で、私たちの教会がとても重要です。私は自信をもって言えることは、学校教育、社会教育より重要だということです。
 
・それで私が中高等部を預かった時、ノートを一冊持って通いました。その学生について記録をみなしたのです。いっそのこと、一枚を学生一名の写真を付けておいて、前後にはその学生に対する記録をしました。土曜日、時間ができたら学生達と相談をしました。ほとんどの子ども達は話しをしません。相談すれば話さなければならないでしょう。あなたは何の問題があるのかと尋ねたら、ないと言います。そのままあると言うなら、私が話もして、祈りもするのです、ないらしいのです。学生100人に相談したのに、私にこういう問題があると話す学生は一名もいませんでした。それで私が、だめだと思って、作戦を変えたのです。それから相談を変えてしたのです。
 
・例えば私たちのハン先生に会って相談して、デボラに問題があるか、ないかを尋ねます。話を聞いてみると、問題だらけのようです。それで、感じ取って書きました。もちろん、正確でないこともあります。ハン・サンベ学生に尋ねたら、問題は全くないと言いました。それで私がデボラという学生に尋ねたのです。私たちのハン・サンベ学生に問題はないのかと尋ねたら、でたらめに問題が多かったのです。まずそのように、子ども達に接近し始めたのです。子ども達がだいぶうろたえていているようでしたが、心の門をあけてどんどん対話をしました。この中・高等学生が、どれくらい重要か分かりません。ほとんどこの時、みな決定される時であるゆえに、外に行ったら遅いのです。それで、今日の本文は、イスラエル民族が滅ぼされた状態で、レムナントを起こしなさいと言われた言葉です。あまりにも霊的問題がたくさん深くなってきたゆえに、おとなはだめだということです。
 
・誰かが私に相談をしました。自分は絶対、絶対に酒を切ることができないと言いました。どの程度か?とたずねたのです。朝に起きたら、何本かを飲むと言いました。これが普通の問題ではないでしょう。朝に無条件に何本かを飲まなければいられないと言いました。なぜそうなのかと尋ねたら、そのようにしなければ、安定せず、仕事もできないと言いました。何を飲むのかと尋ねたら、焼酎を飲むと言いました。他のおつまみ、ご飯も食べないで、そのまま何本かを飲むということでした。酔わないのか?と尋ねたら、そのようにしてこそ安定できて、そうでなければ、手が震えると言いました。これはもう普通の問題ではないでしょう。だから、毎日そのように生活しなければならないのです。それで私が、その人に話をしました。まず、これが問題ではないのです。これが確かに、あなたになにかしなければならない霊的問題がきたのです。そうだということです。すると問題は簡単です。
 
・今までに、本人も知らず、今まで大きくなる間にあった霊的背景があります。これを捜し出して祈って、助けるならば、想像以上にこれを早く解決できます。話しはできないのですが、その人に本当に働きが起きたのです。しかし、過程をたどることもしなかったのに、私もできるという、その確信ゆえに祈り始めて働きが起きたのです。今日、私たちは中・高等学生達を重要視しながら、祈らなければならないのです。私たち中・高等学生達をどのように教えて、どのようにせねばならないのでしょうか? たくさんあるでしょうが、3つを必ず記憶しなければなりません。
 
・最初です。今日、イザヤ6:13 みな滅びるはずだが、レムナントは残ると言われていました。私たちの中・高等学生達が、信仰生活を正しくして、癒されることは、最初は何かというと、校正が必要です。私が何の校正が必要なのか? 皆様、幼年時期は、単にみことばなく生きてきたのです。それで、皆様が福音を持って校正が必要です。メッセージが整理できなければならないのです。それで昨日、私が核心の時、こういうメッセージをしました。イスラエルがなぜ、このように困難がきたのでしょうか? 本当に難しい話です。なぜイスラエルが滅びたのでしょうか? 教役者、役員が福音化ならなければならないのに、ならなかったということです。それが何の話でしょうか? 教役者と役員が、ずっと福音化にならなければなりません。それができないから、イスラエルがあのようになったのです。この話を悟れなければ、聖書全体がわからないということです。私たちタラッパンは、他の教団と全く違うことは一つもありません。ただひとつ違っているのが、この部分です。全世界教会の牧師と役員とあらゆる聖徒は、日ごとに福音化ならなければなりません。
 
・今、私たちの中・高等学生達は校正が必要です。福音化されなければならないのです。簡単な話なのですが、何の福音化にならなければならないのでしょうか? パウロが話すのに、福音の高さ、深さ、広さがとても大きく測ることが出来ないと言いました。本当に難しい話です。私はものすごくやさしいのに、難しい話です。私達が何の福音化にならなければならないのでしょうか? 絶えず福音化にならなければならないのです。それが癒される道であり、校正する道です。私たちの中・高等学生達が、既に小学校6年、幼稚部の時、幼い時を経てきながら、みな作られてしまったということを知っていなければなりません。それで、神様がこのみことばを紅海を渡ったイスラエルに、このみことばを、子ども達の額に付けて、手に付けて、ずっと話しなさい。根を下ろしてやりなさいと言われたのです。これが教会がすることです。それで、中高等部が重要で、日曜学校が重要なのです。
 
・イスラエルが2番目のことに失敗しました。紅海が分かれたのです。ものすごい事件がおきました。契約の箱が作られました。神殿が建てられたのです。これらすべてのものの中で福音を知っていなければならないのに、福音を悟ることができなくて、うわべだけ悟ったのです。今回の核心集会の時のことです。皆様、理解しなければなりません。
 
・そして、三番目に付いてくることが、あらゆる献身も福音ですべきです。一言で何をいうのでしょうか? 私たちの青少年、中・高等学生達が福音に根だけ下ろしてしまえば、皆様のあらゆる霊的な過去は解決し始めるのです。この時から理由7つを発見するようになります。それがイザヤの聖書にあることです。イザヤ6章を見ると、全部、滅ぼされても、レムナント、切り株は残るのです。切り株を運動しなさい。これがイザヤ6:13です。今日、皆様が普通に聞かず、子ども、次の世代、レムナントのために祈って考えなければなりません。この道だけが、子ども達を本当に生かす道です。レムナント起こして、何をするのでしょうか? イザヤ7:14を見ると、インマヌエルの秘密を教えなさい。だから福音を正しく教えなさいということです。そして、三番目が何でしょうか? イザヤ40章を見ると、みことば運動をしなさい。皆様、みことば運動をどのようにするのでしょうか?
 
・私はむかしに説教準備を多くして、説教をして上手にやるのかと思っていました。ある日、私は悟ったのです。それがどれくらい悪い説教であるかということが分かりました。夜通し私の思い通りに準備して、夜通し 集めて話すのではないでしょうか? ある日、考えが変わりました。先週に神様が与えられたメッセージが何か? それが今日、私にどのように成就したのか? すると、次にどのようにしなければならないのか? これがメッセージ準備です。私はそのようにしてから、働きが起き始めました。皆様がみことば受けることをよくご存知でなければなりません。今日、みことばを捕まえて、神様がどのように答えられるか、来ないなら来ないままに、来たら来るままに、その次を準備すればよいのです。だからイザヤ40章に、あなたがたの神様、主のみことばは永遠に立つ。そしてイザヤ43:18-21に、新しい事を行われるのです。そして、イザヤ60章を見ると、起きて光を放ちなさい。伝道の使命です。イザヤ62章に、見張り人、祈って万民のために旗を掲げなさい。これらすべてのものが、キリストのなかで解決し始めたのです。
 
・私たちの中・高等学生達が重要な発見7つが、ここから出てこなければなりません。教会にきて、中・高等学生達がなにをしなければならないのでしょうか? 教会に来て、この貴重な学生達を私たちの教師と伝道師がどのようにすべきでしょうか? 既に学生達が、自分たちの間で自分なりになってきたということを知っていなければなりません。これを校正してやらなければならないのです。これを校正してやらなければなりません。すでに福音なく、みな育ってきました。校正してあげる方法は簡単です。誰も出来ない福音の根を、私たち学生達に下ろしてやりましょう。外では勉強しなければならず、活動しなければなりません。教会に来て、福音の根を下ろしてやりましょう。これだけが校正する道です。それで、それをずっとするために、ある時は笑わせたり、ある時は活動したり、対話もしようとするのです。既に遅いのです。それで校正してやらなければならないのです。
 
・それで、イザヤ書には7つのことを目覚めるようにしてやらなければなりません。この暗闇がどれくらい怖いので、私たちは信仰生活をどのようにすべきかを中・高等学生に教えなければならないのです。ほとんど外に行けば遅いのです。今とても重要な機会が中・高等学生です。この時にするなら、とても可能性があります。私たちの中・高等学生達にお願いします。私たちの両親が銘記しなければならないこと、私たちの中・高等学生達が銘記しなければならないこと、3つがあります。皆様は、これから福音を受けたゆえに、どんな場合にも気落ちしてはなりません。そして、2番目は両親の霊的問題について行ってはなりません。両親を尊敬しても、霊的問題について行ってはならないのです。これから私たちの中・高等学生達は、福音を受けたゆえに、一つだけすこし専門性を持てば、勝利するようにできています。私たち教師は、中・高等学生達に必ずこの三つを教えなければならないのです。私たちだけでなくて、あらゆる教会はそのようにしなければなりません。
 
・もう一度、整理します。福音を持った教会を与えられた理由は、中・高等学生達に三つのことをしなさいとおっしゃることです。今まで、すでに10年, 12年, 13年大きくなってきたゆえに校正してやりましょう。これが一番目です。どのように校正するのでしょうか? 難しくありません。私が以前にも話したのですが、中学校1年の先生をしました。とても難しいことではありません。私が授業に入っていけば、無条件に5分間は勉強しないで話をしました。可能なかぎり、安らかに笑わせる話を多くしたのです。後ほどは私が入っていけば、子ども達がすこし話しだけすれば笑いました。子ども達が全部、英語の先生なのか、コメデイアンの先生なのか分からないほどに、子ども達を笑わせたのです。新聞を見たら、誰かが自殺したのですが、人は自殺をなぜるか? これで約5分話して授業に入っていきました。約一ケ月くらい過ぎたのですが、子ども達に人気100%でした。自分たちが相談を要請してきました。それで話したりしたのです。だから中・高等学生達を校正してやらなければなりません。深刻です。それで、中・高等学生達が、そのまま座っていているようでも、既に自分の人格がみな敷かれているのです。胎児部、嬰児部とは違います。校正してやらなければなりません。中学校3年、高等学校3年の間に今、私たちの先生が、この子ども達を校正しなければ、大きい責任がしたがうはずです。両親がすることが別にあるでしょうが、私たち教会がすることが別にあるのです。
 
・前に話をしたでしょう? 私が教会で学生達の指導を預かりました。子ども達が話しを聞きません。私たちの教会は福音あるからちょっと良いのですが、今、学生達は話しを聞きません。明らかです。自分たちの間で葛藤が多いのです。それで私が、どうも教会になぜきているのかというと、私たちの教会はそのような場合がないのですが、何か自分たちで遊びに来るのです。適当に家にいられないので、教会にくるのです。この学生達をこのように指導して良いでしょうか? 自分たちの間で、土曜日に集まるのでした。それで、私がこの子ども達をどのように指導せねばならないだろうかと思いました。その中で、また意地悪な子どもがいます。座って聖書勉強している途中で、伝道師先生、質問があると言いました。その時、私が伝道師だったので、伝道師先生、質問がありますと言ったのです。それでなにかと尋ねたら、身長はいくらかとたずねました。その話は、子どもが私が標準なのを知って言った質問でした。それで私がだいたい言い過ごしました。分かってみたら、この子は普通の問題がある子どもではなかったのです。父、母が別居していました。お母さんは自分から遠く行ってしまい、いなかったのです。父は子どもの話で、後ほど知ってみたら、喫茶店にいる若い女性と住んでいました。子どもはいつも気分が悪いのです。その子が、高等部の会長でした。だから教会がだめだったのです。
 
・それで、私が特別に関心を持ってよくしてやったのです。相談を始めました。皆様、他の方法はありません。福音が入っていかなければならないのです。この福音が入っていくことなしでは、絶対に傷は解決できません。前に10年、12年、13年、14年、15年あった問題が、福音が正しく入っていかなければ、解決できないということです。私がそれを知って、しばしばこの子どもに説明しながら、福音を植えたのです。子どもにどんな反応がきたでしょうか。その子が、子ども達を集めて話したのです。子どもがちょっと異常で、子ども達を煽動したりしました。私は家にいるのが嫌いで、大学に行って軍隊に行くつもりだ。軍隊に行っても、あの海兵隊に行くつもりだ。子ども達を見て、そのように話をするのでした。私は父、母に話をしないで、そのまま軍隊に行く。その話は家が嫌いだということです。私が一人にだけ話して行く。誰かと尋ねたら、私が伝道師先生には、話して行くと言いました。その子どもが私をよく見てくれたのです。それから対話でき始めたのです。私としばしば話をして、福音を植えました。本当に福音しかなかったのです。この子どもが長い間、受けた傷を癒す薬がなかったのです。子どもが癒されて、変化したのです。その後には話す必要もないけれど、おとなになって私たちの教会に出てきました。ですから、中高等部の先生と伝道師は、銘記しなければなりません。この子ども達を校正してやりましょう。
 
・そして2番目には、イザヤの聖書にあるとおり、レムナント思想を植え付けましょう。これからは、なぜ勉強して生きるのか、レムナント運動をせねばならないのです。イザヤ7:14 インマヌエル運動をしなければならないのです。これが校正されただけできるのです。皆様、絶対に普通に入ってはできません。今はみことば運動を正しくするためです。今はなくしたことをみな、家系、家庭を回復するためです。それに終わることではなく、イザヤ60章の光を放つためです。これから62章、万民のために旗を掲げるようにするのです。これが中・高等学生の時、しなければならない2番目のことです。私たち教会は既に終わりました。今、こういう契約捕まえた学生達が1,2名ではありません。皆様、他の教会の中高等部をご覧になっていないのです。一般団体の学生達、教会の中・高等学部、大学部に一度行ってみてください。でたらめです。どれくらい感謝するか分かりません。
 
・そして三番目にしなければならないことがあります。学生達の胸に銘記させなければなりません。これから、レムナントは、大きい重要なことをしなければならないから、どんな場合にも気落ちしないで。言わば待ちさえすればよいのです。勉強ができなくてもかまいません。気落ちしないで。家庭環境が良くなくても良いのです。気落ちしないで。私が学生達に教えた内容です。あなたに福音があれば、神様の子どもです。どんな場合にも気落ちしないで。先輩、両親が持った霊的問題について行かないで。そして、一つだけ上手にやればよいのです。私が教えたのです。ところが、私が教えたことでもありません。聖書にあることです。これを私たち の中・高等学生達に、どれだけよく伝えるか、伝えないか重要です。私は今、これを持ってレムナント集会をしています。レムナント集会は大きく3つです。この学生達を変えてやらなければなりません。考えを変えてやらなければならないのです。そうでなければ、大変な事になります。そして正しいビジョンを植え付けるべきです。そして、銘記させなければなりません。霊的問題が、簡単ではないためです。世の中がそんなに簡単ではありません。学生達の中でこういう質問を多くします。
 
・先生、私はなんの答えもありません。学生達がこういう質問を多くします。正常です。中・高等学生達は、答えをたくさん受けることができません。準備期間です。ある学生達は、このように話します。私は勉強があまりにできません。正常です。勉強ができないことが正常でしょうか? 正常です。勉強がよくできる人は10%しかいないから90%が より多いから、それが正常です。今、チェ長老、ウ長老が学校に通った時、全部、勉強が良くできました。チェ長老の話を聞いてみたら、勉強したら全部Aでした。あのような人々は10%に入っていく人です。大部分 90%の人々は、そうではありません。いつも落第しそうで、きわどく上がって、ほとんどそうです。それが正常だから気落ちしないで。学生達は、しばしば気落ちしようとします。人間だけなればよいのです。福音を捕まえていれば、勝利するのです。
 
・そして、ある学生達が私に深刻なことを相談しました。先生と直接相談したいと手紙を書いてきました。私はものすごく深刻なのかと思って行ってみたら、この学生が男子学生なのですが、口に出して言えなかったのです。口を割るやいなやいう話が、絶対に説教の時、言わないでくださいと言いました。この子はたぶん私が 説教の時、何かを引用していろいろ話すことが、心に一番、引っかかったのでしょう。絶対に説教の時、話さないでくださいと言いました。それで、分かったと言って、なにかとたずねたのです。私は先生にだけ話すから、秘密にしてくださいと言いました。私は大きい事が起こると思ったのです。私も深刻で、何かとたずねました。私は女学生だけ見れば、変にからだが震えてどきどきすると言いました。この子がどれくらいうぶかというと、これは性病なのかとたずねました。私は、性病はそのようなことではないと言いました。これくらい子どもが純真でした。正常です。男子学生が女学生をみつめれば、心が不思議になって、どきどきすることが正常であって、なんの感覚もないことが異常ではないかと言いました。
 
・花を見れば美しいという気がすべきではないでしょうか? 男子学生が女学生を見れば、可愛いという考えが 起きるはずです。それでこそ、あなたが大人になって結婚するのではないか? 祈りながら待って、後ほど大人になって結婚しなさいと、心配するなと言いました。正常なのです。子ども達は、そのようなものも、ものすごく悩むのです。そうしたところ、この子がすると先生もそうなのですかと尋ねました。そのようなことはなぜ聞くのか、私はそうではないと言いました。私はそうではないけれど、しかし可愛い女の人を見れば、自分も知らないうちに目がいくと言いました。この中・高等学生達は、いろいろなことがみな悩みです。ある子どもは、なぜ先生のようにみわざが起きないのか? それも悩みです。するとあなたが牧師のように、私のようにみわざが起きるならば、すぐに今、出て行かなければならないから、すこしもっといなければと言いました。
 
・またある子どもはきて、人生がとてもがっかりすると言いました。それで、あなたの人生は何歳かとたずねました。17歳にしかならなかったのに人生を話すのです。子ども達が今、そうなのです。ところがメッセージをどんなに聞いても、すぐ忘れてしまうようです。思い切り講義したのに、講義内容にあるのに、相談をまたします。私が説教をよくできないのか、子ども達が分からないのかと考えてみました。それとともに育つのです。本当に驚くことです。ところが、昨年と違って、一昨年と違って、また違うように育ちます。私たち教会がなぜレムナント運動をしなければならないのでしょうか? なぜ中・高等学生運動をしなければならないのでしょうか? 校正させなければならないのです。皆様、霊的問題は誰にでもみなあるために、校正させなければならないのです。校正させる方法が、福音で根をおろしてやるしかありません。そして、今は校正されただけ入っていくから、正しいビジョンを植えてやらなければならないのです。そして、準備するようにさせるのです。準備する時、気落ちしないようにということです。これを使命を持ってしなければなりません。
 
・もう一度お願いします。皆様、両親の中で、子どもが信仰生活をよくしていたのに、よくできなくなると心配になるはずです。心配しないように願います。必ず、両親の信仰にしたがってくるようになっています。皆様が本当に信仰もないのに、子ども達がよくなることを心配しなければなりません。ショーン・コービーという人がいます。成功する青少年の7つの条件という文を書きました。その7つを見たら、良い言葉が多かったのです。これは人生70年の中で、5年だけにしか該当しない話です。7つがこのようになっています。主導的人生になりなさい。ショーン・コービーが言った言葉です。説明が、私の人生は私が生きなければならないから、主導的人生になりなさい。正しい話です。目標を確立して行動しなさい。三番目は、大切なことからまずしなさい。4番目は相互利益を考えなさい。そして、他人の話を傾聴することができて説得しなさい。六番目を見ると、シナジー効果を狙いなさい。最後には、絶えず刷新しなさい。正しい話です。このようにすれば良いのです。しかし、これは成功して行く間、何年間かのことです。私たち人間に根本的に敷かれている霊的問題を中・高等学生の時、治癒してやりなさいということです。そして、正しいビジョンを植えましょう。それになる時、この話が必要なのです。そして、中・高等学生の時は成功しなくてもかまいません。準備する時です。それを知らせてやらなければなりません。中・高等学生達は、答えがなくてもかまわなくて、貧しくてもかまいません。準備する時期であるためです。気落ちせず準備しましょう。これを伝達してやらなければなりません。こういうことを教えてやることが中高等の教会学校です。次の週には大学の時期、青年時期に対して話そうとしています。聖書は何とおっしゃっているのでしょうか。今日、あなたがたが契約を捕まえて祈り始めるべきです。皆様、祈りながら皆様の家系、家庭、私たちの働きが全部回復する、そのような祝福の機会になるべきです。どれくらい感謝するか分かりません。私たちの中・高等学生達が福音で育っているためです。それでレムナント運動ゆえに、あなたがたが大きい答えを新しく受ける祝福の機会になることをイエスの名前でお祈りします。
 
<<契約の祈り>>
神様に感謝申し上げます。私たちの中・高等学生を与えられた神様に感謝申し上げます。子孫を与えられた神様に感謝申し上げます。教会だけができる祝福をくださったことを感謝申し上げます。それも福音を持った教会だけできるが祝福をくださったことを感謝申し上げます。私たち学生達を校正できる福音の根が現れるようにしてください。福音のなかで新しいビジョンをいだく教育があるようにさせてください。そして、準備する私たちレムナントになるようにさせてください。この契約が私たちの学生達、数多くの学生達と、韓国、私たちの学校を生かすようにさせてください。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン