201400309 インマヌエル教会聖日2部


堅くすること
(Ⅱテサロニケ2:13-17)

序論
 今日は堅くすることです。この御言葉をお願いしたでしょう。17節に「あらゆる良いわざとことばとに進むよう、あなたがたの心を慰め、強めてくださいますように」。15節に「そこで、兄弟たち。堅く立って、私たちのことば、または手紙によって教えられた言い伝えを守りなさい」とあります。
使徒2:42 御言葉、交わり、福音、祈り
皆さんが主日この使徒2:42の御言葉を握って1週間、どういった結果が出てくるか見てください。主日、御言葉の中に深く入っていくことです。そして、祈りに専念したと言うのは御言葉と祈りに専念したということです。では、この間に人がいます。この間に仕事があったりします。ここで主に失敗をします。御言葉と祈りの中に入っていくと、明日からの1週間に必ず証拠が来るでしょう。ところが、私が2つゆえに逃すようになります。なにゆえでしょうか、人ゆえに、仕事ゆえにです。信仰生活を長くした人ほど、ここで過ちを犯しやすいです。信仰生活をうまくするというのは、御言葉と祈りの中に深く入りながらも、人と言うのはいろいろな種類の方がいらっしゃるではないですか。ところが、人を見ると、誤った人を見るときに試みにあってしまいます、そこに相当なものが含まれています。‘交わり’です。交わりをするというのは良く付き合うという意味もあるでしょうが、そうではなくて通じると言うことでしょう。通じると言うのは、話が通じると言うこともありますが、神様の御心が通じると言うことです。ヨセフとポティファルの妻が話が通じたということではありません。ポティファルの妻を見てヨセフが神様と通じました。監獄が安らかだったということではありません。そこにいる人たちを見て、神様と通じました。‘交わりをし’。多くの仕事をしながら多くのことを誤解したり、また試みにあったりもします。ですけれども、その中で福音を正しく悟るようになることがもっと重要です。そうでしょう。使徒2:42で‘パンを裂き’と言いました。この4つ(御言葉、交わり、福音、祈り)が主日を味わう祈りです。私が人をとおしてちょっとよくない話を聞きました。そうかもしれないし、違うかもしれません。それよりももっと重要なことは何でしょうか。そのことをおいて神様が私に「祈りなさい」と言うサインです。合っているか、間違っているか関係ありません。祈りと言うサインをくださったということは答えを受けると言うことです。答えを受ける理由があるということは、またその次の理由になるということです。聖霊の導きを受けるようになるということでしょう。私が教会の仕事をしながらも、福音を味わうポイントを合わせることができなければ、相当な損をこうむります。ですから、‘パンを裂き’。その‘パンを裂き’というのは福音と関係しているのですが、仕事とも関係しています。
定刻祈り―24時祈り 祈り―25時祈り
主日、皆さんがこのように何度か繰り返すと、何週か過ぎると癒しが起きるようになります。皆さんに癒しがなされる分、定刻の祈りができるようになります。時間をしっかり定めると言うよりは、時間を定めておいて祈ることがとても安らかになります。なぜなら、この味を味わったのでその時間がとてもよいのです。私はこの時間に答えも得て、健康も回復するので、私にとってはとてもよい時間です。ですから、教会に来て人の話をしばしば聞いたりするのではなく、主日だけでもこれをするとき癒されます。すると、主日だけでもこの御言葉を握って祈り始めるようになると、ものすごい答えと力と癒しの時間になります。すると、自分も知らずに行ってみると、皆さんの産業に神の御業が始まります。それを指して24時祈りと言います。なぜなら、神様は24時間答えられるからです。では、このようになると皆さんがどんどん神様の恵みの中に入っていくようになるでしょう。そして、皆さんがとうとう世界を世を生かすようになります。皆さん、献金をささげたでしょう。無いから難しいのでしょう。世界福音化を皆したいでしょう。ですが、力がないからできないでしょう。皆さん、この祝福を少しだけ味わうのに、サミットに向かうようになります。それを指して25時祈りと言います。これを指して聖霊の満たしと言います。私を強くしてくださる方にあって、どんなことでもできるのです。
霊的戦い
このときに目が開かれます。どのような目が開かれますか。私にあるのは肉的な戦いではなく、霊的な戦いである。
キリストがこのことを完全に滅ぼされた。私がこの事実を知りさえしても逃げ去るようになります。なぜなら、キリストがこれを全部成し遂げて私に恵みでくださったからです。
では、私たちが神の子どもとされた身分を信じる分、御業がなされます。行く所々、光が放たれるので暗闇が逃げるようになります。
では、私たちはその程度ではなく、権威が与えられました。この権威は単なる力ではなく、ものすごい能力を持って御業がなされるようになります。これが1部のメッセージです。
では、これが1部のメッセージの内容ですが、私がこれを持ってどのようにサタンと地獄と罪、災いに勝つ道が何でしょうか。あの人は何かじっとしているだけなのに神様の答えを受けているようだね。あの人はすごくまじめに一生懸命やっているのになぜだめなのかという人がいます。ある人は熱心に現場に行っているのに伝道がだめで、リュウ・ガンス牧師は現場に行ってないのに伝道がなる。なぜそうでしょうか。リュウ・ガンス牧師がタラッパンをしたときには部屋に人が入れないくらい集まったということですが、なぜそうなったのでしょうか。なにをうまくしたからそうだったのでしょうか。そうではありません。皆さんがこの契約を握って、皆さんがお祈りしなければなりません。
今日、ここに重要な答えが出ました。教えられた言い伝えを守りなさい。堅くたってとあります。
 1つ目です。神様がこの重要なことをなさるときが、いったいいつ起きるのかということです。どのようにして起きるのかということです。バトンを握った者です。この福音のものすごい奥義のバトンを握った者です。答えが来るしかないでしょう。
その程度ではありません。このバトンの内容を正確に味わう者です。でたらめなものを味わっていてはいけないでしょう。
では、3つ目は何でしょうか。このバトンを正確に伝達する伝達者です。この3つの中にすべてのものが入っています。
私はお金をむやみに使ったり、また借金をして他の人に害を与えたりする人がとても嫌いです。私はそのような人を発見する瞬間、無条件、本部では仕事をさせません。人が過ちを犯すことはあり得るでしょうが、人に借金をして害を与える、そのような人に本部の仕事をさせてはいけないでしょう。また、そのような人に対しては、重職者にもつかせるなと言います。人にずっと害を与えるような人であればだめでしょう。ですけれども、そのような人よりも、もう少し嫌いな人がいます。あまりにも意味なく惜しむ人がいるではないですか。人生は一度です。行くときには何も持っていけません。そうでしょう。私の1回の人生を味わって神様のもとに行くべきです。お金をむやみに使う人も問題ですが、あまりにも惜しむことも問題です。体質的にそのような人が多いです。お金をとても軽んじている人であったり、またお金を神のように握っている人、それも問題です。私はこのように言います。多く儲けて、多く使って、そして、よく食べて死になさい。皆さん、たくさん儲けてください。そして、多く使ってください。そして、たくさん献金してください。そして、たくさん味わって、たくさん献金して、そして逝ってください。それが信仰生活をよくすることではないでしょうか。いつもブルブル震えて使えないで、それで死んだらどうしますか。私がすることはそれではありません。とても重要な部分です。
今週、産業宣教ができなかったのは沖縄と言う地域に行って、結婚式の司式をしてきたためです。秘書室でも働いていた人だったので仕方がなく「あなたが平壌(ピョンヤン)で結婚式をしたとしても行かなければならないでしょう」ということで、飛行機の時間が合わなくて産業宣教のメッセージができませんでした。日本には風習があります。私が昔、日本のホテルに行ったのですが、ホテルの中に礼拝堂がありました。それで、これは教会員が建てたホテルなのだろうと思いました。そうではありません。日本の人たちは結婚式を教会ですることが好きなようです。それでホテルの中に教会堂を建てています。けれども、死んだらお寺に行きます。結婚式は教会堂でします。日本らしいでしょう。その沖縄の教会堂がどのように建っているかというと、海辺側は壁がなく一面ガラスです。海が全部見える礼拝堂です。私が結婚式の司式のために行ったのですが、言うなればそれはホテルの結婚式場でしょう。しかし、条件があります。絶対にここではリハーサルをしっかりとしないと結婚式はできませんという誓約書があります。それはどういうことでしょうか。絶対に失敗は犯さないと言うことでしょう。日本の人たちなので絶対に失敗しません。私たち韓国人であれば適当に感覚でやります。けれども、彼らはあらかじめ入場して、退場と練習をするのです。ああ、やはり日本は違うなと思いました。そのリハーサルのときにすべてのことを運んだり出てきたりします。そして、練習するときには他の人はだれも入れません。全員、出ていくように言われます。それで準備をしっかりするのです。親族たちも出されてしまいます。私に対しても出ていきなさいと言います。それで行くところがなかったので、私は端っこの方でじっとしていました。キム・ヨンギ牧師はまったく気を遣わず真ん中の方にいたので、後ろに来いと言いました。そして、リハーサルをしていました。親族たちも入れない状態です。ソ・デソク牧師が私の隣で小さくなって座っていました。そして、結婚式をよくしました。私が初めて日本人が仕事をする場所に一緒にいました。なにか多くのことを感じました。失敗しないようにするために、あれほどまで準備をするのかと学びました。しかし、すべての本質を破棄してしまっていました。全部、職員たちが行ったり来たりしながら働いています。そして、礼拝をなんとかささげるという程度です。あまりにも準備を熱心にしすぎて。多くのことを学びましたが、私が普通見るとエリートたちが多くの準備をしながらも本質を逃すということを見ました。日本福音化を考えたときに参考にするべき部分だと思いました。
では、どのような人を神様は用いられるのでしょうか。

1. バトンを握る者
 皆さん、これを握らなければなりません。この祝福の中にいるからです。よい教会、多いでしょう。大きな教会、多いでしょう。しかし、バトンから除外されている教会です。なにかの過ちがあるからタラッパンが異端だと言われるのでしょう。そうでなければ、そんなことを言わないでしょう。あの大きな教会があるではないですか。ヘロデの神殿のように。マルコ屋上の間に集まっているような人たちが異端であって、何もなかったらそんなことを言われないのではないか。パリサイ人の教会はバトンを握った教会ではありませんでした。その祝福に気づかなかったので後代に深刻な問題が来ました。皆さん、午後にあまりにも疲れたとしても、この目は開かれるべきです。この目が開いて信仰生活するべきです。あれほど立派な教会があるのに、マルチン・ルターが変なことを言って異端を作るのか。カトリックでものすごい大聖堂を作っているのに、マルチン・ルター、おまえは何なのか!しかし、中世教会はこの契約のバトンから除外された教会でした。皆さん、よく目が開かれるべきです。目をよく開いて見なければなりません。
 400年ぶりのバトンを握ったモーセに御業が起きるしかありません。そうでしょう。皆さん、この時刻表を見てください。1500年ぶりにこの福音を回復したマルチン・ルターに神様は御業をなさるしかありません。福音を失って700年ぶりにこの宣教師としてのバトンを握ったパウロを神様は祝福されるしかありません。その時刻表と内容です。どれほど重要でしょうか。これが単なる内容ではなく、災いを防ぐ内容です。
 ですから、どのようなことが起きましたか。そのところで大きな奇跡となりました。人が見るときに奇跡であって、神が見るときには日常です。私たちが見ると難しいですが、神様が見るときにはなんでもない働きです。皆さんの、重職者、長老たちの事業がこの中に入ることを祝福します。間違いありません。
 では、神様はご存知です。この人が最後まで福音運動をする人なのか、しない人なのかご存知です。そうでしょう。パウロがこの祝福のバトンを握って最後まで行く人なのか、神様はご存知です。ですから、事実上、心配する必要がありません。私たちが虚栄だけしなければ、神様はいくらでも働きます。レムナントたちは専門性を持ってこの中に入っていくべきです。時代ごとに、私があれをする、これをするというときに、その時代の中にこのバトンがあります。これを握って伝えます。これは単なる話ではないでしょう。これは神様の天命です。天命と言うものは絶対に負けることがないので、この中に入っていくことです。神様のバトンを握った者は勝利するしかありません。

2.バトンの内容を正確に味わう者(16節)
今日、16節にバトンの内容が出てきます。誤ったバトンを握っているとだめでしょう。正確なものを握るべきでしょう。16節に何とありますか。
‘主イエス・キリストと’。これが内容です。堅く握るべきバトンについて語っています。主イエス・キリストと。
2つ目に何とありますか。‘私たちを愛される、その永遠なる慰めと’。すばらしい望みと御言葉をしっかり握りなさい。
これを堅く握ったわけです。よく見てください。‘主イエス・キリストと’とはどういうことでしょうか。この御言葉はインマヌエルの祝福とオリーブの山の祝福と、またマルコのタラッパンでの祝福を堅く握りなさいということです。皆さん、祝福のバトンがあります。歴史を見てください。錯覚してはならないことは、とてもみすぼらしく見える人に与えたりすることがありました。なぜそうでしょうか。足りないものに与えるのではなく、足りないものに与えることがしばしばあるということです。なぜそうなのかわかりますか。昔、王の個人財産を管理する人に対して、主に盲人に任せました。なぜそうでしょうか。見えないからです。昔、とても重要な特殊文章を少し足りない人に任せたりしました。どんどん話が難しくなって理解できないでしょう。やはり、私の説教は難しいですね。私は理解できるのですが、聞いている人は聞いたあとに何の話かわかりません。けれども、理解したら大変なことになります。このバトンを握ったということがどういうことなのか歴史的に見てください。私を迫害して責める人たちは、神経質になってしまうでしょう。理解はできますが、しかし、神様は時代ごとにこの危機を塞ぐ伝道運動を起こしました。皆さんはこの隊列の中に立っているので、これをしっかりと握ってください。主イエス・キリストを堅く握るとはどういうことでしょうか。インマヌエルの祝福と、オリーブ山の祝福と、マルコのタラッパンの祝福を堅く握りなさいと言うことです。望みとは何でしょうか。少なくとも3つです。神の国が臨むこと。世界福音化。そして、御座。その望みです。また、よいことと御言葉とは何でしょうか。霊的な戦いをする鍵、最も重要な言葉、仕事、祈り。私たちの国を生かす最も重要な仕事が何でしょうか。伝道です。全世界を生かして、またもっとも愛国なことが宣教です。これを堅く握りなさい。この内容です。そうすれば成り立ちます。

3.バトンを正確に伝達する伝達者
それならば、この祝福を正しく伝達しなさい。
皆さんが伝達者であるならば、神様は皆さんの事業を3つの企業として祝福されます。皆さんがこれを伝える伝達者で間違いないなら、神様は3つの弟子を付けられます。皆さんに神様が3つの時代を生かす答えを必ずくださいます。
では、神様の方法は何でしょうか。皆さんに最高の方法を与えられますが、その最高の方法が何でしょうか。聖霊の導きを与えると言うことです。皆さんの事業、皆さんの人生を聖霊が導かれるとすれば最高の方法となります。この祝福を味わうよう願います。
神様が皆さんに最高の人をつけられるはずです。その人がだれでしょうか。聖霊の人です。パウロとシラスとテモテと記録されています。この祝福を見ていただきたいと思います。

結論-2人、3人
今日の礼拝だけをとおしても1週間、答えを受けると変わるようになります。この隊列に立った、2人、3人のものをとおしてでも奇跡が起きます。
1つ目です。出エジプトの奇跡です。モーセ、ヨシュア、カレブ、3人で終わりました。そうでしょう。このバトンの中に入って、その内容を持って伝達するモーセ、ヨシュア、カレブ、この3人だけで十分です。皆さんが持って十分です。
歴史をよく見てください。出バビロンがいつ起きましたか。何人かが起きました。ゼルバベル。エズラ。ネヘミヤ。このような者たちが何人か起き上ったので、天と地と万軍が揺り動かされました。私、主の御告げ。
ローマを征服する時刻表が来ました。AD313年に完全に征服しました。何でしょうか。何人かがいました。これが神様の御業です。
今日、皆さんがこの祝福を錯覚ではなく、とても冷静に入っていただきたいと思います。必ず、私たちの教団、教会でなかったとしても、この契約を握るのであれば入っていくようになるはずです。皆さんがこのようにすると答えがなぜ来るのか、来ないのかがわかるはずです。特にレムナントはそうであるべきです。レムナントたちはこの中に完全に入って勝つ契約を握るべきです。最高の答えが今週も新しく続けてあることをイエスの御名によって祝福します。


(祈り)
神様に感謝をささげます。今日、尊いしもべたち、重職者、レムナントたちに主の御手を置いて祝福してください。全国、全世界の重職者たちの事業の上に、神様の驚くべき祝福があるようにしてください。神様の最も重要なバトンを握った者としてください。イエス•キリストの御名でお祈りします。アーメン。