2008年5月18日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ


1部:神様の計画を成し遂げる家庭
(Uテモテ1:3-5)
(ファン・サンベ牧師)


☆☆☆ 1部要約資料☆☆☆
序論
▲家庭は社会の最小単位だ。誰でも家庭はある。ところで、私たちは21世紀危機時代、その中でも家庭危機の中に暮らしている。私たちの家庭を守る解答がないならば、家庭は多くの困難にあうしかない。今日すべての家庭が癒されて回復する、そのような力を得る時間になることを希望する。
1.家庭とは
(1)神様が直接たてられた機関が二個がある-教会、家庭
1)人間は神様のかたちに、神様とともにいるように、神様を礼拝する霊的存在で創造された。
2)神様の愛を分かちあう所が家庭だ。
(2)家庭は天国の模型だ。
(3)それで、私たちは家庭に対して信じていなければならない-神様がくださった家庭、神様がくださった両親、神様がくださった子ども
(4)家庭は霊肉が最も安らかに休みながら安息する所だ。
2.サタンの戦略
(1)創世記3章-個人を攻撃して、神様を離れさせ不幸の中に陥る
(2)創世記4章-アダムの家庭を攻撃して息子のカインを倒した。
(3)創世記6章-家庭と子孫が暗やみに捕えられたネフィリム時代を作って、宗教と偶像の中に暗やみにすべての社会が捕えられてしまった。
(4)結婚以後に夫婦を攻撃する。葛藤で...
1)創世記3章の問題を持って出発
2)各自育った家系の霊的背景を持って出発
3)夫婦間の葛藤の中で誤った考えまで介入
4)あらわれる霊的問題を感情で治めるから紛争で戦いになって、本人と子どもに傷で残るようになる。
(5)サタンは最終的な目的は子孫を倒すことだ。
3.神様の計画を成し遂げる家庭
(1)神様の計画は家族みんなが福音化されることだ。それで私たちの家庭を救おうとキリストが来られた。
1)家庭にキリストのいのちの光が充満に臨まなければならない。
2)それでキリストが私たちの家庭に主人になることを告白。
(2)光の子どもひとりだけいても、家庭の暗やみは砕かれる
▲キリストの奥義を所有したひとり、レムナントひとりだけいのちの光が入っても、家庭の暗やみが砕かれる。
(3)子どものための両親の祈りは必ず答えられる。
1)福音を持った者の祈りは必ず答え、この福音の奥義を遺しなさい。
2)子どものために祈れば、皆さんの死後にも答えられる。
3)信仰の祈りは神様がお聞きになって働かれる。
(4)問題に会った家庭-機会、土台、メッセージ
▲神様を見上げる機会、恵みを受ける機会、ただイエスになる機会、福音の根を下ろす機会に...そして、土台にして立上がれば良い。そこには神様がくださるメッセージがある。そのメッセージを持って多くの人を生かすことを望む。
(5)福音と伝道の奥義が入った家庭に変化して、その信仰の遺産を子どもに譲らなければならない。
1)Uテモテ1:5、おばあさんロイスとお母さんユニケの中にあった率直な信仰がテモテの中に伝えられた。
2)創世記5:27、メトシェラにあった信仰がノアに伝達
4.結論
▲神様の計画を成し遂げる家庭になろうとすれば、私が先に神様を見上げながら恵みを受けなければならない。私が先に福音で、聖霊で充満しなければならない。それでこそ、すべての家族を理解して受け入れて、彼らのために霊的に祈ることができる。皆さんの家庭を皆さんが守ることを願って、幸福を思いきり味わうことを望む。家庭を生かす証人として、ミッションホームとして、一地域を生かす地教会として答えを味わうことを望む。皆さん家庭のためにすべての周辺が生き返る祝福を味わうことを望む。
(The end)

☆☆☆ 1部録音資料☆☆☆
序論
▲世界的な賛美でした。私たちのレムナント聖歌隊が一部をしたのは初めてです。私たちの拍手の音に続いて2曲を歌いました。賛美のことばのとおり、みことばの上に堅く立つことを希望します。
▲私は今日、神様の計画を成し遂げる家庭というタイトルでみことばを分かちあいます。家庭は、社会の最小単位です。誰にでも家庭はあります。一人で暮らす人も、その人には家庭があります。家族共同体が数人が暮らしても、それも家庭と言います。ところで、私たちの21世紀に危機時代に暮らしていて、家庭危機時代に生きています。私たちの家庭を守る解答がないならば、家庭は多くの困難にあいます。今日、暗やみに、サタンに攻撃されて、暴風に会っている家庭が多いのです。
▲私が信徒の家庭を調べる機会がありました。牧師の心に、私たちの信徒がみな幸せでなければならない、こういう願いがあります。また、私たちの信徒の家庭が、福音の中に堅く立って、本当に幸せに生きていかなければならないという願いがあります。ところで、静かに見れば、過去に家庭に対する痛みを迎えた家庭もあります。色々な問題で、すでに困難にあっているのです。信仰をもって勝ち進もうと努める美しい姿もあります。今でも、今日も、家庭の痛みを持って生きていく私たちの家族もあります。そうでなければ、格別、困難なく幸せに暮らしている家庭もあります。
▲私たちは、どんな家庭の中に住んでいても、神様がくださる解答を持って暮らすことを希望します。50代の男性に必要なことは何でしょうか。私はよくわからなかったのですが、50代の男性が話すのを聞きました。最初には、自分の奥さんだということです。二番目には、家内と言います。三番目はうちのやつ。四番目は妻。五番目は女房。ということです。なぜそうなのか、30代、40代はよく分からないでしょう。50代になれば、切実に感じられます。男性がいくら強くても、女性の話を聞いて生きています。いくら大声を上げても、家庭で女性の話を聞いて生きています。男性が世の中を支配したら、その男性を支配するのが女性です。ある集いがありました。男性を集めて、司会者が質問をしました。皆さんの中で、家で妻の話を聞いて生きる人は右側に、そうでなければ左側に立ってくれと言ったのです。司会者の許可が下りる前に、人々が右に行きました。左側にはただひとりがいたのです。その人に尋ねたのです。あなたは妻の話を聞かない秘訣があるのですか。今日、妻が朝に、多くの人々がいる所に行かないでくれと言ったので、ここにいると話しました。言うことを聞かないふりをしながら、みんな聞いて暮らしているのですが、霊的な事はよく聞きません。私たちの妻の言葉に恵み聞く話を聞けば、本当に良いのですが、聞かないのです。そのために涙で祈る妻の姿も見ました。世の中の味よりも、恵みの中に祝福の味があるのです。私たちすべての男性は、恵みの中に入ってくることを希望します。それでも、妻は入ってこないでもかまわないということではありません。おもに妻の涙の中に夫たちのために祈る姿を見たので、そのように言うのです。みな捨てて入ってこようとせずに、ありのまま入ってくれば良いのです。私の周囲のことを整理して来ようとせずに、あるがまま、そのままを持って恵みの中に入ってくれば良いのです。恵みの中に入ってくれば、全てに勝てる力を与えて下さいます。
▲今日、そのような意味で、キリストのなかですべての聖徒たちの家庭が癒され回復する時間を過ごすことを願います。
1.家庭とは。
▲最初、家庭とは何でしょうか。
(1)地球上で神様がたてた機関が2個あります。神様が直接立てられた機関が2つあります。一つは教会であり、他の一つは人間です。人間は神様のかたちに創造され、神様とともにいるように創造されて、神様を礼拝する霊的存在で創造されました。神様と一緒にいる、それが教会です。神様とワンネス(oneness)になるのが教会です。神様とともにいる人がいる、そこが家庭です。神様と共にいる家庭は本当に幸せでした。皆さんの家庭が幸せな家庭になることを祝福します。
(2)二番目、家庭は天国の模型です。天国が本店ならば、家庭は支店と同じです。神様の無条件な愛が私たちに臨んだのです。それを体験して確認する現場が家庭です。私たちの両親が、子どもたちを無条件に愛します。神様の愛を体験することができます。ある両親が子どもを産んで育てながら、みな使った費用をみな請求する親がどこにいるでしょうか。私が知っていることでは、そのような両親がひとりもないことでしょう。私も惜しくなくて、与えながらうれしいのが両親であり、この心が神様の心です。与えて、与えて、また、与えても与えたい神様の心です。そのような意味で、家庭は天国の模型です。
(3)私たちは、それで、家庭に対する信仰を持たなければなりません。私たちの家庭に神様がくださった家庭だという信仰を持たなければなりません。私の両親は神様がくださったという信仰を持たなければなりません。私たちの子どもは、両親を選択する権利も、権限もなく、神様が私たちにくださった両親です。子どもは両親がどうでも、神様がくださったという信仰を持たなければなりません。私たちの家庭の子どもは、神様がくださったという信仰が両親になければなりません。神様が私の子どもをくださって、私の子どもに私の思想を入れてはいけないのです。神様が私たちの家庭にくださった贈り物、私の子どもたちです。この子どもの中に神様の計画を成し遂げる信仰を植え付けなければなりません。
(4)そして、霊肉が最も気楽で休んで、安息する所が家庭です。皆さん、私たちの家庭は本当に安らかでなければならないのです。どんなに外では休むことができなくても、家庭では休めなければなりません。家庭は戦場ではありません。キリストなかで愛を分かちあう、それが家庭です。今日、信徒の皆さんの家庭が福音なかで癒される、そのような時間を過ごすことを希望します。
2.サタンの戦略
▲ところでサタンは私たちの家庭を静かに置いておきません。二番目、サタンの戦略に対して話します。サタンが家庭を攻撃する戦略が子孫を倒すことです。
(1)創世記3章に、神様と幸せでなければならない個人がサタンに攻撃を受けました。神様と共にしてこそ幸福な人間が、神様を離れるという事件がおきました。
(2)すべての幸せをみななくして、不幸になったのが、創世記3章の事件であり、創世記4章には、アダムの家庭を攻撃したサタンが、この子孫を攻撃しました。アダムの子どもカインが、礼拝を失敗して、最初の殺人者として罪を犯すようになりました。サタンが狙うのは、家庭と子孫と家系です。
(3)創世記6章には、契約の神様の子どもが、肉体の人々を見て結婚したと言われています。それで、家庭と子孫がサタンに捕えられるしかなく、結局、ネフィリム時代を迎えて、宗教と偶像の中にすべての社会が暗やみに捕えられたのです。これがサタンの攻撃です。
(4)家庭を攻撃するサタンは、結婚以後、家庭を攻撃します。夫婦の仲で葛藤があります。もし、今あるならば、今日、答えを得て行くことを望みます。先に創造の原理を理解しましょう。神様がアダムを創造されました。男を創造して、単独で暮らすのが良くないと助ける人を造られたのです。聖書は男と女を造られたと話しています。そして男と女に同じ祝福を与えられたのです。そして男と女に同じ祝福を与えられました。同一に、神様のすべての祝福が男と女にあるのに、創世記3章を通過して、男と女の間に多くの問題ができ始めたのです。男にどんな考えがあるのかというと、優越意識があります。女には男が優越意識に負けないために、対抗するのです。自分にある劣等感で困難にあうのです。事実、ここから夫婦仲の問題が開始したのです。創世記3章の結果で、夫婦仲の多くの問題が生じたのです。男は治めようとして、女は治められないようにします。その間で体験する葛藤は、なんとも言えないほど多くて、誤った考えまで入っています。結婚すれば男に最初に女をつかまなければならないと話をします。夫婦は殴ってこそ味わえると言います。それと共に、最初からつかもうと努めるのです。女にこういう話もします。最初に捕えられれば一生捕えられて生きなければならないから、つかまれないようにしなさいと言うのですが、それが誤った考えであり、その間で問題が起きるのです。育った背景が他の人が会ったのです。その家系の霊的問題を持って会いました。それで、この霊的問題を治療できる答えを持たなければならないのに、感情で治めるので、問題が起きるのです。この二人の間にサタンは必ず攻撃します。初めには葛藤させて、ますます包まれて、これを耐えて、ある日、これが爆発して夫婦げんかとして現れたりもします。よく克服すれば良いのですが、それが解答ではありません。それで、それが深い傷で残るのです。この傷を誰が見るのでしょうか。子孫が見て育ちます。私たちの子どもは、両親が戦う時、じっとしていて、気持ちはそれほど良くないのですが、言葉は言いません。それで、この子どもたちの胸の中に傷が積もって、これによって性格も曲げられて、社会の敵対心を持って、脱線して、罪を犯して、サタンの攻撃は子孫です。夫婦を攻撃するのですが、結論は子孫です。夫婦げんかをすることはあります。神様と福音と神様の国のために戦ったことがあるのでしょうか。私はありません。本当に夫婦が一つになって神様のみこころを成し遂げなければならないのに、私たちはささいなことで夫婦げんかをよくします。ひょっとして夫婦げんかをして来た方はいますか。よくきました。夫婦げんかをしても礼拝に成功しなければなりません。失敗すれば、だまされるのです。結局、サタンは家庭と夫婦を攻撃します。
(5)最終的にレムナントと子孫をほろびるようにさせます。本当に、この事実を知ったら、これら全て暗やみの遮断する信仰で勝利する家庭となることを希望します。

3.神様の計画を成し遂げる家庭
▲三番目、神様の計画を成し遂げる家庭です。私たちの家庭のための神様の計画が何でしょうか。
(1)家族すべての福音化です。私たちすべての家族が福音で根をおろすことを望みます。それでキリストが来られたのです。私たちの家庭のために来られて、十字架で血を流して死なれ、復活して、今でも聖霊で一緒におられます。
▲信徒の皆さんの家庭にキリストのいのちの光が臨むことを希望します。夫にも、妻にも、子どもにも、両親にも、キリストの光が臨まなければならないのですが、そのためにはどのようにするのでしょうか。男と女がいるのに、福音の根をおろす家庭になる方法は、みんなが神様を見上げて、その恵みを受けて、その恵みの中で相手を理解することです。相手が持った問題が霊的な問題だと見られなければなりません。その霊的問題は戦うことではなくて、祈りの課題だというものを発見しなければなりません。その霊的問題を受け入れて祈りながら理解するようになります。妻も同じように神様の恵みを供給されて、夫をながめるので、霊的問題に小言を言って変えられるのではありまえん。私たちの女の信徒の小言でこの問題を変えるのは、絶対にできません。創世記3章を通過した男性には、そのような男性がいます。これは私の話です。小言で変わる男性は一つもありせん。神様の恵みを受けて夫を見ると、夫の霊的な問題が見られます。それを示して解決するのではありません。けんかをするから解決するのではありません。それを祈りの課題としてとらえて、霊的戦いをしなければなりません。夫婦げんかでなく、霊的な戦いをしなければならないのです。ある日、その霊的問題が治ることが分かります。私の力で解決されない問題が、解決されなければならない。
▲それで、キリストが私たちの家庭の主人になることを告白します。主は私たちの家庭に、私の夫に、私の妻に、子どもに、キリストであると、この告白がいつもなければなりません。
(2)この家庭の光の子どもひとりだけいても、家庭の暗やみがうち砕かれます。皆さんの家庭で福音を持った人ひとりによって、暗やみがうち砕かれる、この信仰を持たなければなりません。信仰を持ったいのちの光を持った人ならば、皆さんを通して、暗やみはうち砕かれるでしょう。幼いレムナントがいのちの光を持っているとしても、その家庭の暗やみは砕かれます。ひょっとして、この席に一人で信じる方がおられるでしょうか。今日、その方にいのちがあるならば、家庭が変化します。そのような意味で、家庭を生かす家庭宣教師です。そのような意味で、そのひとりは家系の切り株です。この恵みが皆さんにあふれることを希望します。
▲何週か前、重職者手紙でこういう文章がありました。タイトルは、インソクのおばあさんでした。インソクの家庭を紹介します。インソクは11才小学校4学年であり、おばあさんは20年間、悪霊につかれて病んでいたのです。そうするうちに、悪霊の力を受けたのでした。シャーマンになったのです。14才なった自分の娘が体を病んで、お母さんと娘が悪霊の力を受けて、二人が悪霊を受けました。その時、孫の年齢が6才でした。このおばあさんの目に孫を見る時、頭を丸坊主に刈って、木魚をたたく姿がいつも見られたのです。それで、おばあさんが孫だけはこの道を歩かないようにするために教会に通わせたのでした。インソクが教会に通いながら、いのちの光が臨んだのです。インソクは家に帰りたくなかったのです。占い師の店だったのですが、それを嫌ったのです。一日中、町内中を歩き回ったので、おばあさんが見つけては叱ったのでした。その時、インソクのおばあさんは、みな分かると言いながら、私どこにいるのか分からないのと話したのでした。そうするうちに、インソクがイエス様を信じて2年後に、おばあさんもこの福音を娘と共に受けたのです。そして、すべてのシャーマンの生活を清算したのです。この周辺に暮らしています。このインソクの願いが何でしょうか。主任牧師になることです。それで立派だと呼びました。もう11才です。主任牧師になる道を教えてあげようと、私も幼い時からそう考えたこと、私の幼い時期の苦労を言いました。神様に祈る奥義を教えたのです。神様が困難の中にこのように答えられたと話しました。それで、今から学校勉強はこのようにして、祈りはこのようにして、どんな困難があっても神様を見上げながら勝ち抜けと話をしました。この子が私に会った後、人が変わったということです。自ら一人でしたりもするということです。レムナントひとりだけいのちの光が入っても勝利します。皆さんの家庭にいのちの光が臨めば、皆さんの家庭の暗やみが砕かれます。皆さんひとりのために家庭が癒されることをお祈りします。
(3)子どものために祈る両親の祈りは必ず答えられます。私たち親がすることがあるならば、子どものための祈りです。その親は、子どものための祝福の祈祷をしなければなりません。
▲私は真に感謝しなければならないことが多いのです。私は、幼い時から親が祈って、家内の母も祈りをよくしていました。亡くなった私の義母が、祈りをよくする勧士でした。私が家内を選択する時、そのお母さんを見たのです。あのお母さんの娘ならば、大丈夫だと思って、そのお母さんを結婚の初めは一緒に暮らしました。義母が亡くなる時になりました。普段に祈りをよくしていました。家で亡くなる時、ある日このように言われました。もう神様が私を呼ばれる時がきたようだ。私の服を着替えさせてくれと言いました。牧師を迎えて礼拝をささげてくれと言いました。自分の臨終を気づいていたようです。それと共に言ったことばがあります。その時、私は講道師でした。私がファン講道師が開拓をしたら、後ろで祈りたかったと言われました。その開拓を後から祈りながら手助けしようと思っていたと言われました。ところが、神様が呼ばれる時間がきたようだと、私が祈りであなたがたのために積んだことが多いから祝福されるでしょう。事実、それを考える時ごとに多くの力になります。親が私どものために祈った祈りの背景はものすごいのです。
▲子どものために本当にしなければならないことは何でしょうか。お金をたくさんもうけることでしょうか。お金を持って福音がなければさまようのに、皆さんの中の福音を譲ることを希望します。子どものために祈れば、皆さんの婿にも答えられます。
▲上道洞(サンドドン)に行けば、教会があります。家内が幼い時からいました。そこに祈りをよくするおばあさんがいました。この方の家はあまりにも貧しくて、子どもが結婚してからも一つの部屋に住んだのです。ところで、このおばあさんが一つの部屋で寝ることができなくて、教会で祈りながら寝たのでした。それが生活の中の一部分でした。ところで、このおばあさんの祈りの課題を他の人も知っていました。神様、私は病気になれば病気を治療する家がないから、祈って死ぬようにしてくださいということでした。私は神様に献金したいがお金がありません。お金を下さい。それがおばあさんの祈りであり、周辺の人々も知っていました。ある日、女伝道会献身礼拝の夕方夜、礼拝その方の祈り順序でした。その時は教会がそのまま床でした。そのおばあさんが祈って祈りの声が聞こえなかったのです。そばにいた人が見たら、そのまま頭を下げていました。講壇から、牧師がそのまま言葉詰まったようだと、祈られました。終わって説教したのですが、この人が変だったのでした。亡くなっていたのです。それで説教を祝祷で、はやく終えました。そして、その子どもが石畑でおばあさんの葬儀を行ったのです。少しの時間がすぎて後、おばあさんが住んでいたわらぶきの家に黒いセダンがくるようになったのです。そのセダンで紳士がおりて、おばあさんの子どもに話したのです。なぜきたかということです。ところで、その下に金持ちの家のおじいさんの墓があったのです。この金持ちの家おじいさんが、夢でその子孫に現れて、あのおばあさんが私を押すとずっと夢に現れたのです。それで金持ちの子どもが、その上の墓は誰なのか尋ねて、その子どもに来たのでした。だから、墓を移してくれと費用はたくさん与えると言いました。その当時で、家一軒を買いました。約、家二軒の値段を与えたのです。それで、その息子が家一軒の値段を献金しました。その時、教会が教会を建築しようとしていた難しい時でした。それで、そのおばあさんの名前で献金したので建築をしたのです。伝説の昔話のようですが、事実で家内が証人です。
▲皆さんが祈った祈りはむなしい祈りがなくて、祈る時、地に落ちないで神様が働いてお聞きになります。皆さんの子どものために祈ったら、その背景の中で勝利します。
(4)今、難しい家庭や子どもと夫の問題で苦しんでいる妻はいますか。それをみな機会としましょう。恵みを受ける機会、ただイエスだけになって、福音の根をおろす機会にして、土台にして立ち上がれば良いのです。そのメッセージで、多くの人を生かすことを祝福します。もう一つだけさらに話します。
(5)神様の計画を成し遂げる家庭は、福音と伝道の奥義が入った家庭に変化しなければなりません。その信仰の遺産を子どもらに残さなければなりません。今日、Uテモテ1章5節では話します。テモテの中の偽りない信仰がありました。その信仰はおばあさんのロイスと、彼のお母さんユニケの中にあったのですが、その信仰がテモテの中にありました。福音と伝道世界福音化の奥義とこの信仰が、子孫にそのまま伝えられることを望みます。創世記5章27節に、最も長く生きた人の名が知らされています。メトシェラが966才まで生きました。なぜそのように生きたのでしょうか。彼の息子がレメクで、その息子がノアです。メトシェラの孫がノアです。神様のみことばがノアに臨んで、山頂に箱舟を作れと言われて、箱舟を作るのに多くの人々が指差しました。ノアが挫折する時ごとに、メトシェラが祈って契約を植えたのです。洪水になるその年にメトシェラは召されました。メトシェラが長く生きなければならない理由がありました。おばあさん、おじいさんは子孫のために祈ることを希望します。

4.結論
▲最後に結論を結びます。神様の計画を成し遂げる家庭になるためには、私が先に恵みを受けなければなりません。神様を見上げながら、神様の恵みを見なければならないのです。福音で先に充満しなければなりません。それでこそ、すべての家族を理解して受け入れて霊的に祈れます。21世紀家庭の問題を迎えて、皆さんの家庭を皆さんが守ることを希望します。家庭を生かす証人なることを希望します。皆さん家庭がミッションホームとして、地教会として、答えを味わうことを希望します。皆さんの家庭のために周囲が生き返る祝福があふれることを主の御名で祝福します。

(祈り)
私たちの家庭を生かすためにキリストが来られたことをありがとうございます。私たちの家系と子孫を祝福するためにキリストが十字架で血を流されたことを感謝します。私たちの家庭に神様の国が臨んだことをありがとうございます。神様の国を味わうようにさせて下さい。いのちの光で満たして下さい。いのちの光を伝えるミッションホームと地教会の使命を果たすことができますように。私たちの家系と子孫に、この信仰の遺産がのこせますように。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
(The end)



2部:神様の栄光のために
(マタイ28:18-20)
(イ・ソンフン牧師)

☆☆☆ 2部要約資料☆☆☆
序論
▲今日、私たちが生きなければならない理由だ。神様の栄光のために生きなければならない。
(1)私たちは未信者状態にあった。
▲それで私たちにくださったのが福音だ。ただイエス・キリストだけが救いの道で、神様の子どもなる道で、生年月日による運命運勢が変わる道だ。他のものでは、どうしても変わらない。それでただイエス! それでこの福音だけを伝えるようになる。
(2)救いの奥義-過去(原罪、先祖の罪、自分で犯す罪)問題の解決、現在の生年月日による運命、運勢から解放、未来の審判と地獄の問題の解決
▲イエス様が祭司、王、預言者として来られて、過去、現在、未来のすべての問題が解決。このイエス・キリストを受け入れれば、神様の子どもになって、聖霊で私の中に来られて永遠にともにおられる。救いの確信! この救いは変わらない。
(3)救われた者の人生は未信者を伝道する人生だ。私と皆さんが生きなければならない理由だ。
▲それでは、どのように神様に栄光を帰すのか
1.信徒の人生
(1)神様の子どもなった身分と権威を味わわなければならない(ヨハネ1:12)
▲聖霊の内住、導き、働き、天使動員、暗やみと罪悪の勢力の束縛、天国市民権、世界福音化の祝福
(2)聖霊の導き-礼拝は神様の聖霊の導きが宣言される時間だ。ヨハネ14:26-27
(3)祈りの答え-ヨハネ14:14、ヨハネ15:4-16、ヨハネ16:24
▲それで皆さんがインマヌエルの祝福を味わう生活を送るのだ。神様が私とともにおられるんだな! ここに証人になるのだ。これが信徒の人生だ。
2.伝道者の人生
(1)神様の嘆きを見なければならない(マタイ9:35-37)
▲刈りいれる所は多いが、刈りいれる働き手がない。イエス様の嘆きだ。それで神様が皆さんを呼ばれた。
(2)神様の願いを成し遂げるために呼ばれた。地の果てまでわたしの証人になる(使徒1:8)
(3)それで私たちに命令をくださる。あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい(マタイ28:18-20)
▲皆さんは誰の弟子なのか。皆さんはこの時代に誰だと思っているのか。皆さんはこの時代にOMCの主役で、重職者時代、RUTC時代の主役だ。
3.レムナントの人生
(1)レムナント7人-ヨセフの過去の人生の傷、問題がこれが成功することができる土台になった(創世記45:5)。これがまさに未来の証拠の土台になるだろう。
(2)現在は未来のために準備しなければならない。時代的な祝福の証人にならなければならない(詩78:70-72)
(3)未来-神様の栄光のために成功しなければならない。福音を語るほど、成功しなければならない。
▲信徒がどのように生活を送らなければならないのか。この驚くべき祝福を持って、神様の栄光のために、伝道者は神様の胸を抱いて、神様の命令のために、神様の栄光のために生きよう。レムナントは成功する人生になって、神様の栄光のため生活を送ろう。
4.結論
(1)私たちは神様の絶対主権の中にある(I歴代29:10-14、Iコリント15:10)
▲全てが神様の御手にある。私と皆さんは神様が責任を負われる。
(2)私たちの背景自体が神様だ(詩121:1-8)
(3)人生の目的-神様の栄光のために生きる。
▲神様の栄光のために最高の祝福の証人になるようにイエスの御名でお祈りします。アーメン
(The end)

☆☆☆ 2部録音資料☆☆☆
序論
▲賛美を感謝します。イザヤ43章のみことばが思い出されます。賛美をすれば曲が良いものがあって、歌詞が残るものがあります。曲が良ければ、人の気持ちを良くさせます。人の心を動かします。ところで、歌詞が残れば、人のたましいが生かされるようになります。メッセージであるためです。今日1部、レムナント聖歌隊で、2部釜山のレムナント聖歌隊で、本当に良い賛美をしました。人の耳を喜ばせるのではなく、たましいを動かす賛美をしました。神様に栄光をおささげします。
▲今日、私と皆さんが生きなければならない理由です。神様の栄光のために生きなければなりません。
(1)事実、私と皆さんは未信者状態にいました。神様がおられたのに、おられたことも知りませんでした。私たちの身分自体が悪魔の子どもだとも知りませんでした。生年月日による運命、運勢の言いなりになっていたのに知らなかったのです。いつも心配、憂いがいっぱいでした。精神的な問題を持っていました。その結果、肉体の問題がきていたのです。肉体の問題がなぜきたのかさえも知らずにいました。そうするうちに、人は死ぬようになります。死ねばどこへ行くのでしょうか。神様の審判を受けて地獄に行くようになります。天国と地獄があることさえ知らずに生きています。それだけではありません。自分が死ぬと、その後、子どもまで遺産で残すのです。どんな遺産を残すのでしょうか。未信者は法事を行うように残ります。これがまさに霊的な遺産です。自分だけほろびるのではなく、永遠にほろびるようにさせます。ムダン(霊媒師)に会って伝道してみれば、ムダン(霊媒師)は話します。この悪行の報いが自分の代で切れることを見送って置くことができないと言います。巫女が悪霊を受け入れるのに、自分で死ねば終わるものと思っているのです。その悪霊はどこへ行くのでしょうか。必ず自分の子どもに訪ねて行くのです。完全にだまされているのです。みな終わることだと思っています。今、未信者が生きている姿です。なぜ私たちが伝道しなければならないのでしょうか。
▲神様が私たちをどれくらい愛しておられるのでしょうか。それで、私たちに必ず教えられるのが福音です。他の名で救われるべき名は与えられていません。ただイエス・キリストだけが救いの道になります。イエス様を信じることによって、神様の子どもとなります。身分が変わるのです。運命、運勢が変わります。いくらグッ(降霊術)、お祓いをしても変わりません。私の名前を変えるとしても変わりません。お守りを買っても、変わりません。僧侶の下に養子で入っても変わりません。イエス・キリストしかいないのです。神様の子どもなる道だけが、未信者状態から抜け出せるのです。私たちはただイエスです。このイエスだけを伝えなければならないのです。他の名前で救われるべき名は与えられていないのです。
(2)私と皆さんは救われました。救いとは何でしょうか。私たちの人生の過去です。原罪、先祖の罪、私が生きながら作った過去の罪。罪問題を解決するのです。それでイエス様が祭司の役割をされました。そして、現在、生年月日による運命、運勢に陥る、この運命、悪魔のしもべの役をしているこの運命です。これが現在の問題です。ここから抜け出すのが救いです。それで、イエス様は悪魔のしわざを滅ぼしにこの世に万王の王として来られたのです。私たちの人生が未来の問題です。地獄があるのに知らずに、地獄に向かっていきつつあります。道自体を変えて下さる預言者です。私たちの人生の過去、現在、未来のすべての問題を解決する道です。それでイエス様がキリストなのです。このイエス様を受け入れれば、神様の子どもとなります。神様が私の中に来られるのです。聖霊で来られるのです。永遠に共におられます。救いの確信です。この救いは変わりません。宗教生活は、この救いを人間の行為で得ることです。どれくらい不安でしょうか。完全でない人間の行為で始めるので、どれくらい不安でしょうか。確信もありません。たくさん揺れます。宗教生活をすればするほど大変です。福音をもって救いの確信を持っているならば、すればするほど力が生まれます。
(3)救われた者の人生はどのように生きなければならないのでしょうか。未信者が陥っている、その人を生かす者にならなければなりません。私と皆さんが生きなければならない理由です。
▲柳牧師が前東三第一教会に来られて、一番最初に主任牧師として来られてされた事です。全く福音を知らないから聞いてみたこともありません。未信者が、どんな姿で生きているのか分かることもできないのです。霊的な目が隠されていました。目があっても目が見えず、耳があっても聞こえません。それで福音を強調されたのです。聖徒たちに救いの確信がありません。たくさん揺れていました。それで、みことばで救いの確信を植え付けられました。三番目に、とても誤解している伝道。私がすることでなく、特殊な恵みを受けた人や教役者がすると思っているのです。なぜ、伝道は大変だと誤解している部分を理解させられました。牧師先生の初めての講義が、伝道はとてもやさしい、伝道はなることだと言われました。私がするのではありません。伝道は神様がなさると言いながら、神様がなさった証拠を見せたのです。永遠のいのちに定められた者(使徒13:48)だけ探せば良いのです。永遠のいのちを得ることに定められた者をどのように探すのでしょうか。見えないのに、どのように探すのでしょうか。聖書に、永遠のいのちに定められた者は全部、鼻に点があるとしたら、全部、行きながら鼻に点があるのかないのか探すでしょう。聖書はそのように書いてありません。明らかに、永遠のいのちに定められたたましいはあります。神様があらかじめ準備しておかれたのです。そのような人が誰かわかりません。検索は探さなければならないのに知りません。会う人に福音を伝えます。永遠のいのちに定められたたましいは、イエス様を受け入れるのです。定められたたましいでなければ、しないのです。伝道がなぜ大変なのでしょうか。定められたたましいではないのに、ずっと話すので大変なのです。とてもやさしいのです。なぜやさしいのでしょうか。定められた人に会うので、やさしいのです。ジャガイモが熟したのかで、そうないのか、どのように分かるのでしょうか。さつまいも熟したのか、そうでないのかどのように分かるのでしょうか。指で刺してみれば分かるのでしょうか。指で刺せば大変なことになります。箸で刺してみなければなりません。熟したとすれば、どのように入るのでしょうか。簡単に入ります。熟していなければ絶対に入りません。つつけば、ずっと回ります。傷だけできるのです。これを前に知りませんでした。伝道をするのに、どれくらい大変なのか分かりません。イエスを受け入れれば、神様の子どもになる。救われれば天国に行くと思っている私なので、行って福音を伝えるのに、この人がいくら話してもイエス受け入れません。とても苦しいのです。なぜイエスを受け入れないのかと尋ねたら、信じられないと答えます。イエス様があなたを救う救い者だとしてもイエスを受け入れません。イエスを受け入れれば神様の子どもなるのに、なぜしないかと言ったら、したくないと言います。また再び福音を伝えました。そうしたら、この人と2時間を話したのです。後ほどこの人が怒りました。どのようにすれば良いのか。はやく抜け出ようとしたのです。二時間とらえて離さなかったからです。私に怒りました。どのようにすれば良いかという質問は、どのようにすれば私を放してくれるのかという質問です。イエスを受け入れて神様の子どもになれば良い。はやくしようと言います。そのようにイエスを受け入れて、私は祝福の祈りをしました。私は気持ちが良かったのです。本物でしょうか。にせ物でしょうか。その人が次にクリスチャンに会ったら、人生の道で伝道者に会ったら、福音を受けるでしょうか、逃げるでしょうか。私は伝道を知らない時、完全に伝道の門を閉めて回ったのです。
▲コロサイ4:2〜3を見ると、伝道の門があると出ています。門があるのに、門を発見できなかったのです。礼拝堂に入ってきて礼拝をささげる時、何を通ってきましたか。門を通って来たでしょう。あの門を発見できなかったとすれば、どのように入ってくるべきでしょうか。壁を突き抜けて、屋根を突き抜けて、ガラス窓を破って来なければなりません。大変でしょうか。難しいでしょうか。難しいことです。絶対に簡単ではありません。簡単に来ることができる方法が一つあります。門だけ発見すれば良いのです。それが現場のタラッパンです。これが伝道の門です。牧師先生がこの三つをして、タラッパンを走っていたのです。タラッパンから地教会までです。3つのことをされました。今でも同じです。今でも福音の奥義を言います。救いの確信がない者には確信を植え付けて、人生の最高祝福である伝道者として生きるように神様は祝福して下さったのです。
▲どのように神様に栄光を帰すのでしょうか。神様に栄光を帰すために、どんな生活を送らなければならないのでしょうか。
1.聖徒の人生
▲聖徒たちの人生です。聖徒たちは神様の子どもです。
(1)神様の子どもなる身分と権威を味わわなければなりません。これが聖徒の人生です。神様の子どもという身分の中に、ものすごいことが入っています。神様の霊が、私の中に臨んでいるのです。神様の聖霊が私とともにおられます。神様の聖霊が私に働かれるのです。これが驚くべき身分の中に現れます。権威は少なくとも四つがあります。私と皆さんが祈れば、皆さん行くすべての道に天の天使が動員されます。暗やみの勢力が崩れます。すべての罪悪の勢力が崩れるのです。神様が私たちの祈りに必ず答えられます。神様の力で臨まれます。天の市民権を持って、私と皆さんは生きています。世界福音化のために生きています。私たちにくださった7つの祝福が聖徒の人生の基準です。
(2)私と皆さんは、聖霊の導きを受けなければなりません。今日、この礼拝は本当に重要です。毎聖日の礼拝は、本当に重要なのです。一週間の間、私たちがどのように具体的に神様の聖霊の導きを受けるのでしょうか。この奥義が宣言される日です。神様の聖霊が完ぺきに私と皆さんを導かれます。細かく正確に、私と皆さんを導かれるのです。それで終わりません。
(3)私たちに祈りの答えの祝福をくださいます。ヨハネ14:14に、わたしの名で求めなさいとおっしゃいました。イエス様が直接されたみことばです。ヨハネ15:16に、わたしの名で求めなさい、わたしが行うと言われました。ヨハネ16:24に、今までわたしの名で求めなかったから、求めなさい、必ず神様が答えられる。この三つはイエス様が直接なさったみことばです。皆さんが神様の子どもであるから、祈れば必ず神様が答えられます。したがって、神様のインマヌエルの祝福を味わう生活を送るようになります。神様が私とともにおられるんだな、ここに証人になるのです。これが聖徒の人生です。

2.伝道者の人生
▲それなら伝道者はどのように生きなければならないのでしょうか。
(1)伝道者は神様の嘆きを見なければなりません。神様の心を抱くということです。マタイの福音書9章を見れば、神様の心が書いてあります。刈りいれする所は多いが、刈りいれする働き手がない。イエス様の嘆きです。現場に数多くの人々がいるのに、神様の備えられた人々がいるのに、本当の伝道者がいません。それで神様は皆さんを呼ばれたのです。皆さんが異端だと押されながらも、神様は皆さんを呼ばれました。私たちはよく知りません。しかし、田舎や海外ではとても多くの困難にあっています。だれが異端なのでしょうか。伝道者が異端なのでしょうか、伝道しない人が異端なのでしょうか。福音を持った人が異端なのでしょうか、福音がない人が異端なのでしょうか。本当の異端はエホバの証人です。入ってきて聖書勉強しましょう、それと共に聖書を話します。名前がどれくらい良いでしょうか。エホバの証人。名前自体に何か否定するという話があります。イエス様がキリストであることを否定するということです。それが名前の中にあるその秘密です。聖書勉強しようというのですが、聖書の主題は何かというと、神様が私たちに聖書をくださった理由が何でしょうか。ヨハネ20:31節です。イエス様が神様の息子キリストであることを私たちに信じるようにされるために聖書があるのです。信じる者に永遠ないのちがあることを知らせるために聖書が記録されたのです。とても重要なのに、これを抜いてしまって、違ったことを話すのです。中身を抜いてしまい、うわべだけ話すのです。今、この時間にも釜山駅、龍頭(ヨンドゥ)山、四方八方みな通いながら、教会の前に、非常に悪質です。この人たちに何にもできなくて、静かに置いておいたらそれも異端です。釜山駅で伝道するのですが、この人たちは、どれほど多いのでしょうか。私たちは雨が降れば雨が降ると行かないのですが、この人たちは、雨が降っても絶えず行きます。それで本当に伝道者は神様の心を分からなければならないのです。現場に真の伝道者がいません。
▲ソウルにチュ・ソギュン長老がいます。教会の仕事のためにソウルに行ったのですが、この方が私に要請をされました。「牧師先生、時間をつくってちょっと一人にだけ会ってください」と言いました。それで誰かと言ったら、前青少年国家代表サッカー選手のチェ・ソングク選手だということです。この人がとても有名だったのですが、試合をして足を怪我したのです。この方が有望株なので、国で国庫を使ってドイツで手術をしました。手術がうまくいけば本当に良かったのに、手術がうまくいかなかったのです。そのようにしたいサッカーをできなくなったので、人生を自暴自棄になるようになったのです。酒、タバコもして、良くないことをしたのです。私に行こうと言われました。それで時間をあけて一緒に行きました。行ってみたら、完全、昔の私の姿を見るようでした。救われる前の自分の姿です。今から25年前の自分の姿。骨しかなかったのです。酸素呼吸器を当てて、マスクをして頭を丸坊主に刈ってベッドに座っていました。完全、昔の私の姿でした。どうして、そんなに自分の姿を見るようなのでしょうか。尋ねたら、今、肺ガン、胃ガン、大腸ガン、肝臓ガン、完全にガンでした。どれくらい哀れに見えたでしょうか。本当に自分の胸の中に、救われることができない私の姿を見るようでした。この人に福音だけ植え付ければ、この人が生き返るのではないでしょうか。それと共に、私が証しをしながら福音を伝えました。ちょっと長くしました。30分間、集中的にしました。イエス受け入れをするように招きました。しないと言いました。胸が崩れる思いでした。イエスを受け入れれば、完全に救われるはずなのに。私のようになるのではないでしょうか。生き返るようになるのではないでしょうか。しないのでした。なぜしないかと言ったら、この人がとても有名だから、僧侶がきて、神父様もきて、牧師もきて、たくさん来るのです。僧侶がくれば僧侶の話について行かなければならず、神父様がくれば神父の話について行かなければならず、他の教会の牧師がくれば、また他の教会の牧師の話について行かなければならず、また私がきて福音を伝え、イエスを受け入れろと言うので、また私の話について行かなければならず。一言でこの友人が完全に混とん状態でした。いったいどのようにしなければならないか分からない。それでしないということでした。私は牧師ではないでしょうか。私は伝道者ではないでしょうか。そのまま帰れなかったのです。私が牧師だから祈りました。祈るのも嫌かと言ったら、じっとしていたました。チュ長老が、そばで牧師先生が祈りするのにお金がかかるのか、そのまま静かに座っていなさいと言いました。チュ長老とは、仲が良いようでした。考えて、祈ってくれと言いました。それでは、私について祈りなさい。気に入らなければ、絶対にしなくても良い。ついて祈るのも、気に入ることだけしなさい。するのかと言ったら、すると言いました。神様、話しません。ついてしてくださいと言ったら、神様、神様、神様が絶対に信じられません。神様、私を愛してくださるのに、私は信じられません。神様が私を愛して、私の問題を解決するためにイエス・キリストを送って下さったのに、私は信じられません。みなついて言いました。こういう罪人を愛して下さってありがとうございます。この時間に、このイエス・キリストを私の救い主、私の王、私の主人として受け入れます。みなついて言いました。これから、私の生涯が神様の子どもとして生きていけるように祝福してくさったことをありがとうございます。みなついて言いました。イエスを受け入れる祈りをしました。イエス様の御名で祈ります。アーメン。無理にさっと持って押してしまいました。それで、私が祝福祈祷をしたのです。涙をぽたぽた流しました。私も真の心に何か私に届きました。そばにいらっしゃる長老も、祈りながら何か胸に迫りました。それが神様の心でした。そのたましいに向かった神様の心。伝道者は神様の心を感じなければなりません。そのたましいは、神様に召されました。天国に行ったのか、行けなかったのかは私は知りません。無理に押したので。しかし、伝道する現場の中で、私は神様の心を感じました。
▲伝道者が必要です。あのたましいを生かす伝道者が必要だ。神様がなぜ私たちを愛されるのでしょうか。聖歌隊で神様を愛するという告白をしました。あなたはわたしのものだ。わたしがあなたを指名して呼んだのであなたはわたしのものだ....神様がなぜ私たちを指名して呼ばれたのでしょうか。とても足りない私たちをなぜ呼ばれたのでしょうか。
(2)人を生かすためです。神様の願いを成し遂げるために私たちを呼ばれました。地の果てまでわたしの証人になる。
(3)それで私たちに命令をくださいました。今日の本文に見れば、あなたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。使徒パウロが石に打たれて死にました。それが使徒14章のルステラ事件です。石に打たれて死んだと思って、町の外に持って捨てたのです。ところで、伝道者は神様が責任を負われます。人々は死んだと思ったのですが、神様は死なないようにされました。またしっかりして、弟子たちを訪ねて行きました。その弟子の中にテモテがいました。ルステラの弟子。そのテモテに何と話したのでしょうか。あなたは忠実な者に...使徒パウロの胸の中では弟子です。ローマ福音化のために献身したいのちをかけた保護者、家主、労苦する者、愛される者、認められる者、この胸の中に弟子がいました。なぜでしょうか。これを神様の願いを成し遂げるためには、弟子が必要なのです。神様の嘆き、現場を生かすためには弟子が必要なのです。
▲皆さんは誰の弟子なのでしょうか。皆さんはこの時代に誰だと思っていますか。皆さんがこの時代にOMCの主役として生きることを望みます。この時代に重職者の最高の祝福を受けるように願います。全世界に神様が生きておられることを見せる重職者の祝福が臨むように願います。

3.レムナントの人生
▲レムナントはどのように生きるべきでしょうか。
(1)レムナント7人を通してみれば、人生の過去の傷、問題、皆さん一人だけが持っているのではありません。
▲ヨセフを見て下さい。お母さんが色々なお母さんです。お兄さんも色々なお兄さんです。ところで、お母さんが自分の弟を産みながら死んでしまったのです。お母さんなしで育ちました。そして、この10人のお兄さんが毎日困らせたのです。ヨセフよりさらに難しい人がいるのでしょうか。孤児でしょう。事実(ヨセフは)お父さんがいたのですが、孤児のようなものでした。孤児は誰もタッチしません。家族がいると話しますが、家族みんなが骨を折らせます。お父さんがいても、お父さんが盾になってくれません。これが成功できる土台になってしまったのです。創世記45:5節に告白しました。一生の間、お兄さんを困らせるために歯ぎしりして準備するはずなのに、主がこの時のために、あらかじめ私を先に送った、お兄さんが私を困らせたのでなく神様がなさったと告白しました。これがまさに未来の証拠の土台になるでしょう。
(2)現在はどのようにしなければならないのでしょうか。当然、未来のために準備しなければなりません。時代的な祝福の証人になることを望みます。私はこの時代のレムナントです。21世紀の主役です。RUTC時代の主役で立つようになることを希望します。
▲ダビデが幼い時、羊飼いだった時、王として準備をしました。詩78:70〜72節に、片手には神様を信じる信仰、片手には技能、羊飼いとしての最高の技能。量一匹も奪われたことがありませんでした。片手には神様に向かった信仰を持って、片手には神様の力を使う技能。それで、皆さんの今日、現在を通して、未来が決定されます。
(3)未来を成功することを望みます。成功の基準が何でしょうか。福音を説明するほど成功しましょう。それが成功の基準です。
▲パク・ジュヨン選手がいます。パク・ジュヨン選手は、世界的なサッカー選手にならなければなりません。それはパク・ジュヨン選手のためではありません。神様の栄光のためにならなければなりません。福音のために、最高の選手にならなければならないのです。チョン・ジンウクという人がいます。インマヌエル教会出身です。そのレムナントが、どのように成長したのか、皆さんがまさに証人です。多くの人々が祈りで、神様がその人を育てられました。それで契約の旅程、その大事な作品を作ったのです。チョン・ジンウクのためだった訳ではありません。神様の栄光のためにジンウクは成功しなければなりません。福音を語れるほど成功しなければならないのです。また、キム・ソンジン長老がいます。福音を語れるほど、大きい成功をしなければなりません。4、5年後には、地球全体が揺らぐほど。その下にザシルさん、そしてチナさんのような大事なレムナントがいっぱいいます。神様の栄光のために成功しなければなりません。レムナントである皆さんは、成功しなさい。成功しなければならない理由があるのです。聖徒がどのように生活を送らなければならないのでしょうか。この驚くべき祝福を持って、神様の栄光のために生きなければなりません。伝道者がどのように生きなければならないのでしょうか。神様の胸を抱いて、神様の命令のために、神様の栄光のために生きなければなりません。レムナントはどのように生きなければならないのでしょうか。成功する人生になって、神様の栄光のために生きましょう

4.結論
▲結論的に、私と皆さんは神様の絶対的な主権の中にいます。それは、何の話なのでしょうか。皆さんのいのちの神様の御手に、皆さんの人生も神様の御手に、皆さんの成功も神様の御手に。全てのものが神様の御手にあります。I歴代29:10〜14ダビデが告白しました。パウロは私が私になったのは、神様の恵みでなったと告白しました。全てのものが神様の御手にあります。皆さんこれを感じなければなりません。私と皆さんを神様が責任を負われます。私たちの背景自体が神様です。詩121:1〜8節を見れば、神様が私たちの陰になられるので、昼間の太陽も、夜の月も私たちを打つことはありません。
▲皆さんの背景は何でしょうか。全能な神様が私たちの背景になられます。それで私たちは神様の栄光のために生きなければならないのです。神様の栄光のために、最高の祝福の証人になることを主の御名で祈ります。
(祈り)
生きておられる神様に感謝します。聖徒の人生を通して、伝道者の人生を通して、レムナントの人生を通して、最高の神様が栄光を受ける大事な人生を生きる伝道者がならせてください。神様の御手に私たちの全てのものがみな入っています。永遠な神様が私たちの永遠な背景になって下さったことを感謝します。私たちの持っている傷、問題が、全てが、神様の力を証明する土台になりますように。OMC時代の最高の祝福の証人として、RUTC時代の主役として、重職者時代の伝道者として生涯を生きることができるように、ただ神様の栄光のために生きていけるように主が働いて下さい。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
(The end)