2005年10月16日インマヌエル教会聖日礼拝メッセージ
1部/ザアカイの信仰
(ルカ19:1〜10)
・地震や事故、こういうもので地球は多くの困難にあっています。聖書はそのようになると預言しています。私たちが家族、友人、教会で、話があまり通じないと苦しくなるでしょう。誰にでもあることです。私は今回、自分の生涯で先週が最も苦しい思いをしました。頭が痛くなるほど苦しかったのです。どんなことがあったのかと尋ねたいでしょう。私が先週に平壌(ピョンヤン)に行ってきました。行った目的は、平壌(ピョンヤン)で子どもたちがとても飢えているから、それをちょっと手助けしようと行ってきたのです。ひとまずラーメン百万個を持っていきました。そして、レムナント運動が必要なので、ちょっと見てきたのです。平壌(ピョンヤン)というのは、北朝鮮の最高の都市です。空港におりたら、空港が昔の大邱(テグ)空港の半分ぐらいでした。道を行きながら見たら、韓国の60年代の状況でした。道の人々を見たら、カバンを持っている人は殆どいなくて、荷物を背負って歩く人が大部分でした。 ・聞いていただけだったので、実際に見て、多くの衝撃を受けました。そこで、身分の高い人に会ったところ、その方がこういう話をしました。'今晩に平壌(ピョンヤン)でする公演を見れば、私たち北側をみな理解できるでしょう。'それで、そこに出席をしたのです。外では食べ物もないのに、15万人が座るミュージッカルホールでした。音響、照明装備、そのような最高の一流でした。学生が2万人でカードセクションをしたのですが、カードセクションを持って2時間、ずっと絵を描くのに、どれくらい上手だったでしょう。舞台に10万人が立って公演をすることができるのです。それで、ここに何人が動員されているのかと尋ねたところ、年間10〜12万人程度が動員されると言いました。10万人が舞台で公演をするから、そのスケールはどれほどでしょうか? それで、その公演を静かに見ていたのです。公演内容が何か?というと、難しい時期に星が現れる。その星は金日成主席だ。その人に対する業績を全部、賛美するのでした。それと共に、21Cを迎えながら、聖軍、強い軍隊を作る。それで10万人が出てきて銃剣術をしました。 ・簡単に話せば韓国を殺すということでした。それでその部分だけはそのようにするなという上から指示をしたようでした。韓国からたくさんやってくるからということです。10万人が軍服を着て銃剣術をするのは、本当にすごかったのです。その後に楽園を成し遂げるということでした。ただ、それのために生きるのです。いくらお腹がすいていても、それのために生きるのです。普通の問題ではありません。いくら貧しくても、それのために生きるのです。静かに見ながら、これは本当に普通の問題ではないという気がしました。他はみな廃虚なっても、ただそれだけをするのです。学生たちがどれくらい練習をよくしたのか、とてもとても上手にしていました。だから見る人がとても胸が苦しくなるほど上手にしていました。 ・そして金日成主席が生まれた生家に行ってみました。そこは、万景台です。1万種類の景色を見るという意味の万景台なのに景色は本当に良かったのです。入口に何か書いていたのですが、'万景台の精神で精神を継承して、祖国統一する。'すべての建物ごとにみな付けてありました。平壌(ピョンヤン)市内一箇所ももれずに、建物ごとに,'偉大な主席、金日成の父は、永遠に私たちとともに生きておられる。'それを見ながら、'金大中(キム・デジュン)大統領は本当に良くしたのだなあ。'という気がしました。これを手助けしなければ、この人たちは戦争しかすることがありません。それが骨に凍みるほど実感できました。他に応用する必要がなく、ただそれしかなかったのです。すべての部屋ごとに金日成、金正日の2人の写真を貼ってありました。すべての建物、すべての部屋ごとに。ですから、すべての通りにみな付けてあったのです。ところで、問題は韓国から学校の先生や公務員たちがたくさん参加していたのです。この方たちが涙を流しながら拍手したのです。私は今週は、頭が痛くて死にそうに思いました。何か話をすれば、私たちをおかしな目で見つめたのでした。 ・なぜなら、私たちが行く時から、問題が少しあったのです。中国、北朝鮮では私について良く知っています。調査をして、偉い人が見て、なぜこの人が来るかということで、一度、延期される程、論議されたのです。ひとまず今回は、キム・ドンゴン牧師とチョン・ウンジュ牧師と一緒に行ったのですが、私たちはお互いに話をするのも用心して、話さないでと取り締まっていました。私があまりにも苦しくて話したら、チョン・ウンジュ牧師が私を刺しながら'話さないで下さい'と言ったりしました。そうしておいて、自分はいつも失敗するので、私が祈ったりしていました。だから、私たちがとてもストレスを受けて頭が痛いほどでした。帰ってくる日の夜に私たちが会議をしました。それで、私たちは会議をしにきたから、他の人と一緒に動くことができないから、明日、空港まで行ける車を準備してくださいと言ったのです。どれだけ難しいのかと言うと、その車を準備しようとすれば、上部まで報告をしなければなりません。私はそれを知らなかったのです。それで、夜通し相談していました。想像を超越することでした。私たちが百万個のラーメンをあげて、これからまた手助けすると言うので、良い人だということは分かるのに、それを準備する車がないのです。それで下手すると、家に帰って来られないから、その翌日の夜明けに起きて、その人々と一緒にバスに乗ったのです。バスに乗って行こうとしたら1分前にきました。その時、おりなさいと言われたのです。そして、会議して最後にサインをして車に乗って帰ってきました。 ・ところで、私はそれのためにストレス受けたのではありません。私はそこに行った韓国の学校の先生に尋ねたいのです。本当にその方たちが立派な方だとしても、それではその方たち体制で統一すべきでしょうか?私はそれを尋ねたいのです。その方たちの亡くなった人の考えで統一されなければならないのでしょうか?私はそこに対する理解できなくて、熱が出て、何日間、薬を買って飲むほどでした。それで、北朝鮮の女性が出てきて、特有の声で'この家は父である主席が…'といいながら話すので、それを見て泣く人もいました。とうてい理解できなかったのです。誰か私をちょっと理解させて欲しいのです。とうてい理解できません。韓国の教授が2年前にした話が、万景台精神を継承して南北統一しようと言いました。その方がまた今回は北朝鮮が攻め込んだのではなく、韓国が攻め込んでマッカーサーが間違ったと言いました。今回、北朝鮮に行っている間に新聞では、長官がその方を拘束しないでくれと言ったということです。これで今週は、あれこれ考えてみるとストレスがいっぱいありました。本当にあきれた事です。 ・それで本当に私が強く契約を捕まえたのです。私たちのレムナントを共同体訓練場に連れてきて再教育をさせなければ大変なことが起きます。皆がそうではないのですが、学校の先生に子どもたちを任せたら、大変なことになります。今日、私たちはイスラエルの国に現れたキリストと、ザアカイが受けた祝福を考えながら、私たちはいくつかのことを必ず契約で捕まえなければなりません。私たちがどんな契約を捕まえてこそ、世界に押し寄せている災難を避けられるのでしょうか? 皆さんにやってくる個人的な災いと困難をどのように避けられるのでしょうか? 今日の本文で少なくとも3つのことを発見しなければなりません。今、イスラエルが処した状況と、ザアカイの個人の立場と、キリストとの出会いを先に悟らなければなりません。それで、私たちすべての聖徒と大韓民国民と全世界の人々が何から悟るべきでしょうか? ・正しい霊的知識がなければなりません。これが最初です。皆さんが祈りの答えを受けようとするなら、正しい霊的知識がなければなりません。ホセア4:6を見ると 'わたしの民は知識がなくてほろびる。'と告げられています。皆さんは本当にこの正しい知識を持ってこそ、祈りの答えを受けるのです。勉強をよくして博士、修士をとることも重要ですが、私たちが正しい基本知識を持っていてこそ、祈りの答えを受けるのです。このイスラエルは、どんな思想を持っているのでしょうか? 選民思想です。これが問題です。どうしてイスラエルが選民なのでしょうか? 救いが始まった、契約が始まった国ということは正しいのですが、選民ではありません。今でも全く同じです。どうして北朝鮮が主体国家なのでしょうか? どうして米国が覇権国家なのでしょうか? 全く同じではないでしょうか? この当時には、ローマ、バビロンは覇権思想をもって国を自分たちのものにしようとしていました。イスラエル民族は、他のものはみな必要なくて、選民思想をもっていたのです。ですから、ほろびることで、戦争するしかありません。このように霊的知識から間違っていたのです。 ・神様は私たちの大韓民国だけ救われるのではなく、すべての国の人々を弟子としなさいとおっしゃいました。一度もイスラエル、あなたたちだけ救われて、他の人は救われないと聖書に話されたことはありません。一度も神様がエジプトに覇権国家だとおっしゃったことはなく、ローマに覇権国家と話されたことはありません。皆さん、まず最初に悟らなければならない知識が、全世界は一つの家族だということです。全部、アダムの子孫です。この考えから違うから問題は続くのです。本当にびっくりすることです。ひょっとして、その教育を受けた大学生がここにいるならば私の話が理解できないこともあります。簡単に話せば主体思想です。私たちの大学生が、好きな思想が主体思想です。もちろん韓国がよくできないことも多いのです。主体思想とは何でしょうか? 私たちの力で行うということではないでしょうか? 本当に良い言葉です。その言葉は、他の国はほろびなければならず、必要ではないという言葉とは違う言葉です。 ・ですから、北朝鮮で多く使う言葉が'自主'です。自主ということは、他の人に話す必要もなく、自分の力を育てればよく行えるということです。ご飯も食べられないのに何の自主なのでしょうか? 私たちが昔に日本に侵略されたのも、力がなくてやられたのです。私たちが正しい力だけ持っているならば、私たちが自主でしようという、こうした話はしなくても済みます。たとえば、他人の車に乗って通う人が、心の底から私も自分の車を買うべきだとするのは正当な考えです。度々、他人の車に乗って通いながら、気分が悪くて、私も独立するべきだ、こういう人は足りない人です。他の見方をすれば精神病者です。今はどんな世代でしょうか。グローバル時代です。その中で自分の国があります。グローバルを成し遂げる時代の中で、米国や韓国、そういうことです。救われた人々は、一つのからだで、その中で私の個人であるということです。こういうものから違っています。40年後に、完全にほろびたイスラエルです。それを知らずにいるのです。皆さんおわかりの通り、40年後、AD70年にイスラエルがほろびて、千数年間、国をなくしました。それを知らないのが無知です。ですから霊的知識からあってこそ、答えを受けるのです。 ・ザアカイを見ましょう。衣食住だけがあって、家があって服も不自由なければ良いと思ったのです。今日の本文に見ると、どれくらいお金をかき集めたのか、金持ちになりました。それも他人の目に血の涙が出るようにさせて、人をくやしくさせて、取税人の中でも長でした。今はそうでないのですが、当時、取税人はローマの下に属している、やくざでした。お金だけあれば生きられると思っていたのです。このように普通は、錯覚をしています。それだけではありません。地球上に起きる霊的問題が何か、とうてい知らずにいたのです。皆さん、これから悟るようになるように願います。皆さんの家庭、会社、家に入ってくる暗闇の力を全く知らないから、キリストが来られても知らないのです。すべての宗教は同じでしょうか? 同じです。しかし一つは違います。この暗闇とサタンの勢力をうち砕くために神様はキリストを送られると約束されたのです。それ悟るのが真の知識です。 ・考えてみてください。私が赤信号がついていれば行ってはいけないので、行けば死ぬではないでしょうか?しかし、私が知らなかったというのは、話にならないことです。そのように、行ったら死んでしまうのに、赤信号がつけば行ってはならないのです。待って青になってから、行くべきなのです。それが真の知識です。私がいくら知っていることが多くても、赤信号で行けば、行くときに死ぬのです。それで、聖書でわたしの民は知識がなくてほろびると言われたのです。その知識は、学校の勉強を言うのではなく、霊的知識がなくてほろびるのです。皆さん必ず今日、この目が開く祝福を受けるように願います。この霊的知識の目が開かれれば、戦うこともありません。日本、韓国、戦うこともありません。韓国、北朝鮮、戦うこともありません。思想で統一するのではなく、そのまま統一するのです。どれくらいこの地球上に問題がたくさん起きるでしょうか? 霊的知識がないためです。イスラエルが滅びているのに、キリストがきても知らないのです。 ・今日、皆さん短い時間ですが、皆さんの子孫にまで神様の祝福を受ける時間になるように願います。なぜそのように発展した国、米国のようなところの人々が、そのようにたくさん死んで、事故がしばしば起きて、あちこちに問題が起きるのでしょうか? なぜよりによって偶像崇拝をよくする所にだけ問題が来るのでしょうか? 悟らなければなりません。何年か前に日本で大地震がありました。起きたところがどこでしょうか? その地域に漢字で見れば神の家(神戸)です。悪霊の家です。そこでどれほど多くの人が死んだでしょうか? 日本の宣教師が話すのでは、地震の後にそれから聖日に教会にたくさんきたということです。世界最高の偶像国家に、津波や地震が起きるのでしょうか? 皆さんタイを行ってみたことがあるでしょう。どれだけ偶像国家でしょうか? 市内に出て行って一回りだけぐるっと見回せば、少なくとも寺がいくつかはあります。そのような程度ではありません。その家の息子の中で僧侶になれば、その村でとても光栄な家になります。その程度です。 ・どうして地震がおきて何千人も死んで、死体も探せないのでしょう。今回は、何万名が死んでしまい、死体も探せないのに、そちら側は全部イスラム圏です。どうして、そのようなことが度々行われるのでしょうか? なぜそんなに正確で良く暮らす日本に精神病者はそんなに多いのでしょうか? 世界で一番発展した国、米国には何のためにそんなに麻薬患者が多いのでしょうか? ヨーロッパの人々は、そんなに良く暮らして、賢いのに、何のために自殺者がそんなに多くて、離婚はそのようによくするのでしょうか。このレムナント運動は、単なる運動ではありません。命をかけた運動です。レムナントが麻薬に溺れ死ぬのです。わたしの民が霊的知識がなくて死ぬという言葉です。今日、皆さんが祈りの答えを受ける条件は簡単です。霊的な知識がなければならないのです。なぜ聖書には偶像崇拝してはならないと言われるのでしょうか? 悪霊にやられるから、してはならないと言われるのです。なぜ聖書にだけ占い師を訪ねて行ってはならないと言われているのでしょうか? サタンにだまされるから、してはならないということです。皆知っていて当てて、だますのです。事業をする人々は、事業の門を開いても、ほろびるようにするのです。それがサタンの特技です。目に見えないでしょう。だから、この知識からなければなりません。皆さんが今日、本当に祝福の時間になるように願います。 ・二番目です。今日の本文、9節に見ると'イエスは、彼に言われた。「きょう、救いがこの家に来ました。この人もアブラハムの子なのですから。'真の救いを得なさいという言葉です。皆さんが真の福音だけ悟ってしまえば良いのです。今日見ると、この人が'私が本当にイエスを信じて救われなければならない。'そのような心とは違うようです。偶然な機会です。今日の本文によればそうです。偶然に、イエス様が過ぎ去るという話を聞きました。しかし、この人はそれほど飢え渇くことも、こういうものがなかったのです。イエス様が過ぎ去ると言われたので、人々がたくさん集まっていました。ですから、飢え渇いた心で、こういうものよりは、この人が背が低かったのか、イエス様が見えなくて、そばの桑の木の上に上がってイエス様を見ていたのです。イエス様がそれを見て'ザアカイ。降りてきなさい。'と告げられたのでした。イエス様が貴重にご覧になったのです。'きょうは、あなたの家に泊まることにしてあるから。'それで、その当時のスターの中のスターだったイエス様が、自分の家に入ってこられるというから、とても喜んだのです。ところで、それが小さいことではなかったのです。その家に救いが臨んだのです。'あなたはアブラハムの子孫だ。'偶然な時間でした。皆さんはどうでしょうか。 ・皆さんは偶然にこの教会に出てきたのです。そうでなければ、偶然に友人に従って出ているのです。そうでなければ、特別なことはなかったのに、家族がこの教会に出てきたのです。そのように始まることもあります。しかし、重要なのは今日見ると、これが必然的な事件に変わったのです。今日、皆さんここに座って神様の子どもになって、始まる時は偶然だったでしょうが、今日、この時間これが必然的事件に変わってこそ、みわざが始まるのです。したことは桑の木の上に上がったことしかありません。それが神様の恵みです。私たちがしたことが何があるのでしょうか。車に乗ってここに来たこと以外、もっとあるでしょうか。私たちがしたのが何があるでしょうか。単に説教を聞いていることしかありません。 ・ザアカイがしたことは、あまりありません。これが神様の恵みです。しかし、さらに重要なのは、根本問題がすべて解決される神様の祝福が臨んだということです。今日、皆さん、私たちの学生たちも、すべての大人たちも、霊的な目が開いて、霊的な知識がなければなりません。それで、祈りの答えを受けられる重要な門が開かれるようになります。今日の本文にある、さらに重要なのは真の福音を悟らなければならないということです。真の救いを得たのです。妻について単にきたかもしれません。しかし、知ってみたら神様が私を神様の子どもとして呼ばれたのです。教会もきたくないのに、親についてきたかもしれません。ところが、これが神様の大きい祝福が臨む時間になった。それを悟らなければなりません。そうしてこそ、皆さんの家の霊的問題がすべて解決される神様のみわざが始まるでしょう。それなら、これより大きい祝福はありません。皆さんがキリストの福音を正しく知った後、皆さんの家の霊的問題がみな解決されるより大きい祝福がどこにあるのでしょうか。さらに重要なのは、皆さんが本当に福音を捕まえた時、皆さんは永遠にほろびないのです。これより大きい祝福がどこにあるのでしょうか。 ・私は人々を詳しく霊的問題を見ながら、私がとても大きい祝福を受けたといつも感じます。ある人は、大きく悪いこともないのに、家がどれくらい困難をたくさん受けているかわかりません。はなはだしきは、ある人はサタン、霊的問題に陥るのを見ながら、私がとても大きい祝福を受けたことを感じます。このようにザアカイが悟ったのです。今日、皆さんが霊的な知識を持って、真の福音を悟る貴重な祝福の時間になることを希望します。 ・三番目です。このザアカイがこういう話をしました。私の財産半分を売って救済をします。だまして取ったこと、奪ってきたことを思い出せば、訪ねて行って四倍にして返します。それはもちろん、イスラエルの法則でもあります。これが何の話なのでしょうか。ザアカイが救いの恵みを受けて見たら、そのような気がするのです。簡単に話せば何の話なのでしょうか。もう、いよいよ真の希望を捕まえるようになったということです。皆さん、とても重要です。私たちがどのようにすれば祈りの答えを受けるのでしょうか。私たちの家庭問題をどのようにすれば解決されるのでしょうか。私の個人問題をどのようにすれば解決されるのでしょうか。私たちの国家問題をどのようにすれば解決されるのでしょうか。各々のことを悟れなければなりません。まず最初に開かれなければならないのが何でしょうか。霊的な知識です。これで人々が崩れるんだな。それなら、ここに座った皆さんが二番目で悟らなければならないことが何でしょうか。真の救いです。そして、三番目に捕まえなければならないことが、このザアカイが真の希望を捕まえたのです。だから、真の力ができるのです。ここから出てくるのが正しい生活になります。このザアカイが今、財産を出したということが重要な話ではありません。もう真の希望を発見したのです。まちがいなくこの3つになられれば、答えがきます。 ・皆さん今日、楽しみを一度変えてみるように願います。皆さんが友人と遊ぶのは楽しいでしょう。それが必要ないという言葉ではありません。私たちが釣りをします。楽しいでしょう。ゴルフをする。楽しいでしょう。また、部屋に集まって友人とカード遊びをするのも楽しいでしょう。それが悪いという話ではありません。それだけで終わってはいけないのです。皆さんが何か、神様の前で、この救いの祝福を味わって、祈りの力を得て、みことばの力を得て、この楽しみも捜し出さなければなりません。これが一日、二日、一年が積もれば、すばらしいことが行われます。皆さんがこういう場合があります。私たちが何か問題があって解決にすれば、本当に安らかになる時があります。私が誤ったところに陥っていて、抜け出して、解決されれば、本当に安らかな時があるでしょう。それが、真の平安かもしれません。子どもたちが、泥棒と歩き回りながら盗みもしておもしろかったとします。子どもたちが他人のことを盗んで、食べて、お金もできて、おもしろいでしょう。ところで、不思議に片方ではずっと霊的問題がくるのです。私が盗みをしてはならない。私がこういうおかしなことしてはならない。このように決心して抜け出す時、真の平安ができます。それが真の平安です。盗みながら拾ってする時よりは、こういうものをしてはならないという時に来る平安が真の平安です。 ・皆さんの未来は、これと大きな関係があります。私たちには色々な楽しみがありえます。そして、私たちの家族と集まって、おいしい食事をすることもあります。それも楽しみでしょう。それが悪いということではありません。私たちが友人と旅行をします。それが楽しみです。それが違うということではありません。しかし、それで終わるから問題がくるのです。人間はそうではありません。本当にこれは神様のみこころだ。本当にこれは神様が願われるのだ。本当にこれは神様が命をかけてしろとおっしゃるのだ。私はこれからこれのために生きなければならない。この希望がなければならない。それがあってこそ、皆さんすべての病気もなくなって、後ほど勝利するようになるのです。皆さんが世の中的に通えば楽しいでしょう。しかし、ますます霊的問題がきて、私を押すということを分からなければなりません。初めには何でもないように見られるのですが、後ほどには鎖に縛られたようになります。 ・私が外国へ行ったら、ある人が絵を描いていました。本当によく描いてありました。学生が座って麻薬をしている絵でした。とても麻薬中毒になって、顔の肌がみななくて、からだもおかしくなっても麻薬をしています。その後に真っ黒な影で悪魔がこの学生を押しているのでした。本当によく表現した絵だと思いました。ザアカイを見てみましょう。単純に金を出して救済をしたということではありません。真の希望を捜し出したのです。私がもうこれのために生きるのです。今日、皆さんが私の話を普通に聞いてはいけません。聖書のみことばを与えるのに、イスラエル民族が普通に聞きました。ところで、ある日問題が徐々に準備されて突然にくるのです。キリストが来られたけれど、福音を受けないで、ある日、イスラエルに問題が来たのです。その日がまさにAD 70年頃でした。テトスという将軍がエルサレム神殿を奪還しました。皆さんが知っているように、イスラエル民族は23ヶ所国に散って、残忍な虐殺にあいました。このように問題がくるのです。神様がこの呪いの中でやられないようにということです。皆さんの子ども、皆さんの家族が、そのように虐殺されたら、どうなるでしょうか。それまでは、また良いとしましょう。皆さん自身がやられれば、どうなるでしょうか。そのような呪いの中に陥っていずに、神様が神様の祝福を受けなさいと言われるのです。こういう祝福がザアカイに偶然に臨んだのです。私が見る時、本当に幸運だったのです。これが祝福です。皆さんが、今、ここにそれほど大変でなく座っています。これを祝福だと思わなければなりません。いろいろな方法でここに座っているでしょう。私はたくさん見ました。 ・両手両足をみな失って、学校に来て証しする人を私は見ました。神様の祝福を全く知らずにさまよって、交通事故にあって両腕、両足だけ失ったのです。その時、私はこのように感じました。本当に私は幸いだ。私はあの人よりさらに多くさまよったが、私が腕も足も失わないでここに座っているので、どれくらい神様の前に感謝すべきことなのか。そんなに神様の恵み、祝福をずっと知らずにいて、ある日からだが病気になる人もいます。皆さんの中に医師もいるでしょうが、ガンはそんなに簡単な病気ではありません。これは治っても半分死ぬことで、ほとんど良くなることもありません。こういう苦しみがきたのです。その時になって、神様を探すので、どれくらい残念なことでしょうか。このザアカイは、とても恵みを受けた人です。偶然に過ぎ去ってイエス様に会ったのですが、本当に救いを受けたのです。正しい生活に変わったのです。本当に祝福された人生に変わったのです。皆さんがこの祝福を受けることを希望します。 ・ザアカイは、真の祝福を受けた人です。皆さんの家に霊的問題が多く来て福音を悟るよりは、今、悟るのが良いのです。皆さん自身に暗闇がとても押し寄せて、その時に主を探すことより、今、見出す方が良いでしょう。私たちの子どもたち、レムナントたちに霊的問題くる前に、私たちが彼らに教えるのが祝福です。どれくらい感謝すべきことなのでしょうか。このザアカイは、それほどしたことはありません。初めには好奇心を持っていたのです。しかし、イエス様が自分の家に入ってきて救いの祝福を与えられたのですが、これは恵みです。それで終わらなかったのです。この人の人生が変わったのです。本当に幸福を見つけたのです。言わば、本当の希望を見つけたのです。皆さんこれがどれくらい大きい祝福なのでしょうか。まさに今ザアカイが受けた祝福が、ここに座ったすべての方たちに臨まれなければならないのです。私は皆さんが大きい災難の中に陥って、福音をやっと悟る、そのような人にならないことを願います。皆さんが、とても解決できない苦難の中に深く陥って、その時に福音を探したら、どれくらい残念でしょうか。ここに19:10節にこういうみことばがあります。人の子は、失われた人を捜して救うために来たのです。皆さん、福音をよく分かると思うでしょうが、福音を本当に分かれば、皆さんが一年だけいても、すべての問題が解決されます。皆さんが福音を本当に分かってしまえば、皆さんが間違っても、神様が祝福して変化させられます。この福音を正しく知ってしまえば、私は全くだめなのに、神様が祝福して私を変化させられます。あるものは私の思いのままになりません。この福音を本当に悟ってしまえば、私の思いのままにならない部分に神様の祝福が来ているのです。 ・それで、私はこの福音を持って五つの祝福を話しました。福音を本当に悟れば、根源的な祝福を受けます。アブラハムに祝福の源になると言われました。イサクが泉の根源を得ました。だから、どれくらい大きい祝福でしょうか。レムナント訓練をなぜさせるのでしょうか。事実、レムナントは福音を悟っても、律法が何かわかりません。苦難が何かわかりません。そこにだまされないように、私たちが作ってやるのが訓練です。皆さん、福音を本当に悟りさえすれば、その次にくるのが代表的祝福です。代表的祝福が何でしょうか。皆さんが祝福を受けただけ、皆さんの家族が恵みを受けます。皆さん、今、ここに男の人たち、またお母さんたちもいます。皆さんが変になれば、目に見えない霊的問題は、皆さんの子どもに、あなたに来るより何倍も行くのです。 ・家庭で、両親に問題があれば、子どもには目に見えなく、サタンが傷をずっと刺すのです。皆さんが福音を悟ってしまえば、代表的な祝福を受けます。この時代がみな難しいから、皆さんが福音を本当に悟ってしまえば、時代的な祝福を受けます。皆さんが今日、悟りさえすればよいのです。悟りさえすれば、記念碑的な祝福、子孫が生かされるようになります。正確に話せば、皆さんは霊的問題を解決できません。福音を悟りさえすれば、神様が解決されます。それで誰も防ぐことができない不可抗力的な答えを受けるようになるのです。カルヴィンが話しました。神様の祝福と恵みは不可抗力的な恵みです。誰も防止できないのです。 ・皆さんが今、何をするのか考えなくても良いのです。福音だけ正しく悟れば良いのです。行く時、とても変にゴミだけ捨てないで行けば良いのです。教会で何をしなければならないのでしょうか。それほどすることはありません。なぜか福音だけ捕まえれば良いのです。ある面では、聖日に副教役者1人と青年何人かがひとまわりしてゴミを拾って行きましょう。私が必ずすべきでしょうか。少しすれば、清潔に解決されることではないでしょうか。ある面では、教会は自由でなければなりません。きてごみ箱がなければ、ゴミをちょっと捨てて、唾もちょっと吐いて、これが教会ですが、誰かがきて整理だけしておけば良いのです。それで、毎日悪口を言われても良いでしょうか。昔に私が伝道師だった時、教会が釜山(プサン)中央教会だったのですが、どれくらい汚らしいかわかりません。夜明けに行きました。それで他の人が見ていない間にしようと、夜明けに行って清掃をしました。事務員の机をあけてみたら、いろいろな物がありました。ストッキング、パンツ、なぜそんなことを持って来たのか分かりません。私が皆片付けました。それからきてみたら、清潔だったのです。自分同士で、きれいになった、誰が掃除をしたのかと言っていました。それで私が言いました。神様が天使を送ってしているようだと言ったのです。私たちがこの福音は持っているだけで良いのです。私がどれだけ大きなことをするか、そんなことは必要ありません。福音だけ悟っていれば、皆さんの霊的問題がみな解決されるようになっています。本当に福音を悟る祝福があることを希望します。今日、わたしがあなたの家に泊まることにしています。終わりです。 ・今回、平壌(ピョンヤン)に行って一つはすごいと感じました。舞台と音楽がすごかったのです。私はいつも考えているのですが、教会にくれば、音楽は必ず専門家がするのではありません。詩150篇を見れば、息のある者はみな主をほめたたえよとなっています。私はいつもその祈りをしているのですが、それがあまり通じません。聖日に礼拝をささげる時は、信徒が胸がわくわくしなければなりません。座っていて眠くなってはいけないのです。礼拝堂に座っていて、礼拝をささげれば、すぐに眠りを誘うのは、私たちの誤りです。 ・第一に説教者の誤りです。今回、音楽するイ・ジョンナムが牧師になりました。数人の力を合わせて構想をしてみましょう。教会に入ってくれば、音楽が生きなければなりません。教会は騒々しくするのではなくて、雄壮にラッパも吹いて、皆さんが座ってハーモニカも吹いて、何か礼拝をささげれば、生き返らなければならないのです。礼拝堂に人が入ってきてみたら、賛美の音、賛美の声が最高の芸術で、そこに気分がすっきりしなければなりません。それで、賛美をすれば、私の霊的問題が逃げるようにさせなければならないのです。そうなるはずなのに、本当にならないようです。前に私が釜山(プサン)にいた時、サキソフォンを吹く人が1人きました。私はその人を見て、その友人みな連れて来てと言いました。ずっときてしなさいと言ったのです。しかし、見たら、指揮者がその人を来られないようにしたのです。中世音楽だけが音楽ではありません。皆さんがしているクラシックが中世音楽です。私は中世音楽だけだと思いません。すべての楽器、すべての声、全てのものがみな合わされて、礼拝で賛美しなければなりません。礼拝をささげれば気分がすっきりしなければならないのです。 ・釜山(プサン)で長老と共にイ・テファ牧師の教会に行ってきました。そこ行ってきた話をしたと、釜山(プサン)老会で私を責めたのです。今、その教会は合同教団側に入ってきています。異端だと言われて、たくさん追い詰められたので、合同教団側に入ってきたのです。私はその時に聞いてみて驚いたのです。説教はみな明らかなわけですが、聖歌隊に驚いたのです。私たちがその時、長老と執事が一緒に行きました。礼拝が始まる時、音楽が出てきたのに、これが完全にすべてをひきつけたのです。私がわざわざ詳しく見ました。祈り時間に祈らずに、開いて見ていたのです。ドラムをずらっとならべて打つのに、教会全体が鳴ります。そして軍楽隊より優れたラッパがありました。これが聖歌隊の賛美の声と共に鳴り響くので、教会全体が礼拝するのに、人が感情でだけするのではないのですが、何か胸に迫ってきたのです。 ・今回、平壌(ピョンヤン)に行ったところ、十万人が大声で叫ぶのに、普通の人はだまされてしまうほどでした。礼拝を回復して、私たちのレムナントを教えなければなりません。正しい霊的な目を開いてやらなければなりません。皆さんこの契約だけ捕まえれば、まちがいなく皆さんは勝利するようになっています。ザアカイが受けた祝福が、皆さんの家に臨むことをイエスの御名でお祈りします。 <<契約の祈り>> 神様に感謝します。ザアカイに臨んだ祝福がすべての聖徒に臨むようにして下さい。すべての聖徒の家庭、事業に働いて下さい。真の救いと真の希望が開始するようにして下さい。生きておられる主イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン |