[2005.10.1 /ソウル産業宣教メッセージ/ソウルメイフィールドホテル/柳光洙牧師]


共同体と産業宣教(72) -答えを受ける産業人、実を結ぶ産業宣教
(ローマ16:23)


@序論:‘私と全教会との家主であるガイオも、あなたがたによろしくと言っています。市の収入役であるエラストと兄弟クワルトもよろしくと言っています。 (ローマ16:23)’皆さんの永遠な祈りの課題である‘私と全教会との家主であるガイオ’もあなたがたによろしく。そして、エラスト兄弟クワルトもよろしくと言っています。皆さんが答え受けるだけ、他の人々が生きるようになります。ガイオのように答えを受ける産業人が実を結べるのです。皆さんが大きい答えを受ければ、教会の益になって、レムナントに益になります。
* 祈りのスクール:私たちが今、共同体訓練場が建てられれば、これから始めようとしています。エリートを選んで、祈りのスクールを進行しなければなりませ。
(1)方向-エリート:エリートに方向を正しく知らせなければなりません。方向は色々な所があるのですが、エリートの方向を定めてあげなければなりません。
(2)準備:準備する段階であるから、大きな益になります。いったい祈りのスクールにどんな集いと講義がなければならないのでしょうか?
(3)講義-専門担当者:レムナントに最も速い道は、レムナントが自分の分野と合う専門担当者に会わなければならないのです。こういう人々と会う道を作ってやらなければならないのです。
(4)体験-インターンシップ:そしてレムナントが外に出て行く前に体験するようにしなければなりません。祈りに対して分かるようにしなければならないのです。それで、祈りの原理を正しく知って外に出て行くようにしなければなりません。簡単に話せば、インターシップができなければなりません。レムナントが‘私がこれから未来にこれをしようとするが、こういうものだな’ということを悟らなければなりません。こういう共同体にならなければなりません。それで、産業宣教では学生たちと専門担当者に対して分析ができなければならないのです。このようにしようとするなら、重要なことは、私たちが先に答えを受けなければならないのです。産業人が答えを受ければ生かされるのです。皆さんが答えを受ければ、教会も益になります。どのように答えを受けるのでしょうか? 大部分の産業人が祈りの答えを受けられないのです。2つの理由のためです。重要なことを見られないからで、もう一つは体質のためです。決定的な瞬間に体質が出てくるのです。結局は、祈りの答えはそこから出てくるためです。私たちは、あれこれ礼拝もして、訓練もするのに、決定的なことは私の体質から出るのです。

1.基本を自分のものにして、味わわなければなりません。
はやく自分のことにしなければなりません。これが私のことになれば答えが来るのです。それが何でしょうか?
(1)メシヤ-キリスト:本当に私たちの産業人が福音を正確に分からなければなりません。
①創世記3:15:創世記3章の問題は、誰も解決できないので、これがかなり重要です。‘メシヤがきて、原罪を解決する’としなければならないことではないでしょうか? しかし、聖書は具体的に説明したのです。‘女の子孫が蛇の頭を踏み砕く’と言われました。蛇はサタンのことを言います。この部分は私たちの力で解決できません。それでキリストを送られたのです。メシヤ、キリストを正確に理解しなければなりません。
②出エジプト3:18:真の理解ができない単語です。血を塗る日に出てくるようになったということです。それが十字架です。十字架の奥義を理解しなければなりません。
③イザヤ7:14:処女がみごもって男の子を産む。人間は人間を救うことができず、アダムの子孫ではだめなので‘処女がみごもって…’と話しています。この話はあまりにも科学的です。その時から救われるのですが、その名前がインマヌエルです。
④マタイ16:16:これをペテロが告白しました。このみことばを私たちが理解したと思うのです。私は他の方が大統領になった時は、そのような考えをしませんでした。金泳三大統領になった時、考えてみたのです。その方は、合同側の長老です。本当にこの(1)を持っていなければならなかったのです。本当に、その方が重要な方々を集めて公式には話ができなくても、集めて話さなければならなかったのです。‘国家と個人のすべての問題解決はキリストだ。私はそれのために大統領になった’と話さなければならないのに、祈りの答えを受けられなかった理由は、基本がならなかったためです。普通の産業人や既成世代が、基本が根をおろされないで神学的にだけ知っているのです。
(2)霊的問題-霊的祝福:だから、霊的問題が深刻なのです。異常に、その方が大統領になった時、300件の事件が起きました。家も崩れて、橋も落ちました。もちろん、科学的に理由があるのですが….霊的な理由を見なければなりません。聖書には、霊的事実を言っていることを分かるようになります。それで、聖書で話す聖霊の働きを言っているのです。それで、こういう部分を分かれば、個人を変化させられます。この2つのことを分かってこそ、聖書を分かるのです。
(3) 100年を保障受ける訓練20個:少なくとも、一日二日の答えでなく100年の答えを受けるのです。20個は四種類に変えられます。
①基礎治癒:とても重要な基礎5つ②With訓練③System組織④Oneness未来に関することです。レムナントと産業宣教は未来に属しているのです。
(4)伝道、宣教の確立:前の部分になられば、産業人が伝道、宣教を知るようになります。とても重要なことを知るようになるのです。この全体を正しく味わうのを祈りと言うのです。
(5)祈りの奥義:私たちは祈る時、声を出すと思います。もちろん、それも祈りです。叫べば祈りだと思います。祈りは(3)の祝福を正しく味わうことです。祝福が私のことになることが祈りです。基本になれば、祈りの答えになります。必ずこれになれば3つの答えになります。

2.この時に来るみことば成就
(1)悟るだけ答え:ここでみことばを聞けば、どのように悟れるかというと、基礎が深く悟れます。
(2)味わうだけ幸福
(3)信仰を持っただけ働き
▲この3つの答えがみことばを通していつもくるのです。必ず産業人が、このようにならなければなりません。私たちは何のためなのか、これになりません。最も簡単に話せば、私のことにならないのです。牧師の説教は正しいのに、私のことになりません。私のことになれば、本当にみわざが起きます。皆さん1人が答えを受ければどうなるのでしょうか? 皆さんは家庭、教会、社会に属しています。皆さん1人が答えを受ければ、そこに影響を与えることができないでしょうか? 1人が答えを受ければ、目に見えなく影響を与えます。それで、教授が重要なのです。フランス革命史を誰が説明するのかによって、角度が変わります。そして、本を誰が紹介するのかによって内容が変わります。
①成功:ところで、世の中ではほとんどみなが成功を教えます。‘このようにすれば成功して、このようにすれば金をもうける’とこのように教えるのです。聖書はこのように教えません。基本が重要です。私がだめなのに、成功すれば何でしょうか? 私がだめだから、家庭、職場もだめだということです。私たちは他の概念を持っているのです。それで世の中ではほとんどみなが‘できる’と教えます。‘すれば良い’と言うのです。そこに一段階さらに上がって‘一度してみなさい’と言います。正しい言葉です。
▲日本で王選手が野球が上手でした。日本であまりにもボールをうまく打つので、日本記者が尋ねたのです。‘あなたどのようにホームランをよく飛ばすのか?’と尋ねたのです。だから王が笑いながら簡単に答えました。‘打てば良い’と言いました。正しいでしょう?打たなければ絶対に当たりません。そのような意味で、これが正しいのです。‘すればなる’しなければ絶対だめなのです。しかし、世の中の教育がすっかりそうなって、私達の子どもたちがそのように教育を受けています。ところで、こういう教育をする者と福音を持った者の説明が異なります。私たちはそのように見ません。
②計画:‘神様の計画ならばできる。’ ‘できる’程度でなく、神様の計画ならば命をかけなければなりません。初代教会は命をかけて、努力はしませんでした。世の中のことより上の段階です。私が前回の献身礼拝で話したが‘できる’を教えた人がロバート・シューラーです。何年か前に、その教会の有名な指揮者が警察と対立して暴れまわったのです。その人が最も多く話したのが‘私はだめだ’ということです。教会をあざ笑うように話しました。ところで、その教会が米国で有名な教会です。何時間、無法な振舞いをしました。簡単に話せば狂ってしまったのです。その有名な音楽家は、大オーケストラを指揮した人です。結局、そうして銃で自殺しました。これはものすごく福音にマイナスになったのです。その方は、教会で福音を学ばないで‘できる’を習ったのです。‘できる’として、だめになれば薬がありません。いっそだめな人は絶望を確実にしてこそ、答があります。皆さんが絶望を適当にしてだまされるのです。本当に絶望の場に行けば、答が出てきます。神様の計画が見られるのです。これは誰が教えるのかによって変わります。私たちの韓国のある人が、代表的に話しました。‘できる’とずっと話せば、福音が必要ない。すれば良いから。その次に必要ないでしょう?‘すれば良い。’良い教育ですが、ここで終われば大変です。世の中の人々を見れば、混乱します。柳先生の説教を聞けば混乱がくるということです。大企業のテウ、サムソンに行ってみると全部教育が‘できる’です。全部、出ている本が‘できる’というものです。ところで柳牧師の説教では‘するな’と言うことなのか‘力を抜けということなのか?’混乱するということでした。保険会社に行くと‘できる’と言います。本屋を見れば‘できる’と言います。それでは次にくる霊的問題はどのようにするのでしょうか? だめになったら、どのようにするのでしょうか? 薬がありません。それで自殺して、事故を起こして、そのようにするのです。絶対にそれではありません。‘神様の計画ならできる。’神様の計画の中で世界を征服することができるのです。神様の計画の中で命をかけてもかまわないのです。私たちは‘共同体訓練場を作れる’ではなく‘共同体訓練場に命をかけなければならない。’これが違う点です。一番重要なのは、福音が弱くなれば霊的問題になります。その代表的なのが、ユニオン神学校の学長が自分の書斎で自殺しました。しかし、その方がメッセージで人々に勇気を最も多く与えたということです。それでは、できないという言葉なのでしょうか? その言葉でもありません。パウロはこのように話しました。‘私を強くしてくださる方にあって、どんなことでもできるのです’と言いました。刑務所の中でもできると言いました。私は絶望の中に陥ったのではなく、できると言いました。私を強くしてくださる方にあって、どんなことでもできるのです。これより一段階高いのは‘なったこと’があるのです。これを見る目がなければなりません。しかもこれから‘なっていること’があります。これを見る目がなければなりません。そして‘これからなること’があります。これを見る目がなければなりません。祈りの味わうことで、祈りで来る答えです。このレベルに行かなければなりません。
③味わうこと:商売人は、なることをします。無理に訓練させるのではなく、なることをするのです。
▲例えばマクドナルドがあります。この会社はユダヤ人です。この人たちは、要所、要所のなる所にたてます。どのようにすれば良いか知っています。私たちの孫がマクドナルドを100回見たら、100回入ろうと言います。ここでは子どもたちが何を望むのか知っているのです。そして、連れて行ったところ食べないのです。そうして、行けばまた入ろうというのです。また入っていって行ったら食べません。なぜ連れて行くのでしょうか? 子どもたちにもらえるプレゼントがあるのです。それをもらおうと行くのです。プレゼントも多様で、日付別で違うのです。毎日食べろと…,この人々は、商売が上手です。皆さんがご存知のように、最高の車は‘ロールスロイス’は宣伝しません。車を買おうとすれば、履歴書から書けと言います。しかし、並んでいるのです。なるのを見たのです。祈れば驚くべき答えがあります。未信者がすることを、なぜできないでしょうか? 神様の力なかで、神様の計画のなかでできるのです。祈れば、この祝福が見えて、なるのが見られます。この時、必ず来る答えがあります。

3.答え受ける産業人と産業宣教
(1)Ⅲヨハネ1:2:私たちのレムナントと産業人が捕まえなければならないみことばです。はやく300%機能性を準備しましょう。神様の力で可能です。
①霊的専門性から持ちましょう。100%なるべく走りましょう。
②機能の専門性を持ちましょう。
③自分の専門性:ヨハネがガイオを見て、健康なことを願うと祈りました。単純な健康を言うのではありません。自分に対する専門性です。はやくこういうものを持たなければなりません。ずっとこのようになるようにしなければなりません。ぱっと見れば、産業宣教は粗雑だと見えても、これを持っているのです。これができる自分自身が重要です。ですから300%専門性を持ちましょう。それも福音のなかで可能です。それで、レムナントを見て、これを訓練させて送りださなければなりません。‘できる’がどれくらい怖いかというと、長老、執事が事業場でほとんど失敗するのです。どこで恵みを受けるかというと、ここでしてみてだめなのです。福音ではないとも知らないのです。うらむこともできません。自分がだめなことを知らずに‘教会も行きたくない。教会に行くのに、私はだめだ’と言います。こういう深刻な問題を持ってくるのです。それで、霊的、機能、人生の専門性を持って外に出て行かなければなりません。事業体を出す時もこのようにして出て行かなければなりません。
釜山(プサン)でずっと右に行けば東海があります。時間があれば行ってみようと思っています。江原道(カンウォンド)でして西海側にくれば西海側に海があります。この雰囲気が大いに違います。食べ物も西海で出るのがおいしいものがあって、東海で出るおいしいものがあります。釜山(プサン)を過ぎれば海雲台(ヘウンデ)ソンジョンが出てきます。ソンジョンに行く道に田舎の家があります。道を通り過ぎるのに、小さい何かがついていました。何かと思えば‘キムチうどん’と書いてあったのです。それで行ってみたのです。行ってみたら違いました。雰囲気がよくキムチの筒が一つずつありました。すでに雰囲気が違いました。私はうどんは、それほど好きではないのに、そこで本当においしいと話しました。私が生まれて一番おいしく食べたのです。お腹もすかなかったのですが、うどんを食べながら考えたのですが、誰を連れてくるつもりだと思ったのです。この味を忘れなかったのです。次に通り過ぎながら見ました。その店はなくて、他のうどん屋がありました。それで食べてみたら、まったくその味でなかったのです。簡単に話せば、似ているが偽物だけあったのです。前に林の中にうどん屋があったが、どこへ行ったのか?と聞いたら、彼らはとても商売がうまくいって、大きいところに行ったということでした。その時、食べながら、そうだ、うどんをよく作っても成功すると思いました。しかし、お金を払って出てくる時に、おいしかったですかと尋ねられました。それで何と言ったでしょうか? 内心‘本当にまずい’と言おうとしたのですができなくて‘ア-おいしい’と言いました。しかし、本当だと思って、とてもうれしそうにしていました。それが愚かなのです。いくらにもならなければ引っ越しするでしょう。引っ越しも、それぞれです。以前の林の中の人の引っ越しと、この人の引っ越しは別のものです。
私たちの信徒なのに、庭園師を呼んで仕事をさせるのにあまりにできなかったのです。それでお金を与えて止めてくれと言いました。家をみな壊されそうなので、それは言わないでやめてくれと言いました。‘あなたが私たちの教会で一番恵みを受けたんだなあ’と話しました。そこに‘はい’と話すのです。‘この人は、よくも今まで飢え死にしないで、生きていられたなぁ’それが恵みです。‘愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。’(Ⅲヨハネ1:2)本当に神様のなかでできるのに、なぜできないのでしょうか? 神様300%専門性、それで祈らなければなりません。すべての伝道者の家主にならなければならないのです。
(2)ローマ16:23:ここに他の人の名があります。人は仲間同士集まります。ガイオのそばに財務エラストとその兄弟クワルトがいました。
(3)ガイオの同労者(ローマ16:23):他の人を生かす証人、この祝福を受けなければなりません。神様の驚くべき祝福を私のものにすべきで、教会だけ通って止めればくやしいのです。この祝福を本当に受けなければなりません。それで、聖書に現れた戦略は、すばらしい意味があるのです。単純なことでなく、基礎の根元、組織、みな入っています。皆さんが本当に今日、考えてみる祝福の時間になるように願います。少しだけ考えれば良いのです。私の体質のためにだめなのです。それでレムナントを教える理由があるのです。私の説教を聞いて‘柳先生が、50才を越えてはだめだと言うので、私はだめなんだな’と言いながら、失望、心配しないように。腐った木が正しく火がつけば正しく焼けます。草のほか丸太に火がつけば、本当に火になります。皆さんがこの体質の中に福音が入れば、祝福を受けるのです。年齢が重要なのではありません。モーセは80才で呼ばれました。私は得たこともなく、なくしたこともないと言いました。その時、パウロが75才でした。年齢が重要なのではありません。年齢でなく体質です。これ一つに答えを受けたり、逃したりします。これを味わえば、ずっと起きるみわざがあります。当然、世界を征服して、レムナントを生かすことを主の名前で祝福します。

-要約-
<共同体と産業宣教(72) -答えを受ける産業人、実を結ぶ産業宣教(ローマ16:23)>
1.基本を自分のことにして味わわなければなりません。
(1)メシヤ-キリスト
①創世記3:15  ②出エジプト3:18  ③イザヤ7:14  ④マタイ16:16
(2)霊的問題-霊的祝福
(3) 100年を保障受ける訓練20個
①基礎治癒  ②With  ③System  ④Oneness
(4)伝道、宣教の確立
(5)祈りの奥義
2.この時に来るみことばの成就
(1)悟るだけ答え
(2)味わうだけ幸福
(3)信仰を持っただけ働き
3.答えを受ける産業人と産業宣教
(1)Ⅲヨハネ1:2
(2)ローマ16:23
(3)ガイオの同労者(ローマ16:23)