[2008年5月3日 産業宣教 場所:ソウル産業宣教センター]


共同体と産業宣教(198) - OMCの使命(41)
同労者
(ローマ16:3-4)



☆☆☆要約資料☆☆☆
1.同労者は、持っている内容と価値が同じでなければなりません
(1) マタイ16:16   (2) 使1:1
(3) 使1:3    (4) 使1:8
2.同労者は、教会を見る目が同じでなければなりません
(1) 使2:1-47 (2) 使9:1-43、10:1-6
(3) 使11:19-30 (4) ローマ16:1-27
(5) 教会堂と教会
3.同労者は、同じ聖霊の導きを受ける者です
(1) 使2:10、18:1-4、18:24-28、ローマ16:3-4
(2) 使9:1-15、11:25-26、13:1-4、18:1-4
4.同労者は、奥義が通じなければなりません (ローマ16:1-27)
(1) 24時間祈り
(2) 24時間伝道の祝福と方向
(3) 神様が備えれたこと
(4) 神様が今答えられて、必要とされること
(5) 永遠に神様に栄光をささげること
(The end)

☆☆☆説明資料☆☆☆
→序論
▲神様が今、私たちに最も望んでおられることは何でしょうか。今、教会で重職者がたくさん立っています。何を希望されるのでしょうか。皆さんがすることが1つや2つではありません。神様が望んでおられることが一つあります。これから建築、RUTCなど、あまりにも多くの祝福と課題が残っているのです。
▲家主より重要な単語があります。家主、助ける人よりさらに重要な単語が同労者です。この話は、少なくとも4つのことが通じなければならないということです。それが神様が願われることです。
▲多くの重職者、多くの産業人が、この内容と価値が通じなければなりません。私たちが持っている内容と価値が通じてこそ、神様が願われることが行われるのです。聖書でモーセの奇跡も、これが通じた時に起きました。バビロンから戻る時も、これが通じた時に起きました。

1.同労者は、持っている内容と価値が同じでなければなりません
(1)マタイ16:16、キリスト
▲結局、初代教会もこれが通じた人々が集まったのです。極端に言えば、教会に通っていても、これが通じなければ神様と関係がありません。価値を分かるから、譲歩もして、耐えることもできるのです。これが通じる人々が集まったのですが、それが初代教会の産業人でした。そして、これが通じるということは、叱咤ということです。
(2)使徒1:1、キリスト-その話をルカがテオピロにしました。
(3)使徒1:3 神様の御国
(4)使徒1:8 聖霊充満
▲使徒1:3 神様の御国、1:8には、聖霊充満を話しています。使徒1:1は、ルカが見たことを話して、使徒1:3は、イエス様がなさった話をして、使徒1:8は、イエス様が最後に言われたことを話しているのです。これが通じるのが同労者だということです。この現場にプリスカ夫婦がいました。このことを持って祈っていたマルコの屋上の間に、使徒2章のローマの人々の中に同労者がいたということです。もし、重職者が100人、200人、この方たちが、これが通じて一つになれば、その時から神様が働きをなさるのです。

2.同労者は、教会を見る目が同じでなければなりません。
▲神様がどんな教会を望んでおられるのかを見なければなりません。座っていて、毎日、教理、教権争いをすれば、それが教会なのでしょうか。それは神様が願われる教会ではありません。
(1)使徒2:1-47、神様が願われる教会は、これが通じました。マルコの屋上の間で集まったのですが、神様が力を与えられて、神様が準備された5つの門が開くのが通じたのです。この時からペテロから変わりました。前はペテロが周りの雰囲気を見たのですが、まったくそれがなくなったのです。
(2)使徒9:1-43,10:1-6、同じように心が通じる重職者が敷かれたのです。集まった人々の特徴は、大部分がほとんど知識人、産業人、公務員たちが集まったのです。これを分からなければ、重職者をたくさん立てる理由がありません。この話が分からなければ、現場福音化ができません。現場福音化ができなければ、色々な問題が付いてきます。これが真に通じる人です。ガイオはこれが通じて、自分の財産を持って伝道者を養って、プリスカ夫婦はこれが通じていのちを惜しまなかったのです。
(3)使徒11:19-30、これが通じる人がアンテオケに教会を立てたのです。
(4)ローマ16:1-27、これが通じる人がOMCを成し遂げたのです。これがローマ16章で神様が願われる教会です。
(5)教会堂と教会
▲神様が望まれるのは、教会堂と教会です。ある面で、神様は教会を望まれます。教会を望まれるのに、教会が生きるために教会堂があるのです。教会堂がなぜ重要なのでしょうか。私はここに来てみたら、前に講義した所とは全く気持ちが違います。ここがはるかに気楽です。私が買ったのでもないのですが、自分の家に来たようです。このように違いが生じるのです。例えば、釜山もそうで、教会が席がなくて困っています。私が説教を終えて行こうとすれば、警護員が出て行けないほどぶつかるのです。ある新しく来た人は、こういうものを知らないから、試みにあって出て人もいました。親戚と行ってみようといってきたのですが、雰囲気が大変だから、もう行かないと言うのです。昨日、アニャントンブ教会の任職式をした教育文化会館に行っても、これが教会ならばどれくらい良いか...と考えました。これくらい教会堂が重要です。しかし、これが頭の中で比例しなければなりません。これが通じなければならないのです。それでこそ、堂会員も、牧師も、はやく人を派遣しろという言葉をわかるでしょうが、そうでなければ理解できないのです。
▲これが比例しなければ、名指して申し訳ないがチュンヒュン教会、ヨンラク教会のようになります。指導者が変われば、揺れるようになるのです。このシステムを作っておけば、指導者が変わっても揺れません。例えば、ペ教授、ユ教授、キム長老が学校で地教会をしているのに、指導者が変わるからと止めるでしょうか。それが教会です。内容上の意味は教会堂の中にも教会があるのです。しかし、多くの重職者と神学者が教会と教会堂の概念を抜け出せずにいます。
▲タラッパンの柳光洙牧師が強調したのがまさにこの部分です。あなたがたは行って、父と子と聖霊の御名によってバプテスマを授けなさいという言葉は、行って教会を立てなさいという言葉です。教会堂ではありません。それで本当に弟子ならば、地教会堂より地教会がより良いのです。うまくできないことをなるようにしようとするから、地教会堂があればはるかに有利です。ある人が伝道をするのに、家でするから普通の問題が生ずるのではありませんでした。そうでしょう。以前には、釜山でも一時、チ・サンオク牧師の家に数十人がくるから仕事にならないのでした。それで地教会堂が必要だったのです。この二つの単語をいつも比較するという言葉をわからなければ、世界福音化は難しくなるのです。海外に出て行っても、動機を捨てて教会を作らなければなりません。海外でも多民族の中に、このような強固な長老を立てなければなりません。それが教会です。堂会員がなければ、長老がなければ、堂会はないのです。牧師が信徒を1万人連れていても、堂会員がなければ堂会長になれないのです。それを10万人が集まっても堂会がなければ未組織教会です。これはかなり重要な言葉です。
▲神様と牧師とこれが通じる人を堂会員として立てて送れということです。この話がわからないではいけません。これが初代教会です。これが通じなければならないのです。私たちが無理にする必要はありません。しかし、よくできるようになっています。恵みを受ければ良いのですが、単に知らなかっただけで、こういう話をしなかっただけであって、すでにしている人はなっているのです。

3.同労者は同じ一つの聖霊の導きを受ける者です
▲特に一つの聖霊の導きを受けました。聖霊は悪霊のような霊ではないから複雑ではありません。
(1)プリスカ夫婦(使徒2:10,18:1-4,18:24-28,ローマ16:3-4)
▲どれくらい絶妙でしょうか、ローマの人がマルコの屋上の間で会ったのです。これが聖霊の導きです。ローマから追い出されたのですが、パウロと一緒にコリントで会いました。これで働きをしたのですが、教役者もプリスカの話を聞いて恵みを受けました。この話が理解できるでしょうか。私は一般信徒を通して、本当に恵みを受ける時が多いのです。ある面では、それが本物です。自分たちの間でただ信仰生活する話をするのに、ある時は恵みになるのです。ある時は、牧師や宣教師には言い訳があって、胸に届かないのに、一般信徒は言い訳がないから、恵みを受けるのを話したのです。それでローマ福音化にもついて行きました。聖霊の導きでなければ、このようになれません。
(2)パウロ(使徒9:1-15,11:25-26,13:1-4,18:1-4)
▲イエス様を信じる人をつかまえに行って伝道者になりました。これが聖霊の導きです。この人が知識的に自分より遅れている人なのに、恵みを受けて弟子訓練を受けたのです。そして、初めて宣教師として派遣されました。それでコリントで会ったのです。パウロです。人は違うのですが、一つの聖霊の中で動いたのです。こういうことが行われたのです。

4.同労者は奥義が通じなければなりません(ローマ16:1-27)
▲昨日、アニャントンブ教会の任職式で最後にした言葉です。同労者という言葉は、重要な奥義が通じたということです。初代教会の聖徒が味わったのです。昨日の話したことは初代教会の重職者が持ったものです。結局、同じ言葉です。
(1)24時間祈り
▲いつも祈るということではありません。これが通じたのです。両親が子どもを大きくすれば、いつも乳を飲ませなくても、24時間、食べさせているではないでしょうか。
(2)24時間伝道
▲祝福と方向、私たちがいろいろすることも多いのに、どのように24時間伝道ができるのでしょうか。これが目標として全部だから、これが通じたのです。
(3)神様が備えられたこと
▲私たちは多くの無理があったり、失敗をしたりもします。教会堂を立てたり、働きをする時、ここで問題が来るのです。これから教会を作らなければならないアニャントンブ教会、インマヌエル教会は、ここに気をつかわなければなりません。神様が本当に望んでおられることは何なのか。神様はそれを隠しておられます。これになれば、その次にことは難しいのではありません。本文で世々に渡って長い間、隠されていたということが鍵です。その話が分かれば、もうやさしくなります。
(4)神様が今、答えて必要とされること
▲3番になれば4番になるのです。3番が出来なければ、答えではないものを継続しようとします。私が知っている長老1人は、今、タラッパンをしてしないのですが、本当に通じませんでした。正常に長老で、医師です。医師ならば、勉強ができなくはなかったはずなのに、話が通じなかったのです。私がするなと止めさせました。多量のお金を儲けると、病院の門をしめてマルチ商法をし始めたのです。人は狂えば対話ができません。病院の門を閉めてマルチ商法の会社に行きました。マルチ商法の講義を聞けば、ものすごい額のお金を儲けそうだから、病院の門を閉めたのです。私が知っているのでは、完全にほろびたらしいです。
(5)永遠に神様に栄光を帰すこと
▲私たちは永遠なことを求めて行くのです。これが27節です。初代教会はこれが通じました。私たちは意見が違っていて、ある面では違わなければなりません。また受け入れなければなりません。私たちは、いろいろ意見が違っても、中心が同じならば、他の意見でなく多様な意見になるのです。この中心が通じて、聖霊の導きを受ければ、違ったことではなく、専門性になるのです。
▲それで、この部分を持って初代教会は世界福音化をしたのです。残りの事は神様がなさるのです。
▲今現在、私は心に良い意味の緊張感を持っています。多くの教会で重職者が起きて、教会建築がよくなっているのに、この時こそ重要なメッセージが必要だと考えました。重職者と牧師がここに入れば終わるのです。神様が願われることです。これを置いて24時間祈るのです。そうなる時、神様は力で働いてくださり、地の果てまで証人になるようにすると言われました。こういう祝福が産業人に先にあることをイエス様の御名で祝福します。
(The end)