2007年12月23日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部/私は衰えなければなません
(ヨハネ3:22-30)

☆☆☆ 1部要約資料☆☆☆
序論
▲バプテスマのヨハネの告白は「あの方は盛んになり私は衰えなければなりません」と言った。ところで、今、私たちの信仰生活は私は盛んになり、あの方は(キリスト)は衰えなければなりません!...
(1)だから、最も大きい問題は、問題を知らないのが最も大きい問題。
1)福音をよく知らずに
2)イスラエルは属国になっていて
3)完全にサタンの奴隷になっているのだ。
(2)それなら、イスラエルの問題、この時代の問題、私の問題と家庭問題をどのように解決することができるのか?私たちは一年が過ぎて、多くの答えも受けたが、これからどのようにしなければならないのか?本当に信仰生活とはどのようなものなのか?
▲どのように問題を解決して、どのように世界福音化することができるのか?
1.あの方が盛んにならなければならない-暗やみは、光だけが解決策
▲私たちがイエスを信じなければならない程度でなく、あの方が盛んにならなければならない。これが信仰生活を最も上手にする答えだ。
(1)聖書箇所- 4個だけ理解すれば良い。
1)創世記3:15、女の子孫が蛇の頭を踏み砕く。
2)出エジプト3:18、血のいけにえで踏み砕く。
3)イザヤ7:14、処女がみごもって男の子を産む。その方がまさにメシヤで、インマヌエルだ。
4)マタイ16:16、あなたは生ける神の御子キリストです。
(2)この時、奇跡が現れた。
(3)信仰生活の本当の答えは-あの方が盛んにならなければならない! キリストが主人にならなければならない。奇跡が起こるだろう。
▲柳牧師の4つの告白
@私の人生の解決者はキリストだ!
A私は伝道したのではなくて、私は30年間、恵みを受けた。
B私は神様に感謝することしかない。
C私は残る生涯、神様に栄光を帰すのだ。
2.私は衰えなければなりません。
(1)生活が大変な理由-他人を殺して、私は生きようとするから(君主論、孫子兵法、韓非子)
(2)イスラエルがほろびた理由、福音を悟れなかった理由が何か?聖職者の間で戦って勝とうとするから...
(3)すべての栄光は神様に帰して、私たちには何もあってはならない。
(証人-クリソストム、ジャン・カルビン、パウロ、クロスビー...)
▲あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。今、はやくクリスチャン、全世界の主のしもべが回復しなければならないメッセージだ。
3.真実なことを見なければならない。
▲今日、バプテスマのヨハネが本当に持ったものを告白したのだ。
(1)私たちが長い間待ったメシヤがきた。それならば、なったのだ。
(2)そのキリストを最も早く証ししたのがバプテスマのヨハネだ。
(3)彼は天から降りた者で、私は地に属する者だ。
▲私たちは本当に持っていなければならない。
4.結論-地の祝福以前に天の祝福を先に味わおう。
(1)私たちは最高に良いことを持っている。それで、キリストの名前が現れるのが最高の実力!
(2)コロサイ3章(1-3節)を見れば上のものを求めなさい。
(3)私たちが本文を見ながら本当に信仰を回復しよう。キリストの名が高められるように、素晴らしくしなければならない。
▲これから、皆さんが歩いていく道に、バプテスマのヨハネより大きい祝福があるようになる(マタイ11:11-12)この祝福がすべての教役者、重職者(役員)、聖徒たちにあることをお祈りします。
(The end)

☆☆☆ 1部録音資料☆☆☆
序論
▲イスラエルの人々は、祭司の部族を無視しません。祭司の部族の中の一人の祭司が特別な事を行っていました。信徒と一緒にいないで、荒野に行って祈って、らくだの毛の着物を着て叫んでいました。その人がバプテスマのヨハネです。祭司の部族だから、イスラエルの人が無視することはできません。その人がヨルダン川でバプテスマを授けながら、イスラエル民族に悔い改めなさいと言いました。さらに恐ろしいのは、大工の息子イエス様を世の罪をになう小羊と言いました。イスラエル民族は、あちこち混乱しました。私たちは、バプテスマのヨハネがメシヤだと思ったところ、あの人がメシヤだと話す人もいて、バプテスマのヨハネがバプテスマを授けているのに、こちらではイエス様がバプテスマを授けておられました。どちらに人気がもっとあるか、人々がたくさん行ったのです。バプテスマのヨハネの弟子がきて尋ねました。先生、イエスがバプテスマを授けていますが、そちらに人が多く行きます。その時、バプテスマのヨハネがした返事です。あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。
▲私たちは、ここですばやく悟らなければならないことがあります。今でも私たちは信仰生活をしています。どこが上手にする、どこが人気があるというやり方です。私たちに何の利益があるか。このようになれば、損ではないかというやり方です。

(1)このようにして、最も大きい問題は問題を知らないことです。
▲問題を知らないのは、違った問題を捕まえることがあります。今、イスラエルには大きい問題が来ているのです。イスラエルの神様が福音を与えられたのですが、福音を味わうことができなくて、イスラエルはとても霊的な問題が来ていました。そのうえに、イスラエルは属国になりました。だから、事実は死ぬ立場です。イスラエル民族が完全にサタンの奴隷になったのです。

(2)イスラエルの問題をどのように解決することができるのでしょうか。
今日、ここで簡単に答えを得なければなりません。この時代の問題は、どのように解決することができるのでしょうか。問題がないならばわかりませんが、問題があるのに、私の問題と家庭の問題をどのように解決しなければならないのでしょうか。
▲今日、バプテスマのヨハネが重要な答えを与えました。私たちは一年が過ぎて、多くの答えを受けたのですが、どのようにすべきでしょうか。本当に信仰生活はどういうことでしょうか。今日、バプテスマのヨハネが答えるのに、イエス様はバプテスマのヨハネを見て、女が産んだ中で最もすぐれた人物だと言われました。私たちは本文のみことばをよく理解しながら捕まえなければならないメッセージがあります。どのように問題を解決して、どのように世界福音化ができるのでしょうか。

1.あの方は盛んになり-暗やみには光だけが解決策
▲最初です。私たちは、信仰生活していても、イエス信じても解決しない。それが何の話なのでしょうか。今日、ここに見ると、イエスを信じなければならないではなく、あの方は盛んにならなければならないと言いました。とても重要な答えです。2007年が過ぎていきますが、2007年に多くのことが起きました。その中で、何日か前、TVで芸能界で起きたことを話しました。2007年度に最も自殺をよくしました。芸能人の自殺したのが出てきていました。離婚もよくしました。そのような過程が出てきました。私たちはそのような問題を見ながら、何か重要なことを悟らなければなりません。創世記1:2に見ると、暗やみ、空虚、混沌と言われています。暗やみとは何でしょうか。真っ暗で何も分からないという言葉です。空虚は何でしょうか。私が思い切り苦労したのですが、そのあげく、何もないのです。どのようにするかも分かりません。それが混とんです。
▲そのように信仰生活するのですが、原因は何でしょうか。聖書は一言で明らかにしています。暗やみです。暗やみの中で、解答は光しかありません。それで、あの方は盛んになければならない。簡単な問題でなく、イスラエルが問題を解決して、私達自身が生きる道は、イエスを信じるという程度でなく、盛んにならなければならないのです。私たちは伝道をしなければならないのですが、伝道は上手にすべきです。レムナントのヨセフは、一言も神様を信じなさいとは言いませんでした。ポティファルに神様を信じなければならないと話しませんでした。奴隷だから、そのようにできませんでした。ところで、ポティファルがヨセフを見て、主がともにおられることが分かったのです。主があなたとともにおられるのだな、あなたがするすべてのことを成功させてくださると言いました。そのような意味です。
▲あの方は盛んにならなければならない。信仰生活で最も上手な秘訣です。あの方は盛んにならなければならない。聖書は66巻で編集されています。

(1)その中の聖書箇所4個だけ理解すれば、みな理解したのです。
1)旧約聖書全体を理解する所は創世記3:15です。モーセが書いたのです。女の子孫が蛇の頭を踏み砕く
2)どのように踏み砕くのでしょうか。出エジプト3:18に見ると、犠牲のいけにえ、血のささげ物で踏み砕く。
3)イザヤ7:14には、処女が男の子を産むが、彼がメシヤでインマヌエルと呼ばれる。
4)新約聖書には、その方が来られたのですが、あなたは生ける神の御子キリストですと言いました。
▲この四つが、聖書箇所のすべてです。聖書66巻を一度に続けさせる、とても重要な答えです。
(2)その時ごとに奇跡が起こりました。この契約を捕まえたモーセに起きた奇跡はものすごいのです。
(3)皆さんの信仰生活の大きい答えは、あの方は盛んにならなければならない。キリストが主人にならなければならない。この言葉が分かるでしょうか。私たちが熱心に生きなければならないのですが、キリストが主人ならば、私たちは何でしょうか。聖書で最も重要な返事になります。バプテスマのヨハネが最も重要な話をしました。あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。どのように理解すれば良いのでしょうか。
▲ところで、あの方が盛んになるという言葉は、皆さんの家庭、個人、事業にある問題の最も確実な答えになります。
▲聖書箇所4ケで、電灯の光でなく、創造の光が照らされるのです。このようなことがおきなければならないのです。羊の血を塗った日、奴隷で縛られていたイスラエル民族がみな解放されて出てきました。この契約を捕まえる日、インマヌエルの祝福が臨んだのです。ペテロがこの告白をした時、あなたはペテロです。その岩の上に教会をたてると言われました。ハデスの門があなたに絶対に勝つことができません。わたしはあなたに天国の鍵を与えます。その話です。あの方は盛んにならなければなりません。すべての重職者(役員)、聖徒が記憶して、すべての教役者が記憶しなければなりません。私たちは、単に信仰生活をします。ところで、カナの婚姻の家で、イエス様が主人の役割をされた時、奇跡が起こりました。皆さんが、もしヨハネのように、その方が盛んにならなければならないという言葉が分かったら、答えの大きい門が開かれるでしょう。
▲私は常に四つの告白をします。レムナントに話します。本当に困難の中にいて、答えが出て来ませんでした。皆さんはどんな状況にあるのか知りませんが、私は信仰生活が上手でなかったのですが、答えが出てきませんでした。それと共に、後ほどとてもだめになって、教会に通いました。それでも答えが出てこなかったのです。とても困難の中に陥って、後にはおかしくなりました。私が一度はイエスを信じなければならない、信仰生活をすべきだという気がしたのです。それで、私が釜山にいるチョ・ウンテク牧師に話しました。大邱に有名講師がきて集会をするので一緒に行こうと言いました。良いといって、生まれてはじめて大邱に行きました。東大邱(トンデグ)におりたのですが、真夏なので暑かったのです。私が思ったのは、アスファルトが溶けるようでした。二人でバスに乗って大邱の八公山(パルコンサン)に入りました。二人で集会に参加したのです。私が記憶しているのは、オ・コンソク牧師という先生だったように覚えています。説教が上手でした。生まれて初めて、ノートを準備して書きました。ところで、普段には、そこが祈梼院なので、多くの人がくるのですた、どこかで寝なければなりません。テントに入れば、むしろが敷いてあって、そこで何でも良いので、かぶって寝なければなりませんでした。一週間いることにしたのですが、三日過ぎたら、あまりに大変だったのです。ひとまず鋭敏なのか、寝られませんでした。とにかく寝なければならないから、睡眠も寝られなくて、食べ物も合わなかったのです。チョ牧師は何の問題もありませんでした。私は寝られなかったのです。そうしているうちに、四日目なのか五日目なのか、見たら、祈梼院なのに精神疾患者が来ていました。不思議に、私は精神疾患者と話をするようになったのです。精神疾患者は、普段には何の異常もないのですが、突然、人々がいるのに服を脱いだりします。正常に、集会に出席をしていて、突然、悪口を言います。ところで、その人と二日ぐらいの話をして、私が突然おかしな気がしたのです。この人はなぜ狂ったのだろうか、そのまま回ったと置いておけば良いのに、私一人なぜ狂ったのかと思ったのです。こういう正常な人が、なぜ狂ったのだろうか。そのように考えるのに、私が私もこういうことでは狂うのではないかという気がしたのです。その気がした瞬間、変になりました。だから、眠ることもできず、ご飯も食べられないで、変になったのです。その時から恐れが生じました。こういう体験をしたことがない人は、分からないでしょう。私が恐れに捕われたのですが、どうしたら良いのかも分かりませんでした。ずっと精神が狂って歩き回る考えに追われました。私がこういうことで、狂うと思いました。私がこういうことでは、狂ってしまうと思ったのです。私がチョ牧師に話しました。私がどうしても狂いそうだから、狂ったら、あなたが私をあの牧師に連れていって祈ってもらうようにしてくれと言いました。チョ牧師が覚えているかは分かりませんが、私は深刻だったのです。話したら、チョ牧師が私を見て、狂ったと言いました。正常だが、なぜ狂うと言うのかと言ったのです。私が狂いそうだから、そうなると私がわけが分からなくなるから、あなたが連れて行って祈りを受けさせてくれと言ったのです。ますます時間が経つのに、耐えられませんでした。本当に完全に、食欲もなく、眠ることもできませんでした。このようにして、とうていだめで、チョ牧師に行こうと言いました。二日残っていたのですが、いることができないから、行こうと言ったのです。その後、精神疾患者を見たら、耐えられませんでした。だから、チョ牧師が夕方に集会に参加して、明日、家に帰ろうと言ったのです。集会に座ったところ、その日によって説教の主題が最後まで耐えろということでした。それで耐えたのですが、その考えが始まって3年間、離れなかったのです。ずっと気持ちが恐ろしかったのです。医学的に話せば、ノイローゼだったようです。また、母に話せば心配すると思って、一人で心配をしていました。夜明けに起きて、朝の祈りに行って、多くの行動をしました。3年間、何もできないし、どこか話す所もありませんでした。そうするうち、一人で薬局に行っていました。薬剤師に話せば、ましになるかと思って行ってみたのです。しかし、また考えて、一度、薬を飲み始めれば、ずっと飲まなければならないのではないかという気がしたのです。もう一度、耐えてみて、だめならば薬を飲むつもりだと思ってもがいたのです。霊的な問題がくれば、本当に深刻で解決策がありません。話す所もなく、話して解決されることでもありませんでした。
▲そのような瞬間に、私が福音を悟ったのです。福音を悟って変化したということではありません。これで神様がキリストを送られたんだなあという気がしたのです。こうした話を深く理解するようになりました。ところで、不思議に、いつか知らずなくなってしまったのです。その考えがなくなってしまいました。私が祈りを受けたり、断食祈祷をしたのでもないのですが、ある日、突然なくなったのです。その時から、反対になることが起きました。霊的な力ができたのです。それで、伝道しに行って祈りもして力ができました。神様が私に対して理解させようと、このようにされるのを分かるようになったのです。霊的な部分をまったく知らなかったので、神様が理解させようとされたのです。私は精神に病気の人々が、どれくらい苦しいのか分かることもできませんでした。しかし、神様は私を理解させてくださったのです。悪霊につかれた者を私は見たことがないのですが、悪霊につかれたのは、こういうものなのだなということを見るようにされたのです。ところで、3年は短い時間ではありません。3年間、とても不安でした。何の理由もありませんでした。他の人が見れば、おかしいことでした。何か事件が起きたのでもなくて、どこかが病気なのでもないのですが、正常にいたのに、そうだったのです。そして、突然3年間捕われて、困難にあうのに、言葉で表現をすることができません。それで、私が福音を悟って、キリストの契約を堅く捕まえるようになったのです。この契約がどれくらい大きかったのか、その時からみわざが起きました。私は四つの告白を常にします。
@私の人生の解決者キリストです。
A他の人が30年間、私を伝道したと思っていますが、私は30年間、恵みを受けたのです。他の人が私を見て、多くの苦労をしたと思うでしょうが、私は30年間、教会に迷惑をかけながら神様の恵みを受けたのです。
Bですから、多くの方は、教会に通いながら自慢することが多いのですが、私は自慢することがなくて、神様に感謝することしかありません。
C私も、ある人々を見れば心配して、未来の準備をする人を見るのですが、私はそんなことが必要なく、残った人生、神様に栄光を帰すことが重要なことです。
これが私の告白になりました。
▲そのようなある日、目を開いて見たら、多くの人が違う方向で霊的問題が来ているのを見たのです。ソウル大学を卒業して、幼い時から模範生で国会議員もした人がある日、問題がきたのです。この方が国会議員に落ちたのが問題ではありません。人生全体で気落ちしてしまったのでした。朝起きて車に乗って行くのに、その方を思い出して祈りました。多くの人、特に芸能人がそのような苦しみの中で自殺をするのを考えなければなりません。それで、バプテスマのヨハネがした話が、イスラエルを生かせる道は、あの方が栄えなければない、それと共に、バプテスマのヨハネがこういう話をしました。私は衰えなければなりません。この言葉を理解しなければなりません。みんなが成功をして、私は衰えなければなりません。
▲昔に、韓国で難しいことがありました。その時は、誤ったことでしたが、日本が韓国もつかんで侵略して、色々な国をつかんで侵略した状態でした。それまでは良かったのですが、神社を作ってお辞儀をするようにさせたのです。ところで、他の人はみなしたのですが、クリスチャンが問題でした。後には、クリスチャンに強要して、その神社を教会に持っていって置けと言ったのです。日本が崇める神社を教会にも置いて、それに崇めて祈れということでした。それを日本政府で韓国教会に圧力を加えたのです。その当時に、総会長だったホン・テクキという人が圧力をたくさん受けていました。すべての牧師、長老を集めて、法で通過させろと言われたのです。日本神社にお辞儀をするのは偶像崇拝ではないと教会で通過をさせろということでした。ですから、牧師、長老、総代が集まったのですが、通過させてしまったのです。その時に司会をした人が、ホン・テクキ総会長でした。通過をさせたのですが、牧師1人に日本巡査一人ずつついていたということです。反対するのか、みな確認をしたのです。それで司会する人が、日本神社に参拝するのは偶像崇拝でなく国家儀式だと言いました。そのうちでチュ・キチョル牧師のような人が反対をしたのです。神社にお辞儀をするのに、偶像崇拝ではないというのと、それを教会に持ってきておいてお辞儀をするのに、それがどのように偶像崇拝ではないかと抗議をしたのでした。それで、警察が捕まえて行ったのです。みんなが生きるために日本神社にお辞儀をするのが偶像ではないと話したのですが、そこで死ぬことを覚悟してチュ・キチョル牧師は話をしたのです。何度も死ぬのでなく、一度死ぬのだから、汚く死んで良いかと、嘘を言わずに、神社にお辞儀をするのは偶像崇拝で、それを教会に置くのはだめだと主張しました。結局、監獄で死にました。しかし、他の人はみな、生きたのです。他の人が生きたのが生きたことなのでしょうか、チュ・キチョル牧師が死んだのか考えてみなければなりません。今、歴史がどのように話をしているのでしょうか。
▲一番重要な牧師と長老が生きようとするから、こういう問題がくるのです。これは信仰生活に最も重要な部分です。

2.私は衰えなければなりません。
(1)世の中の人々が滅びる理由は何でしょうか。
学校で習うのに、君主論、孫子の兵法、韓非子、こういうものを学ぶから他人を殺そうとするのです。これが誤って習ったのです。私が死んでこそ、他人を生かすことができるので、私は生きて他人を殺そうとするから問題がくるのです。

(2)イスラエルがほろびた理由が何でしょうか。
福音を悟れなかった理由が何なのかを分からなければなりません。いつも聖職者の間で争って勝とうとするから、そうなったのです。私たちは記憶しなければなりません。すべての教役者は記憶しなければならないのです。
(3)すべての栄光は神様に帰して、私たちには残るものがあってはなりません。
重職者(役員)時代が来ます。多くの重職者(役員)は、こう思わなければなりません。キリストは栄えて、私は衰えなければなりません。このように習わなければなりません。すべての栄光は神様に帰して、聖徒は祝福を受けて私は犠牲になる。この信仰でなければなりません。すべての信徒も、問題を解決するのが私が死ぬことであるということを分からなければなりません。理解がうまくいかないでしょうが、これを理解する頭にならなければなりません。
▲今回、大統領に12人が出馬したのですが、1人がなって11人が落ちました。みな当選して、1ケ月に一回ずつ回りながらすれば、最も良いのですが、そうできなくて11人が落ちました。落ちた方達の中で、一番人気がある方が一人いました。放送に出てきていましたが、一番人気がありました。その名前はホ・ギョンヨン候補です。結婚すればいくら与えて、家も与えると、パク・クンヘと結婚して、というような話をしました。ところで、この方が人気がある理由があります。11人の中で、その人だけ他人の悪口を言いませんでした。みな他人の悪口を言うのに、その方だけ悪口を言わなかったのです。ちょっと激しい話があるならば、パク・クンヘ(同じ党の候補だった人)と結婚しようということでしたが、その他にはありませんでした。残り候補はみな他の人々の悪口を言っていました。学習をそのように学んだからです。私たちは人を引き下ろせば、私が上がるだろうと思うからです。そのことが暗い世の中で少し生き伸びる方式です。私たちはそのように習ってはいけません。私が犠牲になってこそ、国が生かされて、私が犠牲になってこそ、教会が生かされて、私が犠牲になってこそ、家庭が生かされると習わなければなりません。バプテスマのヨハネが言った話が普通の話ではありません。あの方は盛んになり私は衰えなければなりません。
▲歴史を見れば、クリソストムという人がいました。この人を総会長監督をさせようとしたので、この人が逃げたのです。なぜ逃げたのかというと、立派な人も多いのに、どのように本人がその職責を引き受けるのかと逃げたということです。しかし、今日の韓国では、互いに総会長しようとお金を使いながら争います。おもしろいことです。後輩が行って、クリソストムを迎えるのに来ないから、縛っておいたということです。結局、縛って、車に乗せてきて戴冠式をしたということです。その後で、従順にしますと言ったそうです。
▲ジャン・カルビンという人がいます。今までの神学者の中で最高の神学者です。27才の時、キリスト教綱要という本を書いて世の中を驚かせた人です。カトリックがプロテスタントを迫害した時、原稿なしで出てきて3時間半、証明した人がジャン・カルビンです。世界をひっくり返しました。その人の信仰を、私たちがついて行って長老教と言うのです。この人が死ぬ時にした遺言があります。私が死んだら、墓石を立ててはならない。もし墓石を立てれば、他の人がきて、ジャン・カルビンの墓だといえば偶像にならないかと言ったそうです。そのようにすれば、神様に恥ずかしいということです。それで、墓石を本当に立てませんでした。今、ジャン・カルビンの墓に行けば、区別ができなにから、棒を一本たててあるということです。そして英語でJ.Cとなっているということです。こういう人物が世界を動かしたのです。
▲私は多くの牧師、重職者(役員)が、教会で無駄に争う姿をたくさん見ました。みな違ったのです。すべての栄光は神様に帰して、なぜクリスチャンが主体性を働かせるのか分からなければなりません。キリストが高まって、私は衰えなければならない。パウロはこのように話をしました。神様が私に答えを多くくださって感謝する。それよりさらに感謝することがあるのに、神様が私に救われて感謝する。それよりさらに感謝することがある。このことのために苦しみに会うようになったことを感謝すると言いました。この人たちが、世界を動かしたのです。タラッパン家族、インマヌエル家族の重職者(役員)が、こういう大きい祝福を受けるうつわになるように願います。
▲少なくとも、クロスビーのようにならなければなりません。目が見えないのを障害だと思いませんでした。もし目が開いて見るなら、神様を見たいと言いました。私の行く道、みな行くようにイエスが導かれるので、彼の愛がどうして大きいのか話ですることができない。私の命なる主よ。主の前に進みます。干からびた土地を終日歩いていっても、私は疲れることはない。みな、クロスビーの歌です。この人は目が見えませんが、世界をひっくり返しました。
▲皆さんの中で霊的に苦しめられる方がいるなら、本当にそのことのために感謝しましょう。癒されることがあるでしょう。本当に、問題を持っているならば、感謝から探してみなければなりません。不平を一番よくする人が、実際には、祝福を一番たくさん受けたということを知らずにいるのです。祝福を一番たくさん受けた人が、これがどれくらい大きいことか知らずにいるならば、それのようにまぬけなことはありません。
▲どれくらい、この祝福が感謝なのか、バプテスマのヨハネは、あの方は盛んになり私は衰えなければなりませんと言いました。どのように、あえて私とキリストを比較することができようかという意味です。私たちが、あえて人気になれるだろうかという意味です。簡単な話ではなく、私たちクリスチャンがはやく回復しなければならない話です。全世界の主のしもべが、はやく回復しなければならないメッセージです。
▲私は初めてソウルに行ってびっくりしました。大きい教会の週報を集めてみて驚いたのです。牧師の写真が大きく出てきて、その下に略歴が書いてありました。すごい方々だと思いました。もちろん、勉強をよくしたということは悪いことではありません。また写真を大きくしておけば見るのに役に立つこともできます。しかし、私はそのように感じませんでした。牧師がこれでも良いのかという気がしたのです。立派な教会だという気がしました。ある面で、私は週報に小さく写真が出てきているのも恥ずかしいのです。私たちが顔を知らせる必要があるでしょうか、ジャン・カルビンはこういう話をしました。牧師は説教する時、万年筆も胸にさすなと言いました。とても目立つ服も着ないようにと言いました。神様に栄光を帰すべきなのに、なぜ牧師が栄光を受けるかと話をしたのです。私が一度は集会に行くのに、私を連れて行く人々が、白い洋服を持って来ました。白い洋服を着て大胆に通う方がいますが、私はとうていそれを着て出られないのです。礼拝時間になったのに、洋服がなくて心配をしました。私が恥ずかしかったのです。白い洋服を着て、白い靴を履いて説教することができませんでした。それで、他の洋服を持ってきてくださいと言いました。結局、説教が遅れました。そして、集会に集まった聖徒たちに状況を説明をして謝罪して、遅く集会をしたことがあります。後ほど手紙がきたのですが、ある牧師がその洋服を自分をくれないかという内容でした。それで、私がチョ牧師を見て話をします。白い靴を履いて通うのを見て、すごいと言いました。すると、チョ牧師が私にする言葉が、白い靴ではなく、アイボリー色の靴だと話をしました。それでも、チョ牧師は少しおしゃれな人です。何で主のしもべが、目立つ必要があるかということです。だれかにたくさん見せたいのかという気がします。それは何か持っていないという意味です。本物を持っていないという意味です。

3.真実なことを見なければなりません。
▲今日、バプテスマのヨハネが、本当に持っているものを告白しました。重要な告白と言いました。
(1)私たちが長く待ち望んだメシヤが来られた。それですべてのことが解決されるのです。
(2)そのキリストを一番最初に証しした人が誰かというならば、バプテスマのヨハネでした。
(3)彼は天から降りて来られた方で、私は地から出た者だと告白しました。

4.結論-地の祝福以前に天の祝福を先に味わおう。
▲私たちは本当に本物を持っていなければなりません。私たちが外に出て行けば、人にたくさん会うのですが、お金も持っている人と、持っていない人は違います。本当に持っている人と、浪費する人は目が違います。お金を浪費する人は、無駄に使おうと目が輝くのですが、持った人は管理するため目が輝きます。
(1)私たちは最高に良いことを持っているのです。
この祝福で、その方が現れさえすれば、すべての問題が解決されるのです。
▲やさしい例で、子どもが行く道にキリストが現れて主人になられたら、最も良い道になります。皆さんの子どもが行く道に、キリストの御名が高められたら、最も祝福された道に行くのです。それで、私たちのレムナントが行く道に実力をそろえたら、キリストの御名を現わす実力者ならば、最も良い実力なのです。
(2)それで、コロサイ3章を見れば、上にことを求めなさいと話されました。
祝福は上から来るので、下からは来ません。私は衰えなければなりません。これは普通の話ではありません。イエス様がバプテスマのヨハネを見てこういう話をされました。マタイの福音書11章11節に、女が産んだ人物の中で最もすばらしい人物だと話されました。これはバプテスマのヨハネの未来に対しても話された部分です。重要な役割をして死ぬということを知っておられたので、未来に対する話も含まれているのです。バプテスマのヨハネは、早く死んだのですが、とても重要なことをして、今でもその働きは残っています。
(3)私たちは本文のみことばであるヨハネ福音を見て、本当に信仰を回復しましょう。
幼い時に教会に通っていた時から私は見たのです。私がもし未信者ならば、その姿を見て教会には通わないでしょう。クリスチャンをたくさん見たのですが、私がもし未信者ならば、クリスチャンを見て教会に果たして行けるのかと考えます。私たちのクリスチャンは、すてきでなければなりません。私たちは福音を持ったので、キリストの名が高められるように、多くの働きをしなければなりません。わざわざでもしなければならないのです。ホテルの職員を呼んで、私はわざわざご苦労さまとお金を与えます。この人たちが、お金を与えたためでなく、自分たちを牧師は心配しているのだなと考えるのです。それで、この人たちの気持ちがうれしくなります。後ほど見たところ、秘書を見ても喜んでいる姿を見ました。また、釜山でも管理する方々にも、そのようにしたところ、車も管理してくれて気を遣っている姿を見ました。
▲賛美歌355番(召されたこの身は)を歌いながら、この賛美は私たちと合わないと思います。召されたこの身は、いずこもわれゆく、苦しみ喜び、主に従いゆき、だれしも止めえず、死さえ恐れず。ここまでは理解できます。けわしき谷間も、みことばたずさえ。私は田舎はだめです。田舎に行けば、苦しくて生きられません。私は祈っていました。どこにでも私を送っても良いですが、田舎はだめですと祈ったことがあります。田舎に行って青年たちと服を着替えるのに、突然、主人おばさんがドアを開くのです。電気代がかかるから話をしました。田舎の牧師は、苦労すると考えました。これは田舎のレベルです。3節はさらに気に入りません。さげすむ十字架をわれ負いてしたがうという部分を見れば、皆さんが少しだけ試みを受けても3年は心に傷ついているのに、さげすむ十字架をわれ負けて、ほまれも名もなく、感謝し仕える。歌詞は本当に良い賛美ですが、私たちが歌うのが恥ずかしいのです。皆さんが最も歌いやすい賛美は何でしょうか。よるべきわれは、主に近づかん。ある人は、遠足に行ってもこの歌を歌います。これくらい、私たちは何かを直さなければなりません。
▲クリスチャンは、本当にすべてを持っています。私は手ぶらで始めて、今、全世界にレムナントが起きています。今、難しい時代に昨年にRUTCに参加した人員より、今年は統計を出してみたら、さらに多い人員が参加しているということです。昨日、報告を受けてみたら、数字もさらに増えて金額も増えました。さらに驚いたことは、今、最もRUTC献金を正しくしている教会がインマヌエル・ソウル教会です。皆さんがレベルが高いということを今、分かりました。そして、釜山が2位でした。イエウォンが3位でした。難しい時代なのに、レムナントを生かすのに献金するのが1位です。私たちが本当にクリスチャンなら、受けたことがあるから私たちは衰えても大丈夫です。この話は、ほろびなければならないということではありません。私たちはこれ以上、必要なことがないという言葉です。これから皆さん歩いていく道に、バプテスマのヨハネより大きい祝福が皆さんにあるようになります。これは私の言葉ではなく、マタイの福音書11章11〜12節を見ればあります。バプテスマのヨハネよりすぐれています。
▲こういう祝福がすべての重職者(役員)、すべての信徒、すべての教役者にあるように、皆にイエス様の御名でお祈りします。

(祈り)
神様に感謝します。私たちがとても多いことを受けたのですが、感謝がありませんでした。また全てのものを受け取れるのに、信仰が弱いのです。バプテスマのヨハネのように、真に信仰を告白する証人になるようにさせて下さい。私たちがヨハネの福音書のみことば見る間に、新しい恵みと力を得る祝福を回復する真の信仰人になるようにさせて下さい。イエス・キリスト御名でお祈りします。アーメン
(The end)



2部/真の戦い
(Iヨハネ3:8)


☆☆☆ 2部要約資料☆☆☆
序論
▲祈る時ごとに、みことば対する時ごとに詩103:20-22節を思いなさい。
(1)20節(みことば)-みことば受ける時間に(礼拝)主の天使が動く。
(2)21節(みこころ)-神様のみこころを探すその時間に、すべての天軍を動員
(3)22節(聖霊)-聖霊で働かれるところには必ず働かれる。皆さんが特に祈る時(黙示8:3-5)
▲福音手紙を継続している中に四回目の出会い-真の戦いIヨハネ3:8,神様の子が来られたのは悪魔のしわざをうち壊すためです。それでは、悪魔のしわざとは何か?
(1)創世記3:5,蛇を利用して,サタンが人間を攻撃した。それで、人間は原罪に陥った。
(2)創世記6:4-5,宗教人を利用して入ってくる。ネフィリム。
(3)創世記11:1-8,暗やみ側への組織を度々組む。
(4)黙示12:1-9,混乱の中で陥るようにさせる。
▲それで神様がこの問題を解決しようとキリストを送られた。
▲初代教会は、どんな戦いを正しくしたので答えを受けたのか?
1.受け入れ(ヨハネ1:12)
(1)身分-イエスを受け入れる瞬間、身分が変わる。
(2)権威-身分が変わる瞬間、身分によって権威ができる。
(3)答え-それではこれを(身分、権威)分かるだけ答えを受けるようになる。
▲受け入れは一度すれば終わるが、この祝福は毎日味わえて、すべての場所で味わえる(Iコリント3:16,神様の聖霊が共に)
2.味わうこと
(1)聖徒に与えられた7つ祝福-
1)聖霊内住-皆さんの中で聖霊が働かれる。
2)聖霊の導き-みことばを捕まえる瞬間に聖霊の導きが起きて、聖霊の導きを祈るようになる。
3)聖霊充満-世の中に勝てる力を与えられる。
4)この時からまさに神様の国が臨むようになっている。
5)神様の国が臨む所に必ず主の天使を送られる。
6)皆さんが行く所に弟子らが起きるようになっている。
7)天国に行く前に天国の奥義の祝福を味わうようになる。
(2)権威-未信者状態6つ
▲この時から未信者状態6つの呪いが皆さん行く所ごとに崩れるようになる。
3.権威
(1)使用-権威は使うことで意味がある。
1)神様にする祈り
2)権威で命じる祈り-ナザレのイエス名前で起きて歩きなさい!
(2)イエス・キリストの御名-わたしの名で何でも求めなさい、そうすれば必ず答える(ヨハネ14:14).
▲患者に会えば、正しいことを教えてあげなければならない。
@正しい考えから+A正しい福音+B正しい方法(医師の助け)+C正しい規律+D肉体の病気(医師の助け、聖霊充満を受ける機会)+E精神疾患者(医師の助け+みことばが入ってこそ治癒)
▲私たちは本当に戦いをすべきなのに神秘、律法、不信仰と戦わなければならない。
4.結論
(1)定刻祈り-霊的戦い
(2)常時祈り-力を得なさい。何でも祈りに連結してみなさい。
1)対話祈り
2)良心祈り
(3)権威の祈り-必ず権威の祈りを使用。この現場にあるすべての暗やみの勢力はイエスの御名で離れるように!
▲こうすれば、これから皆さんの現場にどんなことが行われるだろうか?今日からこの祝福が始まることをイエスの名前で祝福します。

☆☆☆ 2部録音資料☆☆☆
序論
▲祈る時ごとに、みことばに対する時ごとに思うことがあります。詩編103篇を探してみてください。祈りの答えを一番たくさん受けたダビデが作った詩です。103篇をダビデが書きながら、20、21、22節を見れば、とても重要な話をしました。
(1)20節にこのようになっています。
「主をほめたたえよ。御使いたちよ。みことばの声に聞き従い、みことばを行なう力ある勇士たちよ。」皆さんが神様のみことばを受ける時間に、神様は主の天使を動かされます。これ一つだけ分かっても、すばらしい答えを受けます。聖書をたくさん見なくても、みことばだけ正しく見て、正確に捕まえれば、同じ働きが起きます。あえて信じると強調しなくても、このようにだけすれば良いのです。
(2)21節を見ましょう。
「主をほめたたえよ。主のすべての軍勢よ。みこころを行ない、主に仕える者たちよ。」神様のみことばを聞いて、神様のみこころが何か探して動く、その時間に、神様はすべての天軍を動員すると言われました。これが事実ならば、すばらしいのです。ところで、これが事実です。それで、皆さんが礼拝をささげる時ごとに、祈る時ごとに、全く同じことが行われるのです。
(3)22節です。
「主をほめたたえよ。すべて造られたものたちよ。主の治められるすべての所で。わがたましいよ。主をほめたたえよ。」と言われました。主がすべての所にみなおられるのですが、主が聖霊で働かれる所には、必ず働かれるようになっています。
▲すなわち、皆さんがみことばを捕まえる時、特に礼拝する時を言います。その次に、皆さんが祈る時です。とても重要なのが、この間に神様の計画を悟れなければ、多くのことをのがすのですが、悟る時はとてもものすごいことが行われるのです。それで、ヨハネ黙示録8章に、皆さんが祈る瞬間に、神様は同じように霊的に作業されるとなっています。これを信じない人々が大部分なのですが、私は確かに信じます。皆さんが見る時、私が答えをたくさん受けられなかったように見られるかも知れないのですが、私自身はたくさん受けました。少し錯覚もあるでしょうが、牧師の中で最も多く受けたと考えたりもします。事実、祈ってみことば受ける時、科学的にどんなことが起きるのか知りませんでした。そのままイエス信じれば良いと思っていたのですが、本当に祈る時、こうしたことが行われるのです。それでは皆さんがここに座っておられるのに、この時間がすばらしい時間になります。ここで表現されているのは、すべての軍勢よ...と言われました。皆さんはここにおられるのに、神様は皆さんの事業の場に働かれます。何をする時、そうなのでしょうか。
▲今、私たちは福音の手紙を継続しているのですが、四回目の出会いです。真の出会い、方法、目標については、みな話しました。今日は真の戦いに対することです。これを必ず教えなければなりません。それでこそ、このことが行われるのです。もちろん、私たちも分かるべきですが、新しい家族はよく知りません。その中に今日、Iヨハネ3章8節を読みました。最後の部分を見れば、神様の子が来られたのは悪魔のしわざをうち壊すためですと言われています。悪魔のしわざとは何でしょうか。神様がイエス・キリストを送られた理由がこれだと言われていますが、それでは悪魔のしわざとは何でしょうか。たくさんあるのですが、聖書箇所5つは、必ず記憶しなければなりません。

(1)創世記3:5-目に見えないように完全に違ったものを利用して皆さんを攻撃するのですが、創世記3章5節です。蛇はサタンではないのですが、サタンが蛇を利用して攻撃してきました。今でもしています。それで、このことを滅ぼされたのです。これが皆さんと何の関係ない原罪です。皆さんがそれほど間違っているのでもないのですが、この世で多くの困難が起きないでしょうか。原罪です。これは法的に創世記3章から起きたことです。もし共産党が皆さんの土地を占めるようになれば、子孫は何の関係もないのに、法的に共産党に縛られるようになります。この話が分かるでしょうか。新しい家族がこれを理解できなくなっています。昔に両親が奴隷ならば、自動的にその子どもは奴隷でした。法的にそうなったのです。創世記3章の事件以後に、すべての人はこのようになりました。分かるでしょうか。これをなくすために来られたのです。ところで、カトリックは原罪をよく知らないようです。なぜなら、マリヤも罪がないと言います。アダムの子孫はみな原罪があります。時々、心を優しくしようと幼い子どもが死ねば救われるのではないかと言うのですが、そうではありません。原罪は、無条件生まれながら持っています。くやしくないでしょうかと言うのですが、くやしいことは事実ですが、くやしいからといって真理が変わるのではありません。今でも福音なくて伝えることができない国もあります。くやしいが、救われないのは事実です。サダム・フセインの下で思い切りの人を殺して死んだ人々がくやしいのですが、結局、地獄に行きました。

(2)創世記6:4-5、これでそのまま終わるのではありません。
創世記6章4節、5節を見れば、宗教人を利用して入っていくのがネフィリムです。なぜ教会に通うのに問題が来るのでしょうか。福音なければ全く同じです。ネフィリムを最もやさしい話で言えば、霊媒師です。ラッパという言葉がヘブル語なのですが、上から落ちたという意味です。天使が堕落して人を掌握したのですが、これが宗教も作って偶像も作ったのです。
(3)創世記11:1-8、そうしながら、創世記11章8節に、人間が自分たちどうし力を集めて勢力を集めることに陥ったのです。簡単に話せば、人々は知らずに暗やみ側に組織を組むのです。これがサタンの戦略です。人々は知らずにいます。
(4)黙示12:1-9、ヨハネ黙示録12章1-9節を見れば、混乱の中に陥るようにさせます。皆さんを混乱の中に陥らせるのです。これ一つだけ持っても、ものすごい事件です。
▲それで、なぜイエスを信じなければならないのでしょうかという単純な話にならず、神様の子を送らなければ、このことが解決されないのです。なぜ処女誕生でなければならないのでしょうか。人はすることができないためです。なぜ復活されなければならないと言ったのでしょうか。そのような力がなければ、できるはずがないから、このことが解決されないのです。それで、すべての宗教人が最後に失敗する理由がそれです。ソンチョル僧侶は、最後に救われることができなかったと言いました。本当に立派な方です。本人自身が救われなかったと告白しました。直接、自分が文書を書いたでしょう。真実の人々が多いのです。今回もある修道女が話しました。自分は救われなかったし、今、地獄でさ迷っているを言いました。その人が平和賞も受けて、立派な方なのにです。真実に告白したのです。救われなかったと言いました。教会に通うのになぜそうなのでしょうか。福音を知らなければみな全く同じです。ここで全てが応用されなければなりません。これを初めて信じる方々に、正確な福音の理由を説明しなければならないのです。神様の子が来られたのは、悪魔のしわざを滅ぼすためです。それで、バプテスマのヨハネは、事実を知ったら、イエスその方の靴の紐をとく資格もなくて、その方は当然、盛んにならなければならず、自分は衰えなければならないと言いました。正しく表現したのです。
▲初代教会は、どんな戦いを正しくしたので答えを受けたのでしょうか。簡単に申し上げます。私たちは聖書にあることを見なければなりません。初代教会は、おもに何をしたのでしょうか。3つのことをしました。受け入れ。受け入れた人々、すなわちその名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。初代教会はおもに何を持っていたのでしょうか。味わうこと。これは必ず説明しなければなりません。初代教会は何を持っていたのでしょうか。権威。この3つがあってこそ、上のことに勝てるのです。必ず教えなければなりません。

1.受け入れ
(1)身分-これのために神様がイエス様を送られたので、イエス様を受け入れる瞬間、身分が変わります。
(2)権威-身分が変わる瞬間、身分よって権威ができます。
▲ここに重職者(役員)の方がたくさん座っておられます。違う方々には申し訳ないのですが、重職者(役員)として油を注がれる瞬間、身分が変わります。警察になる瞬間、警察の権威が生まれます。例えば、大統領になる瞬間、大統領の権威ができるのです。まだ、就任式もしていないのですが、李明博候補が大統領に当選した瞬間、大統領と同じ警護がつくようになります。身分ができると同時に権威ができるのです。それでは、これを分かれば、それだけ答えを受けるようになっています。これを教える時に、必ず誤ったいくつかのことを教えなければなりません。
▲大部分の人々は、何かを違うように思っています。大部分が信仰生活をしながら、神秘側にたくさん行ったり、律法にぎゅっと縛られているのです。大部分の人々が錯覚をして、変に信じています。受け入れた人々、すなわちその名を信じた人々には、神様の子どもになる特権が与えられたと言われました。これを信じて分かれば、証拠がたくさん起きるようになっています。
▲受け入れは一度すれば終わるのですが、この祝福は毎日、味わえます。初代教会は毎日、聖餐式をしました。この祝福はすべての場所で味わえます。これが初代教会です。この契約を捕まえたのですが、ものすごい答えを受けました。ある人は、イエス様を受け入れる祈りをした瞬間に、すぐに変わったりもします。それは人によって違うのです。ある人は、受け入れても、何の変化もない人もいます。しかし、明らかなのは、このように変わるのです。この問題は、神様が解決することにされたので、その方法がキリストです。それで、受け入れる瞬間、権威も変わって、変わる瞬間、答えを受けるのです。試験に合格して判事に任命されれば、判事の身分ができて、その権威ができて、それにともなう答えがくるのです。私たちも神様の救いの祝福を受けて受け入れる瞬間、こうしたことが起きます。
▲これを正しく知れば、すばらしいことが行われます。あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。

2.味わうこと
▲この時からキリストの祝福なかで味わうことが2つあります。今からしてみましょう。
(1)聖徒に与えられた7つの祝福-聖徒に与えられた数万個の祝福がありますが、7つの祝福で要約されています。今から祈る時にはこれを祈りましょう。
▲皆さんが行くすべての所には聖霊が働かれるのですが、特に皆さんの中に聖霊が働かれます。これが普通の話になりません。聖霊が皆さんの中にいらっしゃるから、これを味わえば、癒されるようにもなって、多くの神様の証拠が起きます。また、みことばを捕まえる瞬間に、聖霊の導きを受けて、聖霊の導きも受けるように祈ります。皆さんが世の中に勝つ力を神様が聖霊充満で与えられたのですが、これがすばらしい祈りです。この時からまさに神様の国が臨むようになっています。神様の国が臨む所に、神様は主の天使を送られます。この時から、皆さんが行く所に多くの弟子が起きるのです。そして、天国に行く以前に、すでに神様国の祝福、天国の奥義の祝福を味わうようになります。こういう答えを祈りでずっと味わうのです。これを二つの単語にすれべ、身分と権威です。皆さんが行く所ごとに聖霊が働かれるから、そこに神様の国が臨んで、天の門が開かれて、主の天使が動員されるようになっています。

(2)権威-未信者は聞き取れないでしょうが、この時から皆さんにものすごい権威が生じるのですが、未信者状態6つの状態の呪いが、皆さんが行く所ごとに崩れるようになるのです。
▲信仰生活は簡単です。この中にすべて入っています。皆さんが今から1年だけ持続的に祈ってみてください。皆さんがすることに必ず成功の座、答え、征服の座に来ているようになります。
▲ところで人々が、これを味わわないのです。これをする時、注意することがいくつかあります。直さなければならないのです。私たちは御利益信仰ではありません。私たちは聖書のみことばを勉強だけわかる知識信仰ではないのです。また、私たちは聖書の生きているみことばをみな抜いてしまった昔の自由主義神学でもありません。神様のみことばを事実通り信じる信仰です。2000-3000年前に記録されたのですが、今でもそのままなっています。驚くことです。多分、皆さんの中でこの話が信じられない方たちは、答えを受けられないでいる方でしょう。皆さんすることが必要ないということではなくて、これから先になっていなければならないのです。皆さんする事業と仕事に、まず最初になければならない答えがまさにこれです。今からは現場も生かして、人も生かさなければなりません。

3.権威
(1)権威使用-それで最も重要な祝福であるこの権威は使うことで意味があります。聖書に見れば、祈りが2種類出てきます。
1)神様にする祈りがあって
2)まさにこの権威で命令する祈りがあります。ナザレのイエス名によって歩け! その次にパウロが使徒の働き16章に、悪霊につかれた占い師にイエスの御名で悪霊を追い出しました。大きく声を出す必要もなくて、皆さんが最も困難にあった時、イエス・キリストの御名の権威で...それは、イエス・キリストの御名でしたので、必ず答えがきます。不思議に思います。あるものは10年後に答えがくるのですが、正確に来ます。
(2)わたしの名前で何でも求めなさい。そうすれば、必ず答える...と言われました。それで、ペテロがナザレのイエスの名で歩け!と言ったのです。
▲皆さんが、この3つで現場に行ってみれば、患者に会うようになるのですが、彼らに正しいことを教えなければなりません。患者に先に教えることがあります。正しい考えから持つようにしてあげなければならないのです。ある人は、無条件に答えてください、直してくださいという式です。それではありません。神様は、それが先ではなくて、皆さんとその人に正確な福音を分かるようにされることを願われるのです。それで、正しい福音から悟らなければなりません。そして、方法も違うようにする人が多いのですが、正しくしなければなりません。必ず医師の助けを受けなければならないのです。神様が医師を作って、用いられるためです。それでは信仰がないのではないでしょうかと話す人がいます。もちろん年齢が99才になった方が医師が見込みがないというのに、それを無視してさからってしてはいけません。しかし、科学的な方法でしなければなりません。私が見る時、普通のクリスチャン、未信者を見れば、とてもあきれるようにしています。そして、生きる規律が偶像崇拝していたそのままです。それと共に、直してくれと言うので話になりません。医師の話も全く聞かないで、科学的な方法もしなくて、変にしながら直してくれと言うのです。必ず患者は考えから正しく変えなければなりません。いくら緊急でも、考えを正しくしなければならないのです。そして、私が本当に福音を受けたのか確認、整理して、方法も変えなければなりません。私たちが医学的、科学的に限界が来る時があります。その時は、私たちが神様に任せられるのです。私たちがこの世に永遠に生きるということが目標ではないので、そのような場合は、神様に完全に任せるのですが、そのような場合ではなくて、とても非科学的で合わない場合をする人々がとても多いのです。
▲皆さんが、理解しなければなりません。私のために祈ってくださる方が多くいます。良い薬、補助品など、良いものをたくさん持って来て下さいます。私がそれをみな飲めば、一日三食を薬だけで済まさなければなりません。いくら良いとしても、保管して医師の指示によって飲みます。良くても、私が持っている理由がなければ、必要な人に与えます。有難いから言う言葉なのですが、ある方が一週間だけ時間をあけてくれれば、からだの中にある汚い血をろ過してあげると言ってくれますが、しないでいます。その方の言葉が間違っているのではなく、私は私の方式のとおりしているのです。
▲必ず医師、科学的、合理的に行わなければなりません。それは不信仰ではありません。医師ルカが、パウロに付いて回りながら癒していたのですが、それが不信仰なのでしょうか。医師ルカが、テオピロの主治医でありながら、その人に福音を伝えました。特に患者を見れば、肉体の病気を持った人がいます。ひょっとして、ガンになっているかもしれません。こういう人に話を下手にすると大変なことになります。生きる、死ぬは神様の御手にあります。未信者ならば、ガンの癒しから受けるのではなくて、救いから受けなければなりません。私たちの信徒がガンになった場合、医師の助けを受けながら聖霊充満を受ける機会です。聖霊充満を受ければ、良くなることもあって、良くならないこともあります。神様の目標は聖霊充満です。病気が治れば福音を伝え、そうでなければ天国に行くのです。ところで、聖霊充満を受ければ恐ろしくないのです。聖霊充満を受けた殉教者には恐れがありませんでした。
▲普通、働きをしていると、精神疾患者がいます。ある人は精神的に苦しめられる人、悪霊につかれた人、色々な種類ですが、これはこれからますます多くなるでしょう。私は必ずそのように教えます。必ず精神疾患者は、病院の医師の助けを受けて、薬を飲みながら安定した時、みことばを伝えるのです。ある人は、信仰で直すとし、薬をやめるようにして、結果的にさらに問題がくるようにさせたりもします。そうなると、その人にみことばが入りません。みことばが入ってこそ、その人にみわざが起きるのです。率直な話で、私が精神疾患者にみことば伝えて治る人もいたが、だめな人もいました。どうしても、だめな人がいます。それは、私の所管ではありません。ある人は、イエス様を受け入れてすぐに解決した人もいます。しかし、大部分の人々はそうではありません。大部分は、医師の助けを受けて、安定している時にみことば運動をしなければなりません。ある日、この人に聖霊充満のみわざが起きる時、神様の力が現れるのです。このようになる時、驚くべき多くのことが起きます。
▲さらに正確に話せば、私たちは良くならなくても大丈夫なのです。そうではないでしょうか。簡単に話して、病人をたくさん直したパウロが、自分の病気は良くなりませんでした。それでは、パウロが恵みを受けることができなかったのでしょうか。そうではありません。信仰が弱かったのでしょうか。それでもありません。パウロが働きを少なくしたのでしょうか。さらによくしたのです。Uコリント12章を見れば、この病気が離れるようにどれくらい切実に祈ったのか、自分がからだの中にいるのか、外にいるのか分からなかったと言いました。サタンのトゲであることが明らかだったのですが、神様の恵みだと言いました。むしろ、それをもって成功したのです。皆さんの弱い部分が皆さんを成功させるという神様の計画があれば、どのようにするでしょうか。私たちの足りない部分を持って神様が祝福されるのに、どのようにするのでしょうか。また聖霊充満を受けて力を得て健康になって、世界福音化することもできます。本当に戦いをすべきなのですが、私たちは、神秘、律法、不信仰と戦わなければなりません。

4.結論
▲それで、今から時間があれば、このようにしてみることを望みます。
(1)定刻祈り.
霊的戦いのすべての祝福は与えられたので、時間あるままするように願います。祈る時ごとに、こういうことが行われます。皆さんは必ず祈る時ごとに、この3つの事が起きるのです。すばらしいではないでしょうか。仕事をするなという話ではなくて、この祈りを継続するならば、この中で仕事が進行されるのです。

(2)さらに重要なのは、いつでも考えでずっと祈るのです。
断食して祈るのも良いのですが、神様に対話で祈るのがさらに真実です。心の中で。とてもくやしいことにあった時、断食をすればさらにこんがらがります。くやしいうえに、断食まですれば、本来持っていた足りなかった考えが合わされて変なことが行われるのです。良心で祈るのが一番良いのです。これが常時祈りの最も正しい道になります。神様、私の夫はなぜあのようですか。良心を持って一度尋ねてみてください。それでは、神様が皆さんの心に答えられます。あなたの事を先に世話しなさい。最も答えがはやくきます。このようにしないで、断食すれば、本当にこんがらかります。祈りの中で最も力がある祈りです。
▲定刻祈りは、霊的に大きい戦いを繰り広げる祈りならば、この常時祈りはすばらしい答えが来る祈りです。奴隷で捕えられたヨセフが、いつでも神様の前に祈りました。常時祈りは何日かするだけでも表に現れます。皆さんに良いこと、悪いこと、失敗したこと、全てを祈りと連結すれば、すばらしいことが行われるのです。

(3)この時ごとに必ず権威祈りを使いましょう。
心の底からする時、神様だけご存知なので、すばらしい祈りとなります。この現場にあるすべての暗やみの勢力はイエス・キリストの御名で離れるように! ある人は、大きい声で祈らなければならないと思うのですが、そのような必要はありません。
▲ある本にも出てきていました。ある宣教師が島に伝道をしに行ったのですが、酋長の息子が信じるようになりました。ところで、この子が宣教師に付いて回って倒れてしまったのです。病院に移したがだめだということでした。とても無理をしたので、生きられないということでした。今夜を越すのが難しいと言われたのです。酋長が、宣教師に、なぜおかしな宗教を持ってきて、他人の息子をこのようにさせたかと言いました。病院ではすることをみなしたと出てきました。この宣教師の告白です。心に確信がきたということです。これがどのように神様がなさることなのだろうか。必ずサタンがした事だ。何も言わなくて、子どもの手を握って心の底から祈ったということです。この子を助けて下さい。今、この時点でこの子が死んではいけないのです。それで子どもに手を置いて一人で祈ったのです。本当に、福音を防いでこの子をつかんでいるサタンは、イエスの御名で離れるように! 心の中でしたということです。ところで、宣教師に確信がきたということです。神様が失敗されるはずがありません。その日の夜に奇跡が起こりました。この権威というものはものすごいのです。
▲私は率直に、影島(ヨンド)で全世界を置いて祈ったのですが、今、全世界に福音が入っています。特に、重職者(役員)の皆さんは、この祝福を正しく味わいさえすればよいのです。多分、皆さんが今まで習ったのは、がんばって最善を尽くすように習ったでしょう。ところで、これは単純にそうなのではありません。さらに優れた、上にあることなのです。神様のものすごい祝福が皆さんに来ているのです。時間が全くいらなくて、このようにすれば良いのです。
▲私は定刻祈り時間に発展することが多くて、することが多いのです。学生たちは参考にすることを望みます。私は定刻祈り時間に運動もします。定刻祈りの後で英語の勉強もします。英会話は声を多く出さなければならないので、声を出さないですれば60年勉強しても無駄なのです。通りを通いながらできないから、一人で定刻祈りの時にします。レムナントも、声を大きく出しながら勉強することを望みます。定刻祈りで運動もすべてします。常時祈りは継続してします。それと共にイエス・キリストの御名の権威。そうすれば、これから皆さんの現場にどんなことが起きるでしょうか。新しい家族は、誰に会うのかによって変わるのですが、このまますることを望みます。ある人は、新しい家族なのにイエスを信じて朝の祈りまで出てきます。知ってみたら、この人に伝道した人が本格的に朝の祈りに通う人でした。自分がするまま教えるのです。ある人は、神秘主義に類似したことをする人もいるのですが、神様の力は神秘であって、神秘主義ではありません。今日からこの祝福が始まることをイエスの御名でお祈りします。それでは、三日だけすれば40日断食より大きい力が出てきます。
(祈り)
神様に感謝します。新しい力を得る週になりますように。全てが祈りに連結して、聖霊充満の力を味わうようにさせて下さい。神様の知恵を得る祝福を与えて下さると信じます。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン
(The end)