地域(区域)教材 2015.01.18
3課 神様の人モーセの福音体験 (出エジプト記3:1-18) *地域(区域)教材と資料*
▲福音を知っているモーセが、その福音が体験できたとき、本当に奇跡が起こりました。私たちも福音を知って体験したら、神様が私たちのために準備された重要なことを知るようになるでしょう。また、この福音はだれも防止できなくて、必ず地の果てまであかしされることを言われました。(マタイ24:14)ジャン・カルバンの告白のように、この福音を持った者は絶対ほろびることができなく、失敗できません。(究極的勝利)救いは体験が基準ではありませんが、福音を体験するときには、すばらしいことが行われます。 ▲私たちの個人がモーセが福音を体験したように、個人体験が起きれば、どんな場合でも揺れなくなります。ホレブ山でモーセが神様の力を体験するようになりました。この力を体験したモーセは、自分のすべての弱さを越えて、神様の奇跡を成し遂げるようになります。福音の他をみな捨てれば、神様の働きはすぐに始まります。ただキリストになれば、私たちの現場に神様の奇跡が始まるでしょう。モーセが持っていたツエを通して答えがくるように、神様の御手に捕まれば、世の中を生かす奇跡の門が開くようになります。 ▲教会の信徒全員が一つになって最高の味わいである福音をともに体験したら、奇跡が起こります。出エジプトの奇跡が起こった背景には、福音とともに(出3:18)モーセからすべての長老と民に伝えられた過越の奥義がありました。福音の奥義に神様の民が一つになれば、奇跡が起こります。私たちが問題解決するのに一つになって祈れば、神様は奇跡ですべての暗やみを崩されるでしょう。すべての教会信徒がともに福音を味わえば、教会には奇跡のみわざが起きるようになります。 ▲福音の力が伝えられ始めれば、すばらしいことが行われます。ヨシュア3;1-3節を見れば、ヨルダンが分かれるみわざが、ヨシュアと次世代を通して起きます。私たちが体験した正しい福音の奥義が次世代に伝えられるとき、このような答えが現れるでしょう。私たちは小さい信仰を持ったように見えるのですが、この奥義を持った私たちと次世代が行く所に、エリコが崩れるような答えがくるでしょう。太陽と月を止める空前絶後な答えと、アナク山地を占めるカナン征服の奇跡が始まるでしょう。 ▲それでは、救われた私たちがどのように答えを味わいながら、現場で勝利することができるのでしょうか。これから24時幸せで祈って24時力を得れば、いやしと力が現れるようになります。この霊的な力が回復する日、私に来ている問題が違うように見えるようになります。私たちは弱くてできないのですが、私たちとともにおられる神様は全能であるため、弱い私たちを通しても働かれ、世界福音化のために答えられます。福音体験とともに、祈りの力を持って勝利する人生を始めましょう。 (The end) *地域(区域)教材-録音資料* *序論 ▲私たちは大きい困難に出会う時があります。状況がどうなるかも知れないというそのような困難に出会う時があります。今日、その代表の中のひとりがモーセです。事実は、モーセの状況を見れば、とても難しい状況です。私たちは過ぎて見るからモーセが立派な人物だと話しますが、そのとき、モーセの状況を見るとき、とても難しい状況です。問い詰めようとするなら、葛藤もとても多い状況です。ヘブル人なのに王宮に住んでいて、どのようにして自分がここにきたかということも知っています。創世記、出エジプト記の記録をモーセがしたのでよく知っていたということです。みなさんがおわかりのとおり、事件が起きて人を殺すようになりました。殺人をしようとしたのでなくて、とてもエジプトの人々がヘブルの人々を奴隷にして、やたら殴るから、それを止めさせて戦ったが相手方が死んだということです。そのために、モーセは逃げるようになって、その時からミデヤンで40年いるようになります。極度に困難があると見なければなりません。 ▲ところで、不思議なのは、神様がその困難を話したり、解決されたりしなかったのです。まず最初にされたことはなんでしょうか。 1.福音体験 ▲神様が今、モーセに福音を体験するようにさせられます。私たちがぱっと見れば、今、困難がたくさんあるのですが、それを解決するべきだと思いますが、神様はそこに対して、全くモーセにおっしゃられませんでした。あなたはとても難しいな、または、あなたの状況がこのようだな!こういう話が全くなかったのです。福音を体験するようにさせられました。出3:18に血のいけにえをささげに、イスラエル民族を連れて出て行けと話されたのです。ある面では、みなさんが直面している困難や、私が行かなければならない道を神様が完全に知っておられるから、心配しないという意味が含まれています。大部分の人々が、自分には問題がたくさんあって、今、困難がたくさんあるのに、私が福音をどのように味わって伝えるのかと思います。みなさんがこの部分を本当に体験するとき、起きることはすでにすべて知っているでしょう。 1)出2:1-10 ▲神様がモーセにくださったこのみことばは、80年の間、また80年前にお母さんから聞いたことです。 2)出3:1-10 ▲今の状況がイスラエル民族が極度に困難にあった状況です。 3)出3:18 ▲このときに与えられたみことばが、神様が血のいけにえをささげに行きなさいと言われました。 ▲私たちのクリスチャンと重職者、あるときには牧会者まで、最も勘違いしているのが何かというと、この福音と現実が関係がなかったり、遠くあると思っているのです。神様は、モーセ個人に対する困難がとても緊急なのに、そこに対しては全く言及されません。今、イスラエル民族がどんな苦難の中にいるという話をされました。それとともに、血のいけにえをささげに行きなさい。このみことばを神様がモーセにくださったということは、私たちは念入りにたくさん考えてみなければなりません。 ▲私の場合は、状況を解決しなければならないから、それで私が福音を悟らなければならないといったのではありせんでした。私がこの部分をすべきだから福音に対しては祝福を受けなければならないということでもなかったのです。本当に、この福音を悟って体験しただけなのに、それは解決されました。重職者のみなさんに同じ答えを神様がくださるでしょう。私たちに困難があるのに、その困難に対して神様が解決してくださらなくて、私たちが見る時はとても話にもならない話のように見えるのではないでしょうか。重職者のみなさんが、この福音を体験する最も重要な今年一年になることを希望します。 2.教会 ▲それとともに、とてもすばらしいことを話されました。事実は、モーセに教会の話をされたのです。 1)長老 ▲この部分を長老に伝えなさい。 2)パロ王 ▲また、パロ王に伝えなさい。 3)民 ▲そして、この事実をすべての民に話しなさい。 ▲羊の血を塗る日に出てくると、解放されると話しなさい。他の見方をすれば、全く関係ないように見られるのですが、事実上、とても私たちが解放される重要なことを話されたのです。今まで、みなさんは多くの答えを受けました。ところで、今年は本当に重要な体験をする祝福の時刻表を作らなければなりません。 3.未来 ▲この中には重要な未来が含まれています。分かってみれば、今、私たちの問題が心配にならなければならない問題ではないのです。確かにおっしゃられました。わたしがあなたに力で大きい証拠を与える。神様がみなさんに証拠をくださると言われました。それがあかしされるでしょう。わたしが力ある手であなたとともにいる。この契約を持って、どんなことが起きたのでしょうか。 1)10種類(サタン) ▲10の大きい奇跡がモーセの前に起きました。一言で、サタンの勢力を打ち砕いてしまった神様の簡単なみわざが起きたのです。 2)紅海 ▲紅海が分かれることが行われました。 3)荒野 ▲荒野を通り過ぎる間に、神様は雲の柱、火の柱で導かれました。食べることがない時は、マナとうずらを神様が与えられました。暑さがひどい中を通過する時は、神様は水を出るようにして、イスラエル民族を導かれました。これでカナンの地に行くように神様が導かれたのです。 ▲このように問い詰めれば、どうなるのでしょうか。今、モーセが受けている苦難は、苦難ではないのです。このように結論を出してみれば、ある面では、当然なければならないことが来たのです。ですから、みなさんが受ける苦難は苦難ではないということです。神様は本当に祝福を受けなさいと言われているのです。私たちに起きる葛藤が、ある面では葛藤ではないということです。神様は本当に祝福を備えておられ、年をとったモーセにいまから開始をされるのです。モーセが持っている錯覚が何だったのでしょうか。私がこの年で、どのようにそれをできますか。そして、私が何の力もないのに、どのようにイスラエル民族を連れて出られますか。今すぐ王に会いに行くということは、死にに行くのと全く同じですが、どのように私がパロ王の前に行きますか、その話です。ところで、神様はまだモーセに開始もされていませんでした。神様は、みなさんに、いま始められるでしょう。本当に神様がくださる本物の力を得る、そのような短い決断が必要なのです。モーセが多くの決断をしたのではなく、出4:24に決断を下したでしょう。そのときから、みわざが起き始めたのです。 *伝道講義03-根本の答え* *序論 ▲それでは、私たちの重職者が伝道するために、どんなことを握らなければならないのでしょうか。先週に続いて重職者が受ける根本の答えは何でしょうか。この本文(出3:1-18)を置いて一度静かに考えてみてください。重職者の方たちが、最も重要な部分がどんなことでしょうか。 1.3種類の生活 ▲生活の中で普通3種類の生活が出てきます。 1)一人でいるとき 2)人の前にあるとき 3)教会の前にいるとき、少しずつ違います。 ▲みなさんが神様のみことばの中で最も重要な部分が、この3種類の生活が一つになることです。それでは、誰も奪っていくことができません。多くの方たちが、信仰生活をどのようにしなければならないかと尋ねるのですが、普通一人でいるときと、人の前に、教会の前にいるとき、みことばが一つになれば、最も大きい答えの働きが起きます。これが何の話かと思うでしょうが、とても重要な部分になります。 ▲私は常に感じるのです。普通、信徒を見れば、祈るときと話すときが違います。また一対一で会ったときと、人々の前で違います。私が昔に中高等部の指導をしたのですが、そのとき、私が福音を完全に悟ることができなかった時なのに、がんばるのにうまくできなかったのです。私が初めて伝道師をする時だったのですが、事実は、福音をよく知らなかったのです。それで、私が静かに考えてみれば初めて伝道師をする人々に教会学校を任せるのは危機だという気がします。私が正しく福音が成り立たないから、その水準で子どもたちを教えようとするので、どれくらい大変でしょうか。そうしたら、ずっとこの3種類の生活が合わないのです。それで初めに、中高等部を引き受けたのですが、私も中高生時期があったが、扱うことができないのです。子どもたちは、完全にこの三つが違います。それで、私がびっくりしました。完全に自分の一人いるときと、人々の前にいるときと、教会にくるときは、完全に違います。それで、私がこの部分を手助けすべきだろう思ったのです。事実、分かってみれば、私もそうだということです。事実、分かってみれば長老もそうです。普通、長老を見れば、祈るときと、地域(区域)礼拝のとき、メッセージするときと、コーヒー飲むときと、話がみな違います。話が他のものであるのは当然ですが、完全に人が違うのです。牧師も教会で説教するときと、訪問するときと、老会に行ったときと、完全に別の人です。それが問題だなと思ったのです。それで、昔に老会に行ってびっくりしました。みなさん一般信徒も、老会に行ってみれば、びっくりするでしょう。人々が完全に別人です。私がこのように生きたのだなあ!今もそうですが、とてもそのように考えなく、一人でいるときと、人の前と、教会の働きをするとき、人が別のものなのです。それゆえ、私が変わることができないということを分かったのです。ですから、私がこの三つの前に、みことばを握ったのです。それがまさに今日モーセに与えられたみことばです。そうでしょう。 ▲事実、私たちはできない存在です。ところで、神様が幸いに、私たちにみことばをくださったのです。今日、みなさんが大きい祝福の日になることを希望します。本当に私が人の前で神様の前で・・・だれが皆さんを助けて慰めることができるでしょうか。私たちが神様のみことばを握る道しかありません。みなさんがまっ暗な世の中を行くべきなのに、だれが手助けすることができるでしょうか。モーセの話が正しいのです。私はすることができません。簡単に話せば、私が今、年齢が何歳ですか。私の状態が今このようではないですかということです。ところで、神様は、わたしがあなたとともにいる。いや、イスラエル民に話せば私の話を聞きますか。そのとき、神様がおっしゃるのに、わたし主が話したと言いなさい。みことば! 2.3つの確認- 3つの今日 ▲重職者のみなさんは、伝道しようとせずに3つのことを確認しなさい。みなさんが伝道トラクトを持って歩き回ることを神様が願われません。そうではないでしょうか。それを持っている年齢があるでしょう。みなさんが持っているのは神様が願われません。しかし、3つの確認をしなければなりません。 1)伝道 ▲私と伝道がどれだけ距離があるかを見なければならないのです。これは確認してみる必要があります。私の生活が、神様があかしされることと、私の生活との距離がどうなっているでしょうか。事実、みなさんは、今、伝道のために重職者になって、この席に座っているということだけでも祝福です。それで、必ず確認しなければなりません。 2)祈り ▲私は今、祈りがどうなっていきつつあるのでしょうか。私の生活と祈りが距離があってはいけません。どれだけ距離が遠のいているのでしょうか。 3)みことば ▲そして、今日、神様が私にくださるみことば。 ▲これを3つの今日と言います。 3.3つの出会い ▲今から重職者の方がすべき最初の伝道です。みなさんが、今この時間に話すことをのがしてはいけません。みなさんが今からする最初の伝道です。3つの出会いです。 1)教会-錯覚 ▲みなさんが必要ならば一番最初の出会いが教会です。みなさん教会信徒は、ほとんど力が抜けています。レムナントは揺れないでもよいのに、ほとんど揺れています。そうでしょう。レムナントが揺れる理由がないのに、揺れているということです。親がご飯食べさせてくれるでしょう。学校に行って勉強しなさいというのに、何のために揺れるのでしょうか。それでも揺れているということです。私は大人たちが外に出て行って、社会生活する人々がお金を儲けるのに、力がなくて難しくて揺れたら理解できるのですが、学生たちは揺れる理由がないのではないでしょうか。ところで、一番たくさん揺れるのが学生たちです。ほとんどみなが不信仰に陥ります。簡単に話せば、勘違いしているのです。みなさんが、聖日に教会に来れば、必ず会う人に、みなさんが受けた恵みをあかししなさい。起きた働きではなく、神様が私にくださった恵みです。それだけでもよいのです。 ▲私が最後に副牧師だった時の教会は、とても争いをよくしました。争いも悪魔がさせることなのか、教会が一度争うと、終わりになりませんでした。私が苦しくて死にそうでした。堂会員が、そのように争うのに、争い始めれば、向こう見ずになります。この教会が争い始めれば、恥もありません。よく言われることばで言えば、なにかにつかれたのか、そのように争うのです。後ほど、どうなるのか、そんなこともありません。その方たちが世的にみなほろびたのですが、本当にだめでした。ところが、そのような中で伝道する人がいたのです。それで、私がその宣教師の話を度々するのです。その争いの中で、その方は執事であり、福音を伝えるのです。そうして、フィリピンに宣教しにでかけたが、ある日、韓国にちょっと帰ってきました。私たちの教会にきたので、私がうれしいと言ったのですが、そのとき、私がこういう時間に信徒に今のように旧約教材で講義をしたのです。本当にたいしたものでないのですが、新しい信徒が教会にきて座っていました。ところで、だれも関心がなかったのです。お互い争っているということです。ところが、この宣教師が何年かぶりに教会にきたのですが、新しい信徒だとどのように分かったのか、そばに座って聖書を探してあげるのです。それでは、その人が何かを見たということではないでしょうか。みなさんはどう思われるでしょうか。私には大きい衝撃でした。だれでもできることです。私たちが信仰生活をどのようにしなければならないのか、全く方向が違ったので、教会で争いが起きているのに、どのようにその長い間の長老が発見できないことを、その方が見つけて、そばに座るのです。なにをかいわんや、この人が一日中連れて回りました。それで、お昼になったら、藤の下に座って共に手を握って祈っていました。私は伝道が難しいことではないと思います。信仰生活も難しいのではありません。教会生活は難しいのではありません。あまりにも感謝して、とても恵みになる時間が聖日です。 2)現場 ▲みなさんが現場に行って、仕事がよくできる人々はすぐ自分を出しません。そうではないでしょうか。当然です。だれがすぐ自分の中のことを出して、自分の家の隠されている恥ずかしいのを話すでしょうか。その部分を見ることができなければなりません。その部分を見て答えを与えるのが伝道です。何も難しいことではありません。 3)ミッションホーム ▲そして重職者が必ずすべき三番目です。みなさんの家に毎週ではなくても1ケ月に一度でも良いのです。新しい家族や、青年たちや学生たちを招きなさい。招いて、食事でも一緒にしたり、お茶でも一杯飲みながら、みなさんの信仰のあかしをしなさい。それをミッションホームと言います。個人をほめて申し訳ないのですが、私たちの教会の長老の中で立派な方々が多いのです。ところで、その中でも特にチェ00長老を見れば、私たちのレムナントを家に連れていって、たくさん面談をして、子どもたちが力を受ける場合が多いのです。私が内心どれくらい感謝するでしょうか。子どもたちが来て、司法試験の勉強するのが難しいのですが、その子たちを一人ずつ呼んで激励しているのです。大きい時間を投資したのでもないのですが、力を受けて変化した子どもたちが多いのです。しかも、私たちの長老、勧士の中で、人材を育てる人々が多いのです。みなさんはどのように見るかも知りませんが、私は私たちの教会が本当に神様の前に大きい祝福と希望があると見ています。レムナントを育てる方が多いのです。どれくらい感謝しているでしょうか。それで、重職者のみなさんが大変なことをしなくても大丈夫ですから、みなさんの周囲を見れば、新しく信じる人々がいるので、そういう人々を呼んで一回だけ会ってもかまわないのです。信仰生活をこのようにしなさいと言いながら手助けして、人生の話もして、このようにしてもかまわないということです。これがミッションホームです。 ▲これが重職者がすべき最も最初の伝道です。これから私たちが出て行って伝道したり、キャンプもするはずですが、一番最初にそろえなければならないことを今、私が話しています。そして、みなさんの次世代、私たちのレムナントが育って、すべての家とすべての人を生かすミッションホームになるようにしなければなりません。時間がたくさん過ぎましたが、今日もみなさんに祝福の日になることをイエス様の御名で祝福します。 (祈り) 神様に感謝します。神様が私たちの重職者を油を注いで立てたことを感謝します。この油を注がれたことが子孫万代で神様の証拠として起きるようにしてください。イエス・キリストの御名によってお祈りします。アーメン (The end) |