現場メッセージ 2    


 新しいいのち
  (Iヨハネ3:2, Uコリント5:17)
      
 
 (Uコリント5:17)"だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。"
 
1 イエス・キリストを受け入れるとは、いのちが与えられることである。それは、その人の内に聖霊が住まわれること、その聖霊によって導かれることを意味する
 
 (1) いつこのいのちを失ったのか?(創3:1〜10)
 (2) このいのちを得るための人間の努力(本能的な)とは何か?
   @ 宗教(原罪解決不可能): 使徒4:12, Iテモテ2:5
   A哲学(世の中の幼稚な学問): コロサイ2:8
   B善行(完全でない): ヤコブ2:10, Uテモテ1:9, エペソ2:8-9
   Cお金(燃えてなくなること): Iペテロ1:18, Iコリント3:10-13
 (3) “聖霊が住まわれる”とはどういう意味なのか?(ローマ8:2)
 (4) 聖霊の導きとは何か?(ヨハネ14:26)
 (5) 新しいいのちを持つとこのように変わる。
  @霊の状態が変わる(ヨハネ8:44→Iヨハネ3:2)
  A心の状態が変わる(ローマ6:17→ローマ6:22)
  B肉(生活)の状態が変わる(エペソ2:2→ガラテヤ5:18)
 
2 どうやってこのいのちが与えられたのか?
  悔い改め: 使徒3:19
  告白: Iヨハネ1:9 
  受け入れ(主なる神様): ヨハネ1:12
  義認: ローマ10:9-10
 
 (1) 信仰の出発(エペソ2:8〜9、ヨハネ1:13)
 (2) 信仰の内容(ヨハネ3:6)
 (3) 信仰の土台(Iペテロ1:23)
 
3 いのちを持っている者が成長するためにはどうすれば良いのか?
 
 (1)新しく生まれなければならない(創世記1:27、エペソ2:1、ヨハネ3:3)
 (2)乳飲み子のように乳(みことば)を飲まなければならない(Iペテロ2:2、1:13〜25、2:1〜5)
 (3)大人になるべきである(ヘブル5:14)
 (4)証拠が現れる(使徒1:8)
 
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現場メッセージ 2         新しいいのち
働き人用           (Iヨハネ3:2, Uコリント5:17)
  "だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。"
(Iヨハネ3:2)"愛する者たち。私たちは、今すでに神の子どもです。後の状態はまだ明らかにされていません。しかし、キリストが現われたなら、私たちはキリストに似た者となることがわかっています。なぜならそのとき、私たちはキリストのありのままの姿を見るからです。"
 
 いのちに関しての説明は、ヨハネの福音書に現れていますが、ヨハネの福音書 1章が結論だと見ることができて、残りはあらゆる解答だと見ることができます。なぜでしょう? このいのちが悟れないか? という理由を説明しているのです。福音はいのちです。このいのちは、単純な肉体的ないのちのことだけを話すのではなく、霊的ないのちです。神様のいのちの供給を受けることです。サタンとは完全に終わることです。それで、福音はヨハネの福音書で光と言われています。創世記 1章の創造の光です。それゆえ、この福音は力です。Iコリント1:18節に "十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。"と言われています。すべての問題を解決できる力です。ところが、なぜ問題が解決できないのでしょうか? ヨハネの福音書に、その理由がよく出てきています。特に1章によく出ています。光で来られたのに、知らなくて信じることができずにいるのです。それでローマ1:16節にも‘福音は力だ'と言われています。 (ローマ1:16)"私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です..."と言われていますし、Iコリント1:18節にも力だと言われています。
 
多くの人々がこのイエス・キリストの驚くべき秘密、すなわち、イエス・キリストがいのちであり、光であり、力であるという秘密をよく知りません。ところが、この秘密を正しく知って、イエス・キリストを受け入れる者は、永遠に救われるのです。どれだけ確実でしょうか。ひょっとして聖書を死ぬ時まで読まないでも、救われるほどです。それでも滅びません。苦労をするかも知れませんが、滅びないのです。イエス・キリストを救い主として受け入れた者は、どれくらい力が大きいか、永遠に滅びません。これがいのち、光、力の特徴です。
 
旧約時代は、イエス・キリストの力をおおまかに聞いても力が現れました。どの程度、掌握したかというと、いらっしゃるメシヤに対する預言だけして、正しく信じることもなかったのに、地球の半分をイスラエルが掌握しました。ノーベル賞の1/3以上をイスラエルが持って行きました。共産主義者カールマックス等、有名な思想家が皆ユダヤ人です。有名な政治家、物理学者、飛び抜けた学者が全部ユダヤ人です。今、地球の半分は、ユダヤ人が掌握しています。これから残っていることは、イエス様を通じてなされます。旧約時代は、イエス様の影だけででも掌握したのに、新約には "受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には神の子供とさせる特権をお与えになりました"と言われています。イエス・キリストを知って受け入れてしまえば、どの程度確実でしょうか、権威をくださったと言われています。それで福音は力です。これを信じてくださるように望みます。永遠に変わりません。
 
イエスを受け入れた者は、聖霊が内に住まわれるようになります。神様が聖書 66巻をなぜくださったのでしょうか? キリストを深く知りなさい!とくださったのです。聖書 66巻を持って ・神様に会う道、・サタンに勝つ道、 ・救われる道を知るようになるので、ずっと光が臨んで、いのちの力がずっと現れるようになります。この時、神様の祝福を味わうようになり、全般的に神様の祝福が現れます。
 
多くの人々が聖書を他の方向から見るのです。しかし、聖書はキリストに関する話です。言い換えれば、神様に会う話です。ところが、聖書を他の部分で見てはだめです。
 
創世記を読む時、これをなぜ書いたか?が重要で、それよりもっと重要なことは、書かれた状況です。創世記は、モーセが記録しました。モーセは救いに対してものすごく明るい人です。ところが、モーセが創世記を記録する時、そのまま記録したのではなくて、荒野を過ぎる時、最も苦難にあった時、記録した本です。
 
キリストを味わうようになる時、聖書 66巻に現れた祝福がすべて皆様のことになります。聖書のみことばは、一つも冗談ではありません。それこそ光であり、真理であり、いのちとなります。聖書は、私たちに救いをくださるために与えられたものです。したがって、伝道現場に通いながら聖書を見れば、これは間違いないいのちであることを悟るようになります。現場でみことばが、生きているいのちのみことばであることを悟るようになります。したがって伝道しなさい! このみことばは、神様が私たちに "私のスケジュールを悟りなさい!”という意味です。伝道の中に神様の全てのものが入っているためです。
 
伝道をしていれば、自然に福音が必要だということが分かるようになります。この福音は誰でしょうか?キリストです。キリストを研究していれば、キリストがまさに聖書66巻の核心だということを知るようになります。ところが、これを悟るようになれば、神様の力は皆様にずっと臨むようになり、答えの大きい門が開きます。それで時代的な大きい祝福を受けるようになるはずです。神様は良い神様であり、あまりにも正確な神様です。それでとてもやさしいのです。キリストだけ研究しなさいということではなく、キリストだけ研究するようになるしかないのです。
 
ところが ・みことばをのがして、・現場をのがして、・伝道をのがした信者が多いのです。それで、救い出すことができません。今現場に祈って行くならば、伝道が見えざるをえません。伝道せねばならないということは、伝道しにいくことでなく、神様のスケジュールを知らなければならないのです。神様の本物の祝福を知らなければなりません。伝道が何か知らずに、熱心に伝道することより、伝道が何かを知って切実に祈ることがより幸いです。私たちは普通、やっと伝道すると言うのですが、わずかに教会を復興させるという次元で飛び回るのです。だからどれくらい苦労が多いでしょうか? 教会復興は神様がさせられることです。伝道は神様のスケジュールであるという事実を知っていれば、福音が必要で、必ずキリストが必要となってきます。聖書 66巻を、これを通して見る時、皆様には光と力がずっと臨むようになります。使徒パウロも使徒22章で告白する時、救われた後、主と会ってからずっとみわざが起きたと言います。
 
この時から、イエス・キリストの名前で祈ると、驚くべき答えの門が開きます。この時から、イエス・キリストの権威を使うようになるのです。この時から、途方もない力が継続的に起きるようになります。
 
 
1 イエス・キリストを受け入れるとは、いのちが与えられることである。それは、その人の内に聖霊が住まわれること、その聖霊によって導かれることを意味する
 
救われた者に、まず一番に知らせなければならないことが、神様がともにおられるという事実です。すると、 どのようにともにおられるのでしょうか?
 1) 聖霊の内住(Iコリント3:16) - 私たち中に住まわれて共におられるのです。 
  聖霊が救われた者の中に住んでくださっているのです(Iコリント3:16)。ところが救われた者が、非常にこのような事実を信じなくて、非常に人間中心主義を使うために苦労するのであって、絶対に滅びることはできません。救われた者の中には、神様がいらっしゃるためです。
 2) 聖霊の導き(ヨハネ14:16-17, 使徒1:8)で共にしてくださいます。
 世の中に勝つことができるように、聖霊が導いてくださるのです。聖霊の導きを受ければみなできます。私達がすることはひとつしかありません。聖霊の導きです。
 3) 祈りの答え(ヨハネ16:24)で共にされます(聖霊の働き)
 4) サタンを縛る(マタイ12:28-29)
  救われた者が、みことば運動を開いて祈りさえすれば、サタンが縛られます。なぜでしょうか?神様が私たちと共におられるためです。単に行くのではなく、みことば運動を開くために行かなければなりません。これを悟ってこそ、伝道がどれくらい大きい祝福になるのか? ということを知るようになります。
 5) 天使を派遣(黙示録8:3-5, 詩103:20-22)
  主の民が神様のみことばを成し遂げるために祈れば、天の軍隊を動員されて働かれます。出エジプト14:19節にモーセに先だって主は主の天使を送られました。主の天使は、神様のみことばを成し遂げ、神様のみこころを成し遂げ、主の民が祈る所ごとに働きます。
 6) 天国の市民権(ピリピ3:20, マタイ16:13-20) = 保証
 神様の聖霊が私たちの中にいらっしゃるために、私たちに苦しみと試練が来ても、絶対に失敗せずに勝利します。なぜならば、保証を受けたためです。共産党がみな勝っても、教会には勝つことができませんでした。ヒットラーがみな勝っても、教会には勝つことができませんでした。ナアマン総理がユダヤ人をなくそうとして、自分がなくなってしまいました。キリスト教会は失敗することがありません。神様が私たちとともにいらっしゃるためです。
 7) 世界征服権
 不信の世界を征服して、死んでいく世の中を救う特権が私たちにはあります。
 
 以上、救われた者の7種類の祝福を私達が味わわなければなりません。一言で話せば、神様が私たちと共におられるということです。
 
 イエス・キリストを受け入れれば、いっそのこと中の人が完全に変化するようになります。サタンから完全に抜け出します。なぜでしょうか?皆様の中にローマ8:2節、いのちの聖霊が内住されるからです。聖霊内住、聖霊の導きとは? 神様が私たちとともにいらっしゃるという意味です。このいのちが私たちにきています。これをよく知らないために、これを説明したのがヨハネの福音書です。
 
ヨハネ1章では、受け入れないからだ!ということです。てんかん、霊的な問題で苦しめられる者、受け入れれば問題がきれいに解決します。
 
ヨハネ2章には、イエス・キリストが主人でないから力がないのです。イエス・キリストが主人になれば、不思議に奇跡の門が開きます。(カナの婚姻のお祭り宅の主人)
 
ヨハネ3章には、イエスを信じる人が失敗する理由は、宗教生活しているからです。
 
ヨハネ4章には、易、シャーマニズム信仰、不健全な神秘主義をすれば、本当の力を体験できないのです。この女性が必ずエルサレムで礼拝せねばならないかのように思っていました。この時、イエス様が "エルサレムでもなくて、サマリヤでもない。神様は霊であって ...." 神様が何かの場所や物を定めて働かれるかのように信じることが偶像崇拝の信仰です。こういう信仰を持っていれば、答えを受けることができないのです。
 
神様が私たちに途方もないいのちを下さったのに、その中で最初の贈り物が "受け入れた人々、すなわちその名を信じた人々には神の子供とされる特権をお与えになった" 受け入れたということは、即刻、いのちが変わってしまうという意味です。
 
スパイが自首してしまえば、即刻、身分が変わってしまいます。私達が主の前にきて罪を悔い改めして、主を受け入れれば、すべての問題が終わります。迷信で何かを解決しようとせずに、受け入れてしまえば終わるのです。なぜならば、これがいのちであるためです。この時から、聖霊がその中に住まわれます。それで聖霊の導きを受けるようになるのです。勝利はずっとなっていきます。これがいのちです。
 
1) いつこのいのちを失ったのか?(創3:1〜10)
  サタンによってなくしました。信者がキリストの名前でサタンをつかめなければ、絶対に成功することができません。サタンが向こう見ずで、神様に挑戦しました。これは霊的な存在(過去に天使)です。それで空中の権威を握りました。アダムとエバを間違いなく破ってしまったのです。これで全地球を掌握しましたた(エペソ6:12)。それで私たちの戦いは血肉に対するものではないのです。
 
例) からだが弱くなる時、病菌が入ります。同じように、私達が弱くなる時、サタンが攻撃してきます。私たちを弱くさせるために、どうにかして、恵みを受けられなくさせます。言い換えれば、信仰を落とすのです。
 
創世記3章で悪魔は人間を完全に滅ぼしてしまいました。人間が、神様だけに会えば良いのに、このいのちを防いでしまったのです。どれくらいくやしいことでしょうか? それで、私達が神様に会う道を知っていさえすれば、勝利するようになっています。イエス・キリストによって、サタンの力から解放されて、イエス・キリストによって、サタンの力を破ることができます。まさにこの時から、答えの門は開き始めるのです。ところが、信者がこの事実を知らないので、何にもだめになります。サタンは、今日すぐに、今でも存在しています。このサタンが存在するのには必ず目的があるのです。どんな目的でしょうか? 神様に挑戦して、空中の権威を握って、アダムとエバを倒したように、皆様を倒すことです。
 
マタイ4:1-10節に見れば、このサタンは、イエス様に挑戦しました。それならば、私たちには話すまでもありません。しきりに不信仰になるようにさせてしまいます。変に私達の力が抜けるようにさせて、世の中的に傾くようにさせるのです。教会が教会にふさわしくなく、他に神経を使うようにさせるはずです。用心すべきです。これでいのちを持って行きます。
 
今、世の中の人々のほとんどが、世の中の流れにだまされています。政治家、教授、学者がだまされています。今 360ケの大学があって、教授が多いのに、全世界はますます滅びています。教会もとても多いのに、全世界はどんどん滅びています。したがって、霊的戦いを良くすべきです。いのちを得ねばならず、いのちを得た私たちは、霊的な戦いを良くすべきです。
 
今、なぜどんどん道端に浮浪者が増えるのでしょうか? これは、お腹がすいているからではありません。霊的な問題です。
 
とても腹が立つから両親を殺すのではなく、そのまま眠っているのに、子供が父母を殺す世の中です。ところが、それが教会に通う子供でした。だから、早く正しく教えなければならないのです。刺し殺された父は長老で、母は勧士でした。水曜日に礼拝をささげて帰ってきたのに、父母を待っていて殺したのです! 教会に通うことが問題ではありません。行って伝道することが問題ではありません。今、正しくいのちがあるか? 霊的な問題です。どれくらいサタンが強く働いているでしょうか?
 
ですから、エペソ6:12節に私たちの戦いは、血肉に対するものではないと言われているでしょう? イエス様が何をしようといらっしゃったのでしょうか? 創世記3章の問題を解決しに来られたのです(Iヨハネ3:8)。それで、私達がいのちを得ました。私達がいのちを得たのに、なぜじっとしているのでしょうか? 霊的戦いに立たなければなりません。そのために、私たちは霊的に回復しなければなりません。
 
学校のなかで一番もめ事を起こす子供達が誰でしょうか?教会に通う子ども達です。中高等学校の中で最もやっかい者は誰でしょうか?長老の息子、牧師の息子が多いのです。なぜそうなのでしょうか? 霊的に苦しめられるからです。教会に行くから、いろいろな話をたくさん聞き、まだ信仰がないのに、信徒は普通に牧師がどうとか、長老がどうとか言うので、子供達が聞いて葛藤生じるのです。全く同じ人なのに、それでさまよって行く道がないから、大それた道に陥るのです。表面では目立たないのですが、内側でさまよって、サタンのお手伝いをする事があまりに多いのです。したがって、この戦いを良くして、よく教えなければなりません。したがって、私達がものすごい力を体験して、子供達の心をひっくり返さなければならないのです。勉強ができなければ、浪人すれば良いのですが、霊的な問題が誤っていれば、学校で直す道がありません。
 
 本当に福音のために生きる人ならば、実が全く現れなくても揺れないで耐えられなければなりません。当然に福音のためにしなければならない事をしているためです。ただ純粋な福音で充分になるべきです。私達が偉大ないのちを持って、大それた目を開いて回って通うならば、それが堕落です。
 
 2) このいのちを得るための人間の努力(本能的な)とは何か?(箴言14:12)
  "人の目にはまっすぐに見える道がある。その道の終わりは死の道である。"
  (1) 宗教(原罪の解決不可能): 使徒4:12, Iテモテ2:5
  釈迦は人なのですが信じます。しかし、尊敬の対象にはなるかもしれないのですが、信仰の対象ではありません。家を出て歩き回って、菩提樹の木の下に6年座っていて、どれくらい良い話をたくさん残したでしょうか? だから、尊敬するべきです。しかし、彼は神様ではありません。結局、人間がいのちを得ることができないで作り出したことが宗教です。どれくらいかわいそうでしょうか?
 
 ある人は、いっそのこと石にお辞儀する人います。石、それが何だと理解して? 木を見てお辞儀をします。このように人間がバカのようになっていくのです。それで、結局はサタンにだまされるのです。これを知らせることが福音です。人間がいのちに会おうと地団駄を踏むことが宗教です。
 
(使徒4:12)"この方以外には、だれによっても救いはありません。世界中でこの御名のほかには、私たちが救われるべき名としては、どのような名も、人間に与えられていないからです。"
(Iテモテ2:5)"神は唯一です。また、神と人との間の仲介者も唯一であって、それは人としてのキリスト・イエスです。"
 
 (2) 哲学(世の中の幼稚な学問): コロサイ2:8
 ソクラテスは神様でしょうか? どんなに尊敬しても、ソクラテスは人です。
(コロサイ2:8)"あのむなしい、だましごとの哲学によってだれのとりこにもならぬよう、注意しなさい。そのようなものは、人の言い伝えによるものであり、この世に属する幼稚な教えによるものであって、キリストに基づくものではありません。"
 
 (3) 善行(完全でない): ヤコブ2:10, Uテモテ1:9, エペソ2:8-9
(ヤコブ2:10)"律法全体を守っても、一つの点でつまずくなら、その人はすべてを犯した者となったのです。"
(Uテモテ1:9)"神は私たちを救い、また、聖なる招きをもって召してくださいましたが、それは私たちの働きによるのではなく、ご自身の計画と恵みとによるのです。この恵みは、キリスト・イエスにおいて、私たちに永遠の昔に与えられたものであって、"
(エペソ2:8-9)"あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。"
 
 (4) お金(燃えてなくなること): Iペテロ1:18, Iコリント3:10-13
 (Iペテロ1:18)"ご承知のように、あなたがたが先祖から伝わったむなしい生き方から贖い出されたのは、銀や金のような朽ちる物にはよらず、"
(Iコリント3:13)"各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。"
 
3)“聖霊が住まわれる”とはどういう意味なのか?(ローマ8:2)
  神様が私たち中にいらっしゃったのです。私達が失敗することは肉で、私たちの心であって、神様は絶対に失敗されません。
  "なぜなら、キリスト・イエスにある、いのちの御霊の原理が、罪と死の原理から、あなたを解放したからです。"
 
4) 聖霊の導きとは何か?(ヨハネ14:26)
  集中祈りすれば、神様の力が現れます。
 使徒1:14 "祈りに専念していた" それで、使徒2章に一度に起きたのですが、それが今まで働いています。この世界をひっくり返したのです。これが神様の力であり、いのちです。未信者は実際的に完全に滅びるようになっています。ところが、イエスを信じる人々がなぜ滅びるのでしょうか? 神様を正しく知らないで、ものすごいことを受け取っておいても知らないからです。救われていても、神様の導きを受けられないから、未信者のように生きているのです。未信者ではないのに、なぜそんなに未信者のように生きるのでしょうか?
"しかし、助け主、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊は、あなたがたにすべてのことを教え、また、わたしがあなたがたに話したすべてのことを思い起こさせてくださいます。"
 
5) 新しいいのちを持つとこのように変わる。
 (1) 霊の状態が変わる (ヨハネ8:44 --> Iヨハネ3:2)
   悪魔の子供(あなたがたの父である悪魔) --> 神様の子供(私達がいまは神様の子供)
 (2) 心の状態が変わる (ローマ6:17-ローマ6:22) - 罪のしもべ --> 神様のしもべ
(ローマ6:17)"神に感謝すべきことには、あなたがたは、もとは罪の奴隷でしたが、伝えられた教えの規準に心から服従し"
(ローマ6:22)"しかし今は、罪から解放されて神の奴隷となり、聖潔に至る実を得たのです。その行き着く所は永遠のいのちです。"
 (3) 生活(肉、生き方)の状態が変わる (エペソ2:2 --> ガラテヤ5:18)
(エペソ2:2)"そのころは、それらの罪の中にあってこの世の流れに従い、空中の権威を持つ支配者として今も不従順の子らの中に働いている霊に従って、歩んでいました。"
(ガラテヤ5:18)"しかし、御霊によって導かれるなら、あなたがたは律法の下にはいません。"
 
2. どうやってこのいのちが与えられたのか?
 救いは全的に神様の恵みで与えられるのです。
 悔い改め: 使徒3:19
(使徒3:19)"そういうわけですから、あなたがたの罪をぬぐい去っていただくために、悔い改めて、神に立ち返りなさい。"
 告白: Iヨハネ1:9
(Iヨハネ1:9)"もし、私たちが自分の罪を言い表わすなら、神は真実で正しい方ですから、その罪を赦し、すべての悪から私たちをきよめてくださいます。"
 受け入れ(主が神様): ヨハネ1:12
 義認: ローマ10:9-10
(ローマ10:9-10)"なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。"
 
1) 信仰の出発 (エペソ2:8-9, ヨハネ1:13)
 信仰の出発点が全能なる神様です。私達がサタンで死んではならないとくださったことが救いであり、私たちに信仰を下さって受けるようにされたのです。
(エペソ2:8-9)"あなたがたは、恵みのゆえに、信仰によって救われたのです。それは、自分自身から出たことではなく、神からの賜物です。行ないによるのではありません。だれも誇ることのないためです。"
(ヨハネ1:13)"この人々は、血によってではなく、肉の欲求や人の意欲によってでもなく、ただ、神によって生まれたのである。"
 
2) 信仰の内容 (ヨハネ3:6)
 聖霊で働く信仰が内容です。
(ヨハネ3:6)"肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。"
 
3) 信仰の根拠 (Iペテロ1:23) - みことばが根拠です。使徒に与えられ、預言者に与えられたみことばが根拠です。
  "あなたがたが新しく生まれたのは、朽ちる種からではなく、朽ちない種からであり、生ける、いつまでも変わることのない、神のことばによるのです。"
 
3. いのちを持っている者が成長するためにはどうすれば良いのか?
 1) 生まれ変わらなければならない (創世記1:27, エペソ2:1, ヨハネ3:3)
 造られた時、途方もない祝福を受けて造られたのですが、罪過(とが)と罪(原罪)で死んでしまいました。ここから生きる道は、ただ生まれ変わることでだけ可能です。
(ヨハネ3:3)"イエスは答えて言われた。「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、新しく生まれなければ、神の国を見ることはできません。」"
 
2) 乳飲み子のように乳(みことば)を飲まなければなら(Iペテロ2:2, 1:13-25, 2:1-5)
 (Iペテロ2:2)"生まれたばかりの乳飲み子のように、純粋な、みことばの乳を慕い求めなさい。それによって成長し、救いを得るためです。"
 神様を味わう道、神様に会う道をずっと聖書を中心に研究しましょう!これが、イエス・キリストになります。
 
3) 大人になるべきである (ヘブル5:14)
 "しかし、堅い食物はおとなの物であって、経験によって良い物と悪い物とを見分ける感覚を訓練された人たちの物です。"
 
4) 証拠が現れる (使徒1:8) - おとなになれば、証拠が現れます。
 神様のいのち、聖霊内住、聖霊の導きを知らなくて、石にお辞儀して宗教生活をします。いのちがないのです。
   
 既にキリストを知って受け入れた者は、救われました。これからその名前で答えを受けます。したがって、イエス様が生きている名前なのか? 亡くなった名前なのか? 祈ってみれば分かります。イエスの名前を呼ぶ所ごとに国が変わって、思想が変わって、民族が変わります。
 私達が聖書勉強をなぜして? タラッパンはなぜずっとするのでしょうか? それは、キリストの中にある秘密を捜し出すためです。これが聖書勉強です。この時、力と祝福をみな受けます。キリストの中の秘密を探し出さなければなりません。この時、神様のものすごい力が私たちに来るのです。これを権威と言います。