20140706 インマヌエル教会聖日1部


祈りによって、私たちを助けて協力してくれるように
(Ⅱコリント1:1-11)

序論
▶ある夫婦が日本に旅行を行ったそうです。でも、そこで地震にあい、建物が揺れたりしました。そこで、夫が妻を差し置いて逃げていったそうです。その後、地震が止まりました。その奥さんは考えました。どんなに地震が起きたとしても、妻を置いて逃げてしまうなんてと。だから、妻は言いました。「どうしてそんなことをしたのですか」と。「地震が起きれば、私を生かそうとするべきなのに、どうして私を差し置いて一人だけで逃げ出して行ったのか」と。そのとき夫がこう答えたそうです。「あまりにも精神的にまいってしまって知らずにそんなことをしてしまった」と言いました。たぶん、今回韓国であったセウォル号の沈没事件も、そんな風だったと思います。子どもたちを生かせるほどの十分な時間があったにもかかわらず、あまりにも急ぎだったので思わず逃げ出したのです。
なぜなら、世の中でそう教えていて、そう教わったからです。あなたは苦難に遭うなと。そんな苦しみに遭ってはいけない。私たちも苦しめられることは嫌です。
▶しかし、聖書ではそのように教えていません。今日4回も出ています。
4節では、どのような苦しみのときにも、私たちを慰めてくださいます。こうして、私たちも、自分自身が神から受ける慰めによって、どのような苦しみの中にいる人をも慰めることができるのですとあります。そして、苦難の中にいる人も十分、慰めを与えてくださると。私たちが受けている苦難と同じ苦難に耐えぬいて行けるようにと力を与えてくださる。そして8節にも兄弟たちよ、私たちがアジアで会った苦しみについて、ぜひ知っておいてくださいとあります。本当にキリストを知っている者は苦難も苦しみも恐れることはありません。
▶神の人は、苦難、困難、苦しみを恐れてはいけない。
聖書を詳細に読んでいただきたいです。ゴリアテが攻めてくるとき、他のすべての人は恐れて逃げ出したのですが、ダビデは恐れていませんでした。シャデラク、メシャク、アベネデゴも死を前にして、そこから逃げ出しませんでした。神の人は、苦難を恐れることがありません。神の人は苦しみに対しても恐れたりしません。レムナントの皆さんも苦しみがあったときに、それに対して恐れを感じなくて良いです。今日の11節にこのように書かれています。あなたがたも祈りによって、私たちを助けて協力してくださるでしょう。それは、多くの人々の祈りにより私たちに与えられた恵みについて、多くの人々が感謝をささげるようになるためです。どうして恐れなくてよいでしょうか。神の人なら、救いと祈りの力を知っているからです。感謝し助けなさい。祈りによって私たちを助けるように言いました。祈りを知っている人は、実際にそれがどれほどの力があるのかが分かります。
▶ある宣教師が証しをしました。あまりにも暑い国で昼間に動くことができませんでしたので、夜に仕事をします。夜に仕方がなく、韓国から送金されたお金を銀行からおろした帰りの道で強盗にあってしまいました。強盗がナイフを突きつけたので、宣教師はお金を渡しました。強盗はそのお金を奪って逃げだしました。ところが、その夜遅い時間に、強盗が宣教師の家に訪ねてきました。お金まで奪って家まで来たのか。しかし、来てすぐひざまずきました。そして、お金を戻しました。私を生かしてくださいと。宣教師も驚いてイエス様を信じるならば生かしてあげますと言いました。それで強盗はイエス様を信じて神の子どもになりました。そのような証しをされました。強盗は宣教師のお金を奪って逃げていく途中で、自分に向かって銃を持った兵士が10人も前に立っていたのです。つまり、それは幻を見たのですが、あまりにも恐ろしくて宣教師のところに戻ってお金を返しに来ました。その証しを宣教師がしたとき、その教会の信徒は聞いて皆、驚きました。なぜなら、宣教師が強盗に遭った同じ時間に韓国では10人が宣教師のために祈っていたのです。
▶ほとんどのクリスチャンはどのように祈るべきかわからない、そして、どのようにすれば、祈りの力が現れるかを知りません。今日、皆さんは何も恐れる必要がないのですが、どのように祈って力を得るかが重要です。
ここで、確実に言われました。祈りによって私たちを助けてくださいと。これは冗談ではありません。死も苦難も恐れることはない。祈りによって私たちを助けてくださいと言いました。あなたがたの祈りのゆえに、感謝しつつ多くの人々を助けて行くことを語られています。今日、皆さんはこの祝福を味わわなければなりません。
▶どのように祈りを正しくしていくことができるでしょうか。
一つ目です。信仰です。どのような信仰でしょうか。私たちはイエス•キリストによって、暗やみの力から救い出された過越の祭りの信仰です。
その救われた者に対しては、神様は目に見えない御霊で皆さんを導かれておられます。それが今日の初穂の刈り入れの祭り、五旬節と同じです。七週の祭りとも言います。7×7は49、その次の日が50日目といって、五旬節と言います。死ぬかと思っていたのですが、収穫されたということで刈り入れの祭りと言います。同じ日です。これがまさにマルコの屋上の間で「五旬節の日になって...」です。
▶皆さんは正しい信仰を持って祈る必要があります。皆さんのことを神様は億万以上の罪と呪いの中から救われました。それこそ神の愛であって、約束です。どんな強大国も結局は滅びてしまいました。歴史を勉強してみてください。そして、私たちの背景は天国です。刈り入れの祭り。その信仰を持って祈ります。それくらいではありません。
私たちが味わうべきものがあります。それは何でしょうか。天と地の一切の権威を私に与えられた。私は世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいる。
皆さんは正しく祈りを理解して、そして、祈れば答えられます。
私たちに与えられた権威があります。天の権威、地の権威。味わうべきです。もちろん、信じるべきですが、味わうべきです。天の権威とは何でしょうか。皆さんが信仰を持って祈るたびに、神様は天の上であなたを守られるだけでなく、主の御使いたちが遣わされて、その答えの門を開かれます。地の権威は何でしょうか。皆さんが祈るたびに、暗やみの勢力は縛られます。これをクリスチャンが逃しているために、祈りの答えがありません。
▶皆さんにどのような苦難があるでしょうか。神様は言われました。
恐れるな。世の中は難しいです。大変な時もあります。しかし、恐れてはならない。私は何を食べて生きればいいのですか。恐れてはならない。祈りによって、祈り求めながら助けて行きなさい。そのみことばです。ですから、祈りを正しくすれば。必ず、答えは起きてきます。
▶五旬節、過越しの祭り、収穫祭の奥義を信じて祈り求めなさい。天と地の権威を味わいながら祈りなさい。未信者たちはこれを信じていません。教会に通っていながらも信じていません。だから、祈りの答えがないのです。
それだけではありません。なぜ恐れてはならないと言われたのでしょうか。苦難、患難に対して恐れる必要はない。苦難を避けなくていい。皆さんが、今受けている苦しみに対して恐れなくていい。それを逆に征服しなさい。なぜでしょうか。3つの大きな理由があるからです。

1. 当然来る災いを防ぐ主役
一つ目です。神様は皆さんを通して、当然来る災いを食い止めるからです。それが見つけ出すべき最初の祝福です。ですから、恐れる必要はなにもありません。そうだと思いませんか。多くの聖書を読み、歴史を見てみてください。以前もお話しましたが、私の地元のある若い奥さんがお嫁に行ったところ、全部未信者の家でした。お見合い結婚をして、昔は顔を見ずに大人同士で約束されているからと結婚したわけです。ところで、この若い女性はイエス様を信じる人。しかし、その結婚相手の実家は完全に未信者、偶像崇拝する人たちでした。だから、その日からこの女性は祈りを始めました。どのような祈りを始めたのでしょうか。この家に神様が送られたのには理由がある。だから、ご飯を炊きながらも祈りました。ご飯を盛りながらも祈りました。どういうことが起きたでしょうか。自分の夫はもちろんのこと、彼の義父もみな、釜山の有名な教会の長老で献身しながら亡くなられました。
▶神様は皆さんのことをこの時代の災いを食い止める秘密決死隊として召されました。皆さんをホーリーメイソンとして召されました。この先、残っていることがたくさんあります。ですから、皆さんに対する苦難を恐れずに本当に祈りで勝利してください。
今日から正しい祈りが始まることを祝福します。ヨセフ一人のためにエジプトの暗やみ、災いが砕かれました。信じていただきたいです。皆さん一人のために、皆さんの職場の災いが砕かれます。そうでしょうか。神様はそのような祝福を与えられました。

2. 暗やみの経済に陥った者を救い出す主役
苦難に対して恐れなくていいまことの理由2つ目は何でしょうか。皆さんを通してあの世の中のお金しかわからない暗やみの経済に陥っている人たちを救い出します。これが宣教企業です。
▶以前、イエス様を信じるという理由だけで、私の母親は私たちの家系の中で最も低い位置に置かれました。理由もなく、ただ私たちがイエス様を信じるという理由だけで、私たちの家を迫害したのです。私たちの母の世代では女性はあまり勉強もできませんでしたので、技術も学歴もありません。しかし、私の母はひとりで私たち子どもを育てなければなりません。私の母は一番低いところまで下がりましたが、私は恥ずかしくありません。そこで誠実に祈りながら懸命に働きました。どういう仕事をしたでしょうか。一番下の掃除をする仕事をしました。本当に最善を尽くしてよく働いたので、国から公務員の資格を与えられました。そして、本当にこの神の祈りをしました。神様は私たちに世の中の人たちが持っていない大いなる霊的な力を与えてくださいました。私は今まで多くの祝福を預かってきて、外国にも行ってホテルにも泊まったりします。そこでホテルの生じされている方に会えば必ず挨拶します。本当にお疲れ様ですと挨拶します。これは単純なことではなく、本当に温かい気持ちでその人に対して挨拶を交わします。なぜなら、私の母が掃除しながら、祈りながら、私が育ったからです。私の秘書たちはよく知っています。私はいつでもどこでもそういった困難に遭っている苦しい人たちを見るとチップをあげています。たくさんあげます。横で秘書たちは少なめにあげてくださいと合図をよこします。多すぎますよと隣で言います。でもあげます。理由があるからです。私はずっと昔の母のことを思い出すからです。また学生、子どもがアルバイトしていると呼びます。金額の問題ではなく、私の気持ちでチップをあげます。元気出して。頑張ってと。食堂にガムを売りに来る人たちがいたら、そのガムは安い物ですが、私は必ず倍のお金をあげます。励まします。頑張ってくださいと。もしその人を止めさせてしまったら、その人はホームレスになるか泥棒になるか本当に苦しみに遭います。すべて理由があります。
▶私たちは、むしろ世の中でいろいろ苦難に遭ったり、苦しみに遭ったりもします。しかし、真の福音を持って祈っているならば世界を生かすことができます。今日本文から4回出てきました。苦難に対して恐れてはならない。そこには神の慰めと祝福があると。そして、私たちのために祈りを持って助けるようにと言いました。

3.暗やみの文化を変える主役
 それだけではありません。神様は、皆さんを通して暗やみの文化を取り変えようとされます。
皆さん、ミュラーという一人の人が5万以上の祈りの答えを受けました。ご存知でしょう。大きい答えだけでも5万個以上受けたのです。祈りの人でした。あんな戦争の時代に、暗やみの文化を変えてしまいました。皆さんもよくご存知だと思います。学生の場合は時間があれば必ず、読んでください。「信仰の人ミュラー」という本を読んでみてください。皆さんは時間さえあれば、このような信仰の本も読んでみる必要があると思います。私はその本を見ながら、完全に暗やみの文化、絶対に他の人ができないことを変えました。また、こんな本もあります。「神はなぜムーディーを用いられたのか」。読む必要があります。なぜ神様はムーディーを用いられ他のか。その一つ目の理由が祈りの人だったからです。
 ▶皆さん、漠然とした祈りではありません。この祈りは霊的な科学です。祈りは科学を超えた霊的な科学です。祈りを最初からしないとか無視してはいけません。祈りは霊的な科学です。私たちが祈るとき、みことばが天の御座から成就されます。皆さんが祈るとき、誰も止められない聖霊の働きが起きます。皆さんが祈るとき、神様は天の門を開き、御使いたちを遣わされ神の働きをされます。皆さんが祈るとき、暗やみの力は砕かれます。ですから、苦難を恐れてはいけません。そうです。皆さんの大いなる背景があります。祈れます。例えば、相撲取りが、私はどのように勝てるか。相手の弱点は何なのか。相手の技術は何なのか。このようなことを研究して練習して出て行くのです。そうしておいて確信を持って戦って勝つか負けるかです。相撲取りが最初から相手にすごく恐れを感じて、どのようにしたら私はよく倒れるのか。怪我しないのかというようにしますか。皆さんには重要な理由があります。
▶3つの祭りを味わう祈り。天と地の権威を味わう祈り。さらに重要なのが、今日の3つです。当然、皆さんは災いを食い止める主役だからです。人々はお金のために狂ったことをしてしまいます。しかし、皆さんこそ暗やみ経済を取り変えていく主役です。世の中の人々は、どんなに発展しても神を知りません。ですから、皆さんが暗やみの文化を変える主役です。落胆せず本当に祈ってください。正しい福音を味わう祈りをするようにしてください。正しい権威を味わう祈りをしてください。正しい霊的背景を味わう祈りをしてくださいという意味です。

結論
 今日、結論として、私たちはどのような契約を握ればよいのでしょうか。でたらめなクリスチャンではなく、神の福音を持って国を生かし世の中を生かせるクリスチャンになってください。そして、感謝しつつ真の福音を持って国、人、時代を生かす主のしもべとなるように願います。全世界が飢え死にされているそのときに、皆さんもよくご存知のように、ヨセフが行って生かしました。これ歴史です。これ教会史です。ペリシテによって死にそうになったとき、ダビデを通して生かされました。ダビデは24時、幸せな祈りの中で味わいながら羊飼いに熱心でした。24時祈りの幸せを味わいながら羊を守るために石を投げる練習をしました。ある日、ゴリアテに会うことになりました。このように正確に答えが来ます。国中の人たちが危機にあって皆が恐れているときに、ダビデが代表として出てゴリアテを打ち倒し国を救いました。でたらめなクリスチャンにならず、本当に福音を持ったクリスチャンになってください。レムナントたちは堂々としてください。私は神の子どもであって、レムナントだと言うことを。もし苦しみに遭ったとしても逃げないでください。よく見てみると、それは苦しみではありません。そうです。よく見てみるとそうではないことがわかります。例えば、皆さん、繁華街に行ってみてください。表から見るとライトで派手なのですが、すぐ裏側を見ると埃やゴミがいっぱいで、今にも火事に遭いそうです。人々はとても幸せそうに振舞っているように見えても、それは違います。よく見てみると全部気が狂っている状態です。ある人はお酒に酔ってしまい大声を出しながら、私に喧嘩を売って来る人たちがいます。でも、その人を良く見ると強い人ではない。弱い人です。私はその人の手を握りました。私が手を握りましたら、その人は私の方を見ます。なにか気づいたのか、すぐ手を振りほどいて他の方に歩いていきました。その人は強く見えても強い人ではありません。皆さんはよく錯覚しがちです。
▶皆さん、聖書を詳しく読んでいただきたいです。バビロンの捕虜になって皆滅びそうになったとき、その時救い出されました。日本の侵略戦争のときも全部同じです。神社参拝を強要されたのですが、総会長も神社参拝しました。あらゆる牧師と長老も神社参拝しました。しかし、祈りの人、信仰の人々は恐れずにしま千でした。そういうわけで今の韓国が生かされたのです。ようやく韓国が福音の国になったが、今、大型教会にいろいろ問題があって本当に間違ったことをしています。
▶神の人は、苦難に対して恐れません。それは単なる始まりに過ぎません。例えば、神のものには、途方に暮れるようなことがあったとしてもそこであきらめたりしません。また、世の中からあなたは滅びたと言われたとき、逆に新しい始まりができます。真の神の人であれば死に対しても恐れません。皆さんは危機を止めなければなりません。
▶では私にはなぜ祈りの答えがないのか。祈りの答えは正しくしたときに来るものです。しかし、心配しないでください。すぐに来る答えがあります。また、しばらくしてからより良いもので来る場合があります。私も以前、祈っても答えが来ないときがありました。でも、あとで本当により良い答えとして帰ってきました。そして、あるときにはまったく違ったもので答えてくださいます。私はそんなことも知らずに「本当に祈っても答えは来るのかな。私にはどうしてお金がないのか」ということを思いました。時間が経つにつれ、神様はあまりにも正確に導かれたことを知らなかったのです。どうして私にはこんなに答えが来ないのでしょうか。来ない場合もあるのですが、大きな器だからです。皆さんは前者なのか後者なのかよく考えてみてください。
▶以前もお話しました。私が幼い時はあまり食べるものがありませんでした。やっとお金があったときにはお店で飴を10個買います。5個ずつ手の中に入れて行きます。すると、母親が1個を先に取ってくれます。私の下の妹はこれを握ってみて片方が少ないのがわかります。すると9個を全部投げて泣きだします。この子は性格が悪いのでしょうか、全部投げ捨てて泣くわけです。私の母はどうしようもなく私に1個を戻します。私は譲ってあげます。そのときに両方握ってみてやっと同じだと感じると泣き止みます。でも、1個もろくに食べられません。途中、途中、その手から1個、1個取って私の方に回ってくるようにします。結局妹は1個食べて、私は9個食べます。私は最初からそれをよく知っているので譲ってあげます。つまり、器の大きな人にはゆっくりと答えが来る場合があると言うことです。牧師先生は飴を譲ったから答えが来たと言うわけではありません。必ず祈りには答えがくるようになっています。福音を正しく知って霊的な原理を正しく知っている人には、科学的に必ず、答えは来るようになっています。神の人なら、苦難を恐れてはいけません。
▶今日は感謝を回復する日になりますように。この初穂の刈り入れの祭りは何でしょうか。五旬節の回復です。ついにマルコの屋上の間に五旬節の日になって...。力を回復しました。皆さん、力が回復されるように願います。力があって他のことができるからです。そうですよね。力があって証人となれます。他の力でなく、神様から与えられた力で世の中を生かしに行きます。
▶この祝福が皆さんにあることを主の御名で祝福します。当然、皆さんには受ける資格があるので、この祝福が味わえるように主の御名によって祝福します。

(祈り)
神様に感謝します。初穂の刈り入れの祭りを通して五旬節の祝福を味わえるようにしてくださったことを感謝いたします。私たちにマルコの屋上の間に臨んだ力が回復されますように。苦しみを前にして揺れることがないように願います。そして、苦難に対して恐れないようにしてください。私たちは、祈りの力を持って世の中を生かしていく証人となりますように。イエス•キリストの御名によってお祈りします。アーメン。