2007年11月18日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部/さらに大きな事を見る
(ヨハネ1:42〜51)

■イスラエルで、一番重要なことが三つの祭りです。エジプトから出たことを過越の祭りと言います。越えたという意味です。羊の血を塗る日、出て来たのです。出てきて50日ぶりに穀物を取り入れたのですが、それを麦収穫祭、あるいは五旬節と言います。イスラエル民族が皆死ぬと言ったのですが、勝利して穀物を取り入れて、倉庫に入れるほどになりました。これを収穫感謝祭と言います。イスラエル民族は三つの祭りを最も違うように理解したのです。三つの祭りが最も重要ですが、最も誤って活用しました。失敗、困難がずっと訪れてきたのです。イスラエルが世界で一番困難にあいました。皆さんの子どもが事故を起こしただけも大変なのですが、全部、虐殺されて殺されました。皆さんの家に家事が起きても難しいでしょうに、全部、ガス室に入れて殺して火で焼き殺したのです。まだ理解がよく出来ずにいます。クリスチャンもそうです。
■なぜこの答えを受けられないのでしょうか。イエス様が力のわざも行って、現場も見せられました。それが重要なのではありません。イエス様が弟子に重要な時刻表がきた時、一つ尋ねられたことがありました。それをユダヤ人が知らなかったのです。今日、クリスチャンが、そこに対する感動がありません。これだから、私の運命が変わらないのです。私の前を防ぐ暗やみが解決できません。簡単に話せば、私たちを攻撃しているサタンの勢力が離れないのです。イエス様の公生涯の中で、前にされたことは序論に該当します。病気も直して、奇跡も行われたのですが、それが目的ではありません。重要な時間になった時、イエス様が弟子を呼び集めて重要な話をされました。人々がわたしを誰だと言いますかと尋ねられたのです。弟子の中で世論を話すのに、ほとんど違うように話しました。それでは、あなたがたがたはわたしを誰だと言いますかと尋ねられました。イエス様が初めて言われた事ではなく、しばらくして重要な時に尋ねられた話です。他の弟子は返事をできなかったのですが、ペテロが返事をしました。あなたは生ける神の御子キリストです。聖書を詳しく見れば、イエス様がその時から重要なことをされて、重要なみことばを与えられました。その時から、変貌山に連れて行かれたのです。聖書を詳しく見れば、その時から重要な話をしながら、わたしが十字架で死ぬとおっしゃられました。それ以前にはだめでした。イスラエルが祭りは守ったのですが、祭りの主人をのがしたのです。
■簡単に話せば、呪いに勝てません。すべての(按手を受けた)役員、すべての新しい家族まで、すべての呪いが崩れるようになるように願います。もし牧師がキリスト一つで感謝するならば終わったのです。しかし、そうではありません。牧師や牧師夫人は、パウロが捨てたちりあくたをたたえています。パウロが、知識、経済の自慢の中でちりあくたと言うのに、私たちはそれを捕まえようと通っています。だから、呪いをまぬがれる方法がないのです。そのような程度は何でもなくなければならないのに、それがすべてになっています。少なくとも、祈りの答えを受ける人ならば、物質とか、ポジションとか、こういうものは特別なものではないようになるべきなのに、それがすべてなのです。だから、イスラエル民族が祭りは守ったのですが、祭りの内容をのがしました。ところで、五旬節という言葉は麦をおさめたのです。今日の刈りいれの祭りは保存したということです。未信者は麦をおさめないのでしょうか。これが問題です。未信者は倉庫に入れずにいるのでしょうか。その話ではありません。イスラエル民族がエジプトから出て、カナンの地に行く時、みな、死ぬと予想しました。行けないだろう。とうてい、子どもや女、年寄りを連れてカナンの地まで歩いて、百万名を越えるのに、行けないだろう。今のように道路があるのでもなくて、自然環境がとても難しくて、その時は戦争も多くて難しかったのです。カナンの地では、イスラエル民族が来るという話しは聞いたが、来ることはできないと見たのです。
■ところで、行く時に穀物もおさめて倉庫に入れたりもしたということです。その話です。穀物が問題ではありません。倉庫にいっぱい入れたのが問題ではありません。イスラエル民族が、とても重要な三つの祭りの主人をのがしたのです。その三つの祭りの主人が、まさにメシヤ、キリストなのですが、この単語でなければ、運命が変わりません。私は(按手を受けた)役員をたくさん立てて世界福音化すべきだということを今、思ったのではなく20年前に思いました。
■私は20年前に、ここにくる前に、何箇所かに行ってみたのです。チョという村に行ったら、大きい寺がありました。直接行ってみたのです。ここに来る前です。伝道師、講道師の時期でした。通いながら衝撃を受けたのです。寺に上がるところに学生たちなど下校する時のように押されて上がりました。バスが数百台止まっていました。そこまでは良かったのです。入ってみたら、ものすごく作ってありました。そして、一つ一つ見渡しました。普通の寺ではありませんでした。中に、東西南北から集まる場所が別にありました。そして、香をたいておいて、夜通し何かをしているのです。あのように偶像崇拝すれば霊的問題が来るということを知りません。それが問題です。教会は何をするのでしょうか。偶像崇拝する方々に確かに問題がきます。僧侶に尋ねてみてください。問題がきます。ある僧侶が秘書を通じて連絡してきました。自分の霊的問題があると言いました。来るようになっています。それでは、教会は何をしているのでしょうか。
■その次には、釜山に行ってみると、クドクリョという所に入ってみました。ものすごい寺がありました。私はそちらに行ってみたのです。また、衝撃を受けました。韓国で一番良い幼稚園を作ってありました。小さい子どもたちが木魚をたたいていたのです。大きいバスにぞろぞろ乗せて、子どもたちを運んでいました。それでは教会は何をしているのでしょうか。今週に、高麗(コリョ)大学に行ってきました。コリョ大の弟子の集いがありました。コリョ大学は大きいのです。紹介をするのに、中心に寺がありました。ものすごい建物を作っておいて、国家試験を受ける学制に部屋を与えています。いったい教会は何をしているのでしょうか。ソウル大学に行ってみました。ソウル大の最も近く、大学生を動かす教会があるのですが、それが統一教です。各種団体がソウル大学を攻略して占めています。いったい教会は何をしているのでしょうか。韓国の霊的問題は政治家の責任でなく教会の責任です。韓国に災いが入ってくるのは、大統領の責任でもなくて、寺の責任でもありません。教会の責任です。その方たちは、自分たちのすることはみなしたのですが、霊的な部分はできないのです。聖書に確かにおっしゃるのに、霊的な問題は福音でだけ解決されるようになっています。これを教会がしないのです。する教会が出てくれば防ぎます。私のような者が出てくれば、無条件に異端にします。これが韓国教会です。私は韓国教会は、絶対に霊的な戦争に勝てないと思います。
■福音を持った(按手を受けた)役員と福音を持ったレムナントを世界の所々に入れる道だけが勝つ道です。勝つという言葉はおかしいのですが、生かすという言葉です。祭りの主人のがしたのですが、私たちでも全く同じなのです。それで答えがありません。神様の子どもなのに、未信者より劣っています。こうして見たら、キリストの中にある祝福を知りません。未信者はどんな状態にあって、偶像崇拝は何で、伝道はなぜしなければならないのか知らずにいます。こうして見たら、伝道方法が分かっていません。方法としては、ただ牧師が生活するために信徒を集めるための方法だけが方法であって、他の方法ではありません。それで、(按手を受けた)役員を立てなければ、伝道運動になりません。私を含めた教役者は、教役者ということ自体が動機です。動機を持っていれば、絶対に聖霊は働きません。方法も知りません。発見することもできないのです。だから、祈りの答えになりません。うめき声であって祈りではありません。
■これだけ分かれば、イエス様が直接おっしゃるのに、わたしの名で何でも求めなさい、それで今、答えで一つ一つ成就しているのです。私は今、力がない、ある(按手を受けた)役員は、しなさいと言われて怖くなると、私は資格がないとも言います。ある人は私のように年もとって力もないのに、何をできるかと言います。皆さんが救われたということは、正確に話せば油を注がれたのです。救われた皆さんに、聖霊で油が注がれたと言われました。その話は、王、祭司、預言者の祝福があるということです。皆さんに王、王子、王女の祝福があるのです。外に出て行けば王女病になった女性が多いのですが、皆さんはかかってもかまいません。実際、その祝福が来たので、油が注がれたのです。Iペテロ2:9に、すべての者に王である祭司で、聖なる国民と出てきました。その上に(按手を受けた)役員を立てれば、この油が職分の上に直接与えられます。これが普通の祝福ではないのです。それでキリストというのです。ある面で、私は職分者もできないのにと、さびしく思うかもしれないのですが、すべての聖徒が油を注がれました。今からでも、私は弱いという話をしてはなりません。自分は弱いのですが、背景は弱くありません。私は信仰がないというのは、大間違いです。それがサタンが願う話しです。皆さんは神様の祝福で、この席に座ったのです。偶像崇拝する家庭に生まれないで、この席に座っているのが、どれくらい大きい祝福なのでしょうか。教会がとても多いのですが、福音を強調しない教会が大部分なのに、皆さんがどれくらい大きい祝福を受けたのでしょうか。牧師、宣教師が祈りの答えを受けられなくて、教会を維持してご飯を食べようとする人々が大部分なのに、どれくらい大きい祝福を受けたのでしょうか。
■昔も今も全く同じです。この祝福を回復した(按手を受けた)役員が、油を注がれたということは、ものすごい祝福だと思って契約を捕まえるように願います。皆さんの考え、信仰、言葉通りになります。皆さんの考えがいつも変ならば、おかしくなるのです。結局、おかしな人になります。結局は否定的なことに陥ってしまいます。考えが明るければ、結局、明るくなるのです。どれくらい重要でしょうか。皆さんがいくら暗やみの中にいても、光を持っていれば勝てるのに、消せば負けます。なぜこのように教会が弱くなったのでしょうか。ニューエイジ団体に行ってみれば、実際に教会を立てるのに、サタン教会を立てるということです。ヨーロッパをはじめとして米国を掌握しました。公式に彼らが放送で話したのです。キリスト教、仏教では人々に安らぎが与えられないから、自分たちが出たと言いました。放送でそのように話せば、クリスチャンがたくさん聞くはずだろうと話したのです。クリスチャンが立ち上がって、あなた方がする物を買わないように、販売しないようにすべきだろうと話していました。全世界のクリスチャンは、何人にもならないから、座っていても私たちは商売がなるようになっていると言ったのです。あたかもゴリヤテが、イスラエルにきて40日間、力がある奴は出てきてみろと、主を信じる者は、出てきてみろという言葉と同じです。それでいつも部屋の中にいるのではなく、外側を生かすことを考えたのです。(按手を受けた)役員運動。レムナント運動。これだけが神様が喜ばれることです。そうでなければ、いつもバカのようになって、あとで死ぬのです。すべての聖徒、牧師、(按手を受けた)役員が受けなければならない祝福3つがあります。今日の本文です。皆さんは必ず記憶しなければなりません。(按手を受けた)役員は、無力だと思わずに、神様はともにおられるから心配せずに、この祝福を受けなければなりません。
■簡単に説明します。アンデレがペテロを連れてイエスのところに来ました。時代的な祝福になったのです。42節です。ピリポがナタナエルを連れてきました。これがものすごい祝福です。ナタナエルがきた時、イエス様が「あなたがいちじくの木の下にいるのを見たのです。」と言われました。「これこそ、ほんとうのイスラエル人だ。彼のうちには偽りがない。」と言われました。これが最初の祝福です。何か知っていますか。真の伝道者に会うことです。皆さんの最初の祝福です。真の伝道者はほとんどいません。私が分かることでは、私を含めた牧師、宣教師で、本当に伝道するべきだとの人は99.9%いません。それでは、どのようにしなければならないのでしょうか。時々います。その人に会うということは奇跡です。それでは、その人が伝道できる部分を手助けするのが技術です。皆さんが生きていく間、本当に重要な伝道者に会ったとすれば、大きい祝福です。ほとんど福音を伝える宣教師がいないのに、本当に福音を伝える宣教師を助けたとすれば、ものすごいことです。その言葉をひっくり返せば、本当に考えてみて本当に福音運動しなければならないと決心すれば、全てのものが回復するという言葉です。
■私は多くの牧師に会ってみました。多くの教会を大きくして、伝道運動をする牧師に会ってみました。感じが正確性はないのですが、自分のそれなりの感じがあります。私が多くの牧師に会ってみた時、その方が何かをしようとすることを感じられても、本当に伝道しようとするということは感じられませんでした。もちろん、私が誤って感じることがあります。私が宣教師にたくさん会ったのですが、何かしようとするのですが、伝道ではありません。今日、ここにアンデレとペテロ、本当に話をしたのです。これをして兄によく見られようとするのではなく、本当にメシヤに会ったと言いました。ピリポがナタナエルに、本当にメシヤに会ったと言ったのです。どこで会ったかと尋ねたところ、ナザレで、その有名な話があります。ナザレに何の良いものがあるか、そうではない、行ってみようとなったのです。多くの長老に会ったのですが、賢い方、実力がある方、金持ちの方も見ました。最も重要なことがなかったのです。どのようにすれば、この福音を伝えるかということを感じたことがありません。どれくらい難しいことなのでしょうか。ところで、ある一般信徒、二人に学びました。その人は本当に福音を伝えようとする人だということを感じました。その二人と少しの間つきあったのですが、牧師の中に一番大きい答えを受けました。この話が分かるのでしょうか。真の伝道者です。その話は、噂になった偉大な人物も含まれるのですが、その話ではありません。本当に、皆さんが小さい一人ですが、真に伝道する人です。今、全国、世界に起きる多くの(按手を受けた)役員、副教役者が、一度だけ考えれば良いのです。本当に恥ずかしい、本当に伝道のために生きる人なのか一度だけ考えても、すぐに天の門が開かれるのです。このやさしいことをのがすのです。皆さんがこの部分を真の伝道する一般信徒、牧師、(按手を受けた)役員がいれば、神様は全てのものをみな注ぎ込まれます。
■率直に、私は反対に思っていたことを悟ったのです。私はそれまで月給をもらって教会で働きをしていたのでうが、伝道より、生きなければならないから、していると考えていました。そのとおりです。その時、私の息子、娘を育てるのに、教会に行かないで月給がもらえなければ困ります。少し育てば幼稚園にも送って、学校も送らなければなりません。それのために、さらに熱心に教会に行きました。それが切れれば、頭が痛いのです。首が飛んで行ってはいけないから、回りに合わせながら自分を出さずにいました。とても信仰が良いようにしなければならないのです。色々な人から見られた時、大丈夫だと考えられるようにジェスチャーをしなければならなかったのです。長老もそうで、人間関係がよくできなければなりません。未来のために、挨拶の実績も時々、しておかなければなりません。私はそのように生きていました。それを悟ったのに、神様が答えられたのです。私が何の伝道者なのか。そのように生きていて。ある日、静かに考えてみて、なぜこのように祝福を受けたのだろうか。私が滅びて当然な者なのに、この福音がどれくらい偉大なものか。これを分からなくて死んでいく人がどれほど多いのか。500人を越えるムダン(霊媒師)が立ち返ってきたのですが、イエスを受け入れて生き返ったのです。これが医学、科学が解決できることなのでしょうか。悪霊に取りつかれて苦しめられる人が戻って生き返った人が数百人なのですが、このことを政治家ができることなのでしょうか。それで、ある日、福音のために生きなければならないと本当に決心したのです。その時から受けた答えが皆さんにも会って、レムナントも起きて、RUTCも開かれたのです。
■信仰生活は、そんなに難しくはありません。どれくらい重要でしょうか。二番目です。49節に、こういう話があります。ナタナエルが話しました。「先生。あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です。」何でしょうか。真に救われる対象者に会ったのです。これに祝福がすべて入っています。救済するだけでも、どれくらい祝福でしょうか。お腹がすいて死んでいく人にご飯を与えれば、どれくらい感謝なことでしょうか。今でも忘れません。私の父が亡くなった後、母が仕事をしました。その時、私のお隣りにいた子が、日が沈むと私にご飯を持ってきてくれました。その時、どれくらいおいしく食べたのか分かりません。その子を忘れません。だから、どれくらい感謝なことでしょうか。ご飯を与えても祝福は受けます。少し病気の人を助けても、どれくらい祝福を受けることでしょうか。悪魔に捕えられて、永遠に死ななければならない人を救い出す出会いは、ものすごいことだということです。どれだけ重要なことでしょうか。ローマ16章に、世々に渡って準備されたことが行われる事件です。エペソ1:3に、世界の基が置かれる前に備えられたことが、起こる事件です。使徒13:48には、永遠のいのちに定められていた人たち、神様が決められた者のことを言います。使徒10:38に悪魔に押さえられた者を救い出すのです。これより大きい祝福はありません。ものすごいこと、伝道しろという言葉ではありません。
■田舎で高齢な長老がおられたのですが、することがありませんでした。力もなくて、この方が農村で仕事をしていました。長老がご飯を包んで仕事をして、お昼を食べてまた仕事をして家に帰るのです。ある時に、ある人が長老がご飯を食べる所に横になっていました。そこで、長老は、その青年を起こしたのです。ご飯を一緒に食べようと言いました。あなぐらに青年が横になっていたのです。初めには、この青年が対話もしなかったのですが、長老がご飯も与えたので、食べて対話もしました。長老がする話は一つしかありません。あまり福音も正しく伝えないで教会と言いました。その長老が言う言葉と、待遇を有難いと思ったのです。教会に出て行き始めたのです。教会に行く時、韓国の重要な人に会って恵みを受け始めたのです。変わって伝道者になったのですが、その人がキム・イクドゥです。やくざのキム・イクドゥ。町内で人を困らせた、ならず者が変わったのです。本当に救われる者に会うということほど祝福はありません。これを知っていれば、神様が門を開かれます。もし皆さんが伝道して未信者3人がここに座っているならば、天と地のすべての祝福をみな受けているでしょう。アーメンをしたが三人にならないでしょう。私がこの町にきて、釜山で伝道して、数十、数百人が私たちの教会に座っているので、答えを受けなければなりません。
■三番目です。神様が私たちが力もないから、どのようにするのかご存知で、さらに大きいことを見るだろうと言われました。重要な話をされたのです。皆さんに力なくても大丈夫です。さらに大きいことを見るだろう。どんなことでしょうか。51節に見ると、天が開いて神様の御使いが人の子の回りに上ったり降りたりをしていると言われています。ものすごい祝福がき始めるのです。皆さんの事業に、家に、学業に、天の門が開くのです。皆さんが真の伝道者に会ったり、本当に救われる者に会うために祈りながら、それのために座っていれば、神様は天の門を開かれます。神様の御使いという言葉は、天使が動員されて神様の働きが起きるということです。誰中心なのでしょうか。キリストの上に上り下りします。ものすごいのです。これが答えを受けるためでなく、来るしかないのです。
■(按手を受けた)役員が本当に信じるように願います。そのためにここに座っていると思えば良いのです。神様がなぜ私を(按手を受けた)役員で立てられたのか。私の周囲に祝福を受ける現場が多いということです。私は力がないのに、背景もないのに、天の門を開かれると言われました。主の天使を送って、キリストの周囲に上がったり下りたりするという言葉は、皆さんが動いているのに、その働きが起きるということです。これがまさに成功の奥義です。これがまさに祈りの奥義です。だから目を開けば無限の力の奥義です。この中にあります。これが、現場で答え受けるようになることで、これが地教会です。385人が釜山で(按手を受けた)役員として立ちました。385ヶ所に、今から光が照らされることになります。本当に祈るように願います。働きが起きなければなりません。私たちのインマヌエル教会の家族、衛星で礼拝をささげる教会、インターネットでメッセージ受ける所に同じ働きが始まるでしょう。
■どうなるのでしょうか。祝福の絵を描いてみましょう。虚像を見るのではなく実像を描いてみましょう。すべての所に弟子が立ったらどうなるでしょうか。すべての現場に1千万弟子が起きたら、どうなるでしょうか。絵を描いてみましょう。すべての所にインマヌエルとタラッパンの(按手を受けた)役員が福音を持って立っているならば、どうなるでしょうか。知事や町内会長より数が多くなければなりません。それでこそ、暗やみがうち砕かれるのです。今日から力がないと話さずに、高齢だとも言ってはなりません。いくら年をとっていても、神様が働かれれば簡単です。ある面では、高齢な人に神様がより大きく働かれることができます。私は貧しいといっても、明日、働かれることができるのです。皆さんの事業のために、天の門をあけられるということです。天の門が開けばどうなるのでしょうか。天の御使いを送られると言われました。どうなるでしょうか。考えてみましょう。頭の中に描いてみましょう。これからずっとRUTCができたら、どうなるでしょうか。年をとった牧師、長老は、これからRUTCを見物して回るだけでも、時間がたつかもしれません。今、産業宣教は頭を使ってみましょう。トッピョンにRUTCを作ります。私たちが献金して作れば、維持にできない場合もあるので、事業する方が集まって事業するのも良いでしょう。これからトッピョン中心に学校などみな立つでしょう。だから、あちこちにRUTCが立ったら、どうなるでしょうか。考えてみましょう。
■私たちの教会を描いてみます。この周囲に何をされることを願うのでしょうか。もう教会を更新しなければなりません。教会はもう昔のように古くなった不思議な家のようになることから、抜け出さなければなりません。それがまさに偶像です。それで、教会が祝福を受けられないのです。偶像でなく、すべての市民がみな来ることができる文化センターを作らなければなりません。釜山市民やヨンドの人々が見て、文化を掌握することができるように作らなければなりません。ある所は静かにして、国家試験の受験生もきて、片方は遊び場を作って子どもたちが遊んで、また福祉館を作って町の大人たちがきて休んで、ある時は結婚式の場所として貸して、公園を作って人々がきて休むようにもして、木も多いから椅子を作って憩い場にして、藪が多すぎると泥棒が忍んで来るから、みな切ってしまって、椅子を置いて、必要ならば韓国の昔の物を置いて、外国人が来てみるようにしても良いでしょう。韓国について見ようとするなら、インマヌエル教会に行ってみなさいとうわさが立つでしょう。その人々が来て、休むようにもして、中心に礼拝堂をおいたらどれくらい良いでしょうか。すべての山をみな買って、駐車場にしましょう。聖日は信徒が使い、平日には駐車場で使ってくださいと市民に言えば、どれくらい良い教会でしょうか。市に話して山に駐車場を作って、人々がみな来るように作って教会が必要であると言われるようにしましょう。教会が必要ないのです。福音も伝えないで、騒々しくて争っています。だから教会をなくせと言われるのです。一理あります。福音を伝えるのでしょうか、霊的問題を解決するのでしょうか、集いを正しくするのでしょうか。そのような教会は作る必要がありません。市民が見る時、罪人が見る時、教会が必要でなければなりません。そのような意味で見る時、この土地はすばらしい場所です。それで内容的には完全な福音を伝えましょう。
■(按手を受けた)役員がたくさん立ちました。絵を描いてみましょう。皆さんの子孫が、ここで恵みを受けて、子孫が動く場所という絵を描いてみましょう。ある面では、信徒と(按手を受けた)役員は、考えを別にしなければなりません。私たちは常識的なことを知っていなければなりません。しかし、他のものも分からなければならないのです。他の見方をすれば、損にもなって、譲歩もして、さらに大きいことを見なければならないのです。教会は外とは違います。(按手を受けた)役員が記憶しなければなりません。常識的にしなければならないことがあるのですが、教会の中ですることは外の事とは違います。食堂から教会に電話して悪口を言われたと言うので、秘書を叱りました。食事をお客さんが来られたら、遠いおいしい所に行かずに周囲の食堂に行きなさいと言いました。近くのレストランや食堂に行って食べながら、インマヌエル教会から来たと言いながら食べなさい。周囲に食堂が多くあります。物を買う時も、もう少し与えてもスーパーにお願いしなさい。スーパーでパンを千個ずつ申請すれば、目を丸くするでしょう。インマヌエル教会の車が来たら、どれくらい恵みに思うでしょうか。今はインマヌエル教会の車が上がれば怪物が上がって来るように見ています。遠くへ行って世界福音化しようとせずに、近くの所の人と付き合いましょう。おじいさんとけんかせずに、はやく買いましょう。教会が目を開いて、前を見通さなければなりません。ある時は、世の中のことを持って来なくても良いのです。大きいことのために、教会はちょっと損をしても良いのです。統一教より劣っていてはいけません。統一教の神殿を作る時、統一教の幹部がみな出てきて、家ごとに訪ねて行ってお金を渡したということです。だから、その人がピケを持ち出して統一教で作れと言ったのです。私たちの町に作れと言いました。教会の頭が悪霊につかれた人より劣っているのです。隣とけんかをします。負けなければならず、譲歩しなければなりません。あらかじめ、すべきであって、戦ってから負けたら恥ずかしいのです。
■あらかじめ、譲歩しなければならないのです。教会は違わなければなりません。世の中と同じであるべきこともあって、違うべきこともあります。なぜでしょうか。さらに大きいことを見るためです。私は力もなくて、貧しいというのですが、大丈夫です。皆さんの子孫がいつもそれではだめです。私たちはできるのです。たとえ弱くても、信仰が変ならばだめです。私が持っているものがないといっても、希望がなければだめです。私がいくら祈りお答えを受けられなくても、正しく持っていなければならないのです。釜山文化を変える教会を作りましょう。釜山のあちこちに(按手を受けた)役員を立てて祝福を受けるようにさせましょう。釜山を生かす道です。計算が未信者よりはやくなければなりません。昨日、とても忙しい中に市長や国会議員が来られたのを見て下さい。やはり成功する人々だから計算がはやいのです。インマヌエル教会に行かなければならないことを分かる方です。イエスも信じないのに行かなければならないと言うのです。インマヌエル教会、(按手を受ける)役員の任職式に行かなければならないと、仕事を差し置いて市長が来られました。私が内心、賢い方だと思いました。ここがどこだか、集まった人々がどうなのか、信仰がなければ、計算でもはやくなければならないのです。皆さんがどれくらい大きい祝福を受けたのでしょうか。さらに大きいことを見るのです。皆さんが問題がきたのでしょうか。さらに大きいことを考えましょう。皆さんが苦しいのでしょうか。さらに大きいことを思いましょう。損するのでしょうか。さらに大きいことを見ましょう。今、難しいのでしょうか。さらに大きいことを見ましょう。それでこそ、下の地面が正しく見られるのです。神様はさらに大きいものをくださるでしょう。この祝福をすべての(按手を受けた)役員、すべての家族が味わうようになるようにお祈りします。

<<契約の祈り>>
神様に感謝します。今日、さらに大きいことを見ると言われる主の約束が成就しますように。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン



2部/病気にどのように勝てるのか
(ヤコブ5:13〜18)

■あなたがたのうちに苦しんでいる人がいますか。その人は祈りなさい。皆さんが本当に苦しみにあえば、人が解決をすることはできません。それで祈りなさいと言われたのです。喜んでいる人がいますか。楽しい時もあります。その時は賛美するのです。あなたがたのうちに病気の人がいますか。教会の長老を呼んで油を塗って祈ってもらうのです。その時、実際に油を塗ることもしました。今、油とは何でしょうか。色々と解釈ができるでしょうが、正確な答えは一つしかありません。ソウル大学に、みなが、行こうとします。また、ある人は実力が少し足りないと考えれば、勉強をもっとして行こうとします。なぜでしょうか。成功する可能性があるためです。また、なぜ留学に行くのでしょうか。何のために苦労して行こうとするのでしょうか。成功する可能性があるためでしょう。確実ではないけれど、可能性があるからです。ところで、はっきりと成功できる道があります。油を塗って祈ってもらうのです。レムナントも聖霊充満という祝福を味わえる道を度々探したら成功します。多く聞いた話でしょうが、よく知らずにいるのです。誰も例外がありません。長老が外に出て行けば、仕事が多くて大変なことがあります。この方法を知らなければ大変です。それで、この方法を分かれば簡単になります。どのように伝道運動ができるのでしょうか。この方法を分かれば簡単になります。そうでなければ、大変になるのです。病気になった者は、油を塗って祈ってもらうのです。それと共にとても重要な祈りの力を説明しています。今日のタイトルにあるように、今日、すべての病気から勝利することを希望します。
■病気にどのように勝てるかという部分です。それで、皆さんを重要な使命者、(按手を受けた)役員、レムナントです。ここに今、いくつかのことが出ています。今日、ヤコブ5章を見れば、3つの祈りが出てきました。信仰による祈りは、病む人を回復させます。信仰の祈りは病気になった者を回復させます。15節に出てきました。信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、二番目の祈りが出てきました。16節に出てきています。義人の祈りは働くと、大きな力があります。義人の祈りは働くと力があるという言葉はすばらしい言葉です。どんな人が義人なのでしょうか。救われた人が義人なのですが、ここに説明されていますあなたがたは、互いに罪を言い表わし、互いのために祈りなさいと言われました。あなたたちの罪を互いに告白しながら、病気が癒されることのために祈りなさい。そして、義人の祈りは働くと、大きな力があります。悔い改める者の祈りは働く力があります。その次に、また一つが出てきました。切なる祈り、エリヤを例にあげています。エリヤが切に祈ったところ、3年6ケ月間、雨が振らないようにして、降らせることもしました。この話をしながら、病気になった者は祈りなさいと言われたのです。必ず信仰の祈りは病気になった者を癒すのですが、主が癒されるのです。義人の祈りは働く力があります。エリヤが切に祈ったら、3年6ケ月間、雨を降らせることも、降らせないようにもしたのです。これを一度くらいは、体験しなければなりません。そうでなければ、ずっと体験しなければなりません。これが正しい言葉なのか、間違っているのかが重要ですが、これを体験しなければならないのです。私は本当に困難にあう時がありました。とても困難にあえば、事実は祈りもよく出てきません。また、とても困難にあえば、人々と話もうまくできません。ところで、少し聖書を余裕を持って読んで黙想をするのは、少し精神が整っている時する言葉であって、とても混乱していたら、それもだめです。皆さんが定刻祈りをするということは、少し整理されている時であって、とても困難にあっていたら、できません。とても困難にあうので、聖書黙想も考えがよくできなかったのです。
■私はその時、ただ一節だけを思い出したのです。多くの聖書箇所があるでしょうが、私には「わたしを呼べ。そうすれば、わたしは、あなたに答え、あなたの知らない、理解を越えた大いなる事を、あなたに告げよう。」これ一つだけを捕まえて、いつも祈りました。本当に祈ったのですが、その時、祈ったことが全部答えられました。この味を分からなければなりません。どのようにすれば、これが味わえるのでしょうか。病気になった者は、油を塗って祈りをしなさい。今日、皆さんが午後の時間ですが、簡単に考えて見る必要があります。皆さん自ら聖霊充満が何か質問をしてみなければなりません。確かにあります。(按手を受けた)役員も、聖霊充満を私はどのように受けるのか探してみなければなりません。それで、この聖霊充満を受ければ、確かにできると言われました。
■だれでも、私に伝道をどのようにするのか尋ねたら、私はこの話をします。聖霊充満になるといえば良いのです。ひょっとして皆さんの中で、話はしなくても霊的に少し押さえられた人々がいるかもしれません。かなり多いのです。先週、統計を見たら、子どもたちの中にも120万人もいるということでした。韓国での話です。そして、話は言わなくても、精神が全部狂ってしまって、いっそ病院に行けば良いのに、そうではなくて、しばしば押さえられる人々もいます。また、ある人は、実際にうつ病になった人もいます。それで、韓国でうつ病患者が17%程度います。うつ病になれば、苦しめられて自殺をするようになります。こういう人は、どうなるのでしょうか。絶対にだまされずに、皆さんが契約を捕まえて、祈りの課題も置かずに定刻祈りをしましょう。必ずこのまましてみてください。そうすれば、癒され始めます。定刻祈りの時、必ずタラッパンには福音が出ているから、心配をしなくても良いのです。
■福音の中でのメッセージを捕まえて、定刻祈りをしなさい。これができてこそ、常時祈りができるようになり、礼拝ができるようになるから、定刻祈りから開始をしましょう。他のものに深く入らずに、福音の中に、みことばを持って深く入りましょう。癒される働きが起きます。これが最も正確な方法です。そして、勉強が良くできない学生たちがいます。朝早く起きなさい、そして祈りの手帳を開きましょう。祈りの手帳にある、その日のメッセージを見て、祈りで深く黙想しましょう。他の宗教が話す黙想でなく、みことばを捕まえて深く黙想をしましょう。これはとても小さいように見られるのですが、すばらしいことが行われます。最高の知能を持ったダビデが、こういう話をしました。夜昼、主のみことばを黙想する。皆さんが悪人が、罪人の道に立たずに、昼も夜も主のみことばを黙想するのです。私はこれを持ってします。ところで、これはおかしな体験をしなくても答えがくるのです。どんな答えが来るのでしょうか。五つの力が生まれます。いつまで祈りをすれば良いのでしょうか。継続しなければならないのですが、これが出てくる時まで方向をそのまま行くのです。可能ならば、福音にあって音楽をする人々はメッセージを捕まえて、賛美を持って深く祈りをするのです。
■特に(按手を受けた)役員がたくさん選ばれたのですが、この人たちは、少し朝の時間を持ちながら、メッセージを捕まえて深い祈りの中に入ってみましょう。そうすれば、力が生まれます。一番最初に来る力が何かというと、霊的な力ができるのです。霊的な力は何でしょうか。説明できません。霊的な力は、不思議に生き返る、その力が生まれます。ところで、霊的な力があれば、不思議に教会も生き返ります。霊的な力があれば、事業も生き返ります。これが重要です。私が霊的な力があれば、タラッパンに行けば、タラッパンが生き返ります。私が霊的な力をなくせば、他の人がすれば大丈夫なのに、行ってみれば減っています。霊的な力がなければ、不思議に会社もうまくできません。仕事にならず、力がないのです。ところで、霊的な力があれば、人も力がつきます。この力は説明が難しいのです。祈れば、この答がみな出てきます。レムナントが、霊的な力を得てこそ、その次のことができます。未信者は、これを知らないので、おかしなことをして失敗するのです。
■皆さんが福音にあって、メッセージを捕まえて深く祈りをすれば、霊的な力ができます。ある日、答えがくるのですが、悟りが与えられます。それで知力ができるのです。そして、皆さん自身も健康になって、どこかへ行けば、他の人が癒されるみわざが起きます。皆さんが実際に霊的な力があって、知力があってこそ、健康にもなります。どんな職業でも関係がなく、この3つがなれば経済力もつきます。四つになってこそ、人材が従うのです。こうすれば力ができます。この力がどこから出てくるのでしょうか。聖霊充満から出ます。この力を得てしまえば、できるのです。それで、ただ聖霊があなたがたに臨めば、力でも努力でもだめですが、主の霊でできるのです。ところで、これは大変なことでもなく、度々違うところで探そうとする必要もなく、答えの門が開き始めるのです。ここから勉強も、事業も開始になるのです。このような時、すばらしいことが行われます。このような時、どんなことが行われるのでしょうか。ここにともなう答えが、天の答えが、今朝にも説教をしたのですが、天の門が開かれる、ものすごい祝福が開始になります。ヘブル12:22にあるように、神様が周囲の天使を送って、全く見られないことが行われるようにされます。この答えを問わず、課題も問わずに、これを継続していれば答えはずっとくるのです。どれくらいうれしいことでしょうか。そして、正確な答えは行ってみればまた来ていて、時間が過ぎれば正確にきます。
■ある時は、私たちが努力をするように見られるのですが、これが合わされて正確に成されていくのです。それで、この力を持っていなければなりません。これが合えば、皆さんに直ちに今日から答えがき始めます。クリスチャンは、この力を知らなくてはいけないのです。それで、世界福音化をしなければならない多くの人々、(按手を受けた)役員が、必ずこの力を得ることを希望して、レムナントは必ず得なければなりません。どれくらいやさしいことでしょうか。メッセージを捕まえて、祈りを始めましょう。そうすれば、少しだけ深い段階に入れば、みわざが起きます。特に少し精神的に苦しめられる人々は、必ずしなければなりません。そして、肉体的にからだが病気の人々も、皆さんが少し深い段階に入ってみましょう。Uコリント12:1-10を見れば、パウロはとても深い段階にあったということが出ています。このような時、驚くべきことが行われるのです。それで、聖霊充満を受ける方法を探さなければなりません。
■それで、今日は全国世界にメッセージを聞く人が、答えをすべて持っているから、そのまま過ぎずに捜し出してみてください。人ごとにみな違うことがあります。少しだけすれば、ある日、答えが来るのですが、この五つの力ができます。ある日、神様が悟りを与えられるのですが、ずっと知恵が生まれます。その後から、体力、経済力、人材がみなできるのです。知ったところ、今でも黙示録8章にあるように、天の門を開けて、主の天使が全部、皆さんの祈りに全部答えて、お手伝いをしています。今日、ここに皆さんが座っているのに、現場に神様が主の御使いを先に送って働かれるのです。一度も欠かすことはありません。この部分が、とても重要な部分です。祈りの答えを受けられないある牧師が、私に質問をしました。なぜ天使の話をするのですか。私たちのタラッパンをする人ではありません。それで聖書にあると言いました。聖書にとても重要な部分にだけあるのです。
■だから今日、皆さんが信じることを希望します。これだけ回復してしまえば、何の心配もしなくても済むのです。ある日、答えになり始めます。レムナントが、この段階に入らなければならないのです。それでは、どうなるのでしょうか。600人余りの(按手を受けた)役員が、この段階に入るのです。それではどうなるのでしょうか。これから釜山でだけでも700ヶ所に(按手を受けた)役員ができるのですが、その人々がこの段階に入らなければなりません。これだけ重要なことはありません。これ自体が聖霊充満ですが、ここに私たちがしなければならない道があるのでしょうか。あります。皆さんが福音を持った者が福音をずっと味わうのです。福音の中には答えがものすごく多いから、福音をずっと味わい始めます。そうすれば、少しずつ癒されたり、門が少しずつ開かれ始めるのです。それで、これらを捕まえて祈りをするのに、そのままではなくて、霊的な世界の多くの部分を記憶しなければなりません。簡単に話せば、サタンは確かに働いていて、聖霊が必ず働きをしているのです。それで、神様が知って、祈る時ごとに神様が主の天使を送って、すべての暗やみ勢力をみなうち砕かれました。これを味わうのが祈りです。これを味わうのが道だから、道に従って行くようになれば、ずっと答えのみわざが起きます。このように道を訪ねて行くのに、皆さんがどのようにするのでしょうか。福音をずっと味わえばどうなるのでしょうか。ある日、皆さんに神様が力を与えられ、唯一の証拠を与えられます。この決断を継続するのです。
■それで、今日から祈ってみましょう。私に問題があれば、どのようにするのでしょうか。私に病気があれば、どのようにするのでしょうか。もちろん、医師の助けを受けなければなりません。聖書は確かに話をしています。聖霊充満を受けなさい。ゼカリヤ4:6に「権力によらず、能力によらず、わたしの霊によって」と言われました。イエス様が直接、話をされるのに、ただ聖霊があなたがたの上に臨まれれば、ヨエル2:28に聖霊充満を受ければ、未来、明日、重要なものが見えるようになると言われました。これが使徒の働き2:17に成就しました。どれくらい簡単なのでしょうか。レムナントは、この祝福をずっと味わいながら勉強をして、事業家は事業だけせずに、この祝福を味わいながら事業をして、今、病気になっている人は、聖霊充満を受けましょう。病気になった人は、少し違って、深刻な問題がきたので聖霊充満を受けましょう。私が重要な病気がきたら、全てをみな伏せておいて聖霊充満を受けましょう。奇跡が起こるようになっています。使徒の働き2:1-3に、火のような聖霊の働き。誰も防ぐことができない風のような聖霊の働き。今日、癒される神様の貴重な祝福があることを希望します。病気になった者は、聖霊充満を受けましょう。二番目、要約をします。
■結論を結びます。問題がきたら聖霊充満から受けましょう。病気になったら、聖霊充満を受けなさい。その言葉は、主の力で可能だということです。二番目です。結論、二番目です。あらかじめ聖霊充満を受けなさい。そうすれば、問題がこないで答えがずっときます。だから、これが定刻祈りです。これが定刻祈り、常時祈りです。これになってこそ、礼拝祈りとなりますこれは問題がきた場合で、私が病気にかかったらどのようにするのでしょうか。医師の助けを受けなければならないのですが、聖霊充満を受けましょう。医師の方に少し申し訳ないのですが、未信者の医者たちは知らないことがあります。私たちが聖霊充満を受ければ、肉体に起きる影響を知らないのです。
■私が先週にこういう話をしなかったでしょうか。集会の時、こういう話をしました。幼い子どもたちが見ればずっと動きます。赤ん坊を横にしてみれば、横になってずっと動いています。今日、家に帰って一時間横になって、ずっと動いてみなさい。すぐに寒気がします。ところで、子どもたちは横になってずっと動いています。その理由があるのです。動けば肝臓に力が入るのですが、はやく回復する時が幼い時です。年をとって仕事をするほど、肝臓が弱くなるのに仕方がありません。目玉を動かせば、目運動もでき、ある人は耳を動かすのも見たのですが、耳の運動もでき、みな運動ができるのですが、一箇所だけだめな所があるのです。それが肝臓です。肝臓は運動をさせる方法がありません。ところで、笑う時、運動になるということを発見したのです。それで、皆さんが声を出して笑えば、肝臓の運動になるのです。家で笑えば、狂ったと思われるので、山で一人で笑ってみてください。統計的に、女より男が肝臓ガンによくなるのは、男性は笑いを抑えるからです。
■それなら、どうなるのでしょうか。私たちが心の底から、真の感謝を感じて、聖霊充満を受けたら、どうなるのでしょうか。聖霊充満を受ければ、霊的にもものすごいことが起きるのですが、肉的にもそうです。簡単に話せば、病気になった者は、聖霊充満を受けろということです。病気になった者は、油を塗って祈ってもらうのです。その話は、聖霊充満を受けろということです。さらに重要なのは、あらかじめ受けなさい。皆さんが病院に横になって聖霊充満を受けるのも幸運ですが、今、受ければみわざがずっと起きるのです。これが重要なのです。レムナントは、今、定刻祈りでずっと答えを受けていて外を出て行くのです。行ってみれば、答えが来ているのです。これがどれくらい重要でしょうか。問題もきます。問題がくれば、答えが見られます。だから、ヨセフがこれをしていたので、問題がきてもすぐに答えが見られたのです。わかるでしょうか。
■いくら2時でも、今、うとうとする時ではありません。今、うとうとすればメッセージを聞いても、逃してしまいます。病気になった者は、油を塗りなさい。これよりさらに重要なこと、皆さんがあらかじめ平安の真中で受けなさい。それが定刻、常時祈りです。これをのがしてはいけなくて、そうすれば、行ってみれば答えが来ています。問題が来れば、すぐに答えが見られます。皆さんにいくら事件が起きても、答えが見えます。答えを分かれば、揺れる理由がありません。ヨセフは奴隷へ行きながら、すぐに答えを得ました。監獄に行きながら、すぐに答えを得ました。行ってみると答えがあったのです。解答と答えは違います。解答はそれだと分かっているのですが、行ってみると答えが来ているのです。大部分のクリスチャンがこれをのがすのです。私は長老や執事は理解できます。私は宣教師や牧師が人間主義を使うのは愚かだと思います。これを絶対に受けられないのです。率直な話しで、長老や執事は、外に出て生きてみると、そのようなこともあるのですが、牧師はそのようにしなくても済むのです。そして、レムナントが人間主義を使うのを見ればおかしいのです。老いてもいないのに、なぜそのようにするのでしょうか。それで、悩みになります。年を少しとったおじさんがそれをするなら、理解できるのに、なぜ子どもたちがそうするのでしょうか。これは、普通の話ではありません。行ってみれば答えが来ています。やさしいのでしょうか。難しいのでしょうか。やさしいのです。問題がきた時、問題を静かに置いてこの祈りを継続するのです。そうすれば、ある日行けば、答えが出てきます。よく解けなければ、静かに置いておきなさい。置いておいてずっと祈るのです。そうすれば、そこですばらしい正解が出てきます。これがとても重要なのです。
■三番目です。結論を結びます。本当に祈りの答えを受けようとするなら、どのようにすべきでしょうか。この2つのことは、継続しなければならないのですが、重要なことがあります。長老は分かるでしょう。ソウルで、ある女性が大きい韓国食堂をする金持ちがいました。家が食堂だったのですが、公園のようにできていて、30億円ほどしました。ところで、この女性が、ある詩人を愛していたのです。この人が6.25朝鮮戦争以後、北朝鮮に行きました。帰ってくることができたのですが、50年過ぎたのに、帰って来なかったのです。ところで、その男を待ちながらお金を儲けたのです。普通の女性ではありません。普通の女性は、嫁に10回ほどをさらに行ったはずなのに、嫁にも行かなかったのです。この頃、男がいても歩き回るのに男もないのにおよそ10-20回程度行くこともできるでしょう。ところで、何の夫でもないのに、その男を待って50年も待ったのです。芝を植えながら、その人が帰ってきたら見せると言いました。木を植えながら、その人が帰ってくれば木を見せると言ったのです。深い思いになったのです。ところが、この男が帰って来なかったのです。ところで、後に噂を聞いてみたら死んだということでした。それでは、どうなるのでしょうか。会うことができません。皆さんも分かるでしょう。30-40億円するものを僧侶に与えたのです。多分、今はお寺になったでしょう。ところで、与えた理由がありました。この僧侶がもちろん、食事をしに来たでしょう。僧侶になった話をしたのでした。自分は愛する女性がいたが、自分と結婚ができなくて問題がきたと言ったのです。それで直ちに、山を上がって僧侶になったと言ったそうです。この僧侶と、そのおばあさんの深い思いが通じたのです。人が友人でも、夫婦でも、ひとまず話が通じなければなりません。
■二番目は何でしょうか。情緒が通じなければなりません。それよりさらに重要な、友人に全てのものを皆上げられる重要なことは、深い思いが通じなければならないのです。主なる神様の深い思い。ルカ18:8に、あなたの恨みをわたしが解こう。友達同士も深い思いが通じれば、全てのものをみな上げてしまいます。神様の深い思い。これを知っている人は、全てのものをそれに加えて与えられるのです。そのまま、深い思いを持てば、霊的な問題がきます。神様の深い思い。契約的な深い思い。それを捕まえましょう。それが何でしょうか。神様が天使を造り、人間を造って一番祝福を与えられたのに、これが人を倒してしまったのです。それで、創世記6章に神様が嘆かれたと言われています。これのために全世界がみな崩れたのです。キリストを送って、この勢力を砕かれました。ところで、人々は知らずに、ここにやられてしまうのです。教会もやられてしまいました。ある時には、教会でこれを言えば嫌うほどになりました。二番目です。世の中で神様の民が、サタンの奴隷になってしまったのです。自分の子どもがおかしくなってしまえば、親が深い思いが生じます。イスラエル民族が奴隷になってしまったのです。
■神様の深い思い。それよりさらに重要なことがあります。救われた神様の民が、神様の恵みを受けられずにいるのです。多くの神様の民が、神様の恵みを受けることができなくて生きています。聖霊充満を受ければできるようになっているのに、知らずに生きているのです。それで神様の民が、他のものを捕まえてずっと苦労をしているのです。神様の深い思い。あらかじめ聖霊充満を受ければ答えが全部見えるのですが、知らずにいるのです。聖霊充満の力を受けてしまえば、みなできるのに、みなのがしているのです。神様の民が未信者と同じように、しばしば他のことをしているのです。勉強をしなくて良いという言葉ではなく、この中で勉強をしなさい。事業をするなという話ではなくて、この中で事業をしましょう。そうすれば、すばらしいことが出てきます。天と地のすべての権威をわたしに与えられた。とても重要だから、恵みを回復することができるようにメッセージを捕まえましょう。
■とても重要なこと3つ。天を征服しなさい。それが何の話なのでしょうか。マタイ16:19天国の鍵を与えます。マタイ11:12天国は奪い取る者のものです。世の中を征服しようとするなら、本当に暗やみを征服をしようとするなら、天国を征服しなさい。ローマ16:25-27。この世に弟子を隠して、土地を征服しなさい。(按手を受けた)役員を立てた理由が、地を征服しなさい。地を征服する前に、天国を征服しなさい。年をとるほど注意しなければならないことが、じっとしていればまた昔に戻ります。レムナントは、精神を整えなければ、大人たちがした親の誤った部分に陥ります。父母が離婚をして、とても困難にあったのに、自分も後ほどそうなるのです。どれくらいくやしいのでしょうか。これが、最後に思わなければならない部分です。ある女子学生のレムナント1人は、とても大丈夫で実力ある子どもなのに、親がとても問題が多くて家で楽に暮らすことができなかったのです。ところで、この前に嫁に行ったのですが、私たちの全体の家族が心配になるほどおかしな男の所に行きました。そんなことは言ってあげるのが難しいのですが、目に何かが入ってしまっているので、話せば誤解します。その時、私が感じたことがありました。普通に考えると、自分の霊的問題側に行くんだな。
■私を征服しなさい。天国を征服しなさい。祈れということです。地を征服しなさい。伝道して弟子を植えろということです。私を征服しなさい、すべての呪いを祝福の土台に変えましょう。驚くことです。神様の深い願い。これを抱くのです。すべての病気に勝利するようになることを、イエス様の御名でお祈りします。少しだけすれば良くて、難しく考えるのですが、少しだけ朝起きて祈りをしていれば、年を取ったおばあさんでもみわざが起きます。いつまでなのか気を遣う必要はありません。そのまましていれば答えがきます。どれくらいうれしいことでしょうか。何かをしろということでもなくて、これだけしていれば答えがくるのです。この祝福を受ける資格が皆さんがあるから、すべての方が答えを回復する新しい力を得ることをイエス様の御名でお祈りします。祈ります。
<契約の祈り>
神様に感謝します。この契約をのがさないで、新しい力を必ず回復させて下さい。聖霊充満の奥義を、真の平安を味わうようにさせて下さい。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン