20150301 インマヌエル教会聖日2部


自分の目に正しいと見えること
(士21:24-25)


序論
▶今日1部メッセージは、常に心に留めていなければなりません。神様がなぜ試みや苦痛を与えるでしょうか。ほとんど私たちは、それから逃れようとします。神様は救いの奥義であり、出エジプトの奥義を知りなさいという意味で与えられました。人生の荒野の道のりの中で重要なこと回復するために与えられたものです。この祝福を滅びないように次世代にきちんと教えなさいということです。そうするためには、祈るようになります。すすれば、唯一性の答えを受けるようになります。皆さんがされている小さなことですが、唯一性の答えを受けます。その時から、皆さんは誰かと戦わずにいてもサミットの座に上がっていきます。その時から、未来が見えます。頂上に登ってこそ、全体を見えることができます。その時から伝道弟子になります。明日から皆さんがされるすべてのことに置いて、唯一性の答えを見つけて味わってください。それは謙遜で低い場所から実際的に見ると目に見えます。私たちは虚栄心を張ったり、少し間違ったことをしたら見えなくなります。本当に低い場所から謙遜に事実通りに見ますと、唯一の部分が見えます。その時から、祈りが始まります。
▶私は飛行機のマイレージが500万マイルを超えました。地球を30周ほど回ったぐらいです。ほとんど行っていない国はありません。食べ物もほとんど食べていないものはあまりありません。しかし、蔚山には唯一性があると思います。3階に行きますと、朝から専門性をもって、私をもてなしてくれます。私のための栄養になるもの、また時間に合わせて準備して置いてあります。釜山の田舎の人たちが来てみるようにしてくださいと言いました。カン・サンモ牧師曰く、普段はしませんということでした。
▶皆さんが1部礼拝のときに受けた答えを正しく味わうためには、必ず一つを記憶しなければなりません。それが士師記21:24-25です。実際に私たちが一番犯しやすい間違いです。なぜ士師記1、2、3章とやったのに、一番最後に進んだでしょうか。これ以上はやる必要がないということです。裁き司、王、祭司、皆、現れましたが答えを見出せませんでした。ただキリストだけが答えです。しかし、これを知っておくべきです。皆さんが答えを受けるためには祈りをすることも重要ですが、何を考えて祈るべきでしょうか。何を捨てるべきでしょうか。自分の目に正しいと見えることのままに生きたため滅びました。皆さんのようです。これはとても重要な部分です。
▶皆さんが実際に現場に行きますと難しいです。ほとんどこのような人ばかり集まりました。皆、自分が一番賢くて、自己主張ばかりします。そこで惑わされます。まことに皆さんが福音を味わえなければ混乱します。福音の答えを正しく味わって、祈りの奥義を知っている者はたくさん話す必要がありません。それは我慢して言わないというわけではなく、話す必要がないということです。実際に私は福音を知った後を見ますと、自分が今まで知っていたことが何もないということでした。しかし、どうして自分の主張ができるでしょうか。神様の祝福は想像ができないほどです。それならば、どうして自分の目に正しいと見えることどおりにやるのでしょうか。私たちが信仰生活をしたり、社会生活をするときに、最も難しい部分がこれです。本ウに話しの通じない人がいます。職場に行ってみれば、本当に話が通じない人がいます。家の中にもそのような人がいたら、本当にもどかしさを感じると思います。部下が話が通じないのであればまだいいのですが、上司が話が通じなかったらどうでしょうか。頭が痛いです。父親を変えることもできないし、社長を変えることもできません。本当に大変です。皆さんがこのように生きています。またこのために争ったり、このために時間を費やします。しかし、福音を正しくまことに知るとなれば、すべてがいらなくなります。
▶皆さんが祈りのリズムに乗りますと、本当に要らなくなります。祈りのリズムに乗らなければ、言葉で乗るべきですから、言葉が多くなります。祈りのリズムに乗ればとても簡単ですが、リズムに乗っていないために複雑になっていきます。お坊さんも高僧になりますと、あまり話がありません。一番下の人がたくさん話します。この間、テレビを見たら、「殴られる男」というものが出ました。奥さんに殴られる夫の話でした。その奥さんはなんでもかんでも手に届くものはすべて投げてしまいます。放送では、女性があんなにすべて投げてしまうということを言いました。しかし、私はそのように見ませんでした。その男は本当に話にもならないことを話します。話にならないことを言いますと、自分も知らないうちに投げてしまうでしょう。一度投げたら、二度投げることになります。夫婦喧嘩をしたときに注意してください。一度、悪口を言えば続けて出てきます。女性の方も本当に、話にならないことを言ったら、男に殴られます。言葉は何回も言っても大丈夫ですが、殴ったら罪になります。それはどうしようもありません。私がこの人に狂ったように話しても大丈夫です。しかし、この人が私を殴ったら罪になります。そのようになりたくないから我慢します。
▶この今日のタイトルはただの話ではありません。これは士師記の結論です。14人の裁き司にいろいろな恵みを与えたけれど、最終的には自分の目に正しいと思うことを行いました。なぜそうなのか知っていますか。人々は自分も知らないうちに、世の中で教わったものを持って、自己中心になりました。神様のみことばを正しく受ければよいのですが、自分も知らないうちに自己中心になります。これがまさに3団体が教えることです。神を信じずに、これをやれば神のようになる。バベル塔を建てなさい。成功しなさい。あなたの人生は自分で見つけなさい。どんなにすばらしく正しいことでしょうか。神様を除いて聞けば最も正しい言葉です。あなたの人生はあなたのものです。それは正しいです。このように教えます。そうやってネフィリムになります。これがまさに3団体が教えることです。こうなりますと、自らだまされてしまいます。私が知ることが多いでしょうか。知らないことが多いでしょうか。私が知っていることは多いでしょうか。知らないことが多いでしょうか。しかし、なぜ自分の基準でやりますか。私が最も多く知るでしょうか。神様が多く知っておられるでしょうか。しかし、それは置いておいて自分中心になります。私が見たことが多いでしょうか。見てないことが多いでしょうか。見てないことがもっと多いです。私が経験したことが多いでしょうか。経験していないことが多いでしょうか。経験していないことがもっと多いです。このように私たちは限界があります。しかし、自分中心にするということはものすごい事件です。
▶今日の短い2行にこのように出てきています。それぞれ自分の部族、それぞれ自分の家族。そこまではよいとしましょう。それぞれ自分の相続地。自分の衣食住のことしか考えていません。そして、何と書いてありますか。それぞれが自分の目に正しいと見えることを行っていた。それで失敗しました。ここで決定的なサタンの通路となります。まことに福音を悟ったとなれば、むやみに話すことはできません。ある人が間違ったことをするのを見ても、簡単に言うことはできません。その人のためにたくさんの祈りが必要です。何か事件が起きても、簡単に言うことはせず、たくさん祈ったりします。また、簡単に落胆する必要もありません。それが問題だとする根拠もありません。私が苦しんでいて、私は滅びたという根拠もありません。ヨセフは奴隷として売られて刑務所に入りましたが成功しました。だから自分の目に正しいと見えることを行っていたら、すべて錯覚します。
▶私が伝道者の生活を40年ぐらい送った後、使った単語があります。有觀無言。多くのことを見るけれども口を閉じます。多くのことを私たちは見ますが、言う必要がないということです。なぜなら、私たちは別の重要なことを持っているためです。皆さん、信仰生活をする中で、今日は蔚山に来ましたが、1部メッセージは皆さんの中でとても重要な部分です。長老さんの方々が会議するときにも最も答えられるためには気を付けるべきです。どんなに私たちは愚かでしょうか。自分の思いとおりにならないと怒ります。サタンがどんなに喜ぶでしょうか。私たちは、自分の思いどおりにいかないと荷造りします。教会を移ることは簡単です。聖書と賛美歌だけを持てばよいのですから。どこでも行けば歓迎されます。ある執事さんに「最近、見えませんね」と言ったら、「最近、時間がありません」と言いました。「時間がたくさんできるように祈ってあげましょうか」。「そういうことはしないでください」。冗談ですが、「天理教で私をスカウトに来ましたが、どうすればよいでしょうか」と言いました。
▶私たちは、思うがままに行きますが、まことの信仰生活を味わうためにはいくつかが必要です。私たちは霊的な力でなければ勝つことができませんが、いつその霊的な力が出るでしょうか。同じ人と仕事をして同じ人が家族であっても、霊的な力が通じなければ何もできません。

1. 神様の所見を見つける日-解決
▶最初です。神様の所見を見つける日。どんなことが起きるでしょうか。すべての問題が解け始めます。皆さんが神様の所見を見つけるとすべての問題が解かれます。落胆しないでください。モーセが見たことです。モーセが何を見たでしょうか。その時から解かれました。80年間、解けなかった問題が解かれました。モーセが生きる80年の間、解かれませんでした。いつも自分の考え通りに行きました。私は王宮にいれば成功するだろう。ヘスペロ帝国大学を出たからいい地位につくだろう。姫の息子だから相当の地位につくだろうと考えました。しかし、神様の計画はそれではありませんでした。だんだんと難しくなりました。後には犯罪まで犯しました。その後、逃亡者となりました。その時に、悟りました。神の計画、神の所見は何なのか。創世記、出エジプト記、レビ記、民数記、申命記の5つの書をモーセが記録しました。
1)そこで重要なことが出てきます。人生の永遠の前の問題があったということ。それが創世記1:2です。暗やみ、虚しさ、混沌。皆さんが生まれる前に、サタンの勢力は世を惑わしました。聖書のみが明らかにしています。
2)神様が私たちに与えられた答えはただの答えではなく永遠の答えです。これをパウロが発見しました。私の福音、世界の基が置かれる前に隠されていたことです。驚くべきことです。その契約を握りましたが、すべてが解かれ始めました。このときから、モーセが握ったことは、永遠の答えになりました。長老たちに話しなさい。何をでしょうか。羊の血を塗る日、エジプトから解放されます。
3)それはただの答えではなく永遠の答えです。福音をただ悟らずに、この永遠の答えを受けますとすべてが解かれ始めます。
▶どれくらい見つけたでしょうか。皆さんご存知のように、クロスビーのように目が見えなくても大丈夫だというくらいになりますと、世を変えることができます。私たちがこの福音運動をするときに失敗があるでしょうか。失敗しても大丈夫です。濡れ衣を着せられても大丈夫です。福音を伝えられるならば、そのような人たちが集まったのが初代教会です。皆さんの人生において重要な祝福があることを願います。ほとんどの人は自分の目に正しいことを行います。夫婦喧嘩や離婚はなぜするでしょうか。このためです。誤った自分の考え同士がぶつかるので分かれるしかありません。すべてを聞いてあげても大丈夫です。神様は正確に皆さんに答えられます。

2.全てのものの中で神様の契約を見つける日-力
▶二番目です。ただではありません。すべての中で、神様の契約を見つける日。神様の所見だけでなく、神様の契約を見つける日。それをイスラエル民族は逃していました。自分の思うどおりにやりました。皆さんはこれを見つけてください。それ何でしょうか。
1)なぜ奴隷になって、いつ解放されたのか、それを契約として握りました。
2)なぜ荒野の道40年を歩ませたのか、その理由を知りました。それが三つの祭り、契約の箱、幕屋ですが、神様がそれを悟らせてくださいました。
3)苦しみだと思ったのですが、それが解決されて答えとなり、それが噂になって全世界に回りました。ですから、カナンに入るときに、すでにカナンに住む人々は、恐れ震えていました。皆さんが契約を握りますと、皆さんの苦難は暗闇の力を打ち砕く時刻表です。まことに信じてください。この神の所見を逃したために、自分の目に正しいことを行います。このようにすばらしい祝福を与えたのに、自分の思うとおりにやるから苦しみが生じます。いつも自分の考えが正しいわけではありません。いつもそのように考えてください。私にこれを教えてくれた人が私の妻です。本当にそうです。神様を信じない家庭で生まれたのですから、長老たちが集まって会議をすることを理解できません。教会のいろんな問題について悩んで会議をする場所ですが、そのような場なのに私の妻が当会中に入って来ました。だから、私が目で「出て行きなさい」と合図をしました。しかし、出て行きません。それどころか、ど真ん中に座っていました。パク長老は冗談をよくされる方ですから、「今、当会中だから出て行ってください」と言えばよいのに、「牧師夫人が来られたので明るくなりました」と言いました。しかし、それが本当だと思ったそうです。それで私は静かに考えてみました。牧師夫人が当会に入れない、それは私の考えです。よく考えてみたら、真理を知るようになりました。よく考えると、全国の教会の当会に牧師夫人が参加するのもいいかもしれないとも思いました。私たちが争ったり喧嘩する、いさかいをすることはすべて自分の考えです。私たちは、ほとんど神様のすばらしい祝福をこういう部分のために逃しています。逃さずに皆さんが答えを味わってください。

3.神様の答えの方法を見つける日-時刻表
▶もっと参考にすべきことは3番目です。神様の答えの方法を見つける日、3つの今日の時刻表が見えます。それがどういう意味でしょうか。祈りの答えは、3つが来ます。このタイトルと私がどこに属するのか、それを早く見つけるべきです。祈りの答えは3つあります。
1)ただしにそのまま与えられる答えがあります。私たちは祈ったらすぐに答えが来た、それを好みます。そのように答えられる祈りがあります。しかし、そのようにただ地に答えられたら大変なことになる答えがあります。
2)2番目はいつ答えられるでしょうか。答えが来ません。それも答えです。答えがないと思ったのですが、神様は別のもので答えられます。何をもってですか。より良いものをもって。私たちは理解できずに別のことを祈りますが、神様はよりよいものをもって答えられます。これを早くキャッチしなければなりません。
3)また、どのような答えでしょうか。後に答えられる答えがあります。これをモーが知っていました。これが重要です。神様が雲の柱、火の柱で答えられました。マナとうずらで答えられました。神様は水で答えられました。すぐに答えられることもあります。しかし、神様は思いもよらないように紅海を渡らせました。神様は思いもよらないように乾いた地に導かれました。神様は答えずに、戦場に送ったりもしました。それはイスラエルの民たちをもっと強くさせ、この噂が全世界に渡るようにするためでした。ある答えは後に来ます。それは何でしょうか。120歳なったモーセは目もとてもよく見え健康でした。ある山で目の前にカナンの地が見えたのですが、そこで神様はモーセを召されました。「あなたはここで終わりです。カナンの地には、ヨシュアとカレブが入ります。あなたはここで人生を終えます」。後に与えられる答えをモーセは知っていました。死ぬほど福音を伝えて亡くなったパウロは、死んだ後に答えが与えられました。それは神様の時刻表です。神様の時刻表を自分勝手にすることはミスであり、高慢です。この3つを見ることができる人は、神の御働きを成し遂げるしかありません。いつも心に留めてください。私の所見より、神様の所見、神様の御心は何でしょうか。それを質問するだけでも答えられます。
▶前もそうでしたが、今回も訪問してみますと、神様がインマヌエルウルサン教会に尊い計画を持っておられるということを感じます。多くの現場でいろいろな苦しみがあったのですが、長老さんを初め、すべての重職者が、神の計画に向かって進んだために証拠が現れました。一般の教会では、これは絶対にできません。例えば、カン・サンモ牧師いつも世界を回っています。もしこれをこの教会が理解できなければ伝道ができません。しかし、今はそうではありません。今はインマヌエルウルサン教会と伝道キャンプを一緒に行こうという話が回っています。皆さんがちょっと田舎者のように見えるかもしれませんが、世界的な噂になっています。今回も宣教キャンプをするときに、その報告を聞いた人々が恵みを受けました。ある勧士から私にメールが来ました。私はどんな人生を送ったか全くわかりません。私はそれに答えました。あまり興奮しないでくださいと返事しました。蔚山にきてショックを受けたようです。このように伝道者の一人がショックを受けたということは、私たちの目には簡単に見えるかもしれませんが、その後に来る波はものすごいです。当会にも行ったのですが、すべての信徒にミッションを与えなさい。すべての重職者は蔚山、慶南地域に地教会を建てて人を生かす役割をしなさい。皆さんはまことの宣教が何かの目を開きなさい。
▶神様の計画ですから、もうすぐなると思いますが、金○○牧師をハワイに派遣しようと祈っています。多くの牧師の中で、なぜ金○○牧師を送ることを決めたでしょうか。蔚山の皆さんと一緒に伝道キャンプをしたり、教会の業務をするのを見ました。そういう精神でハワイで仕えればよいと思います。今ハワイはいろいろなところに回る牧師より、そこに留まって信徒たちをいやす牧師が必要です。それも伝道です。アフリカに行くことも伝道ですが、自分の教会の中の傷ついた魂をいやすことも伝道です。ある面ではより重要な伝道かもしれません。自分の教会の信徒は皆、死んでいくのに、アフリカへ行く。ある意味、間違っているかもしれません。では、アフリカの人はどうなるでしょうか。神様が絶対的な時刻表に従って、適切な教会の信徒たちを通して成されます。伝道と宣教は、人がすることではありません。神様がなさいます。ただし、私たちはその時刻表に自分たちの所見を捨てて挑戦することです。ですから、皆さん、祈ってください。蔚山を生かす教会にしてください。これから答えられますから、多くのレムナントに来て訓練を受けるように準備してください。レムナントたちは行き場がないので、あちこちに集まって、自分たちが祈ったりフォーラムできるように、ビジョンを分かち合えるようにしてください。教会堂を大きくしましょうという意味ではないのですが、蔚山、慶南で一番代表的な教会を建てるべきです。ここにいらっしゃる皆さんが力を合わせて祈りますと、奇跡が起きます。

結論
▶結論です。皆さんが必ず記憶しなければなりません。もっと重要なことが結論です。神様はモーセにこのようにおっしゃいました。過去に話したことです。「モーセよ、まずイスラエルの民のところに行きなさい。民のところに行って、私がエジプトからあなたがたを救い出すからいけにえをささげなさいと言いなさい。そして、長老たちに言いなさい」。そう言いました。その時にモーセがこう尋ねました。「私が行って話すと、イスラエルの民たちが私の言うことを聞くでしょうか。昔も聞きませんでした。今、行って私の言葉を聞くでしょうか」。その時、神様がこのようにおっしゃいました。それが重要です。神様がその時、モーセに何と言われたのでしょうか。「私はあるという方である。民たちに行って、私はあるという方がおっしゃったと言いなさい」。ヤーウェという意味が、私はあるという意味です。自ら存在するということです。自ら存在する方は、ヤーウェしかいません。自分の目に正しいと思うことを行うということは、サタンの戦略です。自ら存在できる方は、ヤーウェしかいません。だから、教会に来て訓練を受けます。だから、日曜学校が必要です。だから、当会があります。そのために老会があります。自ら存在しようと出てきたのがサタンです。誘惑する時もこれを持ってやりました。これを食べれば、あなたが神のようになります。それにだまされました。私たちに干渉しないでください。それが最も悪いことです。自ら存在できる、存在してもよい存在はありません。主しかいません。皆さんは、神の子として生きるように作られた、私たちが思う以上に祝福された存在です。悪魔がなぜそのように教えたか分かりませんが、赤ちゃんも少し成長しますと私の勝手にすると言います。それは霊的な目で見ると、とても危険なことです。そのために、私たちには教会があります。この教会を通して、神様はメッセージを与えられます。それがすべてです。
▶このような祝福を持って6日間、何をすべきでしょうか。正確な目で答えを確認する必要があります。3つを確認してください。急にやってしまうと大変になりますから、明日の朝から1分だけ深い祈りをしてください。分かりましたか。私は普段、2時間、3時間くらい祈ります。動かずにただ座って1時間、回りながら2時間くらい祈ります。生活に何の支障もありません。このようにやりますと、1部の時にも言いましたが、唯一性が見えます。誰もこれを奪うことはできません。
▶そして、昼は深い祈りをもって確認してください。確認してみると、すでに答えられています。これが積もると、皆さんはサミットになります。
▶そして、夜、寝る前に、ちょっとだけでも神の前ですべてのことについて考えてみてください。答えが出ます。その時、未来が見えます。これを指して伝道弟子と言います。深い祈りは、もしも皆さんが病気だったら、まことに聖霊の満たしを与えてくださいと祈りましょう。問題がきたら集中して祈ってください。どのようにするのがよいか。もっと細かい部分は、今回の火曜集会の時に話したいと思います。皆さんがよく見ますと、重要な答えが与えられています。皆さんが健康をくださいと祈らなくても、もうすでに神様は皆さんに健康を与えられています。いつも自分の目に正しいと見えることばかりをやっていましたが、ある日、自分のビジネスがサミットの座についています。唯一性をもってサミットの座についている者を、誰が奪うことができるでしょうか。この祝福を味わってください。当然と。それならば、皆さんは、死んでいく人の前で証人となります。間違いありません。今、社会では裕福な人も貧しい人も、皆が霊的に苦しんでいます。皆さんが行く場所において証人となり、暗やみの力が打ち砕かれますようにイエス様の御名で祈ります。隣の人を祝福しましょう。新しく始めましょう。芽を合わせて話してください。あなたは尊い方です。


(祈り)
神様、感謝いたします。尊い神の人を召され、神様のみことばを悟らせてくださり感謝します。知らない人々を生かす証人となりますように。イエス•キリストの御名でお祈りします。アーメン。