2006年1月15日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部/荒野の奇跡(2)
(ヨシュア3:1〜13)

・私たちは信仰生活をする時、一つを気を付けながらしなければなりません。神様の民は弱くて、エジプトはすばらしい強大国になりました。エジプトが言うのは、'神様がどこにいるのか?主とは誰か?'このように話しました。しかし、聖書はこのように預言しています。エジプトは滅ぼされると預言しました。そして、エジプトは聖書にあるとおりに滅びました。また、時間が過ぎながら、アッシリヤとバビロンが起き始めました。知っている通り、アッシリヤの人々は北側のイスラエル男性をすべて捕虜で連れていって、全世界の奴隷で売ってしまう程、強かったのです。その時がBC700年くらいでしょう。他の国の奴隷を買って、イスラエルに連れていったのです。それで、下の南側ユダの人々は、北側の人々を正しく考えないで、混血だと言うのです。しかし、聖書はアッシリヤが滅ぼされることを預言しました。小さい預言者を通して預言されたのですが、そのままなりました。バビロンが立ち上がりました。エルサレム神殿を倒しながら、主がどこにいるのかとあざ笑ったのです。しかし、聖書はバビロンが滅ぼされることを小預言者と大預言者がみな預言しました。それ以後に、バビロンは聖書に約束されたそのとおり、みじめな国になりました。今現在、イラクがバビロンです。

・また、ローマが起き始めたのですが、ローマも滅亡しました。本当に不思議に思ったことは、皆さんが勘違いすべきでないのは、未信者がまずうまくいって、大きくなっているのを見て揺れてはいけないということです。歴史を見て知っている人たちは、聖書を簡単に理解するはずです。福音を持った人は、小さく見られても、時間が経つほど神様の働きを見るようになります。聖書はほとんどみな完全に成就しているのです。しかし、一つが残っています。それがヨハネの黙示録です。ヨハネの黙示録を見ると、このように預言されています。これから福音を防ぐ宗教が起きるようになるということです。表現をどのようにしたのかというと'海から大きい竜が出てくる'姿だけでも想像してみてください。そして'大きい獣が出てきて、十の角がある獣が出てきて、海から出てくる獣が水をふくのに、人々がほとんど倒れるようになる。そこで生きている人々は、ほとんどみな獣のしるしを受けるようになる。'そのようなひどいことが起きることを預言していて、それと共に八ヶ所幸いな人という話が出ます。結局、何もないように見えるのに、福音を持った者が神様の祝福を受けて勝利するようになることを黙示録は預言しています。

・今、統一教の文鮮明氏は、韓国の要所要所に土地を買って、約200万坪と言われる土地に、世界最大の偶像、宗教聖地を作っています。そして、ニューエイジ団体は、各世界宗教と米国と手を握って、ヨーロッパに入り始めました。私はそれを見ながら、当然だと思いました。黙示録にそのように預言されています。見れば、おかしな宗教や福音を防ぐことが起きて、迫害も起きるはずだと言われています。ひとまず、とても大きくなるとなっています。マタイ24〜25章にも、そうなっています。しかし、結局は、小さくて弱い福音を持った者に負けるのです。そのようにして、聖書はそのように預言しています。それで、私たちのチームが統一教の神殿を作っている写真を撮ってきました。ビデオ撮影をしてきたのです。私は見ながら、このように感じました。文鮮明氏が死ぬ時が近づいているから、韓国に何かを集めているのです。私は反対に考えました。文鮮明が終わる時間が、私たちには開始です。私たちには、福音を持ったレムナントが始まるのです。それで、私たちのメンバーにこのように言いました。'今まで神様が私たちに答えられた聖書にあることを見なさい。よく勝てる。'それで今年から祈りを新しく始めました。ずっと祈っている課題があります。そこにもう一つ加えました。今、ニューエイジなど福音を防ぐ団体を超越する力をください、偶像に陥って福音を知らなくさせる統一教を超越する力をください。あのように物心もついていず、考えもなく、戦いだけ毎日している私たち韓国教会の教権を越えられる力をください。何の力もないながら、教権だけ残っているのです。それで、福音だけずっと邪魔しています。それを超越する力をください。私たちは、どのようにこれができるのでしょうか。今、私たちは、ある人は家もないから家を買わなければならないという人、学校で勉強しなければならないのに学費もない人、経済が難しくて将来が心配になるという人、こういう心配をしているでしょう。多くの人々がそうです。しかし、皆さんが一つだけ分かれば、完全に勝利します。しかし、知らなければ不可能です。その一つが何でしょうか。

・まず救われたということが何でしょうか? 神様が子どもになったということは、運命から抜け出すことです。そして、皆さんを滅ぼすサタンの勢力から抜け出すのです。それで、すなわち救いは解放なのです。'真理があなたたちを自由にします'直ちに一つ例をあげられるのは、一般の人々は占うのですが、占いが出た、そのとおりにしなくてはいけないのです。イエスを信じる人は何も関係がありません。本当に信じたら、本当に救われたとすれば関係ありません。未信者は、法事を正しくしないだけでも、家に問題が起きます。私たちは、一度もしなくても、何の問題もありません。救われたということは、解放されたということです。それで終わるのではありません。正確に何の話なのでしょうか? 聖霊があなたたちの中にとどまるということです。すばらしいのです。それを聖霊の内住と言います。イエス様がずっと約束されたことがあります。聖霊があなたがたを導かれる。また最後に約束されたのです。力がないと思って、聖霊充満を受ければ、力を受けます。だから、文字で整理しようとするなら、聖霊の内住、聖霊の導き、聖霊充満です。そして、重要な今、重要なことが行われるのです。

・先週に見た通り、出エジプト13:21節を見ると、神様が雲の柱、火の柱で導かれました。その話は、自然環境とすべての環境を利用して、私たちを適切に導かれるということです。雲の柱と火の柱で。そして、14節には、静かに立って主の救いを見なさいと言いました。そして、主があなたがたのために戦われると言いました。今までの戦いは私たちの力で生きてきたのですが、主があなたがたのために戦われる。さらに重要な話が出ました。出エジプト14:19を見ると、イスラエルに先立って主の使いを送られました。これを祈るように願います。この祈りをすれば、答えを受けます。救われた皆さんには、すべての呪いの暗闇から解放されました。しかし、神様が私とともにおられるので、目に見えないのですが、聖霊で働いておられるのです。これがみな霊的な話ですが、事実的な話なのです。そして、皆さんが行かなければならない所に、祈りだけすれば、主の天使を使いで送られるとなっています。私はこれを確かに信じています。これを捕まえて祈ったのですが、世界福音化の多くの答えを受けました。今からこの祈りを始めましょう。

・皆さんが行く前に、行く所に主の天使を送られるのです。イスラエルに先立って。これが私たちが今日、最初に捕まえなければならない重要な契約です。ある面で、常に捕まえなければならない重要な契約です。これを分かってこそ、定刻の祈りが何か分かるようになります。私の事業の場に聖霊が働いて下さい。天の軍隊を動員して、その場に働いて下さい。暗闇の勢力をうち砕いて下さい。これが3つの救いです。この祈りを少しだけ継続すれば、本当に働きが起きます。聖書で重要な時ごとに、こうしたことが行われました。ヘブル12章を見ると、神様は人間が知らない多くの天使を創造して、皆さんを助けるようにされたのですが、ものすごい数字を持っておられるということです。今日、核心メッセージにも出てくるのですが、ヒゼキヤ王を見てください。アッシリヤ軍の18万5千人が攻めてきて、殺されそうになったのです。いくら信仰が良い人だとしても、困難がくれば揺れるようになります。ヒゼキヤ王が揺れたのです。それで方法を探しました。だから、耐えるだけ損です。それで、ヒゼキヤ王が主の前に行って祈り始めたのです。命をかけて祈りました。命をかけなければならないということでもありますが、ヒゼキヤはそれしか方法がなかったのです。ところで、朝寝て起きたら、アッシリヤ軍18万5千人がすべて死んでいました。それでは、アッシリヤでは何と解釈したかというと、伝染病が広がって皆死んだとなっています。一理ある話です。しかし、どんな伝染病で、一気に皆死ぬのでしょうか。だんだん死ぬでしょう。皆さんは亡くなる時、どうやって亡くなるのだと思っているでしょうか? 私たちは死んだことがないので、知りません。聖書には、何となっているのでしょうか。天使の手に引かれて上がるとなっています。神様が人を呼んで行かれる時、天使にお手伝いをさせられるのです。U列王19:35を見れば、18万5千人がどのように死んだのかというと,'主の使いが打ったので、皆死んだ。'

・これが事実ならば、祈りの力がどれくらい大きいのでしょうか? この祈りを始めようということです。どれくらいすごいことでしょうか。これがなければ、世の中に勝てません。影島にきて、神様がこの地域と全世界を福音化することができるように、聖霊が直接働いてくださいと祈りました。神様の天の軍隊を送って、全地域に門を開けてくださいと言いました。それで、世界福音化する大きい門が開いたのです。受けた祝福は、今でも全く同じです。どれくらい、この祝福が大きいのでしょうか。このように始めたら、皆さんは何でも可能です。それでなくては、力がなくてできません。イスラエルに先立って主の使いを送られました。皆さんがこの祈りの祝福を今年は本当に受けるように願います。それで、他のことを祈らずに、おもに四つのことをメッセージの時に出しました。神様がすべての釜山にある偶像を防げるように、ここに神殿を作れるように天の軍隊を動員してください。それで神様がなさるでしょう。この霊的体験を味わってこそ、信仰生活になるのです。そうでなければ、教会にいくら行き来しても、考えるのも話すのも世の中のレベルです。そのレベルを抜け出せません。少し高低があるだけで、そのレベルを抜け出せません。この体験ができなくて、信じなければ、未信者と同じレベルで、いつも生きなければなりません。それなら良いのですが、未信者よりできないのです。それで、祈りましょう。神様、ここで未信者がきて休める教会を作るようにさせて下さい。未信者も、レムナントもきて休める教会を作らせて下さい。地域と国家に役に立つ教会を作らせて下さい。今は時刻表がきたので、神様の祝福の門を開いて下さい。私たちには力がありません。それで、天の軍隊を送って、神様が働きを成し遂げて下さい。

・ダニエルが獅子の穴に入るようになりました。内容はよく知っているでしょう。どうしようもありません。王の命令を破ったという理由で、死刑宣告を受けました。人には対策を立てられることがあって、立てられないことがあるのですが、これは対策を立てられませんでした。ダニエルを助ける人もなかったのです。ダニエルは、どのようにしたのでしょうか。神様の前で感謝して、祈って獅子の穴に入ったのでした。ところで、獅子の穴にダニエルが入ったのですが、獅子がかみつきませんでした。その当時は、一日すぎたら、天のみこころではないといって助けるのでした。獅子がかみつきませんでした。それで、ダニエルが死なずに外に出てきました。聖書には何と記録されているでしょうか。'神は御使いを送り、獅子の口をふさいでくださったので'と告げました。聖書も信じないで、神様も信じないで、何も信じなかったら、これはする話ではありません。皆さんが完全で、何でもみなできて、神様と同じレベルならば、こういう話は聞かなくても良いでしょう。皆さんが全知全能で、天地も造って、解く力があるならば、こういうものは信じないでもかまいません。しかし、聖書を私たちにくださったということは、とても大きな祝福です。だから、心配してはなりません。主があなたがたのために戦われます。

・さっきお知らせを聞いたでしょうが、私たちの一般信者宣教。どれくらい重要でしょうか。今日の午後に決意するという話をしました。私は、心の底からこういう気がしました。来年からは、そのようなお知らせはしないように。私たちのレベルがとても低いので、お知らせを継続するのです。教会の火を消さないようにレビ族のための十分の一献金。こういうものは、お知らせなしでしなければなりません。週報にのせる理由は、あまりにもしないから、良くやったと励ますことではないでしょうか。立派だと書くのです。宣教にあまりにも関心ないから、たびたび一般信者宣教をして、強調することではないでしょうか。教会建築は、ある面で伝道する文化との戦いです。レムナント共同体は未来の戦いです。皆さんが十分の一献金は、霊的宗教との戦いです。宣教というものは、各国のすべての災いとの戦いです。こういうものは、そのまま自然にしなければなりません。ここに天の軍隊を送ってくださいといつも祈らなければなりません。重要なのは、私たちはできないのですが、主が主の使いを送られるので、紅海も分かれるみわざが起きたのです。私はこの事実を信じます。この神様が、レムナントだけでなく、全世界に来る答えを見る時、これよりもっと大きいみわざが起きるでしょう。全世界に私たちの家族と衛星で礼拝する百箇所あまりの教会、全部が信仰を回復する日になるように願います。

・皆さんがよく知っているでしょうが、不信仰するだけ損です。契約をはやく捕まえましょう。私は行く所ごとに、人々を見る時ごとに、本当に愚かなことを見ます。牧師や長老や宣教師、聖徒も、小さい自分たちの葛藤に時間をみな費やしてしまっています。真にバカらしいことなのです。だから、答えを受けられないのです。食べ物を与えられれば受けるようになっているのに、私たちはとても重要なことをみなのがして、重要ではないことを捕まえているのではないでしょうか。もう2006年には、信仰の契約を捕まえましょう。主があなたがたのために戦われる。この話が正しい言葉なのでしょうか。間違った言葉なのでしょうか? 正しいならば、信じなければなりません。そうではないでしょうか。私たちの難しい問題を、主が戦われると約束されました。それが信じられなければ、未信者ではないでしょうか。ですから、神様が確かに約束されたのです。聖書に一ケ所にだけ出てきても信じるべきなのに、重要なところごとに出てきて主の天使を先に送ると約束されたのです。聖書を詳しく見ましょう。イエス様の再臨を約束したのも主の天使です。キリストが誕生したメッセージも天使がしました。人にはできないことであるから、神様がなさったのです。重要な時ごとに出てきて、一度出てきても信じなければならないのに、このようにたくさん出るのにも信じないのです。それで、2006年には、本当に答えを受けるように願います。

・神様、私たちの今レムナント共同体建築、十分の一献金、こういう色々な経済的な部分が多いので、貧困を完全に崩す年になるようにして下さい。人は質素に暮らすことと、貧しいことは違います。人がある時に貧しくなるのと、いつも貧困にやつれて暮らすのは違うのです。私たちが、ある時はお金がなくて、節制もするでしょうが、お金がなくて何もできないということは違った話です。それなら、これはサタンの戦略です。キリストの名前で、力でうち砕いてしまわなければなりません。それで、今年からはレムナント、建築、宣教、十分の一献金に、神様、天の軍隊、経済を助ける天使を送ってくださいと祈りましょう。私は、これくらいで終わりません。私の考えです。私の息子、娘、孫たちが育って、どうならなければならないでしょう。宣教する程には、暮らせるようになるべきです。そのようにできないならば、呪われたことではないでしょうか。レムナントを生かす程の生活をすべきではないでしょうか。世の中、偶像文化が起きるのに、それを防ぐほどは、教会を生かすべきではないでしょうか。そして、教会の火が消えないように、レビ族が安らかに食べられる程、私たちが十分の一献金の祝福を受けなければなりません。私は当然の祝福だと思っています。この程度の祝福は受けなければなりません。

・それで、私たち貧しい人々はどうするのでしょうか。この契約を捕まえれば、神様が天の軍隊を送られると言われているでしょう。主の聖霊が、直接、戦われるとなっています。それで、私たちが気を確かにしてこそ、みわざが起きるのです。私たちがしっかりしてこそ、暗闇の勢力が逃げるのであって、私が正しいのか間違っているのかも知らずにいてはいけません。私たちの学生たちも、勉強したくない、勉強しなければならないという式ならば、勉強になりません。良い、私が勉強してみよう。このようにしなければなりません。それでこそ、勉強がてきていくのではないでしょうか。病気の人々、私がこういうことでは死にそうだ、いつ死ぬかも知れない。こういう人よりは、良い、私は生きなければならない。世界福音化のために、まだ死んではいけない。このようにしてこそ、健康が来るということです。

・柔道したり、レスリングをする選手たちも、相手を分析して、どこが弱いか、今日は勝つ。こういう気持ちで出て行くべきで、今日、私が負けますが、どこに倒れてこそ、ケガが少ないかという式ならば、何もだめです。こういう祝福を契約で捕まえましょう。私がなぜ自信を持って話すのでしょうか。私は、この契約を捕まえて答えを受けました。それなら、今年、恐ろしく働かれるでしょう。その中で、今日、神様が何とおっしゃったのでしょうか。ヨルダンを渡りなさい。カナンの地に行くなら、ヨルダンを渡らなければなりません。どうせ渡らなければならないのです。これが今日、読んだ本文です。荒野の奇跡二番目で、ヨルダンを渡りなさい。なぜヨルダンを渡れと言われたのでしょうか。これまで時間が過ぎました。出エジプトの奇跡を思い起こさせるのです。何の力もないことを良くしっておられた神様が、戦うこともせず、十の災いでエジプトを負かしてしまわれたのです。血を塗った日、解放されて出てきました。過越しです。これが、今日、意味がどれくらい大きいでしょうか。キリストの血で、あなたたちは救われたということです。忘れてしまうなということです。それをするために、ヨルダンを渡るようになったのです。これが最初の理由です。また、なぜヨルダンを渡れと言われたのでしょうか。前の先輩が紅海を渡った歴史がありました。その神様の力を今、回復しなさいということです。エジプトの人を紅海で完全に失敗させたでしょう。その事実を知ろうとするのです。そして、信仰を回復しなさいということです。それで、ヨルダンを渡れと言われたのです。さらに重要なことは何でしょうか。今後、残っていることがさらに重要です。今まで来たのも重要ですが、残っていることがさらに重要です。ヨルダンを渡りなさい。渡る方法が簡単です。契約の箱をかついだ者について行きなさい。何の話なのでしょうか。みことばについて行けということです。簡単な話です。皆さん、正しく福音を知って、みことばだけ見て、そのままついて行けば、働きが起きるようになっています。必ず言葉は成就するようになっています。

・共産主義でも、滅びたのですが必ず成就するようになっています。私たちが神様のみことばを正しく捕まえたのです。働きが起きます。今年は、この祝福を必ず受けるように、ヨルダンを渡りましょう。今、このみことばは、私たちと何の関係があるのでしょうか。私たちは、このみことばを見る時、今、私と私たちとどんな関係があるのでしょうか。なぜ神様は、昔にも紅海を渡るようにされ、またヨルダンを渡れとおっしゃるのでしょうか。ヨルダンは、またやむを得ず渡らなければならないのですが、昔の紅海は渡らないでも良かったのに、神様が通過させられたのです。ここで今日、皆さんが答えを得なければなりません。皆さんは重要な神様の民だから、本当に信仰があるならば、神様がそちらに導かれる必要がありません。皆さんが今日、この契約を本当に捕まえれば、いらない苦難にあう必要がないのです。

・私が知っている何代目かのイエスを信じる人なのですが、この人が信仰が生まれないのです。そのまま信じれば良いのに、信仰が思いのとおりになることではないのですが、とても信仰が生まれませんでした。それで、重大な事件が起きたのです。それで信仰が生まれたのです。それも幸いなことですが、それ以前に、神様のみことばで信仰が生まれなければなりません。それで皆さんが信仰が生まれるならば、あえて紅海を渡る必要もなくて、このように苦労する必要もないということです。神様は、私たちに良いものをくださることを願われるから、親が子どもを無駄に殴るでしょうか。今日、退屈だから、大きい子を殴ってみようか、今日、時間もあるから、娘を一度殴ってみようか。そのようなことがあるでしょうか。精神が狂わなければ、親はそのようなことをしません。親が子どもを殴る時には、必ず理由があります。もちろん、レベルが変で、性質が汚い親もいますが、神様はそうではありません。親が正常な親ならば、子どもたちを殴る時には理由があります。どうしても、ちょっと殴るべきで、そうでなければ大変なことになるからです。それで殴るのではないでしょうか。神様がどうしても紅海を渡って苦労をさせなければならないようだ。もしかしたら、ヨルダンを渡っていくために、気を確かにさせなければならない。分かってみれば、正確に話せば、これです。その信仰があるならば、神様が何のために、そのようにされるでしょうか。する必要もありません。これが今日、私たちが悟らなければならない重要な契約です。私たちが信仰が生じるということはもちろん思いのままになるのではありません。しかし、私たちがすることが一つはあります。このみことばを少し詳しく見て、正確に見てついて行けば、私たちは生かされるのです。それで、契約の箱をかついだ者について行きなさい。

・私が知っている長老一人は、私たちと親戚ですが、本当に良い人でした。見れば印象も良かったのです。また私が普段の時に会えば、人柄も良かったのです。みな良かったのです。ただ見たら、教会が福音もない教会だったので、毎日、教会のために苦労していたのです。この方はあまりにも良い人なのに、信仰がありませんでした。私が静かに話を聞いてみれば、大変なことになったというほど、信仰がなかったのです。時々私たちが親戚どうし、いつも事が起きたのです。会って静かに話をきいてみれば、私が内心、心配になりました。教会はずっと試みにあっていました。本当に私たちのタラッパンで福音を伝えている教会なので、そのようなことはないのですが、一般教会ではたくさんけんかをします。そうするうちに、自分たちどうし試みにあってしまうのです。そのようなある日、見たら、長老が直らない病気にかかったのでした。それで、私が一度は顔を見なければならないと思って行ってみたのです。だめだと思いました。とても急速にストレスを受けて、教会問題ができて、自分の仕事もだめで、互いに合わさってガンになってしまったのでした。皆さんは契約を捕まえて、あまりストレスは受けないようにしましょう。アーメンを言いませんが、死ぬ前に生きる道を探さなければなりません。そうする必要はないのです。信仰、契約をつかめば良いのです。私が見たら、この人はだめだという気がしました。しかし、一つ変わったことがあったのです。ただ一つが変わりました。どれくらい神様を見上げていたかわかりません。私が祈るのに、それまではまったくアーメンと言わなかった人が、アーメンを連発しました。完全に聖霊充満していました。私は出てくる前に、このような気がしたのです。このようになる前に、この信仰がなければならないのに、私たちの人間はどれくらい愚かなのか、半殺しの目にあってから悟るのです。子どもたちも、半殺しの目にあって悟る子がいます。それで悟れば幸いなことで、そのような人もいます。昔、お隣りには幼い時から酒をずっと飲んでけんかをする人がいました。軍隊に行ったのです。軍隊に行って、酒を飲んでけんかしたのです。聞いた話によると、それで死ぬほど殴られたということです。聞いた話では、ズボンにおしっこをもらすほど、殴られたということです。すっかり直ってしまいました。たくさん殴られても直ることがあります。殴られた時、酒の悪霊が出て行ってしまったようです。昔には、それで死ぬことがありました。人は、これをはやく悟ってしまえば良いのに、必ず苦しんでからこのように悟る人々がいるのです。

・皆さんが今日悟ってしまえば、必要ない苦労が減ってしまいます。例えば、子どもも分かれば、親も必要ない言葉をそれほど言いません。会社も同じではないでしょうか。仕事をする働き人が、機転を利かせて仕事を上手にして正しくすれば、必要ない話をしません。ずっと変にすれば、必要ない話をしなければなりません。信仰も同じです。皆さんがこの契約を捕まえてしまえば終わります。誰が先に捕まえなければならないのでしょうか。主のしもべたちです。ヨシュアに神様がおっしゃられました。雄々しくありなさい。恐れてはならない。わたしがあなたとともにいる。皆さんは、必ず記憶しなければなりません。教会は、いつも共に集まって生きる所です。やや下手すると葛藤が生じます。なくなることもありません。大学は、いくらおかしな人も、4年だけ待てば出て行くのに、教会からは出て行くこともありません。高校の先生をすることはやさしいのです。なぜかというと、いくらおかしな学生でも、3年だけ待てば出て行くからです。ところが、教会は死ぬこともせず、卒業もしなくて、ずっと心配をかけるのです。

・副教役者は、若い時から上がってきます。だから、勧士や長老が見る時には、いつも子どものように見えます。この教役者が、本当に神様の恵みを受けてしまえば、絶対そのように見られません。大人たちに尋ねてみてください。いくら年が若い人でも、神様の恵みを受けるのが見えれば尊敬します。人はみな全く同じです。お父さんが自分の息子が牧師になったら、いつもいます。自分はそのまま教会の一般信者の長老で、息子は牧師なのに、見ているといつも心配です。それでは、教役者として見えません。しかし、いくら若くても、恵みを受けて、神様の祝福が見られるなら、自分の息子でも尊重します。人はみな全く同じです。そのために、誰が先に恵み受けなければならないのでしょうか。教役者が先に恵みを受けなければなりません。それで、各パートがみな生かされるようになります。少し問題があっても、皆さんが信仰があれば、結局は、人々がみな恵みを受けるようになっているのです。例えば、私が不信仰にどっぷり浸かっていたらどうなるでしょうか。それでは、大変なことになるではないでしょうか。信仰が一つもなく、いつもそのままいたらいけないではないでしょうか。それほどまで、指導者から信仰を持てば、みな生かされるようになるのです。

・その次に3:1〜2に重要な話が出ています。つかさをみな立て起こしなさい。ヨルダンを渡るのが問題ではなく、渡る前につかさを立て起こしなさい。つかさとは誰でしょうか。役員などです。みな起きて、何と話すのでしょうか。全イスラエル民族を訪ねて行って、あなたたちは契約の箱をかつぐ祭司にだけついて行けば良い。ヨルダンを渡ろう。この話をしなさい。とても重要な言葉です。このように、役員などが力を得て人を生かせば、教会に働きが起き始めるのです。皆さんが今年、ヨルダンを渡る以前に、神様がくださった祝福が何かを分からなければなりません。行く道に、ヨルダンに会えば、神様が渡るようにされるでしょう。それで、前へ行かなければならない道が多くて、祝福が多いから、ヨルダンを渡って信仰を回復しなさいという言葉です。今日、皆さんが祝福を回復する日になることを希望します。これから、私たちすべての長老、按手執事、役員などは、何をしなければならないのでしょうか。集まれば話しましょう。レムナント共同体。集まれば話しましょう。世界宣教。集まれば話しましょう。この地域を代表する教会。集まれば話しましょう。私たちが経済の祝福を回復する十分の一献金。継続して話しましょう。つかさたちが話すのです。それで、人々、国民が起きるのです。みな解決されます。間違いありません。私は、ここに対する証拠を持っています。何度か話したでしょう。歴史にも見れば、この契約をつかんだ人を見れば、みな勝利しました。

・私は、皆さんに必ず多くの祝福の中で一つ、世の中のことを与えるといえば何なのでしょうか。私たちの子孫に貧困を伝達してはなりません。福音を受けた皆さんに戦うべきことがあるならば、何なのかというと、貧困と戦いなさい。私は、私たちのレムナントに2部礼拝の時に話すつもりですが、したい話があるならば、経済を正しく学びなさいということです。私はこのように話したいのです。他も重要ですが、経済は、信者、未信者、関係なく、一緒に使うようにされたからです。未信者の経済が別にあって、信者の経済が別にあるならば勉強する必要がないのですが、一緒にいます。それで、正しく学びをしなければなりません。また、そのような中に、神様の祝福を受けようとすれば、それで私たちは未信者と違った、もう一つの重要な契約を持っています。今年は、私たちの多くの役員などに、健康の祝福と経済の祝福が回復する重要な年になるだろうと私は確信しています。各組織でRUTC実行委員を構成しましょう。手本として。また、私たちは教会建築という実行委員の組織を組みましょう。すみずみ集まって祈るように組織を組みましょう。それでこそ、改革の答えがきて、経済の祝福が与えられます。皆さんができても、できなくても、このように生きれば、経済の祝福を神様がなさるので、私たちの祈りが起きなければならないのです。このような時、按手執事が時々集まって、これを置いて祈りを開始しましょう。各機関、区域が、このような時に集まって祈り始めましょう。そうしてこそ、答えを受けるのです。初期に、私たちの教会が始まった時、おばあさんたちが集まって夜ごとに祈りました。これが今日、私たちの教会の霊的な大きい世界的な祝福を受けるようにさせたのです。

・先週にも見たら、これから起きるでしょうが、レムナント共同体が6十億円を越えて参加するようになっています。私たちは実行委員を作って、ずっと祈りを開始して、私たちの教会が一番祝福を受ける模範教会にならなければなりません。特に、私たちのインマヌエルの共に衛星で礼拝している家族に、神様の大きい祝福があることを希望します。なぜ契約の箱について行かなければならないのでしょうか。なぜ私たちはみことばについて行かなければならないのでしょうか。3:4に出ています。今日ヨシュア3:4にこのように出ています。あなたがたと箱との間には、約二千キュビトの距離をおかなければならない。それに近づいてはならない。それは、あなたがたの行くべき道を知るためである。あなたがたは、今までこの道を通ったことがないからだ。2006年、一度も行ったことがない道を私たちは行くのです。だいたい祝福を予測できますが、行ってみたことはありません。それで、絶対に変わることがない契約を捕まえて行きましょう。この祝福が、皆さんに具体的にあるようになることを主の名前で祝福します。今日、みことばを受ける皆さんに先立って主の使いを神様が送られると信じます。この祝福があることをイエスの御名でお祈りします。

<<契約の祈り>>
神様に感謝いたします。本当に私たちにこの祝福が実際に現れる証拠の年になるようにして下さい。私たちのタラッパンの家族が、ひとりももれなく神様の力を体験する祝福の年になるようにして下さい。もう貧困が退く年になるようにして下さい。経済が回復する祝福の年になるため、世界福音化に用いられるようにして下さい。特に私たちのレムナントを祝福して下さることを信じます。外国にいる私たちのレムナントに、神様が聖霊で今、按手して下さい。彼らが行く場所に、主の天使を送って、神様の証拠が起きるようにして下さい。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン