2009年7月5日  聖日礼拝 場所:インマヌエル教会 :


1部:神様は声を出して、彼に答えられた
(出エジプト19:16-25)


☆☆☆ 1部要約資料☆☆☆
序論
▲皆さんが神様の御声を聞いたらどうなるだろうか
(1)レムナント7人(ヨセフ、モーセ、サムエル、ダビデ...)
▲とても難しい中にあったが全く揺れないのは、神様の御声を聞いて確実な契約を握っていたから。
(2)初代教会(ペテロ、パウロ、使徒ヨハネ)-揺れる理由がなかった。
▲それでは私たちは難しい時、重要な時、どのように神様の御声を聞くのか。それを必ず捜し出さなければならない。
1.根本的な時刻表を悟る時
(1)出エジプト-イスラエル民族は今、出エジプトをしなければならない。それが神様の御声だ。
(2)荒野-イスラエル民族は荒野の道を行かなければならない。その時、起きることは当然のことだ。
(3)カナン-イスラエル民族はカナンの地に行かなければならない。それが神様の御声だ。神様の御声は耳で聞くのではない。
▲ダビデが罪を犯した時、預言者の話を神様の御声で、シムイが呪う時も神様の御声で聞いた。私の仕事、家庭の中で困難と問題があるならば、神様の力を体験する神様の御声で聞いてメッセージで握りなさい。
▲それで皆さんが毎日毎日、生活の中で神様の御声を聞かなければならない。これは耳で聞くのでなく、心で聞くのだ。私たちが霊で聞くのだ。このようになる時、多くの祝福の門が開いて答えがくるようになる。
2.みことばを聞く時
(1)旧約時代はみことばが完成していなかったために御声で聞かせられた。それで、みことばを受ける時、国民は待った。
(2)今は、聖書のみことばが完成した。私たちはそのままみことばを受ければ良い。今は御声は必要がない。みことばを聞けば良い。
(3)どのように、神様のみことばを聞くのか。
▲皆さんがみことばをそのまま受ければ、そのみことばが後から働きが起きるようになっている(Iペテロ2:2)
1)皆さんが神様のみことばを悟る時、出14:19節に神様は主の御使いを先に、後に送られるとなっている。
2)ダビデ、詩103:20-22節に、主のみことばを成し遂げる御使いよ。神様のみこころを成し遂げる主の軍勢よ。主をほめたたえよとなっている。
▲皆さんが今みことば受ける時間は、すばらしい時間だ。それが神様に会う時間だ。皆さんが今日、短い時間だが、証拠を握ることを望む。
3.どのように神様に会うのか→ 聖霊で...
▲目で見るのは神様ではなくて偶像だ。ある人は檀を作って崇めるが、それは偶像だ。そこに悪霊が働く。
▲神様にどのように会うのか。神様は聖霊で働かれる。それで今日、礼拝をささげながら1秒だけ祈ってもかまわない。神様、今日、私に聖霊で感動させて下さい!簡単に話せば、神様のみことばとともに聖霊が働けば、神様に会うことが行われる。
▲その日を五旬節(麦秋祭、七週の祭り)と言う。今でも正確にみことばを握って祈る時、聖霊で働かれる。皆さんが信じる時、神様が皆さんの家庭、産業に働かれるようになっている。
▲旧約に預言された。ゼカリヤ4:6節に、権力でも能力でもだめだが、主の霊によってできる。レムナント7人がこの祝福を受けた。
4.結論→ 神様、私を聖霊で満たしてください!
(1)麦秋祭、五旬節の主役が世界を動かした。
(2)初代教会が五旬節の日、聖霊を受けた後から世界を動かし始めた。本当の信徒は毎日が五旬節。
(3)本当に福音のために、教会のために、信徒に仕えながら生きるようにさせてください!この時、聖霊が働かれる。
▲皆さんは絶対にほろびることもできなくて、他のことをしてもできない。なぜそうだろうか。聖霊が皆さん中に永遠におられると言われた。それで聖霊の導きを受ければ成功する。皆さんが今日1分だけ考えてみなさい。一日に1分だけでも神様、私を聖霊で満たしてください!今日、この祝福を回復する力の時間になることをイエスの御名で祝福します。今日、麦秋祭、五旬節の祝福が回復することをイエス様の御名でお祈りします。
(The end)

☆☆☆ 1部録音資料☆☆☆
序論
▲今日、モーセに神様が御声を聞かせてくださったとなっています。皆さんが神様の御声を聞いたらどうなるでしょうか。今日、この問題を解決して帰らなければなりません。
(1)レムナント7人
▲レムナントの中でヨセフはとても孤独に育ちました。困難の中で最高の困難が、家庭で受ける困難ですが、ヨセフは家庭で困難が始まったのです。気をおとすしかなかったのですが、ヨセフは気をおとしませんでした。神様の御声を聞いたためです。どんな場合もヨセフは揺れませんでした。モーセが大変なことをするようになった背景には、神様の御声を聞いた驚くべき力を持っていたためです。
▲サムエルが幼い時から神様の御声を聞いたと言われています。ダビデが信仰が良いというよりは、絶対に揺れない理由があるのです。幼い時、神様の御声を聞いて王になることという確実な契約を握ったからです。
(2)初代教会が揺れない理由もここにあります。
▲ペテロが前はいつも揺れたのですが、イエス様に直接、地の果てまで証人になりますと聞きました。
▲パウロがイエスを信じる人を捕らえに行って事件にあったのです。とうてい説明できない事件にあいました。突然、光が照らして、パウロがそこで倒れたのです。その時、サウロ...と呼ばれたのです。パウロの名前はサウロでもあります。それで、どなたですかと尋ねました。その時、御声が聞こえて、わたしはあなたが迫害するイエスだ...その話を聞いたパウロが、どれくらい衝撃を受けたでしょうか。皆さんが山の中に行くのに、後から誰かが呼べばどうなるでしょうか。そのようにしても人が衝撃を受けるはずなのに、パウロが大きい衝撃を受けたのです。伝道運動がしばらく起きる時、迫害が始まりました。
▲皆さんがおわかりの通り、使徒ヨハネという人がパトモス島に流されて行きました。誰もいない島に...皆さんならば、どのようにするでしょうか。恐れ、いろいろな考えがあったでしょう。ヨハネが祈るしかなかったのです。その時、神様の御声が聞こえてきたのです。それと共に、何かを見せられたのですが、それがヨハネの黙示録です。それを見たヨハネは絶対に揺れませんでした。
▲そこまで大きい事件でないにしても、少しでもそのような恵みを受けたら、信仰生活に勝利することができます。
▲それでは今日、私たちは本当に私が困難に出会った時、重要な時、どのように神様の御声を聞くのでしょうか。これを必ず捜し出さなければなりません。私たちが重要なことがある時、神様の御声をどのように聞くのでしょうか。とても困難にあいました。どのように神様の御声を聞くのでしょうか。

1.根本的な時刻表を悟る時
▲根本的な時刻表を悟る時、神様の御声を聞けます。
(1)イスラエル民族は今、出エジプトをしなければなりません。それが神様の御声です。
(2)イスラエル民族は荒野の道を行かなければなりません。その時、起きることは当然です。
(3)イスラエル民族はカナンの地に入らなければなりません。それが神様の御声です。
▲皆さんに起きたことの中で、神様の御声を聞くべきです。神様の御声を声で聞くのでなく、それよりさらに重要なことで聞けます。
▲私はこの頃、そのような祈りをよくしています。北朝鮮がなぜあのようにするのだろうか。なぜ、あのように対話できないのだろうか。昔から赤十字会談をしながら、トンネルを掘って、なぜそうなのだろうか。会議をしながらも気分が悪ければ家に戻ってしまい、なぜあのようにするのだろうか。核を作って撃って、ミサイルもずっと撃って、なぜああするのだろうか。暇があれば、子どものように韓国に火の海を作ると話して、なぜそうなのでしょうか。本当に変です。行ってみれば特殊な国です。なぜああするのでしょうか。行ってみれば、金日成父母は今でも生きておられると書いてありました。すべての建物ごとにみな付けてありました。町中にみな...ひとまず私は正常だと考えられません。なぜそうでしょうか。それでも、どうして私たちの国の政治家の中で半分は尊敬するのでしょうか。それでも、学校の先生半分がなぜそのように尊敬するのでしょうか。理由が何でしょうか。その時、神様の御声が聞こえました。北朝鮮を生かさなければならない。それが神様の御声です。いつ生かしても、生かさなければならないのです。むしろ行って会う人は何百年の歳月が過ぎれば英雄になるでしょう。そうでしょう。後ほど南北統一されて、元気に暮らしている時、歴史の本に出てくるでしょう。神様が生かせというのではないでしょうか。
▲皆さんに多くのことが起きるのに、その時、神様の御声を聞かなければなりません。ダビデが立派な王になった理由が何でしょうか。罪を犯した時、預言者が話すから、それを神様の御声で聞いたのです。逃げる時にも、シムイが呪うのに、それも神様の御声で聞きました。皆さんが今、起きる根本的なことを悟る時、神様の御声が聞こえるのです。
▲それで、私がなぜ貧しいのだろうか。このようにすれば、それでは御声が聞こえません。私は下から始めなければならない。そうする時、神様の御声が聞こえます。学生たちが学費のために心配をよくします。私はそのように考えません。私たちが学校に通っていた時、入学するのに何もありませんでした。チョ・ウンテク牧師と私と肉体労働をしに行きました。仕事をするところがないという言葉は嘘です。肉体労働にいったところ、働き手がなくてとても喜ばれました。仕事をしたらお金だけもらえるのでなく、ご飯ももらえて、みなもらえました。二人が行ったところ、チョ牧師を見て言うのではなく、私を見て、できるのかと尋ねました。何の話かと尋ねたのです。これはがちょっと大変な仕事だと言われたのです。今でもそうですが、その時は、がりがりして弱いと見えたから、できるのかと尋ねたのです。なぜできないかと言いました。私は内心、チョ牧師は太って、自分の足を上げることも大変だと思っていました。仕事をするのを見て、自分たちがよく知らなかったということを知るようになったのです。仕事をしたら、お金もたくさんくれて、どれくらい良いかわかりません。そして、お金を貯めて学費を出しました。時間があれば伝道もして...このようにしたところ、その次に神様が祝福して手助けする使命者が出てきたのです。問題になることが何があるのでしょうか。
▲家庭に問題がきた。メッセージを悟りましょう。私たちの家庭がなぜこうしているのか。神様のメッセージを悟らなければなりません。私たちの家族の中に精神がおかしな人がいるのに、どのようにするのか。メッセージを悟りましょう。地球上で一番たくさん生じることが精神疾患です。私たちの子どもがなぜこうするのか。メッセージを悟らなければなりません。
▲地球の問題を見ましょう。ある人が自分の子どもが死んだので、心に傷になりました。そのような人もいて、ある人はメッセージでつかんだのです。米国にハーバード大学に行ってみました。大きい図書館があります。あれこれ考えてみると、教室もあるのですが、図書館があります。図書館に関する話を誰かがしてくれます。ある方の息子が水泳に行って水におぼれて死んだのです。海辺なのかどこか、とにかく水におぼれて死にました。両親が子どもが水におぼれて死んだので、どのようにするでしょうか。自分の財産をみな集めてハーバード大学を訪ねて行ったのです。自分の子どもの名前で大きい図書館を作りました。図書館を建てながらした話があります。水泳をできない人は出入させるなと。自分の息子が水泳できなくて死んだから...それが残って、多くの人材が図書館を出入しています。メッセージを悟る人がいます。人生はどうせ行くことですが、神様の働きはずっと残るのです。
▲多くの人々が神様の御声をどのように聞くのでしょうか。簡単です。最も根本的な事実を悟る時、神様の御声が聞こえるのです。皆さんが困難をなぜ受けるのか、根本的に質問してみましょう。
▲神様の御声が聞こえます。荒野の道を通り過ぎるのに当然、困難がきます。神様の御声を聞けるのです。それで、イスラエル民族が神様の御声を聞いたとすれば正しく聞かなければなりません。後にエジプト軍がつかまえに来ます。私たちの前に紅海があります。神様の御声を聞けない人はつぶやきました。正しく聞く人は、神様が私たちをエジプトで救い出して下さったので、紅海も勝つようにされるだろう。私たちが水におぼれて、今日、最後の日を迎えてもエジプトに帰れない。神様の御声を聞けない人は、反対にエジプトに帰ろうと言います。水なければ水がないと言って。私は聖書を見ながら、神様の御声を聞きました。なぜ神様が紅海を渡るようにされたのだろうか。まっすぐ行けば良いでしょう。神様がなぜ中間中間に奇跡を起こされたのだろうか。まっすぐ行けば良いのに。理由があります。その知らせをカナンの部族が聞いていたのです。聖書に見たら、イスラエル民族が到着する前に彼らの心がしなえていました。すでに指導者は逃げていたのです。それで神様がそのようにされたのでした。
▲皆さんがいくら貧しくても、気をおとす必要はありません。神様の御声を聞かなければなりません。病気になっても気をおとす必要はありません。死ぬ、生きるのが問題でなく、神様の力を体験しなければなりません。
▲神様の御声を聞かなければならないのです。私たちのいのちを握って持っていく方は神様です。いくらもがいても、なぜはやく死ぬのでしょうか。神様の御手にあります。
▲毎日、生活の中で神様の御声を聞かなければなりません。耳で聞くのでなく、心で聞くのです。霊で聞くのです。このように見る時、多くの祝福の門が開いて、答えがき始めます。兄が私を売ったのではない。神様が私を送られた。これが正しく神様の御声を聞いたのです。わかるでしょうか。ダビデが追われる時、サウル王が私を殺そうとするのではない。悪霊が入ってもがくのに、神様がこの時、祈りで全てのものを準備させるのだ。このように神様の御声を聞かなければなりません。私はなぜこのように貧しい両親に会って、この苦労をするのだろうか。それは神様の御声を聞けないのです。両親によく会って、お金をよく使う人が成功するという保障はとても薄いのです。勇気を出さなければなりません。神様が私を貧しいところから開始させるのです。私は両親の助け受けなくても神様の力で始める。それが神様の御声です。

2.みことばを聞く時
▲神様の御声をどのように聞けるのでしょうか。みことばで聞けます。シナイ山の下に集まったのですが、神様がみことばをくださろうとしました。その時に民は下にいなさいと言われました。この話は、みことばを聞く人と伝える人を区別しろというのではありません。
(1)旧約時代はみことばが完成していなくて、御声で聞こえたのです。みことばが完成していないので、民は待ったのです。
(2)今は聖書みことばが完成されました。そのままみことばを受ければ良いのです。今は、御声が必要ありません。神様のみことばを見れば良いのです。例えば、私たちが特殊な状況の中で聖書を見られなければ、仕方ないのですが、そうでなければ、みことばを見られます。
▲私が知っている友人一人が祈梼院に1ケ月間行って祈っていました。この方が計画があって、祈梼院で1ケ月間、祈ったのです。時間を過ごせば、礼拝をささげて祈って、勉強して準備をしたのです。礼拝をささげに行くと、きれいな女子一人がピアノをひいていました。ピアノをうまく弾いていたのです。ところで、ある一週間過ぎて、女子が訪ねてきてひざまずいて話したそうです。祈る中に、神様の御声を聞いたと。神様が今年の12月25日クリスマスに伝道師と結婚しろとおっしゃると。その時、伝道師がこのように答えたということです。私はすでに結婚して、子どもが2人もいると。女がそんなはずがないと。このような形で信仰生活する人もいます。
▲そのような必要はありません。神様のみことばは完成されています。
(3)それで、とても重要なのが、神様のみことばはどうなのか。失敗するのが、この時、神様のみことばはどうなっているだろうと言います。正しいのです。場合があります。私がこのような時、どのようにするのか。神様のみことばはどうなっているだろうかと思うのです。それが失敗です。そのようにしては捜し出せません。このような時はこのようにして、あのような時はあのようにしながら、みことばを捜し出せません。もちろん、そのような場合はあります。しかし、さらに正確なのはそんなことではありません。
▲幼い子どもが乳を飲むのに、ビタミンC、Eを分析して飲むのではありません。カロリーを分析して飲むのではありません。幼い子どもが母乳を飲めば、その中には全部入っているのです。お母さんの母乳を飲めば、その中にビタミンなどが全部入っています。みことばをそのまま受ければ、みことばの後から働きが起きるようになっています。それで、Iペテロ2:2にみことばの乳を慕い求めなさい。慕い求めなさいという話は、子どもがお腹がすいていて、乳を飲むように慕い求めれば、その後に神様の御声が聞こえるようになっています。
▲神様のみことばを悟る時、出14:19に主の御使いが先に、後に送られます。ものすごいことです。王が話せば、その後に言葉の働きが付いてくるようになっています。大統領が話せば、必ずその後に何か出てくるようになっています。神様がおっしゃれば、まず最初に全く目に見えない主の使い前後に行うとなっています。それで、ここに座っているのです。それでみことば聞くのです。出14:19に、イスラエル民族とモーセがみことばを握った時、神様が主の使いを先に送られました。そして、モーセの後から神様が御使いを送って守られたとなっています。
▲祈りの答えを一番たくさん受けたダビデがこのように話しました。詩103:20-23、主のみことばを成し遂げる御使いたちよ。主をほめたたえよ。神様のみこころを成し遂げる軍勢よ。軍勢はもう少し大きいのです。主をほめたたえよ。これがダビデが書いた文です。
▲皆さんが今日、みことばを受ける時間はすばらしい時間です。それが神様に会うのです。私たちが両親と一緒に暮らしていなくても、いつも両親のことばを記憶するのは、両親にいつも会うようです。神様のみことばは、必ずみことばを握る時、主の御使いが送られて、主の計画を成し遂げるようになっています。今日、短い時間ですが、証拠を握る時間を過ごすことを望みます。

3.どのように神様に会うのでしょうか-聖霊で
▲どのように神様に会うのでしょうか。目で見たことは神様でなく偶像です。ある人は檀を作っておいてお辞儀をするが、檀は偶像です。悪霊が働くようになっています。神様にどのように会うのでしょうか。聖霊で働かれます。人を数十人殺した人がサタンに捕えられたのです。太宗対に行って絶壁を見下ろせば、ひやっとしなければなりません。落ちれば危険だと思うべきで、絶壁を見下ろす瞬間、飛び降りたいならサタンに捕えられたのです。
▲神様が完ぺきに聖霊で働かれると言われました。それで礼拝する中に1秒だけ祈れば良いのです。神様、聖霊で私を感動させて下さい!この時、神様に直接会ったより、さらに正確な出会いが起きます。
▲さらに正確に話せば、神様のみことばとともに聖霊で働く時、神様に会うことが行われ始めます。その日を五旬節と言います。その日を麦秋祭と言うのです。わかりますか。イスラエル民族がエジプトから出た時、エジプトの人々が予言しました。行く時に死ぬ。そのように見たのです。その次に、イスラエルでついて出た人々の半分以上が行く時に死ぬと見たのです。ところで、7日が一週ですが、7回過ぎました。それで、七週の祭りと言います。49日後に麦を収穫したのです。それで麦秋祭です。49日過ぎて収穫したのだから、50日ぶりにおさめたのです。それで五旬節と言います。
▲五旬節という単語を聞くと思い出すことはありますか。使徒2:1を見てください。五旬節の日になって。それは何の話なのでしょうか。神様が私たちに会って下さる方法が聖霊で働かれるのです。
▲今でも正確にみことばを握って祈る時、聖霊で働かれます。本当に信じるように、イエス様の御名で祈ります。信じる時、産業に、家庭に、神様が働かれるようになっています。何の心配もする理由がないのが、主の使いが前後に働くようになっているのです。それを永遠に忘れないでおこうとするのが麦秋祭です。こんにちは、五旬節です。麦秋祭、七週の祭り、五旬節、みな同じ言葉です。ところで愚かに、麦を食べたことだけ悟れば、未信者でも麦は食べるでしょう。行く時に麦ができてとてもうれしい。それでは未信者には麦がないのでしょうか。その話ではありません。みな死ぬはずだと言ったのに、死ななかったのです。
▲それよりさらに重要なのが何でしょうか。神様が聖霊で働かれたのです。今でも目に見えないように聖霊が完ぺきに導いておられます。信じるように願います。
▲イエス様がこのようにおっしゃられました。あなたがたは心を騒がせてはなりません。神様を信じて心配しないように。わたしを信じて心配しないように。天国が備えられているので心配しないように。ところで、それは序論です。本論は、わたしが行くことが益です。わたしが行けば、助け主聖霊を神様が送られるだろう。その聖霊が臨めば、あなたがたとともに、あなたがたの中に永遠に居られる。この事実を知れば、真の力を得るようになって、真の平安を得るようになります。わたしはあなたがたに平安を与えます。世が与えるのではありません。わかるでしょうか。旧約で預言者が預言しました。ゼカリヤ4:6権力でも、能力でもだめだが、主の霊によって。それで、レムナント7人がこの祝福を受けたのです。ヨセフを見た時、パロ王がこれくらい主の霊に満たされた人を初めて見たと言いました。総理をさせてはどうかと言いました。この力がものすごい力です。ダビデにIサムエル16:13主の霊が。初代教会でイエス様が最後になさったみことばが何でしょうか。聖霊に満たされなさい。そうすれば、教会、産業、個人、学業に力が現れるようになります。なぜ聖霊を受けなさいと言われたのでしょうか。目に見えないように地球は悪霊でぎっしり埋まったので、聖霊を受けて勝利しなさい。そうすれば地の果てまで証人になります。その話です。これが麦秋祭で、五旬節です。

→結論
▲結論を結びます。それではどんな結論が出てくるのでしょうか。
(1)麦秋祭、五旬節の主役が世界を動かしたと見なければなりません。
▲今日皆さんがこの祝福の隊列に立ちました。
(2)初代教会が五旬節の日、聖霊を受けてから世界を生かし始めたのです。それでは、麦秋祭の説教を別に準備すべきなのに、なぜ出エジプト記をずっと読んで行くのでしょうか。私はずっと読み続ける中に会いました。なぜでしょうか。毎日が五旬節です。この日を記憶するために説明するのであって、本当の信徒は毎日が五旬節です。
▲イエス様が来られたのを知らせようとするだけで、毎日がクリスマスです。日曜日だけ聖日でなく、一週間がみな聖日です。日曜日に聖日ならば月曜日は何の日なのでしょうか。火曜日は。火曜日も主の日(聖日)です。木曜日も主の日(聖日)です。みな主の御手にあります。日曜日だけ主日(聖日)なのでしょうか。それが本当に変です。今、ささげるのが大礼拝なのでしょうか。礼拝はみな同じです。小さい集いは小礼拝なのでしょうか。私は福音悟った後に、特別に結婚式以外にはガウンを着ないことにしました。ガウンを着る理由があります。私には、この人を祝福する資格がありません。神様の恵みを受けて祝福するのです。判事がなぜガウンを着るのでしょうか。人が人を裁判することはできません。それでガウンを着てするのです。それでは、聖日の日、昼間にガウンを着れば夕方にはどうでしょう。水曜日は。水曜日も礼拝でしょう。朝の祈りは着ないのでしょうか。朝の祈りも礼拝でしょう。訪問に行く時も着て行かなければなりません。まったく、僧侶が袈裟を着ているように、着て通わなければなりません。それではありません。そのまま、私たちが礼拝をささげるのです。そのままささげれば良いのです。毎日が五旬節です。
(3)私はするのが一つだけです。20年前を記憶します。皆さんと私が会ってから20年になりました。20年前にきて、イ・ソンフン牧師に会う前で、ペク・ウンギュ牧師に会う前ですから、ここにおられた高齢の方々が12坪教会を作っておかれたのです。そうしておいて、名前は東三第一教会とつけてありました。それで、一番大きい教会だと思ったところ、一番小さい教会でした。そこに赴任したのです。私がどれくらい確信があったでしょうか。高慢になるほど確信がありました。どれくらい確信あったでしょうか。助けが必要ない。私はできる。なぜでしょうか。神様の力でできるから。こういう気持ちで来たのです。来るやいなや、12坪で2週間、復興会をしました。2週間、伝道について説明したのです。そして釜山市全体に300ヶ所入る黄金漁場を作りました。私が30ヶ所を走ることにして、明日から走ると決定したのです。私たちはものすごい希望を持って始めたのです。明日の朝から開始です。ところでその直前の日に事故がおきたのです。皆さんは20年前だから知らないでしょう。20年前ですが、明日から始めるというのに今日事故がおきたのです。それも、ハクサン市場を降りてきて、人をかすめたが知らなかったのです。どの程度軽くかすめたのか、その人がケガしたところが全くなかったのです。ボンゴが新しい車だったのですが、バックミラーが顔をすったようです。その人が告発をしたのです。知っていても、知らなくても、人に接触してそのまま行けば、逃げたのです。その人がケガした、ケガしなかったとは関係なく、その場で解決するべきで、行ってはいけないのです。ぴったりひっかかったのです。後ほど、この人がケガしたのではなく、腹が立ったからだと言ったのですが、その時は、それが問題になりました。私の生涯に、深刻な問題が来たのです。教会は開始なのに。はっきりとする前には、拘束されなければなりません。普通の問題ではありません。
▲どのようにすべきでしょうか。その時、私が定刻祈り、定刻礼拝を回復しました。それが問題ではありません。私はその時、重要なことを一つ悟ったのです。私がとても職業人だったのです。牧師という職業人だったのです。伝道者という職業人でした。教会を復興させることができると思った野望で詰まった悪い奴でした。それをみな下ろしたのです。神様、本当に機会を与えられれば、福音のために生きます。何かあれば教会のために。もし私に機会を与えられたら、信徒に仕えながら生きます。私がとても職業人であったのを悟るようにされました。それを置いて祈ったのですが、聖霊が働くという言葉は人ごとに違います。
▲今、見ると、自分の生涯で最も聖霊で満たされたことが行われました。その時、祈った答えを今、みな受けています。どれくらい驚くことかわかりません。
▲それで、五旬節の日になったということは、普通の話ではありません。時間を1分出して、私を聖霊で満たしてくださいと言う言葉は、普通のことではありません。その祝福が始まったことは、初めからあったのですが、証拠を出した日が五旬節で、麦秋祭です。常に神様は聖霊で働かれたのですが、その日を説明し始めたのが麦秋祭です。それで、マルコの屋上の間が始まる日、五旬節になって。この言葉は普通の話ではありません。皆さんは絶対にほろびることができなくて、他のものをしてもできません。未信者はお祓いでもして、しばらく慰めも受けますが、皆さんはそれもだめです。なぜでしょうか。聖霊が皆さんの中に永遠に居られるのです。それで、悟ればとてもやさしいのです。
▲聖霊に導かれれば成功するのです。今日、1分だけ考えてみるように願います。聖霊に満たされる方法を悟ったら終わったのです。さらに正確に話せば、方法も必要ありません。今から一日に1分だけでも神様、私を聖霊で満たしてください!聖霊に満たされることが分かるだけで答えがきます。私は、皆さんの産業に、職場に、仕事に聖霊が臨むことが最も重要で緊急だと思います。私たちのレムナントに最も必要なのが、この力です。
▲今日、皆さんが短い時間ですが、この祝福を回復する力の時間を過ごすことをイエスの御名で祈ります。今日、麦秋祭、五旬節の祝福が回復するように、イエス様の御名でお祈りします。
(祈り)
神様に感謝します。短い時間ですが、聖霊で働いてください。目に見えないように完ぺきに働く主の聖霊が働いてください。体験でなく、神様の方法で働いてください。人が知らない神様の方法で働いてください。それで、すべてのメッセージを聞く方々が、このことに証人になることを願います。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
(The end)



2部:神様の原理
(ローマ8:1-11)


☆☆☆ 2部要約資料☆☆☆
序論
▲いのちは誰の手にあるのか。いくら違うといっても神様の御手にある。それで、未信者も人の命は天にあると言った。それでは、神様の原理について行かなければならない。
▲聖書は66巻からなっているが、福音が最もよく説明されたところがローマ人への手紙で、そして、その中で8章だ。ここにいくつか重要なことが出てきた。
(1)1節にキリスト・イエスの中にある者は罪に定められることがない。
1)創世記3章、サタンにだまされずに抜け出しなさい。あなたはキリストの中にある。それで、罪に定められることはない。
(2)Iコリント2:12、2種類の人-世の中の霊、神様の霊を受けた人。世の中の霊を受けたということは、サタンに捕えられているということで、神様の霊を受けたということは聖霊がともにおられるということだ。それで、神様の子どもは何も心配する必要がない(ヘブル12:1-13)
▲神様はどんな原理を私たちにくださったのか
1.キリストの原理(1節)
(1)キリストという言葉は、油を注がれた者という意味だ。
(2)王、預言者、祭司に油を注いだ。この三つ単語を合わせたのをキリストという(サタンの権威に勝った王、神様の子どもになる道を作った預言者、サタンが与える呪いから解放した祭司...)キリストの中にある者は決して罪に定められることはない。
(3)それで、Iペテロ2:9節には皆さんを見て王のような祭司、預言者だ...
2.いのちの原理(2節)
(1)エペソ2:1、罪と罪過で死んでしまった過去、すべての先祖の罪から解放させてしまった。いのちの原理で...
(2)エペソ2:2、目に見えなく何か言いなりになっていたのに原理で、呪いの原理から解放
(3)エペソ2:6、未来まで解決してしまった。
▲肉で解決することができないことをキリストを送っていのちを与えられた。キリスト・イエスの中にあるいのちの原理
3.聖霊の原理
(1)ローマ8:2、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から法的に解放
▲皆さんを御霊の原理で解放した。悪い悪魔と暗やみの権威は皆さんに絶対に勝てないように法(原理)で解放させられた。
(2)そして、私たちに生かす霊、神様の霊を与えられた(11節)
(3)生かす霊というのは-皆さんの過去、現在、未来問題から解放された。
▲それでは、することは一つもないのか。5-6節に少しだけ肉に従うのを霊に従うことを考えて、霊を考えれば良い。
4.結論-どのようにするべきか
(1)Iコリント3:16、聖霊の内住-問題、危機がきた時、記憶しなさい。聖霊が私の中にいらっしゃるから、私は心配する必要がない。
(2)ヨハネ14:16-17、聖霊の導き-少しだけ肉的なものより霊的なこと考えて判断だけすれば良い。少しだけ神様の計画が何かと質問したが、聖霊の導きを受けるようになる。
(3)使徒1:8、聖霊の満たし-今日から3つをしてみなさい。
1)一人で定刻礼拝をしてみなさい。回復をいう。
2)定刻祈り-安らかに定刻に祈ってみなさい。これはリズムを回復するのだ。
3)深い祈り-霊的問題や病気がある人はUコリント12:1-10深い祈りに入ってみなさい。この時は、癒される働きが起きる。
▲これを分かれば、自分だけが分かる喜びがくる。そして、自分も知らないうちに喜びがあるようになる。今日、皆さんがこのみことばを必ず回復するように願う。今日のことは実践を一度してみることを望む。皆さんに証拠がきて、大きい希望と喜びができるだろう。
(The end)

☆☆☆ 2部録音資料☆☆☆
序論
▲ある人が自分の子どもがガンになりました。ところで、なぜうちの子がガンになったのだろうか。他の子どもは大丈夫なのに。そのように残念に思う心を持って質問をしたのです。また、ある人は百歳になったが一度も病気になることもなく、長く仕事をする方もおられます。いのちは誰の手にあるのでしょうか。いくら違うと言っても神様の御手にあります。それで、未信者も人命は在天だと言いました。人間の命は天にあるという言葉です。それでは神様の原理をよく知らなければなりません。今日、皆さんが神様の原理をよく知らなければなりません。
▲私たちのインマヌエルとタラッパンの信徒は、聖書をよく知らなければなりません。聖書は、全部で66巻からなっています。その中で福音が一番説明がよくされている聖書があります。どの聖書でしょうか。今、私たちが読んでいるローマ人への手紙です。ローマ人への手紙は、16章まで分けられています。そして、ローマ人への手紙の中でも一番、宝石のような部分があります。福音の中でも最高の福音を説明した部分があるのです。それが、今日、読んだローマ8章です。それでは、皆さんはそのまま読んだでしょうか、何の話なのか知っているでしょう。聖書全体で福音が一番よく説明されたのがローマ人への手紙で、その中でも一番説明がよくされているのが8章です。ところで、ここに今日、いくつか重要なことが出てきました。
(1)定罪
▲ローマ8:1を見てください。したがって、もうキリスト・イエスの中にある者には決して罪に定められることがありません。これが何の話なのか分かるでしょうか。誤りがあるのに、あなたは本当に誤りがない、今、このように話すのです。これが何のことでしょうか。ローマ8:1から、今、不思議に出てきています。キリストの中にあれば決して罪に定められることはありません。これが何の話かということです。あなたは絶対に罪を犯したことないと言われています。罪に定められることはありません。これを皆さんが理解しなければなりません。あたかも何と同じなのでしょうか。母親が息子にきて、あなたは何の誤りもないと言うのです。誤りがあるのに、他の人はあなたよりさらに誤ったので、あなたは何の誤りもないと話すようです。皆さん、誤りがないでしょうか。あるのに誤りがないと言います。そして、警察がきて、子どもをつかんで行けば、うちの子は誤りがないと言うようです。そして、警察がくれば逃げろと言います。今、警察がつかみにくるから逃げなさい。逃げて避けていて安定すれば出て来なさい。これがあたかもそのような言葉です。初めから理解できないでしょう。いくつかのことを理解しなければなりません。
▲創世記3章(サタン)-創世記3章の事件でサタンが人間を滅ぼした後に、神様がはやく抜け出せと言われたのです。創世記3:15、女の子孫が蛇の頭を踏み砕きました。この話をわかってこそ、本文が分かります。それで、神様が皆さんを見て、サタンにだまされずに、はやく出てきなさい。あなたは、もうキリストの中にいる。それで、罪に定められることがないのです。呪われません。この話です。わかったでしょうか。それで、これが普通の話ではありません。
(2)Iコリント2:12、二種類の人
▲それで皆さんが今、記憶しなければなりません。人は二種類の人がいます。Iコリント2:12に、あなたがたは世の中の霊を受けたのではなく、神様から来た霊を受けた。
1)世の中の霊(ヨハネ8:44))
▲人は二種類の人がいます。世の中の霊を受けた人がいて
2)神様の霊(ヘブル12:1-8)
▲神様の霊を受けた人がいます。それで、とても子ども、夫、妻が誤っても、あまり心配する必要はありません。その人が世の中の霊を受けたか、神様の霊を受けたか、これが問題です。世の中の霊を受けたということは、ヨハネ8:44サタンに今、捕えられています。神様の霊を受けたということは、今、聖霊を受けた人です。ヘブル12:1-8を見ると、苦難がきても、神様の霊を受けた人は生き返る苦難です。両親が子どもを殴るのは、うまくいけと殴るのです。しかし、不良の親分が子どもたちを殴るのは悪いことしろと殴るのです。ですから、心配する必要はありません。皆さんの子どもを置いて心配する必要がないのが、キリストの霊があるから、誤った道に行っても結局は帰ってくるようになっています。それで心配する必要がないのです。それで、あなたはキリストの中にあれば、決して罪に定められることがないということです。わかったでしょうか。
▲まだ、よく明らかにならないでいるがマイケル・ジャクソンが薬品を飲んで死んだのかはわかりませんが、鎮痛剤を飲んでいたということが出てきています。ですから、いくら成功しても、世の中の霊を受けた人はここに導かれるから、滅亡に行くしかないのです。
▲皆さんがたとえ信仰が弱く見えても、皆さんの中に神様の霊がおられるから、結局は滅びないで戻るようになっています。ですから、皆さんの夫に信仰なかったとしても、あまり心配しないように。神様が皆さんの祈りを聞いて夫が答えられた時刻表どおりで戻るようになっています。アウグスティヌスが堕落している時、モニカがずっと祈っていました。他の人が見手、祈らないでと言いました。ところで、アンブロスは、祈りの涙の子どもはほろびないと言いました。ところで、アウグスティヌスの中には事実上、いのちのキリストの霊があったのです。ある日、ぴったり戻るようになりました。心配する必要はありません。
▲今日、皆さんが神様の原理を悟らなければなりません。

1.キリストの原理
▲最初です。神様はどんな原理を私たちに与えられたのでしょうか。ローマ8:1節に、したがって、もうキリスト・イエスの中にある者は、決して罪に定められることはないという言葉は何の話でしょうか。神様の原理が、キリストの原理です。
(1)油を注がれた者
▲キリストというのは何の話なのでしょうか。キリストという言葉は知っておられるでしょう。油を注がれた者という意味です。
(2)王-サタン×、預言者-道、祭司-呪い×
▲誰に油を注いだのでしょうか。昔に王に油を注ぎました。誰もが王になるのではなく、油を注いでこそ王になります。その次に、預言者に油を注ぎました。そして、祭司は誰でもなるのではなくて、祭司になる人の中で油を注いでこそ祭司になります。この三個の単語を合わせたのをキリストと言います。ところで、イエス様をキリストと言います。これはすばらしい言葉です。世の中の王ではなくて、サタンの権威に勝った王です。皆さんは神様に会うことができないから、神様の子どもになる道を作った預言者。皆さんが受けなければならない呪いは、サタンのためにきたのですが、これを解放させる祭司。わかるでしょうか。キリスト中にある者は決して罪に定められることがありません。
(3)Iペテロ2:9
▲それでIペテロ2:9には、皆さんを見て王のような祭司、預言者だと言いました。これをキリストの原理と言います。分かるでしょうか。この祝福を受けたのです。
▲神様がなぜこういう祝福をくださったのでしょうか。人間が滅亡の中であるから、いてはならないとくださたのです。皆さんの子どもが危機に陥ればどうするでしょうか。救い出すでしょう。救い出した後に、用心しなさいと話すでしょう。ところで救い出す時は、話をせずに、はやく救い出すでしょう。神様がそうです。皆さんの可愛い息子、孫が火の中にいるのに、そのままいるでしょうか。熱いだろうと思って外にいるでしょうか。水をひっくり返してかぶっても入るでしょう。そして、その子をはやく救い出すのではないでしょうか。それより、さらに怖い条件がサタンによって、人間が、今、受けているのです。それで、キリストを送られたのです。これは一般の人々は理解できません。人々がほろびながらも知らないのです。それで、すでにキリストを知っている皆さんを見て、決して罪に定めることがないという言葉がその話です。わかるようになるように願います。この話を知らなければ、思い切りお金をもうけて、妻をめとって、嫁入りしてみなしたが、後ほど困難がくれば何の話かわからないのです。それで、ある人は自殺して、また、ある人は精神が変になります。こういう人が今とても多いのです。
▲皆さんが今日、みことばを聞いて目を正しくあけなければなりません。ところで、ほとんど私が見ると、教会に通う人々も、こういうものを知らずにそのまま通っています。私は先祖の時から教会に通ったと言って。ある人は私は3代目で信じるクリスチャンホームだ。ある人は長老なのに、聖書を一つも知りません。何ということでしょうか。救われたということは、この話です。神様の原理、キリストの原理を分からなければなりません。キリストの中にある者は、決して罪に定められることがないという言葉がこの話です。誰も知らないサタンの勢力が、今でもそのまま皆さんの家に入っているということです。創世記3章から始まりました。これを原罪と言います。今でも目に見えないように、ずっと人々の中に入って行っています。皆さん怖いではないでしょうか。
▲私が昔に幼い時、映画をしたようです。怖い映画なのですが、これがある女が夜に道を歩いて行きました。道を行くのに、道でおかしな女に会ったのです。あまりにも怖くて逃げるのに、ほとんど飛んで付いてくるのです。どれくらい怖いでしょうか。この女がかみついたのです。その時からこの女がおかしくなったのです。大丈夫だったが変に悪霊になって、大丈夫だったがまたおかしくなりました。これが狂うとおかしなことをして、それで狂ってしまって自分の姑にかみつきました。姑も狂ってしまったのです。ですから、すべての家族をみなそのようにしてしまいました。私は幼い時、見ながら、そのまま怖いと思ったのですが、今、静かに考えてみると、それが一理あると考えられるのです。このサタンが全く目に見えないように、皆さんを活用して、皆さんの夫、家族、妻をみな殺す、こういうようにサタンがするのです。全世界を偶像文化にして殺すから、神様がそれでキリストを送られたのです。どのように生きるか、あなたが上手にして、私が間違って、それはその次の話です。ここから抜け出さなければなりません。運命が変わらなければならないのです。
▲キリストの中では決して罪に定められることはありません。知識人の中で、この部分を聞き取れない人々が多いのです。それで、勉強する神学になってしまい、実際には人を生かすことができない神学になってしまったのです。そして、キリスト教国家ごとに問題が来てしまったのです。全部、十字架を付けて通うロシアのような国は、完全に共産化されてしまい、イエスを信じることで始まった米国は、ほとんど霊的問題1位の国になってしまいました。

2.いのちの原理(ローマ8:2)
▲神様がどんな原理をくださったのでしょうか。いのちの原理を与えられました。皆さんにまったくどんな原理を与えられたのでしょうか。
(1)エペソ2:1(過去)
▲エペソ2:1を見ると、罪と罪過で死んでしまった皆さんの過去、すべての先祖が犯した罪から解放させてしまいました。
(2)エペソ2:2(現在)
▲エペソ2:2を見ると、目に見られないように何か知らず、今、言いなりになっています。現在、呪いから完全に解放させられました。
(3)エペソ2:6(未来)
▲エペソ2:6を見ると、皆さんの未来まで解決したのです。
▲今日、それがローマ8:3-4節です。肉で解決できないのでキリストに送って解決して、いのちを与えられました。これがローマ8:2節です。これは、キリスト中にあるいのちの御霊の原理と言われています。

3.御霊の原理
▲そして、神様が三番目にくださった原理が何でしょうか。御霊の原理です。これが神様の原理です。ローマ8:2をもう一度見れば、これはキリスト・イエスの中にあるいのちの御霊の原理が、罪と死の原理からあなた解放したのです。法的に解放してしまったのです。判事が裁判で法的に解放するように、いのちの原理(法)で解放させたのです。
(1)原理(法)
▲今日、皆さんは記憶するように願います。皆さんを何から解放したのでしょうか。御霊の原理で解放しました。確信を持つように願います。悪い悪魔と暗やみの権威が、皆さんに絶対に勝てないように、法で解放させてしまったのです。
(2)生かす霊
▲それで、私たちに神様の霊、生かす霊を与えられました。ローマ8:11節を見ると、生かす霊を与えられました。
(3)過去、現在
▲それで、聖霊が皆さんの中にいらっしゃればどうなるのでしょうか。生かすという言葉は何の話なのでしょうか。大学生1年と、小学生1年と戦えば誰が勝つでしょうか。とてもバカではない以上、大学生が勝つでしょう。悪霊と聖霊と戦えば誰が勝つでしょうか。皆さんの中に悪いのが来ているのに、聖霊が来られたとすれば、誰が勝つでしょうか。ですから、勘違いしてはいけません。皆さんの過去の問題をすべてみな、聖霊がなくされたのです。皆さんに残っていても勝てます。多くの人々が嘘をつくのに、皆さんの子どもに過去の霊的問題が残っていても、聖霊は勝てます。聖霊は現在も勝てます。皆さんの未来に起きる問題も聖霊に勝てません。この話はそのまま聞けばつまらないでしょうが、実際にやられる時は、とても重要なのです。これから受ける呪いまでみななくして、聖霊は勝てます。
▲ローマ7章から続けて見てください。私たちは弱くて、二重人格で生きるしかないのに、神様はこういう原理をくださって、私たちを救い出されました。強い倫理主義者は、何は話かと言うでしょう。その人が後ほど決定的な瞬間に死ぬ時わかる言葉です。わからないでも、ここに対する質問をしなければなりません。
▲これくらい神様は私たちの人間をよくご存知で、こういう原理を与えられました。何の話なのか分かるでしょうか。これが今、ローマ人への手紙に記録された、ものすごい深い部分なのですが、この深いことを昼間にしようとすると、皆さんが、今、眠たくて、精神がふらふらするようです。これが何の話なのか分かるでしょうか。皆さんひょっとして刑務所伝道しに行きませんか。刑務所に行って、とんでもない話をすればその人々は生き返れません。正確に言ってあげなければなりません。本当にあなたは善良な人で、良心のとおり生きようとしたが、今、他の人より大きい罪も犯していないのに、刑務所に来ている。本当に優しい人なのに、度々再犯をまたして、またして、またして。これがサタンのしわざなのに、それが問題ではありません。根本的にこの中にいるから、運命から抜け出せないのです。それで教会に通う人々は、ほとんどでたらめで、知らずにそのまま教会だけ行き来するのです。礼拝だけよくささげれば良いと思って、何かをすれば良いと思っています。神様が何も尋ねないで、キリストの原理を与えて、私たちを生かされました。完全に死んでしまったのに、いのちの原理を与えて生かされたのです。そして聖霊の原理で解放させてくださいました。過去、現在、未来から、みな解放させられたのです。牧師先生、それでは未来に犯す罪までみな許されたということですか。申し訳ないのですがゆるされました。それでは、罪を犯してもかまわないのでしょうか。偉大な計画を立ててはなりません。そのような必要はありません。そして、そうすることもできません。しかし、明らかなのは解決されました。そうでしょうか。永遠な神様が皆さんの問題を永遠にみな解決されたのです。
▲それでは、することは何もないのでしょうか。あります。ローマ8:5-6節に何と言われているでしょうか。少しだけ肉に従うのを、霊に従おうと努力して、少しだけ皆さんが神様の計画を考えることに追われれば、みわざが起きます。

→結論
▲今日からどのようにするのでしょうか。事実は、私たちはその時みな解決されたのですが、私たちがこのように力がなく、このように座っていることもあります。私たちが今みな解決されて、みな終わったのですが、事実はさ迷っていることもあります。これをもって話はできなくて、私たちが変に答えがあまり来なければ力が抜けるでしょう。皆さんは神様の子どもなのに、この祝福を受けたのに、今はどのようにしなければならないのでしょうか。今は正しくなされた信仰生活をすべきなではないでしょうか。
▲聖書個所三個を記憶しましょう。
(1)Iコリント3:16、聖霊の内住(問題)
▲Iコリント3:16です。あなたがたが神の神殿であること、神様の御霊があなたがたの中にとどまっておられるのを知らないのですか。この言葉をわかったのですが、これをどのように私が味わうのでしょうか。皆さんが良い時より、問題がきた時です。問題がきた時、しっかりと覚えましょう。皆さんに危機がきた時、覚えましょう。聖霊が私の中にいらっしゃるから、私は心配することはない。これ一つだけ思ったのですが、その次には答えに変わります。私たちの学生たちは分かるでしょうか。皆さんが勉強して気落ちすれば、聖霊が私の中にいらっしゃるから、私は心配することない、その考えに追われれば勝てる力ができます。
(2)ヨハネ14:16-17、聖霊の導き(判断)
▲よく記憶しなさい。ヨハネ14:16-17です。それでは聖霊導きを受ければ良いのです。聖霊の導きをどのように受けるのでしょうか。難しいことはありません。さっき本文で見たように、皆さんが少しだけ肉的なものより、霊的に考えて判断だけすれば良いのです。少しだけ神様の計画が何か質問したのですが、聖霊の導きを受けるようになります。皆さんが今、この祝福をみな受けたのですが、外に出て行って未信者のようにとことん行く必要はありません。少しだけすれば良いのです。ある執事はとても心配よくするから、信じないご主人が神様がおられないかと、心配しないでくれと言いました。ですから、少しだけでも導かれます。
(3)使徒1:8
▲さらに重要なのが聖霊の満たしです。今日から皆さん3つのことをしてみなさい。必ずしてみなさい。
1)定刻礼拝(回復)
▲聖書がなくてもかまいません。一人で定刻礼拝をしてみなさい。毎日せずに。毎日すれば、とても答えがたくさんきて、手に負えなくなります。一度だけでもしましょう。一週間に一度だけでも良いのです。定刻礼拝ということは、回復です。皆さん一人で礼拝をささげてこそ、賛美も回復されます。そうでなければ、賛美回復になりません。なぜなら、賛美を歌うことがないからです。皆さん一人で定刻礼拝をささげる時、その時、賛美を歌うようになります。皆さん一人で定刻礼拝をささげてこそ、聖書のみことばも考えるようになります。そうではないでしょうか。簡単に話せば、皆さんが何も回復をしなかったのに、どのように味わうのでしょうか。皆さんひょっとしてメッセージテープを買って聞く時も、定刻礼拝の時に聞くでしょう。これが何でもないようでも、とても重要なのです。学生が本をまったく読まないのに、勉強がよくできることがあるでしょうか。それで、定刻礼拝は一緒にせずに一人でしなさい。
2)定刻祈り(リズム)
▲その次に時間があれば安らかに定刻祈り。定刻礼拝は一度して、定時祈りをしてみてください。これはリズムを回復するのです。皆さんとても重要です。健康もリズムが回復しなければなりません。運動もリズムが回復しなければなりません。人生もリズムが回復しなければなりません。これで定刻祈りをすれば、リズムが回復します。
3)Uコリント12:1-10、深い祈り
▲そして皆さんに重要な問題を置いて、病気があったり霊的問題があったり、こういう人々はUコリント12:1-10の深い祈りに入るのです。この時は癒される働きが起きます。するだけのことはあるではないでしょうか。
▲私が昔に信仰生活始めながら、私はできるのに、一つだめなことがありました。それが何でしょうか。経済です。それで、経済を置いて祈ったのです。今でもしています。それで、私がタラッパンで経済の祝福を一番たくさん受けました。私がよく食べて寝て生きるということではありません。本当に神様の前で世界福音化のために祈ったのです。
▲皆さんがこの結論だけ回復すれば、本論が何の話なのか分かるようになります。この時から皆さんに何が来るのでしょうか。自分が分かる喜びがき始めます。これが来なければなりません。さらに重要なのは、自分も知らないうちにできる喜びがあります。そうでなければ、皆さんは信仰生活しながらも、いつも不満、不安、いつも心配ができます。皆さんがわけもなく心配するのです。神様がキリストの原理ですべての呪いを砕いてしまわれました。神様がいのちの原理で皆さんを生かしてしまわれました。神様が聖霊の原理で私たちを解放させてしまわれました。驚くことです。ですから、この祝福を味わうのです。私は20年間したのが、ただ一つあります。これを握って祈ったのです。答えが来なくても大丈夫ですが、きてみれば答えが来ています。時間が過ぎれば答えが来ているのです。行ってみれば答えが来ています。受けないでも大丈夫ですが、このように多くの祝福を受けました。
▲今日、皆さんこのみことばを必ず回復するようになるように願います。今日のことは実践を一度してみてください。本当に皆さんに証拠がきて、心に大きい希望と喜びができるでしょう。今日、最高の答えを受けるようになることをイエス様の御名で祝福します。祈ります。
(祈り)
神様に感謝します。今日重要な真の幸せを見つけ出すようにさせてください。真の力を得るようにさせてください。真の希望を持つようにさせてください。イエス・キリストの御名でお祈りします。アーメン
(The end)