2008年3月30日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部:永遠のいのちの中でも死んで行く人々
(ヨハネ7:1-13)

☆☆☆ 1部要約資料☆☆☆
序論
▲今日の本文の中で見つけなければならない質問と答えは何か?これを見つけてこそ、信仰生活に失敗しない。
(1)なぜ神様がイエス様を卑しいところに送られたのか?(大工の家、馬小屋での誕生、ナザレの町、無知な12人の弟子)
(2)なぜイエス様が十字架で処刑されたのか?
(3)なぜイエス様は何も残しておかないで無力な状態で行かれたのか? すべての使徒と聖徒たちが死に処せられる状況を作っておいて行かれた。そうしておいて、命令はものすごいことをされた。すべての国の人々を弟子としなさい!
▲なぜそうだったのだろうか? いくつかの大きい理由があるためだ。今日、ここで私たちは3つの答えを出さなければならない。
1.卑しい姿で来られた-ただ救われる人だけ悟るようにするためだ(マタイ13:34-35、ルカ8:10、マルコ4:12)
(1)イエス様がものすごい姿で来られれば政治病にかかった人々がどのようにしただろうか?
(2)教権偶像に陥った人々は、どのようにしただろうか?
(3)商売人はどのようにしただろうか?
(4)イエス様が卑しい中に来られたことは、本当に救われる人だけが悟るようにするためだ。
▲イエス様がものすごい姿で現れたとすれば、にせ物がついてだめなのだ。
2.十字架での処刑-人間が解決することができない重要なことを成し遂げられた。
(1)霊的な目が暗い者
1)ヨハネ7:1、イエス様を殺そうとした。
2)ヨハネ7:12、イエス様を見て惑わす人と言った。
▲それでイエス様を十字架に釘づけた。
(2)十字架の処刑-それが神様の最高の計画を成し遂げること。
1)マルコ10:45、人間が解決することができないすべての呪いをなくしてしまった。
2)Iヨハネ3:8、人間を滅ぼす悪魔のしわざを滅ぼすため。
3)ヨハネ14:6、私たちに救いの道を開いてくださった。
3.何も残さないで行かれた(ヨハネ7:8)-福音の背景はものすごい。
(1)将来に重要なことがたくさん残っている(AD70年頃、エルサレムが崩れて、250年が過ぎた後に、この福音は全ローマを征服した。福音の奥義は、これからものすごいことが残っている。それで、私は福音を持った人をむやみに評価しない。
(2)復活メッセージ-イエス様がすべての国の人々、地の果てまで行けと言われた。こういう、ものすごいことが残っている。
(3)終わりの時代には、もっとひどいことが行われる。それで多くのことをきらびやかにすることも重要だが、正しい内容を持って必ず必要なことをしなければならない。
4.結論-今日3つを発見しなさい。
(1)何でもないように見られる福音-この中で全てを見出そう。
(2)無力な人-福音を持った人の後にはものすごい背景があるという事実(マルコ3:13節には、お望みの者を呼ばれた)。福音の奥義はものすごく、ずっとみわざが起きる。絶対に揺れたり、気をおとしてはならない。
(3)教会を見る目-教会は神様の子どもが集まったところだから、光の力はものすごい(ローマ皇帝10人、日帝時代、共産主義が勝つことができなかった)。それで、重職者をたくさん立てて、あちこちに光を照らしてこそ、暗やみがなくなる。
▲決断-今からしなければならないことが何か?
@イスラエルが苦難が多かったが、福音を悟るようにするために...
Aそれなら、福音をあらかじめ悟れば、そのような苦難を受ける必要はない。
Bだから、いつ悟るかが重要だ。苦難以前に悟りなさい。
▲この福音を持って行けば、すべての産業、すべての所に答えが起きる(Vヨハネ1:2)。それで、最後に皆さんが握らなければならない単語が何か?Iペテロ2:9節だ。皆さんひとりのために、王、預言者、祭司の祝福が臨むようになる。今日、この祝福が皆さん個人、家系、行く所ごとにあるようになることを希望する。そして、その事実を信じるように願う。信じる時、聖霊で働かれると約束された。
(The end)

☆☆☆ 1部録音資料☆☆☆
序論
▲今日、神様の特別な祝福があるように願います。韓国の李明博(イ・ミョンバク)大統領は、政治的に信徒になったのではなくて、幼い時から信仰生活をしていた人のようです。その人が、ソウルに出てきてソミョン教会に通っているようです。それで、ソミョン教会の長老になったのです。今まで、教会が紛争していたのが、大統領が出てきたので、教会が力を合わせて祈っているということです。その李明博(イ・ミョンバク)大統領が行く教会だと3000人が登録をしたということです。その人々がどこからきた人々でしょうか。教会を移したということならば正しい信徒ではありません。そうでなければ、そのまま大統領を見るので、イエス信じるべきだという人もいるでしょう。そうでなければ、他の目的で行った人もいるでしょう。また釜山には盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領がきて、何日間で10万人が来て帰ったということです。初めて故郷へ降りてきた大統領だと、全国から訪問してくるということです。みな良いことでもあります。
▲ところで、今日、私たちは本文を見ながら、いくつかの質問をしなければなりません。そして、そこに対する答えを探さなければならないのです。そうでなければ、信仰生活にならず、失敗するようになります。今日、私たちはいくつかの重要な質問をしましょう。
(1)なぜ神様がイエス様を大工の家に送られたのでしょうか。なぜ、よりによって多くの職業の中で、貧しい大工の家に人となって送られたのでしょうか。それも生まれる時、お金がなくて、良いホテルや旅館で泊まれば良いの、馬小屋で生まれました。そして、イエス様が育った時、人となれたのですが、それほど重要でないナザレの町で育ち、言わばは江南(カンナム)の大峙洞(テチドン)、そのようなところではなく、釜山の東三洞(トムサンドン)のようなところで育たれたのです。そこで、何の人物が出てくるか、そうならば本当に不思議です。神様はイエス様が弟子を12人呼ばれたのですが、だいたいおかしな無知な人を呼ばれました。それも本当に不思議です。捨てられた人まで呼ばれました。皆さんが知っているように、マタイは取税人です。イスラエルでは、取税人が一番悪い人です。なぜならば、その時、イスラエルがローマに属国になっていました。ローマ政府と結託して、ローマ政府に持って行って、残りは自分がもらいます。それで、ユダヤ人が最も嫌うのに、力が強大でした。なぜならば、ローマ政府から任命されたためです。それで、取るのも、自分の思うとおりにします。取って半分ぐらいはローマに渡して、あとは自分が取りました。それで、少し不良な気質もなければなりません。こういう人を弟子に置いたのです。そして、賢い教授を呼ばなければならないのに、ガリラヤの漁師だったペテロを呼ばれました。不思議です。それで事がなるのでしょうか。皆さんならば、そのようにするでしょうか。12人弟子が同じように無知な弟子でした。立派な人が1人いました。イスカリオテのユダが賢かったのです。その他は、みんな無知でした。
(2)ところで、本当に不思議なことです。こういうイエス様が世の中を救うのに、惨めに死刑にされました。今は、十字架というとすごいのですが、その当時には、十字架は死刑の中で最悪の死刑でした。言わば、今、子どもたちを捕まえて殺した人、私は韓国が分かりません。帽子をとって通うべきで、なぜ帽子をかぶせるのでしょうか。帽子をかぶせて、マスクをさせて、手錠をしているのもかくして、本当に人権を尊重する国です。どれほど多くの女性を殺したのかわかりません。子どもまで殺すほどなので、その人は確かに霊的問題が深刻な人です。そのような人を十字架につけたのです。政治犯や凶悪犯を十字架につけました。イエス様が十字架につけられたのです。そして十字架につけられたことは、ものすごい事件なのです。
(3)また、三番目の質問は、何も残さないで行かれたのです。何かを残しておかなければならないのに、何も残さなかったのです。一つを残しておかれました。すべての信徒と使徒が死ぬようになる状況を作っておいて行かれました。本当に不思議な方です。そして命令は、ものすごいことをされました。すべての国の人々を弟子としなさい。話になりません。完全、無一文の乞食にさせ、死の直前にさせておいて、すべての民に行きなさい。
▲この3つの質問は、重要な質問です。なぜ神様がイエス様を卑しい所に送られたのでしょうか。なぜイエス様は十字架で処刑されたのでしょうか。なぜイエス様は何も残さないで、とても無力な状態で置いておいて行かれたのでしょうか。この三つの質問は、みなこのようにならなければならないことではなくて、とても重要な質問です。
▲いくつかの大きい理由があるためです。ここに正解を見つけられなければ、信仰生活には失敗します。後ほど、それでは仏教から大統領が出てくれば、そちら側に行きます。あの天理教から出れば、そちらへ追い込まれます。悪くはないのですが、そのような場合もあります。私たちは、ここで3つに答えを出すべきです。3つの質問に3つの答えを出さなければなりません。

1.卑しい姿で来られた-ただ救われる人だけ悟るようにするためです(マタイ13:34-35、ルカ8:10、マルコ4:12)
▲最初です。なぜそうだったのでしょうか。マタイの福音書13章34、35節に見ると、このような話があります。わたしがあなたがたにたとえで話すのは、悟らせるためです。説教する時も、たとえを言うのは、悟らせるためです。私たちが他の人を説得させる時、たとえを上げるのは、悟らせるためです。ルカ8章10節には、反対に話しておられます。わたしがあなたがたにたとえで話すのは、悟らないようにさせるためです。マルコ4章12節にも、悟らないようにするためです。これが本当に重要な言葉です。
(1)政治病にかかって、何かことをしようとする人に、キリストを悟らせたらどうなるでしょうか。もし、イエス様を王宮に送ればどうなるでしょうか。それが違っているのです。万王の王である救い主を、王宮に送られたとすればどうなるでしょうか。全部、政治する者がついて、どうなるでしょうか。理解できるでしょうか。これから分からなければなりません。
(2)もし、イエス様がものすごい姿で来られたら、教権を持った人がどうなるのでしょうか。もし、イエス様が王宮に来られたら、一番政治的に悪い人が、一番前に座っているでしょう。直ちに礼拝堂から作るでしょう。そして、教権をする人々、何かがあれば、異端を作って押さえるパリサイ人は、どうなるのでしょうか。
(3)商売人は、どうなるのでしょうか。頭がよく回る商売人が間違ってくっつきます。それでは、どうなるでしょうか。それがにせ物なのです。そうで、人々を悟らないようにするためです。
(4)ただ救われる者だけが悟れるのです。聖書に約束されています。あまりにも驚くことです。
▲これが最初の答えです。貧しい人々だけ悟って、金持ちは悟れないんだな、ということではありません。無知な人だけ悟って、偉い人は悟れない。その話でもありません。本当に救われる者だけが悟れるように、それが最初の答えです。それで、イエス様をとても難しい中に送られたのです。
▲有名な俳優が連続ドラマに出てきます。人ごとに違うのですが、最高に人気があるタレントが一度出てくれば、いくら稼ぐのか知っていますか。一度、有名なタレントが出てきて、一回放映すれば、いくら稼げるでしょうか。5百万円を稼ぎます。一度撮影して。それでは、5百万円を稼ぐのに、多くのタレントがいます。それで、少なくもらう人もいます。そのお金を稼ぐためには、人気が出なければなりません。キム・スヒョンという作家が、一度、文章を書いて一回放送したら、百万円もらいます。マイケル・ジャクソンが歌を歌えば、いくらもらうのでしょうか。それでは、この聖歌隊の人たちは、いくらもらわなければならないのでしょうか。指揮者には、いくらを与えなければならないのでしょうか。
▲私が知っていることでは、タラッパンの初期のころ、オ・チャンホ執事が大きい教会の指揮者でした。ところで、タラッパンメッセージを悟って、教会の中でみことば運動をしたのです。その運動をして、首を切られました。それで、行く所がなくて、私たちの教会にきました。それでは、いくらを与えなければならないのでしょうか。一度、出てくるのに一千万円ずつ与えるとしたら、どうなるでしょうか。オ指揮者が1週に一千万円で、聖歌隊の人は、百万円ずつ与えて、伴奏する人は2百万円をもらうのに値します。復興するでしょう。聖歌隊が。それでは、聖歌隊になろうと、騒ぐでしょう。私は、それが復興でないと思っています。この人たちには、ただの一銭も上げません。ところで、長老、勧士も座っています。お金を上げないのですが。それが本物です。もし事故を起こしたチョン某氏が、福音を持った教師たちに、幼い時に育てられたら、霊的問題は癒されたでしょう。それでは、福音の教師にいくらを与えなければならないのでしょうか。ところで、一銭も上げません。上げなくて、下手するといつも何かと言われて。これが福音です。これがイエス様がものすごく低くされたのは、にせ物がついてはだめだからです。

2.十字架で処刑-人間が解決することができない重要なことを成し遂げられました。
(1)霊的な目が暗い者
▲そして二番目です。イエス様が十字架で処刑されたのですが、この人たちが、7章1節を見れば、殺そうとしました。それも知らずに兄弟が何と言ったでしょうか。自分を現わせと言いました。7章12節を見れば、イエス様に惑わす人だ、こういう表現をしました。
(2)それで十字架につけたのです。
▲それが神様の最高の計画を成し遂げる現実でした。イエス様が十字架を背負われて、マルコ10章45節に、すべての呪いをなくしてしまわれました。理解できないこともあるでしょう。人間が絶対に解決できない呪いを、神様が十字架でなくすことにされたのです。それを成し遂げるためです。人間を滅ぼす悪魔のしわざをうち砕くためです。Iヨハネ3章8節。ヨハネ14章6節、私たちに救いの道を開いてくださいました。それなら、ユダヤ人が十字架にかけたのは、良くやったのではないでしょうかと質問することができます。
▲釜山にいたキム・クァンイル長老という方が、新聞に文章を書きました。新聞に何の文章を書いたかというと、各新聞社で文章を書いてくれと要請されたので、毎週、書いています。書く中で、イエス様が十字架にかけられて、処刑される、その週に国際新聞に書いたのです。どうしても、一般信徒なので、神学的な部分が少し危険に話す場合があります。イスカリオテのユダが、イエス様を裏切らなかったら、イエス様が十字架にかけられただろうか。言葉の意味はそうでないのですが、そのように出ていました。この方がしようとした言葉は、私たちはイスカリオテのユダよりましなのではないと話そうとしたのですが、これを持って反対から告発をしたのです。告発の題名はイスカリオテのユダ礼賛論でした。それで、福音がない教会は、いつも戦えば信徒が信徒どうしで告発するのです。それで、法で判事が誰かは明らかにしないで、釜山大学国文学教授にお願いして、この文がイスカリオテのユダをほめることか、悪口を言うことか判決を出せと言ったのです。それで国文学者などが、この文はイスカリオテのユダをほめるのではなくて、悪口を言うのだと長老が罪に問われずに済みました。イスカリオテのユダが、イエス様を裏切ってイエス様を売ったのと、今、救われない人々も全く同じです。このユダヤ人が、悪魔のしわざに用いられただけで、この事件は大きな事件なのです。イエス様が十字架につけられることによって、人間が解決できない重要なことを十字架で解決されました。
▲なぜイエス様が苦しんで、そんなに難しい姿で来られたのでしょうか。イエス様がすばらしい姿で現れれば良いでしょう。王や大統領の姿で現れれば、多くの人々が従うでしょう。それでは、偽りの人々がつきます。にせ物がつくだけでなく、十字架の恵み、こういう霊的なことが分からなくなります。

3.何も残さないで行かれた(ヨハネ7:8)-福音の背景はものすごいのです。
▲さらに重要なのは、今ではありません。皆さんがイエスを信じるのを本当に信じれば、これからものすごいことが起きます。おじいさんがイエス様を本当に信じるのに、家系の子孫の問題がなくなります。本当にものすごいのです。それで、イエス様が、まだわたしの時ではないと言われました。
(1)このみことばは、これからすばらしいことが残っているということです。どんなことなのでしょうか。AD70年頃、イスラエルは崩れ始めました。
▲皆さんが知っているとおり、250年後に福音は全ローマを征服しました。ものすごいことが残っているためです。それが三番目の理由です。十字架ですべての問題を解決したのですが、この福音の奥義は、ものすごいことが残っているためです。それで、にせ物が利用できないように、福音で皆さんが今、本当にイエス信じるといえば、ものすごいことが行われるのです。それで、私は福音を持った人をむやみに評価しません。なぜなら、後ほどどんなことが起きるのか誰も知らないためです。弱く見えるけれど、福音を持った人の未来は、神様が動くので誰も話せません。これから後、インマヌエル教会がどんな状況になるかは、神様がご存知です。ローマまで動かしたのですが、ユダヤ人ができたでしょうか。
(2)イエス様がすべての国の人々、あらゆる国の人々、地の果てまで行きなさいとおっしゃいました。こういうものすごいことが残っているので、人のからだで人々を救うために現れられたのです。
(3)終わりの日には、もっとひどいことが現れます。それで、私たちは信仰生活するのに、考えをちょっと別にしなければなりません。多いことをきらびやかにすることよりは、正しい内容を持ってしなければならないのです。私たちは多くのことを作り出すよりは、必ず必要なことをしなければなりません。私と皆さんの残った生涯に、多くのことをしなければならないのですが、必ず必要なことをしなければなりません。
▲私が牧会を始めたのは副牧師であって、影島(ヨンド)から始まりました。そこで一番初めにしたことがあります。行ったら、集まっていました。開拓教会は難しいのですが、何人かがいました。私が行って一番初めにした事は、礼拝をささげた後に会議をしました。会議をしながら、色々な話の中で最初が私たちが開拓をするのに難しい。それで他の人から助けを受けているのを、みな切れと言ったのが最初にしたことです。ないならば、私達が食べなければ良いのです。もし私たちが飢え死ぬようになれば死ぬのであって、助けを受けてはならない。それが一番最初にしたことです。なぜなら、福音が何か分かるようにさせるためです。福音は簡単なことでなく、ものすごいことなのです。

4.結論-今日3つのことを発見しましょう。
▲結論を出します。今日、皆さんは重要なことを持って行かなければなりません。それなら、私たちが質問して答えたのですが、発見をいくつしなければなりません。皆さん必ず信仰生活に成功するいくつかのことをしなければならないのです。
(1)その最初が、何でもないように見られる福音で、全てを捜し出しましょう。だまされてはいけません。何でもない福音、どうなるのか誰も知りません。そこで、全てをみな捜し出しましょう。それでは、ものすごい勝利が起きます。
(2)二番目の発見は、無力な人だと見えても、貴重なことを見るべきです。今日、貴重な多くの立派な人もいて、難しい人もいますが、皆さんは重要なことを見なければなりません。教会にくれば、とても貧しい人もいます。しかし、その後には重要なことがあるということを分からなければなりません。また、教会はりっぱな人もいて、醜い人もいます。しかし、その背後には、とても重要なことがあります。これをパリサイ人は見ることができないのです。それで千年、ほろびました。皆さん知って防ごうが、知らずに防ごうが、福音を防げばそうなります。千年ほろびました。ところで、私たちはこの目を開かなければなりません。いくら無力な人のように見えても、福音を持った人の後には、ものすごい背景があるという事実です。
▲マルコ3章13節を見れば、お望みの者を呼ばれました。もちろん、多くの立派な方々が福音をたくさん受けなければなりません。今日、私は見れば、心にうれしいのがイ・ヒウォン長老が祈りをしました。世の中的に、この方は立派な方です。4つ星の将軍だったのですから、すごいのです。この方が祈りをしに来られたので、祈りが良くできるかと心配になりました。それで、心の底から共に祈ったのですが、内容を見たら、今までした祈りの中で最も上手にされました。牧師、聖歌隊、みな祈ったのですが、神様は、恵みを新しく信じる人、高い人、低い人、同じように与えられるのです。私たちが信仰生活をしていれば、すばらしい人も弱い人もいます。しかし、この方たちの後に起きる背景が、ものすごいということをよく見ることができないのです。私たちはこの目をよく開けることができません。貧しければ無視して。霊的問題があれば無視して。普通そのような形です。しかし、私たちはこういうところに注意しなければならないのです。
▲見れば、1人の女性の方が霊的に困難にあっています。お金もなくて、教会にきて大きく献金することでもありません。霊的に苦しめられて。こういう人もいます。それで、私たちの教会で、とても真実な方を呼びました。執事、私は時間ないだけでなく、あの方が女性なので、私が毎日、訪ねて行けません。だから、執事が毎日訪ねて行きなさい。良くなる時まで行ってください。それで、この方が毎日訪ねて行ってみことば運動をしたのですが、良くなりました。この人が完全に癒されたのです。それゆえ、その息子が完全に答えを出しました。それで、その子が成功するようになって、神様は生きておられて、イエスがキリストだな。その兄さんが毎日、弟を心配して、衝撃を受けたのです。この方がイエスを信じて長老になりました。知ったところ、家も強固で良いのです。人は何でもないように見えるのですが、その後の背景はものすごいのです。福音がない修道女に希望があるのでしょうか、福音がある売春婦に希望があるのでしょうか。とても極端な比喩ですが、福音がない修道女に希望があるのでしょうか。福音がある売春婦に希望があるのでしょうか。私は福音がある売春婦が希望あると思います。なぜか、その後があるためです。皆さん、福音の奥義がものすごいので、気を落とさないようにしましょう。
(3)そして、三番目に教会を見る目です。
▲教会は、表面で見れば、建物であって、多くのそれが教会ではありません。教会は神様の子どもが集まったところなので、光の力がものすごいのです。そんなに霊的に苦しめられて事故を起こした人のそばに、福音を持った者がいたとすれば、事故は防げたでしょう。皆さん、それが教会です。なぜ重職者をたくさん立てるのかというと、重職者をたくさん立てて、あちこちに光を照らしてこそ、暗やみがなくなるからです。教会が何か分かるでしょうか。ローマ皇帝10人が起きてキリスト教を押して防ごうとしたのですが、およびませんでした。それが教会です。何の力もないのに、そんなに権力をもって勝とうとしたのですが、勝つことができなかったのです。ローマ皇帝10人が、教会をなくそうと250年間、押しました。不思議なことです。250年後に国教だと宣言しました。日本の人々には申し訳ないけれど、日帝時代、神社を作って偶像を強要しました。すべての政治家、すべての知識人はみんなしました。福音を持った少数がしなかったのです。監獄に行きました。それのために、ある人は死にました。とても少数ですが、これが教会です。結局は、彼らが勝ったのです。皆さんの教会を見る目が違わなければなりません。人を見る目も違わなければならないのですが、教会を見る目が違わなければなりません。
▲信仰生活の最も重要な発見の原理は、福音がものすごいということです。それでは、二番目に福音を持った人は、見る目が違わなければなりません。最後に、重要なこと、教会見る目が違わなければならないのです。それ以後、共産主義が現れて教会をなくそうとしたのですが、なくすことができませんでした。
▲こういう結論が出てきます。それでは、皆さんが今からしなければならないことが多いのですが、その中で重要なのは何でしょうか。
(1)イスラエル民族が苦しみにたくさん会いました。知ったところ、福音を悟るようにするため、その一つのためです。
(2)それでは、福音を正しく味わったとすれば、こういうことはなかったでしょう。そんなに長くは生きていないのですが、私が生きてきた全体を知ってみると、福音を悟らせるためです。それでは、あらかじめ悟れば、苦難に会う必要がありません。
(3)いつ悟るかが重要です。
▲本当に慰めの言葉をどのようにかけるべきか分かりませんが、今回、死んだ幼い聖徒が、みな教会に通って、家がイエスを信じる家なのです。暗やみの勢力がどれくらい怖いのか分からなければなりません。目に見えないことを話してみましょう。サタンは、人を攻撃する時、未信者はすでに掌握されているので、不十分に福音を知らない信徒を触ります。私たちがこれをいつ悟るかが重要です。イスラエル民族のように、奴隷になって、捕虜になって、死ぬ状況になって悟ることもできるのですが、それ以前に悟りましょう。この契約を持って行けば、ここだけ答えがくるのではなくて、皆さんの産業と人生に答えがきます。愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。
それで、皆さんがこの契約を握って行けば、神様は他のものは全部、恵みでくださいます。
▲それで、最後に一つの単語、Iペテロ2章9節です。皆さんは皆さんを価値なく見るかも知れないのですが、皆さんひとりを家系の呪いを切る祭司として呼ばれました。我が家には法事が多いと心配する必要はありません。皆さん1人のゆえに、すべての呪いが終わる祭司の祝福。おじいさんが受け入れたのですが、孫にあったすべての問題が離れました。ものすごいのです。皆さんがイエスを信じて、福音を悟れば、光があらわれます。この光を宣べ伝えるために呼んだと明らかになっています。預言者です。必ず捕まえなければなりません。皆さんひとりのゆえに、サタンの暗やみの勢力はみな離れます。王である祭司です。この方は確信しなければなりません。なぜなら、とても重要な祝福だから堅く捕まえなければならないのです。主イエスを信じなさい、そうすれば、あなたとあなたの家族は救われます。皆さん一人がIペテロ2章9節のみことばを握ったら、皆さんの家系に光があらわれて、暗やみが崩れて、呪いが離れます。それが何の話なのでしょうか。人を途方もなく殺した、その人にこれが必要なのです。行動以前にこれが必要なのです。韓国に最も必要なことがこれです。それで、私たちは世界を福音化して、いのちをかけて努力して、献金をしよういうことです。今日、この祝福が個人と家庭、家系、行く所ごとにあることを祝福します。また、その事実を信じることを希望します。信じる時、聖霊で働かれると言われました。

(祈り)
神様に感謝します。私たちにこの途方もない祝福を与えられたことを感謝します。私たちの信仰の人、ひとりのゆえに地域に光が照らされるようにさせてください。その光は、暗やみに勝つ光であるから、この方たちを通してすべてのやみの勢力が崩れますように。この方のゆえに、家系の災い、呪いが崩れるますように。今でも人間を滅ぼすサタンの権威が、この方のゆえに崩れる、家庭と家系のみわざが起きますように。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン
(The end)



2部:サタンの戦略をうち砕く祈り
(使徒12:20-25)

☆☆☆ 2部要約資料☆☆☆
序論
▲地球上にはずっと問題が起きている。聖書を見れば、創世記3章から始まった事件だ。それで、サタンの戦略をうち砕く祈りをしなければならない。
▲サタンの通路Iサムエル16:15-23、サウル王の心の中に悪霊が入ったから、ダビデを殺そうとした。使徒12:1-2節に、ヘロデの心にサタンが働いたから、使徒を殺そうとした。
(1)心-サタンはおもに心の中に食い込む(箴言16:32、詩119:10-11、ピリピ4:7)
(2)霊(たましい)-家系に、家に呪いが流れるようになる。
(3)肉体-それで肉体の中に、病気で麻薬で、食い込む。
▲それで神様が一番初めから約束された。
(1)創世記3:15、女の子孫がきて蛇の頭を踏み砕く。
(2)創世記6:14、箱舟の中に入ってきた人は無条件に生かされる。解決策は一つしかない。旧約でメシヤ、新約の単語ではキリストを送るということだ。
▲サタンの目標は、神様を信じられなくさせ、神様の働きを妨害、そして、本論は教会を攻撃することだ(使徒12章)、この時、このサタンの戦略にどのように勝ったのか?
1.使徒12:5、だまされないクリスチャン(聖徒)
▲サタンの戦略を砕く一番良い祈りが、だまされないことだ。
(1)ヨハネ1:12、神様の子どもになる特権が与えられて→ 確信
▲マタイ28:16-20(天と地のすべての権威)、使徒1:3、8(神様の国、聖霊充満)-確信があれば終わる。
(2)恐れ-サタンの目標は、初代教会の信徒がぶるぶる震えることを望んだ。ところで、全く震えなかった。
(3)Oneness-散ることができたがOnenessになった。
▲信仰生活を良くすることは、だまされないことだ。皆さんに勝つことができないということを確かに分かるからだますのだ。
2.だまされない指導者
(1)ペテロに対する姿(使徒12:6)-確信を持って恐れなかった。
(2)パウロ-使徒9:15、使徒19:21、使徒23:11、使徒27:24、契約を握って揺れなかった。
(3)ヨハネ-パトモスに島流しされて行って、神様の契約を握って黙示録を記録するほどであった。
3.福音の中には、ものすごい背景がある。
▲これを知っていたので、だまされなかった。
(1)使徒12:7、ヘブル1:14、ヘブル12:22,皆さんを助ける天使を神様が準備された。恐れる必要がない。
(2)旧約聖書の重要な事件ごとに神様が主の使いを送られた。
▲出エジプト14:19、ダニエル、ヒゼキヤ
(3)新約には天使の働きがさらに多く現れている。
(4)今、終わりの時代には黙示録8:3-5節を見れば、皆さんのすべての祈りを神様が聞かれて主の使いを送って、全部、手伝っている。確かに信じなさい。だまされるな。
4.結論-実際に、どのようにサタンを砕くのか?
(1)イエス・キリストの御名で直接祈れば、働きが起きるようになっている。ところで、出て行って、またくる。
(2)それで福音に根をおろしてしまえば、出て行くようになっている。
(3)サタンをだましなさい-サタンのお手伝いをする必要はない。初代教会はサタンを完全にだました。
▲記憶しなければならない。不信仰の前ではサタンは王だ。未信者の前では支配者だ。しかし、福音の前では完全に縛られる。何の力もない。問題は、私たちが度々だまされることだ。
▲それで、正しい福音を持っている教会は、ものすごい力になるのだ。今から皆さんが無尽蔵な祝福を味わって下さい。
(1)私たちはある日、限界がくるが、聖霊の働きは限界がこない(使徒1:8)
(2)天使-天国、天使の背景がある。
(3)聖徒にはサタンに勝てる新しい力がある。福音にあって起きる聖霊の働きは、無尽蔵な力を得られる。こういう戦いに勝利するようになるようにイエスの御名で祈ります。今日、神様のみことばだけ持っても、皆さんの現場に多くの答えが成されるだろう。
(The end)

☆☆☆ 2部録音資料☆☆☆
序論
▲昔、私の家の上に、とても人の良い学生1人がいました。朝の食事をして話をしたということです。それしかなかったのですが、大きい問題が生じました。本当に人が良い息子で、家も平安な家であったのに、自殺をしたということです。ですから、家族が一番衝撃を受けました。その中でも、お母さんが一番、衝撃を受けたのです。理解できなかったためです。大きい問題があったものでもなかったということです。そのお母さんが、顔を上げることもできずにいました。結局、私たちがその方に福音を伝えて、なかなか動かない方だったのですが、教会に出てきました。幸いに、家族がみな救われて信じるようになって、幸いなことになったのです。私たちの社会には、そのような人々が本当に多いのです。しばらく人気を呼んだ野球選手が、人を4人も殺したことで、国民がみな衝撃を受けました。このように、地球上にはずっと問題が起きています。聖書は簡単に答えています。創世記3章から始まった事件です。
▲それで、今日のタイトルは、サタンの戦略をうち砕く祈りです。殺人は、単にすることではありません。
(1)Iサムエル16:15〜23節を見れば、サウル王の中に悪霊が入ってきたと出ています。だから、突然にダビデを殺す心ができたのです。本当に人を殺す決心する時は、普通の状態ではありません。単純に腹が立つからと、憎いからと、人を殺しません。サウル王の中に悪霊が入ったので、ダビデを殺さなければならないと考えて、実際に実践したのです。
▲使徒12:1〜2節にも、ユダヤ人の中に初代教会の人を殺すべきだということが入ってきたのです。これが結局は、サタンの働きで起きたことです。本当に無知な話のように見られるのですが、聖書にそうなっています。
▲このサタンは、中に入ってきます。これが一番怖いのです。サウル王の中にも入ってきました。心に入って来るので、考えが違うようになります。考えと心はまた違います。泥棒が隠れて盗む理由は、正しくないと思うためです。正しくないと思いながらも、心がしばしばそのようになるのです。心が悪魔に捕えられているから、そのようにするのです。箴言16:32節を見れば、町を攻め取るよりあなたの心を守るのがさらに重要だと言われています。詩119:10〜11節にも、みことばを心に受けなさいと言われています。主よ、私に定めた心を植えて下さい。私たちの心の中に何が入るのかが重要です。それで、ピリピ4:7節を見れば、祈れば、あなたの心と思いを守られると出ています。
(2)サタンはその次には、たましいに入ってきます。これは決心することとは関係ないのです。さらに怖いのです。私が決心したのでもないのに、起きます。長く続いてきたのです。ある人は何の考えも、誤りもなかったのですが、自閉症の子が生まれました。おもにこれは長く続いてきた家系の問題によって、やられるようになるのです。そして、私が決心したのでもないのですが、大きい事故や犯罪などの問題が起きたり、家の呪いが臨む人もいます。自分がしたのでもないのですが、仕方ないのです。
(3)このようにして、結局は肉体に入ってきます。ある人は、病気の中に、ある人は麻薬の中に陥るのですが、結局は、サタンがするのです。
▲それで、神様が一番初めから約束されたものがあります。
(1)女の子孫を送って蛇の頭を踏み砕く(創世記3:15)。いったいこのサタンは、どこから出たのかについては、天から堕落して出たと聖書は記録しています。初めから神様はすぐに福音を与えられました。
(2)箱舟の中に入った人は無条件に生かされます(創世記6:14)。ネフィリムという単語を分かれなければ、これが何の話かわかりません。この頃の言葉で話せば、悪霊につかれた人という意味であるネフィリムの時代が、すべての文化をみな形成したので、箱舟の中に入ってきさえすれば生かされるということです。アメリカに住む人々は、韓国の文化であって、米国とは関係ないと話すのですが、そうではありません。これ(ネフィリム)の人14人が集まって作ったのがニューエイジ運動です。米国は文化がちょっと先んじていて、見たても表に出ていないだけで、はるかにレベルが高いのです。先進国やヨーロッパはよりひどいのです。今、ヨーロッパで盛んに起きているのが気功です。韓国よりさらに深刻だと見なければなりません。こういう問題がどんどん起きています。
(3)解決策は一つしかありません。メシヤ(キリスト)を送るということが旧約の主題です。そして、この解決ができる者、キリストが来られたとのことが新約の主題です。
▲サタンはずっと攻撃をしています。前に言及したことは、序論に過ぎません。サタンの目標は、神様を信じられないようにすることです。特に神様の働きを妨害するのです。本論で教会を攻撃するのです。使徒12章を見れば、教会をなくそうと攻撃しました。この時のサタンの戦略を見てみましょう。

1.使徒12:5、だまされないクリスチャン(聖徒)
▲最初にだまされない聖徒たちです。使徒12:3節を見れば、それがユダヤ人の気に入ったのを見て、次にはペテロをも捕えにかかった。それは、種なしパンの祝いの時期であったと出ています。そして、5節を見れば、こうしてペテロは牢に閉じ込められていた。教会は彼のために、神に熱心に祈り続けていた...言われています。この時、力が抜けるのが正常なのに、信徒は全くだまされませんでした。キリストが十字架ですべての暗やみの勢力をうち砕かれたため、みな終わったのです。信徒が散って揺れることができたのですが、集まって切実に祈りました。皆さんがだまされなければ、みわざが起きます。ここにはじめてきた方は、イエス・キリストが誰なのかだけ分かれば救われるのですが、救われたら、もうだまされなければ良いのです。サタンの戦略を負かす一番良い祈りが、まさにだまされないことです。
(1)ヨハネ1:12節に、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとされる特権をお与えになった。そして、確かにキリストは復活後におっしゃられました。天と地のすべての権威がわたしに与えられています(マタイ28:16〜20)。そして、神様の国、聖霊充満を受ければ証人なります(使徒1:3節、8節)ここに対する確信がなければなりません。皆さんがもし3日だけ、この契約を握って祈っても、みわざが起きます。初代の信徒は、この契約を持って確信があったので揺れなかったのです。皆さんの周囲で、正しい話、誤った話を持ってたくさんだまします。それは聖書66巻を否認することです。神様の子どもは全てが終わったので、だまされてはなりません。
(2)サタンの目標は初代教会がぶるぶる震えることを望んだのですが、全く震えませんでした。
(3)初代教会は、散ることができたのですが、一つ(oneness)になりました。これが勝つ道です。すでに、みな与えられたので、他の方法を使うこともありません。女の子孫が蛇の頭を踏み砕きました。信仰生活を良くするのは、だまされないことです。悪魔にだまされなければ良いのです。皆さんに勝つことができないことを知ってだますのです。勝つことが確実な時は戦えば良いのですが、負けることが確実な場合には、だます方法を使います。このサタンが、皆さんに勝つことができないことを確かに分かるから、だますのです。サタンは確かにいます。聖書に記録されています。そして、聖書に記録されたことが、今でも同じように起きているのです。

2.だまされない指導者
▲二番目、だまされない指導者です。特にペテロとパウロがいました。
(1)使徒12:6節を見ればところでヘロデが彼を引き出そうとしていた日の前夜、ペテロは二本の鎖につながれてふたりの兵士の間で寝ており...と出ています。死刑の前日に両側で軍人が見張っていて、二つの鎖に縛られている状態でした。そして、次の日になれば、ペテロを殺すために見張り人が門の外で見張っていたのです。ところで、その時、ペテロは寝ていました。昔のペテロは怖くなって少女の前でもイエス様を否認した人でした。ひとりがペテロにイエスに付いて回っていたと尋ねた時、イエス様がそばにいたのに否認したのです。そのようなペテロが、どれくらい確信を持ったのか、全く恐れなかっただけでなく、寝ていたと出ているのです。
(2)昔にはイエスを信じる人を殺しに通ったパウロが変わりました。この当時に、パウロが現れたのです。使徒9:15節を見れば、あなたは異邦人と王たちのために選ばれたうつわだと出ています。どのように彼らを押し倒すことができるでしょうか。だまされない指導者、契約を持った指導者が起きたのです。ローマも見なければならない(使徒19:21)、恐れてはなりません、パウロ、あなたはカイザル前に立たなければなりません(使徒27:24)。こういう事実を確かに知っていたので揺れなかったのです。契約を握って待つだけでも、揺れなくても、神様の子どもであるから確かにみわざが起きます。
(3)その時にいた指導者の中の一人、ヨハネという人を見ましょう。ヨハネの黙示録を見れば、パトモスにまで島流しされて行っても、神様の契約を捕まえてヨハネの黙示録を記録するほどでした。

3.福音の中にはものすごい背景があります。
▲三番目、福音の中にはものすごい背景があるのです。これを知っているので、だまされませんでした。
(1)突然に主の使いが現れたので、獄中に光が照らされて(使徒12:7)、私たちのものすごい背景です。恐れる必要はありません。私たちが高慢になったり、大声を上げる必要はないのですが、私たちに害を与えにきても、危機がきても、恐れる必要がないのです。どんな災いがきても恐れる理由がありません。ペテロが寝ている時、神様が主の使いを送られました。ヘブル1:14節に、確かに皆さんのために神様が助ける天使を準備されたのです。その数はヘブル12:22節に出ているように、サタンの軍勢よりはるかに多いのです。
(2)旧約聖書を見れば、重要な事件ごとに神様が主の使いを送られて、新約にはさらに多く現れます。問題がきた時、揺れれば損になります。ヨセフをはじめとするレムナント7人は、全く揺れませんでした。事実を知っているから、そして、すでに救われた者が何か、使徒が何か知っていたためです。背景がものすごいのです。出エジプト14:19節を見れば、モーセに先立って主の使いを送られました。そして、ダニエルに先だって、主の使いを送られたのです。一般の人々は信じることができません。聖書にだけ記録されているのです。皆さんに先立って主の使いを送られます。揺れれば自ら陥ってしまうのです。サタンがそれを利用します。それで、揺れないでと言われるのです。ヒゼキヤ王が祈る間に、夜が明ける前に、神様が主の使いを送ってくださって、アッシリヤ軍18万5千名を殺されました。
(3)新約にはさらに多いのです。預言者にイエス様の誕生を予告したのも天使であり、使徒1:11節のメッセージをしたのも天使でした。ペテロが牢屋に捕らえられていた時、神様が主の使いを送って重要なことを繰り広げられました。
(4)今、終わりの時代に、黙示8:3〜5節を見れば、皆さんのすべての祈りを神様がお聞きになって、主の使いを送ってくださり、すべてお手伝いをするようにされると出ています。

4.結論-実際にどのようにサタンをうち砕くのでしょうか。
▲このサタンを、実際にどのようにうち砕くのでしょうか。
(1)イエス・キリストの御名で命令すれば、直接、祈ればみわざが起きるようになっています。それより、もっと良い方法があります。イエスの御名で祈れば、確かにサタンは出て行くのですが、また戻ってきます。
(2)それで、福音の根をおろさなければならないのです。福音の根をおろせば、サタンは分かって行くようになっています。
(3)それよりさらに重要な方法があります。サタンのおもな特技はだますことです。サタンがいないと思わせるのも、サタンがだますことです。教会が話さないのは、だまされているからです。目に見えないので、いないと思うのが当然ですが、目に見えなく、ますます入ってきて、世の中を難しくさせるのです。それで、サタンに正しく勝つ方法は、サタンをだますことです。初代教会の時は、サタンが完全にだまされました。教会が完全に散らされてばらばらになることができたが、一つになったのです。使徒をみな捕らえて殺し、ペテロを殺せば、降参すると思ったのに、寝ていたのです。教会が団結しているので、サタンが完全にだまされたのです。
▲サタンをうち砕く方法は3つです。注意してみなければなりません。サタンの目標を成し遂げてはいけません。ある時は、私たちが正しい言葉も言ってはいけない時があります。サタンにだまされてはいけないのです。ある場合は、その人に罰を下さなければならないが、待つ時があります。サタンにだまされてはいけないからです。サタンをだまさなければなりません。普通の話ではありません。
▲私が、ある時に、向こう見ずに言ったことがあります。タラッパンを無駄に攻撃する人々がいたので、その人々に一ケ月あれば勝てると話しました。その理由は、昔の私の特技がけんかだったためです。相手方に文句をつけて降参させるのが、私の専門でした。昔に、私たちの町に学生たちを雇って、月給を与えない人がいたのですが、私が行って代わりに受けたこともありました。その程度に、私はけんかには自信があります。ところで、私は耐えるのです。戦えば同じレベルになるためです。同じように文章を書かなければならず、弁解しなければならず、同じように非難して告発しなければならないためです。それがサタンの目標です。それで、サタンにだまされないということです。とても重要な言葉です。ある時は、皆さんが耐えます。神様に栄光を帰して、サタンにだまされないために耐えるのです。ある時は、私たちがくやしいが耐えるのです。私たちがサタンのお手伝いをしてはいけないためです。ある時は、私たちの敵も助けます。サタンにだまされてはいけないためです。サタンの目標にだまされてはいけません。イエスの御名で祈れば、サタンは追い出されるのですが、状況になればまたきます。初代教会の前にサタンは完全に砕かれました。記憶しなければなりません。不信仰の前ではサタンは王です。それで、サタンの思いどおりにします。偶像崇拝する人もよく暮らします。それは少しの間です。強盗や詐欺師に付いて回れば、お金をたくさん儲けられるでしょうが、少しの間です。未信者の前でサタンは王の役割をするが、福音の前では完全に縛られるのです。何の力もありません。ところで、問題は、私たちがだまされるということです。
▲福音がない教会は、本当に問題になるのですが、正しい福音を持っている教会はものすごい力になります。
(1)ある日、私たちには限界がきます。しかし、聖霊の働きは限界がきません。重要な人々に限界がこないように、聖霊が働かれるのです。ただ聖霊が臨めば、力を受けて、地の果てまで証人になります。
(2)この無尽蔵な祝福と合せて、天国背景があるから、無尽蔵な天の軍隊を動かせる驚くべき力があるのです。
(3)そして、サタンの勢力に勝てる、ものすごい力が信徒にあります。これにならない教会は、1千万個教会があっても、サタンが見る時は何の力もないのです。
▲なぜ私がしばしばサタンの話をするのでしょうか。聖書にあるためです。とてもたくさんあります。想像以上に、力が強いのです。そして、想像以上に、皆さんの生活の中に深く入り込んでいます。想像以上に、信徒も触っています。話さなければなりません。創世記3章から始まって、黙示19章までサタンに対して語られています。今、すべての文化と経済の中に食い込んで、ひっくり返しているのです。サタンのおもちゃになっているのです。
▲私たちが幼い時は、おもちゃがありませんでした。女子学生は、ゴムひもをくくって走ったり、ひもをくくって回す程度でした。男子学生は、おもに物差しでチャンバラや石で線を引いて陣地を広げる遊びをする程度でした。私たちは火事になって、おもに山の町に住んでいたのですが、山に行けばおもしろいことが多くありました。ざりがにも捕まえて、おたまじゃくし、カエルも捕まえたのですが、そのうちで最もおもしろいのがカエルでした。カエルを捕まえたら、ひとまず紐で足をくくりました。足をくくって、すべての山と町を通いながら引いて回るのです。カエルがピョンと走ろうとするので、おもしろいのです。そうするうちに、後ほど家に帰る時になれば、家に持って帰れないから、ある子どもたちは、カエルをとらえて地面に打ちつけるのですが、そうすると、カエルは足をぱっと広げます。強く打てば、内蔵が爆発する時もあります。そうすれば、捨てて家に帰ります。私の場合は、小枝のようなものを持ってカエルの肛門に刺して入れます。それを持ってきて皮をはがすのです。皮をはがして、火に入れます。食べる時もあって、捨てる時もあります。かなりおいしいのです。それが今、考えれば健康食でした。このカエルが私たちのおもちゃだったのです。
▲福音の根をおろすことができなくて、サタンの戦略を知らない教会と牧師は、サタンのおもちゃです。町中を悪魔が引っ張って回ります。牧会になりません。悪魔があちこち引いて回って、刺して、皮をみなはがします。教会は問題が生じます。おもちゃになるのです。
▲福音にあって起きる聖霊の働きは無尽蔵な力になります。今回、私はドイツに行ってきました。レムナントがドイツRUTCで安らかにしていて、勉強をがんばっているのを見ながら、とても感謝しました。このことをしている重職者、長老がこの時代に祝福を受ける人物です。このレムナントが成功する人物にならないとしても祝福です。子どもたちが外に出て行って、ほとんどみな崩れるのに、そうならないだけでも成功です。ところで、このレムナントにどんなことが起きるでしょうか。そのように見る時、無尽蔵な力を得ましょう。無尽蔵な背景を味わいましょう。そして、霊的に解決できない問題を解決することができるように神様が力を与えられるでしょう。この戦いに勝利するようになるように、イエスの御名でお祈りします。神様のみことばだけ持っても、皆さんの現場に多くの答えが成されるでしょう。

(祈り)
神様に感謝します。神様が私たちに恵みを与えて下さることを感謝します。あちこちでレムナントが福音を受けて立ち上がるようになることを感謝します。レムナントを福音で生かす、すべてのしもべの働きを、神様が祝福してください。聖霊で働いてくださって、神様の国が成されるようにしてください。その方たちの背後に天の軍隊を送って、神様の働きが成されるようにしてください。暗やみが離れて、多くの人が生き返りますように。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
(The end)