2008年8月23日 核心訓練 ソウルイエウォン教会


RUTC・OMC・重職者時代の特別なメッセージ (27)
新しい始まり
(ローマ16:25-27)



☆☆☆要約資料☆☆☆
夏の韓国内外、各教会の大きな大会、集会、修練会など、いろんなことが終わりました
これから、新しい答えを見ることがもっとも重要です
◆ 序論 - 聖書と歴史に三種類の働き手がいました
1.仕事ばかりする人々 (働き手)     2.不平、不満、妬む人々 (話し好き)
3.感謝する人々 (成熟した弟子たち)
◆ 本論 - 新しい始まりをどのようにするべきですか
1.自分をどのように味わうべきですか
(1) ローマ3:10、ローマ3:23、ローマ5:8
(2) エペソ1:3-5、ローマ16:25
(3) Ⅰコリント15:1-10、Ⅱコリント12:1-9
(4) エペソ1:3-19、ピリピ3:1-20
(5) Ⅰペテロ2:9、ローマ16:25-27
2.答えをどのように味わうべきですか
(1) 創45:1-5 (2) Ⅰ歴29:10-14 (3) ローマ15:23
3.仕事をどのようにするべきですか
(1) 創45:1-5 (2) 出23:14-17 (3) Ⅰサムエル7:1-15 (4) Ⅰ歴29:10-14
(5) Ⅱ列2:1-11 (6) イザヤ6:13 (7) Ⅱテモテ:1-7
4.受けた祝福をどのように味わうべきですか
(1) 出3:1-8、18 (2) Ⅰサムエル17:1-47 (3) イザヤ60:1-22 (4) 使27:24
5.人間関係をどのように味わうべきですか
(1) Ⅲヨハネ1:2 (2) ピレモン1:1-25 (3) ローマ16:23
◆ 結論 - ローマ16:25-27
1.神様が隠された祝福と望みに向かって進むこと
2.神様が答えられ、導かれることに従うこと
3.神様の永遠なる栄光のためにすべてをささげること
(The end)

☆☆☆録音資料☆☆☆
→序論
▲私たちは、もうほとんど多くの集会を終えようとしています。夏には、皆さんが苦労もよくしたと思います。私たちは新しい始まりをしなければなりません。新しい始まり、そして、新しい力を得ましょう。もしか、だめな方々もそうで、よくなっている方々もそうで、みな変えなければなりません。いくら良くできていても、変えなければ、それは終わるのです。いくら皆さんが今、働きがよくできていても、私の考えが堅ければ、ある日私でなくなるのです。
(1)考え→ より大きいこと
▲おもに考えを変えなければなりません。私の考えより、いつでもより大きいことがあるということを知っていなければなりません。確かにそうです。神様は私よりはるかに大きく考えておられます。今、見れば、新聞、祈りの手帳、出てきているのを見れば、本当によく作られています。しかし、皆さんがそこで固まっていてはいけないのです。いつも誤って作っていると考えなければなりません。この恵みの席に、他の人がいたらもっと上手くやったと思わなければなりません。私はそのような考えを本当にします。この運動を私でなくて、他の人がしたとすれば、はるかに悪口を言われることが少なかったと思います。
(2)状況→ より良いこと
▲そして、私たちは、しばしば状況に縛られるようになります。
1)教会-おもに状況というのは、皆さんの教会の状況です。そこに縛られていてはいけなくて、本当に神様の前に感謝して、より良いことを神様が備えておかれることを知っていなければなりません。
2)家庭-おもに、皆さんに起きる問題が家庭でしょう。
3)経済-そして、おもに経済でしょう。ここで常に記憶しなければなりません。神様はより良いことを備えておかれました。
▲エレミヤ33:3、わたしを呼べ。そうすれば、わたしはあなたに答え、それと共に重要な話をされました。あなたが祈ったことではなく、あなたのそれに答えるのではなく、あなたの理解を越えた大いなることをあなたに示そう。
▲私たちは度々状況を見て、あらかじめ崩れて、あらかじめ考えて、みな閉ざすでしょう。私の場合は、おもに知恵がないから、そのままじっとしていました。私が一番上手にするのが、そのまま静かに話しをしないことです。ある人が、非難しても、話さないのです。聞けないのです。ところで、神様がみな解決されます。私たちは、しばしばこれを知らずに考えに捕えられて、しばしば祝福をのがします。私は訓練を受けているのにも、働ができない方々がおられるのですが、神様がその方たちに対するすばらしい時刻表があると私は知っています。すでにサインがき始めたのではないでしょうか。私は見ると、今、タラッパンで最高の答えを受ける子どもたちを見れば、全部、お父さんが牧会ができず、苦労する方が多いのです。必ず、伝道は実がなければ祝福は私に戻るとイエス様がおっしゃられたのではないでしょうか。
(3)問題→ チャンス
▲ですから私たちは、度々問題くれば崩れるでしょう。無条件、問題はチャンスです。本当にチャンスがくるのです。更新するチャンスで、より大きいことを与えられるチャンスで、捜し出すチャンスです。私たちは、しきりにこういうもののために新しい始まりができません。
(4)24時専門性+20の戦略
▲そして、だめなことが、またあります。皆さんは24時専門性を持たなければなりません。これがとても重要なのです。私がしていることを、単にしてはいけません。とても着実に専門性を持たなければならないのです。ところで、大部分の人々を見れば、自分がしていることに着実に専門性を持たず、しばしば他人のことに気を遣います。皆さんが幹事をしていれば、そこに内容ある専門性を持たなければなりません。それがすべてです。皆さんが教会で、教会学校を受け持っていれば、そこに内容ある専門性を持たなければなりません。度々、ふくらませずに、賛美をしているなら、賛美に内容ある専門性を...
▲そのようにして、20の戦略が全部見えなければなりません。それが答えなのです。私が教会の清掃している清掃屋なのに、清掃を正しくしたところ20の戦略が全部見えます。私は外にキャンプも出られなくて、幹事で事務をしているのに20の戦略がみな答えできます。これが重要です。ところで、ほとんどみな見れば、のがしているでしょう。皆さんが今していることに24時専門性を持たなければなりません。皆さんがしていることに内容があるようにすれば、本当に見えるようになります。
▲先週に釜山に行ったところ、私たちの勧士1人が私に要請をしました。伝道するために賛美チームを一つ作ったが、教会に集まっているからメッセージをくださいますかと。良いですよと言いました。それで私が行って、それまで説教でできなかったこと、聖歌隊に話せなかったことをみな話しました。神様と人々と私は、こういうチームを望む、その話をしました。
▲それで、少し理解できたのか分かりませんが、私たちは本当に私がしている仕事に24時専門性を正しく持て20の戦略が答えで見えるようになります。
▲こうすると、教会には3種類の人が出てきます。必ず...働き人、言葉だけの人、弟子。基準が何でしょうか。働き人は、仕事にだけして、仕事がなければ教会も止めてしまいます。仕事がなければ、教会も移します。それを働き人と言います。それもない人がいます。しばしば他人のことを話す人、いつも文句を言って、非難して、いつもおかしな話しをする人は、言葉だけの人。しかし、弟子がいます。神様が私たちに弟子になりなさいと言われました。あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。
▲本論-告白(みことばが私のこと、私のことが神様のこと→ 証人)
それで私は、皆さんに本当にいくつかのことを告白しました。それは、単なる告白ではありません。私は告白というのは、これだと思います。神様のみことばが私のことになること。そして、私のことが神様のことになることです。どれくらい重要でしょうか。それで講師で立つのではなくて、証人として立つのです。説教者で立つのではなくて、証人として。何の証人でしょうか。そこに対して話して皆さんが胸に抱かなければなりません。ある方は、このように話します。証しすることが自分は多いです。証し集会は良いでしょう。私はありません。その方は立派な方々で、私はないのです。私は証ししようとするなら、嘘をつかなくてはなりません。私はそうです。ある人々を見ると、働きが多くて、話す言葉が多くあります。私はありません。私はしばらく、とても気苦労しました。私たちの新聞社からきて私の一代記を書くというのに、私は書くことがありません。ところで、人々は多いのです。私はありません。そして、ある人々は教会がどうだ、さびしくて...私はそのようなことはありません。なぜさびしいのでしょうか。私は、それが理解ができません。さびしかった。教会が私を裏切ったということでしょうか。私は本当にそんな話は心に合いません。私の個人的には救われなかった人だと思います。

1.恵み→ 私をどのように味わわなければならないのでしょうか
▲私は話すことが一つしかありません。神様の恵み。それで、私を越えて神様の恵みを...
(1)ローマ3:10、ローマ3:23、ローマ5:8
▲私は聖書を見ながらどれくらい感謝したでしょうか。義人はいない。一人もいない。どれくらい慰めになるのか、私は私だけ罪人だと思っていました。私は昔に、みな大丈夫な人で、私だけ変だと思っていました。すべての人が罪を犯したので、神様からの栄誉を受けることができない。どれくらい恵みになったでしょうか。ローマ5:8節に、私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。私が義人になった時ではなくて、罪人であった時、キリストが十字架で死んでくださったことによってご自身の愛を明らかにされたのです。
(2)エペソ1:3-5、ローマ16:25
▲それもどれくらい感謝でしょうか。それも、地の基がおかれる前に私を備えられたのです。そのとおりでしょう。ある人は、部屋の中で10分火が出て消えたのに死んだのですが、私は3時間火の中にいました。死ぬ目に6回あったのですが、死にませんでした。神様が皆さんと共に伝道しなさいと世々にわたって長い間備えられたことが確実です。人格を持って伝道して、牧会するならば、私にはできません。神様が地の基がおかれる前に私を呼ばれたことが確実です。それも今日の本文に見ると、ローマ16:25には世々に渡って長い間、すでに準備されたのです。
(3)Iコリント15:1-10,Ⅱコリント12:1-9
▲私はパウロの告白が心に合います。私は月足らずで生まれたような足りない者だ。パウロがそのように告白しました。私が復活の主に会って福音を知ったから、私は月足らずで生まれた者だ。
▲昔に、私たちの釜山で見れば7分...こういう言葉があります。この頃は早く生まれてきたら保育器で育てるでしょう。私たちが幼い時は、病院にそのような施設がなかったので、生まれれば、そのまま育てなければなりません。10ケ月で出てくる人が、7ケ月で出てきたら、あまり完成していないでしょう。それでは大きくても変です。一生、ちょっと容貌が変なのか、精神も少し弱いこともあります。そのような人を見て、私たちが普通言うのに、大人たちが7ケ月で出てくれば7分(シチブ)と言います。ところで、比喩が入って、人が少し足りなければシチブと言うのです。パウロが告白することに、私はシチブです。それでは、私は何で、皆さんは何でしょうか。パウロが自分がシチブと言うなら、皆さんはロク(6)ブですか、ゴ(5)ブですか。パウロが自分を未熟児で生まれた者だと言いました。
▲そして、ペテロは使徒の中で自分が最高だと言いました。ところで、Iコリント15:9に、パウロは反対に話しました。使徒の中で私が一番小さい者だと。今、私が持っているものがあるとしたら神様の恵みだ。私が私になったことは神様の恵みだ。そうでしょう。これが救われた人です。
▲何でそんなに証しが多くて、自慢することが多いのでしょうか。何でそんなにさびしいことが多いのですか。何をしたことがあると、さびしいことが多いのですか。皆さんが死なないのは、あまりにもしていないので、死ないのでしょう。すぐに呼んで行かれたら恥ずかしいので、少しくらいして呼んで行かれるのでしょう。人は良心のとおり生きるべきでさびしいと言いますが、何がさびしいのですか。ある人は、私が全てのものを捨てて..あなたが捨てることが何があるのですか。私たちは、今、逆に話しています。本当に恥ずかしいことしかないのです。私たちが本当に救われたとすれば、申し訳なく、神様の恵みだと言うしかないでしょう。
▲そして、パウロが私が自慢することはただ一つだけある。パウロがⅡコリント12章にそう言いました。5節に弱いことを自慢する。ところで、感謝することは、私が弱い時、神様が私に力を与えてくださる。これが救われた者の告白です。こうしてこそ、皆さんは正しく何かができるので、皆さん本当に恵みを受けた人は違います。
(4)エペソ1:3-19、ピリピ3:1-20
▲それで、パウロの祈りが出てきたのではないでしょうか。パウロの祈りの内容が出てきたのではないですか。神様が私たちを救われた、そのものすごい事実。神様が私たちにくださった祝福。神様が私たちとともにおられてなさったその力の働き。それ分かることを祈りました。
▲そして、ピリピ3章に告白して、福音を知ったから、今まで自慢したことが恥ずかしくて、ちりあくただと感じると言いました。パウロは心の中にぎっしり埋まっていたのが、私がたくさん習って、私が今ローマ市民権があって..それをちりあくたで恥ずかしいと言いました。
(5)Iペテロ2:9,ローマ16:25-27
▲こういう私たちをIペテロ2:9に見ると、王である祭司。この光を宣べ伝える預言者。今日、パウロが告白するのに、世々にわたって長い間、隠して、今や現れされた...これが私たちの告白です。そうでしょう。ところでm、私たちは度々違うように思うのです。ですから、私たちは多くの祝福をのがす前に、考えからはやく変えて、恵みを受けなければなりません。
▲多くの方は、自慢することが多くて、高慢だというのですが、にそのような必要はないでしょう。どれくらい感謝して、申し訳ないかわかりません。私は本当にそうです。信仰が良い、そのようなことではなく、恥が多くて、出てくる時、拍手されればとても申し訳ないのです。本当に申し訳なく思います。私が私たちの産業宣教、その部屋に私がわざわざ職員にこっそりお願いしました。茶碗を置いたのですが、私の茶碗だけ特別に置きました。腹は私のそばに座った方がもっと大きいのに..それで切実にお願いしました。同じのにしてくださいと。すると、また私とチョン・ウンジュ牧師とまた、こちらのキム・ドンゴン牧師と三つが同じうつわになっていました。それで、私がまたお願いしました。全部、同じようにしてください。うつわの大きさを全部同じにしてください。ある時、見れば、話が出てきたついでに言うのですが、職員が私が講師で入れば、牧師先生が来られるでしょう。お茶を持ってきたのですが、私には特別なうつわに入れて持ってきました。ところで、この尊い方々には紙コップで...私が申し訳なくて、飲むことができないと言ったのです。それがいくらかかるとしても、同じようにすれば良くて、それを紙コップで出して..それでは、同じように紙コップにすれば、私が飲みやすいでしょう。カップを持つことができませんでした。真心です。私は神様の恵みに申し訳なくて感謝しているのです。

2.願い→ 答えをどのように味わわなければなりませんか
▲私が今、答えを受けたのが問題ではありません。神様の願いがなんでしょうか。
(1)創世記45:1-5
▲ヨセフがそれをいつも抱いていたのではないでしょうか。神様の願いをいつも抱いていました。答え来る、来ないは問題ではありません。
(2)I歴代29:10-14
▲ダビデは、神様の願いをいつも抱いていました。皆さん、これからRUTCも作らなければならなくて、神殿も作る祝福があるのですが、皆さんこういう神様の契約を握らずに、どのようにそれをやり遂げるのでしょうか。この地域にすべての暗やみ文化が打ち砕かれるように、神殿を作って下さい。教会が今、国民から非難を受けているのに、国民が来たいと思う教会を作るようにして下さい。文化の恩恵が全くない教会が文化の殿堂になるようにして下さい。ドアを閉めておいて、電気をみな消していますが、市民がきて休める教会を作るようにして下さい。
▲皆さん、ダビデのように私が王宮に寝ているのに、どうして契約の箱が風が吹く所にあるのか。これは信仰が良いのではなくて、良心なのです。どのように、私が王宮の良いベッドで寝ているのに、神様の契約の箱はすみに場所がなくて、人の家に、それも風が吹く所にあるのが話になるでしょうか。その人がダビデです。私はダビデが祝福を受けるしかないと思います。
▲私たちはそのような心がありますか。レムナントが行くところなくて歩き回っているのに、私たちはRUTCも一つなくて、何もないでしょう。私たちはどれくらい足早くわが家を計画するのに、どれくらいがんばるでしょうか。私たちが心に決めなければなりません。真に重要なことです。
▲ある博士が私に報告書を出しました。どんな報告書を出したのかというと、このタラッパン戦略を見たら、とても時代を先んじている。日本東京大学の行政学の博士です。どのように、これを作り出したのですか。それと共に、後に紙を何枚か付けていました。言う言葉が、現在いる人々は、これについて行く人物がないということです。古いから人物をはやく交替しなさい。私はそのように考えません。釜山の人々で組織組めば、ほろびるのでしょうか。私はそのように考えません。仕事が問題ではなくて、神様の重要な契約が何でしょうか。神様が私たちに本当に望まれていることは何でしょうか。私たちは仕事ばかりをするでしょう。そうではないのです。神様の計画が何でしょうか。私たちはそれによって動くのです。ものすごいことは、後ほどしてもかまいません。それすると成功するのでもありません。優れた人物が優れるようにさせたこと、今みな偶像に残っているだけで、内容もありません。
(3)ローマ15:23
▲パウロの願いを見て下さい。パウロは自分が答えを受けるのが問題ではなかったのです。あのイスパニヤまで行かなければならない。

3.計画(レムナント7人)→ 仕事をどのようにしなければならないのでしょうか
▲私たちが持たなければならないのは、仕事ではありません。神様の計画が何でしょうか。レムナント7人がこれを握っていました。それで奴隷に行ってもかまわなくて、監獄に行ってもかまわなくて、総理になってもかまわなくて。これがレムナント7人の特徴で、成功した人々の特徴です。皆さんがこの契約を必ず握らなければなりません。
▲ところで、私が仕事をしてみて感じることがあります。多くの人々が答えを握ると、取り込もうとします。これを置きません。これを置いてこそ、大きいことが握れるのに、置かないのです。ですから、大きいうつわに成ることができないのです。握ったことを置かないのです。より大きいことを見なければならないのに...

4.契約(永遠)→ 受けた祝福をどのように味わわなければならないのでしょうか
▲私たちは受けた祝福が問題ではなくて、神様の契約を...本当に答えを握ろうとするなら神様の契約を...神様の契約は誰も変えることができません。神様の契約はとこしえの昔からとこしえにいたるまで、永遠という時刻表だからものすごく大きいのです。私が祝福を受けたのが問題ではないということです。神様の契約を...これがどれくらい重要かわかりません。
▲ヨセフがどのように兄たちを許したのでしょうか。本当に怨みがいっぱいになるのではないでしょうか。ヨセフが兄を許したのですが、どのようにしたのでしょうか。私はダビデはまたそうだとして、ヨセフがどのように許したのでしょうか。後ほど兄が話したのではないでしょうか。お父さんにお願いしました。お父さんが亡くなる前に、ヨセフの心を解いて行ってくださいと...お父さんがいるからじっとしているようだが、もしお父さん亡くなれば、皆殺されると。ヨセフが何と話しましたか。何の話か、私がどのように神様の代わりができるだろうか。

5.神様の愛(危機、仕事)→ 人間関係をどのように味わわなければならないのでしょうか。
▲私はヨセフがどのようにそうだったのか分かります。神様の愛をたくさん受けた人は可能です。そうでしょう。あまりにも神様の愛をたくさん受けたので可能なのです。ヨセフが難しい時ごとに、勝利する時ごとに、あらゆる分野に神様の愛をたくさん受けました。レムナント7人が危機に会う時ごとに、神様の愛を受けました。レムナント7人が仕事をする時ごとに神様の愛を受けました。レムナントは、人のために苦しみを受ける時ごとに、神様の愛を受けました。これが人間関係を越えるものです。それで、人間の愛を越えて、神様の愛を。レムナント7人がそうで、パウロがそうでした。それで、神様は最高の祝福をくださるのです。
そうでしょう。
▲私が、この人に重要なのを与えたのに、その人が、全く価値がないと思っていれば、その次にはあげたく心になりません。そうでありませんか。与えたところ、これを大切に活用して大切だと思っているなら、また与えたいでしょう。同じでしょう。
▲私がレムナントをたくさん手助けするのですが、確かに人物は違います。あるレムナントは私が手助けしたところ、これを心に抱いて私に有難いと思うのではなく神様の前に..それで、お金を儲けて、レムナントにみな出します。こういう子どもたちがいます。そうだ、あの子たちは正しい子どもたちだな。人の前に感謝するのですが、その結果より大きいこと、神様の愛。

6.結論
▲私たちはどのようにしなければなりませんかと尋ねます。私たちが思い切り自分でしておいて、結論を出して、どのようにしなければなりませんか、そのようにたくさん尋ねるでしょう。答は簡単なのですが..
(1)隠しておかれたこと
▲神様が世々にわたって長い間、隠しておかれたことを私たちは探すのです。そうでしょう。神様が隠された祝福と願いに向かって行くのです。
(2)答え
▲どのようにするのですかと尋ねます。こうすれば、ものすごく答えきますか、神様が答えられた通りついて行きます。皆さんが適当適当に生きてきたので、答えが来ません。ですから、混乱するようになるのです。理解はできますが。皆さんが本当に神様の恵みを悟っていれば、神様が答えられることについて行けば良いのです。このようにしますか、あのようにしますかと尋ねます。
▲牧師先生、私は牧会をできないようにする妻どのようにすれば良いですか。本当にそのような人がいます。妻が、牧師するなと言ったのに、牧師になって。それも頭が痛い女で、牧師になる前に話せばよいのに、今になってやめろと言うので。こういう問題はどうすれば良いかと私に質問しに来ました。私も返事ができなかったのです。それで、私が返事は簡単に冗談で言いました。あなたが大きい人物になるようだ。大部分の大きい人物は妻がおかしな人に会った。ソクラテスを見てください。あなたは大きい人物であることは確実です。そのように冗談を言いましたが答えは簡単です。
(3)神様の栄光
▲神様の永遠な栄光のために。あるものは耐えます。あるものは待ちます。あるものは犠牲にします。神様の栄光のために...それが私たちが新しく始めなければならない、いつも記憶しなければならない信仰生活です。
▲霊的な目-このような時、私たちの霊的な目が開きます。何が開くのでしょうか。
(1)感謝(より大きいこと準備)
▲感謝します。どの程感謝でしょうか。少しのことも感謝。難しいことも感謝。損しても感謝します。なぜかでしょうか。その後にはものすごい神様の栄光、神様の祝福があるからです。神様は私たちより、もっと大きいものを準備されているのです。皆さん自身が皆さんを愛するより、神様がはるかに愛しておられます。これが見えるようになります。
(2)必要-時代
▲そして何でしょう。それからは、重要なことが見え始めます。神様が私のような人間も必要で呼ばれたとのことが見えます。こうしてこそ、物事がなるのではないでしょうか。
▲こうすれば、時代が見られます。たいしたものではないのですが、少し目を開いて見れば、私が幼い時から教会に通ったのではないでしょうか。だめなことだけ教会にみな集めたようです。最もやさしい伝道を最も難しいと思っています。こういう人を長老にさせて、勧士にさせて、牧師にさせて、宣教師までさせるから難しくならざるをえません。最も必要なことをしなくて。そして、伝道も重職者を立てて弟子を集めなさいという話を聞き取れなくて、それをしないではだめになっています。宣教師に特講するつもりですが、宣教師は3つのことをしなくてはいけないのではなく、絶対にしなくてはだめになります。ですから必要なことを見られないのです。霊的な目が暗くなってしまっては、だめになるだけになります。私が教会を何箇所か経験したのですが、行ってみれば少し若かった時に勧士をさせるべきでみな老いて、言葉の発音もだめな人をさせておいて..基準がないから、それしか仕方がないのですが、伝道することができて、地教会ができる立派な人を長老で立てるべきなのに、みな引退した人々、老人ホームに行く人々だけを呼んでおいて...私のように足りない人が見ても、だめなようにだけしていました。
▲ですから、レムナントが、ア、これが福音だな!これが祈りだな!知って出て行かなければならないのではないでしょうか。そして、神様の働き、これが伝道だね!こういうことを知って、レムナントが出て行ってこそ、なるのではないでしょうか。それがRUTCをしようということです。それを知って神学校を卒業しなければならないのです。全く知らないのに卒業させるのは、泳ぎもできないのに、魚を捕りに送りだすことです。そうするうちに、海外まで出て行くのは泳ぎも打てないのに、対馬まで行くことでしょう。こういう式になりますよ。難しいことではないのですが。
(3)大きいうつわ
▲神様が皆さんを見て、なぜそう言われるのか知っていますか。あなたの口を大きく開けよ。わたしがそれを満たそう。この言葉が何なのかご存知でしょうか。神様が私たちの口を広く開いたところ、満たして下さるということですか。そうではないでしょう。あまりにもうつわが狭いから広げなさい。あまりにも奥まっていることだけ思うから、広げろという話ではないでしょうか。あまりにもユダヤ人が我を張っているから、あなたの口を開きなさい。世界福音化しなければならないのに、選民思想になっているから、あなたの目を開きなさい。そうすれば、わたしがそれを満たそう。
▲皆さんが今は必ず記憶しなければなりません。こうすれば、無尽蔵な答え、平安、みわざがずっと起きます。今日、皆さんに最高の祝福の日になることをイエスに御名で祈ります。お祈りします。
(祈り)
神様に感謝します。私たちに真の恵みを与えて下さい。神様の愛を与えて下さい。神様が与えられる力を受けるようにさせて下さい。イエス・キリストのお名前によってお祈りします。アーメン
(The end)