[2005年3月19日/ソウル産業宣教メッセージ/ソウル メイフィールドホテル/柳光洙牧師]


共同体と産業宣教(45)-世界を見る産業人大会
(使徒2:9-10)

@序論:使徒2:10を見れば‘ローマから来た旅人’という言葉があります。マルコのタラッパンに集まったのですが、15ケ国の代表が集まりました。ここからローマ福音化が始まったのです。この祝福が、プリスカ・アクラ夫婦につながりました。パウロが伝道運動する右腕になったのです。これが福音で、産業宣教です。私たちが、今回、産業人大会をするのですが、世界を見通してしなければなりません。
* 世界:これが可能なのかと言うでしょうが、2:10を見れば可能です。今現在、統一教が200ケ国を掌握しました。統一教よりさらに先んじている団体があります。それがニューエイジ運動をする団体です。ニューエイジより先んじているのがあります。それがユダヤ教です。ユダヤ教は、まだ力が強大です。ユダヤ教より、さらに先んじているのがあります。それが、私たちタラッパンです。何がそうかと思うでしょうが、聖書をよく見るように願います。

1.旧約時代に一度も知られなかった宣教
宣教が、一度も正しく理解されたことがありません。これがイスラエルの問題でした。福音が理解できないのです。ニューエイジ運動は、いつかは福音を分からないので崩れます。ユダヤ教は、国家運動に過ぎないので、宣教できません。予測しているのは、文鮮明が死ねば、統一教は事業だけ残って、何も残るものがありません。ニューエイジのようなものも、文化に相当な影響力を与えているが、福音の力とは比較になりません。
(1)出エジプト3:7-8:これを分からないイスラエル民族が、旧約で奴隷に変わりました。福音なしで大きい団体は、いくら大きくても、政治的な力に押されるのです。私たちは、そのようなレベルではなく、福音の力で行くから違うのです。
(2)イザヤ6:13:最後まで知り尽くすことも出来ないイスラエルが、このようになりました。
(3)ヨナ1:1-11:預言者ヨナは、宣教を全く悟ることができなかったのです。私たちが見るには、使命を避けたというけれど、宣教を理解できなかったのです。悔い改めをしても、律法的な悔い改めをしています。
(4)マタイ16:13,使徒1:6-7:結局は、そこでローマの植民地になった記録が出てきます。この地域の名前をピリポ・カイザリヤ地域と言うのです。恥ずかしい名前です。カイザル皇帝とピリピを合わせた単語です。これくらい、イスラエルがローマ化されたということです。それで、使徒1章に、弟子までも‘今こそイスラエルが回復されるのですか’と尋ねるほどでした。それで簡単なのです。一度も、宣教を理解したことがないのです。世の中の人が見たら、すばらしいと見えるでしょうが、福音が全くなかったのです。レムナントが、統一教に勝つのは時間の問題です。レムナントの中から起きて、ニューエイジを超越することも、時間の問題です。全体的なことを見ましょう。神様がすでに預言されました。

2.かなり以前から預言された宣教の祝福
(1)創世記12:1-9:アブラハムをカルデヤから呼ばれた時、宣教に対しておっしゃられました。
創世記22:13-20それでも、よくわからないので、イサクを捧げながら、わかるようにして‘名前を大いなるものにする。国々が恵みを受けるようになる’と初めからメッセージを与えられました。
(2)イザヤ60:1-22:最も困難に出会っていました。やはり、福音と宣教使命を悟るようにされたのです。
(3)イザヤ62:6-12この時、大きい希望を与えること、これがレムナントです。皆さんが、産業人大会に集まる時、全世界を行き来する中に使徒2:10のような事が起きるのです。

3.世界を見た産業人大会
(1)使徒2:9-11:それで、今回の大会は遠く起きる世界を見つめながら進行される大会です。これから、まちがいなく、このようなことが起きるでしょう。マルコのタラッパンに集まったのですが、つまらない人々でした。しかし、絶対にそのように見てはいけません。この部分がとても重要な部分です。大部分がのがすのです。使徒2章が、最も神様がご覧になる時、重要な部分が、この部分です。
(2)使徒13:1-3:この働きがどこへ行ったかというと、使徒13章に、正式に宣教師を派遣したのです。ここに呼ばれた方は、強権的に捕まえるのです。
(3)使徒16:6-10:神様がパウロをマケドニアへ呼ばれて、こちらはローマに進入するところです。この場面だけ見れば、良くならないようなのですが、すばらしいものがつくのです。
(4)使徒19:21:これに感づいたパウロが‘ローマも見なければならない’と言ったのです。遠く見通したのです。エペソで起きた事件なのに、ローマでも起きなければならない。私たちが、このくらいに契約をつかめば、まちがいなく答えられます。
(5)ローマ1:9-10,ローマ16:1-27:‘神様が私の証人だ。あなたたちに会うことを切実に祈っている’と言いました。パウロがローマに行く旅程を知っているではないでしょうか? ローマ16章を見れば、ローマの働き人たちのい名簿が出てきます。このように、マルコのタラッパン運動が広まったのです。

4.宣教の責任
相当な責任意識を持ってしなければなりません。なぜイスラエルが困難にあって、教会は今まで困難がきたのでしょうか? 福音と宣教が理解できないのです。ほとんど宣教が理解できないのです。宣教が理解できないということは、福音が理解できないということです。教会の責任です。
(1)教会:特に教会で注意しなければなりません。
私たちは、間違えば、他のことをするようになります。途方もない怖いことになります。こういう部分を知っている人々がいないのです。あまりにも常識的ですが、そうではないのです。韓国の教団が、宣教を大部分知らずにいます。動機は一つです。‘私たちの合同側、統合側、高神側も、大きくなければならないだろう。’と始めるのです。そして教会は宣教というタイトルを持って、高慢なことをつくそうとするのです。なぜかというと、単に‘十分の一献金をしなさい’と言うと、古い方式に見られます。‘世界宣教をしよう’と言えば聞きやすい言葉です。‘世界を見通して行こう’と言えば聞きやすいのです。それを利用して、各種のことを提案するのです。ですから怖い結果になります。イスラエル民族が聞き取れなかったでしょう。宣教が理解できないのは、福音が理解できないのです。とても重要な教会の責任です。
(2)指導者:ここでとても、重要なのは、指導者の責任です。この責任ということは、怖い結果を分からなければならないのです。結果を思わないのです。仕事だけ思うのですが、結果を考えることができません。過程は変えても、結果を変えることはできません。開始は変えても、結果は絶対に変えることはできないのです。洪水のように起きることを防げることができません。私たちが本当に神様が喜ばれることをしなければならないのです。それで、教会の責任が大きいのです。そして、指導者の責任がとても大きいのです。
(3)産業人:産業宣教現場で、産業人の責任が大きいのです。教会と指導者は現場がありません。しかし、産業人は、現場を持っているので、これが鍵です。私が見るのに、本当に宣教が何か理解して、福音を持っていれば、神様がみな開かれます。
* 会堂:それで、初めて入ったのに、実際にユダヤ人が理解できないのです。だから、思い切り苦労だけしたのです。驚くべき事実があります。彼らは初めから会堂を作りました。初代教会を見れば、全世界に行けば、行く所ごとに会堂がありました。この人たちが、初めから戦略を使ったということです。だから、彼らが福音を知らないのです。肉体的に見たのです。他の国が迫害をしたことは、あちこちでこれをたてるからです。神様がもう一度おっしゃいます。もう一度、起きて光を放てとおっしゃいます。光を放てば、みな回復させるということです。最も喜ばれるのは、子孫にこの福音が伝えられるようにさせなさい。万民のために旗を揚げなさい。途方もないメッセージが、とても小さいマルコのタラッパンで始まりました。これが、このようにまで、成就したのです。私たちのタラッパンには、レムナント大会、産業人大会、宣教師大会の3つの大きい大会があります。私たちは一つだけ悟れば、神様は全てのことを進行されるのです。神様が私たちの何を見て祝福されるのでしょうか? それが重要です。神様が、私たちの何を見ておられるのでしょうか。私たちは、前の他の団体らを見れば、彼らは動機を持っているのです。
* 動機:ある程度成就するのですが、神様はこれを見て祝福されないのです。
* 欲望:欲望も、ある程度成就します。
世界教会は上手にすると思っています。神様はこれを見て祝福されません。少しだけ出発を上手にすれば、すばらしいことが連結します。神様は、重要な福音を伝えることを願われるのです。
* 福音:私たちを祝福される方は神様です。これを知らなくて、ヨーロッパの建物は教会が変わったのです。今、少しずつ米国の教会が、イスラム側に売られています。このやさしいことを知らずに、みな奪われたのです。今は、防止できません。米国へ行ったら、こういう話をされます。‘先生、今、米国の建物ルターという教会は、1ドル万出すならば買えます’と言います。‘それが何の話なのですか? ’と尋ねたら‘教会が運営できなくて、私たちがするならば与える’と言うのです。米国の大きい教会堂が、運営できなくなっているのです。神様が祝福されないのです。私たちは知って出発しなければなりません。福音を理解して出発すれば、教会、全てのものが付いてくるようにされます。確かにソロモンは知恵だけくださいと言った時、名誉と富を共に与えられたということです。それで、言葉を変えてみましょう。ソロモンが名誉と富を求めたとしましょう。それでは、名誉と富もなくなり、知恵もなくなるのです。ソロモンは、心より知恵を求めて祈ったのです。そこに、より名誉と富がいっしょに与えたのです。私たちが、本当に福音をくださいと言えば、これ(名誉,富)は求めなくてもくださるのです。福音を伝えると出発すれば、これは後ろから追いついて並んでくださるのです。世界教会が神様の前にこれをくれと言うのです。だから、欲望をくれと言うことができなくて、宣教の単語を使うのです。動機を満たしてくれと言えば、神様もわかって、人々も付いてきません。福音運動をしようとすれば、前のことは付いてきます。このようなことがおきるでしょう。このように見る時、教会、指導者の使命が大きいのです。私たちは、産業人大会をするのに、どんなスタイルで行くのでしょうか?
* みことば運動で行くでしょう。全世界産業現場に、みことば運動が起きるようにしなければなりません。もちろん、福音を中心にするみことば運動は、何でもないようでも、すばらしいのです。今朝、私がイ・キウォン長老と電話をしました。星四つを付けたということです。対話をする中に、国家に対して、福音の現場に対して簡単に話をしました。この方の婿が、ワシントン・インマヌエル教会ソ・テソク牧師の下にいます。この間、ソ・テソク牧師がイ長老に会ったということです。ソ・テソク牧師が、こういう話をしたということです。“将軍、昇進もしなければならないでしょうが、私と約束してください”と言ったそうです。長老が、ソ牧師に約束すると言いました。ソ牧師は“無条件に車の中でテープ一本ずつだけ聞いてください”と言ったそうです。それで、柳光洙牧師のテープを聞けと言われたということでした。“約束するか”と尋ねられたので、約束したということです。三つ星の将軍の前で、そのような約束をしたのですが、この方が約束をしたということです。その後、この方が朝、車に乗って出て行きながら、テープを聞いたのです。しかし、不思議なことが行われたのです。将軍より、恵み受ける側がありました。運転手が先に、長老がテープを入れなさいという前に、自分が分かってつけるのです。この方が、将軍の運転手のように見えるのですが、エリート軍人でした。とてもハンサムで、福音を正しく悟り始めたのでした。そうしたところ、将軍の奥様に、こっそり頼んだそうです。“柳牧師のメッセージを聞いてみたら、合宿訓練があると言われるのですが、私が受けてはいけないでしょうか? ”と尋ねたということです。奥様が目がキラリとしたのです。‘いよいよわかったんだなあ’と考えて、大変だが調べてみると言ったそうです。結局、この人が合宿訓練に行って、恵みを受けて、軍隊中にみわざが起きたのです。同じ人々でチームを作って、メッセージを聞いてフォーラムをするのです。それで、除隊して、米国に行って、エリートらみことばが広まっています。長老が約束して、むりやりにでも聞いたのです。事実は、みことばは、無理に聞いてもみわざが起きます。これがどんな運動なのでしょうか?
* 使徒19:8-20:それで‘将軍のために、背後に祈る人が多い。そして、国家が将軍の忠誠心をわかった’と話しました。みことばの力は、すばらしいのです。産業宣教で、みことば運動がずっと起きるようにするのです。こうすれば、弟子が出てくるのです。
* 弟子:弟子運動がずっと起きます。それで、ローマ16章の働き人が起きるのです。このみことばは、生きていて力があります。みことばは、すなわち神様です。創世記1章に、みことばで神様が天地を創造されたのです。イスラエルが滅ぼされた時‘神であるわたしのことばは永遠に立つ’と言われました。
* 再生産:このようになる時、話して、要求しなくても、再生産がずっと起きます。250年ローマ時代でした。
反対に見ようとするなら、迫害が起きても再生産がずっと起きたのです。
* コンスタンチン皇帝(313年):この時、ローマでキリスト教を国教にしました。いくら皇帝でも、信者が多ければ、ついて行くようになるのです。いくら権力者でも、世論が多ければ、ついて行くようになります。コンスタンチン皇帝が、キリスト教を国教として宣言するしかはなかったのです。みことば運動が起きて、再生産されました。全世界、産業人を通して、みわざが起きると、このようになるのです。私たちは、この契約をとらえると、行く所ごとに神様のみわざが起きます。ここにいらっしゃった皆さんが、出発点を置いて始めなければなりません。
* みことば-いのち:神様のみことばが、皆さんに植えられれば、みわざが起きます。神様のみわざが起きないのは、皆さんの‘動機’という門に詰まって入らないのです。聞くのは聞いても、実際にみわざが起きません。私の行き過ぎた欲望のために入らないのです。神様が働かれることもできますが、神様は強盗ではないので、そのようにされません。神様のみことばが、本当に臨めば、実際にみわざが起きます。説教するのも、神様のみことばが信徒に本当に入ればみわざが起きます。みことばが臨むのに、あれこれ臨めば、根元におりません。いのちがなければならないから、みことばをこのように、あのように伝えるのです。これが、私たちが持つ産業人大会です。何週間、準備された祈りをしなければなりません。小さい産業人大会のようですが、世界が含まれました。来聖日メッセージをします。小さい韓国で起きる産業人大会のようですが、未来が含まれています。私たちが動く産業人大会ですが、レムナントが含まれています。世界が含まれている産業人大会で、未来が含まれている産業人大会です。皆さんが、この席でみことばが少しだけ入ってもみわざが起きます。皆さんの事業、家庭教会に、みことばのみわざが起きるように願います。

-要約-
<共同体と産業宣教(45) -世界を見る産業人大会)>
1.旧約時代に一度も知らなかった宣教
(1)出エジプト3:7-8  (2)イザヤ6:13  (3)ヨナ1:1-11  (4)マタイ16:13,使徒1:6-7
2.かなり以前から預言された宣教の祝福
(1)創世記12:1-9,創世記22:13-20   (2)イザヤ60:1-22   (3)イザヤ62:6-12
3.世界を見た産業人大会
(1)使徒2:9-11  (2)使徒13:1-3   (3)使徒16:6-10
(4)使徒19:21  (5)ローマ1:9-10,ローマ16:1-27
4.宣教の責任
(1)教会    (2)指導者    (3)産業人