2008年2月23日伝道学校講師団
レムナント伝道学(121)-レムナントたちの間違った質問 (イザヤ40:27-31)
☆☆☆要約資料☆☆☆ 1.Remnantの質問 (1) 信仰生活 (2) 学業生活 (3) 家庭生活 2.Remnantの質問の間違った部分 (1) 未信者のような質問 (2) 自分の立場とレベルの基準 (3) 現実の時刻表のレベル 3.7人のRemnantの質問 (1) 神様の必要性 (理由) (2) 神様の計画 (みこころ) (3) 神様の時代的な要請 4.間違って質問するイスラエルについての神様の質問 (1) 創3:1−20 (2) 創4:1−20 (3) イザヤ40:27−31 (The end) ☆☆☆録音資料☆☆☆ →序論 ▲イザヤ40:27-31節です。このように私たちの信徒、特にレムナントが引続き違った質問をするのです。間違った質問をしてしまえば、間違った答が来ます。間違った質問をすれば、正解が来ないだけでなく、ずっと混乱するようになります。私たちは間違った質問ではないのに、どうしてと反問するかもしれません。 1.レムナントの質問 (1)信仰生活-一致 ▲おもに私たちのレムナントは、信仰生活に関する質問をして悩みを話します。 (2)学業生活-葛藤 ▲おもに学業生活に関すること (3)家庭生活-親、経済 ▲その次に、レムナントがおもによくしたのが家庭生活です。 ▲この3つの質問は、当然ですが、おもに信仰生活で何の質問をよくしたかというと、神様のみことばは聞くのに、自分とよく一致しないと言いました。この問題を一番たくさん話しました。学業生活の中でも、勉強が良くできない、苦労するという学生もいますが、一番たくさん話したのが、学業生活して、訓練を受けると、また一致しないということでした。それで、一致にしないというよりは葛藤があるのです。訓練が多くあるのに、みな受けようとしたら、勉強をいつするのですか。実際に勉強をしてみたら、勉強がとても発展することもなく、信仰生活も良くならないと言いました。こういうものが一番多かったのです。その次に、家庭生活に対しては親との葛藤を話たくさん言いました。おもに家族の話です。そして、かなり多くのことが、経済、親が難しいから、影響を受けることになるということです。 ▲これは、正しい質問ですが、なぜ間違った質問と言うのでしょうか。どの部分が違っているのでしょうか。レムナントが必ず記憶しなければならない部分です。 2レムナントの質問の間違った部分 ▲正しい言葉なのですが、レムナントが全部、質問を見れば- (1)未信者的な質問→ 神様が共に ▲未信者のような質問をするのです。確かに神様が共におられると言われたのに、それなしにそのまま考えているのです。 (2)自分の立場とレベルの基準→ 神様の力 ▲そして、全部、自分の立場であるから、自分の基準でしばしば質問をするのです。 (3)現実の時刻表のレベル→ 未来 ▲そして、現実がみな難しいから、ほとんどみなが現実のレベルだけで話します。 ▲そのような部分で、間違った質問というのです。それで、こういう少しの質問をするのですが、祈りの答えは大きく変わります。それでは、七人のレムナントは、どのように質問したのでしょうか。 3.7人のレムナントの質問 (1)神様の必要性(理由) ▲七人のレムナントは、いつでも状況は同じようでした。ある面では、1番よりさらに良くない場合が多かったのです。ところで、レムナントがそこに理由を捜し出したのです。この時、神様が何を必要とされるのか。これを捜し出せば、その時から答えは大きく変わります。私たちのレムナントが困難にあっても、ヨセフほどではないのに、ヨセフはそこで神様が何を必要とされるのかを捜し出したのです。 (2)神様の計画(みこころ) ▲もう一歩進んで、神様のみこころ、神様の計画を捜し出しました。ここに神様のみこころがあって計画があるのです。未信者も成功した人々は1番で気をおとさないで、何か捜し出しました。私たちのレムナントは、神様の子どもなのに、未信者と同じ質問を度々するのです。 (3)神様の時代要請 ▲レムナント7人は、この二つ質問(前の(1)、(2)番)で終わらせたのではなく、神様がこの時代に何を希望されるのか、ここまで大きく質問をしたのです。 ▲神様はもう全てのものを準備しておられるのにもかかわらず、私たちは度々2番の基準で見るのです。1番の部分が違っているということではありません。家庭が難しくて、親が難しいのに、それをどのように正しいと言うのでしょうか。私が教会に行ってメッセージを聞いても、信仰生活が良くならないのに、それを正しいと言えるでしょうか。実際に、学業が難しいのに、私が難しくないと言えるのでしょうか。紙一重の差で、私たちがこのように...無理に私たちが正しいと言えば、それはさらに違ったのです。勉強もよくしないのに、大丈夫だ! こういう式ですれば、まただめです。そのまま家庭を軽視しながら、家庭は大丈夫だ!このようにしなさいということではありません。 ▲それで、今からレムナントはこのように質問をしなければならないのです。確かに神様が私とともにおられます。それでは、そのような次元で見なければならないのです。そして、必ず私の基準で考えもしなければならないのですが、神様の力は確かに私と違います。さらに重要なのは、私が現実よりさらに重要なのが未来です。このように見なさいということです。このように見てこそ正しい質問であって、2番の基準で見れば、間違った質問です。それで、レムナントが現実を見間違ったのではありません。現実を見間違ったのではないのですが、普通2番のように質問をするのです。私たちはそのように質問せずに、神様が私とともに、神様の力、未来を基準にして質問しなければならないのです。それでは1番の部分が全部、機会にできます。全部チャンスにできるのです。それで、私たちのレムナントは、気をおとさずに、むしろ何か捜し出さなければならないのです。 ▲それで、レムナント7人の中で私たちが一番たくさん話しているのがヨセフ、ダビデ...こういう人物を見れば、神様が私とともに、神様の力、未来という基準で答えをみな捜し出しました。1番はじっとしていればみな過ぎ去ることなのに、そのまま過ぎ去ったのではなく、神様が私とともに、神様の力、未来という信仰で神様の必要を捜し出したのです。これがまさに成功の道になるのです。レムナントは、今、答えを受けなくても、神様は未来をさらに重くご覧になります。こうしてみるならば、神様の計画を見るようになるから、起きる全てのものの中で神様のみこころを捜し出すようになるのです。このように変わってしまいます。そうするならば、すばらしいものを見るようになります。時代的要請です。これをビジョンと言います。神様が一時代に私にこれをしろとおっしゃるんだな! これを見るようになります。他の見方をすれば、私たちがまるで空想のように思えるでしょうが、このように始まる時、すばらしい開始に変わってしまうのです。 ▲むしろ神様がこのように質問しておられるのです。 4.質問を間違うイスラエルに対する神様の質問 ▲今、神様が何と質問されたのでしょうか。 (1)創世記3:1-20、神様がアダムに何と質問されたのでしょうか。アダム、どこにいるのか。神様が知らなくて尋ねられるのでしょうか。アダム、どこにいるのか。 (2)創世記4:1-20、殺人事件を起こしたカインに尋ねられるでしょう。あなたの弟はどこにいますか。神様の質問です。弟が死んだのを神様がご存知ないのでしょうか。それを質問されたのです。 (3)イザヤ40:27-31、そしてイスラエルが気落ちしていた、神様が何と質問されたのでしょうか。あなたは知らないのか。あなたはが今まで、まだ知らなくて、聞いていないのか。このように質問されました。あなたは知らないのか。聞いていないのか。何をでしょうか。今、あなたがいる、その瞬間ではなく、永遠な神様を聞けなかったのか。今、あなたは難しく生きているけれど、地の果てまで創造された神様を知らないのか。神様は疲れることなく、たゆむことなく、その英知は測り知れないのを知らないのですか。それと共に言われるのが、主を待ち望む者は新しく力を得る。 ▲2番、3番だけしてはいけないのです。2番、3番だけしていれば、他の人が見る時は空想するように見られます。2番、3番だけ継続していけば、信仰は正しいのに、自分自身も揺れる時があります。1番の現実を違うように見なければならないのです。3番の契約を捕まえてレムナントが今日を新しくしなければならないのです。それで、むしろ1番で成功をしなければなりません。とても小さい成功でも1番で成功をしてしまってこそ、その後から変わります。それで、レムナント7人の特徴を見れば、全部、今日に成功しました。奴隷に行って成功して、羊飼いをしながら成功して、また幼いサムエルのような場合は、家を出て、神殿にいたのですが、そこで成功して...ですから、今日を見違えれば1番のようになるのですが、よく見れば全部成功の道になるのです。それで、少しだけ待ってもかまわないのに、私たちのレムナントは、未来がたくさんあるから今日のことは問題ではありません。ここで重要な答えを捜し出してしまえば、すばらしい答えの門が開かれるようになります。 ▲個人の話をするので、ちょっと申し訳ないのですが、釜山で幼い学生がいるのですが、中学校に入りました。お父さんがちょっと私が見る時は、おかしなお父さんのようで、この子が生まれたら、出てどこかへ行ってしまったのです。私が見る時は、間違っているかもしれないのですが、お母さんもちょっと変でした。それで、この子をどこにでも預けておいて、どこかへ行ってしまい...この子が、ここにも行って、おばあさんの家にも行って、変な所に行って...十分に気をおとせるでしょう。気落ち程度ではなくて、その程度になれば何もかもだめしょう。ところが、この子は、小学生の時、福音を受けたのです。ちょうどタラッパンする教会、私たちの教会に出てくるようになったのですが、正確に福音を聞くようになったのです。その時から、この子が契約を捕まえて祈ったのです。ところで、直ちに答えは来ないでしょう。自分が祈ってみても、直ちにお母さん、お父さんが変わることでもなくて、そのままです。それで、私たちの教会で少しばかり助けてあげたり、勇気も与えたり、大きく手助けしたことはないのに本人が祈って勉強したのでした。ところで、勉強が良くできました。もし、そこで崩れたならば永遠にほろびたのに、そこで崩れないで立ち上がったのです。それで、難しい中学校も卒業して高等学校も卒業しました。その間に、どれくらい難しかったのか分かりません。普通、言い訳しようとすれば10回もさらに倒れるところでした。それで本人もそのように話したのですが、誰が見ても、この子は福音を持っているんだな! と分かるほどでした。姿も正しく育ったのです。揺れることもせず...それで、ソウルに来て、ソウルで芸術学校に入りまいた。その子がチョン・ジンウクです。その子供が芸術学校に入った時は難しくて、私たちが手助けしていたのですが、一度だけ私に相談をしました。点数はソウル大学に入る点があったのですが、ソウル大学に行くのが良いのか、芸術大学に行くのが良いのか、どこへ行くのが良いのか私に尋ねたのです。それで、あなたはどう思うかと尋ねました。あなたが、これからずっと音楽をしそうだったから芸術大学がより良いのではないかと言ったところ、自分もそのように思うと言いました。それで、芸術総合学校に入ったのです。学校に入って勉強する中に、学業の点数がその学校ができてから最高で卒業しました。入る時は首席ではなかったのですが、入ってから、それだけがんばったのです。その子が作った音楽が、今回、ミュージカル(契約の余情)の曲をほとんどみな作りました。そのような学校で、音楽教授ならば、音楽にも優れた方ではないでしょうか。ジンウクが作曲しておいて教授に見せたら、教授が特別手を付けることがないと言われたのでした。それで、私たちのレムナントがそれでミュージカルをしました。ところで、曲をどれだけよく作ったかというと、専門家たちが音楽は最高のレベルだと言いました。それで、私たちのタラッパンメンバーがたくさん参加するのですが、それをするから専門家たちがたくさん来ます。米国ブロードウェーに行ってレ・ミゼラブルだけ10回、見た人も来ました。そのように音楽、ミュージカルが好きな人もいます。そこにだけ十回、行ってみたので、この人がどれくらい立派な人でしょうか。それと共にその人が音楽評論をする人です。その人が評価をしました。この音楽はブロードウェーのレベルだと言ったのです。そのような曲を作り出しました。私が、目覚めよ、レムナント...という作詞をして与えたところ、チョン・ジンウクが曲を書きました。今、現在、指揮するイ・テウン執事の場合は、本来オーケストラの指揮者です。その人は、蔚山(ウルサン)で指揮をします。それをしようとするなら、誰もができるのではありません。すべての楽器とか皆知って、動かせる音楽の実力がなければならないのです。ところで、その人が私を見て話しました。牧師先生、人々が目覚めよ、レムナントを知らずにむやみに歌うのでうが、あの曲は、ものすごく大曲だと言いました。あれを、もしオーケストラにして正しく歌えば、すばらしい曲になると言ったのです。それで、今は何をしているかと尋ねたところ、普通の人は数年かかるのに、3ケ月間でその歌をオーケストラできるように編曲をしているということでした。私が見る時は、これから貴重に用いられる、そのようなレムナントになると思います。釜山で最悪の条件にいたのに、福音が一つあって、信仰あるからそうなるのです。それで私がメッセージで出せば、必ず私たちの秘書に悪口を言う電話がきます。その子のお母さんが電話をして、なぜ牧師先生は私の悪口を言うのかと...私が親は必要ないと言うから...これも聞けば、また電話して悪口を言うでしょう。それでも、レムナントは全く揺れることはありません。 ▲皆さんがよく見つめて、正確な答えをよく捜し出さなければなりません。それで、レムナントが時代がくるので、準備するレムナントになることをイエスの御名でお祈りします。祈ります。 (祈り) 神様に感謝します。私たちのレムナントに、正確で霊的な力を与えてください。福音的であり、事実的な目を開いて下さい。確実な信仰を与えてくださって、世界を征服することができるように、レムナントに力を与えて下さることを信じます。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン (The end) |