2010年1月31日 聖日礼拝  場所:インマヌエル教会 講義:柳光洙牧師


第1部:さばきの胸当て
(出エジプト記28:15-30)


〓要約資料〓
→序論
▲私たちは今日、重要な質問を一つしなければならない。
(1)イスラエル民族がなにを間違えたから、エジプトの奴隷になったのか。全能なる神様が、なぜイスラエル民族をエジプトの奴隷に行くように許されたのだろうか。
▲答えは簡単だ。エジプトの水準になってこそ、世界福音化することができる。だれかが私を無視すれば、はやく私の水準を振り返らなければならない。
(2)これが教会史の問題で、教会問題だ。タラッパンをする教会でさえも問題がとても多い。
(3)そうしながら、私たちには個人的な問題がくる(霊的問題、無気力、うつ病)。レムナントがいくら困難を受けても、契約を握って挑戦しなければならない。
▲今日、胸当て、ウリム、トンミムという単語が出てきた。これは判断を言う。私たちは今からでも遅くない。今からでも今日、神様のみことばを見ながら、はやく見つけ出さなければならない。
1.大祭司と祭司が教会のともしびを消さなければ、重要なことを発見するようになる。
▲まず、祭司はどんな判断をしなければならないのか。
(1)胸当てには12部族の名前が記録されている- 12部族、すべての重職者、レムナントの祈りの課題、行かなければならない道を知っていなければならない。
(2)12の宝石-この話は、祭司はすべての部族を宝石のように思って、胸に入れて、祈りの火、その福音の灯を消すなということだ。
(3)その中にウリム、トンミムを入れておいた。ウリムとトンミムの祝福を回復しなさい。ウリムは光、トンミムは完全ということだ。神様が与えられる正確な判断を受けて、お手伝いするようにしなさい。
▲苦難の中でこの祝福を見つけよということだ。世の中を生かせる答えを捜し出せということだ。
2.信徒が幕屋中心に生きていく時
▲信徒はどんな判断をするべきか。信徒は幕屋中心に生きていく時、どうなるのか。
(1)至聖所の祝福回復-契約の箱
▲契約の箱-マナを入れた壷(どんな場合も飢えて死なないという神様の約束)、アロンの杖(皆さんが行く道にその力で保護する)、石の板(みことば)。これを回復しなさい。契約の箱をケルビムが包んでいる。本当に幕屋中心に行けば主の使いが保護する。
(2)聖所の祝福回復
▲そして聖所でともに礼拝して賛美してパンを食べて
(3)幕屋の庭の祝福回復
▲幕屋の庭-文化を持って世界を宣教する祝福を言う。
3.真の光を回復すれば-暗やみ解決
▲本当に真の光を回復すれば暗やみは崩れるようになっている。
(1)ウリム-光、真の光はキリストだ。
(2)トンミム-完全、真の完全な方がキリストだ。
(3)幕屋の主人がキリストだ。本当にキリストが分かれば暗やみは崩れるようになる。
▲キリスト-サタン文化、人間の運命と地獄の背景をうち破って、神様に会わないようにさせる壁を倒したのがキリストだ。本当に信じれば、暗やみはみな崩れるようになっている。未来は皆さんを飲み込むことができない。暗やみは皆さんを触ることができない。
*結論-なぜこのようにすべきなのか(五つの理由)
(1)ヨルダン川を渡らなければならないから(過去の紅海の事件を想起-神様の力)
(2)エリコを倒さなければならないから(祈りの力)
(3)契約の箱が行く道に太陽と月が止まることが起きた。
(4)アナク山地の最後の戦闘が残っている。
(5)7部族、31人の王と偶像を倒して世界福音化することが残っている。
▲すべてのしもべ、祭司はウリム、トンミム、胸当ての祝福を回復しなさい。すべての信徒は幕屋中心に動きなさい。これよりさらに重要なキリストの祝福を味わおう!この話だ。皆さんが本当に勇気を出して、信仰で始めれば、暗やみ、病気はほとんど崩れる。さらに結論は根源を回復しろということだ。皆さんが本当に恵みを受けて、力を受けて、神様の力を受けてしまえば回復する。ある日私は一人でそのような決断を下した。私が福音を本当に知って伝えなければならない!その時、私は経済の上の経済を見た。成功の上の成功が福音の中にあるということを分かった。地位の中の地位が福音の中にあるということを分かった。他の力を持って福音の中から始まりなさい。霊的な力を得て新しい挑戦を始めなさい。それで、今日、皆さんは神様がくださる力で無気力から抜け出す祝福があることをイエス様の御名で祝福します。
(The end)

〓録音資料〓
→序論
▲今日の本文にあるさばきの胸当てというタイトルでみことばを見ます。かげろうは、一日を生きて死んでいきます。それは基準が私たちが見る時には一日です。しかし、かげろうは、自分は海千山千をみな体験して一生を生きたのです。一生の間、いろいろな苦労をみな体験して死ぬと考えるでしょう。私たちの人間が見る時は、一日です。神様が私たちをご覧になる時もそうでしょう。いろいろなこうしたこと、ああしたことを生きているように見られるのですが、神様がご覧になる時は簡単な人生です。
▲今日、私たちは重要な質問をして答えなければなりません。イスラエル民族がなにを間違えてエジプトの奴隷になったのかという部分です。それでは、質問を変えてみる必要があります。全能な神様が、なぜイスラエル民族をエジプトに奴隷に行くことを許されたのでしょうか。皆さんは苦難を受けるとすれば、みな嫌でしょう。ところで、神様の民ならば嫌う必要はなくて、重要な答えだけ受ければ良いのです。なぜそうだったのでしょうか。どちらが正しいのでしょうか。イスラエル民族が行ったのでしょうか、神様が送られたのでしょうか。信仰がない人が見る時は、イスラエル民族が間違って能力がなくて行ったと理解できるでしょう。また信仰の目を持った人が見る時は、神様が力の神様なのに、イスラエル民族を救い出せないのか。行くようにされたのではないかと解釈することもできるでしょう。正確に話せば2つともです。二つみなそうなのですが、私たちは苦難を受ける時、必ずつかまなければならないメッセージがあります。もちろん福音ですが、福音にあって握らなければならないことがあるのです。私たちは福音ならばなると言うのは、すべてなって、すべてあるからです。しかし、福音にあって何を握らなければならないのでしょうか。これを握れなければずっと苦難がきます。私が嫌いな苦難がずっと迫ってくるのです。人をいくら恨んでも、仕方がありません。それが何でしょうか。それを見つけ出さなければなりません。福音にあって。
▲ずいぶん前のことです。ある女の人が、必ず私と相談をしなければならないと要請をしました。やっと時間を作って相談をするようになったのです。ところで、封筒を持ってきました。大きな書類封筒を。それを出して相談をしました。封筒の内容がなんですかと私が尋ねました。今、時間がないからみな読むことができないから要約をして話をしてください。それで、簡単な結論を話しました。夫は、こういう、こういう人だ。かなり立派な人でした。ところで、なぜ私を訪ねてきましたか。夫が私をイエスを信じるという理由で離婚しようと言うのです。結婚したあとで信じたのかと尋ねたところ、子どもの時から信じていたということでした。それでは夫が分かることでないでしょうか。イエスを信じるのを。分かっているのに、今になってそのように言う。それでは封筒、それは何ですか。夫が自分にイエスを信じるという理由で離婚しようというときに出した書類だということでした。それをコピーしてきました。ですから、牧師先生、一度、読んでみてください。このような時はどのようにしなければならないかと言ったのです。ひとまずあらまし話を聞いてみたら、男がとても悪い奴のようでした。それで、その書類をあらまし読んでみたら、その男の話ならば、この女はとても悪い女です。このようになれば難しいのです。ところで、私が感じたことがありました。この女にその言葉を言うことができませんでした。執事にこの話をすることができなかったのです。そのまま慰めぐらいで祈って送りました。その言葉をとてもできないのです。それは何でしょうか。その言葉を言うことはできないのです。それで関係ない言葉だったのですが、することができませんでした。私たちが問題が生ずれば、あなたがよくやった、私がよくやったという、こんなことを継続します。神様が願われるのはそれではないのです。ところで、この女性と少しの間の話をずっとしながら、本を読みながら感じたことがあります。その言葉を言ってあげられないのです。結局、できませんでした。今は、その方がどうなったのかは知りません。タラッパンに見られないようですが、どうなったのかは分かりません。私が感じたことを今、話そうとすれば申し訳ないのです。
▲レムナントもこういう部分は理解しなければなりません。皆さんがとても良いところに就職をしたのに、その人々がたびたび私を難しくさせる、そういう時があります。その時は、はやく考えなければならないことがあります。それが何でしょうか。教会にきて仕事をするのに、なぜ教役者が私を難しくして、無視するか、このような時、はやく考えなければならないことがあるのです。それで、この女の方にあることが、共通してみな同じくあるのです。それが何かすれば、この方がこの男性と住むことは大変な水準です。私が見る時は、とても水準が低かったのです。基本的な対話もうまくできません。ですからこの女性は夫に無視されているのです。ところで、これを分かれば良いのですが、知らずにいたのです。
▲両親、子どもの間にも、両親が水準がとても低ければ、子どもが親孝行しないで保護するでしょう。両親がとても水準が低ければ、子どもは両親に親孝行するのではありません。すねないように保護するのです。それを親孝行と考えれば水準が低いのです。ところで、水準が低い人も親孝行してもらえる人がいます。私たちは田舎者で無知だ。私たちのゆえにお前が支障を受けてはならない。安心してがんばれ。このように話せば水準が高いのです。低いのではなく。同じ友達同士でも、とても水準が合わなければ避けます。
▲イスラエル民族をなぜ神様がエジプトに入るようにされたのでしょうか。答えは簡単です。エジプトの水準になってこそ世界福音化することができるからです。エジプトの水準になってこそ世界福音化できるのです。お父さんに服をもらって、着て、パンを食べて、この水準ではできないということです。レムナントははやく悟らなければなりません。どこかの未信者の中で職場生活に入るのに、職場の人々が自分をみな無視するとします。いきなり悪いやつらだと話して「私はイエスを信じるのに、あの人たちはイエスも信じない者だ」このような形で出て行ってはいけません。はやく私の水準を振り返らなければならないのです。これはとても重要なのです。簡単に話せば、私たちが日本に捕まえられたのも、水準が低かったために、やられてしまったのです。今でも水準は低いのです。ですから食堂に行ってみると、日本食堂、韓国食堂に行ってみればとても違いが生じます。日本の食堂に行ってみるならば、とても清潔です。それで、日本の食堂でご飯を食べて腹をこわしたことがあるでしょうか。私たちの教会の副牧師三人が日本に行って腹をこわしました。韓国の店に行って食べたのでした。日本の店に行けば良かったのに、韓国の店で食べて腹をこわしました。その人々の水準がどうか分かるでしょうか。静かに頼んで解決されたら大声を上げるのです。それが水準です。それで、私たちは北朝鮮も助け、さらに多く手助けしなければなりません。私は前に上手にしたと思います。さらに多く手助けしなければなりません。私たちは米もたくさん余っています。たくさん行って与えなければなりません。より多くあげなければなりません。しかし一つ話さなければならないことがあります。絶対にその水準では世界の中で押されるということを必ず話さなければなりません。それを本当に大丈夫だとほめる人々は、北朝鮮をどのようにすればほろびるようにするのかという人です。
▲数百年間、奴隷生活をしました。それでは、その水準であって良いでしょうか。神様の民です。これが他の見方をすれば、ずっと降りてくれば教会史の問題で、教会の問題です。今日、教会の問題がどれほど多いでしょうか。私たちの教会にはあるのか分かりませんが、私が見る場合ないようですが、教会問題とても多いのです。タラッパンする教会も問題がとても多いのです。それで、牧師と重職者と葛藤ができて、試みにあう教会がとても多いのです。
▲そうしながら、私たちには個人的問題が来ます。私が知っていることでは、十人中九人は、ほとんどみなが三つの中の一つに関わっています。大部分の人々が無気力、うつ病でなければ、とても霊的問題が来ています。ですから難しくなって貧しくなるのです。霊的問題の中で精神病は仕方ないのですが、無気力、これはひどい霊的問題です。学生たちが、レムナントが力を得るべきで、無気力に陥れば、子どもたちがおかしくなります。レムナントがいくら困難を受けても、契約を握って挑戦すべきで、無気力の中に陥れば、大変なことになります。そして、むだなゲームも継続して、はまってしまうようになります。私はこういう時間にレムナントを見て最高に祝福を受けた人々であるからお願いします。なぜならば、他の人、未信者が走る時間に遊ぶのです。未信者が勉強する時間に教会に行きます。未信者が本を読むとき、徹夜祈りをしています。そこでゲームしなければならない。夜にまたダウンロードして何をしなければならない。流行りのアニメみな見なければならない。無限な挑戦なのか、有限な挑戦か、コメディもみな見なければなりません。強い心臓、弱い心臓といったトークショーもみな見なければなりません。牧師先生、どうしてそんなによく知っているのですか。私が見るのに、嘆かわしいのです。大変なことになりました。私が見る時は、子どもたちに挑戦を与えるほどのもはなく、本当に未来を見通すべきことは一つもありません。それで終わるのでしょうか。またインターネットに入らなければなりません。友だちとあれこれとチャットしなければなりません。それで終わるのでしょうか。夜中にメールを送らなくては。受けなくては。いつ寝るのでしょうか。いつ勉強するのでしょうか。その上に、その程度ならば大丈夫です。本格的にゲームにはまってしまうのです。こういう青少年がいないと思いますか。私は大部分だと思っています。レムナントの中でいないと思いますか。これが無気力です。すべきことはできなくて、無気力で死ぬのです。キリストの契約を握って、少しだけ勇気を出せば、暗やみは逃げるはずなのに、それにはまっているのです。大人たちはまたはまっても仕方ないのですが、子どもたちははまれば、一生、苦労します。それで、神様がエジプトを見物させて目を開いた後に、引き出したのです。
▲それで今日、胸当て、ウリム、トンミムこういう単語が出てきました。簡単に話せば判断を言うのです。胸当てを付けていました。そして、その中にウリムとトンミムがありました。少しあとで説明しますが、一言で要約すれば判断です。私たちは今からでも遅くありません。今でも今日、神様のみことばを見ながら、はやく見つけ出さなければなりません。祝福を受けた最高の神様の子どもだから、はやく見つけ出す水準があります。

1.大祭司と祭司が教会の灯を消さなければ、重要なことを発見するようになります
▲今日、先に祭司に話しました。祭司は、どんな判断をしなければならないのでしょうか。それを今日、行く中で一つずつ一つずつ神様がくださるのです。幕屋を作りなさい。祭司に特別に言われたことがあります。灯を消してはならない。そして、祭司の服に着替えなさい。それでさばきの胸当てを付けなさい。そのように話したのです。
▲今日、最初にすべての主のしもべが悟らなければならないことがあります。大祭司と祭司が教会の火を消さなければ、重要なことを発見するようになります。
(1)この胸当てには十二部族の名前がみな彫られています。
(2)そして十個の宝石を付けたと言われています。何の話なのでしょうか。これが胸当ての中が四角になっているのに、その中にすべて入っていたということです。それは何の話なのでしょうか。祭司は、すべての部族を宝石のように思って、胸に入れなければならないのです。その祈りの灯を消してはなりません。その福音の灯を消してはならないのです。とても重要な言葉です。
▲これが解決できなければ、全国、世界の教会の問題が解決できません。
(3)その中にウリム、トンミムを入れていたと言われています。ウリム、トンミムの祝福を回復しなさい。これは、日本語ではありません。ウリムこの言葉は「光」という言葉です。トンミム、この言葉は「完全」という言葉です。これをどこで使ったかというと、おもにあい昧なことの判決に使いました。多分、簡単に話せばサイコロのようなものだと思えば良いのです。そうでなければ、コインのようなものだと考えれば良いでしょう。それが二つです。片方にはウリムとなっていて、もう方側にはトンミムとなっています。これをもって投げれば、2回ともウリムが出てくればOK、投げたが二回ともトンミムが出てくればNo。投げたが一つはトンミム、一つはウリムが出てきた。こういう場合は保留。このように使ったのです。これに関しては記録がそんなにたくさんありません。他の見方をすれば、おもしろいのです。これを投げて、こうだ、ああだという状態で、他の見方をすればおもしろいのです。私たちが幼い時、道をこちらに行くか、あちらに行くかとすれば、唾を吐いて唾がはねたところに行きました。今は、ナビゲーションがあるから、そのような必要はありません。その時は、ナビゲーションもなくて唾を吐いて、唾がはねるほうに行ったのです。あたかもこういう水準のようです。それで記録がたくさんないのです。ここに対して、使い方はこのようにした、あのようにしたということがたくさん出ていません。
▲しかし、重要なのはここにあるのです。祭司が必ず解決すべきことが何でしょうか。十二部族の名前をみな彫っていなければならないのです。それを胸当てに入れなさい。祭司は何をしなければならないのでしょうか。十二部族の名前を宝石のようにしなさい。これから私がするつもりです。すべての長老、重職者、勧士、按手執事の祈りの課題が何か、私がすべて知っていなければなりません。あの方たちが行かなければならない道を私が知っているようにするつもりです。何をすれば良いのでしょうか。本当に祈れば良いのです。ウリム、トンミムということは判断です。神様が与えられる正確な判断を受けてお手伝いするようにしなさい。すべての教役者は、どれだけ祈るべきでしょうか。本当にレムナントが正しく道を行くように判断できる知恵が必要です。私たちのレムナント一人、一人の名前をみな記憶しなければなりません。この信徒とレムナントを宝石のように思わなければなりまません。それを回復しなさいということです。それで、私たちは胸に何かを付けたり、複雑に思う必要はありません。新しく作った人もいますが、作る必要はありません。これが解決できなければ、教会はずっと問題がやってきます。それでは、全世界の教会はずっと問題がやってきます。それで神様が水準を上げなさいと言われるのです。教役者が話すのが物質の話ではなくて、とても重要な水準に押し上げましょう。胸に十二部族の名前を彫った胸当てをつけなさい。これが普通の話になりません。例をあげれば、私が服を着て胸に付けなければなりません。取り出せば長老の名前がみな書かれている。それは何の話なのでしょうか。時間があれば、取り出して祈りなさいということです。そして、つかんでおいて、面倒に考えずに宝石のように思いなさい。それが宝石です。それとともに、ウリム、トンミム、判断しなさい。これが可能なのでしょうか。可能です。本当に福音の契約を握って主のしもべが祈れば、神様はそのような答えをくださいます。神様は私のようにおろかな人にも与えられました。それで、一緒に仕事をしながら、今までメッセージを握ってして成就しなかったことがありません。それで、皆さんは迫ってくる苦難を難しいと思わずに、本当に神様が私の水準を上げるんだな、皆さん絶対に上がらなければいけません。なぜか、神様の子どもです。私が我を張ったり、私の主張をしたり、それではありません。私の水準が上がってこそ、神様の祝福を見るのです。それでエジプトを見物させたのです。皆さんが親だと考えてみましょう。皆さんの子どもを奴隷には送らないでしょうが、エジプト旅行に送ってみるでしょう。それでイスラエル民族の目を開くようにさせられたのです。それで、今はとても重要なメッセージを荒野を行く中にくださったのです。これは必ず祭司にだけあるのではありません。新約聖書を見れば、すべての信徒が万人祭司です。
▲神様が皆さんに苦難を与えられるのは、この祝福を見つけ出しなさいということです。皆さんの胸に胸当てを付けたのですが、そこに宝石のような十二部族の名があって、ウリムとトンミムを持って、世の中を生かせる答えを捜し出せということです。間違いありません。皆さんがいくら違うといっても間違いないのです。皆さんひょっとして、私を無視するかも知れませんが、このみことばは無視できません。

2.信徒が幕屋中心に生きていく時
▲二番目です。信徒が祭司に学んで生きなさい、その話ではありません。信徒は、どんな判断をするべきでしょうか。信徒は幕屋中心に生きていく時、神様は主のしもべを通してみことばをくださいます。信徒が人に学ぶということではありません。神様の御声を聞くようになるのです。幕屋中心に生きていけば、どうなるのか分かるでしょうか。それは何の話なのでしょうか。
(1)幕屋の中には至聖所があります。聖所があって、至聖所があります。至聖所には何があるのでしょうか。そこに契約の箱があるのです。
▲契約の箱の中には何が入っているのでしょうか。マナを入れた壷があります。皆さんをどんな場合も飢え死なないようにするという神様の約束です。そこに何が入っているのでしょうか。アロンの杖が入っています。アロンの杖を地面にさしたところ、芽が出たのです。何の話でしょうか。皆さん行く道に、その力で保護するということです。そこに何が入っていたのでしょうか。絶対に変わらない神様のみことばを石の上に刻んだものが入っていました。これを回復しなさいということです。それが至聖所の中にありました。その次に、至聖所の中に契約の箱があれば、契約の箱の上に何があったのでしょうか。ケルビム、天使が包んでいました。皆さんが本当に水準を上げれば、どの水準でしょうか。本当に幕屋中心へ行く水準になってしまえば、主の天使が皆さんを保護するでしょう。これが幕屋中心です。
(2)そして幕屋には至聖所だけあるのではなくて、聖所があります。聖所とは何でしょうか。そこでともに礼拝して、賛美してパンを食べるのです。
(3)また幕屋には何があるのでしょうか。それだけあるのではなくて、この前、話した幕屋の庭があります。いよいよ皆さんは文化を持って世界を征服して、世界を生かして宣教できる、こういう祝福を回復できるということです。とても重要なのです

3.真の光を回復すれば-暗やみ解決
▲胸当てをつけるということは、普通の話ではありません。さらに重要なのは三番目です。なぜ祭司にこの胸当てをつけて、ウリムとトンミムを入れろと言われたのでしょうか。本当に真の光を回復すれば、暗やみは崩れるようになっています。しきりに皆さんはこの考え、あの考えで、人を恨もうとするのですが、本当に真の光が臨めば、暗やみは逃げるようになっています。
(1)ウリム、光。真の光がキリストです。
(2)トンミム、完全ということです。真に完全な方がキリストです。
(3)この幕屋中心、幕屋の主人がキリストです。皆さんが本当にキリストを知るようになれば、暗やみは崩れるようになるのです。
▲私は今まで何の背景もありませんでした。ところで、キリストが分かったところ、すべての背景に勝つようになりました。皆さんに会う前には、だれも手助けする人がいませんでした。しかし、キリストを分かった後に、全てのものを跳び越えました。証人です。全くお金はありませんでした。神様は全世界を福音化するほどの経済を与えられました。本当に私は背景がありませんでした。キリストを分かった後に、神様はすべての世界を生かせるように、弟子を立てられました。確実です。これを回復しなさいということです。苦難を受けることを恐れずに、これを回復しなさいということです。これが、ウリム、トンミム。これを胸に抱きなさい。祭司自身のためである訳ではありません。主の民のために。前に胸当てをつけなさい。十二部族のために。それが主のしもべの使命で、皆さんが受ける祝福です。
▲教会にはじめて来られた方であっても、この部分を記憶しなければなりません。私たちはイエスを信じるという言葉より重要なのは、キリストを知って、キリストがイエスだからイエスを信じるということです。一言で、キリストというのは何の話なのでしょうか。暗やみの中でいるのに、光が入ってきたのです。それがキリストです。完全に死ぬようになったが油注がれました。それがキリストです。さらに正確に話せば、人間はサタンの文化に勝てません。それを破ったのがキリストです。もう少し事実的に話せば、人間は運命と地獄、背景を変えることはできません。それを破ったのがキリストです。私たちは神様に会えません。その壁を倒した単語がキリストです。はたしてキリストがだれでしょうか。神様が旧約に約束されました。そのとおり来られた方がイエスです。本当に信じれば、すべての暗やみは崩れるようになっています。私は今、私の周囲がこうすれば、これからどうなるか、その暗やみは皆さんを飲み込むことができないでしょう。私がこのように出て行けば未来がどうなるか。その未来は皆さんを飲み込むことができないでしょう。私がこのように出て行けば、貧しくて破産すれば、どうするのか。その暗やみは皆さんを触ることができないでしょう。今、それを説明しているのです。それで、祭司の使命はものすごく重要です。子どもが日曜学校に通います。それで、伝道師や先生にこういう胸当てがない。どうなるのでしょうか。さらに簡単に話せば、日曜学校の子どもクラスに、子どもがその先生の胸に、祈りの中にないということです。それは普通の問題ではありません。どのように見るのでしょうか。しかし、さらに幸いなのは皆さんが幕屋中心に生きる時、この祝福を味わえるのです。

*結論-なぜこのようにすべきでしょうか。(五つの理由)
▲結論を結びます。なぜこのようにすべきなのでしょうか。これが重要です。なぜこのようにするのでしょうか。その行く道に複雑ですが幕屋を作りなさい。覆いなさい。なぜこのようにするのでしょうか。胸当てを作って、宝石のように付けて、十二部族の名前を入れなさい。なぜこのようにするのでしょうか。そして、行くところにウリム、トンミムを持って判断しながら行きなさい。なぜそのようにするのでしょうか。重要な理由、五つがあります。これから出てくるでしょう。
(1)最初です。ヨルダン川を渡らなければならないためです。このヨルダン川はなぜ渡るのでしょうか。過去に紅海を渡ったのを思い出させるのです。とても重要なことが残っているから。ヨルダン川を渡って、記念碑的な証拠を与えるから、揺れてはならない。
▲皆さんの周囲に不信仰を話す人も多いでしょう。よく理解して、だまされてはなりません。今でも無気力に陥らずに起きましょう。すべての牧師は起きましょう。すべての教役者は起きましょう。心配せずに。人を理解して受け入れなければならないのですが、人の話を聞いてはなりません。私は牧師にそのように話します。昔にメッセージを学習すれば、このように教えます。説教を聞いてみて、牧師夫人が聞いて、よくチェックして、説教をよくしなさいと教えました。私は2つの理由で違うと思います。牧師夫人は、そのようなことをしてはいけません。恵みを受けなければなりません。牧師先生は、そのような話を聞いてはいけません。神様の前で祈って、神様がくださる確信をもってメッセージをしなければなりません。もちろん、言葉に失敗することはあり得ます。それは神様が悟るようにして直されるでしょう。そのような心配はしてはなりません。それが大きな人間主義です。主のしもべは、ずっと祈って、神様の御声を聞いて、お手伝いしなければなりません。いくら正しい言葉でも不信仰的な話があります。いくら正しい言葉も水準が低い話があります。いくら賢い話でも水準が違う話があります。行きながら、荒野を行く間、いろいろなことを言います。どうして私たちをこのように苦しめるのか。みな正しい言葉です。しかし、それはとても水準以下の話です。なぜこのように幕屋を作って、複雑に服を着て、このようにするのか。これからそのようにして、エリコを倒しに行かなければならないのです。
(2)エリコを倒すのに、また理由があります。2つの理由があります。イスラエル民族に祈りの力が何か説明するのです。もう一つあります。エリコを倒してしまうから全世界にあることが、全部みな崩れてしまいました。カナンの土地の中に住んでいる人々がみな逃げたのです。その程度ではありません。何のために、このように度々作れと言われるのでしょうか。
(3)その契約の箱が行く道に、どんなことが起きたでしょうか。太陽と月が止まることが起きました。正確に話せば、地球が止まったのです。地球が止まったことがあるでしょうか。ムーディー科学院で証明しました。地球の年代を科学的に調べる中でぴったり一日が止まった記録が出てきました。その程度ではありません。(4)今、アナク山地に最後の戦闘が残っています。その程度ではありません。
(5)五番目が何でしょうか。七部族、三十人の王の偶像を倒して、世界福音化しなければならない、ものすごいことが残っているのです。
▲すべてのしもべは、すべての祭司は、このウリム、トンミム、胸当ての祝福を回復しなさい。この祝福を味わうように、すべての信徒は幕屋中心に動きなさい。幕屋、ウリム、トンミム、胸当てよりさらに重要なキリストの祝福を味わいなさい。その話です。皆さん今日、レムナントもそうで、皆さんが本当に勇気を出して、信仰で始めれば、ほとんど暗やみは半分以上崩れ始めます。からだの病気もほとんどみな良くなります。皆さんが毎日、他人の悪口を言って、心配して、それでは病気になります。それでは大変なことになります。病気だけなれば、天国に行けばよいでしょうが、霊に問題がきます。毎日、他人の良くないことだけ見て、そのような人がいます。いつも良くないことだけ考えています。祝福を受けたことは一つも考えなくて、良くないことだけいつも思っています。それではどのようになるでしょうか。こうすれば正しい、正しくない以前に、霊的状態がどうなるのでしょうか。皆さんが朝起きて毒を飲んで、お昼の時に毒を飲んで、夕方に毒を飲むなら、それでは死にます。朝起きて水を飲んで、お昼に水を飲んで、夕方に水を飲んで、こうしてこそ、からだが生きるでしょう。神様が今とても重要なことを残しておいて、力を得られる奥義を一つずつ一つずつおっしゃっています。
▲さらに結論を結びます。これは何でしょうか。根源を回復しなさいということです。経済も経済祝福の根源があります。昨日もそのような話をしたのですが、あまりに人々が経済をよく知りません。ある人が、保険金をもらおうと家族を殺しました。保険金をいくら入れておいたでしょうか。3億ウォンを入れておきました。それをもらって使おうと。結局は、捕まえられました。愚かな奴が、それをもらおうと家族を殺したのです。それで警察が尋ねたのです。その金を持って何をしようとしたのか。食堂をしようと。3億ウォンで、食堂をすればどうなるのか分かるでしょうか。3億ウォンで食堂をすれば、それだけ3億ウォンを動かすお金が必要です。お金を1兆ウォンをもっていればすごいように見えるでしょう。お金1兆ウォンを持っていれば、そのサイドに1兆ウォンを動かす力があってこそ物事がなるのです。それが簡単なことではありません。人々が事業もそうで、経済をあまりに知りません。人を殺してお金を3億ウォン得たのですが、それで何もだめです。健康で仕事をしながらもうけて使うのがすばらしい祝福なのです。直ちに例えば、事業を始めるといえば、その事業を開始しても、数年を持ちこたえる経済がなければ勝てません。ロトで一勝負出れば良のではありません。確かに話します。その経済を動かす力がない人にお金が入ってくれば、災いが来るのです。それで、ギャンブルで稼いだお金は祝福ではありません。それでロトで当選して乞食にならない人は1人もいません。新聞にみな出ています。探してみたのです。この間、アメリカのある州では法を定めました。ロト当選した人にずっと付いて回ることに。なぜか、自殺するかと思って。何もしなくて、お父さんから土地を譲り受けて、キムヘの良い地の畑でお金を数百億もうけた人、すべてみな乞食になりました。それでレムナントに話します。お金100億をもうける力があれば、なくなってもまたもうけることができます。その力がなければ、できれば問題になります。経済の根源も神様の御手にあります。皆さんが本当に恵みを受けて、力を受けて、神様の力を受ければ解決されます。成功、戦い、すべての部分に根源があります。この根源をのがした未信者がたくさんもうけて、問題がくるのです。
▲ある日、私は一人で、このような決断を下しました。私が福音を本当に知って、伝えなければならない。その時、私は経済の上の経済を見たのです。その時、成功の上の成功が福音の中にあるということを分かりました。私たちは地位を求めるのですが、地位の上の地位が福音の中にあるということを分かりました。もちろん、恵みを受けるからといって怠ける必要はありません。他の力を持って福音にあって挑戦を始めましょう。私たちが年をとっている人々も「私は年寄りだ」とせずに、皆さんが霊的な力を得て、新しい挑戦を始めましょう。聖書を見れば、とても重要なことは年をとった人がしました。歴史にも見れば、とても重要なことは年をとった人々がしました。重要な作品のようなものも、ほとんど高齢な人々が作りました。ゲーテという人は「ファウスト」を60年かかって作り出しました。あらゆる分野でみなそうです。それで、今日、皆さんは神様がくださった力で無気力から抜け出す祝福があることをイエスの御名で祈ります。

(祈り)
神様に感謝いたします。私たちに霊的な力を与えてください。私たちにあるつぶやきと不平とすべての不信仰が崩れるようにしてください。うつ病と霊的問題がイエスの御名で崩れるようにしてください。無気力がイエス・キリストの御名で崩れるようにしてください。神様が上から与えられる力を得る日になるようにしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
(The end)




第2部:最初に信じた人
(ローマ16:5)

〓要約資料〓
→序論
▲エパネト-この人がアジヤで最初に信じた人なのに、今まで働きをしているといった。私たちがどのようにすれば、最後まで神様の祝福を受けられるのだろうか。ローマ16章の人々が代表的な人物だ。
(1)当時は死という危機にあう時であった。それにもかかわらず、初めから最後まで...
(2)人間関係-出会って同じように仕事を一生、ともにするということはやさしいことではない。
(3)霊的状態-初めからまったく同じだった。
▲どのように私たちが最後まで用いられて、正しく最後まで答えを受けるのか。
1.私が始祖の祝福を味わおう
▲私は我が家で、私たちの家系を生かす始祖だという考えを持とう。そのような意味の最初に信じた人だ。私を呼ばれたことは私の家を生かして、福音がない職場を生かせということだ。私はそこで証人だ。
(1)アブラハム-滅びない理由は、信仰の先祖アブラハムと言われている。カルデヤのウルで初めて信仰生活を開始。
(2)モーセ-福音を文書で一番はじめに話した人がモーセだ。
(3)ペテロ-一番はじめにマタイ16:16を告白した。
(4)パウロ-一番はじめに本当に宣教師で出て行った。
(5)私-皆さんの家で一番はじめに福音を悟って信仰生活をした人はだれか。私を最初に信じた人として呼ばれた。
2.神様の方法を分かった
(1)福音にあって起きる続く答えを捜し出そう。今日のみことばが何か。少しだけ探してみても働きが起きる。
(2)300%答えを受けて始めなさい
(3)300%更新すれば神様の働きは続く。
▲300%とは
-@内容に対して確実なことがなければならず、
A神様の計画を確かに発見する時刻表
B現場を作っておいて入るのだ。
3.どのように献身したのか
(1)神様の前に生きたささげ物をささげる。皆さん自身を生きたささげ物として神様に礼拝をささげるのだ。
(2)死んだ献身でなく生きた献身
(3)死んだ殉教でなく生きた殉教
▲この3つを一言で合わせてしまえば→ 契約にあって、福音で、今日を味わおう!これが生きた献身だ。そうすれば、ずっと答えられることが行われる。
*結論
▲迫害を恐れてはならない。結論を知っている。
(1)イスラエルの末路がどうなるのか約束された。
(2)ローマの末路を知っていた。
(3)福音を持った伝道者がどうなるかを知っている。
▲絶対に恐れる必要はない。皆さんが今日、この契約を握って本当に生きた献身をする皆さんなるように願う。信仰の中にあればやさしい。契約にあって、福音で、今日だけのがさなければ、神様は働かれるようになっていて、現場は皆さんを通じて生き返るようになる。この契約を握って現場で勝利するように願う。5分だけ献身してみなさい。今日のみことばが何か。今日の伝道が何か。今日の祈りが何か。これを握って5分だけ祈ってしまえば、その後にどんなことが起きるのか見よう。明日からこの献身が始まることをイエスの御名で祈ります。
(The end)

〓録音資料〓
→序論
▲私たちのレムナントの時は、無理にでも皆さんが訓練を受けなければなりません。なぜなら、皆さんが少し練習したことも、一生の祝福に変わるためです。それで、私たちが事実、宣教してRUTCを作るのがみなレムナントのための献身です。私たちのレムナントの時に、今、決めることは、一生を左右します。今、皆さんが持っている習慣も少しだけ直し始めれば十分にできます。そうでなければ、皆さんが分かっていながらも、一生、苦労するようになります。これくらいレムナントは重要です。それで、皆さんがRUTCと礼拝堂建築、全世界の宣教にいのちをかけなければならないのです。私たちのレムナントの中で、私は対話できる人がいないと思うレムナントがいるでしょう。ところで、レムナント7人がみなそうでした。みなそのような困難にあいました。皆さんに、両親、兄弟がいても、対話できないこともあるでしょう。それで、神様が祈ることができる祝福を与えられたのです。皆さんは人とは通じないでも、より良い祝福である祈りができる奥義があるのです。レムナント7人がみなそうでした。
▲今日、献身礼拝をささげるのに、エパネトという人が出てきました。この人が最初に信じた人と言われています。アジアで最初に信じた人なのですが、今まで働きをしているということです。この話はとても重要です。私たちがどのようにすれば、最後まで神様の祝福を受けられるのでしょうか。私たちが時間が経つほど、年を取るほど、どのように神様の祝福を受けられるのでしょうか。これはとても重要です。
▲それで、今日、ローマ16章にある人々が代表的な人物です。この人たちが、初めから最後まで変わりなく祝福を受けました。また、この人たちは年を取って、より大きい祝福を受けて、死んだ後にはより大きい実が起きたのです。ローマ16章には、24人が出てきます。その中で六人は女性です。その当時には、女性をとても無視したのですが、パウロはすでに6人も女を重職者として立てたのです。6人が女性です。そして、その中で13人は王室と関係ある人でした。もちろん、この中には奴隷もいます。奴隷であろうがなかろうが、全部、王室と関係ある人が半分を越えています。ピリピ4:22を見れば、そこに対する言及があります。パウロがこうしたことをどれくらいよくしたのか、どれくらい神様が祝福されたのかが分かります。
(1)危機-この当時には、下手すると死という大きい危機にあいます。皆さんがこういう危機にあえば、よくできるでしょうか。もし教会に行けば死ぬと言われたら、行くでしょうか。ところで、この当時には、こういう大きい危機があるのにもかかわらず、初めから最後まで信じました。こういう大きい危機があるのにもかかわらず…
(2)人間関係-また私たちは、人に会って同じようにずっと仕事をするということが、とても難しいのです。人が全く同じことを、一生一緒にするということは、簡単なことではありません。
(3)霊的状態-そして私たちは生きていくならば多くの霊的状態が変わります。ところで、初めから最後までしたということは、すばらしい祝福なのです。
▲このようにまで複雑だと思う必要はなくて、どのようにしてこそ私たちが本当に最後まで用いられて、どのように正しく最後まで答えを受けるのでしょうか。今日、献身礼拝をささげる方々や、私たちのレムナントや、全世界に散らばっている人々は、私の話として聞かずに、ローマ16章を詳しく見ながら、神様の祝福を味わわなければなりません。

1.私が始祖の祝福を味わいましょう
▲最初です。今からこのまますれば良いのです。ここに最初に信じた人と言われています。これはがとても重要です。私と皆さんが今、どんな答えを受けなければならないかというと、私が始祖の祝福を味わわなければならないのです。これはとても重要な言葉です。ここに今、教師がいるならば、私は正しく福音をあかしする教師になる。これが答えです。私が答えから出しました。皆さんが今していることがあるでしょう。みな心配せずに、これから私は今、我が家で始祖だと思えば良いのです。皆さんがこの答えを持てば、本当にすばらしい答えがきます。私が今、私たちの家系を生かす始祖だ!そのような意味の最初に信じた人です。ですから、やさしいと思えば良いのです。
▲私が牧師になる時、こう考えました。今、牧師はとても多い。教会もとても多い。宣教師もとても多い。それでは、私はどんな牧師になるのか。今、多くの人々が伝道を難しいと思うのに、伝道訓練を正しくさせる牧師にならなければならない。これが重要です。これがこの祝福です。皆さん職場に通っているでしょう。とても熱心に福音を伝えろということではありません。私がこの職場の中では最高の祝福を受けた人で、他の人を生かす人だという契約をつかまなければなりません。このように握れば良いのです。ですから、ここには医師もおられるのですが、私は人々に肉的な治療だけするのではなくて、霊的な治療もできる医者になる。こうすれば、始祖の祝福を受けるのです。何の話なのか今日、よくわからなければなりません。
(1)アブラハム-信仰の先祖
▲皆さんアブラハムが滅びない理由があります。その時、聖書を見れば何となっているのでしょうか。信仰の先祖アブラハムとなっています。アブラハムお前にも人がいたのですが、この話は何の話なのでしょうか。ガラテヤのウルで死にかかっていていた時、信仰生活を初めて出発した人です。ほろびるのか、ほろびないでしょうか。ほろびることができません。これを契約でつかまなければなりません。ある人は、偶像崇拝だけいつもしたのですが、その家で最初に信じた人だという契約をつかみましょう。
(2)モーセ
▲最初に福音を言った人がだれなのか分かるでしょうか。福音を一番初めに話した人は、創世記3:15を記録して、出3:18を書いた人です。前の人々は言葉で言っていたのですが、文章で初めて残した人はだれでしょうか。モーセです。皆さんが普通に見るでしょうが、私が見る時は、モーセは神様が答えられるしかないと思います。今日、皆さんが何でもないことのように見えるでしょうが、救われた皆さんが、この契約を握る瞬間から運命がひっくり返ります。皆さんの運命が変わらなければなりません。この契約を握る瞬間から、ひっくり返るみわざが起きます。これから皆さんを通して人々がたくさん生き返れば、気持ちが良いでしょう。皆さんに困難がくるようでも、皆さんを通して人々が生き返ったら、気持ち良いでしょう。それを話しているのです。
▲今日、ここにいる皆さんが握らなければならない契約があります。私を呼ばれたのは、私の家を生かせと呼ばれたのです。私を呼んだのは、私たちの福音がない嫁ぎ先の家を生かせということです。私はそこに対する証人だ。人々がみなうそをついているのですが、職場の中に行ってみれば、隠れて霊的問題がある人が多いのです。この人らを生かしなさいと私を呼ばれたのです。
(3)ペテロ
▲聖書を詳しく見てください。あなたは生ける神の御子キリストです。この告白をだれがはじめてしたのでしょうか。ペテロです。失敗できるでしょうか、できないでしょうか。できません。ですから、今日、契約を簡単につかみましょう。みことばを正確に握る方法を分からなければなりません。
(4)パウロ
▲一番最初に宣教師に出て行った人はだれでしょうか。本当に宣教師に出て行った人はだれでしょうか。パウロです。
(5)私
▲ですから、皆さんの家で初めて福音を正しく悟って信仰生活を始める人がだれでしょうか。母親なのでしょうか。レムナントは、もちろんそのように考えるでしょう。しかし、私なのです。母親はレムナントではありません。レムナントの皆さんが今、この主人公です。やさしいのでしょうか。難しいのでしょうか。ところで、人々はこのやさしいことを置いておいて、難しいことを度々しようとするのです。
▲ある方は、嫁に行ったのですが、全部、信じない人々でした。昔にはどれくらい変だったかというと、女性をとても無視して、見合いもせずに結婚しました。本当に笑わせることです。自分のお父さんと、お父さんの友人が酒を飲んで良いと結婚させたのです。自分たちどうしで定めたのです。それで、家にきて、娘に嫁入りしろと話しました。この頃にそうすれば、大変なことになるでしょう。それで、結婚式をする日にはじめて、夫の顔を見たということです。それも、結婚式をお寺でしました。ところで、残念なのは、この人自身はイエスを信じる人でした。お父さんに知らせずに教会に通っていたということです。私たちの町に住んでいたので、本人に直接、証しを聞きました。それで、その時から、家が仏教の家であるから、自分がついて行かなければならないでしょう。とても苦労したということです。とても苦労して、ある日、悟ったのです。何を悟ったのでしょうか。偶像崇拝するこの家を生かそうと神様が私を送られたんだなあ。よく暮らしている家だと思ったところ、来てみたら、とても困難が多かったのです。これを直せと神様が私を送られたのだなあ。それがまさにこの契約です。分かるでしょうか。最初に信じた人です。私を最初に信じた人として神様が呼ばれたのです。裁判官の中で、医師の中で、正しく答えを受ける人、ルカのように答えを受ける人にならなければなりません。それで、私を最初に信じた人として呼ばれたのです。多くの聖書に答えがあるのですが、これだけ握れば良いのです。ところで、この人が握っただけだったのに、本当に祝福がきました。皆さん、信じられるでしょうか。今日、皆さん自身を考えてください。皆さんが握りさえすれば、本当になります。私がいる所、あるいは私の家、私の職場を生かす始祖、最初に信じた人として神様が私を呼ばれたのです。ところで、この方ができることはなくて、方法はないでしょう。私が今、話す人がだれなのか、イ・ソンフン牧師は分かるでしょう。それで、この人がご飯をよそう時、十字架を描いてご飯をよそったということです。このご飯を食べる人は、全部、イエスを信じるようにと。そして、ずっと毎日のように祈ったということです。それで、このようにしていてある日、答えが来たのです。それで、この方が決断を下したのです。私は教会に行かなければならない。顔色を見ることではない。これで、その時から教会に出て行ったということです。教会に出て行くというから、この家族に大騒ぎが起こったのです。人々は本当に不思議です。正常によく対話しているのに、教会に行くといえば変に思うのです。人々が本当に変です。図体がこのように大きい人が、自分の子どもたちが、教会に行くと言うと、行ってはならないと言います。そして、子どもが見えないから、どこへ行ったかと尋ねたら、教会に行ったと言うと、この人が連れに行ったのです。連れに行ったのですが、図体が大きい人が怖くなって、門の隙間からのぞいて見ました。それで、子どもが見つめるから、はやく出てこいと手まねきをしたのです。本当に変です。嫁が教会に行くという話を聞いて、家が大騒ぎが起こったのです。舅が嫁を殴ることはあるでしょう。ところで、この人がとても狂ったようになって、酒を飲んできて棒で殴ったのです。ですから、その人の夫が、それを見たらさらに心が痛むでしょう。それで、夫が酒を飲んできて、一緒に死のうと言ったのでした。お前が教会に行くのか。死ぬのか。もう大騒ぎが起こったのです。それで確かに話したということです。私は神様の娘です。我が家にこういう、こういう問題があるのに、この問題は神様を信じてこそ解決される。ですから、夫が刃物を床にさして出て行ってしまったということです。それで、ずっと祈ったのです。後ほどどうなったのか分かるでしょうか。その舅と夫がみな長老になりました。長老になったということは、何の話でしょうか。教会に行ったということです。教会に行かずに長老になるでしょうか。ところで、その程度ではありません。皆さん、今は亡くなりましたが、昔にヨンド山公園で、いつも伝道するおじいさんを見たことがありますか。毎日、伝道する人でした。その長老が、まさに棒で殴った舅です。この方が毎日のように伝道して死にました。
▲福音を受けた皆さんがこれを悟ってしまえば、すばらしいことが行われます。必ず記憶してください。

2.神様の方法を分かったのです。
▲二番目です。二番目のことを記憶しなければなりません。初めから最後まで成功したということは、神様の方法を分かったということです。これは未信者は知りません。皆さんは神様の子どもだから、神様の方法を捜し出せば、確かに勝利します。
(1)福音にあって持続
▲信仰の先祖程度ではなくて、今から福音にあって起きる続く答えを捜し出すのです。これからきます。皆さんがもし目を開いたら、先週の日曜日に、昨日、牧師が何と話をしたのか思いながら、1分だけ目をとじて祈ってもみわざが起きます。もし今日のみことばが何か、少しだけ探してみれば、無条件に働きが起きます。この祝福をみなのがして生きているのです。明日からしてみなさい。私は柳牧師の説教は難しくて聞き取れないという方もいるでしょう。私は柳牧師の説教は嫌いだという方もあるでしょう。大丈夫です。その時、どうすれば良いのでしょうか。聖書を目をとじてどのページでも広げて見てください。してみてください。本当に皆さんがみことばを握らないではいけないのです。このようにでもしてみてください。もし皆さんが目を開くやいなや、今日のメッセージを思いながら祈れば、確かにここで答えがずっときます。だから、皆さんはものすごくやさしいことを、今、しなくなっているのです。目を開くやいなや、死にそうだと言ってはなりません。目を開くやいなや、狂いそうだと言わないように。皆さんが目を開くやいなや、神様、今日も良い日を与えてください。それとともに今週のメッセージが何だったのかだけ握っても、答えはずっときます。私は約束することができます。高齢な人にも答えがくるでしょうか。さらにはやくきます。なぜでしょうか。行く時になったためです。習えなかった人には、答えがさらにはやくきます。なぜでしょうか。無知なためです。神様が無知だと思って、答えをすぐにくださいます。本当に一度してみてください。私は信仰の先祖だ。私は信仰の始祖だ。私はこれのために神様が私を呼ばれた。私の家を生かしてしまおう。私の職場で祭司の役割をする。目に見えないように暗やみをなくす。この信仰を握る瞬間、目に見えない聖霊は働かれるようになっています。それで皆さんが本当に人を殺そうと決心すれば悪霊が働きます。皆さんが度々盗もうとすれば悪霊が働くのです。それで、もしかここに泥棒がいるなら、改心してください。度々盗みしようとするなら、悪霊が度々つくのです。目に見えない聖霊と悪霊があります。皆さんが今は、この福音なかで少しだけ味わって持続すれば、ずっとみわざが起きます。
(2)300%の答え
▲私たちのレムナントや事業する方々、献身する方たちは、今から300%の答えを受けて始めなさい。この話は300%の答えを捜し出せということです。このように捜し出して始めれば、継続的な働きが起きます。この部分はとても重要な部分です。
(3)300%更新
▲そして、今は300%の祝福を受けるために更新すれば、神様の働きはずっと始まるのです。前にも話したんどえすが、事業する方たちは、むやみにしてはいけません。私たちはこのようにしなければならないのです。ですから、私たちのタラッパンを詳しく見てください。300%が何か分かるでしょうか。
@内容-内容に対する確実なことがあります。商売も同じです。自らの専門性がなければならないではないでしょうか。
A時刻表-そして、神様の計画を確かに発見しなければなりません。時刻表です。
B現場-そして現場を作っておいて入るのです。それで、私たちは集会のお知らせをしません。行けば人々がみな来ているのです。それで、アメリカのある人は、タラッパンはどのように人が多く集まるかと驚きます。みな作られているのです。今、私は何をしているのでしょうか。現場をずっと作っているのです。
▲皆さんがよく参考にして、福音をずっと味わうと、このような答えがきます。

3.どのように献身したのでしょうか。
▲三番目、どのように献身したのでしょうか。最初に信じた人が今までということは、何の話なのでしょうか。
(1)生きたささげ物
▲神様の前に死んだささげ物をささげるのではなくて、生きたささげ物をささげるのです。皆さん私たちは死んだ魚のようなものを持って行くのではありません。皆さん自身を生きたささげ物として神様に礼拝をささげるのです。私たちは豚の頭のようなものは持って行きません。私たちは生きたささげ物として、神様に礼拝をささげるのです。人々は愚かです。豚の頭持って行ってお金をはさんでおくのですが、それが何の祝福を与えるのでしょうか。豚の頭の特徴は顔が笑っています。その上に置いてお辞儀をするのです。そして、終った後に切って食べるのです。お辞儀をして、あいさつして、切って食べます。それが祝福を与えるのでしょうか。私たちはそのようなささげ物ではありません。魚をぶら下げて投げれば祝福が与えられるのでしょうか。私たちはそのようなささげ物ではありません。皆さんの今日を神様の前に献身する生きたささげ物です。
(2)生きた献身
▲私たちは死んだ献身でなく生きた献身です。皆さんが明日からこのようにすれば答えを受けます。今日、神様がくださった最高の祝福である今日を握りさえすればよいのです。
(3)生きた殉教
▲今、エパネトという人は殉教したのですが、死んだ殉教ではなくて、生きた殉教です。このようにすれば答えのみわざがずっと起きるようになります。
▲契約にあって福音で今日を味わって、今日皆さんこの3つのことを一言で合わせてしまえば何でしょうか。この言葉を一言でこのように構成できます。神様が皆さんを信仰の先祖として呼ばれたことは確実です。契約にあって…その次に皆さんは福音で…これが2番です。契約にあって福音で…今日を味わいましょう。これが生きた献身です。そのようにすれば、皆さんにずっと答えられることが行われます。

*結論
▲迫害を恐れる必要はありません。ひどい困難があったのですが、エパネトは人を全く恐れませんでした。どうしてでしょうか。結論を知っていたためです。
(1)イスラエル
▲聖書に約束されました。イスラエルの末路がどうなるのかを約束しています。ところで、みことばそのまま成就にしたのか、していませんか。そのまま成就しました。
▲それでビリー・グラハムはこういう話をしました。韓国にきて一番最初に言った言葉です。皆さん、新聞をご覧ください。それはニュースではありません。それは報告書です。一方の手に新聞を持って、もう一方の手には聖書を聞いてみてください。聖書にあるみことばが、そのまま新聞に成就しただけです。この聖書がニュースです。聖書にあるとおりが成就したのですが、恐れる必要があるのでしょうか。ありません。
(2)ローマ
▲ローマがいくら迫害をしても、ローマがどうなるのかを知っていました。
(3)伝道者
▲そして、皆さんは今、神様の子どもとして、伝道者として呼ばれたので、どうなるかを私たちは知っています。絶対に恐れる必要はありません。
▲それで、今年は祈りの課題を捕まえる中に大きく2つのことをつかみました。神様にこのように祈りました。神様、神殿建築を通して私たちの教会の信徒の貧困が全部、崩れるようにしてください。契約でつかんだのです。その次にまた一つ、RUTCによって、私たちのレムナントの中から人材が起きるようにしてください。必ずノーベル賞のようなものではないのですが、その程度の人物が出てくるようにしてください。こういう祈りを始めました。今日、皆さんがこの契約を握って本当に生きた献身をする皆さんになるように願います。
▲やさしいのか、難しいのでしょうか。信仰だけあればやさしいのです。私は皆さんと始めた時に分かりました。契約にあって、福音で、今日だけのがさなければ、神様が働かれるようになっています。だれが何と言っても、皆さんを通して現場が生き返るようになります。今日、この契約を正しく握って、今週に答えを受けるように願います。ですから、一番だめなのが何か分かるでしょうか。それで明日朝5分だけはやく起きましょう。普通、起きる時間より5分だけはやく起きて、たった5分だけ祈りなさい。何と祈るのでしょうか。本文で話した1、2、3番の祈りをしなさい。してみなさい。皆さんは神様の子どもだから、5分だけ祈れば良いのです。それで祈りの答えを受けられない人は、とても悪い人です。なぜなら、5分を祈らないからです。私が昔に私たちの息子、娘がアメリカにいた時、こういう話をしました。アメリカにみわざが起きないので、あなたはとても悪い人だ。5分祈らないからだ。やさしいでしょうか。難しいのでしょうか。明日、朝から起きて5分だけ祈りなさい。今日のみことば、今日のメッセージを考えれば良いのです。今日私がだれかに会うでしょう。その考えが今日の伝道です。今日、私の悩みが何で、今日すべきことを考えるのが今日の祈りです。してみなさい。皆さんが何カ月か過ぎたら、驚くことが起きるでしょう。なぜでしょうか。皆さんは神様の子どもであるためです。そうでしょう。牧師先生、私は救われたのか、救われていないのか分かりません。皆さんがこの席に座っているとのことが、神様の子どもだという証拠です。
▲もう一度、話します。明日から5分だけ献身しなさい。今日が何の礼拝なのでしょうか。献身礼拝です。5分だけ献身してください。目を開いたら朝5分だけ献身するのに、今日のみことばが何か、今日のメッセージを考えれば良いのです。メッセージは私の話でなく、神様のみことばだから、メッセージを考えれば良いのです。それでは、今日の出会いがあるでしょう。そこで、今日の伝道は何か。皆さんの胸の中に浮び上がること、悩みや良いことがあるでしょう。それを考えながら、今日の祈りが何でしょうか。これを握って5分だけ祈れば、その後にはどんなことが起きるのか、これからを見なさい。それだけしたのに、答えが来ないならば。そのようなはずはありません。明日から、この献身が始まるようにイエスの御名で祈ります。祈ります。
(祈り)
神様に感謝いたします。明日から新しい献身が始まるようにしてください。重要な献身が始まるようにしてください。私にくださった神様のみことばと伝道と祈りを握る献身が始まるようにしてください。それで真の答えを受けるのを見るしかない恵みを増し加えてください。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン
(The end)