2004年12月31日インマヌエル教会送旧迎新メッセージ


1部/ 連続する祈りの答えの秘密
(使徒19:21)
   
・2004年、最後です。礼拝をささげるために5時からきて待っていたという方もいるということです。それで、私は心配になって、他の教会からみな来て、私たちの信徒が入れなかったのではないかと思って、私たちの信徒はたくさん入っていないのかと聞いたら、私たちの信徒が多いということでした。私が、私たちの信徒、あなたの信徒というのではなく、私が話しているのは、影島区に住んでいる人のことです。なぜなら、他の地域に住む人々がみな入って座っているのに、影島に住んでいる人々は一人も入ることができなければ、恥ずかしいからです。2〜3時間座って賛美していたらしんどくなるでしょう。それが誤解です。皆様が祈りながら2〜3時間賛美すると、相当な事が起きます。まず、皆様の健康から回復します。皆様のからだには、デッドライン(Deadline)があります。紙一重の差で、よくなることもあって、癌になることもあります。そのような時間に、けんかして血圧が上がるならば、病気になることがあります。
 
・年初の3回の集会を通じて、皆様の健康も回復することを願います。皆様が知らずにいる病気まで癒される働きが起きることを願います。1年を送って新年を迎えるこの時間に、皆様の問題も解決する時間になることを願います。皆様の家族、親戚にある暗闇が崩れることをお祈りします。今まで多くの答えを受けましたが、より大きい恵みを受ける時間になることを願います。メッセージ3回をよく聞くように願います。
 
・今日、使徒19:21節を読みました。単に読み過ごしてしまいやすいのですが、他の話ではありません。連続する祈りの答えに関したことです。そこには連続する祈りの答えの秘密が入っています。皆様が祈りの答えを受けることができないならば、どんなに立派な人だといっても力が抜けます。レムナント7名の特徴は何でしょうか? 皆様より大きい困難と危機にあいました。それなのに、レムナント7人と聖書に答えを受けた人の特徴は何でしょうか? 祈りの答えをずっと受けたのです。すると、どんな問題にも勝つことができます。皆様がどんなに信仰生活を良くするふりをしても、答えが来なければ力が抜けます。そして、何かしきりに変わります。祈りの答えを受ける人と、受けない人は、差がものすごく大きいのです。どのように、この祈りの答えをずっと受けるのでしょうか? これが今日、私達が2004年を送る一番目のメッセージです。タラッパン運動は、多くのみわざが起きたのですが、途中であきらめた人も多いのです。なぜそうでしょうか? そこに合う答えがこなかったためです。答えが来なければ、することができません。どれが間違いなのかという以前に、答えが来なかったということです。
 
・また私たちの中には、多くの働き人がいます。働き人の中で、話はしないのですが、苦しみにあっている働き人も多くいます。重要なことは、誰かが苦しませるのではなく、自分が苦しんでいるのです。祈りの答えがならないからです。祈りの答えを受けて、祝福を受ければ、何んでも勝つことができます。ここには、多くの役員もいます。今も多くの役員たちが、メッセージを聞いています。この方達は、重要な方達なのに、祈りの答えを受けることができなければ、これでも難しくて、あんな状態でもむずかしいのです。また、今、数多くの宣教師と牧師たちが、メッセージに参加しています。祈りの答えを受けることができなければ、牧会ほど難しいものはありません。祈りの答えを受けることができないのに、宣教をどのようにするのでしょうか? 結果的になんにもだめなのです。それでも、本当に恐ろしいことは、多くのクリスチャンが祈りの答えを受けることができなくて、そのままいるということです。今、大部分のクリスチャンがだまされています。この問題を解決して乗り越えなければなりません。
 
・ 20Cに入って、クリスチャンの中で成功した人が、それほどいません。その前の16〜19C時までは、クリスチャンが世界をみな掌握しました。20Cになって、クリスチャンがほとんど力がなくなったのです。20Cには、ロックフェラー財団が崩れながらニューエイジが起きました。なぜそうでしょうか? 私たちは、どのようにすれば、祈りの答えをずっと受けることができるのでしょうか? これは、ものすごく重要なのです。それで、ここに重要なタイトルをもう一つ付けます。聖書的な福音の所有です。
 
・私たちの元旦メッセージの最も重要な最初のメッセージは何でしょうか? 私が福音を持っているべきだということです。聖書が語る福音を持っていなければなりません。信じる、信じないという問題以前に、持っていなければならないのです。これは相当な差です。霊的問題がある人が、イエスを受け入れてひっくり返る働きを見たことがあるでしょう。私たちは、いろいろな考えも、みなありえるのですが、他のことはみな良いのですが、聖書的な福音を持っていなければならないのです。どのように、この祝福を味わうことができるのでしょうか? 私がどのように聖書的な福音を所有して、祈りでずっと答えを受けられるのでしょうか? とても重要です。2004年を送る時に、これより重要なことはありません。皆様がこれから信仰生活をして行くのに、これより重要なことはないのです。それで、私達が先ず一番に持たなければならないことが、聖書的な福音を持つことです。
 
・レムナントに、どんなに問題がきてもかまわないのです。なぜなら、神様が彼らと共におられるためです。どうして問題になるでしょうか? 問題が来てもかまわないのです。しかし、これがないならば、問題が来なくても問題です。これがなっていないならば、持っていても問題です。良い生活をすることも問題になるのです。何ゆえに、している途中であきらめたのでしょうか? 福音を持っていないからです。似たように聞くことは聞いたのですが、持っていなかったのです。早く解決しなければなりません。
 
・市場に行けば、携帯電話をたくさん売っています。それはどんなに持って通っても仕方がありません。ポケットの中にいれていても仕方ないのです。その携帯電話を買って登録しなければなりません。携帯電話の中にあるチップを入れねばならないのです。その時から通話できるのです。福音が私たちの中になければならないのです。すると、じっとしていても神様と通じます。すると、静かに聞いていても電話がきます。携帯電話をどんなに良くて可愛いものを買って、どんなに聞いたり、見たりしていても、電話は来ません。何ゆえに私が働きをするのに、このように苦痛が激しいのでしょうか? そうしながら、何ゆえに祈りの答えも受けることができなくて、崩れるのでしょうか? 聖書的な福音を所有していないからです。それで、全く難しいことではありません。本物の福音を持っているならば成功します。それを一度、考えてみましょう。本物の福音を持って味わっているならば、勝利するしかないのです。
 
・今晩から2004年を送りながら、皆様にこの祝福が必ず臨むことを願います。逃してはなりません。どのようにすれば良いのでしょうか? 3つのことは、必ずしなければなりません。一番目です。聖書的な福音と所有とは、なんの話でしょうか? 私が福音を知っているのに、福音を所有するということはなんの話でしょうか? このように尋ねることができでしょう。パリサイ人も、このように尋ねました。誰でも、このように尋ねることができます。いくつかのことを必ず記憶しなければなりません。もちろん、私たちは福音を理解しなければなりません。理解を違うようにしてはならないのです。福音を正しく理解する所にから始まるのです。どのようにすれば、理解したことなのでしょうか? どのようにすれば、理解できるのでしょうか? 皆様が、福音の話を聞く時、あまりにも当然で、正しいと考えられるのです。私たちは罪人です。ところが私が罪人なのか? という気がすれば、救われることができません。私達が犯した罪だけでも多いのに、私達が知らない原罪があります。それで世に困難が来るのだな。それを解決することがタラッパンです。皆様が福音なく、世の中の運命で出会いをすることは、ものすごく危険なのです。それで、未信者と結婚するなというのです。それを正しく理解した話しがチームの働きです。それで皆様が 'チームの働き'という話を聞けば、当然に考えなければなりません。
 
・この問題がどこに行くのでしょうか?皆様の家に入ります。皆様が今まで葛藤した理由の80〜90%がみな家で起きることです。それで、その問題を解決しようということが、ミッションホームです。それで、その結果、社会生活も経済もみな難しくなります。そちらに暗闇をうち破ろうということが専門の働きです。ところが、外側に出てみれば、世の中全体が暗やみに、組織的に閉じこめられています。それを解決しようということが地域教会です。福音を聞けば当然だという気がしなければなりません。 '驚くべきことだ。どのように聖書にこういうみことばがあるのか? どのように牧師先生が、このように説明できるのか? あまりにも驚くべき ことだ.' このようになるべきです。 '理解ができない' とすると大変なことになります。
 
・私は以前に、とても高慢で福音を知らなかった時には、聖書が理解できませんでした。私は福音を知って、聖書を見ながら 'そうだ'という気がしたのです。いちいち、全てのものがあまりにも当然だという気がしたのです。 '私達がまだ罪人であった時、キリストが十字架で死んでくださった' 間違いない話しでしょう? 私たちは救われなかったのに、救い門から開かれたのです。そして、現場を見たら、この問題が福音でなくては解決しないことが理解できました。当然の話です。私たち学生達が、この目が開き始めれば、勉強も全てのものが変わるはずです。福音を理解したということは、当然に持続する答えになります。いのちだからです。いのちは生きるようになっています。
 
・私がある日、米国へ行ったら、孫が現れました。とても大きくなっていました。すこし見ない間に、たくさん成長したのです。今は言葉もたくさん変わりました。前は訳の分からないことだけ言っていたのですが、意味がある話しをします。前は電話通話をすれば、無条件に 'はい、はい'とだけ言ったのに、今はよく分からなければ '何?'と問い直すこともあります。今は私が間違ったことを話したら、修正もしてくれます。静かに置いておいても育つのです。福音も同じです。本当に私たちの中に福音があれば、持続的にずっと働きが起きるのです。これからできていないのに、その次のことをしようとしても、問題がくるのです。他のことを片づけてしまいなさいということではありません。これは簡単なのです。いのちを持つ瞬間に終わるのです。全てのものがこの中にみなあります。後ほど、そのように分かるようになります。事業も、職場生活も、この中にあるんだな! 皆様、タラッパンを正しく悟りましょう。事業もそのままなせば良いのです。明日の最後の時間に話をしますが、成功もこの中にあります。
 
・私は以前に、イエスを信じるということは、教会に行くことだと思っていました。仏教を信じる人は寺に行って、イエスを信じる人は教会に行くと、そのように思っていたのです。ところが、福音を知ったら、全てのものがみなあったのです。以前に私の家の近くの夫婦がけんかをするのを見ました。奥さんが教会に行こうとするから、夫が行くなと言うのでした。すると、奥さんがこっそりと隠れて教会に行って来たら、夫に殴られていました。夫が教会に行くなと話すのに、言うことをきかにから殴ったりしていたのです。その時、私は理解できなかったのです。行かなければよいので、なにをしようとあのように殴られてまで行くのか? そのように考えていました。私に信仰がなかった時です。その夫が殴りながら、驚くことを話したのですが '教会に行けば、ご飯がもらえるのか?お金をくれるのか? パンがもらえるのか?' それとともに悪口を言いながら殴ったのです。私はその話を聞きながら、正しい話しだと考えていました。
 
・私は別に、世の中と別だと思っていました。皆様、福音を正しく理解するならば、成功するようになっています。福音を正しく理解するならば、本当に事業に働きが起きます。このように理解ができないから、その次のことがむずかしいのです。どれくらい難しいかというと、信仰生活をしなければならず、教会生活をしなければならず、あれこれしなければならず、どのように耐えることができるでしょうか? 普通の苦労ではありません。しかし、これを悟ってしまえば、皆様がどれくらい大きい祝福を受けたでしょうか。福音の中に全てのものがみなあります。すると、皆様が待つ時間にも大きなみわざが起きるのです。今夜にも祈る人に大きなみわざが起きるのです。賛美する時間にも、相当な祈りが出てきます。皆様が長老が代表祈りする時間にも、相当な祈りが一緒に出てきます。長老が祈ろうと上がる時、すでに私は祈りが出てきます。 '神様、今日、長老が祈ることが一つも地に落ちないように、答えられるようにしてください。今日主のしもべが祈る時、天の軍隊が動員されるようにしてください。今日、あらゆる暗闇が離れるようにしてください'
 
・全てのものが、この中にみなあります。この答が出てこないから、既にだめになるのです。これを置いておいて違ったことをしようとするから、苦労になるのです。他のことが重要なのではないのに、これがならないから、それからずっと問題がくるのです。クリスチャンの名札だけ付けていますが、未信者とまったく同じです。未信者よりましなものもありません。ところが、これが話になるでしょうか? 未信者が、私たちを見る時、恵みにならなければならないのに、私たちを見て、何にもないと感じる時には話にならないのです。ところが、私たちは未信者のように原因を他で探すのです。それが失敗です。ただ私が霊的問題があるならば、ここに接近できないのです。すると、それを直さなければなりません。明らかな事実なのですが、信じられないならば、私が悪いのではなく、霊的問題です。イエスを信じて救われるという話しを聞くことがいやで、信じられないということは霊的問題です。
 
・今日2004年を送りながら、ものすごい働きをしなければならない皆様に、最も重要なことは福音の理解です。福音を所有したということは、何の話でしょうか? こういう答が本当にきたとすれば、本当に心が変わります。その時から、これが変わります。福音体質です。福音体質は、他の人と関係はありますが、自分個人の 問題です。他のことをみなしても、私がだめなのです。福音体質がだめになれば、自分の家系の霊的問題を解決できません。仕事は思い切りしたのですが、問題解決がだめな場合があります。あらゆることはみなしたのに、自分の霊的問題は解決しない場合がありますが、これは体質がならないからです。福音体質に変えなければなりません。このようになる時、方法も福音の方法が出てきます。一番重要なことは、人間関係です。理解することができない人がいません。みな分かるのです。泥棒が分かります。盗みをしようという話ではなく、泥棒が分かるということです。幼い時、習ったことが盗みしかなくて、精神異常になった人が盗みをするということが分からないでしょうか? 皆様は乞食が分からないでしょうか? 私は乞食を見れば、分かります。あの 人々は、普通の霊的問題ではありません。家にいるより外にいるほうがより気楽で良いということは、完全に狂ったことではないでしょうか? 誰でも分かります。
 
・理解で終わるのではなく、その時から、答が出てくるのです。より重要なことは、私たちがする判断です。そして、とても重要なことは、私たちがする仕事と行政です。福音的にならなければなりません。方法と原則を押し倒さない以上、方法も福音的にしなければなりません。私たちの周囲にある多くの教会でも、立派な方達が、伝道ができません。その方達は、これができないのです。これができていないということ自体も知らずにいます。今でも限りなく方法を探しているのです。限りなく苦労するのです。ここに対する重要な福音を所有した人々に対する例をいくつかあげてみましょう。すると、より理解ができるでしょう。
 
・今日、皆様がこのように出発することを願います。ペテロです。福音を悟りました。 '主は生ける神の御子キリストです' それでも崩れたのです。しかし、後ほどは、復活なさった主に会って、その力を体験したのです。人が変わりました。 '世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。' 法廷で言った言葉です。それを話せば死ぬのにも、そう言いました。明日、死刑になるのにも、使徒12章を見れば、監獄のなかでペテロは寝ていたとされています。皆様は明日、死ぬのに、今日寝ることができるでしょうか? ひょっとして、とても疲れていて、くたくたで倒れて寝る場合があるかもしれませんが、聖書には、そのように書かれていません。この人は福音を所有した人です。
 
・皆様、代表的な人物でパウロを見ましょう。パウロの告白を見ましょう。働きも重要で、みな重要ですが、最も重要なことはこれです。聖書的福音を所有しているならば、皆様はあらゆる分野に、明日から働きが起きるはずです。この途方もない福音を本当に私が持っているのか? それなら、全てのものが福音の中にみなあるのです。すると、私の体質なっている霊的問題、個人問題が解決するようになっています。福音を所有したという証拠で、表に現れるようになっています。方法で表に現れます。一番苦しいのが、この訓練をたくさん受けた人々の中でも、福音を悟った人と、悟ることができなかった人は見る目が違うということです。福音を悟ることができなかった人は、マルコのタラッパンに集まった人々は、乞食のように見えるはずです。反面、パリサイ人はものすごいように見えるはずです。
 
・福音を悟った私の目で見る時には、そのように見えません。ですから判断が違うのです。私が見たパリサイ人は、滅びる直前にうわべだけ捕まえているかわいそうな人たちで、マルコのタラッパンの人々は、なにか時代的な唯一性を捕まえた人々です。行動もみな変わるはずです。パウロを見ましょう。キリストに会った後、何と話したでしょうか? 全てのものをちりあくただと思うと言いました。キリストの中にあらゆる知識、知恵、宝がかくされていると言いました。監獄に行くようになりました。 '私を強くしてくださる方にあって、どんなことでもできるのです'と話しました。この程度になりました。すると、今までパウロぐらい世界をひっくり返した人物はいません。パウロぐらい、地球上に影響を与えた英雄は出てきませんでした。ローマをひっくり返して、奴隷制度が崩れたのが、パウロゆえにです。米国の黒人奴隷の制度をなくしたのがリンカーンでしょう。リンカーンがガラテヤ3:28節を持ち出したのです。ガラテヤ3:28節は、誰が話したのでしょうか。それは、パウロが言った話です。パウロが神様の恵みを受けてメッセージをしたのです。ですから、パウロぐらい影響を与えた人物はいません。
 
・皆様のような祝福を受けたローマ16章の人々。このようになれば、答えはずっとくるのです。2004年が行く前に、この祝福を必ず受けることを願います。これは本当に考えるべきです。本当ならば、あなたがたには、特におとなにはあらゆるみわざがすぐに起きます。たぶん、この部分があなたがたが一番難しい部分なのかも 知れません。
 
・ここには、訓練を受けに来た人々も多くいます。どんなに訓練を受けても、この部分を知らなければなりません。どんなに訓練を受けても、方法を見にきたので、実際、福音を持っていないのです。すると、くやしいことになってしまうのですが、それでも良いのでしょうか。思い切り信仰生活をして、損になって良いでしょうか。それがサタンの戦略ではないでしょうか。そこまでしたのに、タラッパンができないということが話になるでしょうか。話になりません。確かにできていきます。信じてくださることを願います。本当にできるようになっています。この中に全てのものがみなあるのです。私たちのカン長老が、祈ったように、一つの中に全てのものがみなあります。全てのものをみな持った人が、一つがなくて死ぬのです。皆様、病気で死ぬ人は、すべての箇所がみんな悪くなって死ぬのではありません。
 
・私は、あなたがたが心配するかと思って話すのですが、私が2004年を送って2005年を迎えながら、色々な覚悟をしています。身体検査をすべきだと思いました。私がキム・ドンゴン先生に感謝していることは、私が集会に行く代りにキム・ドンゴン先生を送りました。韓国で一番良い病院に行ったのです。全体を写真で撮って検査をみなしました。結果がこのように出てきました。どこにも異常がないが、油がちょっと多いということでした。すると、それはどうすれば良いのですかと尋ねました。運動をたくさんしてくださいと言われました。汗を流す運動をしなさいということでした。そのように検査を受けながら、色々、祈りながら新しい出発をせねばならないと考えました。それとともに、私がもう一つ感じました。本当に神様の恵みだ。私はとてもたくさん走って、喉が渇くほどに話を多くします。それで確かに問題がきていると思いました。病院に行きながら、問題があるはずだという確信がありました。それで検査したのに、結果を確認しにいきながら、問題があるはずだと考えていたのです。その人がコンピュータの精密結果を見て、一つ一つみなチェックをしたのでした。感謝します。どこにも異常がありませんでした。その方が、一つ一つ見て、胃も健康で、肝臓も健康で、腎臓も、心臓も、肺もみな健康だと言いました。ただ汗を流す運動をしていないので、油がたくさんたまっていると言いました。そうだろうと思いました。多くのことを悟って、前は何も考えずに食べていましたが、用心すべきだと考えました。それとともに、私が30年走ったことを考えました。皆様に会って、ここで15〜16年、走りました。そのような考えをしてみたのです。本当に、これは神様の恵みです。本当に福音のなかでは、人が超越出来ないことが生じます。私を強くしてくださる方にあって、どんなことでもできるのです。福音の中に全てのものがみなあることを信じてくださることを願います。本物の答えがきます。私たちは知らずに、しばしば方法をさがそうとするのです。聖書的な福音を所有すれば、すこし誇張した言葉ですが、じっとしているのにも答えがくるのです。これで2004年を送るべきではないでしょうか。
 
・2番目です。どのようにすれば、私達が答えをずっと受けることができるのでしょうか。とても重要な2番目のことです。私たちは連続する祈りの答えの秘密を見ることができなければなりません。神様がどのように 導かれるかを見ることができなければならないのです。これを知らないから、逃すようになるのです。今回の元旦に、重要な話を多くせねばならないのですが、皆様は、これから必ずしなければなりません。本当に皆様が福音を持っているのでしょうか。天と地の全てのものをひっくり返すことができる福音を本当に持っているのでしょうか。イスラエルを滅亡させてでも悟るようにさせられたこの福音を、本当に持っているのでしょうか。あらゆる暗闇の勢力をみなうち破ることができるこの福音を、本当に持っているのでしょうか。このようになれば、あなたがたは、最小限、この秘密を見始めます。すると、2番目の答えが来るのです。見え始めます。連続する祈りの秘密を見る方法が何でしょうか。
 
・私たち、今、タラッパンでは、聖書にある伝道 20個を捜し出しました。皆様が、単に訓練を受けるのではなくて、この訓練を受ける時ごとに、全部、自分のものになります。皆様、訓練を今から確かに受けねばならず、新しく受けねばなりません。ある人は、愚かな人のように、訓練を受けて他の人が変化したことを話します。それを話す必要はありません。私、皆様が、訓練を受ける時ごとに聖書にあるそのまま、一時代を変化させるに値する答えを神様は準備されたのです。これが皆様の訓練です。ある方が、私に本当に告白しました。 '先生。赦してください。これは、これゆえに証しすることではありません.'と言いました。一週間を使って合宿を受けることは、自分には不可能だと思っていたそうです。とうてい自分は一週間という時間を作って、訓練を受けることは、仕事自体に問題がくると言っていました。ところが、それは自分の考えでした。無条件に病院に入院したと思って一週間、訓練を受けたのに、それが問題ではなかったということです。自分が訓練を受けてきたのに、どんな答えがきたのかというと、百年してもできない答えがきたということです。自分はそれゆえに感謝して、証しするのではないと言いました。あまりにも知らなかったということです。自分の考えから、自分が抜け出すことができなくていたということです。私は、あなたがたが皆、抜け出して訓練を受けなさいということではありません。皆様が訓練を受ける時ごとに、神様は相当なことを準備しておいてくださっています。こういうことを見ることができてこそ、連続する秘密を見ることができるのです。今日、重要なことは、この祝福、今は私に根をおろし始めれば、続けて見せてくださるのです。これがなんの話でしょうか。使徒19:1-7まで私達が読みました。信じる時、聖霊を受けましたか。これが何の話でしょうか。マルコのタラッパンに臨んだ聖霊をあなたが知っているか、その話です。使徒11:19-30のアンテオケ教会です。ここで宣教の門が開きました。使徒 13:1-12を見ると、いよいよパウロという人物が、共同体訓練を始めました。連続する祈りの答えの秘密を、皆様が見ることができなければなりません。ここで重要な7つのことが出てきます。7つのことは多くありません。暗記しやすいでしょう。マルコのタラッパンで福音の契約を捕まえて、祈ったから、聖霊のみわざが起きました。クリスチャンに、最初になければならない答えは何でしょうか?聖霊の力の働きです。長老達、執事達に最初になければならない祝福は、何でしょうか? 聖霊の力の働きです。それでなければ、絶対に人を変化させられません。未信者に勝つことができないのです。これは変にむかしの概念の無条件に信じるということではありません。聖霊の力の働き。使徒2章を見ると、15ケ国の門が開きました。証拠、証拠の門が開きます。皆様の事業に、皆様の職場に、この門が開くことをイエスの御名でお祈りします。この祝福を見れば、道が見えます。
 
・三番目が何でしょうか。神様のみことばが、礼拝の時ごとに成就します。現場に行ったところ、職場の中に現場の中に、なぜか私を手助けする神様の永遠な弟子が起き始めます。そうしたら、現場が変わり始めます。これがマルコのタラッパンに起きた5つのことです。その時、神様がアンテオケの門をあけて宣教をされました。そのうちにパウロを呼んで、それからは文化を変える共同体です。この答えがずっとこのようになれば、続けて見え始めます。今日、よく聞くように願います。この福音で終わるのではなくて、このように連続したみわざが起きるのです。そうすれば、確かに結果がきます。使徒19:8-20節の間を見ましょう。驚くべきみわざが起きました。これだけではありません。病人がいやされました。それが重要だということではありません。より重要なのが何でしょうか。これからここをみましょう。使徒19:21節、それで今日、19:21節を読んだのです。これが問題ではないのです。ローマも見なければならない。皆様、必ずこのまますれば、この答えが続けて見えます。逃してはなりません。すると、未信者と皆様とねたんだりしません。皆様、ねたんだりすることは、似ているからこそねたみとなるのです。ヨセフのように、非常に答えを受ければ、感動します。話すべき言葉がないのです。皆様は神様がそのように呼ばれたのです。私たちは未信者と戦って勝つのではなく、越えるのです。誰がアブラハムについて行くのでしょうか。誰がヨセフについて行くことができるのでしょうか。 皆様、この祝福を逃してはなりません。このままなせば良いのです。連続する秘密が続きます。
 
・私が話したではないでしょうか。ある人々は、どのようにするのかと誤解をしています。私が聖日、釜山にくれば、紙が一枚置いてあります。秘書が私が一週間にせねばならない行事とメッセージを書くべきことをタイトルを出して書いています。それからに、また必要な集会に行くなら、そこに本文の題目が必要です。必要ならば、それをみな書いておきます。一週間になければならないことをぎっしりと書きます。では私がそれをもらって、ポケットに入れるのです。すこし重い心で、宿題だと言いながら入れます。毎週、そのように置いてあります。すると、付いてまわる秘書に聞くことだけするのではなく、することがもうひとつあります。例えば大学集会に行きます。すると、既に大学集会に行くときは、私は違ったことを準備します。すると、秘書が必ずしてくれることがあります。その前に大学集会で何をしたのか、メッセージを出してくれています。私はそれを必ず見なければならないのです。なぜなら、そこに従って、その次の答えがまたくるからです。これを見てください。そうでなければ、説教を私の思い通りにするようになります。それは説教ではありません。私が思うまま、本を読んだとおり言うことは説教ではありません。そのように悪いことはありません。すると、 私がなんでもあるままに、投げるのと同じです。すると皆様は、神様の民でなくなります。何でも拾って食べることになりますが、そうではありません。前のものを見るのです。パウロが今、エペソで起きたことが問題でなく、ローマも見なければならないと言いました。神様がどれくらいすごいでしょうか '勇気を出しなさい。あなたは、エルサレムでわたしのことをあかししたように、ローマでもあかしをしなければならない。' パウロが危機に陥った時 '恐れてはなりません。パウロ。' さて皆様が今日、このメッセージを深く考える事もでき、単純に考えることができます。ちょっと年をとっている方か、初めて信じる方達は、深く考えることができません。簡単に話せば、福音を正しく本当に持って、講壇を捕まえなさいということです。すると皆様は、それによって相当なみわざが起きます。ある方は、こういう話をしました。長老は祈りを良くすべきだ。その 話は悪い話ではありません。私は内心、その話は間違った言葉だと思います。長老は神様が立てた油を注がれたしもべで、口から出てくるとおりに祈らなければなりません。すると答えは誰がなさるでしょうか?神様が なさいます。また、ある人は祈りを書いているとは何だと言います。私はそのように考えません。そのまましようが、書いてしようが、何の関係もありません。私の経験では、書いてするのがはるかに正確です。すでに、そのようなことを話すということ自体が、祈りが何かを知らないという話です。神様が油を注がれたしもべを立てて、講壇で祈る時には、本人は知らないのですが、確かに答えられます。すでに律法に陥った状態は、律法で答えがきます。そして、講壇に立って説教する時、これは私がすることではなく、神様があなたがたに必ず必要なメッセージをくださるのです。その話を認めなければ、この部分がなんの話なのか分かりません。それで、皆様が礼拝の中でいつでもこの7つのことを捜し出さなければなりません。マルコのタラッパンとアンテオケ教会です。すると、礼拝する時ごとに何が出てくるべきなのでしょうか。 '主よ。今日私が礼拝する中に聖霊充満を与えて下さい。今日、私が礼拝する中に、あらゆる証拠の門を開いてください。今日受けたみことばが現場に成就するようにしてください。そして、弟子を備えてください。私が行く現場を変化させてください。そして、宣教の門を開けてください。そして、私たちレムナントを捕まえている文化を生かすことができるように共同体の門をあけてください' その祈りをすれば、働きが起きることよって、答えを受けるようになっています。とても多いから複雑でしょうか。頭が悪い人は、みな忘れてしまって、一つだけ祈ればよいのです。 '私に聖霊充満を与えて下さい' 礼拝時間ごとに。それで、すでに皆様が礼拝しながら、他の話しが出てくることがありません。礼拝時間ごとに聖霊充満を。そのようにだけ祈っても、答えがきます。礼拝順序ごとに賛美するでしょう。どれくらい良くしているか見ようというのではなく、神様この賛美する時、神様に栄光を神様に帰すようにして、天の軍隊が動員されるようにしてください。礼拝を祈りに変えましょう。ここに副牧師がいるのですが、司会もそのようにしなければなりません。副牧師が賛美を導く時、そのような心から 導かなければならないのです。長老や執事、勧士が代表祈りをする時、そのような心で、後から祈りを共にしなければなりません。誰が説教しようが、講壇に立てば、明け方祈りから聖日説教まで説教する者に、神様のみわざが起きるように祈りましょう。主のみわざが起きるようになっています。すると、説教ができない、良くする、祈りができない、良くする、この答えとはなんの関係もないのです。福音を持ったしもべが祈るならば、答えがくるようになっています。
 
・パウロが重要なことを見ました。エペソが問題ではありません。困難がきた時、気落ちする必要はありません。その後に答えが見えます。答えがきた時、高慢になる必要もありません。その後に答えがあるのです。これに従ってずっと行くのです。すると、連続する秘密をずっと見るようになります。全く難しいことがありません。悟れば誰でもできるのです。それで、聖書を皆様がすべて探さなくても、今まで神様がどのように答えられたか見て、問題や答えが来たら、また次のことを捜し出せばよいのです。それを捕まえて聖霊充満してくださいと祈れば、働きが起きます。ただ本物の答え受ける人々はのがしてはならないことが、礼拝する時ごとに祈る時、7つの働きが起きるのです。これがとても鍵です。長老たちが祈る時、この働きがおきます。これが聖書にあるとても重要な鍵です。クリスチャンのほとんどが、逃しています。どれくらいくやしいでしょうか。皆様の事業に聖霊の力が働いたら、これは止めることができません。
 
・三番目です。絶対に逃してはなりません。皆様が常に発見しなければならないのです。これが重要です。常に質問しなければなりません。神様が今、私に何を望んでおられるのですか。これです。これを文字的に大きく話せば、時代的な要請です。小さく話せば、必要です。例を上げれば、この頃はそのようなことがないけれど、むかし集会にたくさん通えば、時々誘惑をたくさん受けました。説教を良くせねばならないという、そのような誘惑を受けます。私は、その時ごとに失敗しました。一度は、韓国で最高の大学から説教を頼まれました。もう一度は、米国で最高の学校で、私に対してメッセージを頼んできました。一度は、国会議員が集まってメッセージをしてくださいと頼まれました。その時です。私が行けば、説教を良くせねばならないと考えたのです。それが悪い考えです。私にはものすごく悪い考えです。私がとても重要な大学でメッセージ準備をみなしたのに、その人々が座っていたのですが、私が向かい合って座りました。なぜなら、彼らは聞いて、私は話をするためです。向かい合って座ったのです。その時、恵みです。私にこういう祈りが出てきたのです。神様、この人達に何が必要ですか。神様のみこころは何ですか。このように尋ねました。心の底から、その少しの質問でしたが、私がメッセージを準備したことが違うと分かりました。それをしませんでした。その場で彼らに必要なことを話しました。みわざが起きました。小さいことながら、神様が私たちに時代的な要請をされているのです。皆様、これから、そのようにしましょう。仕事をしても、本当に神様に必要なことをしましょう。私は何日間、休みながら、いつも考えました。神様が私たちタラッパン全体と、私たち教会と、重要な使命者に必要とされることが何ですか。それを置いていつも質問をしたのです。単に休んでご飯を食べるように 見えたでしょうが、いつも質問したのでした。その時、神様がこういう気がするようにされました。今、なにが世界でなっていないのか? 皆様、目覚めてよく見ましょう。神様の時代の望みの要請の内に入っていった人々は、答えを受けるしかありません。皆様、申し訳ないけれど、ヨセフは滅びることができません。神様の時代的な要請の内に入っていったのです。ちょうど、ここに未来指導者訓練院の学生達がきています。この学生達に成功するはずだといえば、学生達は理解がよくできないでしょう。世界で本物の福音なかで、福音を聞きながら献身して育つ子ども達は、この学生達しかいません。仮りにこの学校がだめになるならば、神様が不法であるのです。もしこの学校がだめになるならば、神様に私たちはデモを行わなければなりません。そのようなことはありません。時代的な要請。わかるでしょうか? ヨセフが成功したのですが、なくすことができないのです。皆様が必ず必要なことを捕まえたのに、どのように失敗するのでしょうか?
 
・私が本当に福音を持っているのでしょうか? すると、人が見るにはそうではなくても、皆様自身が見るときにはなんでもなくても、暗闇の勢力が皆様を見る時には、怖いのです。すると、この祝福を味わっているうちに、ずっとできていく中で、神様の持続する秘密を見る目が開きます。そうしたあと見れば、答えが簡単に出てくるのです。時代的な要請。時代的な要請は2つです。福音とその時代の背景です。すると、世の中の話で、成功するのです。アスピリンを作った人が成功しました。それを作った人は死んだのですが、それに対するロイヤリティーはずっと与えられています。なぜそうなのでしょうか? 必要なことを作ったためです。ですから、ノアは福音がない時代に、船を作りました。時代的な要請の内に入っていったのです。皆様がこれを簡単に話せば、小さくは私が何を必要かと尋ねることです。聖歌隊を例に上げるなら、ずっと成功しようとするなら、聖日ごとに尋ねなければなりません。神様、私たち聖歌隊に願われることは何でしょうか? すると、後ほど、ものすごい聖歌隊になるはずです。それをいつも尋ねなければなりません。神様は、私たちに、こういう時には大曲を希望される。そのような時もあるのです。本当に、私たちに希望されることが何かをいつも尋ねなければなりません。すると、時代的な賛美がずっと出てきます。牧師が講壇に立つ時ごとに出てきます。それです。それが難しいでしょうか? 皆様が少しだけ真実になれば、とてもやさしいのです。教会で奉仕する時も、同じです。神様が今、私に必要とされる事は何か? それを見て祈れば、答えがきます。まさに、そのままの答えがくるのです。
 
・レムナント七名が、全部、時代的な神様の要請の内に入って行きました。エリヤ、エリシャをどんなに殺そうとしてもできませんでした。なぜならば、その人々は、ここに入っているためです。簡単に話して、ダビデを殺そうとサウル王が狂ったのですが、殺すことができませんでした。ダビデは、この中にいたのです。サウル王は、その外にいた人で、ダビデはこの中にいる人です。初代教会をどんなになくそうとしても、なくすことができませんでした。中世教会がルターを殺そうとしたのに、殺すことができなかったのです。時代的な要請。私たち 2004年 の時代的な要請。昨年のことです。なくなることがないために、そのまま捕まえなければなりません。一千万弟子の根。それを昨年にしました。私たちは力を得なければならないから、イエス・キリストの御名で聖霊を体験しなければなりません。本当にこの祝福の開始がどこからなるのでしょうか? 地域教会、機能宣教、一般信徒宣教の上にあります。これがなくなることはありません。これは時代的な要請です。昨年にしたことは、今年にもずっとするはずです。ただ2005年度に神様が願われる時代的な要請は何でしょうか? 契約を握ってくださることを願います。共同体宣教のために教会が連合しなければなりません。この契約を捕まえる事業家に、神様は答えをなさるはずです。この契約を捕まえる主のしもべに、神様は働かれるはずです。
 
・そして、これから私たちは、すこしより一歩、先に進まなければなりません。今、全世界でほとんど教育の恵みを受けることができない地域が1/3あります。次に説明して、単語だけ差し上げます。私たちは、外国のとてもエリートの学生達を、家族とする弟子運動をしなければなりません。次にずっと説明します。今、この説明をしようとするなら、時間がたくさんかかるために、祈りの課題にしてくださることを願います。やさしい例で話します。韓国にもあるユネスコやユニセフのような機関は、子ども達をたくさん手助けします。上手にやっておりありがたいことです。しかし、そのようにだけしてはならないのです。本当にしようとするなら、外国で死んでいく子ども達を私たちの家族として、いつも祈って、連結して、弟子として育てなければなりません。宣教費の1/10 しかいらず、効果は大きいのです。それで私は、来年には黒人の中で賢い子ども達を私の息子にして、娘にして、手助けするはずです。韓国にも、このようにする団体が多いのです。ありがたいことです。しかし、それで変化することはできません。私はそれを見ながら、長い間、考えたのです。そして、こういう事に対して多くの祈りをしたのです。 2005年からは、開始をじわじわしていきます。
 
・今、皆様が知らずにいるでしょうが、一億を越える子ども達が、全世界に売られています。韓国は、それでも祝福なのですが、世界にはご飯を食べることができない子ども達があまりに多いのです。ところが、そのような子ども達の中に、人材も多いのです。私たちの宣教師が、向こう側にいる子ども達の管理をしなければなりません。皆様の中には1950年代に生きた方達も多いでしょう。 韓国に養親会という団体がありました。
'養'は育てるという意味です。それは韓国の貧しい子ども達を、外国にいる人々が父母になって、ずっと勉強するように手助けすることです。感謝なことです。ところが、私たちはこれから返さなければならないのです。ところが、そのようにだけしてはなりません。地域に教会を通じて、私達が家族にして、育てなければならないのです。やさしい例を上げれば、あのカレンにいる人を連れてくることもできなくて、連れてくる必要もありません。そこの賢い子どもを私たちの子どもにするのです。すると、どれくらい送ってあげればよいのでしょうか。一ケ月に千円だけ送ってあげればよいのです。宣教師に送れば、十万円でも足りないのに、その子どもは、千円ならば良いのです。私が自分の息子として、娘として、一ケ月に千円ずつだけ送ってあげれば、その子どもが勉強をみなする時まで、1ケ月ならば充分です。すると、その子どもと私と皆様と意味があるのです。父母のようにということです。そして、それはその教会の宣教師と教会で管理するようにします。すると、 宣教師もすることが生じて、権威が正しく立ちます。そして、その子ども達を私達が持続的に育てるのです。このように世界の弟子を育てなければなりません。今はそれを全部みなしようではなく、そのような段階がきたのです。これから2005年度には、自然に始まるはずです。
 
・そして今は、レムナントを集会だけせずに、レムナント宣教キャンプが必要です。そのまま祈りの課題で握ってくださることを願います。神様がこの時代に要請しておられることです。これから、私たち学生達が、海外集会にだけ行ってはなりません。この子ども達を国内で正しく訓練させて、福音を伝えることができるようにして、連れて行かなければならないのです。皆様、学生の時にすることを望みます。ここでメッセージを聞く韓国にいる学生達は、うまくできないから、英語で主の祈りと使徒信条をみな暗記することを望みます。そうした後に英語で祈る方法を探しましょう。それで、英語で堪能に福音を伝えることができるように、受け入れることを英語で勉強することを望みます。時間になれば、私たちレムナントを捕まえて、英語や他の外国語で芝居とか発表会をすれば、最も早く学んで行くことができます。このようにして、宣教キャンプに行くのです。2004年が行く前に、皆様が必ず捕まえねばならないことがあります。私が本当に福音を持っているのでしょうか? 福音を持っているならば、すぐに理解できない人がいません。私が福音を持っているならば、礼拝 の時ごとに七つの働きが起きます。そうしてこそ、答えが見えるのです。皆様、本当にアーメンを正しくしなければなりません。皆様の事業の場、皆様の職場、社会に、神様の力が必要です。そうしてこそ、答えが見えるのです。まだ多くの働き人が、理解をよくできません。それで、理解することを願います。
 
・この前に本をものすごく売る良い方が、私を訪ねてきました。タラッパンの本を内容良く作れば、ものすごく売れるはずなのに、なぜこのようにしているのかとたずねたのです。ところが、私たちはそのようにする所ではありません。本当に福音を捕まえて、答えに従ってじわじわ行って、全部、征服するのです。理解をよく できなかったようです。果してこれが理解ができなければ、信仰生活が理解できるかと思いました。皆様、私が礼拝すれば終わりです。神様が願われる時代的な要請の内に入っていきましょう。ここに国際結婚なさった 方はいるでしょう。日本で国際結婚をした人達が、メッセージをたくさん聞いています。神様の時代的な要請 の内に入っていきましょう。世界宣教という単語を捕まえて、プリスキラ、アクラ夫婦を見ましょう。この中に入っていけば、すぐに答えの門が開かれます。皆様、ここにもし医者がいるでしょうか? ルカを見ましょう。すると、時代的な要請の内に入っていくのです。皆様の中に軍人はいますか? ここに将軍がメッセージを聞いているでしょうか? ダビデを見ましょう。それが時代的な要請の内に入っていくことです。そして、一般の将校、公務員もいるでしょうか? コルネリオのような人を見ましょう。それが、時代的な要請の内に入っていくことです。あるいは、リポーターや文章を書く方はいるでしょうか? こういう方がいるならば、ソシパテロ、テルテオのような人物を見ましょう。その内に入っていけば、世界的なみわざが起きるようになります。時代的な要請。皆様が本当に信仰の英雄をよく見るように願います。私はこの三つを持てば、皆様があらゆる答えをみな受けることだと信じます。
 
・結論を結びます。皆様、アブラハムが創世記13:18を見ましょう。全てのものをおいて、神様の驚くべき契約を捕まえました。それより大きい選択はありません。あらゆる不信仰をみな捨てて、祭壇を築き始めたのです。皆様、これからこのようにするように願います。すると、皆様に驚くべき答えがきます。創世記39:2を見ましょう。主がヨセフと共におられました。これより大きい行政力があるでしょうか? この祝福を捕まえなければなりません。ダビデがこう話しました。主は私の羊飼い。これより大きい祝福があるでしょうか? 主がダビデの羊飼いになって、共にいらっしゃるのです。ソロモンは、こういう祈りをしました。私に知恵をください。これより大きい知恵はありません。神様から私に知恵をくださいと言ったのです。私たちは一年を送りながら、今はこの重要な契約を捕まえて、神様の前に視線を合せなければなりません。これが結論です。
 
・ダビデが、アブラハムが、ヨセフが、皆、神様の前に視線に向けました。皆様の家を本当に生かして、真の答えを受けようとするなら、視線を神様に固定させましょう。これより大きい力はありません。イザヤ40:31に、ただ主を待ち望む者は、新しい力を得ると言われています。これより大きい力があれば、持ってきて見ましょう。ありません。すこし無知に見えるでしょうが、そうではありません。エレミヤ 33章を見ましょう。3節です。 'わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。' これより確実な保障があるでしょうか? ありません。
 
・皆様は2004年を送って、2005年を迎えます。神様に向かって、皆様の視線を固定させましょう。すると、全てのものが回復するはずです。使徒1:4に、エルサレムを離れないで、聖霊充満して待てと言われました。すると力を受けるようになるはずです。2004年を送ることも重要ですが、皆様がこの答は必ず得なければなりません。それで、私が少し苦しくて、長く説明をしました。私が苦しい時は、理解もたくさんするので、聞くことができないほど多くするのですが、理解しなければなりません。しかし、今日の送旧迎新2部の時は、短くします。それ以前に、これから早く整理しましょう。皆様が本当に福音を捕まえれば、暗やみがみな崩れてしまいます。そして、皆様がそれを捕まえて、本当にこの祈りをすれば、七つの答えの門が開きます。そして、この時代に望みの時代的な要請の内に入っていかなければなりません。この話がよく分からないでしょうか? 一言だけ言って終えます。韓国教会で一番できないことが伝道です。それで、これをすべきだという気がしたのです。それがまさに時代的な要請の内に入っていくことです。私はその日から今まで、無条件に答えを受けました。ですから、神様の時代的な要請の内に入っていましょう。私たち学生達も、その契約を捕まえて、今日、入っていくように願います。
 
・このようにして2004年を送る貴重な日になることをイエスの名前でお祈りします。私たちみな目をとじましょう。2004年をこれから送ります。私たちは、送旧迎新礼拝を残して2004年をしめくくっています。あなたがたは、変にする必要はありません。神秘主義者のようにする必要もありません。静かに目をとじて、手を胸に当ててくださることを願います。私の言葉とおりしてみるように願います。胸に手をおいて、考えて、あなたがたは静かに大きくする必要もありません。最も真実に、最も静かに祈ることを願います。今、皆様にある最も重要な願いは何でしょうか? それを神様に簡単に話してみるように願います。しかもひとつがあります。皆様、胸に手をおいて考えて、イエスの名前の権威を使ってみるように願います。私にあるあらゆる病気、あらゆる弱さ、あらゆる不信仰は、イエスの名前で離れるようにと祈ってみましょう。2004年を送って、もう一度お話しします。皆様は大きくする必要も、長くする必要もありません。皆様の最高の願いを今夜に短く話すように願います。そして、祈りが始まったら、イエス・キリストの名前で、ナザレのイエス・キリストの名前で、万王の王なる主イエス・キリストの名前で、御座にいらっしゃるイエスの名前で命じる。あらゆる弱さ、病気は離れるように。みな一緒に、それぞれお祈りしましょう。
 
<<契約の祈り>>
神様に感謝申し上げます。貴重な主の民が集まりました。ソウル、蔚山、いろいろな地域から集まりました。衛星で一緒に礼拝しています。今、インターネットでみことばを待っている方達も多くいます。主が力ある御手を当ててください。最も重要な問題が解決する夜になるようにしてください。あらゆる病気、あらゆる弱さは、イエスの名前で離れるようにしてください。あらゆる不信仰、苦痛は、イエスの名前で離れるようにしてください。私たちを捕まえている必要ないことは、イエスの名前で離れるようにしてください。あらゆる病気、悪い勢力は、イエスの名前で離れるように。万王の王なる主イエスの名前で命じる、完全に離れるように。私たちの家系にある暗闇の勢力が、イエスの名前で縛られるように。あらゆる栄光を神様がお受けください。今日2004年を送りながら、重要な世界的な使命者があちこちに集まりました。福音を所有するようにしてください。今は聖霊のなかで神様の答えを受ける秘密を見るようにさせてください。時代的な神様の要請の内に入っていくようにさせてください。それで、答えを受けるしかない祝福の目が開かれることをお祈りします。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン
 
 


2部/ 静かな時間の新しい答え
(使徒16:6-10)
   
・初めての時間には、本当に福音を持って礼拝時間に起きること、時代的な要請の内に入っていけば、答えになるようになっているという契約を受けました。これから私たちは、新しい答えを受けるようになったのです。私は幼い時から、いくつかのことを見ました。クリスチャンが、それほど祈りの答えを受けることができないでいるのを見ました。それで、おもに見ると、福音がある教会であるのは良いのですが、教会のなかでおしゃべりなのです。個人的に見れば、ほとんどみな祈りの答えを受けることができずにいるのを見ました。だから、私達がそばにいる人々を伝道できないのです。そして、教会に通う人々が喧嘩をするのを見ました。幼い時から、見ました。そして、他人の話で時間を送るのを見ました。本当にかわいそうです。それで、祈りの答えを受けるできない部分を見たのです。そして、ほとんどみな貧しいのです。経済問題に勝つことができなくて、ほとんど貧しく、難しく生きるのを見ました。私自身もそうで、私の家もそのようでした。それとともに、信徒は伝道運動を全くできないことを見ました。静かな時間だとタイトルに付けたのは、皆様が、個人的にしなければならないことなのです。あなたがたが1年を送りながら、静かな時間に、必ずいくつかのことは、個人的に持たなければなりません。
 
・皆様が個人的に静かな時間を持たなければなりません。これは自分だけできることです。少しだけ祈れば世のですが、ほとんどみな、これをしないのです。神様の恵みで礼拝をささげて、あらまし付いて回って、広告にはついて行く程度はするのに、これをのがすのです。個人的な重要な時間がなければなりません。皆様が、どんなに家族が良くても、家族には限界があります。皆様が結婚をしても、夫婦も限界があります。皆様がどんなに友人が多くても、友人には限界があります。結局は、私たちは神様から受けなければならない恵みがあるのです。これをあなたがたは、必ず回復しなければなりません。それで、個人的に皆様の静かな時間が、どれくらい重要でしょうか? 皆様に重要なことがおきることもあります。そのような時にも、静かな祈りの時間が、回復しなければなりません。聖書をいくつか例をあげてみます。
 
・家庭にしばしば問題がくるのです。アブラハムの家庭にしばしば問題がくるのです。アブラハムは悟りました。自分のおいロトに全てのものを譲歩しました。それとともに、アブラハムは祭壇を築き始めたのです。既に私たちはみな終わりました。この部分だけすれば良いのです。あなたがたは、既に契約をみな握りました。これ以上、話す必要はない時代的な要請の内に入りました。そして、皆様は既に福音を持っています。皆様は、伝道者と集まって礼拝も成功しています。これから、この部分だけすれば良いのです。ところが、この部分が難しいのです。皆様、事実は、この部分は誰も奪って行くことが出来ない部分なのに、この部分が難しいのです。皆様がこの部分をすれば、真に全てのものがみな回復します。今日、最初の時間に3つの内に入っていきました。どんなに困難の内に入っていっても、創世記37章で、ヨセフはしばしば困難の内に入って行きました。この時、ヨセフは静かな時間の内に入っていったのです。皆様がこの部分の回復を簡単にできないけれど、始めるならば、全てのものをみな回復するようになります。ものすごくやさしい部分のように見えるけれど、悪魔がこの部分を妨げるのです。
 
・2005年度を、どのように迎えるのでしょうか? これで始めれば良いのです。前の1講は、全体が一緒に行くことです。私達が時代的な要請の内に入っていくことも、共にすることです。礼拝を通じて、あらゆる答がみななされるのですが、それも共にすることです。福音は既に与えられました。だから、より受ける祝福はありません。皆様は、これからこれだけなせば良いのです。ところが、これが良くできないのです。皆様は、できるかもしれないのですが、普通、私が会う信徒は、ほとんど皆できないのです。それで、私は教会に通う中に放棄することもありました。これができないのです。私は教会でつまらない言葉をずっとして、けんかをするのを見ました。ところが、人が生きる時には、そのようなことはあるでしょう。しかし、全くそれしかないから、だめなのです。それで、この部分に少しだけ入っていけば、勝利します。周囲の環境があまりに難しい中にいたのですが、ヨセフは、祈りの内に入っていったのです。少しだけ回復すればよいのです。
 
・私が知っている執事一人が、祈りを始めました。この方は、それを契約で握ったのです。大きい服屋をしていました。釜山で有名で、うわさが立ちました。この方は、わざわざ家でしないで、店で一時間ずつ祈りをしたのです。そして、店が終わって、戸を閉めて、一時間ずつ祈りをしたのでした。このようにだけしたのに、みわざが起きたのです。もちろん、その人が本当に祈ったのです。どの程度、みわざが起きたかというと、自分の店で仕事をするお嬢さんが4,5人ほどいたのですが、未信者でした。だから、このお嬢さんは、夜にいつも遊び回って、昼に仕事も正しくできなかったのです。それを置いて、祈り始めたのに、ある日、自分たちが食事をしながら、お嬢さんに話はじめたのでした。特に話をしなかったのに、五名が泣きながら悔い改めをしたのです。神様の時刻表がきたのです。この人達が、全部、聖霊充満を受けたのです。その程度でなく、昼に一時間ずつ昼食の時、祈りをしたのです。この祈りをしたら、その時間にお客さんも来ます。一時うわさが立って、釜山で大騷ぎが起こることもありました。私は、皆様がそのようにまでしなさいと言うのではありません。少しだけすれば良いのです。個人的に神様との時間がどれくらいあるのかにしたがって、皆様のこれからの未来がみな左右されます。
 
・私は冷静に話せば、誰も私を手助けすることができないことを知っていました。人間であるためです。それで、私達が神様との契約の中にある時間が、どれだけあるかが重要です。聖書を例に上げれば、とても多いのです。聖書にすべてです。あまりにも完全に失敗の中にあったモーセが、ある日、神様を見上げたのです。この時間をずっと持つうちに、働きが起きたのです。祈ったためだけではないけれど、この契約がこの時に成し遂げられたのです。皆様がよく知っているでしょう。詩23篇に、ダビデは困難のためにも祈りをしたのですが、静かな時間を持っていました。私たち教会にも、たぶんあるでしょう。病院で手術をする時に、電気が消えればどうしますか? 人が今、手術をしているでしょう。すると、その人は死んでしまうでしょう。飛行機が飛んで行く中で、エンジンが止まれば、どうするのでしょうか? 飛行機が米国へ行こうとするなら、十何時間かかるのですが、行く途中で、エンジンが消えたら、どうするのでしょうか? みな死ぬでしょうか? 飛行機の中に乗っている何百名がみな死ぬのです。それに対応して、飛行機の中にはエンジンが二つあります。ひとつのエンジンが消えると、自動的にそばのエンジンへ行くのです。皆様、病院でも手術をする中で、電気が消えたら、2秒うちに連結されます。たぶん、私たちの教会もその装置になっているでしょう。私達が力を供給してもらえる秘密がないならば、危機の時にやられてしまうのです。それで、大きいことをしようとせず、これから回復しなければなりません。
 
・それで、これを時間を定めてするので、定刻の祈りと言います。皆様がおわかりの通り、ダニエル6:10に、ダニエルが時間を定めて祈る中に、大きい答えを受けたのです。皆様がおわかりの通り、使徒16:6〜10を読みました。門がみな閉じられたのです。ところが、そうではなかったのです。パウロには、静かな時間があったのです。その時間に相当な答えがあったのですが、それがマケドニアという答えでした。タラッパンの全世界の家族は、本当に契約を握るなかで、既にみな握ったから、静かな時間を回復することを願います。聖書は 神様の生きているみことばであるから、皆様がこの部分を知らなければ、いつも理解できなくて、ついて行くようになります。そして、タラッパンメッセージは、完全に現場メッセージであるから、この部分が出来なければ、理解ができないのです。そのまま、祝福を見てついて行くようになるのです。真理なので、働きは起きるけれど、ついていくことであって、味わうことができないのです。皆様がこの部分を必ず悟らなければなりません。
 
・どんなことが行われたのでしょうか? 第九時の祈りの時間に、この時間に、こういう事が備えられたのです。皆様が時間を定めて祈ることが、何でもないことのように見えるけれど、その時ごとに神様は重要なことを備えられるのです。使徒10:1〜6に、こういう時間にみな行われたのです。コルネリオです。使徒16:11〜13、19〜40に、このピリピ地域に成し遂げられたのです。このような時に、新しい答えがたくさん起きたのです。簡単です。過去はみな過ぎました。未来は来たら分かるのです。皆様が持っていることは現在です。それで、この祝福を少しだけ味わえば、みな回復するのです。今年は、必ず回復するようになることを希望します。個人的に必ず回復することを希望します。学生達が、ここにたくさんいるのですが、この単語を知っていなければなりません。黙想という単語を知っていれば、ほとんど霊的な問題が癒されます。人々はよく知らずに、祈りを受けようと通うのですが、それより百倍に良いことが黙想です。それで、学生達のために祈りの手帳を作ったのです。皆様、それが何でもないことのように見えるのですが、その時間に相当な祈りの答えがくるのです。まず、この時間に癒しがなされるのです。ダビデが最もたくさん使った言葉です。パウロが最もたくさん使った単語です。このような時ごとに、相当な祈りの答えの門が開くのです。
 
・皆様が個人的に神様が与えられる力を得なければなりません。それで、イザヤ40:31に、ただ主を待ち望む者は、新しい力を得ると言われました。使徒1:8にも聖霊が臨まれれば、力を受けて、地の果てまで証人になると言われました。ところが、静かに考えてみることを願います。これが何がそのように重要なのでしょうか? ところが、私は神様の前に、静かな時間に真実に祈ったことが全部、答えできました。皆様は、福音を持っているので、ここで癒し、未来等、全部みな出てくるようになります。皆様がこの中で、単に義務でするのではなく、最も幸福が出てくるべきです。皆様が、この祝福を2005年度に探し出すことをイエスの名前で祝福します。この部分だけなれば、全部みななって、礼拝をささげる部分も、この部分がだめになるので、みなのがすようになるのです。神様の前で、定刻の祈りをしたことが、時間が過ぎるほど答えがくるのです。全世界のタラッパンの家族のあなたがたは、この契約を堅く握ってくださることを願います。
 
・私たちタラッパンでは、断食祈りよりこれをより主張します。なぜなら、聖書にこれをよりたくさん主張しているからです。タラッパンでは、徹夜祈りより、これをよりたくさん主張しています。聖書にそのようになっているからです。皆様が、普段の時に、神様の前に個人時間を持つようになってこそ、徹夜祈りと断食祈りが働きが起きるのです。もちろん、私達が時間を出して、断食祈りをする時、相当なみわざが起きます。聖書に神様に用いられた人物は、すべてこの部分ができていました。どれくらいやさしいでしょうか? 難しいことを要求されることもありません。私は40日断食祈りをするなら、難しいのです。ところが、信仰だけあれば、この祈りをすれば、全部、みな解決します。皆様が2005年の今日から、静かな時間に個人的な時間が必ず回復することを、イエスの名前で祝福します。ところが、私はこの祈りをするので、違ったことも重要ですが、これがきました。良くする説教をするのではなく、神様が願われるメッセージが出てくるのです。そして、本当に不思議にも、この祈りをずっとしているので、これが生じるのです。神様がどんどん悟りを下さるのです。もちろん、断食も重要です。ところが、私の場合には、断食をしてみたら、霊が本当に澄んでいるようになりました。ところが、ものすごく錯覚がたくさん出てくるのです。私は三日、断食したのに、ひもじくて、とても難しいのです。それで、メッセージもできなくて、ご飯の考えだけが起こるのです。本当にです。
 
・一度は、5日断食したのですが、4日くらいになったら、ラーメンの考えも出て、キムチの匂いもして、ないのにそうなるのです。私のそばに、聖霊充満を受けた復興師一名がいました。この人は、20日も断食するのです。私が趣味が悪いので、隠れて見たのです。この人も食べ物が思い出すのか、キムチの汁を飲んでいたのです。それで私は、内心、キムチの汁を飲めば、百日でもできるような気がしました。キムチの汁は、どれくらい栄養が多いでしょうか? あのようにしながら、40日をするのかという気がしました。私が断食が終わった日には、どのようにしたのか知っているでしょうか? 時計を置いておいて、ラーメンを炊いて待っていたのです。どれくらいおなかが空いていたのか、12時が過ぎたら、一日が過ぎたことなので、12時が過ぎるのを待っていたのです。こういうことを私がしていたのです。その時、私がこういう気がしたのです。神様がこのようにしてこそ、答えられるのだろうか?
 
・ご飯を食べなくて、神様の前に私達が本当に祈らなければならない時があります。私はこれを回復しながら、全部、回復しました。断食祈りをして、お腹が痛くなるほどにしてこそ、神様が答えられるのでしょうか。初期に、元旦の祈りの時は断食祈りをしました。もちろん、その恵みも多くありました。3日ずつ、2日ずつしたのです。普通の日ではなく、二日断食をしました。二日するのにも、お腹が空いたのです。一度は、私が二日断食したのに、早く終われば良いという気がしました。そして、終わったら、家へ帰ってご飯を思い切り食べなければと思いました。そして、集会の間に窓を開けて外を見たら、私たちの教会の執事3人が、隠れてお菓子を食べていました。見ながら、断食中に菓子を食べても良いのでしょうかと尋ねたら、逃げて行きました。その方達が、今ここにみな座っています。その時私が 'しまった' と思いました。福音、これが何か。それで、その次から話したのです。断食はする人はして、食べたい人は思い切り食べて、力を出して祈ろう。私がすべきだと思う人は、神様の前に考えてしなさい。このように宣布したところ、一人も残らず、みな食事をしました。断食が悪いということではありません。聖書に見れば、断食祈りがあります。しかし、それ以前に、それ以後により重要なことがあるのです。これができなければなりません。
 
・主を待ち望むということは何でしょうか? この時間を言います。ところが、本当におかしなことです。この祈りを続ければ、健康の祝福もきます。本当におかしなことです。これをすこししたのに、これは難しかったり、たいした仕事をすることでは全くないのに、他の全てのものがついてきます。
 
・皆様の中に霊的問題がある人達は、早く直そうとせず、このようにして直しましょう。すると、正しく治ります。私たちは、しばしば他の方法でしようとするのです。神様はご存知です。むしろ、皆様があちこち按手 を受けようと通うようになれば、より問題がきます。ここに医者、薬剤師もいます。本当に立派な医者は、正しく癒して、おかしな方法で直しません。そして、本物の薬剤師は、可能なかぎり薬を飲むなと言います。何でも飲めば良くなるのでしょうか。そうではありません。祈りも同じです。私達が、断食する時があって、全教会員が集まって徹夜する時があって、それは重要です。それ以前に回復しなければならないことが何でしょうか。これを回復しましょう。必ず皆様が回復する祝福があることをイエスの名前でお祈りします。
 
・2番目にこれを置いて祈りましょう。私はこれを置いて信徒がものすごく経済的に貧しいということを知りました。貧しいのです。それで、私はこれを置いて、神様の前に考えてみたのです。私はこの祈りをし始めたのです。伝道師の時、この祈りをするのに、献金がなかったのです。私は、そのように考えたのです。ところが、よく一度聞いてください。私たち伝道するクリスチャンが、あまりにも貧しいのです。私もそうです。私たちが、このようにするのが正しいことなのかという気がしました。もちろん、よく食べて、よく暮らすことだけが正しいということではありません。しかし、福音に支障があるほどならばだめです。
 
・そのような、ある日でした。私が本当に伝道する人を見たのです。この人が宣教に行くのに、手助けする道がありませんでした。それで、神様の前に祈ったのです。本当の宣教師が宣教に行くのに、手助けする方法がありません。神様、私に答えをくださいと祈ったのです。そのようにしたのに、まさにその次の週でした。私は今でも理解ができません。学費をみな準備して学校に行ったのです。学校で登録金を出すのに、他の人が私の登録金を既に出したということです。誰が出したのかと尋ねたのですが、誰なのかは分からず、とにかく、出して行ったと言われました。確かに誰かが出したというのですが、私は今でも、その人が誰なのか知りません。おかしなことです。その時 'あらー' と思いました。その学費をその宣教師に送ったのです。神様の答えです。その時、私の家内は1ケ月に3千円を生活費で使っていたので、抜かれるかと思って、絶対に話しませんでした。
 
・神様の前に祈り始めたのです。神様、私は伝道者なのに、この祝福をくださいと祈ったのです。ところが、神様の前に祈ったら、他の人が錯覚するようにさせられたのです。うわさが変に起こったのか、ある人が私を訪ねてきました。韓国で有名な出版社にいた方なのですが、英語の翻訳をしてくださいと言いました。一枚の原稿ページに16円程度もらえる仕事でした。原稿紙一枚に字いくつも入っていなかったので、お金が儲けやすかったのです。神様がその仕事をするようにして、私に収入があるようにされたのです。それも今、告白しますが、その収入を家内には絶対に譲り渡しませんでした。伝道して献金するのに、みな使いました。神様が経済の祝福までもくださったのです。それとともに、神様がこのように答えをなさることを悟ったのです。神様、私が伝道もしなければならなくて、宣教もしなければならなくて、教会にも仕えるべきだと、少しだけ心に思ったのに、そのようになったのです。
 
・ところが、人々がしばしば錯覚をするのですが、誰かが私に中学校の講義をしてくれと連絡がきたのです。1年、英語の先生をしたのですが、全く教会の仕事をできない程でした。それで、とうていだめだと1年だけ して放棄しました。そして、その後、嶺南神学校の神学生4人が訪ねてきました。英語を学びたいのできたと言いました。それは、うわさであって、よくできないと言ったのですが、うわさでも良いから教えてくれと言ったのです。本当にするのか? 夕方にきてしようとするなら難しいだろうと言いました。その当時、学院で学院費が 1,500円でした。それで私が1万円出しなさいと言ったのです。私に習おうとするなら、1人1万円出しなさいと言いました。学院でも1,500円なのに、1万円出しなさいと言ったので、子ども達が驚きながら、よくできないと言うのに、なぜそんなにたくさん取るのかと言いました。そうでなければするなと言いました。1ケ月後に、基礎を終わるので、1万円ずつだけ出しなさいと言いました。このように1万円ずつ受け取ったので、この人達がどれくらい熱心にきたのか分かりません。毎日、毎日、試験をしました。毎日、試験を受けて1ケ月死ぬようにするので、どれくらい実力が上がったでしょうか。それで、4万円もらったのを集めて、一等になった子に皆上げました。その時、3人は男子であって、1人が女子だったのですが、女の子が一等になったのです。すると、このお嬢さんは、勉強もして、お金ももらったので、どれくらい気分が良かったでしょうか。その時、この人達が契機になって、私をYMCAに紹介したのです。また講義しながら、そこでも神様が答えを下さったのです。
 
・私がインマヌエル教会の役員、あらゆる聖徒に感謝することは、私達が今、タラッパンで起きたことがものすごく大きいのです。私はこれを置いて祈ったのですが、神様がどのように答えを下さいましたのか知っているでしょうか。たぶん皆様はご存知であるはずです。それで、私たちの教会に感謝するということです。今、たぶん私たちタラッパンで、全体で回る予算が、何十億円に達します。それも私が何度かメッセージをする影響で、テープ、本、訓練等で何十億が動くのです。ところが、それを私たちの教会では一つも手をつけないのです。もちろん、私個人もそうです。それは、重要な方達が団体でコントロールしています。神学院、各事務室、仕事をよくする方達が公式的にしています。だから、私たちの教会にどれくらい感謝しているでしょうか。他の教会ならば、そのようにするでしょうか。牧師も個人的な他の人は、そのようにしません。私たちは、世界宣教のために全く神経を使わないで、みな出します。このように1年すれば、宣教大会、集会などをするので、何十億が回ります。だから今、世界的に私たちぐらい経済の祝福を受けた団体はないのです。神様がこのように答えを下さいました。
 
・またこれで終わることがありません。私は祈っています。神様、私が伝道者ならば、私と共に仕事をする人々を祝福してください。これが私の祈りの課題です。もし私が伝道者であることが間違いないならば、私たちの長老達を祝福してください。そして、私たちの役員と私が知っているあらゆる祈る人々を祝福してください。 皆様もこの祈りをしなければなりません。今からあなたがたは祈りましょう。どのようにすれば、教会が世界福音化できるように、私が神様の前に物質で献身できるか。私がどのようにすれば、レムナントのために献身できるか。私がどのようにすれば、真にローマ16章の働き人のようになれるのか。特に、私たちの役員、長老たちは、私がどのようにすれば、ガイオのような祝福を受けるのか。確かに答えがくるはずです。皆様が個人的に捕まえなければなりません。
 
・私たちのあらゆる長老と役員は、ガイオのような祝福を受けましょう。物質が全くなくてもかまいません。私たちの女執事と勧士は、フィベが受けた祝福を受けましょう。あなたがた、また、多くの重要な方達は、アクラが受けて、プリスカが受けた祝福を受けましょう。聖書で、この人たちを同労者だと言っています。単純な献金ではありません。聖書では、この人達を親戚、本当に労苦する者、本当に愛する者、認められる者、こういう単語が出てきました。これを捕まえて集中祈りしたのに、神様が答えを全世界的にくださったのです。私の話は冗談ではありません。これから、私たちソウル、蔚山、釜山インマヌエルの家族が受ける祝福を見守りましょう。レムナントを生かすに値する、驚くべき働きを神様がくださるはずです。祈ることを望みます。2005年を迎えながら、本当に私が神様の前に個人的に、皆様が個人的に力をを得ることを望みます。
 
・3番目です。あなたがたが、いつも考えなければならないことです。伝道の祝福です。神様、私がここに用いられるようにしてください。伝道とは何でしょうか。しばしば誤解します。インマヌエルの祝福。神様が私たちと共にいらっしゃる。そして何でしょうか。旧約ではメシヤで、新約ではキリストです。この祝福を言います。神様が私たちに大きい証拠をくださるはずです。皆様が受けることが、他のことではなくて、神様が祝福で証拠をくださるはずです。それで、私たちは証人になるのです。これが伝道です。私がこれを置いて祈ったところ、20個の戦略の門を開けてくださいました。神様は答えてくださる神様です。インマヌエルのあらゆる家族が何をしなければならないのでしょうか? 私たちタラッパンのあらゆる家族は、何をしなければならないのでしょうか? 既に、一時代の要請の中に入りました。個人的な祈りの祝福の中に入っていきましょう。これから、これを置いて本当に祈りましょう。私達がこれを置いて祈ることができるのでしょうか? 神様は、どんな方向でも答えられるはずです。たぶん伝道師は、みなむずかしいでしょう。伝道師が、宣教のために祈らないでしょう。献金の話です。当然にないと考えます。みなないからです。普通、難しい人は、当然にないと考えるのです。私はそこで、契約を握ったのです。なぜ伝道師の私は、宣教献金をしてはだめなのでしょうか。重要な方が宣教に行くのに、献金ができないから、あまりにも心が痛かったのです。その時から、集中的に祈り始めたのです。そうしたところ、伝道現場、全世界を回るのを見て下さい。インマヌエルのあらゆる家族、タラッパンの家族が、契約を捕まえてくださることを望みます。この伝道を置いて祝福してくださいと祈ったところ、神様が驚くべき答えの門を開けてくださって、全世界のレムナントがみな起きたのです。この三つを個人的に捕まえなければなりません。明日の朝に新しい開始という重要なことを置いて祈ります。それ以前に、これはすべて、個人的に味わうことです。これを話す前に、私たちは福音を持っているかを確認しました。私達が礼拝の中で、祈りの秘密を発見するか? 神様が、本当に望んでおられる時代的な要請の内に入っていったのか? が重要です。それなら、皆様個人が、神様の前に時間を持ちましょう。皆様が神様の前に、経済の祝福を受けるべきなので、個人が献金を置いて祈りましょう。皆様個人が、伝道の祝福をおいて祈りましょう。前に話したことでしょう。釜山にそのようなことが行われたのです。なんの力もない長老が祈りし始めたのでした。教会があまりにも難しくなったのです。それで、この方が、本当に祈りし始めたのです。ところが、事業が良くなりませんでした。年もとっていました。どんなに長老であっても、年もとっていて、事業も良くならないから、どうするのでしょうか。普通は、あきらめます。ところが、この方が祈りの力を得たのでした。神様に祈ればよいのです。本当に祈り始めたのです。この方が、道が遠くて、明け方祈りをよくすることができなかったのに、明け方ごとに出て祈り始めたのです。明け方ごとに祈った後には、牧師を訪ねて、按手祈りをしてくださいと言いました。驚くべき事が行われたのです。前に私がその方の話をしたことがあります。今、 ケジョンに行けば、真っ赤なレンガで教育館を建てている、その教会です。一名が答えを受けたのです。ところが、その建物を建てたことが問題ではありません。この方が、神様の前に祈り始めたのです。神様、長老の私が祝福を受ければ、信徒が生かされるのではないでしょうか? 私に答えを与えてください。その祈りを一年間したのに、一年後にみわざが起きたのです。事業も生かされて、個人も生かされて、教会も生かされて、みな生かされました。
 
・私は私が皆様に幼稚に献金しなさいという話をしているのではありません。今、これを置いて祈らなければならないのです。皆様の子どもを通じてでも、誰を通じてでも、神様は働かれるはずです。神様は私達が知らない所に働きを起こされるのです。エジプトが崩れて、イスラエル民族が出てくるはずだと、誰が考えたでしょう。皆様、バビロンが崩れて、イスラエルが解放されて出てくるはずだと、誰が考えたでしょうか。マルコのタラッパンが、世界を征服したのに、誰が予想したでしょうか。神様はなさいます。神様はなさることができるのです。皆様、祈るように望みます。
 
・私は、幼い時から3つのことを見たのです。信徒が祈りの答えを受けることができなくて、信徒があまりに経済に困難にあって、教会が伝道もできない。これはある面では、真理と関係なく、恥ずかしいことです。福音を捕まえて祈ったのに、神様はこの三つのことに皆、答えてくださいました。それで、私たちの教会と私を通じて受けた答えが、一つ二つではありません。今、米国で福音を悟った学生達は、祈りの課題がなにか知っていますか? 私たちの教会にきて見ることです。レムナント、福音を悟った学生達が言う話です。私たちの教会にきて、皆様の顔を見ることが祈りの課題です。それほど学生達が恵みを受けているのです。これから、これで終わらないでしょう。私は2005年度に祈りの課題を出しました。共同体宣教のための教会連合、そして、全世界の子どもを直接育てる弟子訓練、私たちレムナントに現場を実際に見るようにする現場運動、このように一歩深く、より多く言いました。それも重要ですが、皆様が契約を捕まえて答えを受けることが、より重要です。2005年度に、私たち役員とあらゆる聖徒達に、神様の祝福があるでしょう。世の中の人々が話す、そのような祝福ではなく、より価値ある本物の祝福があるようになるはずです。皆様に真の平安の答えがあることをイエスの御名でお祈りします。
 
・最後の結論を結びます。1年が過ぎて行きます。聖書には、まずすること3つを話しています。イエス様がおっしゃられました。まず、すべきということは、これから必ずまずしなければならないという話しだというよりは、重要だということです。マタイ5:24。礼拝する以前に、兄弟と和解してきて礼拝しなさい。まずという言葉を使いました。それは、礼拝が重要でないということではありません。和解することをして、礼拝しなさいということです。マタイ6:33に、祈りも重要ですが、まず神の国とその義を求めなさい。マタイ7:1〜5にまず私の間違いを悟りなさい。兄弟の目にある欠点をさがそうとせず、自分の目の梁をまず見なさい。今、1年が過ぎるために、ものすごい祝福を控えて、こういう部分を解決しなければなりません。梁とは何でしょうか。柱が梁です。建築する方達は、ご存知であるはずです。これが私の目の前を分けているのに、他人の目のちり、目によく見えないようなことを、どのように知って抜き取ろうとするのでしょうか。だから、あなたの誤りから悟りなさい。まずすべきだと言われました。必ず記憶しましょう。
 
・みなして過ぎなさい。赦して、行きなさい。こういうことを持っていれば、全部、損です。マタイ18:21〜35です。イエス様がおっしゃられました。本当に間違っている人は、どのようにするのでしょうか。イエス様に尋ねました。七回くらい赦せば良いかと尋ねたら、イエス様が七十回に七倍しても赦しなさいと言われました。すると何度でしょうか? 490回です。すると、491回目は、半殺しにしてもかまわないのでしょうか? そのような意味ではありません。だから、悟らないので、イエス様がこうおっしゃられました。一万タラント借りた者がいました。どれくらい多くのお金なのかは知らないけれど、ものすごい額でしょう。それで、その一万の借金を返しなさいと言われたのですが、返す方法がありません。そうならば、監獄に行かなければならないのに、返す方法がありません。主人が見たら、かわいそうでした。返す力もなくて、金額も多くて。力もありません。それで、主人がその借りた者に、その金を返すな、ないことにしてくあげようと言いました。皆様がよく知っている話ではないでしょうか。どれくらい気分が良いでしょうか。その借金を返すことはありえないのに、それをみな免除してくれたから、どれくらい気分が良いでしょうか。ところが、行く途中に見たら、自分が百デナリを貸している人が通り過ぎました。百デナリは、いくらにもならないものです。呼んで、このように話すべきではないでしょうか? 私は今日、とても気分が良い。私が今までお金ゆえに、とても苦労したのに、みな解決した。あなたの百デナリは、返さなくても良いと話さなければならないのです。百デナリを借りた者の喉首をしめつけて、お前はいつも返さないのかと、お前のように悪い奴は初めて見たと、喉首をつかまえて揺さぶっているのを通り過ぎた王のしもべが見たのです。だから、主人がとても怒って呼んだのです。お前の一万タラントを返す時まで、監獄から出てくるな。永遠に返せないので、出て来ることができません。重要なことは、イエス様がこのように話されたのです。あながたの天の父が、こういう人には、これと同じようになさいます。
 
・なんの話でしょうか。イエス・キリストの血によって、すべての呪いはみななくなりました。イエス・キリストの血によって、原罪、罪過、先祖の罪までみな解決したのです。どれくらい感謝でしょうか。ところが、兄弟の小さい誤ちが、なぜ、そのように赦せないのでしょうか。その話です。ものすごい誤ちを赦してもらって、なぜ兄弟の小さな誤ちは、そんなにも理解できないのでしょうか。すると、あなたも赦されるな。すると、 どのようになるでしょうか。私たちは、この途方もない祝福を味わうべきなので、こういう部分は、今年、みな終えて、1年を越えなければなりません。心より感謝を回復しましょう。それとともに、私たちは2005年度を迎えるべきです。これは、簡単な話のように見えますが、パウロはこういう話をしました。いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて感謝しなさい。これは止めることができません。これは、キリストの中にあるあながたに向かった神様のみこころです。こういう人をサタンが、どのように攻撃できるでしょうか。キリストにあっていつも感謝するということです。これを当然に回復すべきです。
 
・2004年度は過ぎました。既に2005年度を迎えました。あらゆる国の特徴、共通点があります。1年を送る日と迎える日に、一番祝福をたくさん受けると言われます。今、この時間に世の中の人々は酒をいっぱい飲んで回るはずです。すると、その人は一年の開始から酒をいっぱい飲んでいるのです。すると、一年中さ迷って通うのです。開始がどれくらい重要でしょうか。皆様、結婚も開始です。結婚式は、教会ですることが一番良いと考えます。なぜならば、教会で礼拝をささげながら開始するためです。ところが、皆様は1年を始めるのに、礼拝で始めたのです。残った時間には、新しい開始という契約を捕まえて行きます。皆様が、この祝福を全部、回復するようになることをイエスの御名でお祈りします。
 
<契約の祈り>
神様、この時間が祝福を受ける時間になるようにしてください。この時間が祈りが回復する時間になるようにしてください。これから、経済が回復する時間になるようにしてください。伝道が回復する時間になるようにしてください。私たちは出来ませんが、神様はなさることができます。私たちは無能ですが、神様は死者も生かすことができます。聖霊の力でできない事はありません。聖霊で充満してください。それで、個人的に祈る祝福を回復するようにさせてください。生きておられる主イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン.
 
 
2005年 1月 1日 インマヌエル教会新年感謝メッセージ
 


3部/ 新しい開始
(ローマ16:1−27)
 
・ 2005年度が新しく始まりました。どのように新しい開始をせねばならないのでしょうか? これが、ものすごく重要です。もちろん昨日、私たちは福音を持っているのか? 私が礼拝を通じて、ずっと答えを受けているのか? 本当に神様が願われる時代的な要請の内に入っているのか? こういう当然の話を、最初の時間にしました。それが確かならば、皆様は個人の時間が必要です。個人的に祈る時間が必要です。こういう重要な話をしました。実際に人は、経済問題の困難にあっています。実際に世界教会は、伝道運動ができずにいます。それに対して祈り始めなければなりません。こういう話をしました。今日、私たちは、どのように始めるの最も良いことでしょうか? あまりにも重要です。
 
・むかしには、慶尚南道地域に石氷庫というアイスを売る店がありました。その時には、車が速く移動できないために、ソウルまで行けば溶けるから、慶尚南道地域にだけありました。ヘッテ、ロッテという企業で、その味を追って行こうと努力しても、できなかったのです。ヘッテは、どこでしょうか? 大きい会社ではないでしょうか? その石氷庫を持っていって精密分析をしたのです。それでもさがせなかったのです。それは、それを開発した人が自分だけの秘密を持っていたのでした。それだけ持って、釜山、慶尚南道一帯を夏に掌握したのでした。それで、その人がたぶん多くのお金を儲けたということです。皆様、なにか秘密があるのです。私たちは神様の奥義がなにかを知って行かなければなりません。
 
・日本でこういう事がありました。ラーメンを作って売るのに、一杯を千円で売ったのです。ところが、この人がラーメンを単に売るのではなく、日本の各地に支店を置いたのです。単に売るのではなく、ラーメンを作る過程から売るまで、訓練所が別にあるのです。もし、エステルがラーメン屋をするならば、合宿訓練を受けなければならないのです。食べ物を作る合宿訓練を受けるのです。すると、試験官が見て、合格と言ってくれてこそ、代理店を開けることができるのです。すると、全世界に、地域に、ラーメンを送ってくれるのです。 それだけしても、途方もないお金をもうけました。ラーメンがうまくいくかと思って、日本のあちこちにラーメン屋を開けたが、他のことはいんちきです。たぶん、それをする店には、代理店のマークがついているのです。いまだに、その秘密を知りません。どのように、そのラーメンがおいしいのか、まだ知らずにいるのです。日本列島全部を掌握したのです。だから、ラーメンを作るのにも奥義があります。私達がお金を儲けることにも奥義があります。今日、私とあなたがたは、こういう目を開かれなければなりません。ところが、とても隠された秘法でもないのです。みな表に出しているのに分からないのです。
 
・皆様、初代教会を見てみましょう。初代教会を見ながら、なるしかないと発見したその人が本当です。私は、パリサイ人に対して、ユダヤ人に対して勉強をしてみて、滅びるしかないという事実を知りました。他の民族は、全部けもので、自分たちだけが選民だというのです。それは、殴られて死ぬ思想です。だから殴られて死んだのではないでしょうか? 全部、神様の救いを受けなければならない民なのに、私達が行って伝道をしようというべきなのに、私たちは選民で、あなたがたは異邦人だという思想を持っていたのです。それで、私たちは神様の子どもで、あなたがたはけものと同じだと話します。だから、殴られて死ぬのです。そして、ユダヤ人の教理は、習うことが一つもありません。ある人々は、TVでユダヤ人の講義を専門的にするのですが、私が見るとき、習うことが一つもありません。律法をものすごく深く植えるのです。このようにして、福音を知らなくさせるのです。それがユダヤ人です。その思想が世界キリスト教と、宗教をみな覆ったのです。本当に怖いことです。安息教、カトリック、マホメット教が、全部、ユダヤ教から出てきたことです。滅びるしかないことです。私は初代教会を見る瞬間、成功するしかないということを知るようになりました。その目が開かれないでしょうか? 皆様、事業もそっくりです。なんでも霊的、肉体が、違っているのですが、原理はそっくりです。
 
・今日、あなたがたは必ず、このように出発しなければなりません。ローマ16:25に '私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが' これを持って信仰生活をすることが、本物です。隠されていた奥義ということは、誰も知らない奥義です。だから、学校の勉強をするなということではなく、それでは貰えない奥義なのです。聖書でそのようにおっしゃっていて、これが発見できれば、その時から感謝が出てきて、何かが出てきます。これができれば、命をかけるのではないでしょうか? 自分が特別な発見がないのに、なぜ命をかけるでしょうか? 何かすべきことがなくて殉教をするのでしょうか? これを見てこそ、その時から変わるのです。確かに25節に '私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、今や現わされて、永遠の神の命令に従い、預言者たちの書によって、信仰の従順に導くためにあらゆる国の人々に知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを堅く立たせることができる方、' 27節に '知恵に富む唯一の神に、イエス・キリストによって、御栄えがとこしえまでありますように。アーメン。'
 
・私は皆様にあらかじめ約束します。福音を持っているならば、絶対に滅びません。皆様ひとりがイエスを信じれば、家系がみな生かされます。光です。この光の意味を知らずに行くので、問題がくるのです。だから、違った話しをするのです。自分の息子が、イエスを信じてから問題が生まれると話す人がいます。それは、知らないのです。皆様一名が光を持つので、町が全部、明るくなるのです。皆様があちこちに福音を持っているので、全世界が明るくなるのです。人々が知らなくする話しです。だから、隠された奥義なのです。皆様がこれで出発するのです。どのような奥義でしょうか? 25節に '私の福音とイエス・キリストの宣教によって、すなわち、世々にわたって長い間隠されていたが、' 世々にわたってとは何でしょうか? 皆様が生まれる以前です。そして、世の中が作られる以前なのです。永遠より以前です。いったいこれがなんの話でしょうか? 理解できるでしょうか? これが分かってこそ、何かになるのです。いったいこれは、何の話でしょうか? 神様は、今日、皆様がここにいてもかまわなくて、いなくてもかまわないように創造されました。この鉛筆のように創造されたのではありません。皆様が今晩に祈ってもかまわなくて、しなくてもかまわないように創造なさったのです。皆様が恵みを受け始めれば、神様の力に近く行く程、そのように創造なさったのです。皆様が崩れ始めれば、サタンのようになるのです。これを人格と言います。神様が人間を人格的に創造されたのです。天使も人格的に創造されたのです。これが最も良いことなのに、最も悪くなることができるのです。
 
・それで、皆様が生まれる前に、世の中が創造される前に、すでに天使が堕落して、このようになったのです。黙示録12:1〜9です。これが問題です。アダムとエバが生まれる前から、創世記1:2 に暗闇、混とん、空虚の中にいたのです。これは、ものすごく重要な話です。それで、創世記3:5を見れば、アダムとエバを倒したのです。それはおとぎ話ではありません。アダム、エバ以前に、確かに存在したゆえに、きたのです。へびでなく、へびを利用したのです。皆様の友人がサタンではなくて、皆様の友人を利用したのです。皆様の夫がサタンでないのに、サタンのようなことをすれば、サタンだと言うでしょう? すると、夫が怒って、私をサタンだと言うとは何かと言います。その話しが正しいのですが、正しくありません。サタンが利用をしたのです。このように食い込むのです。完壁に押し倒すのです。それで、創世記4:5に見れば、礼拝をささげるカインを、福音を知らなくさせたのです。創世記6:5を見れば、すべての世の中が復興したかのように見えたのですが、ネフィリム時代が来たのです。ものすごいバベルの塔を築いたかのように見えるのですが、それゆえに滅びるようにさせるのです。こういうものすごいことが、地球上で行われるのです。神様が人間がこのようになる可能性があるので、あらかじめ福音を準備されたのでした。それで、世々にわたってということです。世々にわたって長い間隠されていたが、今や現されたのです。私たち人間が崩れるしかないのですが、サタンのためではありません。罪を犯したから、崩れるしかないので、神様があらかじめ準備をされたのです。女の子孫がへびの頭を踏み砕くと言われました。出エジプト3:18に、血の契約をつかめば解放されるはずだと言われました。なんの話なのか分かるでしょうか? 箱舟の中に入れば生きると言われました。ものすごい奥義です。皆様が生まれる前に、準備をされたのです。
 
・皆様が仕事をする前に暗闇の勢力は先に行くのです。エデンの園で、アダムとエバを倒しに、すでにきて待っていたのです。福音がなければ死ぬのです。福音を本当に理解するならば、終わるのです。信じてくださることを願います。多くの教団で、教会復興になるために研究するのですが、研究する必要がありません。福音も持たなかった人が、研究すれば、頭だけが痛いのです。福音を持っているならば、じっとしていてもかまいません。だから、私がこの前に話したではないでしょうか? キム・チャンユク牧師を見てください。子どもを続けて三人産みました。完全に専門の働きです。私の息子も見たら、息子を一人産んで、一年後にまた娘を産みました。私が専門の働きか?なにかと話しました。面白いことを話したのです。生まれてくるのに、どのようにするのですか? そうです。自動のケースです。だから、マリヤでなく、女の人がどんなに山に行って怒鳴っても、子どもは生まれません。だから、福音を持ったとするなら、なることは当然なのです。皆様が福音を持って東に行けば、東の暗やみの勢力がみな崩れます。皆様が西に行けば、西の暗やみがみな崩れます。考えてみるように願います。警察が行く所ごとに、泥棒は逃げるようになっているのです。ものすごいのです。こういうことを知って、信仰生活をしなければなりません。それで、エペソ1章に、世界の基の置かれる前から準備したと言われました。大部分のクリスチャンは、この話を理解できずにいます。世々にわたって長い間とは何でしょうか? 皆様が生まれる前に問題があったのです。だから、イエスを信じなさいと言うのです。いたずらに忙しいのに、イエスを信じなさいと言うでしょうか? 皆様が仕事をする前に、既に暗闇が来ているのです。これを打ち破ることができる奥義を持っていなければなりません。だから、隠された奥義です。とても重要です。これが時代ごとに現れました。時代ごとに福音がなくなって、時代ごとに福音が生まれたのです。世々にわたって長い間、隠されていた奥義ですが、時代ごとに隠された奥義です。ですから、皆様はこれを見て、神様が特別に働かれる時刻表を見ることができなければなりません。この契約の中に入ったあなたがたは、じっとしていても答えの門が開くはずです。この話をまだわかることができないでしょうか。教会史を一度、見てください。聖書は見たので、教会史を見ましょう。いつでも、これを知らなくなって滅びて、悟るようにさせられます。そして、滅びるようになった時、悟った人々は答えを受けるしかありませんでした。時代ごとにずっと反復しました。パリサイ人がおきて、福音をなくしてしまいました。自分たちはよく信じようとしたのです。ですから、イスラエルが滅びるしかありません。何度か捕虜になっていって、何度か滅びました。この時、現れたのが初代教会です。初代教会が重要なのではなく、この奥義を持って起きたのです。ところが、初代教会が変わって中世教会になりました。その時、これを持った改革時代マルティン・ルターのような人が起きたのです。ところが、それがまたなくなりました。何か知らなく、しばしばなくなるのです。教会の権力が 形成されて、知らずにそのままそちらに移ってしまうのです。それとともに、この暗やみは、どんどん息をふきかえすのです。これを知っている者、奥義を持った者です。この奥義を持った者である皆様は、勝利するしかありません。この時刻表の中に入った人々は、全部、用いられました。この時刻表の中に入った人は、全部、霊的問題が解決し始めたのです。それで見ましょう。どのように、マルティン・ルターができるでしょうか。この中に入っていったのです。ロックフェラーが、どのように米国をそのように生かすことができたのでしょうか。この内に入っていったのです。この奥義。世界の基の置かれる前から隠されていた奥義です。世々にわたって長い間隠されていた奥義です。
 
・今日以後に終えるように願います。心配しなくても良いのです。今日以後に、皆様は福音を持ったゆえに、恐れを持つ必要がありません。自分の好きなように生きなさいという話しではありません。心配する必要がありません。恐れる必要がありません。死からいのちに移されました。皆様、運命が変わってしまったのです。この暗闇の運命が変わったのです。いつまでしょうか。永遠です。それで死なないで、永遠のいのちを受けたということが、この話です。どれくらい驚くべきことでしょうか。実験してみましょう。未信者が、法事をしなければ、すぐに問題がきます。なぜそうでしょうか。悪霊が触るからです。ところが、不十分に教会に通う執事が法事をしなければ、困難がきます。ですから教会も通って、法事もするのです。両側から、ずっと殴られるのです。福音を持った人は終わってしまうのです。何の問題もありません。恐れる必要がないのです。心配する必要もありません。神様が、この奥義の中に入った人には、答えを与える程度ではありません。皆様が、この奥義を持って、常に出発することを望みます。この奥義の中で事業もして、信仰もしましょう。これは、全部、奥義です。
 
・電話一本掛けるのにいくらでしょうか。 70ウォンです。それは奥義ではありません。皆、知っていることです。しかし、重要なことには奥義があります。それでこそ勝利するのです。今日、皆様が隠された奥義、これを持って勝利することをイエスの御名でお祈りします。長く話しません。間違いありません。教会史と聖書を見ましょう。いたずらに苦労しても良いでしょうか。問題はどこにあるかというと、人々が静かに話をしてみると、全く知らない人が多いのです。何か対話ができません。皆様、本当にこの中に入れば、みな終わるのです。
 
・2番目です。どんな奥義を持って行かねばならないのでしょうか。今日、わざわざ1節から27節まで、みな読むようにしました。そこに十回以上出てくる言葉があります。それが奥義です。これをのがしてはなりません。人の名前を言う時、ほとんど出てきました。 '主にあって、キリストにあって' パウロが続けてする言葉です。主にあって、驚くべき成功の奥義があります。皆様はこれを契約で握らねばなりません。この中には、まちがいなく、onlyイエスという言葉だけあるのではなく、途方もない奥義があります。私たちのレムナントも、この契約を必ず捕まえるように願います。主の内にあれば、どんなことが行われるのでしょうか。まず、あなたがたが世の中の人々と一緒に暮らすことができるように、ここに唯一の答えがきます。間違いありません。この祝福を受けることを願います。ここに唯一の答えがくるということは、何の話でしょうか。ヨセフを見ましょう。ヨセフゆえに、ポティファルの家の畑にまで祝福が与えられました。畑に何があるというのではなく、ヨセフゆえにポティファルの畑にまで祝福されたのです。なぜでしょうか?これを悟れば、暗闇の勢力は近くに来ることができないために、皆様の事業にみわざが起きるしかないのです。畑にまで祝福されたということは、大根も祝福されたのです。何ゆえに大根が祝福されるのでしょうか。ヨセフゆえに。白菜も祝福されたということです。ところが、どんな答えが来るのでしょうか。唯一の答えがきます。この唯一ということは、だれもついて来ることができないということです。不思議に皆様ゆえに、会社が生かされます。皆様ゆえに、生かされるということです。知ってみたら、何かがあります。それで、ここに未信者がついてくることができない100%の専門性が生じるのです。この祝福で、皆様が入っていくことを願います。ここに契約を握るように願います。私たち学生達は、契約を握りましょう。私がする仕事に100%の専門性を持つようにしてくださいと祈りましょう。その理由は、神様がそのように祝福しておいてくださったからです。皆様、99%答え受けることは罪です。なぜなら、皆様の親がお金千円をくれたのに、行く時に百円をなくして行けば、百円は失敗したのです。主にあって、こういう答えがきます。
 
・アンテオケ教会を見ましょう。世界中が飢謹になったのに、アンテオケ教会だけが大丈夫でした。一昨年にも、何年か前にIMFがきました。私たちタラッパンでIMFの時、一番多くの祝福を受けました。私たちは会館も買って、学校も買いました。他では、世界宣教する宣教師にみな帰ってきなさいと言ったのに、私たちは、宣教師をよりたくさん送りました。非難する必要がないのに、とくに多くの非難を受けました。IMFの時、外国に行くと非難したのです。昨年 2004年度には、2千名以上が世界宣教大会に行きました。たぶん今回、皆様、送年の夜の時2004年にあった資料を見たでしょう。驚く程に神様が働かれました。それゆえに感謝するということではありません。それは当然の基礎です。それでこそ、世界福音化するのではないでしょうか。主にあって。
 
・農作業をすれば、一年分がとれるのに、イサクは百年分が出てきました。それでこそ、99年間、伝道するのではないでしょうか。この祝福を受けることを願います。少しだけなせば良いのです。どのようにでしょうか。専門性を持ちましょう。ここに神様は答えられるようになっています。私は、あなたがたを見れば、すこし苦しい時が多いのです。小さな仕事をしても、専門性を持ちましょう。いいかげんにせずに、専門性を持ちましょう。専門性がない人が、また仕事を変にするのです。特別にしなさいということではありません。専門性を 持ちましょう。騒々しいようにするということではありません。専門性を持ちましょう。専門性がない人が、また騒々しくするのです。仕事をさせれば、あっちこっちおしゃべりです。それを言うのではありません。静かに、人が分からなくてもしっかり専門性があるようにしましょう。私達が前に外国に行きました。ロシアに行ったのに、ロシアは小銭の小さいのが多いのです。それで電話をします。それがなければなりません。それまで準備して持って通う人がいます。急な時、どれくらいありがたいか分かりません。人は、清掃をしても、専門性を表すことができます。前に私が話しました。カーネギーの下にいたシーバーを見ましょう。清掃夫で入っていったのに、どのようにしたでしょうか。最高に清掃を良くしたのです。毎日、研究しました。どのようにすれば、世界で一番清掃を良くするのか。神様が働かれたのです。後ほどその会社の社長になりました。世界を動かしたのです。
 
・皆様、メッセージを聞く時、単に聞くのではなく、専門性を持ちましょう。そのようにすれば、残りは神様が働かれます。間違いありません。研究しましょう。パン屋をしても研究しましょう。何をしても、研究しましょう。格好良くしましょう。ずっと研究して、格好良くしましょう。前に私が話しました。前に私が、前にいた教会の執事ですが、この人は何んでもだめです。福音もなくて、教会だけ通うのです。そこに専門性までありません。後ほどは、みなだめになって、パンとうどんを作って売っていました。それもだめでした。私が 過ぎてみて話しました。執事、パンをここで売ってできるでしょうか。定刻の祈りをするつもりですか。ここになぜ入っているのですか。けんかをしても、人々がいる所へ行かねばならないのではないですか。ここにいず、山に登って祈ってみなさいと言いました。あまりに専門性がありません。そして服が、それが何ですか? そばに行けば、おかしなにおいがします。だれがパンを買いにくるでしょうか。服も格好良く着て、頭も格好良くしなさい。服も一番良いものを着なさい。そして、清潔にしなさい。ズボン、それが何ですか?変に見つめるだけでも、見たくない程です。頭にふけも見えて、これで何でパンを売っているのですか。美容院に行って、頭をきれいにしなさい。服も一番良いものを着て、そしてミニスカートをはきなさい。ミニスカートをはいて、ちらちらとさせて、視線を引きなさい。そして、パンを正しく焼きなさい。なぜできないのですか?見てだめな人は、専門性がありません。そして、私たちの学生達に話すのですが、あなたがたは、これから世に行って何かをする時、始める時、300%の専門性を持っていなければなりません。100%ではだめです。対象を知らなければならないでしょう。対象と世の中を知っていなければならないのです。ここに100%の専門性を持ちなさい。必ず、これは神様の答えです。そして、皆様、世の中もよく見るべきです。情報のことを何と言うでしょうか。Information しかし、反対に特に必要がない Exformation これを区分する方法を知っていなければなりません。これを練習しなければならないのです。そうすれば、煉炭の商売をしても成功して、パンの商売をしても成功します。何をしようが成功するのです。事業も単に終えず、専門性を持ちましょう。主にあってしましょう。主にあってすれば、暗闇がみななくなってしまいます。何んでも専門性を持ちましょう。 私たちの教会が、単にしたかのように見えるのでしょうか? そうではありません。タラッパンが、単にできたのではありません。霊的な目が暗い人々が、タラッパンにきて、無秩序だと話します。私はそのような話を聞く時 'あなたがより無秩序だ'と考えます。
 
・タラッパンは、よく見れば、はじめから道がみなあります。とても専門性がある20個の戦略があるのです。この戦略を統合させれば、共同体戦略が出てきます。よく見ましょう。とても専門性があります。非常に霊的問題が多い人々が来ていて、その問題を癒されようと時間がかかっているのですが、これがとても専門性があるのです。よく見ましょう。ここにも、100%の専門性があるのです。より重要なことは、自分自身です。悟らなければならないのですが、クリスチャンに会ってみれば、おもに客観性がありません。そして、合理性がありません。これがちょっとある人は、あまりに律法的です。ですから、事実性がないということです。こういうことをみな揃えなければなりません。皆様の人格、性格、品格を揃えなければなりません。それで300%を揃えましょう。皆様の仕事に専門性を持たなければならないのです。難しくありません。
 
・一つだけ例を上げます。ダビデが羊を飼いました。羊一匹もなくしたことがありませんでした。最高の羊飼いになると考えたのです。この人が '私が有名な羊飼いになって、噂されるようにしなければ'こういう考えではありません。親が私に任せた羊を、私は最善を尽くして守る。これです。イスラエル民族は、夜に羊を守る時、三人の場合、その三人が回りながら羊を守ります。ところが、不思議にその中のひとりが羊を守る時、しばしば羊なくなるならば、どうなるでしょうか? もちろん、羊をなくすことはあります。獣がきて、一匹ずつなくす場合があります。しかし、しきりにその事が持続するならば、その人は社会生活ができません。それが、イスラエルの風習です。ダビデが羊を引き受ける時には、父の羊だけを引き受けたのではなく、その近くのあらゆる羊を預かりました。ここに専門性を持ったのです。ダビデは、他の人ができない石投げを研究したのです。獣が迫ってきたら、まず殴るのです。そして、獣がくわえて逃げれば、終わりまで走って行って獣と戦ったのです。より恐ろしいことは、普通の人々は、獅子が現れれば逃げるのに、ダビデは獅子に付いていったのです。皆様ならば、獅子に付いていくでしょうか? そして、獅子と戦いました。この獅子がどれくらい当惑したでしょうか? このように戦って、獅子の口から奪い返したのです。その話をサウル王の前でしたでしょう?
 
・そのようなある日、ゴリヤテが現れたのです。これが専門性です。ダビデがゴリヤテを見る時、本当に簡単なことでした。ダビデが走ってくる獅子の頭に石をあてる程だったのに、ぼうっと立っているゴリヤテの頭を打つことは、なんでもなかったのです。ここでエステルに当てることはむずかしいのです。しかし、近くに行ってエステルに当てることは簡単なことです。この程度にやさしいのでした。それで、ダビデは自信満々に行ったのでした。うち破ったのです。それだけではありません。ダビデは、対象をとてもよく知っていました。ゴリヤテは、鎧も着て、盾も持っていたのですが、額が空いているということを知っていたのです。その部分に当てたのです。盾に当ててはなりません。盾に当てれば、その石ははねかえって、ゴリヤテはダビデを刺すはずです。行きながら、二、三の混乱させることを話しておいて、まっすぐ当てたのです。対象を正しく知っていなければなりません。この時、ゴリヤテの頭を持ってきたから、王が何と言ったでしょうか? 'いったいこの子が誰か?' その時、ダビデが言った言葉です。 '主のしもべ、ベツレヘム人、エッサイの息子です.' すでにダビデはうつわが用意された人です。
 
・主の中にいる人は、このようになります。絶対にのがさないようにしましょう。このように一生を始めましょう。世々にわたって長い間という言葉の答を知っていなければなりません。皆様が行く所ごとに、暗闇は逃げるしかありません。それでも、私はなぜだめなのでしょうか? これを知らなくて、震えているためです。考えてみましょう。警察が泥棒と、花札をして遊んでいるからです。警察が泥棒があたえるお金をもらって、買収されていたら、見くびられるのです。警察が本当に堂々とするならば恐れます。どんなにお金が多い財閥でも、小さい警察の前にぶるぶる震えるのです。皆様がこの事実を知っているならば、皆様が行く所ごとに、暗闇がぶるぶる震えるはずです。どうして、敢えて皆様を触るでしょうか? 皆様がいたずらに恐れて、心配するためです。それで、時刻表の中にだけ入っていけば、働きが起きます。それで、2番目の奥義が、主にあって、この祝福を味わうことです。
 
・三番目です。逃してはなりません。これを持っているならば失敗しません。ローマ16章にある人々は、単なる人々ではありません。特別契約の奥義があります。言わば裏面契約があるのです。これが違ったのです。なんの話なのか知っているでしょうか? 昨日の夜に、ハン・ドングン長老が挨拶しますと電話がきていました。その方に会った時に話した. 'ヨーロッパを生かさなければならない' 私はその時から、ヨーロッパの福音化の代表的な祝福を受ける長老として考えました。そして私たちは行ったり来たりしました。ところが違うのです。裏面契約があるのです。なんの話なのか分かるでしょうか? チェ・ギュスン教授を長老として立てました。この方はペンステートという大学に対する裏面契約があります。ベンジャミンという方が、ここに座っておられます。たいした方です。その方が、昨日私のところにきて、こう話しました。.'私はチェ教授の話は、豆を小豆だと言っても信じます.' チェ教授が、この方をタラッパンに導きました。その方は、コンピュータ界の権威者です。ですから、なぜ長老で立てたのでしょうか? 裏面契約があるためです。
 
・ユン・アンチュル教授を長老で立てました。ボストンに対する裏面契約があります。なぜリュ・チャンスン執事を長老に立てたのでしょうか? とても重要だけれど、死んでしまったハンヤン、大層、陜川を生かすための裏面契約のためです。統計上で、韓国の法官が、ハンヤン、大層、陜川出身が最も多いのです。私たち韓国を動かすエリート法官が、一番たくさん出てきたのですが、正しく福音を伝える人がいません。そのために、裏面契約ということです。なぜ私たちは、長老を立てるのでしょうか? 私たちは一千万弟子だけでなく、多くの地域に地域教会で正しく福音運動をする裏面契約があるためです。のがさずよく見ましょう。
 
・伝道と宣教のための特別な、他の人が持たなかった裏面契約があります。他の人は知りません。ノアと箱舟。これは裏面契約です。他の人は知りません。それで奥義です。なんの話なのか分かるでしょうか? これは答えを受けるしかありません。よく見てください。他の人は知らない何かがあります。アブラハムとメルキゼデク。他の人は知りません。アブラハムが大祭司長メルキゼデクを推しました。よく見ましょう。何かがあります。 'あなたの名前をヤコブといわず、イスラエルといいなさい' ヤコブとイスラエル。何かがあります。ヨセフが、なぜそのように失望せずに成功したのでしょうか? ヨセフと世界宣教。神様との特別な契約があったためです。ですから、なんの話なのか早く悟らなければなりません。失敗することができないのです。
 
・ダビデと神殿。他の人が知らない裏面契約です。神殿という単語は、ダビデが考え、やり遂げたのです。サムエルに聞いたのでした。契約の箱。あの荒野を通過した契約の箱。ダビデは知っていたのです。 'これのために生きるべきだ。私が王がなれば、これを成就させなければ' 失敗することができないのです。皆様、この契約を必ず握ってくださることを願います。皆様が重要なことをのがさず、聖書をよく見ましょう。オバデヤという人を知っているでしょうか? 最高に悪いアハブ王が福音を持った人々をみな殺した時、エリヤ時代に後から助けた人です。イザヤ、ダニエル、エゼキエル、エレミヤ、エステル、エズラ、ネヘミヤ、こういう人々を知っているでしょうか? この人達は、だれでしょうか? この人達が捕虜から帰ってきて、神殿を回復する、神様との裏面契約を持った人々です。
 
・アクラとプリスカを知っているでしょう? この人達には、何かがありました。世界宣教のためのパウロと神様との契約があったのです。なにかの契約がなければなりません。ガイオを知っているでしょうか? ガイオが、すでに全世界の伝道者を生かそうとする神様との特別な奥義を持っていたのです。力がないのに、できるのでしょうか? ですから、神様が祝福なさるのです。力がないから、契約した時、その時から答えられるのです。その証拠で、私たちは十二坪から始まったのです。十二坪から始まって、全世界に多くの伝道者がおきています。そして、これからはどのようになるでしょうか? 皆様、事実は、ロックフェラーという人を研究してみれば、事業を単純にしたのではありません。親の話を聞いて、米国のその広い土地に、みな教会を立てることができるように、特別事業をくださいと祈ったのです。ところが、それを神様が祝福なさったのです。神様が皆様を祝福なさるのに、だれが防げるでしょうか? 神様が祝福なさるのに、皆様の無知がそれを防ぐのでしょうか? 契約を握ってくださることを願います。神様との特別契約の奥義です。この人達は、どのようにしたのでしょうか? 保護者。裏面契約です。伝道者の保護者にならなければなりません。よく知っている単語です。同労者。ガイオのような人は家主です。では、お金が多い人だけができるのでしょうか? ある人は、親戚。ある 人は難しい事だけ耐えられる労苦する者です。ある人は本当に神様の愛を受けた者だけが、教会を本当に愛して献身します。また、認められる者。こういう驚くべき祝福がおきるべきです。こういう人々は、このように特別な奥義の契約があるのです。
 
・2005年には、そのような祈りを始めてみるように願います。失敗せず、突然にしないならば大成します。これから、世界共同体と私たちの教会を、どのように神様の前に献身か、これを研究するチームを構成してみましょう。神様がどのように答えられるか見ましょう。そして、重要なことは七つのニックネームが、こういう契約の中から出てきたのです。外国人が見て、韓国人に対する評価はこうです。最初、韓国人はせっかちです。ちょっとそうだと思います。せっかちです。それで、外国の人々が最も速く学ぶ言葉が「速く、速く(パリ、パリ)」です。食堂に行っても、私たちはなんでも速く速く、せっかちです。そして2番目に韓国人は、感情的です。三番目、底力がありません。韓国の子ども達は、勉強がよくできます。オールAを受けるのに、ある日、消えていなくなるのです。西洋人を見れば、勉強をよくしているようでもありません。しかし、底力があるのです。それで、私達がこれから、教会の働きをする時も、判断する人を選りすぐる時も、あまり早急にせず、底力あるようにしなければなりません。この時、神様が特別な祝福、ボーナスで祝福を与えられるしかないのです。
 
・職員が特別な仕事をして、会社を有益にしたとするなら、社長が特別ボーナスを与えます。この人をお手伝いをさせたのに、私たちの会社を一億円を儲けるようにしたとします。ところが、月給は30万円もらっています。すると、私の会社がこの人ゆえに、一億円の益を得たのに、月給をそのまま与えれば、その人はものすごく悪い人です。神様が特別な答えをなさるしかありません。この時、出てくることが時代的な祝福、代表的祝福、記念碑的な祝福です。神様が特別な祝福をなさるしかないのです。皆様、この奥義を持って出発するよう願います。タラッパンを簡単に見てはなりません。インマヌエルを簡単に見てはなりません。今、私たちは200ケ教団と私たちは戦っています。よく見ていて下さい。私たちは今、そのままうっすら始まった運動ではないのです。私は幼い時から、信仰生活をしました。ある日、伝道しようとしたのではありません。私はいくつか、私の心にとても重要に考えたことがあったのです。
 
・私と似ている方達もいるでしょうが、6.25(朝鮮戦争)の時期を体験しながら、私は私たち韓国の困難をたくさん見ました。私は小さい時から、教会に通いました。家系がキリスト教の家系です。それで、私は教会の問題をよく知っています。絶対にそれではないと考えたのです。そして、私が伝道運動をしながら、多くの聖徒の困難をたくさん見ました。私は世界教会が、多くの困難に会うのを見ました。私は真理ではないという話ではなく、それではないと思っています。それで、なにか聖書の中にあると考えたのです。こういうものすごい隠された奥義がありました。それで、クリスチャンは、この奥義をみなのがして、うわべだけ持ってしているのです。あなたが上手にやったか、私が上手にやったか、どのようにせねばならないか、こういう小さなことで時間をみな送ります。もちろん、聖日は守らなければなりません。しかし、重要なことは、みなのがして、うわべだけ持っているのです。
 
・検事一人を伝道しました。その方が伝道されて、私たちの教会にきたのです。ところが、一度だけ来て来なくなりました。それで、私がなぜ来ないのかと連絡をしたのです。先生、私はなにぶん教会に行くことができないようだと言いました。すると、どこに行くのですか? イエスを信じるべきなのに、どこに行くのですか。私はカトリックへ行かなければならないようです。なぜカトリックに行くのですか? 私は事実、検事職をしながら、とてもむずかしいのです。世の中の人々が考えるより、仕事が多いのです。それで私は、酒、タバコをします。カトリックは、その問題に対して気楽だから、そこで信仰生活をします。それで、私がだれがするなと言ったのですか? それは恵みを受けて、あなたが知ってすることです。今、福音もよく知らないのに、その ことが問題でしょうか? あなたに霊的問題がくるのに、それが問題でしょうか? 世界教会は、内容はみなのがしてうわべだけ握っているのです。それで集まれば、毎日うわべの話だけするのです。中身はみなのがしてしまったのです。何の話をしているかというと、弟子たちが、通り過ぎる時に、麦をもみだしたら、安息日に仕事をして良いのかと言いました。安息日にイエス様が病者を見て、起きてあなたの床を持って家に帰りなさいとおっしゃいました。巻いて持っていかなければならないから、それが労働だと言ったのです。それで、安息日に労働をしても良いのかと文句を言ったのでした。イエス様が、食事をしにいって、そのままつかんで、手も洗わないで食べるのかと言います。毎日、時間をみな使っているのです。ところが知ってみれば、全部、うわべです。中身は全部みなのがすので、毎日そうなのです。そうならばかまわないのですが、パリサイ人は滅びてしまいました。
 
・そのように清潔なパリサイ人が、なぜ失敗するのでしょうか? 皆様、パリサイ人に、ついて行くことができるのでしょうか? 本当に、秩序が整然ととして、正しいのです。既成世代が見たとすれば、99%は感動して倒れるはずです。その中には福音がなくて死ぬことも知らずに、うわべだけ見ればたいしたものです。その人々が、証しするならば、皆様の中 99%は、ハレルヤとしてそちらに行くはずです。実際、パリサイ人を見たことがあるでしょうか。すごいのです。皆様、パリサイ人は国際社会に行ったら、一度見なさい。水も買って飲みません。持って通います。それで、黒い洋服を来て、水を持って通う人は、ユダヤ人です。絶対、ゴミもむやみに捨てません。ただ福音だけがないのです。うわべだけしている途中で、みな滅びるのです。私たちは、それをするなはということではありません。ここでひとつ知らなければならない単語があります。奥義の反対語は何でしょうか? 特別な奥義の反対語は常識です。あまりここに縛られるか、あまりこれがないならば、こまります。常識は常識です。常識は英語で 'common sense'と言います。ところが奥義の反対語は常識です。あまり常識がだめな人と、あまり常識を持って文句を言う人は、同じです。常識は早く常識で越えて、奥義を捕まえましょう。皆様、まちがいなく勝利します。皆様が行く所ごとに働きが起きます。
 
・私たちの学生達がいます。常識的なことは早くしましょう。学生の時から常識的なことは、早く揃えなければなりません。あなたがた万が一下手すると、眠いときに寝て、目が覚めたら起きる。このようになって学校に行くならば大変です。皆様、社会生活をするのにも大変です。そんなことを言わないで、あなたがたは今から世界的人物になる準備をして、早く起きて、計画通り実行しましょう。今日から家に帰れば、常識的なことからまずしましょう。皆様、部屋と家を掃除することからしましょう。すると最も常識的に誰が感動するでしょうか? 皆様の母親が感動します。そして、皆様の家も清潔に整理をしましょう。それは常識です。ところが、常識ゆえに、これをみなのがしてはなりません。ですから、水準が低い人は、常識を持って議論するのです。霊的な目が暗い人々は、これ持って議論します。すると、あなたがたがこれは早く越えなければならないのです。ある学生を見なさい。部屋に行くと、レムナントと書いてあって、机の下はごみ箱です。あまり人が清潔でもだめですが、それでも人は常識的で秩序を揃えなければなりません。皆様、服を着ても洗練されたように着て、あま上下が合わないように着ることも非難されます。この奥義を持って、皆様が始めれば、まちがいなく勝利します。
 
・皆様、これからは胸の中に重要なメッセージを捕まえるべきです。こういう祝福を私達が味わわなければならないのに、どのように味わうのでしょうか? 神様の願い。これが私たちの本当に情念(切なる思い)にならなければなりません。それで、これを単なる情念(切なる思い)ではなく、契約的な情念(切なる思い)だと言うのです。これを持って、皆様が奥義の内に入っていくのです。そして、皆様の心を福音中心に合せましょう。私たちの心に最も重要なのが中心です。皆様の考えはどうでしょうか? 本当に福音と生活、こういう部分を理解しなければなりません。この話は、何の話でしょうか? 私が見ると、ある人は、かまわないように見えれば、福音がありません。あの人は、すこし福音が入っていったと思えば、人が足りません。あの人は、福音がちょっと入っていったなあと思って話してみれば、混乱したことを話します。あの人は、ちょっと用いられるべき人物だと考えれば、特に福音でない違った話しをします。それで聖書で弟子というのは、福音もできて、常識もできている人です。言わば知性もあって、霊性もあるのです。こういう人を言うのです。皆様が、この奥義の内に入っていきて、ずっと発見して、ずっと答えを受けることを主の御名でお祈りします。自信をもって約束します。当然になっていくことです。お祈りします。
 
<<契約の祈り>>
神様に感謝申し上げます。これから2005年を出発するようにされた神様に感謝申し上げます。世々にわたって長い間の奥義の内に入っていくようにさせてください。また私達が主にあって味わう奥義の内に入っていくようにさせてください。神様が特別に祝福なさる奥義の内に入っていくようにさせてください。ローマ16章の祝福を味わう開始になるようにさせてください。今日、福音を持った私たちに、なんにも恐れる必要がないことを悟るようにさせてください。福音を持って行く所ごとに、暗闇の勢力が逃げる働きを悟るようにさせてください。今から歩みごとに勝利するようにさせてください。日ごとに勝利するようにさせてください。イエス・キリストのお名前でお祈りします。アーメン